老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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「子どもの権利条例」制定めぐり札幌市分裂 組合全盛に逆戻りか
 (産経 2008/6/2)

 http://sankei.jp.msn.com/life/education/080602/edc0806022249003-n1.htm

修正案をめぐっても意見が対立。5月30日までに、
     反対424件、
     賛成295件、
一部条文の削除要求1件の
計720件の陳情が寄せられた。

 この数字に安心しないで、最後まで反対の声を挙げてください


◆ 札幌市で市長が提案した「子どもの権利に関する条例案」をめぐり、賛成

派と反対派が対立し、市を二分する形で揺れている。これまでに、賛否両派

計720件の陳情が寄せられ、市文教委員会で2日、両派が意見を闘わせた。



 賛成派は「いじめや虐待などの問題解決のためには条例の早期制定が必要

だ」と主張。一方、反対派は「一部教職員が子供の意見や権利を利用して学

校現場を混乱させる恐れがある」などと主張した。



 条例案は、上田文雄市長が5月22日に開会した定例市議会に提出したも

ので、市政や学校行事の運営などに関して、子供が意見を表明し参加する権

利を広く認める内容。子供の権利侵害があった場合には、救済委員が調査し、

勧告や是正要請を行うとしている。



 条例案は昨年2月の定例市議会で、自民、公明両党の反対で、いったん否

決された。しかし、昨年4月の統一地方選で、条例の早期制定を訴えた上田

市長(民主、社民など推薦)が再選されたことから、市長が修正案を再提案

した。



 修正案をめぐっても意見が対立。5月30日までに、
     反対424件、
     賛成295件、
一部条文の削除要求1件の
計720件の陳情が寄せられた。



 2日の市文教委員会では陳情を提出した賛否各8人と削除要求の1人が趣

旨説明を行った。



 反対派は、入学・卒業式における国旗掲揚・国歌斉唱の実施に関し、「一

部教職員が条例を利用し、子供を扇動して、混乱を起こす恐れがある」と主

張。救済委員の設置についても、ある一定の思想を持った人で組織され、校

長の学校運営に支障をきたす恐れがあると指摘した。



 さらに、子供の意見表明権を重視する内容となっていることに対し、「権

利、権利と子供が主張し、わがままになる」との懸念を示した。



 一方、賛成派は、条例案は、1989年の国連総会で採択され、日本が1

994(平成6)年に批准した「児童の権利に関する条約」の理念を具体化

するためのものだとしたうえで、「自治体の取り組みをグローバルスタンダ

ード(世界標準)にすべきた」と主張。



 さらに、「素案の段階から子供の意見を広く聞いて作成してきた条例案だ」

「虐待、いじめ、大人の無理解が子供の権利を侵しており、早期の制定が必

要」「子供の意見表明権は、子供にとって最も重要な権利。丁寧に耳を傾け

る必要がある」などと述べた。



 札幌市では、かつて北海道教職員組合(北教組)の支部の札幌市教職員組

合(札教組)の力が強く、国旗・国歌実施率は全国最低レベルだったが、札

幌市教委が平成12年9月に完全実施を求める職務命令を出して以降、改善

傾向にある。



 しかし、北教組の一部組合教師の間には、いまだ強硬姿勢が目立ち、学力

テストやいじめ実態調査を妨害するような問題が起きている。



■札幌市長への意見先

 メール:http://www.city.sapporo.jp/city/mayor/mail/

 〒060−8611 札幌市中央区北1条西2丁目

 代表電話:011−211−2111

 秘書課電話:011−211−2022

   FAX:011−218−5175


■子どもの権利推進課

 電 話:011−211−2942

 FAX:011−211−2943


■市政への提案

 メール:http://www.city.sapporo.jp/somu/goiken/

 電 話:011−211−2042

 FAX:011−218−5165


■議会事務局

 〒060−8611 札幌市中央区北1条西2丁目市役所庁舎16階

 電 話:011−211−3162

 FAX:011−218−5143

左翼は、普通の言葉でも「差別語呼ばわり」をする。
「シナ」「支那人」は差別語と言う。ならば「親日派」という言葉で韓国人を面罵する韓国人は差別者ではないのか。
かの国は不思議な国である。

産経新聞購読者以外のお方にお勧めします。


朝鮮人特攻隊員の心

 (産経 2008/6/3)より転載しました。

【から(韓)くに便り】ソウル支局長・黒田勝弘 

 http://sankei.jp.msn.com/world/korea/080603/kor0806030251000-n1.htm


 太平洋戦争の末期、日本軍の特攻隊員として戦死した朝鮮(韓国)人青年

を慰霊する慰霊碑建立が、韓国側の反対でまた流れた。知韓派女優の黒田福

美さんが、地元市長ら韓国人の協力を得て「帰郷祈念碑」として進めてきた

ものだが、除幕式の直前、一部の地元住民や民族団体などが現場でピケを張

るなど実力で反対したため急遽(きゅうきょ)、中止となった(5月11日

付、本紙社会面)。



 反対派の主張は「特攻隊員は日本の戦争に協力した親日派だから」という。

「親日派」とは韓国では民族的裏切り者の意味で、今でもきわめて強い非難

語として使われている。



 朝鮮人特攻隊員の慰霊碑計画は過去にもあった。1980年代に九州在住

の日本人の手で石碑は完成したが、韓国側の反対で実現しなかった。



 飛行機ごと米軍の艦船に体当たり攻撃する「カミカゼ特攻隊」は「壮烈な

悲劇」として内外に広く知られている。その隊員には当時、日本の統治下に

あった朝鮮半島出身者もいた。正確な数字は明らかでないが、少なくとも1

4人の名前が分かっている(名越二荒之助編著『日韓2000年の真実』か

ら)。



 今回を含めこれまで慰霊碑の対象になったのは「光山文博小尉(韓国名・

卓庚鉉)」だが、彼は出撃前夜、鹿児島県知覧で“特攻隊員の母”と慕われ

た食堂の主人、鳥浜トメさんを前に民謡「アリラン」を歌ったことで知られ

る。日本人の心を揺さぶる、朝鮮人特攻隊員のシンボル的な存在になってき

た。



 彼らは当時、相当の覚悟と苦悩が伴ったはずの特攻隊になぜはせ参じたの

だろう。このナゾ(?)に迫ろうとしたのが作家・飯尾憲士氏の著書『開聞

岳−爆音とアリランの歌が消えてゆく』(集英社、1985年刊)である。



 故飯尾氏は父が韓国人で戦前、航空士官学校に在校した旧軍人出身。自分

の出自を素材にした小説『ソウルの位牌(いはい)』などの作品で知られる

が、韓国・朝鮮に対しては日本人としての強い贖罪(しょくざい)感がうか

がわれる。



 『開聞岳』は特攻出撃の前に士官学校同期生の日本人に「自分は天皇陛下

の御ために死ぬのではない…」と語ったという、高山昇中尉(韓国名・崔貞

根)の心を探るドキュメンタリーになっている。



 作品では高山昇中尉の心の“真相”は不明に終わっているのだが、他の朝

鮮人特攻隊員の遺族などの証言から「俺(おれ)は朝鮮人の肝っ玉を見せて

やる」「自分は朝鮮を代表している。逃げたりしたら祖国が笑われる。多く

の同胞が一層、屈辱に耐えなければならなくなる」「日本人の誰もができな

い任務をやってのけてみせる。朝鮮人の誇りのために」など、彼らの心の一

端が明らかにされている。



 『日韓2000年の真実』の編著者、故名越二荒之助氏も「朝鮮人が特攻

隊を志願したのは、朝鮮人の心意気を示すことで同胞の社会的地位を高めた

いという悲願があったのではないでしょうか。彼らの胸中にはいつも祖国朝

鮮を代表しているという誇りと気概があり、日本人には負けないという自負

心がありました」と書いている。



 慰霊碑計画に遺族は同意し感謝してきた。それでもまだ反対派が登場し、

実力を使ってでも許さないという。歴史観というより人間観が違っているよ

うに思える。

加瀬先生は、仰っています。
「心やさしい民が住む国だったのに、金銭だけを追求する獰猛な民になってしまった。万葉集や、古今集がこの国の心を表していたのに、猛々(たけだけ)しい企業が株主総会を控えて発行する報告書によって、置き替えられている。西洋にもベネディクションといって、よき言葉を発すれば、身のまわりの現実がそのように変わるという言霊(ことだま)信仰があるが、いまの日本にはマルディクション――悪しき言葉が充満している。」

改めて、御皇室のことに思いを馳せました。
加瀬英明先生のコラムより転載しました。


題 名 : 皇室のありかたに疑問

  東宮の動きに危機覚える

畏友である西尾幹二氏が皇太子殿下をお諫めする論文を、月刊誌『WiLL』五月号(『皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます』)に寄稿している。

天皇が持つ摩訶不思議な力

天皇は日本が太古の時代に国家となってから、今日まで国民を共同体として束ねてきた。天皇は大八島国(おおやしまくに)を知(しら)しめす――治められる、すめらぎ、すめろきとして、日本を統(す)べてこられた。その摩訶不思議な力をもって、わが国に継続性と安定をもたらしてきた。
もし、天皇に対する独特な民族信仰が存在しなかったとすれば、日本は隣国の中国や、朝鮮半島と同じような政治文化を持つことになって、まったく違った国となっていたはずである。
天皇は日本にとって、掛け替えのない貴重な財産である。
今上陛下の御健康が心配されている。そのようななかで、皇太子殿下と妃殿下が国民から不信感を招くようになっていることは、わが国の将来にとって由々しいことだといわねばならない。まことに畏れ多いことであるが、皇室をお護りするために、一部に「廃太子」が望ましいという声すらあることを、憂えなければならない。

無私の精神と皇統から発する責任

もっとも、王制をとっているどの国をとってみても、皇太子にそのときどきの民族の理想の男性像にかなった教育が施されるものである。
昭和天皇は皇孫時代から、明治の日本の理想の男性像にあわせた訓育を受けられたから、あの明治の優れた精神を体現されていられた。明治の日本をつくった徳目を備えていられたことから、天皇の一挙一動が多くの国民に感動を与えた。
昭和天皇は歴史によって翻弄されたために、なみなみならない御苦労をされたが、何ごとについても真摯に取り組まれて、無私の精神に徹されたから、国民によって敬愛された。昭和天皇は皇統から発する御責任をよく弁まえられていた。日本の最高の祭主として、宮中祭祀も熱心に行われた。
今上陛下も天皇としての御役割を、見事におつとめになられている。天皇としての御役目を心得ていられるから、侵しがたい品格を備えていられる。
今上陛下も同じ世代の日本の理想の男性像を、現わされている。父帝と違ってお洒落(しゃれ)であられ、洋楽を好まれ、皇后陛下とときにはダンスを踊られ、家庭を大事にされるマイホーム主義者でもあられる。

世俗的に見える皇太子・同妃殿下のありよう

皇太子殿下も新しい世代の日本の男性の理想像の影響を、お受けになっていられる。新世代型の愛妻家でおいでになられ、皇太子としての御立場に顧慮されて、国民とのあいだに距離をお置きになるべきであるのに、妃殿下というよりも、御愛妻の期待にそうことに努めていられるように拝察する。
今日の日本の男女は自分を共同体の一員として位置づけることなく、自己を中心に据えて、自分の欲望を充足することに人生の軸をおいている。そのために一族や隣近所や国家とのあいだの絆が弱まって、一族から国家社会まで支えてきた利他心が薄れているのは、嘆かわしいことである。
皇后陛下と皇太子妃殿下とのあいだには、三十年近い世代の差がある。このあいだに日本の国民精神も、大きく変わった。
もちろん、皇后陛下は経済的にまったく不自由がない家庭にお育ちになられたが、それでも「手鍋下げて」嫁がれるという時代精神を、身につけられていた。このような言葉は、今日のあまり必要がない商品が溢れた日本において死語となってしまった。
敢えて不敬な言辞を用いれば、皇太子同妃両殿下は同世代の日本の一般の男女と、あまり変わらないようにお見うけする。
今日の日本の若い世代の夫婦は、親や家を大切にすることがない。同族を意味した「家」という言葉も、死語になってしまった。一族によって構成された家が、歴史を通じて重んじられたというのにいまでは家は住宅しか意味しなくなった。
私は三十年ほど前に、ラジオのお喋り番組をもっていた。相手役の女性アナウンサーが結婚する相手に、「私はあなたの妻になりますが、嫁にはなりません」といったと聞かされて、暗澹としたことがあった。そのころから、多くの妻が夫を「主人」といわずに、「連れ合い」と呼ぶようになった。

衝撃的な皇太子殿下のご発言

殿下に今日の世相が悪しき影響を及ぼしたとすれば、われわれは臣下として恥じ入らなければならない。結局のところ、皇室という一大傑作である文化財をつくったのは、二千年近くにわたって、美しい国をつくってきた国民だった。皇室のありかたを壊すことがあったら、靖国神社の社頭に詣でて、国体を護るために散華した御英霊にお詫びしなければならない。
私も月刊誌『WILL』(平成十七年二月号)に、東宮殿下に苦言を奉(たてまつ)る一文を、恐懼しつつお認めしたことがあった。花田紀凱編集長が『皇太子殿下に敢えて諫言申し上げます』という題名をつけたが、『皇室 戦後最大の危機』という副題がそえられていた。
私は殿下が御成婚のときに、妃殿下に「自分がお護りします」と仰せられたことに、殿下が国民をよもやお信じになられないのか、私たちの不忠をお叱りになられたのかと思って、皇室をお護りすべき臣草の一人として、衝撃を受けた。皇室と国民の一体感が失われたとすれば、忌々(ゆゆ)しいことだった。皇国の歴史で歴代の皇太子がこのような発言をされたのは、はじめてのことだった。
その後、東宮殿下のお口から「人格」、「プライバシー」という御言葉を仰ぐことになったが、なぜ、高御座(たかみくら)をお賤しめにならなければならないのかと思って、慄然とした。殿下はその徳をもって、国民から超然とされていられなければならないはずである。

皇室は国民の鑑のはず

殿下が妃殿下をお護りになるために転地療法の場として、オランダまでお出かけになられた。国内に御用邸が用意されているうえに、風光明媚な多くの保養地があると思われたのに、両殿下が外国でなければ御心をお休めになれないと思し召されたのだった。私たちが八島国(おおやしまくに)の美称をもって呼ばれた国を、高速道路や、醜い高層ビルや、広告板によって汚してしまったことに、慙愧に堪えなかった。
私たちは「あきつ神わご大君(おおきみ)の天の下八州(やしま)のうちに」と、万葉集に歌われた秀麗な国を受け継いだはずだった。私たちが国土とともに、皇太子同妃両殿下の御心まで傷つけてしまったのだったら、何と罪深いことだろうか。
心やさしい民が住む国だったのに、金銭だけを追求する獰猛な民になってしまった。万葉集や、古今集がこの国の心を表していたのに、猛々(たけだけ)しい企業が株主総会を控えて発行する報告書によって、置き替えられている。西洋にもベネディクションといって、よき言葉を発すれば、身のまわりの現実がそのように変わるという言霊(ことだま)信仰があるが、いまの日本にはマルディクション――悪しき言葉が充満している。
皇太子同妃両殿下が都内の高価な〃三ツ星〃レストランに行啓された御写真が、週刊誌に載っていたのを拝した。下情を御視察になられたのだろうと、お察し申し上げた。両殿下は笑みを湛えられていた。
国見をされて、贋物の内装が施された俗悪な場を、笑顔をもってお堪え下さったのは、日嗣の御子と御妃が備えられている聖徳だったのだろうか。かつて仁徳天皇が国見(くにみ)をされて、いっそう質素な日々を過ごされたという故事を思って、わが国の惨状に涙した。
皇室は日本国民にとって鑑(かがみ)であるとともに、国民の姿を映しだす鏡である。私たちが麗しい国を破壊しているが、両殿下を御批判申し上げる資格がいったいあるものなのかと思う。
           (2008・6)