老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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小生、「年寄りの冷や水」ではありませんが、この年になって、ベテランの中に交じって中国語を学び始めていますが、そこで築いたことは、文字に対する感覚が中国人と日本人では180度の違いがあることです。

一言でいえば、「簡略化されることは、合理的だ」という考えです。
感じが意味するものなんて無関係です。
日本でいうカタカナがありませんから、外来語も発音からその発音に近い簡略漢字を当てています。

こんな国にまともな文化が育つはずがないと思うのは極論でしょうか。

以下転載です。



伊勢雅臣先生の国際派日本人養成講座 より転載しています。

国柄探訪: 大和言葉の世界観

「鼻」は「花」、「目」は「芽」。大和言葉に
は古代日本人の世界観が息づいている。

■1.目と芽、鼻と花、歯と葉■

 目と芽、鼻と花、歯と葉、耳と実(み)、頬と穂(ほ)。顔
と植物の各パーツが、まったく同様の音を持つ言葉で呼ばれて
いるのは、偶然だろうか?

 万葉学者の中西進氏の説によれば、これらは語源が共通して
いるからだと言う。漢字にすれば、まったく別の言葉のように
見えるが、古代の日本人は、顔のパーツも植物のハーツも、
「め」「はな」「は」「み」「ほ」と同じように呼んで、同じ
ようなものと考えていたようだ。

 たとえば、鼻は顔の真ん中に突き出ている。同様に「花」も、
植物の枝先の先端に咲く。そして岬の端も「はな」と呼ぶ。薩
摩半島の「長崎鼻」がその一例である、さらに「かわりばな」
「しょっぱな」「寝入りばな」など、物事の最初を表す意味も
持つ。

「からだ」とは、幹をあらわす「から」に接尾語の「だ」がつ
いたものである。「から」が植物にも使われた例は、稲の茎の
「稻幹(いながら)」、芋の茎の「芋幹(いもがら)」などの
言葉に残っている。

 古くは手足のことを「枝(えだ)」と呼んだ。「手」「足」
と呼び分けるようになったのは、奈良時代あたりからである。

 もう明らかだろう。我々の先祖は、植物も人体も同じものだ
と見なしていたのである。すべては「生きとし生けるもの」な
のだ。こうして古来の大和言葉の源を辿っていくと、古代日本
人の世界観が見えてくる。

■2.咲く、幸い、盛り、岬、酒■

 花が「咲く」のと、人の「幸い」も同根である。「幸い」は
「さきはひ」で、「さく」と「はひ」に分かれる。

「さく」は「咲く」である。ものがそのピークの状態になるこ
とを意味する。ちなみに「花盛り」の「盛り」も、「さか」+
「り」で、花が咲きあふれているピークの状態を意味する。岬
も「み(美称)」+「さき」で、海や湖に突出した形状の土地
を指す。お酒の「さけ」も、酒を飲むことで、気持ちが高揚し、
幸福感を抱く。

「はひ」は「延ふ」で、ある状態が長く続くことを指す。「味
はひ」は、「あの人の言葉には味わいがある」と言うように、
「長く続く味」を意味する。

 とすると、「さきはひ」とは「咲く」という花の満開状態が
「延ふ」、長く続く、ということになる。心が花開くような嬉
しさが、持続的に続く状態と考えれば、古代人がこの言葉に込
めた語感がよく伝わってくる。

 現代人は「幸福」とは何か、などと抽象的に考えるから、訳
が分からなくなる。「さきはい」とは「心の中に花が咲きあふ
れて、長く続く状態」と知れば、それはお金や地位などの外的
物質的なものに関わりなく、純粋に心の有り様であることが分
かるだろう。

■3.人と草木の一生■

 草木が春に芽ぐむことを「萌える」と言う。「萌える」は
「燃える」と同じで、火が盛んに起こった状態を指す。「仕事
に燃える」「燃える恋」などと、人が心の中で情熱を燃やして
いる状態にも使われる。

 人が最も燃える時期が「青春」だが、同様に春に草木の生命
力が盛んに燃えて、新しい芽を出すのが「萌える」である。

 この後に、前述の「花盛り」を過ぎて、実が「なる」時期が
到来する。「なる」は人にも使われて、現在でも「大人になる」
「人となり」などと使われる。「なる」とは、そのものの生命
力が発現された状態を指した。

 やがて人も草木も老いて、生命力を失っていく。植物では水
分を失ってしおれる事を「しなゆ」と言った。「ゆ」は自然に
そうなる事をいい、「しぬ」は「萎(しな)える」、水分を失っ
て、くたっとなった状態を指す。「しぬ」は、人間の「死ぬ」
にも使われているが、本来の意味は命が絶えた状態ではない。

 植物の命が絶えるのは「枯れる」である。完全に水分が失わ
れた状態を指す。「枯れる」の古語は「離(か)る」と言い、
人間で言えば、魂が体から離れることを言った。

 体から離れた死者の魂は、「ねのくに(根の国)」に戻ると
古代日本人は考えた。「ね」は母なる大地である。そこから、
人も草木もまた「たね」を育み、「め」を出し、「はな」を咲
かせていくのである。

■4.「生きる」「息」「命」■

「生きる」「息(いき)」「命(いのち)」は、どれも「い」
で始まっている。「いきる」の古語は「いく」であるが、これ
は息(いき)と同根である。息をすることが、生きることであ
る。だからこそ、息をする器官である「鼻」が、顔の中心だと
考えられたのである。

「いのち」の「い」は、「生く」「息」と同じである。そのほ
かにも、「い」は「忌(い)む(慎んで穢れを避けること)」
「斎(いつ)く(神などに仕えること)」など、厳かな意味を
持つ。

「いのち」の「ち」は不思議な力を持つもの、すなわち霊格を
表す言葉で、「おろち(大蛇)」「いかづち(雷)」「ちち
(父)」などに使われている。生けるものの体内を流れる「血」
も、不思議な力の最たるものであった。この「ち」に「から
(そのもの)」を合わせた言葉が「ちから(力)」である。
「ちち(乳)」も、生命を育む不思議なちからを持った存在で
ある。

 したがって、「いのち」は「忌(い)の霊(ち)」とでも言
うべき、忌み尊ぶべき霊力である。そのような尊厳ある「いの
ち」が、草木や人間に宿っていると、古代の日本人は考えたの
である。

■5.「たまきはる命に向う」■

『万葉集』の相聞歌に、中臣女郎(なかとみのいらつめ)が大
伴家持に贈った、次のような歌がある。

直(ただ)に逢(あ)ひて見てばのみこそたまきはる命に
向うわが恋止(や)まめ

 お便りだけでなく、じかにお会いしてこそ、「たまきはる命
に向う」私の恋心も安らぐでしょう、という意味である。

「命に向う恋」とは、諸説あるが、ここでは、自分の生命力の
根源である「いのち」に相対して、それを苦しめている恋心で
ある、とする説をとる。「いのち」が人を生かしめている不可
思議な力である、とすればこそ、それをすら苦しめる恋心の強
さが感じ取れる。

「たまきはる」とは何か。「たま」とは霊魂である。「きはる」
は「きわめる」の古語「きはむ」で、極限(きは)を求めるこ
とを意味する。わが魂の根源にある「いのち」、それが「たま
きはるいのち」だと考えられる。

「命に向かうわが恋」を「命を賭けた恋」とする解釈もあるが、
それでは「成就しなければ命を捨てよう」という、迷いも苦し
みもない意志的な生き方となる。「魂の根源にある生きる力を
苦しめている恋」に比べれば、きわめて平板な人間観になって
しまう。

■6.「恋ふ」「思ふ」「悲し」■

「恋い」とは、「魂乞(たまご)い」であり、恋人の魂を乞う
ことだ、というのが、国文学者で歌人であった折口信夫の説で
ある。「恋い」と「乞い」は、古代の発音は多少異なっている
が、だからこそわずかな意味の違いを持つ仲間語だとも言える。

「乞ふ」とは離ればなれとなっている恋人同士が、互いの魂を
呼び合うことだった。魂の結合こそが、恋の成就だったが、そ
れがなかなか実現しない切なさ、それこそが「こひ」だった。

 そう考えれば、「わが恋止(や)まめ」とは、「あなたの魂
を乞う思いが、ようやく止まるだろう」という切なさが伝わっ
てくる。

「恋ふ」と同様な言葉に「思ふ」がある。現代語でも「あの人
を思っている」と言う。「おもふ」の「おも」は、「重い」の
「おも」であり、心の中に重いものを感じとることが「思ふ」
である。「あの人を思ふ」「国の行く末を思ふ」とは、大切な
ものの重みを心の中に感じながら、あれこれと考えることであ
る。

「悲し」という言葉もある。「妻子(めこ)見れば かなしく
めぐし」とは大伴家持の長歌の一節である。「かなし」の語源
は「かぬ」で、今日でも「その仕事はできかねる」というよう
に、力が及ばなくて、果たすことができない、という意味であ
る。「会いたいのに会えない」「幸せにしてやりたいのにでき
ない」、そのような愛するものに対する、切なる悲哀を表す言
葉が「悲し」であった。

■7.「ねがふ」「いはふ」「のろふ」■

 求婚することを古代の日本語では「よばふ」と言った。「よ
ばふ」とは「呼ぶ」+「ふ」で、「ふ」は継続を意味する。
恋人の魂を「呼び続ける」ことである。

 同様に「妻子の幸せを願う」などと言う時の「願う」は「ね
ぐ」に「ふ」がついた言葉で、「ねぐ」とは「和らげる」とい
う意味。神様の心を和らげて、何度もその加護を願うことだっ
た。神職の一つに「禰宜(ねぎ)」があるが、これは神の心を
和ませて、その加護を願う仕事を指す。

 同様に、「いはふ」は「言う」を続けること。神様を大切に
する気持ちを繰り返し言うことで、これが「斎ふ」という言葉
になった。

「のろふ」は、「のる」+「ふ」で、「のる」を続けることで
ある。「のる」は「祝詞(のりと)」、「名のり」などに、残っ
ているように、「重大なことを告げること」を意味する。転じ
て、神様の力を借りて、相手にわざわいをもたらそうとするの
が「のろふ」である。

 日本の神様は、それぞれに支配する範囲が決まっていて、時
おり、その地に降りてきて、人間の「ねがひ」「いはひ」「の
ろひ」などを聞いてくれる。その神様に出てきて貰うために、
笛を吹いたり、囃したりして、「待つ」ことが「まつり」だっ
た。その動詞形が「まつる」である。

 古代日本人にとって、神様とはそのような身近な具象的な存
在であった。

■8.「天(あめ)」「雨(あめ)」「海(あま)」■

 そうした神様の元祖が「天之御中主神(あめのみなかぬしの
かみ)」である。「天(あめ)」の「御中(みなか)」にいる
「主(ぬし)」である。

「天(あめ)」は「海(あめ)」でもあった。「天」は「海」
のように青く、そこからときおり「雨(あめ)」が降ってくる。
そんなことから、古代日本人は天には海と同じような水域があ
ると考えたようだ。

 水が大量にある所を「海(うみ)」と言う。「うみ」は、昔
は「み」とも言った。「みず」の古語は「みづ」だが、これも
同じく「み」と言った。一面にあふれることを「みつ(満つ)」
と言う。

 この「みつ」から「みづみづし」という言葉も生まれた。
「瑞穂(みずほ)の国」とはわが国の古代の自称であるが、水
を張った水田に青々とした稲穂が頭を垂れている姿は、古代日
本人のふるさとの原景なのだろう。

■9.和歌は日本人の固有な韻文に対する自負と誇り■

 以上のような大和言葉で歌われるのが、和歌、すなわち「日
本の歌」である。和歌は神様を褒め称えたり、恋人に思いを伝
える時に使われる特別な形式であった。

「いのち」という言葉に根源的な生命力を感じたり、また「恋」
という言葉に、相手の魂を乞う、そのような濃密な語感を込め
て、和歌は神や恋人に思いを伝えるものであった。

 そのような和歌を集めた歌集として、現存する最古のものが
万葉集である。雄略天皇(第21代、5世紀後半)の御歌から始
まり、農民や兵士など一般庶民の歌まで収められたまさに「国
民歌集」であるが、その中に使われた外来語は16語くらいし
かない。

 当時の語彙の数は、「古代語辞典」で解説されているものだ
けでも8千5百語ほどあるが、そのうちのわずか16語である。
それもこれらのほとんどは、「法師」「餓鬼」「香」などの仏
教用語で、巻16の戯れの歌などに使われているのみである。

 万葉集は、歌い手としては天皇から一般庶民に至るまで区別
なく登場させているが、外来語は排除し、「大和言葉」で表現
された思いを集めようとする意図が徹底されているのである。

 現存する日本最古の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』は、
万葉集とほぼ同時期に編纂されている。その時期に我が先人た
ちは中国から入ってきた漢詩に対抗して、外来語を排して大和
言葉だけの和歌集を編んだ。この点について、中西進氏はこう
語る。

 このいきさつを考えると、和歌は日本人の固有な韻文に
対する自負と誇りを示すものと思われる。漢詩とあい対立
せしめつつ、わが国の韻文を対等に位置づけようとしたも
のであった。[2,p116]

 日本語は歴史的に中国や西洋の概念用語も積極的に取り入れ
つつ、最先端の科学技術論文にも使われている現代的な論理的
言語となっている。と同時に、その根源にある大和言葉は太古
の日本人の世界観・人生観をそのままに伝える詩的言語である。

 これは世界最古の皇室を戴きながら、世界の経済大国・技術
大国であるというわが国の姿に良く似ている。言葉と国柄とは、
お互いに支えあうもののようだ。「祖国とは国語」という言葉
が改めて思い起こされる[a]。
(文責:伊勢雅臣)

さすが人民日報日本総支社代理 朝日新聞です。
日教組と同じ感覚と言われて返答できないでしょう。
これで、朝日新聞の位置づけがいっそう明確になりましたね。

今こそ「朝日新聞を購読しません」運動を!

以下は、日本再生ネットワークよりの転載です。


  
◆【朝日】やはり朝日は日の丸・君が代が大嫌い?

   …五輪結団式「国歌斉唱」で1人だけ不起立を通した「朝日編集委員」


 7月28日、ザ・プリンスタワー東京(港区)で、北京五輪の選手団結団

式・壮行会が開かれた。



 午後5時からの結団式では、壇上に皇太子殿下、体育協会会長の森喜朗元

首相や渡海紀三朗文科相らお歴々が並んだ。まずはオープニングで、国歌斉

唱。歌うのは“千の風になって”でお馴染みのテノール歌手・秋川雅史氏だ

った。



 「司会者の『国歌斉唱。皆さま、ご起立下さい』の声で、選手やその家族、

JOC関係者らは一斉に立ち上がりました。記者席は会場の最後部に用意さ

れてたんですが、もちろん、記者も席を立ちましたよ。でも、1人だけ、座

ったままの記者がいました」(現場に居合わせた記者)



 その記者は足を組んだままで身動きもせず、“確信犯”としか見えない。



 「それは、朝日新聞編集委員の岩井克己氏です。60歳を過ぎても皇室担

当をしている名物記者ですよ。99年には雅子妃のご懐妊を他社に先駆けて

報じたが、その後、雅子妃が流産し、問題になったこともある。さらに、0

5年には紀宮様のご婚約内定の記事で、新聞協会賞も受賞しています」(宮

内庁担当記者)



 そんな岩井氏が、国歌斉唱で起立しなかったのは理由でもあるのか。



 「本人に確認したところ、記者として現場取材を第一に考え、記者席で皇

太子殿下の取材をしていました」(朝日新聞社広報部)



 でも、座っていては皇太子殿下のお姿はまったく見えなかったはずですが…。


ソース(週刊新潮 8/7号、133ページ)