老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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時々この日記でも紹介させていただいている、小生の知人、在京の岡本様から昨日の日比谷公園での出来事が、修飾語無しのリアルな状況がレポートされてきました。
そのまま皆様にお届けします。


公権力によって日本国民が日比谷公園から排除された日

今日は、午前中、水谷橋公園から日比谷公園へのデモに参加して、その後、こう予定
していました。
…午後別のデモに出て、夕方6時日比谷公園内、レストラン松本楼に胡錦濤が来て、
福田総理と会食するので、その頃日比谷公園に集まろうかと…。

しかしどうやら複数の情報をきくと、そんなに甘くはないようだったので、有志で話
し合い、作戦を練ってほかの人にも連絡して集まってもらうことにしました。
実際、どこから車が入り、警察がどう警備するのか、全くわからなかったのです。

午後3時の時点で早々に、警察は日比谷公園の中心部にあるレストラン松本楼一帯の
公園の一部を立ち入り禁止にしました。

そのうち、日比谷公園のあちこちの門で入場規制が始まっているらしいという知らせ
が入りましたし、異様な数の警官、私服警官がいましたが、まだ松本楼前の噴水広場
その他の禁止区域以外には、多くの一般国民がいました。

抗議行動を行なおうとする人々は、正確な数は動員をかけたわけではないので分かり
ませんが、午前中のデモの参加者、日本会議や日本協議会のメンバー合わせて40名
ほどだったでしょうか。私達は、胡錦濤の車がきたら、松本楼に向かって、「胡錦
濤、帰れ!」と北京語で叫ぶつもりでした。

そして、私をはじめ私達の中の数人が立入り禁止ロープの前にいたところ、警官達
が、立入り禁止区域を広げるから出て行けと言ってきたのです。
「さっきまで、このロープの外側にいるのならいい、と言ってたじゃないですか?!
何故、追い出すんですか?理由を言って下さい」
「とにかく、お願いしますよ。私達に言ったってしょうがないんですから」
「嫌だと言ったら、逮捕するんですか?!」
というような押し問答が始まりました。(その後、非常な騒ぎになったので他の方が
どういう発言をしたのか分からないので、以下、私の言葉だけを書きますが、他の人
たちも口々に公権力による強制に対して、抗議の言葉を仰っていました。

私は座り込みをしても退かない気持ちでしたし、実際に座り込みをしたのですが、
一緒に来ていた方の中のお一人が、
「ちょっとだけ(日比谷公園寄りに)退くだけだから、退きましょう」と言われたの
で、仕方なく立ち上がり、(その頃までにはロープの前にずらりと並んだ)警官たち
に対して、
「一体、どこまで退けばいいのか、ちゃんと示して下さいよ。日本は民主国家でしょ
う?公園から国民に出ていけというんですか?ここは天安門広場ですか?!」などと
言いました。
警官達はハッキリとは答えず、「そこまでですから・・・」と言うばかりなので、私
達の何人かが(私も含めて)、多人数で押してくる警官たちに、体で抵抗しました。
しかし、既にマスコミが陣取っていた所あたりまでというニュアンスだったので、そ
こまでだろうと思っていました。

しかし、違っていました。
警官たちは、私達を、腕力で押して、公園の隅に追いやろうとしたのです。
その間、中国(本人達は香港メディアだと言いました)のメディアが、ビデオカメラ
で私達の顔のアップも含めて撮影し始めました。
しかしこれに対しては、警官たちは、何も規制しませんでした。
「私達を暴力的に追い出して、どうして中国のメディアに注意をしないんだ?!」と
口々に抗議しました。

その後は、警察から小突かれ叩かれしながら、みんな怪我をしながら、どんどん公園
の隅っこまで追いやられて行ったのです。
私達も、勿論、体でも口でも抵抗しました・・・。
「暴力を振るったわけでもなく、暴力的に何かをしようというのでもない私達を、何
で排除しようとするんですか?!どこまでを禁止区域にしようとするんですか?!」
そういう言葉に、「日比谷公会堂あたりまで」という声が聞こえたので、(日比谷公
会堂は公園の端っこにあります)
「冗談じゃない!」と思いながら押されて排除されないように抵抗しました。

そのうち、シュプレヒコールが私達の中で始まりました。
「フリーチベット!」「フリーチベット!」
そう叫びながら、私達は、なおも、スクラムを組みながら、或いは横断幕を盾にした
りしながら、警官たちが押す力に負けないように、抵抗を続けました。

押されて転びながら、涙があふれて来ました。何人かの人が、「体、大丈夫?」と私
を気遣ってくれたのですが、体が痛かったのではありません。
ものすごく心が痛かったのです。

気付くと、日比谷公会堂まで押されて来ていました。それで警察の暴力も終わるのか
と思ったら、今度は警察に囲まれ始めたのです。
そして、そのまま、私達は公園の外まで追い出されてしまいました。
警察の暴力が終わったとき、私達を排除した警官達は、公園の門にずらりと並んで、
私達に対峙していました。

その間、20分ほどの時間だったのかと思っていましたが、警察の暴力的排除と私達
の抵抗は、50分もの時間に亘っていました。

私達は、公園の外の道から、拡声器を使って、胡錦濤と福田首相への抗議の声を上げ
ました。そして、警察の公権力による、公共の場からの私たちへの強制的排除に対し
ても抗議しました。

帰りの電車の中でも、私は涙がずっと止まりませんでした。
東シナ海ガス田開発問題、チベットで中共による虐殺事件、毒餃子事件等々、日本政
府は、何ひとつ、主権国家たる抗議の声を上げて来ませんでした。

胡錦濤のために、国民・都民の憩いの場である日比谷公園から、国家が日本国民を排
除するのは、中国に朝貢外交を行なっている日本政府と中国との力関係の縮図だった
のです。
目の前にいる「おまわりさん」達に何を言ってもむなしいだけ、何も出来ないことに
私は心が痛くて、涙が止まりませんでした。

今、私は体もあちこち痛いのですが、何もヒロイズムで警察に抵抗したわけではあり
ませんし、暴力が好きなわけでもありません。
頭の片隅には、尊敬する三島由紀夫の、「守るとは剣の論理だ」という言葉がありま
した。知行合一という言葉も浮かびました。
虚しいけれども、日本の国民として、国を守る、国土を守る、主権を守ることを、身
を持って行なわなければならないのは今この時であると思ったからです。
他の方々も同じ思いだったでしょう。

この私達の抵抗と抗議は、状況に何の変化も齎さないでしょう。
しかし、日本国民の抗議と抵抗の思いが、日本政府や日本の国民、そして中国政府に
少しでも届いてくれれば、何かが少しだけ変わるかもしれないじゃないかとも感じて
います。
岡本明子

前回、内閣・外務省・宮内庁への抗議の呼びかけをしました。

小生も電話しました
ただ皆様にお願いしながら、すっきりしない気持ちでもありました。
その理由が、判明しました。
少なくとも国賓として招いた以上は(本来招いて欲しくなかった)陛下もお断りすることが出来ないのが現実です。

抗議の矛先を福田総理の責任へと向けるようお願いし、間違った内容のお願いをしましたことをお詫びいたします。


渡部亮次郎氏より
http://archive.mag2.com/0000153821/index.html

<<胡錦濤お見送りは当然の儀礼(残念だが)

中国の胡錦濤国家主席は日本の国賓としての来日だが、
5月9日金曜日の日程の中で
10:00 天皇、皇后両陛下にホテルニューオータニへ訪問し
て頂く(〜10:30)。を叩頭外交と誤解して騒ぐ向きがある。

これだけ見れば誤解も当然だが、その後の胡氏の日程を見れば、
両陛下のホテルご訪問は「お見送り」であり、国賓に対する礼儀
としては普通の事である。

かの「広辞苑」でも
「歓送迎会への天皇の出席、21発の礼砲、宮中晩餐会の行事がある」
と説明している。
5月7日水曜日に、 09:00 皇居にて歓迎式典、天皇陛下への謁見
とあって歓迎した以上、お見送りは付き物。

9日は09:00 ホテルニューオータニにて
在日チャイナ大使館員や留学生、駐在員らと朝食会。
11:20 JFEアーバンリサイクル施設(神奈川県川崎市川崎区
水江町)を視察とあって東京を離れるのだから、両陛下として
はその前に「お見送り」が当然。

午前10時に胡氏宿泊のホテルに出向いてお見送りの挨拶をされる
のは叩頭でも土下座でも無い。
国賓に対する当然の儀礼に過ぎない。
それが屈辱というなら国賓としての招待を拒絶するしかない。

抗議しても両陛下はおやめになるわけには行かない。
胡氏を国賓として接遇する事は内閣が閣議で決定したことであり、
天皇陛下といえども憲法上、逆らう事ができないからだ。

一旦、国賓として国家が決定した以上、皇室と政府は最高の接遇は
当然であり、歓迎はしても見送りはしないというのは大人としては
失礼な行いである。

胡氏の来日自体を不必要と考えている向きには両陛下のお見送りは
なんともハラの立つことだが、閣議で国賓待遇を決めた以上,
礼を失する接遇をしたのでは今度は中国人からバカにされる。
もはや敗戦の詔勅「耐え難きを耐え」るしかないのだ>>

あえてコメントはしません。
調査会の荒木様のご意見を皆様にご紹介します。

救出運動は政府と一体化してはならない

荒木和博

 「車窓越しや徒歩移動中、見聞きしたことで主席に不安や不快感を抱かせること自体、外交問題化する可能性がある。(胡錦濤主席に)抗議行為や音を一切、見せず、聞かせずの警備が行われる」

 今回の胡主席訪日に対する警察の警備方針はこのようなものだそうです。

 確かに、警察という官庁の整合性から言えば警備の目標はそういうことでしょう。しかし、それが多くの国民の思いと一致しているかといえば、否とせざるを得ません。

 毒餃子、チベット、長野での騒乱…。それらを目の当たりにして、胡錦濤総書記が来日するなら抗議の意志を表したいというのがごく普通の常識ではないでしょうか。しかし、警備の担当者からすれば、至上命題は「何も問題が起きないこと」でしかありません。それが官僚機構というものです。だからこそ長野でも暴行をはたらいた中国人は一切検挙されず、日本人やチベット人だけが制圧されるのです。警察の整合性は保たれても、自由民主主義国家日本としての整合性は損なわれるということです。

 さて、現在救う会全国協議会では各地で政府・拉致議連と共催の大規模集会を計画しています。たびたび「政府・議連と救う会が一体となって」という言葉も聞こえます。しかし、この「政府と一体」というのは本当に望ましいことなのか、逆に救出運動を停滞させ、拉致問題の棚上げを促進するのではないでしょうか。

 ある地域で計画されている大集会で、開催日を決める時点から私に出席が要請されていた集会がありました。しかし、最近になって地元から荒木の出席を取り消したい旨連絡がありました。中山恭子・首相補佐官及び佐藤勝巳・救う会全国協議会会長の意向とのことでした。私が行けば政府の批判をするので政府と共催の集会にはふさわしくないからということでしょう。その一方で中山補佐官は集会に参加した折、その地域の特定失踪者の家族と懇談の場を持ちたいとの意向を示しています。悪意で解釈すれば、これは政府批判を封じ、調査会と失踪者家族を分断し、家族をなだめることを目的としているともとれないことはありません。

 この問題が長い間解決しない責任のかなりの部分は日本政府にあります。長期に渡り(そして今も)政府が拉致事件の本質を隠蔽し、本当の意味での救出への努力を怠ってきたからこそ拉致問題は今に至っても解決していないのです。それについて、日本政府は只の一度も反省したことも、謝罪したこともありません。政府首脳であれ官僚であれ口を開けば「全力を尽くしてやっている」と言いますが、それが虚言であることは火を見るよりも明らかです。日本政府が本当に全力を尽くしてやれば、この国の底力からして、北朝鮮から情報を得て拉致被害者を特定し少なくとも何人かを取り返して来ることはさほど難しいことではありません。

 しかし昨年10月末、調査会の出した要請文書の中にあるように、政府の方針は「北朝鮮自身が拉致問題の解決に向けて具体的な行動を取るよう求めていく」ことだけであり、「政府の責任として拉致被害者を取り返す」とは一言も言っていません。それが拉致問題の現状です。それどころか、古川了子さん拉致認定訴訟を通じて政府は「政府認定者と未認定者に差別をつけてはいない」と言いながら、実際にはたとえば政府の北朝鮮向け短波放送「ふるさとの風」でも、こちらからの要請にもかかわらず特定失踪者についてはメッセージの放送どころか名前の読み上げさえしていません。すべての拉致被害者を救出するつもりなどないことは明白です。

 もちろん、政府の中にも、拉致問題の解決のため努力している人が何人もいます。しかし、民間の救出運動が政府と一体化したとき、運動は官僚機構、権力機構の中での整合性に合わせたものになり、内部にいる志ある人々が動くのにはマイナスにしか働きません。民間の運動は政府と一定の距離を保ち、建設的緊張関係の中で、協力すべきことは協力する、批判すべきことは批判するということが必要なのではないかと思います。

 大集会をやるべきでないとは言いません。開催するために各地の救う会では大変な努力をして参加者の動員するわけで、確かに運動を活性化させることにつながるとは思います。その意味で開催地の救う会の皆さんの努力には敬意を表しますが、「政府と一体」という全国協議会の方針は、それ自体がこれまで11年間積み上げてきた運動を後退させるものであり、特に私たちにとっては特定失踪者、未認定拉致被害者の問題を棚上げしてしまうものとして容認できるものではありません。もちろん、そのような流れは政府認定拉致被害者の救出にも明らかにマイナスです。

 4月27日の国民大集会でも申しましたが、拉致問題は官僚には絶対に解決できません。官僚機構というのは多かれ少なかれ冒頭に書いた胡錦濤訪日時の警備の方針のように、根本的な方向性、真理とか道理というものと全くと言っていいほど関係しないからです。逆に言えば政治が明確な決断をすれば、官僚機構はそれに従って動くのです。そのときの官僚機構の能力はもちろん民間では追随できるものではありません。

 政治を動かすのは世論であり、運動体の目的はその世論を形成していくことにあります。実際に、それがあったからこそ、この11年間に政府の対応は少しずつ変化してきたのです。重ねて言いますが、救出運動が政府との一体化をすべきではありません。一体化したい人は官僚になれば良いのであって、今は政府に対して叱咤していくべきときです。日本国の国家としての整合性を保つために、ご協力とご理解をよろしくお願い申し上げます。