以下の決定を見つけました。
皆様にすればご存知のことでしょうが、昨年夏の外務省における人権条約に関する意見交換会で、婚外子差別撤廃を狂ったように叫んでいた婦人を思い出します。ここに根拠を置いていたのですね。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/humanrights_library/practical/introductory.html#c
婚外子相続分差別の違憲性に関する決定
報告:吉岡睦子(東京弁護士会)
東京高等裁判所 1993年6月23日決定
判例時報1465号55頁、判例タイムズ823号122頁
1 事案の概要と経過
抗告人の母は1952年ころ抗告人の父と知り合い、同居したが、父には法律上の妻がおり、妻との間で離婚が成立しなかったため、抗告人が生まれる直前に2人は同居を解消し、1954年に抗告人が生まれた。抗告人は1955年、認知の裁判により父から 認知
され、6歳ころまで養育費を送金してもらっていたが、その後は父から経済的援助を受けたことは一切ない。
また抗告人は父の生前一度も父に会ったことがなかった。抗告人の母は1980年に
死亡し、父も1989年に死亡したため、今回の相続問題が発生した。抗告人の父の法律上の妻はすでに亡くなっており、妻の妹にあたる者が、父の亡くなる約8カ月前に婚姻届を出して妻となっていた。
抗告人の父と亡くなった妻の間には一人息子(兄にあたる)がいたが、抗告人の
父の死後まもなく病死している。
よって、相続人は抗告人、妻、亡くなった兄の妻子となっている。
抗告人は1990年、千葉家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てたが合意ができ 、調停は不成立となった。
千葉家庭裁判所は1992年12月8日、「(民法の規定は)法律婚の保護による身分法
秩序の維持という目的にもとづくもので、それ自体に合理性がないとはいえず、立法政策上の当否は別として、直ちに憲法14条に反するとはいえない。」として、民法どおりの遺産の分割を命じる審判を出したため、抗告人が東京高等裁判所へ抗告したのが、今回の事件である。
東京高等裁判所は婚外子の法定相続分を婚内子の2分の1としている民法900条4号但書前段の規定が憲法14条1項に違反し、無効であると判断した。
なお、本決定は被抗告人側が特別抗告しなかったため、確定した。
本件では、憲法14条、13条違反、子どもの権利条約、女性差別撤廃条約などの諸条約違反を主張したが、ここでは国際人権規約に関する論点のみ取り上げることとする。
2 違憲決定の背景
本決定の背景事情として、国内事情と国際的動向があげられる。
国内的には最近の婚外子差別撤廃を求める声の高まりがある。
日本では、民法の相続分だけでなく、戸籍の続柄表記、日本国籍取得の要件、児童扶養手当の支給要件など様々な法的差別があり、また結婚、就職など社会的差別も根強く残っている。
このような差別は従来、「法律婚保護のためのやむをえない差別」として容認されてきた。しかし、女性の社会進出やライフスタイルの変化につれて、親の結婚形態につき責任をとりえない婚外子を差別することは不当であるとの声が高まり、1988年に夫婦別姓を実践する事実婚夫婦が、婚外子の住民票続柄欄につき、「子」と記載し、「長男」「長女」と記載する婚内子と区別しているのは違憲・違法であるとして裁判を提起した。これを皮切りに1991年には初めて婚外子の相続分差別の合憲性が争われ、婚外子差別の合憲性を争う裁判が次々と提起された。また、1979年には法務省より出された「民法改正要綱試案」の中で平等化の提案もなされていたが、世論の反対が強いとして見送られた経緯があった。
国際的にも子どもの権利思想の進展とともに婚外子差別の撤廃を求める動きが強まり、先進諸国では平等化の法改正が相次いでいたことがあげられる。
本決定は以上のような国内外の動向を踏まえた上で、民法の規定を憲法14条違反と判断したのであるが、条約については次のように述べている。
「近時の諸外国における立法の動向を見ると、非嫡出子について権利の平等化を強く志向する傾向にあることが窺われ、さらに国際連合による『市民的及び政治的権利に関する国際規約』24条1項の規定の精神および我が国において未だ批准していないものの、近々批准することが予定されている『児童の権利に関する条約』2条2項の精神等にかんがみれば、適法な婚姻に基づく家族関係の保護という理念と非嫡出子の個人の尊厳という理念は、その双方が両立する形で問題の解決が図られなければならないと考える。」
以上のとおり、決定は国際人権規約を憲法違反の根拠のひとつとして引用し、間
接的に民法の規定が規約に違反することを指摘したのである。
3 国際人権規約24条の一般的意見
(決定が引用する国際人権〈自由権〉規約24条1項は、すべての児童に対する差別を
禁止している規定である(内容的には子どもの権利条約2条と同趣旨である)。
この規定につき、成立過程(1966年国連総会で採択)をみると、条約審議当時は
社会的保護について婚外子を差別することは許されないが、婚姻家族、婚内子の利益を守るために、一定の違いがあることは許されるという理解も可能であった。当 時の各国の立法状況として、婚内子と婚外
子の差別を残している国が少なからず見られたことによるものである。
当時の日本政府もこのような解釈を前提に規約に賛成している。
しかし、その後子どもの権利条約の審議が進展する中で、子どもの権利思想が深化してゆき、各国で婚内子と婚外子の平等化に対する取り組みがなされた。この結果、1989年に採択された24条に関する規約人権委員会の一般的意見(ジェネラル・コメント)では、「各国は相続を含めて全ての分野における全ての差別を取り除く目的で、特に、その国の国籍のある子どもと外国籍の子どもとの差別、また婚内子と婚外子との差別をも除去する目的で、各国が保護措置をいかに法律上及び実務上保障しているかということを報告書に記入すべきである。」として、同条項が婚外子に対する相続上の差別を禁止する趣旨を含んでいることをはっきり宣言したのである。したがって、右のような一般的意見が出されたことにより、婚外子に対する相続分差別は国際人権〈自由権〉規約24条1項に違反するという解釈が定着したところから、前記のように決定も引用したものと推測される。
4 規約人権委員会の勧告
なお、本決定後の1993年11月には規約人権委員会で、民法の相続分差別が規約の26条(あらゆる者に対する差別の禁止)に抵触するとして、これを是正することを求める異例の勧告が出されている。勧告は、先進諸国が婚外子差別撤廃の法改正を実現しているのに比べ、日本のみがこの国際的潮流の中で遅れをとっていることを改めて浮彫りにする結果となった。
5 最高裁決定とその後の動き
このように、1993年は婚外子差別撤廃の方向に大きく進展した年であり、その後民法のみならず、住民票続柄や児童扶養手当などで違憲判断が相次いだが、最高裁大法廷は1995年7月5日、10対5で民法の規定は憲法に違反しないとの判断を示した。
最高裁の多数意見では、代理人らが詳細に主張した婚外子の差別解消に向けた国
際的動向や国民意識の変化などをまったく視野に入れず、50年前の立法当時の立法目的の説明をそのまま採用し、同規定は「正当な婚姻と婚外子の利益保護の調整を図ったもの」として正当化している。
この、婚外子に2分の1でも相続権を与えたことが婚外子の利益であるという(恩着せがましい)論理の時代錯誤ぶりは、各方面から強く批判されているところである。
その後憂慮されたように、児童扶養手当の支給差別の違憲性を訴えた裁判が大阪高裁で逆転敗訴になるなど、最高裁決定の悪影響が他の婚外子差別撤廃の裁判にも及んでいる。折しも1996年の通常国会に上程される予定であった民法改正案は、一部の強い反対にあって見送りとなり、婚外子の相続分差別の廃止も先送りにされた。
6 法改正に向けて
婚外子は親の結婚形態について何ら責任のない立場であり、しかも日本では圧倒的少数者である。この問題にどう対応するかによって、日本政府、国会、裁判所の人権感覚が試されているのであり、婚外子問題は人権保障の深化度を図るバロメーターと言えよう。