老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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永山英樹さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より転載しています。

外国人参政権は中共傀儡の巨大勢力を形成するー台湾の事例で考える国家の重大危機


ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1045.html

■選挙制度を民主国家の弱点と見る中共  

民主党政権がその外国人地方参政権付与法案を通過させた場合、懸念されるのが中共の動きだ。在日中国人の選挙権行使を通じて影響力を及ぼし、日本の政治を左右しようとすることは必至だからだ。

そもそも中共は民意を政策に反映させる選挙制度を恐れると同時に、それこそが民主主義国家と言う「敵勢力」の弱点と見定めており、そこを衝く機会を虎視眈々と狙っているのである。

すでに中共による他国の選挙操作工作を受け、大きな打撃を被っているのが台湾だ。中共は台湾の平和統一(協議による合併)と言う戦略の上で、在台中国人勢力が主導する国民党に政権を奪取させるため、二〇〇八年の総統選挙などでは大きなアクションを見せている。

中国に進出する百万人もの「台商」(台湾企業関係者)やその家族などを動かし、同党を支援させたのがそれだ。

■財界の靖国参拝中止の要請も統戦の結果だった

台商は中国市場で利益を享受する見返りに、中共の統戦(敵内部に見方を作る統一戦線工作)を受け、すでにそのコントロール下に組み込まれてしまっているのである。

日本でも財界が小泉純一郎首相に靖国神社参拝の取り止めを強く要求したことがあった。当時、経済同友会の北城恪太郎代表幹事は、「靖国問題は日系企業の活動に悪い影響が出る。これは経済界の意見の大勢だ」と訴えていたが、これなども利益誘導と恫喝による統戦に引っかかった好例だろう。

もっとも中共の台商に対する影響力はもっと凄まじい。

中共の統戦の常套手段は第二の敵を籠絡して第一の敵を殲滅し、その後に第二の敵も粛清すると言うものだが、「第二の敵」である国民党との平和統一協議を達成した後は、国民党から政権を取り上げ、新たに組織する傀儡政党に与えるものと予測されているが、その新政党を担わされると見られるのが台商勢力だ。

■もはや中共の罠から抜け出せない国民党政権

国共内戦時代、中共の統戦工作の恐ろしさをいやと言うほど味わったはずの国民党だが、今なおそれを受け入れてしまう姿は、まさにヤクザの利益と恫喝の罠から抜け出せなくなった臆病な市民の如しである。

そしてその国民党政権は現在、さらに自国の首を絞めるような選挙制度を作り出そうとしているのだ。

国外での不在者投票制度の確立がそれだ。

日本でも自衛官や南極観測隊員の海外での投票は認められているが、こちらの場合は百七十万人もの海外居住者に、居住地での投票を許そうと言うもので、二〇一二年の総統選挙の前哨戦となる今年末の五直轄市長選挙を見据えての措置と見られている。

何しろ百七十万人の多くは国民党を支持しており、そのうち百万人は言うまでもなく中国にいる台商である。

■国家弱体化のための中共の分断工作

そこで民進党の国会議員たちが猛反撥しているところだ。

「もし中国にいる台商に投票を開放しても、彼らは自由意志に基づく投票はできない」(葉宜津氏)、「台湾に求められているのは、投票用紙の受け取りから開票まで、全過程が透明化した選挙制度。不在者投票では完全に不透明になる」(管碧玲氏)、「百万人の台商が投票すれば台湾は高度な政治対立の状態に陥る」(李俊毅氏)などと、もっともな批判が噴出し、反対の国民運動も辞さないとの声も上がっている。

それにしても「高度な政治対立に陥る」とは恐るべき事態だ。そうなれば中共による台湾分断(弱体化)工作にとり、一つの目標達成となる。

この分断工作はもちろん、日本に対しても行われている。中共を翼賛する勢力はそのコマに他ならない。

台湾も日本も、中共の手の平の上で踊らされているかのようだ。

■到来するのは中国人にノーを言えない時代

もし日本に住む十数万人の永住中国人に選挙権を与えれば、彼らは八十万人の在日中国人だけでなく、中共に呼応する政財界をも巻き込んで、強大なる政治勢力を形成し、日本を内部から弱体化させ、中共の付庸国へと変えようとするに違いない。

ただでさえ中共にノーを言えない日本人は、こうした動きにどこまでノーと言えるだろうか。

このように自国の首を絞める法案の可決を急ぐ政治家が、中共の統戦を受けていることは、台湾の例を見るだけでも明らかだ。彼らもまた中共の影響下から抜け出せなくなっているのだろう。

だから国家の危機が誘導される前に、民主党政権は打倒しなければならないのだ。




☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

〜まず、北京では、彼は中国共産党の「人民解放軍の司令官」だと自ら言った。そして、ソウルでは次のように言った。
「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」
 外国でこのようなことが言える日本の国会議員が、果たして日本人だろうか。ここに彼の本質が露呈された。
 小沢氏は、まさに「語るに落ちた」のである。西村真悟論文より


〜真正保守主義西田昌司参議院議員を激励し偽善政権を粉砕しよう。
 
 『showyouビデオレター』を新たに追加いたしました。
  http://www.showyou.jp/videoletter_top.php
  ※小沢不起訴・怒れ国民!〜

〜検察とすればクロと断ぜられないが、シロだということではない。不起訴とはそういうものだ。普通に考えれば、国会議員が自分の秘書が3人逮捕されて責任を問われないのは、かなり非常識な話ではないか 石破茂政調会長〜


〜曲 学 阿 中 の 北 岡 伸 一 を 許 す な!
  虐殺の数字に矮小化し虐殺自体を認めた犯罪的行為 何がマックス20万人の説!ふざけるな北岡某!
  一体誰がこんな結果が明白な日中共同歴史研究を提案したのか!!
産経新聞よ 問題の核心を突いていないぞ お気に入りの元宰相が絡んでいるからか?
  国会で北岡と当時の総理を呼んで責任を追及せよ!

  ありもしない幻の南京虐殺をシナの顔色を見て認めたこの北岡伸一!を日本民族は絶対に容赦しない!
  なんと日中共同歴史研究でシナ側座長を務めた歩平は「南京虐殺を双方が確認しあったのは 大きなポイントだ」と棚からぼた餅の北岡のベタ下りをほくそえんでいる。北岡はさらに 侵略 戦争を安易に認めた。断じて許してはならないこの北岡某!
 

 日本民族は未来永劫シナがでっち上げた幻の南京大虐殺の下手人として子々孫々汚名のままシナに頭をひれ伏すこととなった。
 北岡某は東大教授の資格など皆無である。罷免せよ!〜


〜これ頭の整理に抜群に参考になる 小沢一郎・闇の系譜

  http://www.youtube.com/watch?v=gdKVt_vKCHc  〜


〜順法精神皆無の民主党代表・幹事長の実態を徹底的に暴け!今国会で二人の不正を徹底的に追及し詐欺的マニフェストで不当に政権奪取した現国会を解散に追い込もう!〜

〜小 沢 一 郎 暗黒独裁政治 を 倒 せ!〜 特捜よ正義を今度こそ!!

文字色日本の根幹に大きな影響を与える各種法案に対しての態度

12名の自民党市議 民団の説得に応じ永住外国人地方参政権に賛成





先日千葉県市川市で、永住外国人への地方参政権(選挙権)の付与に反対する意見書の採択に委員会レベルで決議しながら、在日本大韓民国民団(民団)のロビー活動の結果、一夜にして本会議で否決されていたことについて報じました。

早速千葉県の草の根保守の皆様方が、関係市議と協議された中で次に様なことが判明しました。

全国の皆様に参考として御知らせします。



民団は市議会保守の中心的議員へは工作せず、隠密行動を狙っていたのです。

市議会中心人物はジェンダーフリー条例改廃の立役者なので、彼等から見て(右の)確信犯
なので来なかったのだろうということは充分考えられるところです。



民団はどの政党に的を絞って工作したのか。

皆様ご想像のとおり、公明党なのです。公明党は創価学会挙げて永住外国人への地方参政権(選挙権)の付与に取り組んでいたのですから当然です。


14名の自民党議員中採決時退席した2名を除いて12名の自民党議員が、民団の説得に応じていたのです。説得に応じたのは、外国人参政権について不勉強で、反対どころかいとも簡単に民団の論理に屈していたのです。

保守といえども地方議員のその理論水準はこの程度なのです。



ここからの大きな教訓の一つは、過去にすばらしい議会での活動があったとしても、それはそのときのテーマと事前打合せがあったから出来たものでした。

実績があるからといって、何時までもその理論水準が維持されている保障はないのです。


絶えず新しい問題に集団として充分な意思統一が成されてこそその成果が期待できるのです。



間違った議会態度による議会での間違った決議に対して、賛成した議員は自己反省と今後の保守政党議員としての態度を市民に表明することによって、真摯な態度が市民に評価されるのではありませんか。市民から期待される議員とは、このような態度をとる議員ではないでしょうか。


今後は、議員と地元草の根保守の連携をより緊密にし、勉強会も持つのも一つの方向ではないでしょうか。





永山英樹さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より転載しています。

外国人参政権は中共傀儡の巨大勢力を形成するー台湾の事例で考える国家の重大危機

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1045.html

■選挙制度を民主国家の弱点と見る中共  

民主党政権がその外国人地方参政権付与法案を通過させた場合、懸念されるのが中共の動きだ。在日中国人の選挙権行使を通じて影響力を及ぼし、日本の政治を左右しようとすることは必至だからだ。

そもそも中共は民意を政策に反映させる選挙制度を恐れると同時に、それこそが民主主義国家と言う「敵勢力」の弱点と見定めており、そこを衝く機会を虎視眈々と狙っているのである。

すでに中共による他国の選挙操作工作を受け、大きな打撃を被っているのが台湾だ。中共は台湾の平和統一(協議による合併)と言う戦略の上で、在台中国人勢力が主導する国民党に政権を奪取させるため、二〇〇八年の総統選挙などでは大きなアクションを見せている。

中国に進出する百万人もの「台商」(台湾企業関係者)やその家族などを動かし、同党を支援させたのがそれだ。

■財界の靖国参拝中止の要請も統戦の結果だった

台商は中国市場で利益を享受する見返りに、中共の統戦(敵内部に見方を作る統一戦線工作)を受け、すでにそのコントロール下に組み込まれてしまっているのである。

日本でも財界が小泉純一郎首相に靖国神社参拝の取り止めを強く要求したことがあった。当時、経済同友会の北城恪太郎代表幹事は、「靖国問題は日系企業の活動に悪い影響が出る。これは経済界の意見の大勢だ」と訴えていたが、これなども利益誘導と恫喝による統戦に引っかかった好例だろう。

もっとも中共の台商に対する影響力はもっと凄まじい。

中共の統戦の常套手段は第二の敵を籠絡して第一の敵を殲滅し、その後に第二の敵も粛清すると言うものだが、「第二の敵」である国民党との平和統一協議を達成した後は、国民党から政権を取り上げ、新たに組織する傀儡政党に与えるものと予測されているが、その新政党を担わされると見られるのが台商勢力だ。

■もはや中共の罠から抜け出せない国民党政権

国共内戦時代、中共の統戦工作の恐ろしさをいやと言うほど味わったはずの国民党だが、今なおそれを受け入れてしまう姿は、まさにヤクザの利益と恫喝の罠から抜け出せなくなった臆病な市民の如しである。

そしてその国民党政権は現在、さらに自国の首を絞めるような選挙制度を作り出そうとしているのだ。

国外での不在者投票制度の確立がそれだ。

日本でも自衛官や南極観測隊員の海外での投票は認められているが、こちらの場合は百七十万人もの海外居住者に、居住地での投票を許そうと言うもので、二〇一二年の総統選挙の前哨戦となる今年末の五直轄市長選挙を見据えての措置と見られている。

何しろ百七十万人の多くは国民党を支持しており、そのうち百万人は言うまでもなく中国にいる台商である。

■国家弱体化のための中共の分断工作

そこで民進党の国会議員たちが猛反撥しているところだ。

「もし中国にいる台商に投票を開放しても、彼らは自由意志に基づく投票はできない」(葉宜津氏)、「台湾に求められているのは、投票用紙の受け取りから開票まで、全過程が透明化した選挙制度。不在者投票では完全に不透明になる」(管碧玲氏)、「百万人の台商が投票すれば台湾は高度な政治対立の状態に陥る」(李俊毅氏)などと、もっともな批判が噴出し、反対の国民運動も辞さないとの声も上がっている。

それにしても「高度な政治対立に陥る」とは恐るべき事態だ。そうなれば中共による台湾分断(弱体化)工作にとり、一つの目標達成となる。

この分断工作はもちろん、日本に対しても行われている。中共を翼賛する勢力はそのコマに他ならない。

台湾も日本も、中共の手の平の上で踊らされているかのようだ。

■到来するのは中国人にノーを言えない時代

もし日本に住む十数万人の永住中国人に選挙権を与えれば、彼らは八十万人の在日中国人だけでなく、中共に呼応する政財界をも巻き込んで、強大なる政治勢力を形成し、日本を内部から弱体化させ、中共の付庸国へと変えようとするに違いない。

ただでさえ中共にノーを言えない日本人は、こうした動きにどこまでノーと言えるだろうか。

このように自国の首を絞める法案の可決を急ぐ政治家が、中共の統戦を受けていることは、台湾の例を見るだけでも明らかだ。彼らもまた中共の影響下から抜け出せなくなっているのだろう。

だから国家の危機が誘導される前に、民主党政権は打倒しなければならないのだ。


靖国神社とそのあるべき姿 by 葦津泰国
    第3回 問われる国家の責任
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[1]国が英霊を作り、神社に祀った

 国の戦没者追悼式は、国が祖国のために命をささげた靖国神社の英霊をことさらに避けるように見え、さらに戦没者追悼式を見ると、英霊を祭る方式では、憲法を60年前の敵国だった戦勝アメリカ進駐軍の日本を立ち上がれなくしようという占領指令を、いまも忠実に守り続けることによって、二重の逃げをしている行事に見えることを、多少怒りの感情とともに述べてきた。

 表現はきついが、おそらく同じような思いを持って眺める国民も多いだろう。

 靖国神社には、国の条件で審査して祭神を決定し、選ばれた約250万柱の英霊が眠っている。

 靖国神社に祀られている英霊は、先の大東亜戦争における戦没英霊のみではない。

 明治維新の戊辰戦争以来、日本は数々の戦争を経験してきた。

 それらの戦いに、国の命令に従って従軍して亡くなった英霊たちが祭神なのだ。その内訳は(明治維新の活動者など内戦での合祀者は近代国に脱皮する前の祭神だから別としても)日清戦争1万3000、日露戦争8万8000、満州事変1万7000、支那事変19万1000など、国際紛争でなくなった英霊たちが30万柱近くにも達している。

 これらの御霊(みたま)は、明治維新によって創立初期の時代に祀られた祭神以外は、すべて明治以来の日本国が従軍させた武力衝突で、日本政府の方針に従って軍事衝突により戦死した人たちであり、日本政府の戦死者の審査、手続きによって祭神とされ、宮中にその名簿をお見せしたのちに、国の意思によって靖国神社に祀られた。

 そんな事情があるので、靖国神社では国家としての祭りを丁重に行ってきたが、その靖国神社の祭りは、国として英霊たちを顕彰し、彼らに栄誉を与えるものであった(靖国神社では、このほか参拝を希望する遺族や国民の拝礼なども受け付けて行ってきた。それは数においては、国(軍など)の行う行事より、その回数はむしろ多かったが、それは、公の祭りとは別の、靖国神社という祭祀施設が中心で行ってきたものと解釈される)。


[2]祭儀を放棄したままの60年

 国の行う行事には、公的に英霊に捧げる表敬の儀式であるとともに、その裏側に、戦乱がなければ、平凡な国民として、穏やかな生涯を終えたであろう人生を、自らの命令によって死に至らしめてしまった英霊に対する、死なせた責任を強く感ずる国の、責任を痛感し、哀悼と慰霊をする思いも含まれていたと解すべきものでもあった。

 靖国神社は、諸外国の無名戦士の墓のような側面も持っていたのである。

 国家には、国民の前にあからさまには示されなかったが、彼らを生きてふたたび郷里へ復員させることができず、戦没英霊にしてしまった重大な責任意識があり、国がそれを強く自覚し、英霊の前に頭を下げなければならぬ関係もある面は見落としてはならない。

 そんな大切な御霊を祀る靖国神社を、日本国は敗戦時の有無を言わせぬ戦勝占領国の命令によって、国の大切な祭祀施設から切り離さなければならなくなった。

 これについては後に詳しく触れるが、そこでせめて占領終結までの間、民間でしばらく預かってくれる占領中の留守番役にまかせなければならない事態が生じ、その役目を進んで引き受けたのが、いまの宗教法人の靖国神社であった。

 国から離れた当時の靖国神社の関係者や国は、日本国が、ふたたび独立して、自由を回復したあかつきには、ふたたび国の機関に回復させようという点で一致していた。だが、いろいろの問題が重なって、国がその祭儀を、放棄したままに60年、長い時間がいままでの間にすぎてしまっている。

 いま、遺族や国民の間に、靖国神社の公式参拝を求める声が強く、熱心にそのために運動をしている人も多い。

 私自身は公式参拝という概念はあいまいであまり好きではないが、靖国神社にはぜひ首相はじめ政府の責任者に、公式に敬意を表してもらいたい、と切望する英霊の遺族や国民には深い共感を覚える。

 このような政府の戦没英霊を作り出してしまった責任を、いつまでも国としてはっきりさせず、国家護持も放棄したままで平然としているような態度が残念で、国家護持の回復には時間がかかっても、せめて英霊たちに国で責任もって慰霊のできない状況を公式参拝して英霊に詫びろ、と求めているものと見なければなるまい。


[3]第三者的に憐れみ悼むのではなく

 政府は全国戦没者追悼式を行い、先の大東亜戦争の英霊を含む全犠牲者を追悼する式典を主催している。

 政府はこんな式典をしているのだから、靖国神社にこのほかに国としての敬意を表する必要がないように思う人もいるだろう。

 だが、これに関しては、私はそれで充分とは決して言えないと思っている。戦没者追悼式は、単にこの前の戦争だけの、巻き添えで亡くなった、戦争被害者を含む追悼の式典であるに過ぎない。

 だが靖国神社には、軍や政府の主権活動として行った戦闘行為で命を失う羽目に追い込まれた英霊がまつられている。彼らは、戦争による犠牲者でもあるが、それとともに、国によって直接的に命を失う戦闘行為に従事して戦死した国の犠牲者でもある。召集令状の赤紙が来なかったら、穏やかな生涯を家族や隣人とともに暮らしたであろう人がたくさん含まれているのだ。国は彼らを第三者のような形で追悼する以上の深い責任がある。

 政府の自ら彼らを戦死に至らしめた責任を痛感して、彼らにこれから、同じような被害者が出ないように国としても精いっぱいに努力すると誓う儀式は、国が単なる憐み悼む追悼式を行うのとは別に、はっきり行うべき義務があると思う。

 日本政府は、明治の開国以来の日本国のすべての権利義務、領土や国民を引き継いでいる。

 数々の国際的な戦闘行為を行ったことに対する、従事した戦死者への慰霊の儀式は、大切な日本国の引き継ぎ事項としていまの政府にもあるはずである。


[4]新追悼施設建設のナンセンス

 この問題に関してガンとなっているのが、前回も記した日本国の公務員たちが、占領軍の占領当初に出した神道指令の命令通りの頭のままで、憲法解釈上、国が靖国神社にかかわるのは一宗教法人に手を貸すことになり、許されないという主張をいまでも繰り返し、政治家や国会議員たちの行動を牽制(けんせい)し続ける現状である。

 それが常識的な憲法の見方ではないことは先に述べた。だが、そんな状況を見て、「いままで靖国神社に祀ってきた行為を国が詫びて、英霊に謝罪して、新しく無宗教式の施設を作り、英霊をまつりなおせばよい」などと、こともなげにいう説も、一部の国会議員などにある。

 無宗教方式なら許されるという発想は、役人のレクチャーを受け、同じくおかしな判決を出し続ける裁判所の姿勢にも合わせようとしたものなのだろうが、そんな国の将来への逃げ腰の姿勢に、どんな効果があると思っているのか。

 表面だけをちょっといじって、無宗教という政府の作りだした宗教が、靖国神社の行き方とどれだけ違うものなのか、前章で書いたように、まったく屁理屈にもならないと私は思う。それは日本中にある伝統的な宗教に違和感を感じさせる宗教的効果のあることを政府がすることにもつながってくる。

 心のこもっていないいまの政府や役人が、表面だけを取り繕おうとこんな発想を持ちだして、施設に膨大な費用をかけて作ってみても、それは愚かな予算の無駄遣いに過ぎぬ。

 その上、いったい国民心理にその施設はどんな効果があるというのだろう。

 国民はそんなものには満足しない。まるで郵政省か厚生労働省が、役にも立たない箱モノを作ったのと、同じようなものに見える。

 それにこれは最も大切なことであるが、思い出しても見るがよい。

 英霊たちが、はたしてそれを認め満足するというのだろうか。

 靖国神社に祀られている英霊たちが、まだ存命ででもあるのなら、国が正式に陳謝して、慰謝料でも支払って事態をやり直すこともできるだろう。

 だが英霊たち、とくに近時の英霊たちは、「万一のときは靖国神社で会おう」との別れの挨拶をし、死ねば国によって丁重に靖国神社という特別の施設に祀られることを信じて戦地におもむいた。

 死者との約束、しかも死者は国が責任のある国権の発動である戦争に、好むと好まざるとにかかわらず従事して、命を散らした人々なのだ。国は誠意を尽くして対応しなければならない重さを持っている。死んだ人の霊などは相手にしようがないというのなら、もともと新追悼施設などの構想はナンセンスである。


[5]占領軍に抵抗できなかった

 靖国神社切り捨て当時の責任は問うまい。

 細かい事情はのちに譲るが、敗戦後の日本政府には、靖国神社を放棄せざるを得ない事情があった。

 敗戦とともに日本は、進駐してきた米国など連合国の支配のもとに入り、政府はその命令を拒否できないという占領下におかれた。

 占領軍は日本の国が戦力や資源は米国などに比べてはるかに劣るのに、それまで頑強に抵抗した力は、日本が、国のためだということになると全国民が一つにまとまる国であり、その精神的な柱となっているのは靖国神社への国民の一致した崇敬心と神社への信仰によるまとまり、そしてそれらの基礎にある皇室への忠誠の心にあるとみた米軍は、それを徹底して破砕しようとした。

 そこで米軍は靖国神社を日本国が保持し、維持するのを厳しく禁止した。日本政府などは無視した占領軍の命令であった。

 敗戦に伴う降伏条件には、日本国政府はすべての権限を占領軍総司令部(GHQ)に従属することを定めていた。

 こんな中で靖国神社は国の施設から放り出されてしまった。

 このことを指して、国は無責任だったと責める声も多い。

 現にあの靖国神社を国の施設から切断させ、焼却しようとの声が占領軍内部に起こったとき、国民の間にも一命をかけてでも靖国神社を奉護しようと決断した人も多かった。

 靖国神社の切り捨てを、国としてあってはならないミスだったという声もある。

 しかし、まだ幼かったがこの目で戦後の時代を現実に眺めてきた私は、故意に犯した無責任だと国を責める気にはなれない。

 主権も奪われた日本国政府は、それに抵抗する手段もなかったのだ。


[6]厄介なことは先送り

 しかし、日本が講和条約を締結し、再び独立を回復し、自分の責任で国の運営ができるようになった7年後から、この国家として国のために死んだ人たち(厳しい言い方をすれば、国の方針によって生命を断たれた人たち)への責任にもまったく触れようとせず、ただただ死者の尊厳を無視して生きている者への言い逃れのような応対に明け暮れてきたその後の50年以上は、明らかに無責任であった。

 靖国神社の再国家護持への道には、この上に占領軍の出した神道指令に基づく政教分離の問題の下手な取り扱いの後遺症も重なっていた。

 それらに対して、国はあれだけ膨大な損失をあえて犯した行為への戦後処理である。真正面から正攻法で取り組むべきであった。

 だが戦後の日本国は、あらゆる面で厄介な面は先送りして、その場を過ぎればよいとのみ思って難問を回避する基本的な性格を持ってしまっていた。

 靖国神社の再国家護持には、逃げばかりではない取り組みが必要なのだが。

 政府は、やればできることも、反対する少数者がいるという理由だけで、説得が厄介だからしようとはしない。

 そんな疑いが積み重ねられるような現状は無視できない。

 靖国神社の問題のあいまいな対応が及んで、千鳥が淵戦没者墓苑もまた、同様に正常な施設としての説明があいまいなままになっている。

 日本は戦後64年を経ているが、8月15日の光景を見ると、日本はまだ、占領時代に歪められ、それに手もつけないでいるのだと言わなければならない現状のようである。(つづく)


 ☆斎藤吉久注 葦津様のご了解を得て、「私の『視角』」〈http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。

このご見解の最後に記されている「皇室を苦しめているのは反天皇派の攻撃ではなく、天皇擁護派のオウン・ゴールである」は小生の耳に痛いお説でもある。





斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.117
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 伝えられるように、立春を目の前に、陛下がご体調を崩され、葉山行幸をお取りやめになりました。検査の結果、ノロウイルスによる急性腸炎とのことでした。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/kohyo-h22-0202.html

 陛下のご健康が気づかわれる折も折、ご執務が夜にずれ込むケースが増えていると伝えられます。定例閣議が午前中ではなく午後に開かれることが増え、それに連れて決済の書類が夜になって御所に届くようになっているというのです。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100204/imp1002040115000-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100204-OYT1T01411.htm

 それでなくても、陛下はご高齢であるうえに、療養中です。ご負担軽減が急務なのはいうまでもないことで、宮内庁は昨年1月に軽減策を発表しました。けれども、まったくの見かけ倒しで、ご日程の件数は減らず、あげくに「特例会見」のゴリ押しも起きました。その反省もあればこそ、「豪腕」政権はあいかわらず陛下に負担を押しつけています。



 1 皇室を苦しめる天皇擁護派のオウン・ゴール by 斎藤吉久
 


▽1 小沢政権が進める「天皇のロボット化」

 当メルマガ115号(1月26日)で申し上げましたように、「憲法の理念では、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって行われ、陛下の行動に責任を負うのは内閣だ。内閣が判断したことについて、陛下がその意を受けて行動なさるのは当然だし、陛下は喜んでやってくださるものと思う」(小沢幹事長会見)という、憲法学者宮沢俊義張りの「天皇のロボット化」が現実になっている印象をますます強くします。

 10年前、自由党党首時代の小沢氏は、「現憲法下でも天皇は元首である」と主張し、宮沢東大教授の国民主権論を全面否定していたのに、今日、「小沢政権」は逆に宮沢理論のきわめて忠実な実践者となっています。

 5年前の小沢氏はまだしも、内閣は皇室の「ご意見」を聞く努力をすべきだ、それが立憲君主制のあるべき姿だ、と述べ、「本来なら、小泉内閣は皇室の環境を整備しなかった責任に加え、皇太子殿下にあのような発言(斎藤吉久注:いわゆる「人格否定」発言)をさせてしまった責任をとって総辞職すべきだろう」と迫っていました(夕刊フジ連載「豪腕維新」2005年1月28日=『豪腕維新』所収)。

 けれども、昨年暮れの「天皇特例会見」ゴリ押しも、今回の「夜の決済」増加も、「ご意見」を聞くどころではありません。批判を受けても、総辞職どころか、小沢幹事長あるいは平野官房長官の会見でお茶を濁しただけです。すでに申しましたように、これは変節ではありません。政治的理念を欠いた、あってはならない、無軌道な天皇の政治利用が進んでいるのです。


▽2 お歌にあらわれた妃殿下のご回復

 もうひとつ、先週は「着実にご快復に向かわれております」とする、皇太子妃殿下のご病状に関する東宮医師団の見解が発表されました。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h220205.html

 例年ならお誕生日の12月9日に発表される見解が大幅に遅れたわけですが、その理由の1つとして、妃殿下ご本人の了解を得る必要があったから、と説明されています。逆にいえば、妃殿下ご自身が医師団の見解を受け止め、さらに国民に知らせることを了解されたことになります。だとすれば、それだけ「適応障害」からの回復が進んでいることの証といえるのかと想像します。

 まだまだ「ご体調には波がおあり」とのことですが、ご回復ぶりは先月15日の歌会始に披露された妃殿下のお歌にもあらわれているように思います。

 両殿下がご結婚になったのは平成5年6月で、翌年から妃殿下のお歌が披露されていますが、そのころのお歌はご公務での見聞、内外の国民との交流が題材で、たとえば6年は滋賀県行啓の印象のなかに皇太子殿下と行動を共にする喜びが詠まれていました。

 お歌の傾向が変わるのは、メディアの無謀な「懐妊の兆候」スクープのあと流産という悲劇を招いた翌年12年です。皇太子殿下との団欒(だんらん)にテーマが集中し、14年からはお生まれになった愛子内親王のご成長がもっぱら題材となりました。殿下の「人格否定」発言の翌年17年は「親子三人なごみ歩めば心癒(い)えゆく」と病が詠い込まれています。

 しかし今年は違っていました。

  池の面に立つさざ波は冬の日の光をうけて明かくきらめく

 やや説明に傾くきらいがあるものの、写実的な自然描写のなかに希望がうかがえる美しいお歌かと思います。

 医師団の見解によると、回復には妃殿下ご自身の努力のほかに皇太子殿下の応援が指摘されています。両殿下が支え合って、病を乗り越えようとしている姿は、心の病に悩む国民や家庭の崩壊に苦しむ人々にとって、希望のはずです。1日も早いご回復を祈ります。


▽3 宮内庁批判が過ぎる?

 さて今週は、先週につづいて、鳩山首相の「友愛」政治について検証する予定でしたが、すでに紙幅が尽きてきましたので、次回にゆずることにし、日ごろ感じていることを簡単に述べます。

 ラス・カサスという有名なカトリック司教がいます。コロンブスのアメリカ大陸「発見」のあと、先住民のキリスト教化にたずさわる過程で、スペイン人キリスト教徒らが千数百万もの先住民をひたすら殺戮し続けるという人類史上まれな戦慄すべき惨劇を目撃し、告発し続けた人物です(ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』)。

 侵入者たちの大航海事業はローマ教皇のお墨付きで進められました。教皇は先住民の奴隷化を認め、信徒らに征服戦争への参加を呼びかけました。ポルトガル国王やスペイン諸侯は自分たちの海外発展事業を正当化するため、教皇に精神的支援を求め、教皇は教勢拡大のために明確な援助を与えたのです(高瀬弘一郎『キリシタン時代の研究』など)。

 そして悲劇は起こりました。しかしラス・カサスの正義感あふれる啓蒙活動はやがて、暴力的な植民活動を禁止させ、インディオ保護への転換を導きました。

 天皇・皇室問題をテーマとする当メルマガには直接、関係のないことを書いたのには、理由があります。要するに、事実の重みです。

 私の執筆活動について、「宮内庁批判が過ぎる」という声があるようですが、私は宮内庁を批判したいがためにこのメルマガを書いているのではありません。もとより他人様の批判が好きでない私が他者の批判をはじめたのは、原武史明治学院大学教授の宮中祭祀廃止論に対してで、あまりに間違いだらけなのに驚きあきれたからです。


▽4 ダンマリを決め込む不思議

 原教授は廃止論の前提として、1960年代末以降、昭和天皇の「高齢を理由に宮中祭祀が削減または簡略化され……」と解説していますが、「高齢」は口実に過ぎません。そうではなくて、入江侍従長の祭祀嫌いと厳格な政教分離主義が行政全体に蔓延した結果、祭祀は破壊されたのです。入江日記を丹念に読めば、だれにでも分かることです。

 ほかならぬ昭和天皇の側近が、すなわち宮内官僚が祭祀簡略化の張本人であることについて、宮内庁は認めている、と私は理解しています。数年前からメディアへの抗議などをネット上で公開するようになった宮内庁が、拙論に対して事実関係の間違いを指摘してきたことはないからです。

 私にとって不思議でならないのは、日ごろ尊皇派を自任している保守派が目の前で進行している平成の祭祀簡略化について、ダンマリを決め込んでいることです。たとえ私の宮内庁批判が言い過ぎだったとしても、だからといって事実を曲げることはできません。言い過ぎはダンマリを正当化する理由にはなりません。

 昭和の祭祀簡略化が明るみに出たのは15年もあとになってからでした。事実を知りながら、しがらみから抜けきれずに、口をつぐんでいる、正義の感覚を失った、名ばかりの尊皇派がいかに多かったかです。それから25年が過ぎたいまも、同じことが繰り返されているのではないのですか?

 当メルマガに連載を載せてくださっている佐藤雉鳴さんがいつも指摘しています。皇室を苦しめているのは反天皇派の攻撃ではなく、天皇擁護派のオウン・ゴールである、と。

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