老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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以下のような呼びかけをミクシィでしました。

福岡県・近県のミクシィ愛用の皆様。
いよいよ福岡県で市民連帯の集いが開催されます。
多くの皆様のご参加を、小生からもお願いします。

私への法務局の調査も福岡県でした。
怒りをもってご参加ください。お願いします。


今国会にて成立が図られております『人権擁護法案』に対し、

 表現の自由を求める市民を結集してこれを阻止すべく、同法案

 推進派の拠点のひとつである福岡県において新しい市民団体「

 人権擁護法案に反対する市民の連帯」を旗揚げすることとなり

 ました。


 来る3月15日に福岡市天神において市民の連帯発足式及び市

 民決起集会を開催致しますので、お忙しいところとは存じます

 が万障繰り合わせの上、ご参加いただきたくお願い申し上げま

 す。

        記

 日時■平成20年3月15日(土)17時より


 場所■福岡市中央区天神「福岡ビル」9階

   (福岡市中央区天神1−11−17)

   西鉄天神大牟田線「福岡(天神)」駅より徒歩約1分

   福岡市営地下鉄「天神」駅より徒歩約1分


 名称■「天神集合!人権擁護フォーラム2008」


 主催■人権擁護法案に反対する市民の連帯


 会費■無料


 お問い合わせ先:電話FAX092−553−5126(事務局)

沖縄タイムスを読んでいる沖縄人?

■ 国際派日本人の情報ファイル■

沖縄タイムスと「バカの壁」

伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1409 ■ H20.03.03 ■ 9,589 部 ■■■■■■■

 国際派日本人養成講座537号「何を目指すか、沖縄タイムス」
[a]を書いている途中に、現在、問題となっている米兵の暴行
事件を同紙がどう扱っているか、調べてみた。紙数の関係で
「講座」本文には取り上げられなかったが、「なるほど沖縄タ
イムスとは、こういう新聞か」と驚かされた記事があったので、
ここで紹介したい。

 3月1日付け朝刊1面のコラム欄「大弦小弦」の一文である。
まず、謝罪に訪れたライス長官と福田首相の会見シーンの描写
から始まる。

 ライス米国務長官が先日来日し米兵暴行事件について
「極めて遺憾であり申し訳ない」と謝罪した。事前に報じ
られた範囲の表現にとどまり、目新しさはない。

 驚いたのは、福田首相との会談で足を組み右足を伸ばし
て座るライス長官の写真だった。対照的に首相は両足をそ
ろえ、ひざの上で指を組んでいる。二十八日付の本紙朝刊
一面、「極めて遺憾」という見出しと写真がしっくりこな
い。

「両足をそろえ、ひざの上で指を組んでいる」首相のきまじめ
な姿勢に対して、「足を組み右足を伸ばして座るライス長官」
の写真が、「極めて遺憾」という見出しと「しっくりこない」
と個人的な感想を述べる。

 ちょうど朝刊編集の作業をしている最中に見つけたの
で、担当デスクにそのことを進言した。するとデスクは
眉間にしわを寄せ「二人とも笑っている写真しかないか
ら送り直してもらったんだ」とさらに渋い顔。

 これでは、ライス長官は尊大に足を組み、笑ってばかりいた
ような印象を受ける。

 結びはこうだ。

 十数年前のこと、地方の市長選では珍しく候補者座談会
を開いた。翌日一面の両雄が握手を交わす写真に、ある陣
営は大喜び。「うちの候補が背も高くて堂々と写っている」
というわけで討論の内容は二の次だ。

 それほど写真は印象を左右する。ライス長官のしぐさは
アメリカ人の、あるいは個人の「スタイル」なのか。そう
理解しようとしてもまだスッキリしない。意識的にそうし
たのか、無意識に日米関係が表れた瞬間だったのか…。

 会談の途中にライス長官が足を組んだ時もあったろう。アメ
リカ人ならよくある事だ。そして首脳どうしが会うのだから、
お互いに笑顔を交わすのも外交として当然であろう。

「討論の内容は二の次だ」というのは、このコラムも同様で、
会談の内容は二の次どころかまったく触れずに、ライス長官が
「足を組み、笑っていた」という一瞬の情景だけから、「無意
識に日米関係が表れた瞬間だったのか」とまで、驚くべき深読
みをして見せる。

 おそらくこのコラム氏の頭の中には、「米国が軍事的に日本
を利用している日米関係」という固定観念で凝り固まっている
のだろう。その固定観念を通して見れば、ライス長官の足組は、
ただちに「日米関係が表れた瞬間」と反射的に解釈できるのだ。
ここには論理も何もない。単なる個人的印象だけの世界である。

 養老孟司氏のベストセラー『バカの壁』では、次のような一
節がある。

 自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断
してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一
種の「バカの壁」です。

 このコラム氏に、中国の脅威だとか、それに対する日米同盟
の重要性など説いても、そんな「自分が知りたくないことにつ
いては自主的に情報を遮断」してしまうだろう。

 新聞は、我々誰もが持つ「バカの壁」を打ち破るために、多
面的な情報を提供するという社会的使命を持つ。それを始めか
ら「情報を遮断」して、特定の偏った情報しか流さないのでは、
報道機関というより政治的宣伝機関である。

 こういうコラムを第一面に堂々と掲げる沖縄タイムスは、や
はり「過激派、新左翼の機関誌」なのだな、と思われた。

日本再生ネットワークが長谷川先生の「正論」で書かれた人権についての一面に触れておられます。

人権は左翼が使うものと言う傾向に小生も埋められています。
もういちぢ検討する問題提起です。
考えて見ましょう。


◆「人権」の正しい歴史認識が必要

 (産経 2008/3/3)


【正論】埼玉大学教授・長谷川三千子


 ■もし「擁護法案」を作るにしても…


 ≪■「常識」を反映するが…≫


 いま人権擁護法案がふたたび国会に提出されようとしてゐる。この法案の

危険性については2月19日付の本欄で百地章氏がすでに意を尽くした解説

をしてをられるので、ここでは少し角度をかへて、もしわれわれが本当の

「人権擁護法案」を作るとしたら、それはどんな法案でなければならないの

かを考へてみることにしよう。



 3年前に発表された案によれば、この法案の第1条には「人権尊重の理念

を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発」といふことが目的

の一つにかかげられてゐるのであるが、この〈人権についての理解〉といふ

ことこそ、法案を作る人間自身にとつて、もつとも重要なことなのである。

人権といふものについて、今更これ以上知るべきことなどない、といつた思

ひ上がりほど危険なものはないと言つてよい。



 たしかに一見すると、人権といふものはただわれわれの素朴な常識を反映

してゐるにすぎないやうにも見える。たとへば日本国憲法第13条には「生

命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」について「立法その他の国政の

上で、最大の尊重を必要とする」と定めてゐるのであるが、これは古今東西

を問はず、およそすべての「よき政治」が目指す大目標として広く認められ

てきた事柄である。



 国民の生命を守れないやうな国政は失政であるし、さらに注文をつけるな

ら、国民が自由にのびのびと豊かな生活を楽しむことのできる政治が望まし

い−このことに反対する人は一人もゐないであらう。だからこそこれらは

「基本的人権」と呼ばれて、人権概念のなかでも最優先の重要課題とされて

きたのだ、と理解できるのである。


 ≪■ホッブスの貴重な洞察≫


 ただ、ここで唯一の、そして最大の問題は、これらが「個人の権利」とし

て認められてゐる、といふことである。たとへば極端な話、誰か或る人が、

自分が生き延びるためには或る別の誰かを殺すことが必要だと判断し、それ

を実行したら、それは基本的人権の行使といふことになるのだらうか? そ

んなことを認めたら、いたるところで殺し合ひがおきて、生命尊重、幸福追

求どころのさわぎではなくなつてしまふのではないか?



 かうした厄介な〈人権の逆説〉にいち早く気付き、警鐘をならしたのが、

17世紀英国のトマス・ホッブスである。実は、彼はまさにかうした「個人

の権利」としての人権といふ考へを最初にうち出した張本人なのであるが、

同時に彼は、そのことの危険を誰よりもよく見抜いてゐた。



 それまで有効にはたらいてゐた、英国の「古来の法」やキリスト教神学に

もとづく「自然法」といつた共通の価値基盤が崩れてしまつたとき、もし

〈人間が人間であるかぎりにおいてもつ権利〉を各個人にばらまいてしまつ

たら、いかに悲惨な無秩序状態が現出するか−彼の人権論はそれを見据ゑた

ところに始まつてゐるのである。



 ≪■個人の権利ばかりでは≫


 18世紀末、「人権」の概念がアメリカ革命とフランス革命といふ二つの

革命の熱狂によつて広まつたとき、ホッブスのこの貴重な洞察はほとんど無

視されて、ただ〈個人の権利としての人権〉といふ発想ばかりが引き継がれ

てしまつたのであるが、よく見れば日本国憲法の内にもホッブスの洞察はか

らうじて活かされてゐる。



 すなはちそこには「公共の福祉に反しない限り」といふ一言がつけ加へら

れてゐて、これが非常に大切な意義をになつてゐるのである。もしもこの歯

止めの一言がなければ、たちまち人権が人権を喰ひつくす〈人権の共喰ひ状

態〉とも言ふべき事態に陥り、人権概念自体が崩壊してしまふことは間違ひ

ない。



 したがつて、もしも本当の人権擁護法案を作らうとするならば、かうした

「人権」概念の危険な特色をよく見極め、〈人権の共喰ひ〉をふせぐといふ

ことを法案の柱となすべきであらう。ことに近年のやうに、新しいさまざま

の「人権」が登場してくると、たとへば「プライバシー権」と「報道の自由」

のやうに人権の概念同士が衝突し合ふといふ事態が多発すると予想される。

それらを、国民全体の安全と幸福の確保、といふ政治の原点に立つて交通整

理するための基本的な法律を作つておくのは大切なことだと言へよう。



 ところが、3年前に作られた人権擁護法案では、「人権侵害」はもつぱら

「不当な差別」として想定されてをり、基本的人権の第一にうたはれる「生

命」の権利については言及すらない。何をか言はんや、である。いまわれわ

れが必要としてゐるのは国民全体のための真の人権擁護法案なのである。


福岡法務局小生の訴え受理する。
皆様に派、2月29日にご報告して、ミクシィでは思わぬ反響を戴きました。
多くの皆様が、日記に転載して宣伝したいと言う申し出を受けました。

小生の個人で無名のブログへも、29日422 1日916  2日684 3日1393 と4日間で3400を超えるアクセスがありまして驚愕しています。

2月29日のメールの最後に、小生にあらぬ嫌疑で名誉毀損・人権侵害で法務局へ訴えた大塚源乃進なる男を、また根拠もない訴えを取り上げて、小生に調査してきた福岡法務局を、根拠もないことを調査して、小生のプライドを傷つけたことにより名誉毀損・人権侵害で訴えるとしたことまでご報告しました。

3日の17時ころ福岡法務局の玉利なる人物から、小生の訴えを2件とも受理する、但し福岡法務局を訴えた件については自ら調査できないし、公平性を担保する意味から大阪法務局へ委託した、と言う報告がありました。

単純には喜んでいません。裏があるかもしれないのです。
法務局として、先の名誉毀損・人権侵害で訴えれれたことに対して、該当するとした一定の勧告をする代わりに、小生の訴えを受理する姿勢を見せておく交換があるのかもしれないからです。

以上ご報告しておきます。