「部落解放運動への提言」についての若干の私見 (その6、最終 )
(3)部落解放運動再生への道
1 「特措法」時代の光と影の厳しい総括と意識改革
提言は「運動論の再構築と組織の抜本的強化」の為には、「特措法時代の「光」と「陰」の厳しい総括がなされなければならない」という。
提言は光の部分についての若干の総括をしている。問題は陰の部分である。
特措法のもとでの33年間で、『「個々の要求はそのための手段である」という方針が守られず、個々の要求実現が目的となってしまったという問題がある』と厳しく指摘している。
「この結果、部落の中に、特別措置にもとづく特別施策に依存する傾向を生み出してしまった」と。
この総括は正鵠を得ているといえよう。福岡県の部落解放同盟と県との交渉内容が、情報公開で入手できたが、それを見る限り、この総括された部分がそのまま現在も踏襲されている。県レベルでも自己反省という言葉は解放同盟の辞書には存在しないと言える。
提言の指摘を、部落解放同盟委員長を生み出した福岡県で今でも実践している。提言は以下に指摘しているか。
「本来、特別措置は、劣悪な実態があるのに、一般施策でそれを改善することができない場合、一時的にとられる措置で、目的が達成された時点で廃止しなければならないという基本原則が忘れ去られ、いつまでも特別措置が実施されるものという認識が定着してしまったという問題もある」。今やこの延長線上に人権擁護法案があるかのごとき発言もある。
「部落解放運動の社会的信用の回復に向けて、これらの「陰」の部分に関する厳しい反省を踏まえた取り組みが問われている」。今まさに福岡県で問われているのだが、所詮問うのが無理な状況でもある。「夢のまた夢」という感を受ける。
「2002年3月末で特別措置法にもとづく特別措置は基本的には終了した」(提言)
部落解放同盟は、特別措置に代わるものを引き出そうと悪戦苦闘している。そこには水平社以来の毅然とした崇高な目標なんて見つけ出すことは出来ない。「決意を新たにし、同盟員の意識改革のうえに立って、再出発しなければならない」なんて出来るものではない。
「2002年3月末で特別措置法にもとづく特別措置は基本的には終了した」(提言)という厳粛な事実に立脚した総括をしない限り、幾ら運動論の再構築を唱えたところで、百年河清を待つがものである。現実の運動に大きな変革をさせうるような総括がされ、部落解放同盟は変った、総括から学んでいると評価されるような運動の展開が起こることを待っている。
運動論に関する続編についての小生の意見は、門外漢でありますので控えさせていただきます