老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

CalendArchive

日本の時間

転職サイト『しごとナビ』
キャラクター【ナビちゃん】

プロフィール

Author:老兵
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

お勧め書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

おすすめ書籍

フリーエリア

フリーエリア

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

FC2カウンター

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

やはりインドは強かですね。
中印貿易を展開しながら、対中国政策を着実に展開している。
日本の立ち遅れが気になる毎日の連続です。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載しています。 
   平成21年(2009年) 1月23日(金曜日)
      

インドが迎撃ミサイルを基軸にミサイル防衛を本格化させようとしている。
 これによって南アジアの軍事情勢に地殻変動が起きる可能性が高まった。
**************************************** 

 インドの防衛力増強は中国の宇宙兵器の拡充に対抗することから始まった。

第一は米国の出方に微妙な変化が観察されることだ。
アフガン攻撃直後から米国の対インド政策は顕著に変更され、インドの核兵器保有を黙認したばかりか核技術提供に乗り出し、米印関係は蜜月時代。

ソマリア海域の海賊退治に駆逐艦貳隻をふくむ六隻の海軍を派遣した中国の、鄭和以来の海軍力の突出に神経を尖らせる米国は印度を筆頭にインドネシア、オーストラリアとの合同海軍演習なども繰り返している。

となると、表向き「米中は戦略的パートナー」などと言いながら、米国ははたして中国を軍事的に封じ込めようとしているのか、否か。
 日本、韓国を巻き込むMD構想は、それほどの進展は見られないばかりか、予算的裏付けがなく、投下する予算に見合う効果が本当に達成できるかどうか疑問である。
 だが、MD構想に「米国は台湾とインドを参入させる腹づもり」と北京筋は睨む。

 第二は中国の警戒もしくは猜疑心の広がりだ。
 中国はもとよりパキスタンとの軍事同盟は半世紀以上を閲し、イスラマバードに核技術供与を行った。
中パ合弁の武器工場がパキスタン国内で稼働し、パキスタン歴代大統領がまっさきに駆けつけるのは北京である。
 とはいうものの中国とインドの通商拡大は劇的に増加しており、07年双方の貿易は380億ドルへと飛躍し、2010年には600億ドルに達するという楽天的予測がある。 

 第三はイスラエルの魑魅魍魎的な暗躍と武器技術輸出だ。
 『アジア・タイムズ』紙(1月20日)に拠れば、インドはイスラエルとフランスの技術供与により、本格的な迎撃ミサイル(準ABM型)の実験を行った模様という。
 このミサイルがイスラエルの技術を加味した「プルスビ」と呼ばれる迎撃ミサイル。米国のパトリオットの原型のようなもとという。

 つまり大陸間弾道弾を迎撃できるミサイルであり、その技術は高度のレーダーなどが必要。試射は一連の実験措置で技術の確認をしている、と専門家は観測している。
 「AD1」,「AD2」と呼ばれるミサイルは、二年以内に本格的実験が行われるが、宇宙航空技術のインフラならび整合性が求められる。

 インドが宇宙の迎撃システムに取り組むのは2007年に中国が打ち上げたASATの影響である。
 イスラエルが供与したのは米国と開発したアロー・ミサイル・システムとも言われる。
しかし専門家のなかには、「いやいや米国を激怒させる高度技術をイスラエルが売るわけがなく、『グリーン・パイン』と言われるレーダーだろう」。
空対空ミサイルを含む新型プロジェクトのためにインドはイスラエルへ25億ドルを支払う合意が成立していると前掲アジア・タイムズが報じている。


 ▲インドの永遠のライバル=パキスタンをめぐる米中の角逐

 第四にパキスタンが米軍に空軍基地を貸与しながらも、他方では中国の代理兵力としての役割が増大している事実だ。
 地政学的にはパキスタンそのものを、インドからのICBM攻撃が行われる場合には緩衝地帯としても使える。
パキスタンに置かれた宇宙観測基地などから北京へわたる宇宙情報は逆に中国がインドをミサイル攻撃する際に、必要欠くべからざるものであり、多機能の宇宙衛星を補足するのがパキスタンという関係になる。宇宙における軍事能力の増加は、一方でインドの核戦力の能力を自動的に相対化してしまう。
 
第五はインドを囲む情勢の近く変動的激変。
 まずパキスタンが核保有してからというもの、イスラム過激派はパキスタンからの核技術入手に躍起である。
 インドは冷戦終了後、インド海軍が米国海軍と合同演習を繰り返し、ASEAN諸国とばかりか、日本とも国防交流を開始した。
 上記をふまえて米国はインドのパトリオット3システムの導入を迫っているが、インドは自主開発を希望しており、それが先の実験に繋がった。
 嘗て対印武器供与最大のロシアがだまってこれらの動きを見逃すわけはない。
 ロシアはニュー・デリーにABMシステムの売り込みをしている。

 かくて武器を巡るスパイ、商人、政府役員、情報員が南アジアを駆けめぐる。嘗てこの地を駆けめぐったのは日本人の「商社マン」「写真家」「冒険家」「宗教者」に化けた情報将校や民間のスパイだったのですが。。。。。。
スポンサーサイト

小生にとって人生の、日本再生・保守活動での師と仰いでいる千葉県のS氏がある月刊誌に投稿された論文を、師にお願いし公表させていただきました。
皆様にご紹介します。


「田母神論文について

田母神氏の10期先輩にあたるという、千葉県在住の防衛大学OBのOOOO先生からメールを頂いたので紹介し、この田母神論文について考えてみたい。
まずは、以下の文章をご覧頂きたい。OO先生が防衛大学同窓会に寄稿し、掲載を拒否されたという文章である。
      
   平成20年11月28日    航空O期生 OOOO


田母神俊雄空幕長更迭問題
 田母神俊雄空幕長が更迭されてから、早一ヶ月が経過しようとしている。
めまぐるしく変る世相に、メディアにおける本件のニュースバリューもピークを過ぎた感もあるが、それでも本日(11月28日)の産経新聞3面に田母神氏のインタビュー記事が掲載され、また26日発売の雑誌WiLL「1月新年特大号」に「田母神論文どこが悪い!」と題して、100ページの総力大特集を編纂しているからまだまだ余波は続いているともいえる。
 
さて今回の更迭問題に対するメディアや与野党も含んだ政治の対応は、予想されたこととはいえ実にお粗末なものであった。
その少し前、中山成彬氏が日教組を批判し(その他の発言もあったが)国土交通相の椅子を5日間で棒に振った事件があった。
この二つの出来事には通底するものがある。
村山談話に象徴される歴史認識問題といい、教育界における日教組問題といい戦後の日本という国家の在りようや、日本人の精神構造に大きな歪みをもたらしたものであるが、その共通の淵源こそは「東京裁判史観」そのものであるといえるからである。つまりこの二つの出来事は、左翼が多用する「自由・平等・平和・人権」といった類の甘美な言葉に浸ったまま、その本質的意味合いを問うことも忘れ、結果として東京裁判史観を超克することも出来ず、「商人国家」どころか「小人国家」に堕した国民に、鋭く警鐘を鳴らしたものであったといえよう。

しかしながら我が国の政治家やテレビ・商業紙などのメディアは、事の本質を論ずることなく「言葉狩り」で幕引きをしたのが一連の出来事の顛末であった。しかし世間はそう捨てたものではないと思はしめたのが、中山成彬氏や田母神俊雄氏の真意を聞こうとする民間団体の動きや、田母神論文を正論と評価する一方、村山談話を批判する知識人の声が多数挙がっていることである。

私事で恐縮だが、中山成彬氏の発言を一過性のものに終らせないために、日教組批判の講演会を今月の24日に企画主催し、また都内の若手企業家のグループから田母神氏を呼んで話を聞きたいと、仲立ちを依頼されている。
 このような世間の動きに意を強くしつつも、極めて奇異に感じることがある。それは防衛大同窓会も、航空自衛隊OBの翼会もそしてまた(役職のほとんどが防衛大OBである)隊友会も、本件について何らの動きも発言もないことである。
 
これは一体どうしたことなのか。 田母神氏が防衛大15期の同窓の仲間であるから、何が何でも一切の批判なしに支援
すべきだというつもりはない。しかしながら先ほどのWiLL「1月新年特大号」の広告を見ると、中西輝政京都大学教授の「田母神論文の歴史的意義」の小見出しに、「村山談話で自衛官を教育せよ、制服組の人事に政治が介入せよ、という朝日社説こそぞっとする」と書かれている。 
また知ってのとおり防衛省は、空幕と第6航空団に対して一歩間違えば思想統制とも言うべき防衛監察を実施している。
このようなあり得べからざる状況を目の当たりにして、無言のOBの存在とは一体如何なる存在なのかを問いたいだけである。

同じWiLLに、評論家の西尾幹二氏が「何に怯えて『正論』を封じたか」と題して寄稿しているが、それになぞらえていえば「何に怯えてOBの組織は『無言』を通しているのか」といいたい。いやもっといえば、怯えているのであればむしろ多少とも救いがある。何故なら、そこには「本当はこうしたい」との思いがあるのだろうと、読み取れるからである。
まったくの無関心、問題意識の無さ、功なり名を遂げた故の益々の自己保身、或いは高みに立ったつもりの評論家気取りでないことを祈るばかりである。
下記の論文は、東洋学園大学准教授の櫻田 淳氏が「空幕長論文の正しさ・つたなさ」と題して批判を展開されていたので、「真の近現代史観」懸賞論文事務局へ、田母神論文の所感に寄せて反論したものである。既存のメディアや政治家の口汚い罵りは、個人的感情のレベルでは腹が立つがある意味折込済みである。しかし櫻田 淳氏の正面切った批判には、きちんと反論する必要があると思い綴ったものである。 
大方の防衛大同窓生諸兄の批判を仰ぎたい。


 田母神俊雄前空幕長論文を読んでの所感

 数年前全国の中学校で一番多く使用されているT書籍の歴史教科書を精査したことがある。
 政治・外交的に微妙な近現代史については、特に極力一次資料に当たることを心がけつつ検証した。
 その結果は予想していた通り、東京裁判史観を踏襲した内容に終始していることが裏付けられた。
 つまり日本の中学生は、政治的意図を秘めた中国・韓国の対日歴史歪曲を、受け入れ易くする役割を担っているとしか言いようの無い教科書で自国の歴史を学んでいる。小学校・高等学校も実態は同様である。これが税金で以って購われている公教育の教科書の恐るべき実態である。

 さて田母神論文であるが、多くの文献に当たりつつ展開される史実に基づいたその歴史認識は、私のささやかな経験・知識に照らしても何ら違和感は無く、高く評価するものである。
今回田母神氏が空幕長の職を更迭された理由は、政府見解に反した廉であるがその政府見解とは「村山談話」を指しているので、「村山談話」に反した罪(?)ということになる。
そうであるならば政府の高位高官を首にできるほどの根拠となる「村山談話」とはそも、如何なるものであるかが今回の更迭問題の本質として議論の対象にならなければならないと考える。

しかし現実にはそのような本質論は等閑視され、その結果当然の帰結として、手続きの瑕疵に矮小化された議論や、政府の高官が政府に異を唱えるのはシビリアンコントロールに反するという、これまたシビリアンコントロールの本質とはかけ離れた浅薄な議論に終始した。「村山談話」は、我が国を侵略国家と断定している。つまり先の「大東亜戦争」は侵略戦争であったと世界に宣言したのである。ならばこの宣言に当たって過去政府は、総力を上げて大東亜戦争の検証をした結果であると言えるのかを問わなければならない。
当時村山首相は「侵略戦争」であったとの国会決議を目論んだが、500万余もの国民の反対署名運動が起こったためこれを諦め(小堀桂一郎東大名誉教授コラム、11月5日付産経新聞)、抵抗の少ない首相談話にすり替えて結局今日の「政府見解」が生れたのである。

署名運動の機会に浴さない国民も多くいたであろうから、反対の輿論が実際はその倍以上であろうと推定してもそれほど見当はずれでもあるまい。民主主義国家の首相が、500万以上という大きな輿論を無視して宣言した「村山談話」の出自のいかがわしさと、検証も経ずして軽々に「侵略国家」であると断定したそのいかがわしさを併せ持つ「村山談話」が、政府の高官を更迭する根拠になり得るのか甚だ疑問である。

 「村山談話」で日本は侵略戦争をしたと宣言したことは、政府自ら反日の歴史観を高々と掲げているという世界に例を見ない醜悪さを晒したことになり更には、お国の命令で愛する家族と別れ戦地に赴き勇敢に戦って戦死した国民と、非人道的な原爆や無差別爆撃で亡くなった銃後の国民の尊い死は、「犬死」、「無駄死に」であったと政府自身が言っているに等しく、犠牲者の御霊を冒涜するに止まらず遺族や後の国民を辱め、屈辱感を負わせる犯罪行為にも匹敵するものである。  

 さて田母神論文への評論として櫻田 淳氏が、「空幕長論文の正しさ・つたなさ」と題して11月7日付産経新聞正論コラムに寄稿されている。田母神論稿は「正しさ」を含んでいるが「賢明さ」を備えていないと、いかにも櫻田氏らしい鋭い指摘であるが、その「後者」の指摘には異論がある。櫻田氏は、二・二六事件時の幼年学校校長であった阿南惟幾の例を引き合いに、歴史認識に触れるのは武官の本分として疑義があると述べている。旧軍を引き合いにされたので、軍(自衛隊)の「士気」の問題を例にとって櫻田氏の疑義に応えたい。古来軍は、軍律厳しく士気高くなければ存在の意義がない。 

武力集団としての自衛隊も当然そのことを要求される存在である。その士気高揚は、自衛隊の本来的任務である戦闘行為の帰結としての戦死が、国家によって最高の栄誉・名誉として扱われるか否かと無縁ではない。
軍人の社会的地位と名誉が高く保たれていた戦前と、「侵略戦争」であったと戦死者を貶める首相談話を、「政府見解」として憚らない現在の自衛隊を取り囲む社会環境の天と地ほどの違いを櫻田氏は無視している。「靖国で会おう」を合言葉に戦死した英霊の深い思いを蔑ろにし、後世の人間の論理で国立追悼施設を云々するご都合主義を、自衛隊の若き隊員は目の当たりにしているのである。

「村山談話」といい「靖国問題」といい、戦死者の栄誉をいとも簡単に貶める現在の政治のあり方に、国家危急存亡の秋、全自衛官が果たして士気高く立ち上がるのか、今回も含めて過去に歴史認識に触れた政治家を安易に首にした歴代政府の事なかれ主義の対応が、自衛隊に深刻な問題を内包させる遠因になりはしないかと危惧するものである。

田母神氏は航空自衛隊のトップリーダーとして、その率いる組織を規律厳正にして士気高き存在にする任務を負う立場にあった。その田母神氏が、自衛官の士気を損ないかねない「村山談話」を通しての歴史認識に言及するのは、櫻田氏のいう「勇気ある問題提起」の範疇であり、職務とは関係のない個人の歴史認識の類で賢明さに欠けるという指摘は、あまりにも皮相的な見方に過ぎよう。
 
賢明さを欠く第2の理由として櫻田氏は、田母神氏の行為が内外の疑念に晒されながら黙々と実績を積み重ねて得た自衛隊への信頼を揺るがせるならば、その代償は誠に大きいものがあろうとしている。田母神氏が自己の信条は正しいと思っても、それとは相容れない立場の人は存在するであろうから、その指摘はある意味重く受け止めなければならない。
しかしながら戦前を引き合いにした自衛隊に対する内外の疑念の払拭を、自衛隊だけに負わすのは如何なものであろうか。
むしろそれは政治の世界が負うべき事柄ではないのか。
これほどの武力集団をいまだに軍隊ではないとする政治の虚構は、国民を愚弄し国際社会にいらざる疑念を抱かせ、日米同盟の真の運用を損ねるばかりではなく、自衛隊を宙ぶらりんな状態に放置し続けたことになる。

田母神氏がその不健全さを、「村山談話」に異を唱える形で指摘したと考えれば、これもまた現場を預かる者の「勇気ある問題提起」といえないことは無い。
一般論として政府の高官が、根源的問題を内包すると思われる政府見解に異を唱えることすら許されないとするならば、言論の自由を持ち出すまでも無くそのこと自体極めて不健全であり、国を危うくするものであると考える。
現職、つまり特別国家公務員の立場での発言を問題にする意見も聞かれる。それも一理あるが、一方退職し安全圏に入って発言するのは如何なものかとする立場の意見もある。
公務員の肩書きで行動することを安易に良しとはしないが、本件のように政治の不作為による、自衛隊の抱える根源的問題を表出するには、現職の立場で言明することに意味があると思われる。

その証拠に政府は慌てふためき、野党は興奮し、メディアも待ってましたとばかりに、国際社会の常識とはかけ離れた代わり映えのしない持論を展開した。もともと東京裁判史観を信奉している野党とメディアは「村山談話」に賛成であり、
政府は近隣諸国への過度の配慮という事なかれ主義でこれを踏襲しているいわば同じ穴の狢とも言うべき関係にある。
選挙を意識して田母神氏を国会参考人招致にしたが、あまり本音を喋られては困ると利害が一致し茶番劇に終わり、「村山談話」の胡散臭さを浮き彫りにさせる結果となったのは皮肉である。

メディアもこれに一枚噛んで国会中継をせず国民の知る権利に応えなかったのはジャーナリズムとして致命的ミスを犯したと思うが、公共放送のNHKの日頃の言動を思えば民放も含め、情けないもののさもありなんとの気もする。
田母神論文は、冒頭述べたように「村山談話」の素顔を露にする本質的展開にはならなかったが、戦後長く日本人を呪縛してきた東京裁判史観を顧みるよすがとなったことは否めない。」

この論考をお書きの鈴木様は、小生が教えを受けている関東の同士のお一人です。
最近以下の論考をブログに書かれていましたので、第二次大戦開始日を明日の控えた今日。今一度若年層の皆様にお考え頂きたいと思い、転載しました。

キーナンに反論した東條陳述は、「自衛の戦争であり、国際法上も何の問題もない、敢て責任があるというなら、それは戦争に負けたことである。」と述べていることに注目すべきでしょう・



憲法九条を固持する人たちへ


この文章中に出てくる「あなたがたは」というのはすべて憲法九条に固持する人たちのことを指していることをご承知ください。

私たち日本人は、物事を情緒的に、感情的に捉えるのがくせで、どうも現実を直視して物事を論理的に考えたり、論理的に討論することを苦手にしている民族ではないでしょうか。特にあなたがたは、こと戦争と核兵器に関しては、情緒的に、感情的にとらえるだけで、論理的に話すどころか、論理的に考えることすらできないのです。

戦後、戦争とは悲惨なもの、戦争することは悪いこと、このことばかり強調され過ぎたためもあるのでしょう、若者が祖国のためなら戦うという積極的な態度があまり見えません。それどころか例え他国に支配され、奴隷状態になっても戦う気はありませんなどと平然と応える若者もいるのです。この種の考え方がいかにまちがっているか、わからないのです。戦争することは悪と徹底的に教え込まれているからです。

私は戦争の悲惨さには、同意しますが、「戦争することは、すなわち悪」には同意できません。世界史には独立戦争という戦争がいくつもありましたが、この戦争は悪なのでしょうか。あなたがたは、戦争すること、即ち悪と考えていますが、それは戦争が敵、味方ともに悲惨な目に会わせるからという戦争の表面的な面でしか捕らえていないからです。

現在私たちは、高度な文明の発達の恩恵を享受しています。あなたがたに質問したい、高度な文明が発達した原因は、何だと思いますか。その原因は数え切れないほどの戦争があったからではないのですか。戦争ほど人類の文明発達に貢献したものはありません。人類は戦争することによって同じ人類、すなわち自分の身内を犠牲にしながら文明を発展させてきたのではないでしょうか。

人類は、過去において無数の悲惨な戦争を体験してきましましたが、文明の発達によって戦争で失ったものより、それ以上の恩恵を手にいれてきたのではないでしょうか。だからこそ地球上の人口が60億にも達しているのではないでしょうか。戦争と言うものが負の遺産ばかりでしたら、人口が増えるわけがないのです。

あなたがたは、私のことを「お前は戦争肯定論者か」と詰問するかもしれませんが、私は、あなたがたが考えようとしない、戦争の現実というものを説明しているだけです。

私の説明であなたがたは、戦争とは悲惨なものと一概にかたずけられないものがあることを理解していただけましたか。まだ理解していただけない方には、それではもう一つ質問しましょう。人類がこの地球上に誕生して以来、一回も戦争の体験をしなかったら現在、人類はどうなっているでしょうか。恐らく誰もこれほど高度の文明に達していなかったと答えるのではないでしょうか。最近ブラジルのアマゾンの奥地にいまだに原始生活をしている民族がいると、空中撮影した写真が新聞に載っていました。

恐らくこの部族は、最初から戦争を体験しなかったか、あるいは他民族との争いから、あるいは争いをさけるためにアマゾンの奥へ奥へと進入していったのでしょう。
それを考えると人類は、一度も戦争を体験しなかったら、現在人間の文明度は、原始時代から多少なりとも進んだ程度の文明になっているか、あるいは人類は滅亡したのではないかと考えてしまいます。

高度に文明が発達した現在でも、人間は天変地変に勝てません。いかに被害を少なくするかが精一杯です。ましてや太古の昔は、人類にとって天候がすべてです。
A民族の住んでいる土地は、天候にめぐまれ草木は育ち、動物は育ち、果樹は育ついいことずくめ、しかしすぐ近くに住むB民族の地方は、大変は干ばつで餓死寸前です。この時B民族は、A民族を襲って飢えを逃れようとするのが人間なのです。

このことは現在でも変わりません。環境悪化が極度の水準までに達し、水のみ場争いになったら、話し合いで解決することはできません。武力争いになり戦争で勝った方が水のみ場確保するのです。

あなたがたは、戦争など一切しなくとも、現在のような高度の文明を持つことができたと考えますか。戦争は人類の文明発展そのための必要悪であったと考えられませんか。その必要悪の戦争のために幾多の民族がこの地球上から消えてゆきました。例え地球上から消えていなくても、もう民族としてのアイデンティティを無くしてしまった民族が現在でもいるのです。満州民族がそうです。チベット民族がその危機にさらされています。

したがって日本が侵略攻撃にさらされた時、戦争することは悪いことだと言って無抵抗で侵略されるという事がいかに危険であるか、いかに間違った考えであるかを理解していただけたと思います。歴史を振り返れば人類の存在するところ必ず戦争がありました。人類は戦争と共存してきたのが人類の歴史です。したがって私たちは「治に居て乱を忘れず」、いつでも戦争に対する備えをしなければならいことはおわかりでしょうか。

私たちの戦争に対する備えが日米安保条約です。日米安保条約が結ばれた時、あなた方の中のお年よりや朝日新聞のような左翼の連中は、日米安保条約は日本を戦争に巻き込むといって大反対しました。日本が戦後60年以上も戦争にまきこまれなかったのは、日米安保条約のお陰なのです。それをあなたがたは、日本の憲法が戦争放棄を規定しているからと主張するのです。そんなことを主張するのは世界であなたがただけです。なぜか人類の歴史を考えたら、あまりにも非現実的ですからです。

憲法に戦争放棄をうたえば、戦争に巻き込まれないならば、どこの国の憲法も戦争放棄をうたいますよ。あなたがたは、こと戦争に関しては情緒的、感情的にしか考えることができないのです。

第一次世界大戦が1918年に終わりました。それから23年後に世界第二次大戦が始まりました。そして1945年に第二次大戦が終わりました。第二次大戦が終わって今年で63年目です。もう60年以上世界大戦のような大規模の戦争は起こっておりません。また今にも世界大戦が起こるような気配もありません。局地戦争はあちこちで起こっていますが世界大戦のような大規模な戦争は起こっておりません。なぜでしょうか。

その理由は核兵器が抑止力になっているからです。大東亜戦争の時初めて原爆という核兵器が使われました。この時人類は、特に先進国の人たちは、核兵器の恐ろしさを知ったのです。もう世界大戦のような戦争を起こしたら人類の文明の破滅どころか人類そのものが破滅することを知ったからです。ケネディー大統領の時、あわや米ソ戦が始まるかと思われた時がありました。しかし戦争が回避されました。核兵器が戦争の抑止力になったからでした。

この核兵器に対しても、あなたがたは情緒的にまた感情的に捕らえるだけで、すなわち核兵器反対、核兵器反対と核兵器廃絶を唱えるだけで、現実的に論理的に決して捕らえようとしないのです。あなたがたは、戦後一貫して核兵器反対、核兵器廃絶を訴えてきました。しかし現実はどうでしょう。核保有国が増える一方です。なぜか。核を保有した方が外交上優位にたてるからです。北朝鮮を見て下さい。

現在の北朝鮮は、アフリカの貧乏国と同じで本来なら国際社会で発言権などないに等しい。しかし核兵器を持っているというので、大国アメリカと外交面で堂々とわたりあっています。あなたがたはこの現実をどう見ているのですか。なんにも感じないのですか。インドとパキスタンは、カシミールの領土問題で毎年のように軍事衝突を繰り返していました。両国が核兵器をもったら年中行事のような軍事衝突がなくなってしまいました。

日本を敵視している中国や北朝鮮は、核兵器を持っています。あなたがたは、この両国に対して危険性を感じないのですか。日本人が二度と核兵器の被害を受けないようにあなた方は、核兵器廃絶を訴えてきました。しかし実際には、核兵器廃絶どころか核兵器を所有する国が増えている現状です。それなのにあなたがたは、なぜもっと現実的な対処ができないのですか。現実的対処とは何か。

スイスは永世中立国として有名です。国民皆兵制度で永世中立国としての国策を守っています。そのスイスは、原爆被害者としての体験もないのに将来の核戦争にそなえて各地の山中に核シェルターを備えているのです。核兵器が落とされても、核シェルターの中にいれば最低6ヶ月間ぐらい地上に出なくても生活できるようになっているのです。

核兵器廃絶を訴えても核保有国が増える現状を考えたら、あなたがたは、なぜに日本でも核シェルターを持とうと提案しないのですか。日本民族が二度と原爆の被害を受けないように核廃絶を訴えているのではないのですか。日本の大都市では、地下鉄が縦横に走っています。その地下鉄建設の時には、国の費用で核シェルターを建設することを条件にしていたら今頃何十万も収容できる核シェルターが存在したでしょう。

現在は核兵器が戦争抑止力になって大戦争が起きていません。しかし核兵器を持つ国が増え続け、テロリストまで核兵器を持つようになったらいずれ大戦争が起きるでしょう。
その時、日本が例え戦争当事者でなくても被害はまぬかれません。日本民族全員生き残ることは無理でしょう。その時は、できるだけ沢山の若者を核シェルターに非難させ、私のような年寄りは犠牲なるべきです。スイスという国はそこまで考えて核シェルターを備えているのです。

ところがあなたがたは、どうですか。日本が核兵器を持つべきかどうか論じ合うことも反対、核シェルターを備える考えもない、ただ核兵器反対だけを唱えるだけ。毎年原爆慰霊祭の時、核廃絶を訴えてそれで終わりです。あとはなにもしません。大学生が学校を卒業して社会に飛び立ちます。その時現実の実社会に即応した生活をしていかず、感情論や情緒論だけで生活していたら人生の敗残者になってしまうことぐらいあなたがたは同意するでしょう。国の安全も現実を無視し、感情論や情緒論だけで考えていたら、これほど危険なことはありません。日本の近隣諸国の現実、世界の現実を直視して、戦争や核兵器に対してもっと現実にそくして論理的に考えてもらいたいものです。それともあなたがたは、すでに中国の謀略にはまっているのですか。

改めて勉強になりました。
韓国がここまで進入してきているとは知りませんでした。
もう一度対馬について見直すことが必要ですね。


◆【対馬が危ない】(上)韓国、不動産相次ぎ買収
 (産経 2008/10/21)


 古事記や日本書紀にも登場する「対馬」(長崎県)。国境を背負い、古来、

防衛の要衝だった“防人の島”が、韓国パワーに席巻されている。韓国から

の観光ラッシュに続き、島の不動産が続々と韓国資本に買い占められている。

リゾートホテルに民宿、釣り宿…。過疎化に悩む対馬自身が本土よりはるか

に近い韓国に傾斜せざるを得ないという複雑な事情もあり、豊富な資金力を

武器に買収はこれからも激しさを増すだろう。韓国人観光客のなかには、自

国領土と本気で信じ込んでいる人すらいる。日本人が気づかない間に、対馬

は、安全保障、主権国家としての領土保全にかかわる深刻な事態にさらされ

つつある。

           ◇

 ◆自衛隊基地隣接地も


 対馬空港に到着してまず耳にしたのは、島内の不動産が韓国勢に買い占め

られていることを危惧(きぐ)する声だった。それも1人や2人からではな

かった。中でも、「海上自衛隊の基地に隣接する土地が韓国資本に買収され

た」という話に危機を直感した。



 真偽を確かめるため、対馬市の中心街・厳原(いづはら)町から車で国道

382号線を北上、海上自衛隊対馬防備隊本部がある同市美津島町竹敷を訪

ねた。



 竹敷地区はリアス式海岸特有の湾曲に富んだ入り江と無数の小島からなる

浅茅(あそう)湾に面している。古くは遣新羅使が停泊するなど、船舶交通

の中心だったが、明治19(1886)年に、自然が作った海の迷路を生か

して、水雷施設部が設置されたほか、日清戦争後はロシアに対する前進根拠

地として海軍要港施設が整備されるなど、国土防衛の要害であり続けた。



 余談になるが、近代に入り、ロシアやイギリスの対馬接近に脅威を感じた

日本政府は、島内30カ所に砲台を整備。特に昭和初期に作られた上対馬の

豊砲台には、巡洋戦艦から航空母艦に転用された「赤城」の40センチ連装

砲塔を設置するなど、対馬海峡全体を防衛できるよう整備した。この豊砲台

は太平洋戦争後、連合軍が解体を試みたが、あまりにも堅固過ぎ爆破するし

か手段がなかったという。



 このように、対馬は、風光明媚(めいび)な観光地だけではなく、国土防

衛の要の地として島全体が要塞(ようさい)として歴史を刻んできた。



 竹敷の集落に入るとすぐ、海沿いの左側にみえてくる大きな建物が防備隊

本部だ。同本部は、島北部の大浦基地と南部の安神基地を統括、対馬海峡近

辺の情報収集に当たっている。防備隊本部と隣接してリゾートホテルが目に

飛び込んでくる。



 対馬市議会の国境離島活性化特別委員会委員長の作元義文市議(58)に

よると、以前は、旧大洋漁業系の大洋真珠の加工工場だったが、真珠養殖業

の衰退で平成14年に工場を閉鎖。海自に隣接するため、自衛隊に買っても

らうつもりで話をしていたが、先延ばししているうちに、昨年夏、島民名義

で韓国資本に買われてしまったという。現在は、韓国資本が100%出資す

るリゾートホテルに様変わりしていた。



 ◆行幸の碑も“人質”


 敷地内には、韓国の寺院を思わせる檜(ひのき)造りの門が来訪者を威圧

するように構えている。駐車場に車を止めると、マネジャー風の韓国人男性

が飛び出してきて、厳しい表情で取材はダメだという。見学するだけという

条件で門をくぐると、10棟近くの戸建ての宿泊施設が並ぶ。門は“国境”

の意味を兼ねているのだろうか。韓国領に足を踏み入れたような違和感を覚

える。



 真珠工場が使っていたとみられるはしけには、釣り用のボートが停泊して

いる。旧海軍ゆかりの赤煉瓦(れんが)の弾薬庫が場違いな雰囲気で残され

ている。平成2年、天皇、皇后両陛下が長崎県を行幸啓の折、真珠工場にお

立ち寄りになったことを記念した「行幸記念の碑」が宿泊施設にはさまれ、

人質のように鎮座している。



 敷地は険しい岸壁と海に囲まれ、外から中の様子をうかがうことはできな

い。ただ、海からはボートで自由に出入りできる作りになっている。



 韓国人男性によると、70人ぐらいは宿泊でき、近くの島民8人が従業員

として働いているという。



 ある地元住民が匿名を条件にこう言って顔を曇らせた。



 「自衛隊の動向がいつも監視されているような気がする。買い戻そうとい

う声が上がったこともあるが、一度買ったものを手放すはずがない。今更、

手の打ちようはないが、せめて両陛下の記念碑だけは市が引き取るなど対処

してほしい」



 対馬で民宿を経営する在留韓国人によると、このリゾートホテルの実質的

なオーナーは釜山に住む60代後半の畜産会社社長。最初は別荘を計画、知

り合いの島民名義で3000坪を5000万円で購入したが、その後、2億

5000万円の費用をかけてホテルに改築したという。



 この韓国人は「10人ぐらいの地元島民をかき集めて、突貫工事で完成さ

せた。工費はすべて、現金で支払われた」という。



 そういえば、門に使われている檜は、至る所がひび割れしていた。生木を

十分に乾燥させないで使ったためだろう。いかに急ごしらえで改築したか。

その性急ぶりを象徴している。

           ◇

 □浸食される国の要衝


 ■土地名義も経営者名も島民…最近まで気づかず


 ◆無人島にも触手?


 竹敷地区の漁業を管轄する美津島町西海漁業協同組合の黒岩美俊組合長

(74)によると、同地区には、このリゾートホテル以外にも、防備隊本部

に近接するように韓国人が経営する民宿が2軒あり、20人近い島民が雇わ

れているという。



 対馬空港から車で5分ほど行った対馬海峡と浅茅湾をつなぐ大船越地区で

も民宿が韓国人女性に買収されていた。



 そこで働く島民によると、もともと、日本人が経営していたが、昨年、経

営不振で競売に出された。それを知った旅行会社の元添乗員だった韓国人女

性が、知り合いの日本女性の名義で、土地と建物を650万円で購入したと

いう。



 近くに住む3人の日本人女性が雇われ、掃除や食事の準備をしているという。



 作元市議によると、不動産の買い占め場所は1カ所に集中せず、点在して

いるが、なかでも風光明媚(めいび)な浅茅湾の周辺に人気があるという。

ただ、「浅茅湾には無人島が多いので、これからは何十とある無人島に触手

を伸ばす韓国人も出てくるのでは」と激しい買い占め工作に危機感をつのら

せる。



 ホテルや民宿だけでない。釣り宿も標的になっている。朝鮮海峡につなが

る峰町狩尾の三根湾沿いにある釣り宿を訪ねた。韓国人観光客が20人ほど、

釣りの準備をしている。船長らしい日本人に声をかけてみたが、警戒してい

るのか、反応が鈍い。顔を曇らせたのは、外国人に禁止されているまき餌に

協力している可能性があるからだと、後で知った。釣り船は4隻。午後2時

に出発して日没後の午後9時ごろまで客の面倒を見るという。



 ■従業員は島民


 この釣り宿は、在留資格のある韓国人が現地法人を立ち上げて経営、オー

プンして4年になる。もちろん、宿泊客は韓国人観光客で従業員は近くの島

民だ。



 対馬協議会事務局長の友納徹氏(58)によると、この釣り宿のオーナー

はさらに、大きな観光ホテルを計画しているようだという。



 観光地にバンガローを建てる韓国人もいる。日本海海戦記念碑が建立され、

三宇田海水浴場にも近く、観光地として知られる上対馬町殿崎。朝鮮半島を

望める韓国展望所に通じる県道わきの雑木林から茶色の屋根が7つのぞく。

韓国人が島民名義で建てたバンガローだ。



 地元島民(75)は「この夏、見かけん子供がいっぱいおるけん、どこの

子かと思って話しかけたら、韓国語でしゃべるからびっくりして。しゃべら

んと全く分からん」というが、時既に遅し。土地の名義も経営者の名前も島

民になっているため、最近まで全く気づかなかったという。



 友納氏によると、不動産の買い占めが始まったのは20年ほど前のことで、

当時は、宗教団体関係者が1000万円単位の現金をちらつかせて買いあさ

っていたという。ここ数年は韓国資本が個別に進出、民宿だけでも島全体で

すでに15軒ほど買収され、進行中の計画を含めるとその数はさらに増える

という。



 ■チラつく中国の影


 同氏は「つい最近も、上対馬で30万坪の山林を漁業関係者から買おうと

する動きがあった。これはうまくいかなかったようだが、気になるのは、韓

国人だけでなく、中国の影がちらつくケースもあることだ。マンションを買

って民宿を始めたある韓国人を調べると、中国と取引をしていることが分か

った。とにかく、買い占めているのが民間人なのか、企業なのか、それとも

組織だったものなのか、全く分からない」と続ける。



 こうした韓国資本による不動産の買い占めに財部能成市長(50)は「韓

国人が、現地法人を作ったり、日本人の名前を使ったりして不動産を取得し

ているのは事実のようだ。特に、経営不振の民宿が狙われやすいと聞いてい

る。ただ、どのくらい買い占められているのか、実数はつかめない。島全体

に点在しているし、書類を見ただけでは分からない。情報をもとに推測する

ほかない」と頭を抱える。



 買い占めている韓国人の目的はおろか、その素性さえも分からないという

のが実情だ。



 ■強い韓国領土意識


 対馬の領有権については、太平洋戦争後、李承晩政権が、連合国軍総司令

部(GHQ)に対し、竹島だけでなく、対馬についても「韓国の領土であり、

日本によって強制的、不法に占領された」として、日本からの割譲を要求し

たが、GHQは「根拠がない」として一蹴(いっしゅう)している。韓国側

は、慶尚南道馬山市議会が、平成17年、「対馬島は韓国領土であることを

内外に知らしめ、領土権確立を目的とする」という条例を可決するなど、対

馬が韓国領土であるという主張を崩していない。しかし、魏志倭人伝にも対

馬は倭国の領土であると記載されており、有史以来、韓国の領土ということ

はありえない。



 ただ、上対馬観光物産事務所長の武田延幸さん(58)が「観光客の中に

は『対馬は魅力がある。やはり、昔から、対馬は韓国のものだから、山も欲

しいよねえ』とはっきり言う者もいる」というように、依然として、対馬が

韓国領土だと信じている韓国人がいるのも事実だ。対馬が韓国の領土という

意識が強ければ強いほど、ますます、進出してくるのは火を見るより明らか

だ。



 実際、話を聞いた在留韓国人は「これからは在留資格をとって、本格的に

進出してくる韓国人が増えるのではないか」と断言した。



 財部市長が「このままでは、10年かかるか20年かかるか分からないが、

いずれ韓国色に染まってしまう可能性がある」と漏らした。



 国家の要衝が、虫食いのように侵食されていく。根は想像以上に深い。数

年後、オセロ風ゲームのように、気がつくと、島の大半が韓国色に染まって

いるという事態も十分に予想される。財部市長の不安は、単なる危惧(きぐ)

では済まされない。対馬はそこまで追いつめられている。

          ◇

【用語解説】対馬

 長崎県に属し、周囲に大小98の属島を持つ国境の島。平成16年に元の

6町が合併、島全体が対馬市となった。最大の街は、厳原(いづはら)町で、

同町から福岡までは対馬海峡をはさんで約138キロ離れている。島の最北

端の比田勝港から釜山までは最短距離で49.5キロと半分以下の近距離に

ある。ほぼ全域がリアス式海岸に囲まれ、島の中央部にある浅茅(あそう)

湾は風光明媚な観光地として知られる。『古事記』には最初に生まれた島の

一つとして「津島」と、また、『日本書紀』には「対馬州」「対馬島」と記

されている。古代から大陸との交流があり、外交面での要所であると同時に、

防衛、侵攻の最前線基地だった。

Copyright ©老兵の独り言. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha.

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。