老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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いよいよ馬総統の本質が出てきたようですね。
こんな馬政権の指示に従いません。

堂々と訪台と言いましょう。



外交部が「訪台」→「訪華」に書き換え指示、反発受け延期
08.6.06

                   「台湾の声」

 6月5日付の台湾紙「自由時報」によると、台湾の外交部(外務省)が、公文
書で対岸を呼ぶとき「中華人民共和国」や「中国」を、「中国大陸」または「大
陸」に書き換えるよう在外公館に指示していたことが明らかになった。さらに、
「台湾を訪問する」という意味の「訪台」も、「訪華」に書き換えるよう指示を
出していたことが発覚した。

 欧鴻錬・外交部長(外相)は、馬英九新政権の「一つの中国の解釈を各自表明
」の「92年合意」の路線に基づいた措置であることを説明し、「対岸を『中国大
陸』や『大陸』と呼ぶのは(台湾と中国が)『2つの国』であるという印象を避
けるためである。われわれの現状は『中華民国』であり、もし対岸を『中華人民
共和国』と呼んだら『それぞれ別の国』になってしまう」との認識を示した。

 これを言い換えれば、欧外交部長の見解は、台湾と中華人民共和国(中国)が
「それぞれ別の国」であるという現実をごまかし、台湾と中国が「一つの中国」
であることを強弁するために「中国」を「中国大陸」と呼ぶということだ。

 野党の民主進歩党(民進党)は5日午前に記者会見を開き、蔡同栄・立法委員
(国会議員)は「『訪台=visit Taiwan』を言ってはならず、『訪華』と言えと
いうのなら、『訪華』は『visit China』と訳すのか? それでは『中国を訪問』
と同じ意味になる」と批判した。

 さらに民進党は、欧外交部長が駐グアテマラ大使(グアテマラは人口1200万人
を超える中米にある台湾の重要な友好国)を務めていたときにアメリカのグリー
ンカード(永住権)を申請し、今年4月になってから放棄の手続きをしたことに
関して追及し、欧外交部長の辞任を求めた。

 また、与党の中国国民党の立法委員からも外交部の指示は不適切だとの声が上
がり、呉志揚・立法委員は「過去の民進党政府は文字遊びが過ぎて政権を下ろさ
れた。馬政府は人々の生活を改善するという公約を忘れるな」と批評した。

 6日午後、欧外交部長は与野党の批判を受けて、「訪台」→「訪華」の書き換
えに関して、国内のコンセンサスを得られるまで実施を延期することを表明した
。また、欧外交部長は、グアテマラ大使時代に米国グリーンカードを申請したこ
とについても、「適切ではなかった」と認め、謝罪した。

八尾市長への住民訴訟
   6日午前中 大阪地裁へ提訴する。

かねてより小生は、朝鮮総連関連施設への適正な税の課税を求めて、住民監査請求を繰り返し行ってきました。
先刻皆様へもお知らせしましたように、最高裁での、福岡高裁判決を支持する決定がなされたにも拘らず、今回にの住民監査請求も3:1で合議にいたらず、八尾市への勧告がなされませんでした。

そこで徳永弁護士のご指導とご協力を得て、本日大阪地裁へ提訴した次第です。

提訴後16時より、地裁内記者クラブで記者会見をして公表しました。
多分多くの新聞には、明日7日の朝刊で報道されるのではないかと思います。
報道結果は小生からも報告させていただきます。

未確認ですが、これまでの報道を見る限り最高裁決定がなされて以後は全国で初めての提訴と言えます。

朝鮮関連の施設があり非課税若しくは減免している自治体にお住まいの皆様も、地元弁護士のご協力を得て提訴され全国的な運動になればと思っています。

前の日記に記載している宮崎記事といい核施設爆発といいダム決壊と言い、無関心では居れません。


四川大地震:震源地で大量のコンクリート噴出、地下核施設爆発か

 (大紀元 2008/6/3)

 http://jp.epochtimes.com/jp/2008/06/html/d45970.html


 四川大地震の震源地付近の山で、地下からコンクリートの塊が大量に噴出

した。専門家は、地下で核施設の爆発の可能性を示唆した。



 中国メディアの中国新聞社の5月31日報道によると、震源地付近の映秀

鎮と旋口鎮の境目にある山の上り坂で、幅約1キロ、長さ約2キロの巨大な

溝が地震後にできた。溝の底には直径20cmから50cmコンクリートの

破片で埋め尽くされていた。現場には大きな建物がないため、これほど多く

のコンクリートの破片の出所が問題になった。



 現地の村民によると、5月12日地震発生当時、多くの村民は農作業をや

っていた。突然地面と山が激しく揺れ始め、同時に凄まじい爆発音に伴い、

付近の山頂に穴が開き、そこから歯磨き粉を絞り出すかのようにコンクリー

トの破片が噴出した。この様子は、約3分間続いたという。



 中国新聞社が報道した噴出の時間と現象に基づいて、地下の火山爆発の可

能性を排除できる。「核施設の爆発によって発生した強烈なエネルギーが地

下建築物を砕き、その破片を地上に押し上げてきた可能性が高い」と専門家

は分析している。



 国外の中国情報サイト「博訊ネット」も専門家の見解を引用し、核爆発が

発生したと伝え、コンクリートの破片は中国軍の地下軍事施設のものと報じ

た。



 被災地の目撃者の証言によれば、地震発生直後、汶川県の震源地から南西

方面の山中に通じる主要道路は特殊部隊に封鎖され、半径数百キロ圏内が立

ち入り禁止となった。また、山に入る大量の軍車両に、白い防護服を着た人

の姿を目撃したとの証言もある。



 また、震源地付近の救援隊は、中国の軍部隊だけで、国外と民間の救助隊

は現地に近づくのを禁止されていたという。


※画像:

 http://jp.epochtimes.com/jp/2008/06/img/m74688.jpg

 http://jp.epochtimes.com/jp/2008/06/img/m22579.jpg

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)6月6日(金曜日)弐
通巻第2213号 
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 綿陽は中国の核戦力のメッカだった。
  つぎに唐家山湖の決壊で、中国核戦力の中枢が壊滅するか?
***************************************

 1975年8月、河南省維河にかかる板橋ダムが決壊した。
 台風によって水位が溢れ出し、下流のダム58ヶ所がたちまちにして倒壊、被害は下流全域におよび、およそ20万人が生命をうしなった。

 板橋ダムは50年代の大躍進時代に造られた、粗製濫造ダムだった。

 2008年5月12日に四川省を襲ったマグニチュード8の地震は、軍施設だけの被害が670億元(香港『経済日報』、5月29日付け)。
 「四川省は中国の軍事戦略上、もっとも重要な拠点である」(ウィリー・ラム、『チャイナ・ブリーフ』、ジェイムズタウン財団発行、6月4日号)

 都江堰から文川、北川、安県、綿陽、広元にかけて四カ所の重要な核兵器研究所と、核兵器製造工場が山の洞窟などに造られ、綿陽は人口50万のうち、20万人が核施設関連に雇用されているという。

 地震発生後、ただちに軍が動いた。
 被災地の救済ではなかった。核施設防御に向かったのだ。

 累計14万前後の人民解放軍が動員されたが、SARSのときや08年2月の大雪災害のときの動員と比べても、はるかに巨大な動員、台湾の『自由時報』によれば、台湾向けの予備兵力さえ、南京軍管区から動員されたという。

 北川県唐家山のせき止めダム(地震胡)の決壊は、いまや時間の問題。綿陽市民は高台に25万人が避難している。
核兵器製造のメッカ、綿陽が水没すれば、中国の核施設は壊滅的打撃を受けるだろう。
 △
(注 維河の「維」はさんずい、「文川」の「文」にもさんずい)

ご存じないお方も居られますが、宮中祭祀は皇室の存在理由そのものです。
天皇はその始まり以来、一貫して「国平らかに民安かれ」と祈る祭祀王でもあります。
祭祀をしない天皇など語義矛盾でもあります。

このことの認識を今一度しっかりもつことの意味は大きいと思います。
それにしても、宮中祭祀廃止論なるものが出回っているのですね。
各方面からの攻撃はあるものですが。

           宮中祭祀廃止論に反駁する
      高崎経済大学教授・八木秀次


 (産経 2008/6/5)

 http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/080605/imp0806050311000-n1.htm


 ≪■原武史教授の提言≫


 目の前の些事(さじ)に目を奪われ勝ちだが、わが国の根幹にかかわる危

機は確実に進行している。皇室の危機のことだ。



 皇室を巡る危機は大きく2つある。1つは言うまでもなく、皇位継承問題

だ。幸いにして秋篠宮家に悠仁親王殿下が誕生して男系・女系を巡る皇室典

範改定の危機はひとまず去った。だが、悠仁親王殿下が皇位を継承される頃

にはすべての宮家が消滅する。旧宮家の皇籍復帰など皇族の数を増やす措置

が必要だろう。



 2つ目の危機はいっそう深刻だ。最近、皇太子妃殿下のご病気の原因とし

て宮中祭祀(さいし)に違和感を持たれていることが指摘され、そこから宮

中祭祀の大幅な簡略化ないし廃止が唱えられるようになった。宮内庁も天皇

・皇后両陛下の健康問題を理由に、少なくとも簡略化の方向にもっていきた

い意向だ。



 宮中祭祀廃止論の主唱者である原武史・明治学院大学教授は今の皇太子殿

下・妃殿下が天皇・皇后になられる時代には、お堀の外からは見えない宮中

祭祀より、もっとダイレクトに、例えばネットカフェ難民(低所得のため住

居がなくインターネットカフェで寝泊まりしている若者)やプレカリアート

(就労の不安定な労働者を意味する造語)などを皇居に招いて食事を振る舞

うなどの「救済」をしてはどうかと提案する(『現代』5月号)。



 ≪■創られた伝統ではない≫


 しかし、宮中祭祀は皇室の存在理由そのものだ。天皇はその始まり以来、

一貫して「国平らかに民安かれ」と祈る祭祀王であり、祭祀をしない天皇な

ど語義矛盾でもある。『日本書紀』には皇祖神・天照大神が祭祀を行う記述

が散見されるし、初代・神武天皇も「天神地祇を敬ひ祭る」存在として記述

されている。欽明天皇の時代に仏教を導入することの是非が議論された際に

も天皇の役割を「恒に天地社稷の百八十神を以て、春夏秋冬、祭拝りたまふ

ことを事とす」との記述が見える。



 今日の体系的な祭祀の基礎が完成したのは、「延喜式」(927年)であ

り、律令時代には祈年祭、月次祭、新嘗祭が重視された。歴代天皇の祭祀に

対する基本姿勢は第84代・順徳天皇の『禁秘抄』にある「凡そ禁中の作法、

神事を先にし、他事を後にす」との言葉に尽きている。宮中の作法はまず神

事すなわち祭祀があり、その他のことは後回しということだ。



 原氏は今日の宮中祭祀は「祭祀を『国体』の根幹と見なす後期水戸学の影

響」であり、明治になって確立したものだと主張する(『昭和天皇』岩波新

書)。「創られた伝統」であるがゆえに廃止も可能だということだ。この論

は意外にも浸透しつつあるが、以上に見た通り、宮中祭祀は何も明治になっ

て「創られた」ものではない。応仁の乱以降は中絶した儀式もあったが、第

119代・光格天皇の御代や明治になって再興され、また新たな祭祀が創出

され、明治41年の皇室祭祀令で法的な整備がされた。戦後は皇室の「私事」

とされたが、基本的にはこれを引き継いだものだ。



 昭和天皇、今上天皇はことのほか宮中祭祀にご熱心であり、原氏はそこに

違和感を覚えているようだが、それは皇祖皇宗のご姿勢そのままに「祈る」

存在としての天皇のお務めに忠実であるということに他ならない。



 ≪■新種の天皇制廃絶論≫


 宮中祭祀の簡略化ないし廃止が唱えられるようになったのは今が初めてで

はない。既に昭和40年代の初めあたりから、入江相政侍従(後の侍従長)

を中心に動きがあり、入江は昭和天皇の高齢を理由に新嘗祭の廃止や元旦の

四方拝の簡略化などを画策し、一部は実現させている。その背景には入江自

身の思想とともに、「無神論者」を自称した富田朝彦宮内庁次長(後の長官)

の就任や、政教分離をテーマにした津地鎮祭訴訟に過度に反応して皇室から

宗教色を排除しようとした宮内庁官僚の動きが指摘されている(メールマガ

ジン「斎藤吉久の『誤解だらけの天皇・皇室』」)。なお、今上天皇が宮中

祭祀にご熱心なのは、入江らの動きへの反発であり、簡略化された祭祀を再

興しようとのご意志の反映とも考えられる。



 最近の簡略化ないし廃止の動きが過去のこのような動きとどのように関係

するのかは定かではないが、日本の伝統に違和感を覚える一部の外務官僚が

宮内庁に影響力を拡大していることと無関係とは思えない。また、原氏の背

景も気になるところだ。



 繰り返すが、宮中祭祀は皇室の存在理由そのものだ。皇室から「祈り」を

奪う動きは、本人の意識はともかく、新種の天皇制廃絶論と断ずる他はなか

ろう。