「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 より転載
【書評】国際広報官 張超英(まどか出版)
旧日本人街の邸宅が台湾現代史の現場だった
手に汗握る証言と波乱の広報官人生を活写 宮崎正弘
本書の原題は『宮前町90番地』という。二年前に台湾で出版された。
台湾の広報官だった張超英氏の「小説よりも奇なり」、波瀾万丈の生涯が淡々
と語られ、随所に台湾への愛着と熱血が流れていて感動的な書である。
張さんは、二期十年に亘って東京で台湾の広報官を務めた人物。なかには台湾
の政治家と中曽根総理とをいかに偶然を装って日本で会談させるか、外交の裏話
も満載。
日本と台湾の交流史としても凡庸な物語より遙かに面白く、だから華字圏で多
くの読者を得た。
刊行直後から日本語訳が待たれた。特別チームが組まれ、ようやく邦訳版がでた
。
わたしは本書を一気呵成に読んだ。
食事をとるのももどかしいほどに躍動的で歴史の裏面をかたる箇所など時間を忘
れるほど面白かった。
原著の題名はなにやらセピア色で蒼然としていて懐かしい懐古趣味と情緒的な
臭いのする印象がある。
日本時代の台湾神社の門前町だったので往時「宮前町」と命名され、その九十番
地が張家の大邸宅だった。台北市のど真ん中!
こんにちの園山飯店(台湾神社跡地)から台北市のメインストリート中山北路
二段が当該地である。
ある日、張さんと台北市内で宴会の帰り、タクシーに同乗して台湾セメント本社
あたりを通過したとき「このあたりが我が家だった」と対面のフォーチュンホテ
ル近辺を指さした。
いま周辺は三井、三菱など日本企業の入居するビジネス・ビルが林立、北の一角
に上島珈琲店がある。
そのとき初めて張さんの華麗な家柄の歴史を知ったのだ。
祖父は炭坑経営であてて財産を築き、往時は一千坪を超える広大な敷地のなかに
邸宅があり、表通りを中華民国政府大使館(王兆銘政権)に貸していたこと。戦
後、蒋介石軍が進駐してきたときは張家の建物にアンテナが建てられ、蒋介石の
クルマが並んだこともあった。
まさに台湾の近現代史を目撃した歴史的なスポット、それが宮前町九十番地、そ
の現場の視点から台湾近・現代史を目撃してきたのだ。
さて本書は十二年もの歳月をかけて張超英氏が記者に喋りつづけた記録を丹念
にまとめたもので、外交官人生の波乱に富んだ回想録でもある。
懐かしき日本時代の台湾の情景も、戒厳令解除後の民主化の力強い足並みの変遷
も文章に鮮烈に滲み出ている。(ちょうど日経連載の北方謙三の小説も、台湾を
舞台に実業家大活躍の話が佳境にさしかかっているが、これは余談)。
炭坑ビジネスであてた祖父、抗日運動に青春を燃やし機関誌までだしていた父
親はまるで「台湾のトロツキーだった」と。
その熱血を接いだ張超英氏は徹底した台湾の愛国者であり、自由と民主を台湾に
実現するために奮闘した外交官だった。
▲国際通の面目躍如の場面の数々
張超英氏はローカル色豊かな台湾人というより、むしろ自由、民主という共同
の価値観のために連帯する「国際人」であり、教養も豊かだが、つねに外国情勢
に通じていて物事を深く判断した。
物事を見つめる視野が広く該博な知識の持ち主だった。
しかも並の日本人より達者な日本語、くわえて英語も流暢で、もちろん母国語の
台湾語プラス北京語。
ハイスクールは香港、大学は日本である。留学生時代には神楽坂にも住んで、
のちに麻雀を題材に流行作家となる阿佐田哲也氏とも親交があった。いやそんな
ことより皇后陛下の学生時代にダンスパーティで話し込んだ体験もあるという。
張氏は1972年の日華断交以後、台湾が国際的に孤立するという、もっとも
難しい時代に駐日台湾大使館(正式には「台北駐日経済文化代表処」。当時は「
亜東関係協会」といった)で新聞組長(新聞広報部長)として日本のマスコミ対
策の任にあった。
とくに第一期目には台湾報道をまったくしなかった朝日、読売など大手マスコ
ミと永井道雄氏らの人脈を通じてアプローチし、日本のメディアをいかにして台
湾問題に開眼させたか、氏は淡々と外交努力を記している。
台湾の民主化を側面から支援し、戒厳令解除へと持って行った原動力は台湾国
内の民主活動家や独立運動だったが、海外でも台湾独立運動は燃えさかっていた
。
張さんが米国時代、助けられたのは主として民主党リベラル派で、共和党とのコ
ネが薄かった。
日本では灘尾弘吉、椎名悦三郎から青嵐会を経て、自民党議員でも台湾を理解す
る議員は少数派になっていた。
張さんは日台二国間だけの視座に囚われず、ひろく米国外交の文脈の中で台湾
問題、台湾海峡そして中国共産党を捉えるという問題意識が新鮮で、会う毎の会
話が刺激的だった。
こうして八面六臂の活躍を続けて日本と台湾の架け橋のために奔走した張氏が
急逝されたのは07年三月七日だった。
真っ白い雪のつもった朝、NYの病院で。したがって本書が遺作となった。
本書は台湾近代史の第一級史料ともなっている。
監訳は坂井臣之助、解説は宮崎正弘。
小生 この本を以下の要領で注文しました。
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版元「まどか出版」よりお知らせ
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