老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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メルマガ日台共栄より転載しています・



パイワン族の方々がNHKに送った「公開質問状」全文



 6月26日付の「産経新聞」が「パイワン族 質問状提出へ」という見出しで、「『事実

を捏造している』として集団提訴された『NHKスペシャル“アジアの一等国”』につい
て、番組内で『人間動物園の見せ物になった』と紹介された台湾の先住民族の人々が、

『放送で辱めを受けた』として、放送の意図や経緯についての公開質問状を近くNHKに
提出することが25日、分かった」という記事を掲載した。

 このパイワン族によるNHKに対する「公開質問状」は6月21日付となっていて、NH
Kが取材した屏東県牡丹郷高土村(クスクス村)の郷長などをつとめ、現在は台湾政府で
原住民教育に携わるパイワン族の長老、華阿財(バジェルク・タリグ)氏によって書かれ、
番組に出演した許進貴氏と高許月妹さん兄妹、そしてNHKの濱崎憲一ディレクターらに
通訳した陳清福氏の4名の連名で出されている。ここに、その全文をご紹介したい。

 公開質問状の内容は深刻である。番組は「高士村の人間として、非常に辱めを受けた」

としたため、誇り高いパイワン族の名誉を深く傷つける内容だったとして、「日英博覧会」
の主旨、目的およびその内容を問うとともに、「高士村の人々が共有する博覧会の美しい
記憶として後世に語り継がれてきたものを、なぜ突然『人間動物園』という見方に変えて
しまったのか」と問い質している。

 実は、取材した濱崎憲一ディレクターは、取材中に一言も「人間動物園」という内容で
放送することを説明せず、彼ら兄妹の父、すなわち日英博覧会に行った父チャバイバイ・
プリャルヤン氏の当時の写真を見せただけだったという。

 そこで、娘さんの高許月妹さんが「悲しいね」と日本語で言った場面が放送では流され
た。だが、日本文化チャンネル桜の検証取材で明らかになったように、パイワン族の方々

の話す日本語の「悲しい」には「なつかしい」「心が痛む」「せつない」など複数の意味
が込められており、通訳した陳清福氏は、その場で濱崎ディレクターに「悲しい」の意味
を説明したという。

 だから、その後、高許月妹さんがパイワン語で語った内容が字幕で「悲しいね。この出
来事の重さ語りきれない」と流されたが、その意味は「すごくなつかしい」という意味だ
った。

 「訴状」でもその点を「要するに亡くなってもういない父親の写真を見て、懐かしいせ
つないと感嘆の声を上げただけなのである」と明らかにしている。

 ところが、番組では「当時、イギリスやフランスは、博覧会で植民地の人々を盛んに見
せ物にしていました。人を展示する、人間動物園と呼ばれました。日本はそれを真似たの
です」というナレーションとともに、どこかの博覧会で見せ物とされたイギリス植民地化
にあったインドの子供たちを「人間動物園」と表示しつつ、「展示された青年の息子、許

進貴(85)さん。そして娘の高許月(79)さんです」と紹介、そして父の写真を見た高許月妹
さんが「悲しいね、」と日本語で言い、続けて高許月妹さんがパイワン語で話す言葉を字
幕スパーで「(字幕)悲しいね。この出来事の重さ語りきれない」と出している。

 つまり、視聴者はこの兄妹の父が日英博覧会で見せ物として展示されたこと知った娘の
高許月妹さんが「悲しいね」と言った、と受け止めるしかないような内容に仕立てていた
のである。

 また、番組では「チャバイバイさんは生前、博覧会のことについて子供達に語ることは
ありませんでした」と説明しているが、彼ら兄妹は兄弟姉妹の中でも末子だそうで、小さ
いころに父は亡くなっているそうだ。だから、父親から聞かされなかっただけなのである。

 番組は、父のチャバイバイさんがいつ亡くなったとも、亡くなったときにこの兄妹が何
歳だったのかも明示せず「博覧会のことについて子供達に語ることはありませんでした」

とだけ説明する。そうすれば、父が子供たちに話さなかったのは、人間動物園として展示
されたことが不名誉なことだと思っていたからではないか、日本人に虐げられたと思って

いたからではないかというような受け取り方を視聴者がしてくれることを期してのことと
考えられる。

 ところが、クスクス村の人々にとって、日英博覧会への出演は「美しい記憶として後世
に語り継がれてきた」ものだった。この番組によって「非常に辱めを受けた」とつづるパ
イワン族の方々の怒りと悲しみは深い。

 なお、番組では娘さんの名前を「高許月」と表示していたが、この公開質問状でも明示
しているように「高許月妹」だ。これは明らかな間違いである。NHKはこの名前の間違
いくらいは早急に訂正し、高許月妹さんにも謝罪すべきであろう。     (編集部)

--------------------------------------------------------------------------------

 わたくしは華阿財と申します。1938年、屏東県牡丹郷高土村(クスクス村 kuskus)に
生を享けました。この地は、古くは高土佛社と呼ばれておりました。

 私はパイワン族(排湾族 Paiwan)であり、パイワン族としての本名は「バジェルク・
タリグ」(巴基洛克 達玄固 Valjeluk M,V,L)です。また、日本時代の戸籍には、日本
名の「松田勇」で登録してあります。

 私はかつて国民学校で教鞭をとり、後に公職に転じて牡丹郷郷長、屏東県議会議員を歴
任、現在は行政院教育部原住民教育政策委員および●伏龍安(カブルンガン kavulungan)

文史研究室の責任者を務めております。

 先週、NHKの番組「JAPANデビュー」において、台湾での取材から『パイワン族
の人々を人間動物園としてイギリスの日英博覧会で見世物にしたのです』という不適切な
表現を放送したと知り、非常に驚いています。高士村の人間として、非常に辱めを受けた
と感じております。

・1910年開催の「日英博覧会」の主旨、目的およびその内容は如何なるものであったのか。
 また、そこで何が行われたのか。

・高士村の人々が共有する博覧会の美しい記憶として後世に語り継がれてきたものを、な

 ぜ突然「人間動物園」という見方に変えてしまったのか。大変理解に苦しみます。

 我々村民一同は、上述の真相を明白にすることを強く求めるとともに、日本の関連当局
が速やかにNHKを招請して再調査し、事実を明らかにし、報道することを希望します。


 現代において、人類は民主自由を渇望し、平等を求め、偏見をなくし、種族を分かたず、
お互いに尊重し、信頼と愛を建立し、平和のために努力することを是とします。

 特に上記をしたため、お送りする次第です。

                   台湾屏東県牡丹郷高土村 書信人  華
阿財
                               連署人  許
進貴
                               連署人 高許
月妹
                               連署人  陳
清福

                               西暦2009年6月21日

*●は[九の下に日]
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永山英樹先生の メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より転載しています。
総局長も弁解ばかり。こんなNHKは解体あるのみ。

*************************************************************************
検証:NHK放送総局長による偏向番組「JAPANデビュー」の釈明
ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-739.html

■Nスペ偏向問題で日向放送総局長が記者会見

産経新聞(四月二十二日)によると、“5日に放送された「NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回『アジアの“一等国”』」の放送内容が偏向していたとして、「日本李登輝友の会」(小田村四郎会長)が同局に抗議したことをめぐり、同局の日向英実放送総局長は22日の会見”で次のように話している。

―――台湾の人たちが親日的であることは当然、十分承知していて、それを前提にして伝えた」との認識を示した。

これは、番組が台湾の日本語世代にインタビューを行い、差別など日本統治時代への不満を述べる部分などを盛んに取り上げ、台湾が反日国家であるかのような印象操作を行ったとの批判に対する釈明である。

■番組は明らかに「親日台湾」の事実を歪めた

日本李登輝友の会が抗議を行ったのは十一日。福地茂雄NHK会長宛の抗議声明を手交している。これに対してNHKは番組責任者のエグゼクティブ・プロデューサー、河野伸洋氏の名義による十四日付の回答を送付しているが、もちろんそれも日向氏のコメントと同質のものだった。次のようにある。

―――声明の中に、「『反日台湾』を印象付けるためだったのかとしか思えない内容」、また「日台離間を企図しているのかとさえ思われる内容」と記されていますが、番組の趣旨はまったく異なり、歴史の事実を共有することで、日本と台湾、日本とアジアの真の絆を見いだしたいと考えたものです。

―――台湾が親日的であるという事実は、多くの日本人が認識していることであり、この番組でも決して否定していません。一方そうした台湾にも、植民地時代の差別、戦争の深い傷が残されているという事実を伝えることが、日本と台湾のさらに強くて深い関係を築いていくことに資すると考えています。

「台湾に親日感情があることは否定していない」と強調するNHK。いったい番組のどの部分を以ってそう言い切れるのか。これについてある人がNHKコールセンターにたずねたところ、番組の最後に視聴者に教え諭すように流れるアナウンスがそれだそうだ。

つまり、

「親日的とも言われる台湾に、今も残る日本統治の深い傷。それは今後、アジアの中で生きて行く日本が、分かち合わなければならない現実です。過去と向き合う中から見えてくる未来」

たしかに「親日とも言われる台湾」とは言っている。だがこれは言うまでもなく「台湾を親日などと思われているが、実はそれだけではないのだ」と強調するためのものだ。そしてその結果、多くの視聴者は台湾人を「反日」と誤解したはずだ。

少なくともあの番組を見て、「台湾は親日的だ」と認識した者はほとんどいまい。

■歴史より政治―村山談話そのものだった番組内容

たしかに「差別」を受けたなどの「深い傷」はあろう。しかし今問題になっているのは、番組が「傷」をことさら指摘するだけで、台湾統治史のすべてを語ろうとする報道姿勢ではないのか。

「台湾にも、植民地時代の差別、戦争の深い傷が残されているという事実を伝える」ことが、「日本と台湾のさらに強くて深い関係を築いていくことに資すると考えている」と語るNHKの考えは、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた。未来に誤ち無からしめんとするが故に、この歴史の事実を謙虚に受け止め」ようと訴え、中国に歓迎された「村山談話」と軌を一にしている。

そのため番組は、懐かしそうに戦時中の話をしたり、教育勅語を暗誦する「親日」の台湾人をも、殖民地支配の犠牲者との位置付けで紹介するとの荒っぽい手法を採ったのだ。

歴史の真実など問題ではないらしい。まさに村山談話と同様、「歴史」より「政治」優先である。「歴史ドキュメンタリー」番組と言うより「政治宣伝」番組と言わざるを得ない。

日向氏が擁護するのは、こうした有害な番組なのだ。

■NHK放送総局長の非常識きわまりない発言

日向氏はこうも説明した。しかしこれは放送人としては非常識きわまりないものだった。

―――番組の趣旨、文脈がある。全要素を平等に個別の番組で伝えねばならないとなると、クリアに物事を申し上げられない。(NHKの)放送全体の中で考えていただきたい。

これは一つの番組で台湾人の「親日」「反日」、あるいは日本統治の「プラス面」「マイナス面」など、「全要素を平等に」伝えることはできないので、伝えられなかった部分は他の番組で補うことになる、と言っているのだから、番組が「反日」を強調したことを事実上認めたものだ。

実は私は同じような話をNHKコールセンターの「責任者」から聞かされている。私が偏向した番組は「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を規定する放送法違反だと指摘すると、「他の番組を含め、全体的に見て欲しい」と言われている。そこで私が「公平さ、多くの論点は一つひとつの番組に求められているのだ」と反論すると、相手は「それはその通りだ」と認めて沈黙してしまった。

沈黙したのはこの人には常識があったからだ。しかし日向放送総局長はどうかと言う問題だ。日本統治のプラス面に触れては「クリアに物事を申し上げられない」ような番組なら、最初から制作してはならないのだ。

■台湾人への侮辱を反省しない傲慢姿勢

日向氏はあわせてこうも言い切った。

―――恣意的に編集することはない。

会見が行われたのは二十二日。すでに番組のインタビューを受けた台湾の日本語世代の人々の証言のうち、日本のプラス面に関する部分が削除されたことが問題の焦点の一つとなっていた。だからこそ「恣意的な編集」が視聴者の批判にさらされていたわけだが、日向氏は「そのようなことはしていない」と言い張るのである。

「恣意的な編集」をしたテレビ局が「恣意的だった」とし、自ら進んで責任を認めたがるはずがない。しかし国民はこのような不誠実な姿勢を、公共放送局に許していいのかと言うことだ。

そして「恣意的な編集」が取材を受けた台湾人には侮辱であることも強調したい。事実、彼らはこの一点で憤っているとの事実がある。

そもそも「村山談話」的な考えを持つような人間は、その多くは「反日」の中国人には従順だが、「親日」の台湾人には傲慢なものである。実際にこれまで、中国ばかりに配慮して、台湾については、その存在すら無視する態度を示してきた。また反日言論を行う上で、台湾の「親日」ほど邪魔なものもないだろう。

だから被取材者たちは、台湾統治当時の日本人より、このような戦後日本人に不満を持っているのだ。そのことは彼らにインタビューを行ったチャンネル桜の番組を見れば明らかである。

■番組を肯定する視聴者はNHKの犠牲者だ

産経の記事には次のようにもある。

―――NHK広報局によると、同番組に対し、21日までに電話やメールなどで1900件を超える反響が同局に寄せられ、「戦前の台湾統治の状況をよく伝えていた」「日本は台湾によいこともしており、一方的に悪いという描き方は納得できない」などがあるという。

これを聞くかぎり、「反響」は賛否で真っ二つに分かれているようだが、実際にはどうか。

番組の濱崎憲一ディレクターは四月中旬ごろ、「反響」を十件ほど印刷したものを台湾の被取材者に送っているが、すべてが番組を褒めるものだったと言う。これを受けた被取材者たちは、NHKによる卑怯な隠蔽工作だと憤っているそうだ。

一方、それから数日後の段階で、肯定的な「反響」は十件程度しかないとの話(NHK内部の情報だそうだ)を、ある方面から聞かされた。

私はこれについて、二度にわたって視聴者コールセンターに聞いてみた。

「批判の声は結構あるが、肯定的な声もかなりある」などと、やはり曖昧な説明を受けたが、批判の声が殺到していることだけは確認できた。

「抗議は放送から一週間ほどがピークで、その後は減りつつあるのが事実。しかし『WILL』で渡辺(昇一)さんが書いたので、また増えることになるだろう」とも教えられた。同センターではQ&Aを用意して、抗議に対応しているとの苦労話も聞かされた。

それに比べ、肯定的な「反響」がどれだけあるかだが、「アジアは日本が再び侵攻することを心配している。そうならないようにするため、番組は良かった」との意見が寄せられたとか。こういう頓珍漢なものを挙げるほどだから、やはりあまりないのだろう。

そもそもどのような番組についてであれ、内容を肯定する層は、わざわざ意見を寄せるようなことはあまりしないだろう。

広報局ははっきりと「抗議、批判の声が殺到した」と言うべきだ。もし番組内容に自信があり、抗議が不当なものであると言えるなら、日向氏ともども、堂々とそう説明するべきだ。「(NHKの)放送全体の中で考えていただきたい」などとおかしなことを言わずに。

もっとも視聴者の多くが、あの番組を批判していないのは事実だろう。「すばらしい」と感じた者も少なくないはずだ。だがNHKが忘れてはならないのは、これらの人々のほとんどは、NHKの「ウソ」を真に受けた人々、つまりNHKの犠牲者だと言うことなのだ。

■暴走する反日放送局に栄養分(受信料)を与えるな

本二十九日付の産経によると、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬元文部科学相)は二十八日、福地会長あてに質問状を発送、質問状では、「同番組の内容について、(1)1910年にロンドンで開催された「日英博覧会」の紹介で、日本人と台湾パイワン族との集合写真に「人間動物園」とのキャプションを表記していた(2)台湾で神社参拝を強制して、道教を禁止した-など13項目にわたり、資料の有無などの明示を求めている」そうだ。

NHKの反日暴走を許してはならない。この反日放送局に栄養分(受信料)を与えてもならない。

全国各地でのさらなる抗議運動を呼びかけたい。

*************************************************************************
台湾の取材協力者をも侮辱!
国民の受信料で作られた反日洗脳番組に抗議を!
番組制作者の罷免要求を!




抗議先 福地茂雄会長宛てに、番組制作責任者・濱崎憲一ディレクターの罷免要求を!
[NHK]視聴者コールセンター 電話:0570-066066
[NHK] FAX: 03-5453-4000  メール:http://www.nhk.or.jp/special/
※福地会長に宛てたファックスは有効だ。

[放送倫理・番組向上機構(BPO)] 電話: 03-5212-7333  FAX: 03-5212-7330
    メール:https://www.bpo.gr.jp/audience/send/form.html

[総務省] 電話: 03-5253-5776 (放送政策課 直通)FAX: 03-5253-5779
      メール:https://www.soumu.go.jp/common/opinions.html
※鳩山邦夫総務大臣宛に問題提起を。

台湾研究フォーラムの永山英樹先生は、引き続きNHKを緻密に追求されています。
つい応援したくなります。
トコトン追求しましょう。NHK解体まで追及を。



追求!「人間動物園」の真偽―NHKスペシャル「JAPANデビュー」問題



ブログ「台灣は日本の生命線!」より ↓ブログでは関連写真も
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-740.html

■番組で最もショッキングだった「人間動物園」


日本の台湾統治史を台湾人弾圧史として描いた「NHKスペシャル/シリーズJAPANデビュー」(第一回 アジアの“一等国”)が最も視聴者にショックを与えたものと言えば、「人間動物園」ではないだろうか。

番組の最初の方で次のようなアナウンスが流れる。

―――日本のアジア支配の原点となった台湾。そこから近代日本とアジアとの関係が見えてきます。五十年間の日本の台湾統治を象徴する二枚の写真です。「人間動物園」、そして「台北第一中学校の生徒達」。

そしてNHKが「人間動物園」と呼ぶ台湾の原住民、パイワン族の古い集合写真が映し出され、こう説明する。

―――台湾の先住民族です。およそ百年前、日本は彼等をロンドンに連れて行き、博覧会の見世物として展示しました。この写真には世界にデビューした日本が、一等国へと登り詰めるまでの歴史が秘められています。

視聴者は驚愕したことだろう。「日本人はパイワン族を動物として扱い、無理やり連行して見世物にしたのか」と。そしてこれが「五十年間の日本の台湾統治を象徴しているのか」と。

■番組では証拠文書を映していないが

それではそこに、どのような「歴史が秘められている」のか。こうアナウンスする。

―――台湾領有から十五年後の一九一〇年。日本は統治の成果を世界に示す絶好の機会を得ます。ロンドンで開かれた日英博覧会。日本とイギリスの友好関係を祝う催しでした。近代国家として坂を駆け上ってきたジャパン。会場では日本の産業や文化が幅広く紹介されました。訪れた観客はおよそ八百万人。特に人気を集めたコーナーがありました。台湾の先住民族、パイワン族。日本は、会場内にパイワンの人々の家を作り、その暮らしぶりを見世物としたのです。

そして英語の文書が映され、

―――日英博覧会のガイドブックです。そこでは台湾の人々が「客の前で戦いの踊りをし、戦闘の真似事をする」と記されています。当時、イギリスやフランスは、博覧会で殖民地の人々を盛んに見世物にしていました。人を展示する、「人間動物園」と呼ばれました。日本はそれを真似たのです。

ここでフランス歴史学者、パスカル・ブランシャールが登場し、こう語る。

―――当時、西洋列強には、文明化の使命という考え方がありました。植民地の人間は野蛮な劣った人間であり、ヨーロッパの人々は彼らを文明化させる良いことをしている、と信じていました。それを宣伝する場が、「人間動物園」だったと言う訳です。

ここにおいて問題になるのは、日本は当時、実際に「人間動物園」としてパイワン族を見世物にしたのかだ。日本人は台湾で、平地人や日本人への襲撃を繰り返す原住民への討伐は行ったものの、帰順をすれば教育を施し、近代国家・社会の一員へと導くことに並々ならない努力を傾注したのが史実だが、本当に彼らを「動物」として扱ったのか。

ところが番組はガイドブックにある「戦いの踊りをし、戦闘の真似事をする」との字句は映し出したが、肝心の「人間動物園」の部分は示していない。

■はっきりしないNHKの簡単な回答

それは事実なのか。同じような疑問を抱いた人は多いようだ。

台湾の声編集部によると、ある読者が次のような質問をNHKに対して行った。

「『人間動物園』という言葉はいつ、誰が唱えた名称か。また出典は」

「『人間動物園』という言葉に善悪等の価値判断、批判が含まれるか」

「パイワン族の人達が興行主と契約して報酬をもらい、芸を見せていた可能性もあるが、調査はしたのか」

「『人間動物園』と称する行為は、少数異民族を紹介する一つの方法であって、当時の情報伝達の一手段ではないか」

これに対して「NHKスペシャル番組センター」からは次のような回答が寄せられた。

―――番組内でご紹介した歴史上の出来事は、関係史料・文献、台湾研究者への取材に基づき、正確に表現しています。「人間動物園」という表現についても海外の研究者の文献資料によるもので、善悪等の価値判断・批判ではなく、事実としてお伝えしています。以上、お問い合わせへのお答えとさせていただきます。

―――「人間動物園」については、参考文献として、以下を紹介させていただきます。
 “HUMAN ZOO”(LIVERPOOL UNIVERSITY PRESS, 2008) 『近代日本の植民地博覧会』(山路勝彦著、風響社、2008)

つまり「人間動物園」とは「海外の研究者の文献資料によるもので事実」だと言っているのだが、NHKが「事実ではない」と言うわけがない。

番組がイメージさせたように日本人が日英博覧会で「人間動物園」と呼んだことが「事実」かどうかが問題なのだが、この簡単な回答からは、それがわからない。

なお他の読者に寄せられたNHKの回答によると、“HUMAN ZOO”の一書は番組でコメントしたパスカル・ブランシャール氏の著書だそうだ。NHKによると同氏は「『人間動物園』などヨーロッパ植民地主義、近代フランスにおけるアジア人の活動などの研究で知られています」と言うことだ。

■興行収入目当ての「ショー」だった

日英博覧会ではパイワン族のほか、アイヌの「余興」もあった。「余興」とは「見世物」、「ショー」である。これらについて宮武公夫・北海道大学教授は「植民地統治の成果と正当性を示すための、台湾館や朝鮮館とは対照的に、観客を集めるために経営上重要な、見世物や余興の一部として明確に位置づけられていたといってよい」と述べている。

これら余興は英国人の企画によるものだったそうだ。

当時の資料によると「余興」には「アイヌ村落」「台湾蕃人(※原住民)の生活状態」の以外にも、日本家屋を建てて日本の物品の製作実演、パノラマ的な日本の田園模型、演劇、活動写真などがあった。

【参考】宮武公夫「黄色い仮面のオイディプス:アイヌと日英博覧会」
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/34083

なお「ショー」に出演したパイワン族には手当ても支払われた模様だ。当然である。彼らはペットではなく、日本国民だったのだ。

今でも台湾では、原住民の伝統的舞踏などを見せるショーはいくらでもあるが、もしNHKがそれらを「人間動物園」と呼んだら、人権侵害だとして大問題になるだろう。

■NHKコールセンター「Q&A」が規定する奇妙な説明

番組問題を取り上げた「週刊新潮」の記事(4月23日号、歴史歪曲と「台湾人」も激怒したNHK「超偏向」番組)で、「この時にパイワン族が披露したのは伝統的な踊りや模擬戦闘。歌舞伎や相撲の海外興行と同じで、誇りを持って自分たちの技を披露しているのです」との私の次のコメントが掲載された。

そこでNHK視聴者コールセンターへは「『人間動物園』とは歌舞伎や相撲の海外興行と同じではないか」との意見が寄せられるようになった模様だ。

コールセンターの職員から聞かされたことだが、彼らには番組批判に対応するための「Q&A」があり、このような意見、質問には、おおよそ次のような回答をすることになっていると言う。

「歌舞伎、相撲とは違う。被統治者であるパイワン族の家を建て、生活ぶりを見世物にしている」

つまり「サルの暮らしを見せる動物園のサル山の如し。だから『人間動物園』だ」と言うことだろうか。

もしそれならば博覧会で建てられた日本家屋の中で日本人が物品の製作実演を行ったことも「人間動物園」となろう。

言うまでもなくコールセンターの「Q&A」は、番組担当者から渡されたものだ。

■問題の重大さに気付いたコールセンターの対応

問題はあくまでも当時の日本人が、あるいは博覧会が、こうしたショーを「人間動物園」と位置付けていたかどうかなのだが、コールセンターは「それについての資料は番組側から届いていない」として、回答しない。

この問題でコールセンターの二人の「責任者」と話した。

一人は「視聴者には『人間動物園』は事実だと伝えている」と言っていた。

そこで私が「『人間動物園』の五文字はあまりにも衝撃的だった。もしこれが事実でなければNHKの責任は重大だ」と言うと「その通りだ」と頷くので、「証拠となる資料を番組側に求めるべきだ」と提案すると、「それはできない。あなたから直接確認して欲しい」と断られた。

それで「では私が問い合わせる。回答がきたらお教えする。それまでの間、『動物園』は事実かと聞かれても、答えないで」と求めると、「わかった。『こちらでは回答できない』と応じよう」と約束した。

もう一人の人には、番組が「人間動物園」と表現した理由について聞いてみた。

相手は慎重に言葉を選びながら「当時の概念だ」と説明するので、私が「当時英国などで一般的に『人間動物園』と呼んだものを、日本人が真似たと言うことか」と聞いた。番組のアナウンスでも「人を展示する『人間動物園』と呼ばれました。日本はそれを真似たのです」とあるからだ。

相手は「その通りなのだ」と答えた。「よく理解してくれた」と言う感じだった。

NHKは「日本が真似たものが、たまたま英国では『人間動物園』と呼ばれていた」と主張するつもりだろうか。

■「動物園」と強調した以上は具体的証拠を

私は番組に対してメールを送り、「博覧会で実際に『人間動物園』との呼称が用いられたのか。あるいは日本はそのような言葉を使ったのか。どのような史料に基づいての解説だったのか」と問い合わせ、現在回答を待っているところだ。

もし回答が「日本が真似たものが、たまたま英国では『人間動物園』と呼ばれていた。日本人がそのような言葉を使用したかどうかは関知しない」と言うだけのものなら、そのようなものは世の中には通用しない。

すでに番組は、パイワン族の写真を「人間動物園」だと強調し、視聴者を驚かせている。

また当時「展示された青年」(故人)の子供たちに父親の写真を見せ、「悲しいね。この出来事の重さ語りきれない」と、番組の中で嘆かせてもいる。

博覧会のことを聞かされていないと言う彼らは、NHKから「あなたたちの父親は人間動物園に入れられた」と教えられ、「悲しいね」と答えたのではないか・・・。

視聴者に「日本人はパイワン族を動物として扱って英国で見世物にし、アジアの一等国として台湾統治の成果を世界に示した」との強烈な印象を与えたNHKは、それが事実であったことを示す具体的な証拠を示すべきだ。

自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬元文部科学相)もNHK宛てに質問状を発送し、番組内容に関する十三項目の資料の有無などの明示を求めているが、その筆頭項目も「人間動物園」に関するものだ(産経新聞、四月二十九日)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

チャンネル桜による日台共闘NHK抗議デモの報道
【NHK・JAPANデビュー】NHK偏向報道に対する抗議デモ[桜 H21/4/27]
http://www.youtube.com/watch?v=2V_Pv0ccdgE
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■台湾の被取材者たちが語る真の歴史、そしてNHK。
下の番組動画を広めよう!

4月21日放送 旧制台北一中卒業生らを中心にインタビュー
1/8【台湾取材レポート】台湾取材の経緯などについて[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=dDMxsesr3TY 
2/8【台湾取材レポート】座談会・日本語族達の番組批評[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=s0xWSlGhCMM 
3/8【台湾取材レポート】蒋松輝氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=tAL0FzMAwks 
4/8【台湾取材レポート】藍昭光氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=8SOhCw4w_5M
5/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・1/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=eXvmpZbfooA
6/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・2/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=e9rYQ7ndA4I 
7/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・3/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=9lO3fbu508A 
8/8【台湾取材レポート】片倉佳史氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=m76GwZ9PNoA 

4月22日放送 龍山寺で戦争体験者たちにインタビュー。軍歌の大合唱も
1/5【台湾取材レポート】井上和彦・台湾取材で感じたこと[桜 H21/4/22]
http://www.youtube.com/watch?v=8dqmJrgoSHQ
2/5【台湾取材レポート】二二八紀念公園でのインタビュー[桜 H21/4/22]
http://www.youtube.com/watch?v=h7Anl-B1t1E 
3/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー・前半[桜 H21/4/22]
http://www.youtube.com/watch?v=_vg5wn-EF9k
4/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー・後半[桜 H21/4/22]
http://www.youtube.com/watch?v=5EOmXXtVgD0 
5/5【台湾取材レポート】台湾取材を終えて[桜 H21/4/22]
http://www.youtube.com/watch?v=Km9pUH9pBPM 
【NHK・JAPANデビュー】井上和彦・台湾取材12のポイント[桜 H21/4/25]
http://www.youtube.com/watch?v=jMY9XIhhe58
*************************************************************************
台湾の取材協力者をも侮辱!
国民の受信料で作られた反日洗脳番組に抗議を!
番組制作者の罷免要求を!

抗議先 福地茂雄会長宛てに、番組制作責任者・濱崎憲一ディレクターの罷免要求を!
[NHK]視聴者コールセンター 電話:0570-066066
[NHK] FAX: 03-5453-4000  メール:http://www.nhk.or.jp/special/
※福地会長に宛てたファックスは有効だ。

[放送倫理・番組向上機構(BPO)] 電話: 03-5212-7333  FAX: 03-5212-7330
    メール:https://www.bpo.gr.jp/audience/send/form.html

[総務省] 電話: 03-5253-5776 (放送政策課 直通)FAX: 03-5253-5779
      メール:https://www.soumu.go.jp/common/opinions.html
※鳩山邦夫総務大臣宛に問題提起を。

【検証】NHKスペシャル 台湾統治めぐり「一面的」
【5月3日 産経新聞】

 NHK総合テレビが4月5日に放送した「NHKスペシャル シリーズJAPANデビュ
ー」の第1回放送「アジアの“一等国”」に対し、出演した台湾人のほか日台の友好団体、
識者などから「一方的だ」と批判の声が上がっている。NHKは「番組にすべての要素を
盛り込むことはできない」(日向英実放送総局長)と反論するが、番組は何を取り上げ、
何を報じなかったのか。3日の第2回放送を前に、その“文脈”を検証する。(牛田久美、
草下健夫)

【台湾民族と漢民族】
 ≪一家は中国福建省から移り住んできた漢民族でした≫

 番組でそう紹介された元医師の柯徳三さん(87)は「私は漢民族ではない」と言い切る。
 「台湾人の祖先は、宋代に南アジアの少数民族との混血が進んだ。その一部が約200年
前に台湾に移り、南方系の先住民と結婚した。私でその移民から7代目。漢民族の血は1万
分の1も入っていない」
 台湾民族のHLA(ヒト白血球型抗原)を研究したことのある東京大学の徳永勝士教授
は「民族の呼び方は、その人たちのアイデンティティーを尊重するべき。(反発は)自然
なことなのでは」と語る。北京政府は、台湾を国家として認めず「中国の一部」と主張す
る。漢民族という呼び方は、その文脈に沿った表現といえる。

【日台戦争!?】
 ≪台湾人の抵抗は激しさを増していきます。戦いは全土に広がり、後に日台戦争と呼ば
れる規模へと拡大していきました≫

 番組出演者の蒋松輝さん(96)は「初めて聞く」と驚きを隠さない。「確かに祖先は抵
抗し、治安は悪かったが、戦争は言い過ぎ」。柯さんも「思いも寄らない言葉だった」と
語る。

 NHKは「日本軍だけで死者は5000人近くにのぼった。学者も用いている」としている
が、4000人以上はマラリアによる病死で戦死ではない。国立国会図書館の論文検索でも
「日台戦争」は1件もヒットしない。学説と呼べるのだろうか。

【人間動物園…】
 このほかにも、数多くの疑問が示されている。
 「台北一中の生徒は台湾人が2人だけで厳しい制限付きだったというが、教育は開かれ
ていた」(台湾協会、小原孝弼さん)

 「樟脳(しょうのう)生産や港湾整備を取り上げ≪金のなる島≫と強調したが、日本の
統治への高い評価が抜け落ちている」(日本李登輝友の会、柚原正敬事務局長)

 「(先の大戦で)21万の台湾人を戦場にかり出したと言うが、その10倍も(日本軍への)
志願者がいた事実は報じていない」(日本文化チャンネル桜、水島総代表)

 1910年にロンドンで開かれた日英博覧会で台湾の先住民族を紹介したことを≪人間動物
園≫と表現したことも、自民党議員らから反発を集めた。

【多面的か?】
 出演者の柯さんが「日本統治の功罪の両面を50%ずつ話したが、NHKが取り上げたの
は罪の部分だけ」と評したこの番組が放送された後、NHKには4月末までに2500件を超
える声が寄せられた。「多くが『一方的だ』という意見」(NHK広報部)だったという。
放送法3条は「意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにすること」と定めて
いる。台湾研究フォーラムの永山英樹会長は「日本が侵略者だというストーリーに合わせ
て証言、史実を切り貼りしている。一面的すぎる」と評する。

 日向総局長は、多面性の確保については「放送全体の中で考えてほしい」としている。
第2回以降の放送が注目される。
                   ◇
【用語解説】NHKスペシャル「JAPANデビュー」
 NHKが今後3年間にわたって「これから日本はどこに向かい、私たちはどんな生き方
を選ぶのか」(番組広報資料)をテーマに、歴史から教訓を探る目的で放送する大型企画
番組「プロジェクトJAPAN」の一シリーズ。NHKによると(1)アジアの“一等国”
(2)天皇と憲法(3)貿易で立つ国家(4)軍事強国-の4回を放送予定。

1904年のNew York Times紙上の記事 日本語訳

マイミクのyosh様が紹介してくれました。

yosh様はワシントン州にお住まいなされて、台湾国建国を確認するまで頑張ると今もお元気にご活躍なされておられます。
貴重な記事のご紹介感謝します。

NHKの恣意的な反日・反台湾の趣旨を貫徹した放送に反撃し、有耶無耶に終わらせない運動を、当事者と責任者・会長に責任を取っていただくまで追求しましょう。
1904年の新聞報道です。
全文をご紹介させていただきます。


SAVAGE ISLAND OF FORMOSA TRANSFORMED BY JAPANESE
Published on September 25th, 1904 New York Times
.................................................................
日本語翻訳者 前言

表題の如く、100年ほど昔の古い新聞雑誌の記事ですが、「台湾の歴史を原点に戻せ!」運動の一環として、其の原点の1945年から更に約半世紀遡り、歴史の実像を世に示すのも、現代人の使命かと存じます。1945年以降のシナ人の反日宣伝は理性と正義の範囲を脱逸し、しぶとく且つ厭らしい。

翻訳は大意を纏める方針で行い、地名のFormosaは現在の通称「台湾」で表示しました。紙面の関係で原文の英語版は割愛したが、メールでご所望あれば、折り返しメールします。

台湾国建国運動者:陳辰光 chengkuangchen@yahoo.com
October 13th, 2007
.................................................................蛮地を近代化した日本人の神技
*  極めて短い時間で、他の民族が出来なかった「険悪な野蛮地を近代化」に成功したのは、感嘆すべき神技!
*  すべての殖民国家の典範である。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

1904年9月24日、ロンドン駐在の日本台湾殖民経営のレポートを担当するタイムス誌の特派記者のレポート: 芸術作品の完成には三つの要素が必要である。生まれながらの才能、綿密な対応と経験である。 殖民の芸術にも例外は無い、ドイツ人はその殖民地経営の過程で、。試みに失敗した。綿密な対応にも拘らず、天性の才能或いは経験に乏しかったかを問わず、現実問題として最初の芸術作品は失敗するのがঈ 3;然である。ドイツ人がその殖民地経営に失敗した原因でもあろう。

多くの殖民国家は日本人の最初の殖民地経営の試みに興味を持っていた。特に荒涼、陰険な野蛮地(訳者註:清朝は台湾は鳥鳴かず、花香わず、男は強盗、女は売女、とまで蔑んだ)を「最初の殖民地」とする日本の経営が多くの殖民国家が抱えている解決不能な諸問題を克服したのは、特筆に価する。

台湾はシナ及び諸外国の無法者が逃げ隠れる巣窟であった。環境は険悪で無法者の住民達は、度々来た外来侵略者に殖民の機会を与えなかった。スペインもオランダも台湾の殖民を試みたが、失敗し放棄した。清朝(訳者註:漢民族というシナ人ではなく女真族、満州族の王朝、即、通称のシナ人が満州人に征服統一された王朝史実である)の入殖後も事実上この土地を放置し、その荒涼な無法者天国を放任状態に置いた。フランス人も英国人も台湾への攻略は簡単であったとはいえ、この険悪な荒廃蛮地に長く留まる事は無かった。

野性の薫陶

日本人が日清戦争の終結で台湾島を所望した時、清朝は寧ろ喜んだであろう。清朝の宰相李鴻章(総理大臣)は其の所望を諷刺して、曰く「日本はやがて、台湾を割譲したのは、非常に悪い取り引き、と後悔するだろう」。

日本人が台湾島に上陸した時の台湾は、海岸沿岸は海賊の蟠踞でコントロールされ、内陸では険悪な無法住民に制御されているか、部分的には土匪武力集団の犯罪組織の制圧下にあった。 彼らは海難の難破船又は航海中の船舶が島に接近の際に襲撃し殺害、略奪を繰り返した。 清朝が台湾島を領有していた間に、米国を始め、諸外国の多くの紛糾クレームはこの海賊行為であった。清朝はこのトラブルメーカの台湾を日本に割譲することを喜んだであろう。

日本は台湾島を完全掌握するに約一年の時間を費やした、1896年3月31日にこの野蛮地を文明の管轄下に治めた。しかるに、この島に在任していた清朝の官吏と現存地位を失う恐れを持つ旧官吏達は島の無法者と組み、新しい統治者の日本に反抗抵抗した。ましてや、この島は元来常に不安定な動乱状態にあったので、日本軍隊の掃討作戦で1902年にやっと平定された。

法律執行下の寛容

日本統治下の数年の平和は、険悪な住民達の行動と精神面での顕著な変化を齎した。日本の統治に理解、賞賛又は恩恵を感ずるにいたった。即、日本の非凡な成功は住民の偏見を尊重し、温和な指導を行い、高圧的な威嚇を避け、台湾の住民を文明の道へと導いた。例えば、日本人は台湾に古くから伝わる互助性質の「義警」組織を保留した。この組織は清朝統治下には民間人が土匪の略奪、火災、洪水や其他の天災地変にお互いに助け合い、身を守る仕組みであるが、この仕組 415;を通して新しい日本の法律を住民に伝えた。当時の法律は台湾に移住した日本人の為に有った。この新法律は文明に疎い住民達に即刻理解と受け容れられる物ではない。必要程度の手直しは、過度期には必要であり、住民の尊敬を勝ち得た。

アヘン患者の治療

日本又は台湾に住む日本人のアヘン使用患者は、其の事情により、牢獄刑罰を受けるが、台湾人患者の刑罰は無かった。アヘンの使用量を逐次減少する原則下、最終的には使用を断ち切る意味で、日本政府はアヘン販売を「専売制度下」に置いた。アヘン使用が法の許可するものであるが、使用禁止の方向原則をも、併用した。

アヘン患者と認定された者に限りアヘンを購買できるが、厳しい監視下に置かれた。極少量の供給制度で販売店制度のライセンスが与えられ、警察の監視は現在の使用者と使用者が増加しないよう、厳しく取り締まった。

同時に道義上の教育と管理が併用された。医師は不断にアヘンの害を説明し、学校でも教師がアヘンの習慣性の邪悪が身体と人生そして道徳的な害を使用者に強制すると広く教育した。

当時の人口は焼く300万人で、1900年に169,064人のアヘン使用患者がいた。1902年3月末には152,044人いたが、これはすべて登録した使用ライセンスを持っている。減少した17,020人は死亡かアヘンの使用を断ったものである。アヘン使用人数は懸命な政策下で、急速に減少している。やがては撲滅されるであろう。

1900年のアヘン輸入金額は3,392,602日本円が、1903年には1,121,455円に激減した。政府収入面で云えば、アヘンの制限政策は歓迎されない政策である。即、国の収入が減り、政策の推進に費用の支出が増加するためである。

日本政府は住民の宗教や風俗に干渉して感情を害する事無く、他の方面で、多くの改革改善を行い、事実上、日本の統治が良いと実証すよう努めた。

先ず、法を守る仕事人は最早土匪や強盗集団の暴威の威嚇を受け無くなった。公正な政府の統治下で、自由も有り、住民達の身体の健康にも、益する福祉建設も多く施された。

この島は流行性疾病に悩まされていたが、主因は不浄不潔な飲用水にあった。日本人は大幅な改善を行った。浄水の供給である。当時の台湾には深堀井戸又は自噴井戸は無かった。 新しい井戸の数字資料は無いが、台北地域人口の一割程の800個の井戸が掘られた。

学校制度の革新

教育は進歩の始まりである。日本人は素晴らしい学校制度を台湾に導入した。日本人の子供のための学校は60人の教師と2,000人の日本人学生がいた。 台湾本島人のためには130校の小学校があり、521名の教師、そして、18,149人の本島人生徒がいた。これは、現地人を文明文化人へと導いた始まりでしかない。

日本人はこの程度の改革に満足せず、最善の教育を台湾に敷く事に尽力した。医学の専門学校と日本語普及のための日本国語学校又は、教師養成に師範学校を創り始めた。台湾の医学専門学校は素晴らしい声誉をかち得た。遠東地区の唯一の、現代科学過程を学び、医学を実習する医学専門学校が台湾の住民に与えられた最初の学校である。校舎は台北に有り、師質充分な教授の指導下で、約150名の台湾の学生が医学の専門教育を受けている。

日本語国語学校は二つの目的がある。島民の日本語普及と日本人が現地の言葉を学ぶ事である。(訳者註:シナ人が1945年に台湾を占拠した後、北京語を強制し、すべての台湾現存言語の使用を禁止した。これは、時効の無い、戦争犯罪行為である。台湾人はこの歴史を明記すべきである。また、台湾のホーロー語をローマ字で書いたキリスト教のバイブルを捜査燃やしたのは、侵略者の地方文化の破壊行為としての戦争犯罪である。)これ等の人材は島民の教師となり、また日本人の通訳として活動した。

個人の幸福とは暴力を受けない健康な身体の安全の他に、繁栄もまた重要である。日本人は其の新しい植民地の台湾人に繁栄を齎した、又、其の繁栄は確実に継続するだろう。

鉄道交通網の建設

日本人が台湾を入手した時点に鉄道と言えるものは無かったが、不思議なことに、使い物にならい短い鉄道は有った。  建造がお粗末なうえ、管理運営はは話にも成らない。切符値段も貨物の運送料も毎日変動するうえ、運転ダイヤも無い。お都合次第で走行する実情であった。

日本人は台湾の実情と基本的な需要を見極めた後、各地鉄道建設の計画に着手した。先ずは、地図上で鉄道建設の全般計画を建てた。予算は日本円28,800,000円、英国ポンドに換算すると3,000,000ポンドであるが、当時は目玉が飛び出る程の膨大な金額である。

元来の古い鉄道を完全に立て直した。新しい建設は、新竹から高雄の鉄道は南北両端から、最大の努力で建設が始められた。1897年から1903年の間に95マイルの新鉄道が完成された。37箇所の駅と、210車両の貨物車と客車、そして、20両の機関車も整備された。

この間の鉄道の成長は目覚しく、乗客数は4倍増え、貨物の運搬量は10倍も増えた。このほかに、数ヶ月の短期間で、軽便鉄道が敷かれた。先ず、125マイル敷かれ、次に、52マイルが建設中という具合に敢行された。

郵政、電報と電話業務も引き続き成功を収めた。1896年から1902年の間に87箇所の郵便局が全島で、一斉に営業を始めた。1902年の業績は13,285,105件に上る手紙と葉書、114,779件の小包みを扱い、為替送金も336,207件あった。 電報線も1896年の900マイルから1902年の2600マイルに急成長し、平行して、電話線も1902年の1350マイルで、通話記録も3,690,228通と近代化への躍進である。

日本人入殖時の台湾産業は時代遅れの不合理方式であった。科学的根拠とか成果の検討等に関心も無く、其の知識さえない。台湾の住民たちは伝統的な大自然の恵まれた環境下での慣性に始終するのみで、付加価値の観念も能力もなかった。確かに、天の恵みで、一期作、二期作そして三期作の恩恵はあったが、その収穫は耕地面積と比例せず、また収益も充分では無い。

日本人は改良改革方法を導入し、米作の生産量は1896年から1902年には10%増加、お茶の生産量も5倍に増加、そのほかの農産物は、例えば、砂糖、芋、砂糖キビ、苧麻、黄麻、ウコン(生姜類台湾で姜黄とも呼ばれ、香料、染料の原料)も大幅な増産記録を記した。

巨大な森林も充分に利用活用されていない。島民たちは可也な資源浪費をしていた。例えば、クスノキから樟脳を抽出する過程で、樟脳油は廃物と看做されていた。日本人の改良案が実施された後の成果は、樟脳生産は1897年の1,534,596斤(台湾斤は600g)から、1903年の3,588,814斤、樟脳油は1897年の638,603斤から1903年の2,670,561斤と激増した。

鉱業も又しかりである。極めて原始的な「掘る」に過ぎず、不経済で、投入の動力に採算を無視した単なる「掘る」故に、成果は微弱であった。  日本人は辛抱強く、温和な態度と強い堅い信念で台湾人をよく教え導いた。幅広い分野で改革の成果を上げた。特に田畑の収穫は増加し、森林も科学方式が実施され、数百万株のクスノキも正しい場所に植えられ、鉱業も入殖の初期で大きな成果進歩を遂げている。

銀行と貨幣制度の改革

台湾の貿易と産業の改革進歩に纏わり銀行と貨幣制度の改革は必須である。必然的に台湾での独立した中央銀行体系としての「台湾銀行」が設立され、多くの私立業銀行も重点的に設立された。各地の郵便局にも郵便貯金の銀行業務が開設若しくは増設され、満足のできる成果を上げた。

銀行顧客数も1896年の5847戸から1902年の41145戸と増加、預金額も1896年の228,487円から、1902年の763,575円に増加した。台湾の貨幣制度も改革の必要が有った。従来の清朝式の金銀の硬貨或いは、延べ棒類の塊では交易の道具或いは貨幣の本質とはいえない。又、実際の商業交易に使用されていた、銅質の硬貨の鋳造も、体積と重量の面で不便か不可能に近いこの様な旧い金融制度もまたああ、近代化した日本の体系に取り替えられた。

日本は台湾への建設に莫大な資金を湯水の如く注入した。投資範囲は広く、黒砂糖の製糖工場、ガラス工業、製紙工業など、又多くの優れた技術者と管理者も台湾へ送り込まれた。当然ながら、この賢明な政策は充分な成果と見返りの報酬は有った。

上述の如く、台湾は動乱の歴史を繰り返す、厄介な島であったのが、極めて短い数年にて、安定し治まった。しかも、経済面での正常な運営が、功を奏し、島民の繁栄も、その所得の増加で見る事が出来る。政府の政策上の運営も、アヘン専売、関税収入、各種の税収入の数字の増収で、進歩が伺える。1986年の2,711,822円から1903年の12,738,587円と10倍の増加であった。

正常の地方収入も確実安定の途を辿り、苛酷税、抗議、動乱なども無く、これは、島民の生活が安定し、豊かに潤い、その恩恵としての税金の増収であろう。主な収入は土地税、家屋税及び各種の商業税である。1898年の747,850円から1903年の1,952,220円と4年間で3倍の収入であった。

資源の開発と進歩は当然ながら、人口の増加が伴う。1897年の人口総数は、2,455,357人から1903年には3,082,404人と増加した。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
後言:
翻訳者は台湾建国に従事する者の一人であるが、法的見解に重点を置き、このグループは2006年、10月24日に、米国政府を被告とし、ワシントンの連邦法廷で告訴を起こした。書類はすべて公表されてます。
法廷書類の全部 Lin v. USA Lawsuit case, English
http://www.taiwankey.net/dc/cdocs.htm

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