老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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電卓片手に計算しながらお読みください。


国際派時事コラム「商社マンに技あり!」より転載しています。

http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/


     民主党政権は国債の大増発で禍根を残す


■■平成21年8月31日発行■■■◆




 民主党政権の財政の論客として、これからは早稲田大学の
榊原英資(さかきばら・えいすけ)教授のメディア露出度が
増すだろう。

 榊原氏は民主党のブレーン。
 積極的な国債増発論者である。

 民主党は、公約実現のための財源を国債の大増発に求める
だろう。

 民主党マニフェストを改めて読むと、国債増発をしないと
いう約束はどこにもない。
(消費税の税率を4年間は上げないという鳩山由紀夫代表
の口約束はあったけど。)


■「日本全体で見れば借金はない」■


 まず、榊原英資氏の主張を聴こう。

 日本の財源は、どうせすでに一般会計歳出の4割が国債の
発行でまかなわれているのだから、あらたな財源が必要なら
国債でまかなえばいいじゃないか。
 これが、氏の主張である。


≪今、日本の国債と地方債は合計で 800兆円。
日本人の貯蓄残高は総額 1,500兆円だから、日本全体で見れ
ば借金はない。

国債は有力な財源だ。
子ども手当も、高速道路の無料化も、暫定税率をゼロにする
のも、国債を発行すればいい。

国債の長期金利は今、1.45%で決して高くない。
これから20兆、30兆円を追加発行しても、10年債で2%は超
えないだろう。

1,000兆円ていどまで行っても、そこで止まれば問題ない。≫

(産経新聞、平成21年8月21日号8面の榊原氏発言)


 これをす~っと読んでしまうか、電卓を叩いてみるかで、
判断はずいぶん変わってくる。

 現状、1.45%の金利で 800兆円を借りている。
 金利負担だけで年間 11.6兆円。
 1日あたり 318億円。
 1時間あたり 13億円。

 あえて扇情的な言い方をすると、
国債を買えるような富裕層のために、国民全員で毎時13億円
払い続けているのである。

 家族4人の平均的家庭が1日あたりに負担する国債金利は
1千円と計算できる。
 1年あたり36万円。

 国債・地方債が800兆円あるというのは、そういうこと。
 各家庭が年間36万円のカネを、国債・地方債の金利として
金融界・富裕層に貢ぎ続ける世の中を意味する。

(年間36万円というのは、金利分だけ。
元本を返済しようとするとどうなるか、電卓で試算してみて
ください。)


■ 1家庭、1年間に63万円の金利負担 ■


 榊原氏は言う。


≪財源論はナンセンスだと思う。

財源の話になると、増税か歳出減かの二者択一になる。
なぜ、国債発行を財源の選択肢に入れないのか。≫


 榊原英資氏の言うように国債を1,000兆円まで増やし、
榊原氏が許容する金利2%を適用すると、どうなるか。

 年間の金利負担は20兆円。
 1日あたり547億円。
 1時間あたり23億円が、日本国民の負担する金利である。

 家族4人の家庭が1年間に負担する国債・地方債の金利は
63万円に達する。
(しかも、金利分だけ。元本返済分は入ってません。)

 榊原氏に言わせると、63万円が高いか安いか論ずるのは
「ナンセンス」なのだろうが、読者諸賢はいかがか。

 ちなみに63万円の消費税を支払うには、1,260万円分の買
い物をしなければならない。
 63万円とは、そういう金額だ。

「国債増発は、未来の世代にツケを回すことになる」
と、よく言われるが、未来世代どころか現役世代にずしりと
くるのである。


■ 少子高齢化で、貯蓄率が急落しつつある現実 ■


 榊原英資氏の強気の辯(べん)は、
「日本人の貯蓄残高は総額1,500兆円だ」
という事実に基づいている。

 だから、あと200兆円くらい借り増ししても問題ない、と
榊原氏は言う。

 財源の当てがないのに マニフェストで約束してしまった
バラマキ政策を実現するため、 民主党政権は榊原英資氏を
御用学者として推し立てるだろう。



 ところがじつは、そもそも日本人の貯蓄率が急速に低くな
っているという、別の事実がある。

 東京大学の伊藤元重(いとう・もとしげ)教授が『VOICE』
誌8月号29~31ページに書いている。


≪日本の家計部門の貯蓄率が急速に低くなっていることを知
っているだろうか。

1990年代の初めには15%もあった日本の家計部門の貯蓄率は、
2007年には3%前後まで下がっている。≫

≪もっとも説得的な理由は少子高齢化の進行である。

人口のなかに占める高齢者の割合が増えるほど、経済全体の
家計部門の貯蓄率は低くなる傾向になる。≫

≪金額で見ても、約 1,400兆円あるといわれる個人金融資産
の 70%前後が 60歳以上の人によって保有されている。≫

≪若いときには たくさん稼いで貯蓄に回し、 年をとったら
その貯蓄を崩して消費に回していく。

これは1人ひとりの個人についていえることだが、同時に国
についてもいえることだろう。≫


■ 60歳以上の人びとが貯蓄を食いつぶす ■


 国債・地方債を日本国内の低金利の資金で消化できるのは、
1,400~1,500兆円の貯蓄をかかえる銀行が国債・地方債を買
っているからだ。

 金利をいくら払っても、日本人が日本人に支払うカネなの
だから国外流出はない、という安心感が国家財政の借金を増
やしてきた。

 だが、そんなラクな世の中がいつまで続くのだろう。

「約 1,400兆円あるといわれる個人金融資産の 70%前後が
60歳以上の人(=新たな所得がほとんどない人)によって保
有されている」
ということは、どういうことか。

 約 1,000兆円の貯蓄が60歳以上の人たちの個人資産なのだ
が、高齢化に従ってこれがどんどん食い潰されてゆく。

 貯蓄率は下がっているのだ。貯蓄残高は確実に減ってゆく。

 伊藤元重氏も言う。


≪通常は政府の財政状況が悪ければ、長期金利の急騰が起こ
るか、悪性のインフレとなることが少なくない。

日本の場合にそうしたことが起きていないのは、潤沢な国民
の貯蓄資金が国債をファイナンス(=金融的下支え)してい
るからだ。

国民の多くが銀行などの金融機関に預けた貯蓄の相当部分は、
政府の国債購入に回っているのだ。≫


■ 貯蓄残高が政府債務をカバーできなくなる日 ■


≪問題はこうした政府債務のファイナンスがいつまで持続可
能であるのか、ということだ。

増えつづける国公債を誰が所有してくれるのか。≫


 コラム前半で、榊原英資氏の説に基づいて行った計算を振
り返ろう。

 国債を 1,000兆円まで増やし、許容できる金利として2%
を適用すると、家族4人の家庭が1年間に負担する国債・地
方債の金利は 63万円に達する。

 榊原説に乗って国債を増発したあと、貯蓄残高が落ち込ん
でいったらどうするつもりだ。

 日本人の貯蓄残高にオンブにダッコができなくなると、国
債の借り換えをするたびに、金利3%、いや、4%…… と
高金利で資金調達しなければならなくなる。

 ないしは、俗な言い方をすれば日本銀行券を刷りまくって、
つまりインフレを起こして借金を目減りさせるという荒療治
が必要となる。


■ ワイドショーにご注目 ■


 民主党は、来年の参院選で負けぬよう、バラマキ公約実現
の財源を、けっきょく国債に求めるだろう。

 ワイドショーに榊原英資氏が出始めたら、この配信コラム
を思い出していただきたい。

 国債増発で各家庭の金利負担が加速度的に増えるくらいな
ら、消費税率を上げて国家財政の健全化を図るほうが、痛み
が少ないはずだ。

 電卓で計算してみよう。
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http://www.youtube.com/watch?v=6m4in1DKD6A

【遠藤浩一】この国の行方
http://www.youtube.com/watch?v=iP0Fmij4G9w

【川村純彦】どうなる?衆院選後の日米同盟
http://www.youtube.com/watch?v=Zzxk7B40rkM

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              祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」
http://www.youtube.com/watch?v=s3o8fw4AwSc

【NHKの大罪】「国民行動inロサンゼルス」報告
http://www.youtube.com/watch?v=qQc4deQqqmQ

【矢野義昭】北朝鮮の核問題と中東への核拡散の脅威について
http://www.youtube.com/watch?v=UlHVcG31IeM

【兵頭二十八】「日本安全保障倫理啓発機構」が目指すもの
http://www.youtube.com/watch?v=bIexzkZy_JA

【女性大討論】これでいいのか、日本!?
http://www.youtube.com/watch?v=r6zYGgWGNzA (ほか全4本)

【快刀乱麻】究極の観光とは
http://www.youtube.com/watch?v=TeCwZgDsVFE

【直言極言】リベラルな世界観と日本人の世界観
http://www.youtube.com/watch?v=rxLI7DGFfn4

【今週の御皇室】知られざる皇居東御苑の魅力
http://www.youtube.com/watch?v=S7eatGjym6E

【そしてわが歌】偽装平和国家・日本
http://www.youtube.com/watch?v=S47nKDRZ_ak

【感々学々】身近な安全保障・新型インフルエンザについて
http://www.youtube.com/watch?v=y0EProp8Rrs

【自衛隊】近藤永子の護衛艦「しらゆき」 体験航海イベントレポートPart3
http://www.youtube.com/watch?v=_pOe_3w6RUw

【自衛隊】近藤永子の護衛艦「しらゆき」 体験航海イベントレポートPart4
http://www.youtube.com/watch?v=28czXsJWpZY

【自衛隊】近藤永子の護衛艦「しらゆき」 体験航海イベントレポートPart5
http://www.youtube.com/watch?v=aZ06jHN9yF8

【自衛隊】近藤永子の護衛艦「しらゆき」 体験航海イベントレポートPart6
http://www.youtube.com/watch?v=lF3E6KffA3A

【自衛隊】近藤永子の護衛艦「しらゆき」 体験航海イベントレポートPart7
http://www.youtube.com/watch?v=d6M1xLdnpAc

【UNDOF】第28次要員出国行事及び第27次要員第一波帰国
http://www.youtube.com/watch?v=dZj2hyL5cEg

国難に際しての「無私の心」今の時期にダブらせて考えています。


国際派日本人養成講座 より転載しています。

人物探訪: 横井小楠 ~ 明治維新の設計者
 西洋列強が押し寄せる国難に際して、小楠は
「無私の心」による国内団結を唱えた。


■1.横井小楠が設計し、西郷が具現化した明治維新■

 勝海舟は、維新後にこんなことを言っていた。

 おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それ
は、横井小楠(しょうなん)と西郷南洲(JOG注: 隆盛)
とだ。[1,p81]

 横井の思想を、西郷の手で行われたら、もはやそれまで
だと心配していたに、果たして西郷は出て来たワイ。[1,p191]

 勝の見方によれば、明治維新は横井が設計し、西郷が実現し
た、と言える。

 横井小楠は幕末に幕府方の中心人物であった越前福井藩主・
松平慶永(よしなが、号は春嶽)のブレーンであり、最後の将
軍・徳川慶喜もその説に感服していた。勝海舟も「自分は小楠
の弟子である」とまで自称していた。

 一方、吉田松陰も小楠に敬服し、長州藩まで指導に来て欲し
いと招請している。坂本龍馬も何度も横井を訪れて、その意見
を聞いている。西郷は、横井の説を勝から聞いて、それをやり
通さなければ相済まないと、大久保利通に書き送っている。明
治に改まってからも、小楠は17歳の明治天皇に国政の理想を
説いた。

 要は、幕末から明治維新にかけての中心人物たちが、幕府方
と薩長方を問わず、誰もが師と仰いだ人物が小楠なのである。

■2.エリートコースからの転落■

 小楠とは後につけた号で、通称は平四郎といった。平四郎は
文化6(1809)年に熊本・肥後藩士の次男として生まれ、10歳
で藩校・時習館に入学すると、めきめきと頭角を現した。29
歳には寮長として塾生を指導する立場に立った。

 31歳にして江戸遊学を認められた。幕府における学問の総
元締め林大学頭(だいがくのかみ)に入門するとともに、尊皇
攘夷思想のリーダーである水戸藩士・藤田東湖にも親しく教え
を請うている。

 その藤田東湖が開いた忘年会の帰りに、泥酔した平四郎は一
人の幕臣と口論になり、殴ってしまう。この事件を聞きつけた
熊本藩の江戸留守居役は、平四郎を帰国させた。藩からは「つ
まらない事件で有為の人物を処分するな」と言ってきたが、熊
本藩内部では二つの派閥が勢力争いをしており、一方の家老か
ら後押しされていた平四郎はそれに巻き込まれたのである。

 帰国した平四郎は自宅謹慎を命ぜられ、兄の家の6畳一室に
閉じこもって、ひたすら学問に打ち込んだ。やがて志ある郷士
や豪農の子弟が、小楠に学ぼうと出入りするようになった。

 門下生が増えると6畳では手狭であり、弟子たちは力を合わ
せて、新しい塾を建ててくれた。この塾は「小楠堂」と名づけ
られた。平四郎は尊皇に生涯を捧げた楠木正成[a]を尊敬して
おり、それにあやかったのである。本稿でも、これからは小楠
の号を使う。

■3.越前藩へ■

 嘉永4(1851)年2月、小楠は諸国遊歴の旅に出発した。すで
に43歳となっていた。遊歴の許可を藩政府に願い出ると、二
つ返事で許可が下りた。藩政に対してもなにか批判的な言辞を
述べる要注意人物がしばらくでも旅にでることは、藩にとって
も歓迎すべきことであった。

 小楠は、北九州、山陽道、大坂、大和、伊勢、さらには北陸
まで足を伸ばし、各地で名高い人物と会った。

 特に福井には25日も滞在し、歓待を受けた。小楠堂には越
前藩から来た武士も学んでいて、小楠の評判を国に伝えていた
のである。滞在中は連日のように講義を求められ、それがさら
に小楠の名声を高めた。

 福井からの帰路、琵琶湖西岸の小川村を訪ねた。小楠はかつ
て陽明学者・熊沢蕃山の書から多くを学んだが、その蕃山の師
が近江聖人と呼ばれた中江藤樹であり、この小川村には藤樹が
書院を開いた跡があった。

「国を治め天下を平らかにする」という政治の根本は、まず人
間一人ひとりの心の中にある「まごころ」を磨くところから始
めなければならないと説いた藤樹の教えは、村全体の空気に染
みこんでいた[b]。日本全体をそのような道ある国にしたい、
というのが、小楠の志だった。

 小楠を越前藩に招聘しようという案に藩主・松平慶永も乗り
気になり、肥後藩主・細川斉護(なりもり)に、小楠借用を願
い出た。松平慶永の妻は斉護の娘で、婿-舅(しゅうと)の関
係である。しかし、肥後藩の重役たちは「藩の恥を晒(さら)
すようなものだ」と聞き入れない。

 結局、慶永は斉護に二度も直接手紙を書き、斉護は「ここま
で婿殿が思い込んでいるのだ」と重役たちの反対を押し切って、
承諾させた。

 安政5(1858)年4月、小楠は福井に着き、50人扶持の待遇
を受けて、越前藩の藩校での講義、および藩政改革の指導に当
たることになった。

■4.藩を富ます■

 越前藩の藩政改革で、小楠がまず取り組んだのは、殖産興業
によって藩を富ますことだった。従来の藩政改革は倹約一辺倒
でやってきたが、倹約して得た資金を貿易や商品開発に注ぎ込
んで、富を増やすことを説いた。

 藩士・三岡八郎(後の由利公正、五箇条のご誓文の起草に参
画)を使って、名望のある商人を集めて物産商会所を作らせ、
生糸、茶、麻などを扱わせた。そして農村での養蚕を奨励し、
長崎のオランダ商館を通じて生糸を輸出した。3年後には、貿
易高が3百万両にも達し、藩の金蔵には今まで見たこともない
ほどの富が蓄えられた。

「横井先生は、口舌の徒ではない。その説かれる教えは高邁だ
が、さすが実学を旨とされるだけあって、藩を富ます術にも長
けておいでだ」と、小楠の越前藩における名声は完全に確立さ
れた。

 小楠が旨としていた「実学」とは、学者が世間を知らずに論
語などの字句の研究に沈潜し、一方では政治家が学問を通じて
自分の身を修めることをしない、という傾向を批判していた。
これも中江藤樹の「学問とは人の生き方を正すものだ」という
教えを継承する姿勢だった。

■5.「富国」「強兵」「士道」■

 安政7年春、松平慶永の跡を継いで新藩主となっていた松平
茂昭(もちあき)が江戸からお国入りし、すぐに小楠に会いた
いと言ってきた。茂昭は藩が豊かになったことへの礼を述べ、
ついてはその使途について大綱を定めたいので、意見を聞きた
い、と言った。小楠は感激して、すぐに筆をとり、『国是三論』
と題した意見書をとりまとめた。

『国是三論』は「富国」「強兵」「士道」の三つの柱から成り
立っていた。

「富国」は生産を奨励して、藩の財政も豊かにして税率を下げ
る。藩民の暮らしを豊かにして、人の道を教える。

「強兵」は、極東に押し寄せてきた西洋列強に対抗できる海軍
を作る。日本海に面した越前藩も青少年を鍛え、船で他国と往
来させて、外国の事情を見聞させる。

「士道」は、人君は慈愛の心を持ち、家臣はその心を体して、
人民を治める。その環境の中から、人材が次々と出てくる。

「富国強兵」は西洋列強の侵略に備える策として、すでに多く
の先人が唱えていたが、小楠はこれに「士道」を加え、この3
つとも人材を育成輩出することを中心に置いた。この点でも、
中江藤樹の志が受け継がれている。

 小楠の思想は、三岡八郎、後の由利公正が「五箇条のご誓文」
を起草する際にも受け継がれた。「上下(しょうか)心を一
(ひとつ)にして盛に経綸(けいりん、経済その他の活動)を
行ふべし」「智識を世界に求め大に皇基(国家統治の基礎)を
振起すべし」などの表現に窺われる。

■6.「幕府も朝廷も、私の心を捨てて」■

 文久2(1862)年、松平慶永は幕府から政事総裁職への就任を
要請された。その前年、大老・井伊直弼が桜田門外の変で暗殺
され、幕政は混迷を極めていた。井伊直弼は朝廷の勅許を得ず
に独断で日米修好通商条約を結び、また世に言う「安政の大獄」
で反対する大名・公家・志士らを次々と処刑・弾圧した張本人
であった。

 慶永は小楠を江戸に呼び寄せ、意見を求めた。小楠は政事総
裁職を引き受けるべき、と主張し、実行すべき政策を『国是7
カ条』として献策した。

 その第一条は「将軍は上洛して列世(歴代)の無礼を天皇に
謝罪すること」であった。幕府も朝廷も、私の心を捨てて、公
の心を持って議論を尽くし、日本の進路を決定しなければなら
ない。そのために、まず天皇から大政を委任された幕府の方か
ら、歴代の無礼をお詫びし、私心なき事を天下に示そうという
のである。

 さらに、大名の参勤交代を大幅に縮小し、人質として江戸に
置かせていた妻子を故国に帰らせること。これも大名たちに幕
府の私心なき事を示すためである。あとは人材登用、公論の尊
重、海軍増強、貿易振興など、『国是三論』に共通するもので
あった。

 西洋列強がひたひたと押し寄せてくる国難に際して、国内の
朝廷、幕府、諸大名などが互いに私心を持ったまま勢力争いを
していては国家の独立を守れない。まずは幕府が私心無きこと
を示して、朝廷や諸大名の力を統合していこうというのである。

 これを聞いて、慶永は「なるほど、これは天下の人心を一新
するためにもそうとう効果のある政策かもしれない」と希望を
抱き、政事総裁職就任を決意した。そして、この『国是7カ条』
を就任の条件とするよう、将軍側近の大久保忠寛など要人の間
で小楠に根回しをさせた。要人たちも小楠の説得を受け入れた。

■7.「大乱を未然に防ぐ」■

 慶永は政事総裁職に就任してから、早速、参勤交代の大幅縮
小、大名の妻子帰国などを実現した。しかし「列世(歴代)の
無礼を天皇に謝罪すること」には、幕府の首脳の中で反対意見
が強かった。「将軍は天皇から政治の大権を委任されていて、
その中には外交問題も入っているので、勅許を得ずに外国と条
約を結んだからといって、無礼には当たらない」という論も起
きる。幕府の面子をなんとか保とうという「私心」である。

 その中で将軍後見職・一橋慶喜(後に最後の将軍として大政
奉還)が「小楠の意見を聞きたい」と言い出した。幕府首脳が
ずらりと並んだ中で、小楠は語った。

 幕府が公武一和を標榜する以上、武家の頂点に立つ将軍
が自ら勤皇の実をあげることが、徳川家が私心を去り、公
の心を持ったということの証(あかし)になります。将軍
にとってもお辛いこととは存じますが、この一事によって
天下の人心が鎮まり、大乱を未然に防ぐことができます。
[2,p245]

 幕府と朝廷が互いに争い、諸大名がこれに加われば、国内は
内乱状態になる。西洋列強は当然、それぞれの後押しをして、
介入してくる。そうなれば他のアジア諸国のように植民地化さ
れることは目に見えている。「大乱」とはこうした事態を指す。

 慶喜が真っ先に「横井先生のご意見に感服した」と賛成する
と、他の首脳たちは反対する気持ちを失った。

■8.「その時は、政権を朝廷にお返しすれば」■

 しかし、慶永には、もう一つ心配があった。将軍が上洛して
今までの無礼を謝罪しても、朝廷があくまで「攘夷を実行せよ」
と命じた時は、どうすべきか、という問題である。

「その時は、政権を朝廷にお返しすればよろしゅうございましょ
う」と小楠はこともなげに答えた。慶永は驚いた。

(攘夷のような)できもしないことをできるかのように天
下を偽ることは、私の心に通じます。できないことはあく
までもできないと申し上げ、できないことをどうしてもや
れと仰せられるのなら、政治の大権を朝廷にお返しして、
朝廷の方で攘夷を実行していただければよろしいではござ
いませんか。[2,p240]

 攘夷をできるかのように偽っているのも、政治の大権にしが
みついていたいという幕府の私心である。それでは国内の公論
を欺き時間稼ぎをしている間に、列強はひたひたと迫ってくる。

 小楠の説は、国家の独立を保つためには、国内が公論のもと
で一致団結しなければならず、そのためにはそれぞれが「私心」
を捨てて、ひたすら国全体のためにどうすべきか、と智慧を絞
り、力を合わせなければならない、という一点にあった。

■9.「清冽な地下水のごとき伝統」■

 その後、多くの紆余曲折はあったが、慶喜が将軍を継ぎ、幕
府が朝廷に恭順の意を示すことで内乱を最小限の規模に収め、
また大政奉還によって、明治新政府が誕生した。大筋として、
小楠の描いた筋書きに従って、わが国は一挙に新体制への一新
を図り、その後は富国強兵に邁進して、独立維持に成功するの
である。

 これも小楠の説くところに、松平慶永、一橋慶喜、勝海舟、
坂本龍馬、西郷隆盛など、当時の中心人物が共感したからであ
ろう。冒頭で述べたように、西郷も、小楠の説を勝海舟から聞
いて、それをやり通さなければ相済まないと、大久保利通に書
き送っている。

 なぜ小楠の説がこれほどの説得力を持ったのか。それはその
根底に「国を思う無私の心」を置いたからだ、と思われる。

 小楠の敬愛する楠木正成も中江藤樹も、無私の心でひたすら
に世のため国のために尽くした足跡を歴史に残した。その清冽
な地下水のごとき伝統を掘り当て、幕末の国難の時期に噴き出
させたのが小楠の功績であった。
(文責:伊勢雅臣)

2009.08.28

日本核武装論

日本を取り巻く環境を考えると日本の外交ほど重要なものはありません。
安全保障政策や核論議の重要性を訴える山本先生の健筆振りをご紹介します。


時局心話會のホームページ http://www.fides.dti.ne.jp/~shinwa/   
山本善心の週刊木曜コラム よりお許しを得て転載しています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日本核武装論  オバマ政権の誕生と共に日本の国際的なプレゼンスが低下しつつあり、
諸外国への発言力も弱まっている。わが国は軍縮路線と平和主義政策に
加えて、北朝鮮の核ミサイル開発、中国の軍拡など厳しい環境下に置かれ
ている。にもかかわらず、日本の政治と外交はこれら重要な変化に迅速に
対応できず、内憂外患の態をなしている。

 米国のアジア政策は、日米関係中心から中国・ロシア・インドとの協調関
係重視へと重点を移しつつある。日本経済は下降傾向にあり、すでにGDP
は中国に追い抜かれて第3位に転落した。第4位のインドに追い抜かれる
のも時間の問題だ。

 今後、わが国経済の問題点は少子化と人口減少であるが、安全保障は
自立自存の精神と自国防衛に変革・転換しないと道筋は見えてこない。加
えて周辺諸国の脅威で憲法改正や核保有が世論の関心事となり、普通の
国に変わるための活発な議論が生まれてこよう。政治と外交不在の日本の
安全保障は隙間だらけで、他国の脅威や干渉には無防備であるが、今後
は場当たり措置のツケが重くのしかかってくる。わが国は安全のすべてを米
国任せにするという異常な国家であった。


日米の共同対処とは


 北朝鮮のテポドン2号ミサイルはわが国上空を超えて太平洋に落下。この
日本領土への直接的脅威は「日米共同対処」で対応した。これは日米安全
保障条約第5条に定められた「共通の危険に対処するように行動する」との
条項に沿ったものである。

 今回、日米の情報伝達および連携は見事に機能した。ミサイルの発射は、
米国の早期警戒衛星が察知して1分後に自衛隊に知らされている。これら
核弾頭ミサイルは、発射後10分で東京都内をほぼ壊滅させる能力がある。
それゆえ残された9分で、自衛隊は反撃せねばならない。北ミサイルは海上
自衛隊のイージス艦から発射されるスタンダードミサイル「SM-3」と地対空
ミサイルのパトリオットで迎撃する。

 しかし今回のミサイル発射に関して、日米の対処が異なる見解や動きを
見せたのは注目すべきだ。自衛隊は「日本領土にミサイルが落下すれば迎
撃する」との姿勢を見せたが、「米国に飛んでいくミサイルは迎撃しない」とし、
米軍も「日本に落下するミサイルは迎撃しない」との姿勢を示した。これは集
団的自衛権の放棄であり、米国は日本と共同で戦わないと見ることもできよ
う。


米軍は日本を守らない


 日米安保条約は「共通する危険な敵に対して共同で対処する」としている。
しかし米軍は日本の前線基地から沖縄海兵隊7000人の撤退を始めた。こ
れでは外国からの攻撃に対して、自衛隊が直接戦闘を行うしかない。

 自民党はこれまで政権公約で、日米同盟に基づく安保体制強化を前面に
掲げてきた。日本国の有事に対して米軍が国民の生命や財産を守ってくれ
るとは誰もがそう思っていた。

 それゆえ、日本政府は政治や経済に関する米国の厳しい要求を容易に
受け入れたのである。しかし今回のミサイル発射における米国の対応や姿
勢をみて、オバマ政権の軍備縮小と平和路線は日本離れを顕著にしており、
今後に不安を残すものだ。


日本の核武装を考える


 日本の反核勢力は、マスメディアを通して「わが国は世界で唯一の被爆国
だから、この痛ましい体験を世界に伝えるべきだ」といっている。彼らは核ア
レルギーをあおり、非核三原則を唱える反核模範生として振る舞ってきた。
しかし広島や長崎は、日本が核を持たず無力であったから米国の原爆実
験場になっただけの話である。

 最近「核否定は国と国民の安全を脅かす愚行だ」との意見も出はじめて
いる。北朝鮮ミサイル事件は、日本国民の自衛心を呼びさます目覚まし時
計だ。

 今、国民レベルで「自国と国民を守り抜くには核保有が不可欠だ」「核を
持たないわが国が国民の生命や財産を守れるのか」という声が聞かれる。
しかし戦後64年間、岸信介・安倍晋三内閣を除く歴代政府から核保有に
関する議論が出てこないのは、政治に対する無責任のそしりを免れない。
しかも自民党政治や外務省、防衛庁、マスメディアにとって、核議論がタブ
ーであった。


中国の核は米本土を攻撃する


 わが国周辺諸国の核攻撃は、日本全域を標的としている。わが国の平和
と安全を徹底的に突き詰めていくと、核問題に突き当たる。米国の核の傘
はこれまで有効だったが、相手国が強くなれば話は別だ。

 フランスのドゴール将軍は「自国を守りうるのは、つまるところ自国の核だ
けにすぎない」と言った。このドゴール理論を改めて見直すべきであろう。日
米同盟では政治や経済が緊密であっても、自国の若い兵士を犠牲にしてま
で同盟国を守るという発想は、とうの昔に力を失っていよう。中国の朱成虎将
軍は、05年7月に香港で外国人記者に対し「もし台湾との軍事紛争に米軍が
介入したら、容赦なく米国の大都市に核攻撃を断行する」と言明した。

 これは「有事の際は沖縄であれ東京であれ、容赦なく核ミサイルを発射で
きる」というのと同じだ。単なる脅しともとれるが、中国の意向や姿勢を明確
に示した発言ではなかろうか。


平和主義は一種の狂気


 広辞苑によると「平和」とは「戦争が無く世が安穏であること」、また「平和
主義」は「やすらかにやわらぐこと、おだやかで変わりないこと」という意味で
ある。しかし現今の国際情勢を見て、このような平和な環境にあるといえる
であろうか。わが国の平和主義とは「チベットやウイグルと同じ運命を辿れ」
という意味にしか受け取れない。

 かつて満州、チベット、ウイグルは平和で、誇り高い民族の国であった。し
かし国内の平和主義者らは軍事力を持たず平和主義を唱えるだけで、国
の安全保障をおろそかにしたといわれている。自国が平和を希求して相手
を刺激しないようにすれば、枕を高くして眠れると考えたのであろうか。理想
と現実の調和に欠け、軍事力をおろそかにした結果が、他国に併合された
所以であろう。

 かつて日本社会党は野党として隆盛を極めたが、改憲反対・核保有を認
めない・日米安保反対・防衛費増額反対をうたうばかりであった。「軍国ファ
ッショ」「軍靴の音が聞こえる」と訴える無防備な政策に、世論は社会党離れ
を興した。憲法と核を議論せず、国防を放置してきた自民党は社会党の二
の舞になりつつある。わが国の安全保障は異様で、正常性を欠いた、一種
の狂気といえるものであるが、ここにきて力尽きた感がある。


非核三原則


 非核三原則とは「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」というものであ
る。1965年、対ソ防衛に関する自衛隊の研究機関「三矢研究」が、佐藤栄
作首相にソ連の核状況を報告した。ソ連の核拡大と対日政策に対して、わ
が国自衛隊は①ソ連を仮想敵国とする、②核兵器を防衛手段として保有す
る、という驚くべき対ソ対抗政策が明記されていた。

 この恐るべきソ連の核拡大政策の実態が明らかになるにつれ、佐藤首相
はソ連への刺激をタブーとして野党に迎合する。1972年、佐藤首相は非
核三原則を決断。さらに1976年、三木武夫首相は核不拡散条約に加盟し
た。

 1980年代に入ると、非核三原則に関する法案が提出される。それ以来
自民党内でも、完全に核議論が封殺されたのは周知の通りだ。核保有発
言は左翼勢力や保守層からも批判・糾弾される流れが作られ、誰も何も言
えない状況となる。


核は歴史的転換点にある


 今や日本の上空を北朝鮮の核ミサイルが飛び交い、全土が射程内に入
った。韓国が竹島を占拠、中国の東ガス田、尖閣諸島など問題山積だ。米
国の撤退傾向にともない、彼らがわが国に触手を伸ばす頻度は高くなろう。

 今後わが国の国防は、1に改憲、2に核、3にミサイルの検討が緊急課
題だとの意見もある。ロシア、中国、北朝鮮らによる最大の標的は日本だ。
しかも日米の通常戦力が大幅な弱体化に向かっているのは紛れもない事
実である。核武装のみならず、国民の生命と財産を守る安全保障政策や
核議論を避ける政治や外交は、国民の支持を得られまい。

 わが国は大きな歴史的転換点に立っている。政権交代によって、これま
でのような議論の封殺やしがらみから脱皮すべきだ。わが国の安全保障や
核に対する国民の関心も深まりつつある。マスメディアも世論の声に応え
て、国民にわかりやすいコラムや番組作りを始めており、「核」を見る目が
少しずつ変わりはじめたのは確かだ。

次回は9月3日(木)

「中国の脅威」は存在しないのでなく、現に大きく存在していると認識することが肝要です。

永山永樹さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より。

「ウイグル討伐出兵論」に見る中国の戦略―この国に「東西二面作戦」を余儀なくさせよ


ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-856.html

ウイグル人のテロ組織なるものがいかほどのものかはわからないが、とにかく中国はその動向に敏感だ。

同国の陳炳徳総参謀長は七月二十三日、香港フェニックステレビとのインタビューで「軍はすでに反テロ能力を充分に備えている。もし国連が許すなら、上海協力機構の枠組み内で中央アジア国家に派兵し、合同で東トルキスタンのテロ勢力に打撃を加えることを慎重に考えている」と発言した。

ただこの発言は同日後に翌二十四日に削除された。国防部が「報道は不正確だ」として、発言そのものの存在を否定したからだ。

この陳炳徳談話に関し、北米の中国語メディア「世界新聞網」が八月二日に見せた論評によれば、国連からの権限付与で派兵云々と言うのは、中国が米国のイラク出兵の模倣を考えていることを示すものと言う。

「目下、中露はともに分離独立運動に直面している。たとえ国連が同意しなくても、必要とあれば武力行使に出よう。ロシアにおけるチェチェンの先例だけでなく、中露合同の実戦演習『平和の使命二〇〇九』においても、その意志がさらに鮮明だ。上海協力機構は協力強化を通じ米国主導の国際組織と拮抗しようとしている」との分析だ。

もっとも陳炳徳の談話は、中国が日ごろ強調する「平和的擡頭」の論調に合致しないため、直ちに削除したのだろうと。

論評は談話の分析を次のようにも行っている。

ーー解放軍が国境を越えて外国とともに東トルキスタン勢力(新疆独立勢力)を攻撃すると言うのは、かつて台湾を攻撃するとして台湾独立勢力を恫喝したのと同様、軍の分離主義に対するタカ派姿勢を示したもの。

ーー新疆独立、チベット独立は中国の新たな憂いとなっている。馬英九政府の両岸和解政策で大陸の戦略態勢は基本的な改変をもたらし、中共は東西二面作戦の必要性から免れ、それが間接的に北京の少数民族分離運動への態度をさらに硬化させている。

ーー解放軍の軍備拡充と近代化は中国の西方、南方の国々に緊張を与えている。インドは国境地帯の兵力を十二万人まで増加させた。

「陳水扁政権によって台湾独立の動きがピークを迎えていた当時、新疆独立、チベット独立は現在ほど活発ではなかったため、北京は台独への対応に集中するゆとりがあり、東西両面作戦を免れていた」が、今度は台湾の方が大人しくなっているわけだから、中国にとってはまたとない周辺情勢の流れと言えよう。

現在インドが馬英九政権の中国との「関係改善」の動向を大いに懸念している理由もここにある。もちろん日本にしてもインドと同様、中国の軍拡を懸念しなければならない状況だ。

実際に論評も、中国の艦隊が今年、沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に出たことに触れている。

それによるとこうした動きは、中国は遠洋作戦能力を備え、米側の沖縄、台湾、フィリピンとを結ぶ第一列島線を打ち破ることができるとの政治的信号であり、次なる目標はサイパン、ミッドウェイ、インドネシアを結ぶ第二列島線を包囲し、西太平洋に進軍することにある。

もちろんそれは「台湾、米国、日本を大いに脅かす」ものだ。そこで「米軍はつねに解放軍の透明化を呼びかけているが、北京は耳を傾けず、台湾も自国の未来を考えるゆとりがない」と言う状況なのだ。

陳炳徳の新疆独立勢力への出兵攻撃論は、こうした中国の軍拡の動きの中における「小さな一部」に過ぎないと論評は強調する。そして「彼の言葉と意識を探れば、それとなく中共高層の意図が掴めるだろう」と訴えている。

このように考えれば、中国に東西二面作戦を余儀なくさせ、その軍拡の動きを抑制し得るものは米軍事力以外には、日本―台湾―チベットーウイグルとの東西連結だと言うことがわかる。

具体的にはチベット、ウイグルの人権擁護の国際世論を日台が喚起すること。中国の「平和的擡頭」の宣伝を跳ね除けるほどの国際世論の高まりこそが、中国「西」方のチベット、ウイグルに大きな力を与えるのである。

日本と台湾の官民は、それぞれの国家戦略として、それを必死にやるしかないだろう。台湾では馬英九政権によって動けないなら、日本は台湾に対しても、共に立つことを訴えなければならない。あの国にも、呼応できる勢力はたしかに存在している。しかしその前に、果たして日本官民自体が動けるかとの問題が横たわる。政府自体、公には「中国の脅威」の存在を否認しているからだ。

たむたむの自民党VS民主党  より抜粋しています。

民主党の危険性に覚醒してください。



 民主党の子ども手当は、「家族の崩壊」「日本の崩壊」につながるアヘン・麻薬です。





◎田村重信  民主党の「危険な思想」
~民主党の子ども手当は、家族の崩壊・亡国への道!~



「家族の崩壊が一番悲しかった」:福祉国家スウェーデンの100歳以上の老人たち!

 スウェーデンのルンド大学のポールソン教授は、「スウェーデンにとって今必要なのは、福祉社会からの脱却である」という。なぜか?教授はスウェーデンの100歳以上のお年寄りを調査し、「一生で何が最も大きな変化であったか」と尋ねると、多くの老人が「家族が崩壊したこと」と答えている。
 つまり、消費税を25%にして介護や育児、福祉を充実し、女性の大多数が労働市場に進出する。その結果、家族の絆は弱まり、お年寄りたちは、「家族の崩壊が一番悲しい出来事だった」と振り返っている。そればかりでなく、マスコミはあまり報道しないが、スウェーデンは犯罪大国なのである。強姦、強盗、学校でのイジメも多い。

 民主党は、「子どもの育ちを社会全体で応援する」、「そのために月額2万6000円の子ども手当を支給する」という。子供を「社会全体で応援」するという。どこかで聞いたことがあると思う。そう、かつての家族崩壊を招いたソビエトの教育である。「子どもを社会で育てる」という歴史上失敗したマルクス・レーニン主義の教育を民主党は、再現しようというのである。


防衛予算より多い5.5兆円(月額2.6万円)の子ども手当は、家族の崩壊・亡国への道!

 子ども手当の総額は、5.5兆円と莫大である。日本の防衛予算は、4.7兆円であり、防衛予算より子ども手当の方が8000億円も多い。外務省予算の6700億円は、子ども手当の8分の1にもならない。平成21年度税収が46兆円であるが、社会保障費は25兆円なので子ども手当を加えると30兆円超。税収の大半が社会保障や子ども手当・教育費で消える。
 中国が年率10%以上のスピードで防衛費を増大させ、アメリカに次ぐ世界第2位の軍事大国になっているのに、日本は防衛費を削減してでも、子ども手当5.5兆円は給付するという。こんな予算を見たら、日本の弱体化を希望する国は大喜びだろう。まさに、亡国の予算である。

 しかも、子ども手当の支給は、スウェーデンの事例にあるように、「家族の崩壊」につながる。お父さんやお母さんの必死で頑張る姿を子どもが見て、子どもたちは素直に父母を敬愛する。国のお金が子どもを育てるのではない。親の愛情が子を育てるのである。

 民主党の子ども手当は、明らかに家族の絆、父や母と子どもの結びつき、愛情を弱める。子どもの親への思いを疎外する。そればかりではない。子ども手当の額が多すぎるのである。総額も大き過ぎるし、家計への支給額も大きい。

 公立の小中校の授業料は、無料である。にもかかわらず仮に子どもが3人いれば、月7万8000円支給される。家によっては、お母さんの1か月のパート収入より多くなろう。何のための支給なのかも分からない。このお金を子どものために使うのか、親が使うのかすら分からない。まさに政権が獲れさえすれば、家庭や日本が崩壊してもよいという亡国の禁断の政策である。

 民主党の子ども手当は、ポールソン教授が述べるように「家族の崩壊」につながるアヘン・麻薬である。国民は子ども手当を一旦受け取ったら、余程のことがない限り止められない。民主党の子ども手当は、家族の崩壊、日本の崩壊につながるアヘンであり、亡国への導火線なのである。


民主党のマニフェストは、耐震偽装マンションのパンフレット!

 民主党の土屋たかゆき都会議員は、民主党のマニフェストは「耐震偽装マンションのパンフレット」(『WiLL10月号』)と批判している。民主党のマニフェストには、政策集『INDEX2009』に記載されていながらマニフェストに記載されていない多くの重要政策があるという。具体的には、
 !)永住外国人への地方参政権付与、従軍慰安婦への謝罪と賠償
 !)国会図書館に恒久平和局を設置し、日本の加害責任を調査
 !)人権救済機関設置法により中央人権委員会、地方人権委員会を設置
 !)選択的夫婦別姓の早期実現、婚外子の相続差別禁止
 !)教員免許更新制の廃止、文部省解体?など日教組の教育方針、運動方針丸出しの政策などである。国論を二分する「サヨクの政策」は、意図的に隠しているという。

 マスコミは、なぜこのような民主党の反日・自虐史観の危険な政策、マルクス・レーニン主義を引き継ぐ政策をひた隠すのであろうか?加えて、八木秀次教授は、「ゆとり教育や、子ども中心主義、総合学習などの日教組の教育政策は、クルプスカヤやマカレンコのソビエト教育学の影響がある」、「ソビエト教育学は、いじめや生徒間の対立を助長する」と、日教組の教育政策を厳しく批判する。

 ところが、民主党や日教組の危険な政策は、まったく報道されない。子ども手当や高速道路の無料化などのバラマキ政策が選挙の争点になり、土屋都議の述べるような日本を弱体化させる永住外国人への地方参政権、従軍慰安婦問題などは、テレビや新聞、マスコミは完全に無視する。


今回の総選挙は、「自民党」対「民主党&反日勢力」の戦い!

 民主党の危険な政策は、なぜ報道されないのか?日本文化チャンネル桜の水島総代表は、次のように分析する。日本では社会党時代から、イタリア共産党グラムシの提唱した「構造改革路線」による「ソフトな平和革命」が長らく実践されてきた。その結果、政治家やマスコミ、労働組合、学者、官僚、司法界などさまざまな分野にコミュニストや反日・反米勢力が徐々に潜入、浸透する。今では一大勢力となり議会において、「合法的に権力を奪取する」までに拡大し、「平和革命」の準備が整いつつあるという。

 つまり、今回の総選挙は、「コミュニストや反日活動家による合法的な権力の奪取・平和革命である」という。そのため、民主党と反日のマスコミや学者などが裏で連携し、民主党の本質である永住外国人への参政権付与などの危険な政策は報道せず、子ども手当や非核三原則などが選挙の争点であるかのような構図を演出しているが、実は「自民党」対「民主党&反日・反米勢力」の戦いであると分析する。

 つまり、今回の総選挙は、「自民党」対「民主党&反日・反米勢力」との戦いである。悠久の歴史を持つ日本を守り、祖国を子や孫に引き継ぐため、今回の選挙は、断固、負けるわけにはいかないのである!

自民党政調会調査役・慶応義塾大学大学院講師
http://tamtam.livedoor.biz/

斎藤吉久様が「追悼施設設置発言」についても、論理的に書いておられますのでご紹介します。



  ためにする鳩山代表の「追悼施設設置発言」 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

http://www.melma.com/backnumber_158883/



 民主党の鳩山代表が、靖国神社に代わる国立の戦没者追悼施設設置に取り組むことを表明しています。

「特定の宗教によらない、どなたもわだかまりがなく戦没者の追悼ができるような国立追悼施設の取り組みを進めたい」「天皇陛下も靖国神社には参拝されない。大変つらい思いでおられるんじゃないか。陛下が心安らかにお参りに行かれるような施設が好ましいと思うのも理由の一つだ」と述べ、候補地として千鳥ヶ淵墓苑(ちどりがふちぼえん)をあげたと伝えられます。

 民主党の今回のマニフェスト(政権公約)には見当たりませんが、政策集「INDEX2009」には、「靖国神社はA級戦犯が合祀されていることから、総理や閣僚が公式参拝することには問題があります。何人もがわだかまりなく戦没者を追悼し、非戦・平和を誓うことができるよう、特定の宗教性をもたない新たな国立追悼施設の設置に向けて取り組みを進めます」と明記されています。
http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/index.html


▽慰霊・追悼は伝統宗教の形式で

 19日の朝日新聞社説は、「どんな人でも自然な気持ちで、戦争で亡くなった人々を追悼できる。そんな施設が日本にないのは残念なことで、民主党などが問題を打開しようと声を上げたことを歓迎したい」と評価しています。
http://www.asahi.com/paper/editorial20090819.html

 しかしこれらはいかにもためにする議論です。

 まず第1点。「特定宗教によらない」という発想は、靖国神社が神道の祭祀を行う神社だという理解に端を発しています。

 しかし靖国神社は、必ずしも一神教的な排他的「宗教」ではありません。数珠を手にお参りする遺族もあれば、拝殿で賛美歌を歌うキリスト者も受け入れられています。

 神道に布教という発想はなく、祈りを強制するのでなければ、国民の信教の自由を侵すこともありません。

 人間の死を悼むのは人間としてもっとも崇高な宗教的行為であり、したがって慰霊・追悼は伝統的宗教の形式にのっとって行われるべきです。イギリスでも、アメリカでも、オーストラリアでも、そのように行われています。

 戦没者を追悼する国家的施設として、世界でもっとも古い歴史を持つのが靖国神社です。その歴史を否定するのではなく、活かすことを考えるべきです。


▽一方的な歩み寄り

 第2に、「わだかまり」とは何か、です。

 150年前、「安政の大獄」を断行した井伊直弼(いい・なおすけ)ゆかりの滋賀県彦根市の市長らが、大獄で刑死した吉田松陰の墓参りをするため、山口県萩市を訪れた、というニュースが先日、伝えられました。萩市長は「恩讐(おんしゅう)を超えた交流」を呼びかけ、彦根市長も「幕末の英傑(えいけつ)を誇りを持って尊敬し合うべきだ」と述べたそうです。

 私の母方の曾祖母は奥州二本松藩の落城から半月後に生まれました。したがって私はいわば「賊軍」の末裔(まつえい)です。靖国神社の前宮司さんにその話をしたことがありますが、さすがに目の色が変わったことを覚えています。

 わだかまりが簡単に消えるなどということはあり得ません。新しい施設を一方的に作ったからといってなくなるものでもないことは、いわずもがなです。

 わだかまりを消すには、吉田松陰の墓参りのように両者の歩み寄りが必要です。

 ところが、こと靖国問題に関しては、一方的な歩み寄りが強調されていることに問題があります。

 国立の新施設が必要だとする報告書をまとめた追悼・平和懇の設置は、小泉首相の靖国参拝に対して韓国・中国から激しい批判がわき上がったのがきっかけですが、これに対して、日本の歴代首相は「抗日のシンボル」である韓国国立墓地、抗日運動の闘士をまつる中国・人民英雄記念碑に参詣し、献花しています。わだかまりは一方的なのです。


▽「戦犯」に同情的だった朝日新聞

 第3にわだかまりの根拠とされるA級戦犯。これも濡れ衣(ぬれぎぬ)です。

 靖国神社は戦争犯罪者を神として祀っているわけではありません。何度もメルマガに書いたように、「戦犯にも恩給を」という国民の強い要望から恩給法が改正され、刑死・獄死した戦犯を公務死と認め、扶助料が支給されるようになり、戦犯合祀の道が開かれたのです。国民の要望を受けて、厚生省が沖縄・ひめゆり部隊を軍属と認定し、靖国神社に合祀されたことが戦犯刑死者や終戦時自決者の合祀に先鞭をつけたのでした。

 そのころの朝日新聞はいまでは想像もつかないほど「戦犯」に同情的でした。
http://homepage.mac.com/saito_sy/yasukuni/H1812SRsenpangoushi.html

 第4に、A級戦犯を祀っているから、陛下が靖国神社に参拝できない、という見方も間違いでしょう。

 多様な国民を多様なままに統合するのが古来、天皇のお務めです。靖国をめぐる国民の意見が割れてしまっていては、お参りしたくてもお参りできないのだと思います。

 昭和62年の終戦記念日に昭和天皇が詠まれた「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし」のお歌はそのように解釈すべきなのだと思います。

 岡野弘彦先生などは、昭和天皇が戦犯合祀を不快に思われていたと解釈しているようですが、歌人とは思えない、あまりにも直裁的な解釈です。
http://homepage.mac.com/saito_sy/yasukuni/H1910SRshowatenno.html


▽「A級戦犯」とは誰のことか

 第5番目は、もっとも基本的なことですが、A級戦犯とは誰を指すのか、です。

 読売新聞の社説は「東条元首相や松岡元外相ら14人の『A級戦犯』が合祀されている」と終戦記念日の社説に書いています。

 東京裁判の被告(容疑者)となったのは28人で、このうち有罪判決を受けたのは25人です。靖国神社にまつられているのは死刑になった7人と、公判中に病死した2人、受刑中に死亡した5人です。

 だとすると、「14人のA級戦犯」という表現は、有罪の者も未決の者も一緒くたに論ずることになり、まったく不正確です。

 禁固刑で服役し、講和発効後、関係各国の決定によって赦免、減刑、出獄した元戦犯や免訴となった容疑者もいまではすべて鬼籍の人ですが、靖国神社にはまつられていません。靖国神社が戦争犯罪を神聖視し、戦争犯罪人を神とあがめているかのような表現は不当です。



 恒例になってきました、斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」を送ります。


 橋本明『平成皇室論』の批判を続けます。


 前号から当メルマガは、約50年前、「思想の科学」誌上で展開された、戦後唯一の神道思想家といわれる葦津珍彦(あしづ・うずひこ)と明治大学教授(政治学、政治思想史)で評論家の橋川文三との天皇論論争について紹介しています。

 目的は、一方で政治体制の歴史を世界史的に一様にとらえ、その一方で、国の安定性の要因を君主の倫理性に求める橋本さんの皇室論の誤りを浮き彫りにするためで、前号ではまず、同誌昭和37年4月号に載った葦津論文を取り上げました。


□□□□□□□□□□□□□ MENU □□□□□□□□□□□□□□□

 1 真正面の論争を避けた橋川文三
   ──知られざる「象徴天皇」論争 その2
 2 「左の頬も差し出せ」と要求する「陛下の級友」
   ──橋本明「平成皇室論」を読む 第5回
 3 ためにする鳩山代表の「追悼施設設置発言」
 4 天皇・皇室の1週間、ではなく2週間
 5 お知らせとお願い
 6 お勧めメルマガ&ブログ
 7 筆者のプロフィール


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 1 真正面の論争を避けた橋川文三
   ──知られざる「象徴天皇」論争 その2
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▽前号のおさらい

 軽くおさらいすると、天皇制擁護の立場で書かれた葦津の論文は、

(1)敗戦国の王朝はかならず廃滅し、共和制に移行するというドグマ、

(2)個別性を無視し、世界の君主制をいっしょくたに論ずるドグマ、

(3)国民意識の多面性に目を向けずに、もっぱら倫理的に理解する学者たちの国体論のドグマ、

 に対して、痛烈な懐疑を呈し、

(ア)「君主制が少なくなり、やがて日本も共和国になる」という一般的公式を立て、具体的事実を無視し、具体的な国の運命を抽象理論で予見しようとするのは浅はかである

(イ)日本のいまの天皇制ははるかに非政治的で非権力的であるが、無力を意味しないどころか、もっとも強力な社会的影響力を持ち、もっとも根強い国民意識に支えられている

(ウ)日本の国体はすこぶる多面的で、抽象理論で表現するのは至難なほどである。国民の国体意識は、宗教的意識や倫理的意識と割り切れず、さまざまの多彩なものが潜在する。政治、宗教、文学、すべてのなかに複雑な根を持つ根強い国体意識が国および国民統合の象徴としての天皇制を支えている

 と指摘するのでした。


▽歴史上の2つの問題

 同誌編集委員会は「異なった立場を積極的にぶつけ合い、そこからお互いの思想のより着実な成長と実りを求める、という思想の科学研究会の精神に立って、天皇制支持の葦津氏の論文を掲載」(37年4月号)したのですが、今度は、葦津論文批判を書くように、と橋川に要請します。そして、同年8月号に、橋川文三の反論が載りました。

 けれども結論からいえば、橋川の論文は反論といえるようなものではありませんでした。橋川は論考の冒頭に「葦津論文は、そのままではとくに反論を必要とする性質の論考でもないように思う」と記しているほどです。まるで真正面からの論争を避けているかのようです。

 橋川はその理由を葦津論文においています。すなわち、葦津論文は「国体論そのものとしては、有効な論争の契機を提示していない」。葦津自身、「国体意識の根強く広く大きい事実について、注意を促し、国体研究の必要を力説したに過ぎない」「この論文は討論開始の序曲であり、国体論の本論ではない、と断っている」からだというのです。

 橋川は、葦津が書いたほかのミニコミ雑誌の論文にも目を通し、それらが「むしろ論争のためにはより適当な対象だった」と認識しながらも、「ふれる余裕がなかった」として言及しませんでした。

 そして、政治史的視角を示さず、非歴史的な比較制度論に傾斜している、と橋川が見る「思想の科学」に掲載された葦津論文の指摘に直接、反論するのではなくて、「やや場違いとも思われる歴史上の問題を序論的に提出する」のでした。

 その「歴史上の問題」とは、「明治憲法の天皇制は、民族信仰の伝統の上に成立したものなのか」「かつての日本植民地の人々にとって『国体』とは何だったか」という、2つの命題です。


▽作られた「国家の基軸」

 橋川は、葦津のように比較制度論や社会心理学の立場から国体=天皇の問題をアプローチするにしても、少なくともこの2つの問題を避けては意味がない、と指摘します。真の保守主義者はこの2つの問題から学ばなければならないというのです。

 つまり、橋川は、まず第1に、以下のように指摘します。

1、明治維新は上からの革新であった。それまでの日本人の生き方になかった要素を加えることだった。混沌とアナーキーのなかから1つの秩序を創出するダイナミックな課程であり、「無」からの想像という劇的場面にほかならず、「国体」価値の創造もこの過程で行われた。

2、伊藤博文らが起草した明治憲法は、混沌状態を収束する権力政治上の意味を負わされていただけでなく、国民的統合の創出を最大の任務としていた。それは現代では想像もつかない困難な課題であった。「国家の基軸」とすべきものが欠如していたからである。

3、そこで、伊藤は自然的存在としての国体から憲法を作ろうとしたのではなく、逆に国体の憲法を作ろうとした。学校や鉄道、運河と同じように、「国民」を作り、「貴族」を作り、そして「国家の基軸」を創出した。近代国家となるには、自然的・伝統的天皇と異なる超越的統治権者の創出が必要だった。

4、この国体は、民衆の宮廷崇拝やおかげ参りの意識とは異質のものだった。

 要するに、近代天皇制は、悠久の天皇史とは異なる、明治時代にでっち上げられたものだ、というのが橋川の指摘です。


▽膨張主義的規範

 2つ目の問題は、国体がかつての日本帝国の「新版図」において、どのような意味を持ったか、です。天皇=国体の意識が異民族に対してどのような特質をあらわしたか、確かめる必要がある、と橋川は指摘するのでした。

 つまり、

1、明治の領土拡張のあと、国体は普遍的価値として、「八紘一宇(はっこういちう)」の根源的原理として現れている。単に日本の歴史的特殊事情に基づく国柄という域を超え、人類のための当為(とうい)─規範の意味を帯びるに至った。膨張主義的規範であった。

2、国体論は、「帝国主義」権力そのものの神義論という本質をもっていた。宗教と政治の無差別な一体性の空間的拡大ということが日本の帝国主義の顕著な特質であった。日本の「国体論」はこの百年の歴史について責任を負っている。

3、「国体」が「征服・闘争・帝国主義」のシンボルに逆行しないために、我々は「国体」の自然化を戒める必要がある。そのために、葦津氏と同様、私も「国体研究の必要」を力説したい。

 要するに、どぎつく表現すれば、天皇制こそが海外侵略の血塗られた元凶(げんきょう)だ、という指摘でしょう。

 この反論になっていない橋川論文に対して、葦津は翌38年1月号で、いみじくも「反論ではなく、感想のようである」と指摘したうえで、葦津自身は真正面から反論を加えます。詳しくは次号にゆずりますが、予告的に少しお話しすると、葦津はおおむね次のように橋川論文を批判するのでした。

──日本人の国体論というものは途方もなく複雑で、まったく相反するような多様な思想が錯綜(さくそう)している。橋川氏があげた2つの例のほかにも、大切なものがあるだろう。これを整理し、論理づけるのは容易ではないが、2、3の事例だけで思想史を割り切ってしまっては「思想の科学」は成り立たないだろう。

 簡単にいえば、歴史のつまみ食いでは、科学にならない、というのが葦津の反論です。

 同じことは、橋本さんにもいえそうです。


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 2 「左の頬も差し出せ」と要求する「陛下の級友」
   ──橋本明「平成皇室論」を読む 第5回
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 前号では、橋本明『平成皇室論』のエッセンスが凝縮されていると思われる第7章を読みました。そのうえで、橋本さん流の一夫一婦天皇制論の誤り、君徳論の誤りなどについて指摘しました。

 今号では、第1章と第2章を順番に読み進んでみたいと思います。


▽象徴天皇論に凝り固まる

 第1章「平成皇室と国民」の書き出しを読んで、「さすが元共同通信社会部デスク。文章がうまいな」と私は膝を打ちました。

 橋本さんは、読者の意表を突き、南米で武装集団に誘拐・拉致された日本人を取り上げ、ノンフィクションタッチで臨場感たっぷりに描き始めます。もちろん、事件を描くことが橋本さんの目的ではありません。橋本さんが事件を取り上げたのは、この日本人が切羽詰まった状況下で「天皇陛下の夢を見た」からです。

 夢のなかの天皇が生きる希望を与えたという奇跡の体験に、橋本さんは「かつて明仁天皇が明かしてくれた象徴天皇のあり方が、重なっている」と見ています。ご即位以来、「どうしたら象徴天皇たり得るか」と心を砕き、震災の被災者に膝を屈し、目線を同じくして励まされる陛下の思いを浮かび上がらせるというのです。

 そのうえで、ハプスブルグ家のオットー大公のように、「日本国民は幸せだ。あのように優れた天皇陛下を持てて」と述懐する人もいるが、この今上陛下が国民と築かれた幸福な関係が未来永劫に続くかどうか、皇太子ご夫妻の姿勢に関わってくる、と問題提起し、お気楽な私的外出を繰り返し、ご公務をお務めにならない妃殿下に対する批判へと、橋本さんは筆を進めるのでした。

 しかし橋本さんの見方は誤っています。最大の誤りは、象徴天皇という概念に徹頭徹尾(てっとうてつび)、凝り固まってしまっていることです。

 たとえば「もっとも不幸で、危険を背負っているとき、心に天皇が顕在化(けんざいか)した」のは、「象徴天皇だから」ではなく、「天皇だから」でしょう。つまり、日本の天皇が古来、つねに国と民のために祈りを捧げる存在だからです。

 また、オットー大公が「優れた天皇」と呼んだのは、今上陛下個人ではなく、古代から祈りを継承してきた歴史的存在としての天皇だと理解しなければならないと思います。

 ヨーロッパの王制なら、国王はキリスト教信仰にもとづいて、一個の人間として唯一神と向き合っています。しかし日本の天皇はそうではありません。

 だとすれば、今上天皇個人と皇太子個人、あるいは妃殿下個人を比較することがそもそも誤りなのであって、むしろこのメルマガが何度も繰り返しているように、両殿下の振る舞いではなくて、宮中祭祀の正常化こそが求められているのだということになります。


▽妃殿下を追い詰めた「環境」とは

 橋本さんは第1章の最後を、那須御用邸で静養される東宮ご一家が駅頭で送迎の人々と交流する光景が見られなくなって久しい。集まる人々の数も減っている。人々の心変わりは「あの時」が始まりだった、と締めくくります。

「あの時」とはいつなのか? 第2章の「東宮家の軌跡」は、平成16年5月、皇太子殿下の「人格否定」発言においています。雅子妃を脅かしたものは、「天皇家の家風」だというのが橋本さんの理解です。

 橋本さんは殿下の発言を国語学的に解釈し、そのように解説するのですが、私は一面的だと考えます。

「(妃殿下は)自分を皇室の環境に適用させようと努力してきたが、疲れ切ってしまった」というのが皇太子殿下の発言ですが、その行間を読む必要を感じるからです。
〈http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h12az.html〉

 歴代天皇は国と民のためにひたすら祈りを重ねてきました。刃向かう者のためにさえ祈るのが天皇ですから、臣下に対する批判の言葉は避けなければなりません。その姿勢はむろん殿下にもうかがえます。

 だとすると、会見の言葉を文字通り国語解釈しても、殿下の意思を正確に理解できるとは限りません。

 私は殿下がいう「皇室の環境」とはもっと別次元のものの意味だろうと考えています。


▽官僚とマスコミの妃殿下いじめを等閑視

 橋本さんは、このひたすら長い第2章で、皇太子殿下のイギリス留学から妃殿下との出会い、ご結婚、妃殿下の発症後、今日までの軌跡を丹念に追っています。しかし、触れていないことがあります。妃殿下問題を引き起こしたマスコミの挑発・誘導という外的要因です。

 橋本さんは、11年暮れに雅子妃ご懐妊の可能性に触れた報道が流産という悲劇的様相で消えたこと、宮内庁、側近からマスコミに事実が次々に流れ、東宮妃の宮内庁不信やマスコミ嫌いが募っていったと指摘しています。しかしそれだけです。

 勇み足報道のあと、皇太子殿下は、翌12年2月の誕生日会見で、「医学的な診断が下る前の非常に不確かな段階で報道され、個人のプライバシーの領域であること、事実でないことが大々的に報道されたことはまことに遺憾」と述べています。けれどもマスコミの姿勢は変わりませんでした。「人格否定発言」の翌年、17年は皇位継承問題など厳しい質問が突きつけられ、18年以降はまるで女性週刊誌の見出しを見るかのような会見に様変わりしています。

 それでも殿下はつとめて大所高所に立った話をされようとしています。

 マスコミ人の1人である橋本さんがそのような事実を知らないはずはないでしょうが、著書には宮内官僚とマスコミによる妃殿下いじめについての言及がすっぽりと抜け落ちています。

 そして、象徴天皇制を維持する要件はもっぱら皇族の倫理性だと理解する橋本さんは、第2章の最後に、「何を求められても平然として応じる人間力」としての「ノブレス・オブリージュ」を妃殿下に要求するのです。

「誰かが右の頬を打つなら、左の頬をも差し出しなさい」と教えたのはイエス・キリストですが、橋本さんの要求は、妃殿下の右の頬を情け容赦なく叩いておいて、そのうえ「さあ、左も出せ」と無慈悲に命じているように、私には聞こえます。それが「主権者」たる国民が、「象徴天皇制」に対して行うまともな要求だ、と「陛下の級友」はお考えなのでしょうか。もしそうなら、何と非人間的な「象徴天皇制」でしょう。

 次回は第3章と第4章を読みます。

 

国民の不平・不満を聞き届け、満足な回答を与える自信の無さを如何にすべきか。
悩んだ赤化中国政府は国民の直訴制度を廃止して、不満を地域単位で押さえ込み
弾圧するしか解決するすべを無くした。

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中国、直訴制度を廃止へ ━━━━━━━━━━━


      大紀元日本

【大紀元日本8月23日】

 中国共産党建国60周年記念日を前に、国家安全、
治安と司法を監督する権力中軸である中央政法委員会が、司法不正を訴
えるため地方から北京へ訪ねる年間200万人以上の陳情者の上京を阻止す
るため、民衆からの苦情申し立てに対応する従来の「直訴制度」を廃止
する方針を示した。

政権設立60周年記念式典の成功を狙い、各地から上京する「社会秩序を
撹乱する反社会勢力」を取り除く策であるとみられている。

新華社の報道によると、18日に、中国共産党中央政法委員会が記者会見
を開き、中央弁公庁、国務院弁公庁が最近各政府部門宛に下達した、来
信来訪(陳情)の直訴制度の改定方針(「中央政府法政委員会が法律・
訴訟に関わる来信来訪業務強化の意見」)を通達した。

新しい方針は、今まで地方から北京への陳情者を阻止するために、▼法
律執行の不公正で生じた直訴問題を地方で解決する、

▼直訴する人数の多い省(自治区、直轄市)に対して、中共公安政法機
関は「阻止チーム」または、「巡回阻止チーム」を派遣し、直訴者たち
が地方を出る前に止める、

▼繰り返し直訴するものと地方から省レベルおよび中央レベルに直訴す
るものに対して法的な処置を取る、などの規定を強調した。司法が行政
から独立されていない一党独裁制度の元で大量に生じた法律執行不公正
の被害者の苦情申し立てを救済する「直訴制度」 を、廃止する方向へ
踏み出した。

記者会見より前に、8月4日から6日、中央政法委員会は、各地方の公安、
司法部門幹部を招集して、北京で同規定の執行に関する会議および研修
を行った。中央政法委員会秘書長周本順が6日の会議で、直訴の問題を地
方での解決を抑え、「新中国60周年記念の祝賀イベントに調和と安定の
社会環境を作り出すため」であると強調した。

 *廃止方針が出盧した経緯

同「意見」の詳細は、公開されていない。中央から地方に通達されたの
は、今年の6月当たり。実際、中央政法委員会は今回の陳情制度の「意見」
がまさに、中共中央政法委員会書記である周永康(ゾウ・ヨンカン)が
率いる政法勢力が長期にわたり直訴者問題への処理方法であるという。

その背景に、近年、行政幹部および法律執行者の腐敗が全体化したのに
伴い、法律訴訟ケースが激増すると同時に、合理的な解決がされないケー
スも年々増加し、民衆が当局に対する怒りが炎上している。

司法制度で合理な解決がされず、上級政府に苦情を申し立てするか、ま
たは怒りが抑えられず暴力手段で当局に対抗する事件となる。地方から
の陳情者と各地の暴力抗議事件は、当局にとって政権維持の安定を悩ま
せる2大脅威である。

当局の統計数字によると、全国各レベルの「来信来訪」部門に司法の不
信感を訴える申し立てのケースがこの数年間2千万件にも達し、直訴する
者が年間1千200万人以上もいる。

その内、省政府および北京政府での直訴に踏み切る民衆が年間200万人以
上おり、当局にとって政権維持の「安定」を脅かす「社会秩序を撹乱す
る反勢力」となっているのだ。

当局が今の時期に直訴制度廃止への規定を通達したのは、10月1日を控え、
政権設立60周年記念式典の無事成功に、「撹乱活動」を起こす直訴者の
上京を阻止する狙い。

香港「争鳴雑誌」5月号の記事によると、周永康がコントロールしている
中央政法委員系統は08年末から09年旧正月までに、省政法委に対して、
調査および研究を通して09年の社会情勢についての理解と判断を下すよ
うにと指示した。

各地方からのフィードバックに基づいて、周永康氏は再び「社会の安定
が何よりも重要である」ことを09年の政治スローガンにしたほか、「下
部基層幹部が直訴制度の廃止を強く求めている」の結論を出した。

今年3月に北京大学の孫東東教授が、「直訴者の99%以上が精神病だ」の
暴言を発してネット上で大反発を起こした。情報筋によると、孫氏は中
央政法委員会が社会の反応を見るために代わりに発言させられただけで、
背後には周永康が率いる政法勢力が陳情制度廃止のために試験的に探索
したことであるという。

4月上旬、中共上層部では直訴制度の廃止について激論があったという。
政法委員会調査研究報告会に関与したベテラン法学者の話によると、
「政治局は意見が分岐している。直訴制度の保留を支持する側は、直訴
制度を実行しながら改善させ、法的なものを導入する可能性も考慮する
と主張した。

一方、制度の廃止を支持する側は、社会安定が何よりも重要であること
を堂々と主張すべき、国内外の敵対勢力に弱腰を見せてはならないと主
張した」という。

「争鳴」の報道によると、中共元老の喬石および李瑞環が直訴制度を現
状維持と主張し、李克強・副総理もそれに同調した。そのため、北京上
層部は制度廃止をペンディングした。

4月下旬、中央政法が再び各関係部門に内部文書を下達、「各情報による
と、敵対勢力が組織的に直訴者の中に潜入し、人民内部の矛盾を敵対矛
盾に転化させる倍率が高いことから、直訴者らが操られている状況下、
都心部で騒乱を引き起こす可能性が排除できない。よって、監視を強化
し、即時に情報をフィードバックさせる手段、即ち社会安定を維持する
チームが必要である」との内容を指示した。

情報筋によると、5月の連休があけてから直ぐに、地方各級政法委に所属
する「社会安定維持チーム」および「安定維持弁公室」に、国家財政よ
り1千億元(約1兆3千億円)の経費を上記「社会安定維持チーム」のために
充当した。同経費にウイグル族やチベット人を制御するための経費は含
まれていない。

 *年々増える直訴者

中国官製メディアによると、チベットなど少数民族を含む、郷・鎮以上
の政府に陳情した直訴者はここ数年、年間で約1200万から1004万人もい
るという。

一党独裁の中国では、司法は行政から独立しておらず、法律制度は不完
全であり、幹部の腐敗とモラルの喪失などの問題で、法律の公正が守ら
れていない状況。

そういう現状の中、「来信来訪」(信訪)といわれる民衆からの苦情申
し立てに対応する部門が従来各地で設立され、直訴制度は、民意が反映
されにくい一党独裁下では民衆と政府の対立関係を緩和する一定の役割
を担ってきた。

しかし、地方では各部門の権力者が腐敗、司法部門は権力者と連携し、
または、司法部門自体は暴力勢力でもある場合がほとんど。直訴者の訴
えは解決されず、やむを得ず上級の「信訪」部門を訪ね、公正を求める
ことが多い。

直訴者の人数が急激に増えたのは、1999年7月、精神団体法輪功(ファー
ルンゴン)が中国で弾圧されたことがきっかけ。

7月22日、当局が法輪功を取締と正式発表後、全国各地の大量の法輪功練
習者が、地方から北京へ足を運び、国家「信訪」局か、天安門広場で、
信仰自由の権利を訴えた。

その際、国家信訪局の周辺では、大量な警察が見張り、陳情しようとす
る法輪功練習者を即拘束した。

当時、法輪功弾圧の政策を執行するため、江沢民元国家主席は、中央政
法委員会に直管轄する事務局「610弁公室」を設立し、公検法、国務院、
軍隊を越えるほどの権力を与えた。

「610弁公室」は当初、法輪功弾圧専用の機関として設立されたが、その
後、直訴者および異見者など、当局に「社会秩序を撹乱する者」とみら
れる「反動勢力」すべてを対象とし、「610弁公室」も「安定維持チーム」
および「安定維持弁公室」に変身した。

少し前に海外へ亡命した中国元国家安全部ベテラン諜報員長官の李鳳智
(リ・フォンチ)によると、「610弁公室」が法輪功、直訴者および異見
者への制圧に大量な人力と財力を投入したため、体制内で多くの不満の
声が上がっているという。

それからの10年間、大量の直訴者による直訴活動は中国社会で、民衆が
自分の人権を戦うためのメーンの手段となり、直訴する者が年々増えて
いる。

*直訴制度の廃止は、暴力抗議の転換につながり

直訴者が急増したことと中国各地で相次いだ集団抗議は、近年中国社会
官民対立が緊張する現象。実際、両者は関連しており、集団抗議事件は
直訴者たちが政府に対して何度も陳情し、政府に無視された後に発生す
ることが多いのである。

中国官製の調査によると、年間一千万以上の法律への苦情申し立ての中、
80%以上の案件が合理的であるというのが最高法院の見解である。不公正
の司法制度自体が、直訴者を生みだす根源である。

中国大陸民間の人権情報ウェッブサイト・「民生観察」責任者の劉飛躍
氏は、地方の民衆が地方で問題解決ができないため、やむを得ず北京へ
の直訴を踏みだした。制度の廃止で直訴の現象が消えない、民衆の不満
を解決する根本は、司法制度を解決することにあると指摘した。

当局が人的に「敏感日」を設定、10月1日の祝いイベントのため、直訴制
度を廃止する行動は、かえって不安定を招いてしまうと劉氏がコメント
した。

04年の調査では、直訴を通じて解決された問題は全体のわずか0・2%に過
ぎなかった。しかし、従来の直訴制度は、地方で公正を求められない陳
情者に希望を与え、ある程度民衆の怒りを洩らす口であった。直訴制度
が廃止されても、司法制度が改善されていないのが、中国社会の現状だ。

「平和の手段へ訴えるものさえ許されなかったら、暴力の手段へ訴える
者が増えてくる。中国の歴史上、暴力で政権を踏み倒す民衆が少なくは
ない。秀才が全部殺されたら、残るのは暴民。秦の歴史は、これからの
中国で演じられるだろう」と、在日の中国問題研究家・夏一凡が、直訴
制度の廃止が、民衆が暴力手段の訴えに転換することに繋がると警鐘を
鳴らした。

大きい文字文字色これまで、マスコミ各社連絡先を記載していましたが、今日より「21世紀臨調」も追加しました。

国旗損壊事件をNHKも報道、さらに「電話運動」を!!
 ご承知のとおり、昨日の産経と読売は国旗損壊事件につき、問題の民主党「党旗」をカラー写真付きで大きく報道、毎日もモノクロ写真付で記事を載せています。また、朝日も4面の記事のなかで、3段にわたってこの事件を報道しています。さらに、昨日、NHKの総合テレビでも、午後6時30分頃のニュースで、この事件について報道しました(インターネットで見られます)。
NHKが報道したのは1日遅れですから、或いは新聞各紙の大きな記事を見て、慌てて報道したのかもしれません。

 しかし、昨日の夕方、日本会議の江崎氏から第一報が入り、それを受けて全国各地から新聞・テレビへの要請・批判の電話・FAXがなされたことがこのような成果に結びついたのではないかと思っております。事実、当初、報じたのは産経だけだったそうですから。
 
早速、NHKに対して電話し、かなり詳しい説明をした後、当然、事件として報道すべきことを要請して下さった方もいれば、産経はもちろん、読売、朝日、毎日の知り合いの記者に対しても詳しく話をしたうえ、各国の国旗侮辱罪の資料やYou Tubeからプリントアウトした写真等をFAXして下さったかたもいました。すぐ、担当の記者に連絡を取ってくれたケースもあるそうです。
 
もちろん、これが私どもの「電話運動」の成果であるかどうか、確証はありませんが、成果であろうと感じています。ですから、これからも、「自民・民主両党の党首討論の開催と全実況放送」「選挙の争点として、もっと教育、防衛・安全保障さらに外交について取り上げること」さらに「民主党のマニフェストおよび政策集(INDEX)についての質問と解説の要請」を中心に、さらにさらに「電話運動」を続けましょう。
 日本を守るための闘いです。頑張りましょう。 

各マスコミ連絡先
NHK
電話 0570-066-066
FAX 03-5453-4000
メールでの要望は下記から
https://cgi2.nhk.or.jp/css/form/web/mail_program/query.cgi

日本テレビ
∇お電話でのお問い合わせ
TEL: 03-6215-4444 視聴者センター部
受付時間: 午前8:30~午後10:30
メールでの要望は下記から
https://www1.ntv.co.jp/staff/form.html

TBS
電話 03-3746-6666
お問い合せ受付時間
月~金:10時から20時
土日:10時から19時
メールでの要望は下記から
https://cgi.tbs.co.jp/ppshw/contact/0030/enquete.do

フジテレビ
「電話でのご意見・ご要望は、」
視聴者専用電話:03―5531-1111におかけいただければ「視聴者総合センター」が対応します。
※「視聴者総合センター」は毎日9:30~21:00です。

LIVE2009ニュースJAPAN向けメールフォーム
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新報道2001向けメールフォーム
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スーパーニュース向けメールフォーム
https://wwws.fujitv.co.jp/safe/red_mpl/response/res_form.cgi?bancode=998000014&flash=1&type=resprg

テレビ朝日
電話番号: (03) 6406-5555 (2007年11月1日より番号が変わりました)
※電話番号はくれぐれもお間違えなきようお願いいたします。
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●朝日新聞
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お問い合わせ:03-5540-7616(お客様オフィス)

●毎日新聞
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●21世紀臨調
意見・要望の提出先は以下にありますが、現在システム更新のため機能は一時停止されています。
w.secj.jp/mailbox.htm

中国製の仮設住宅と聞くと四川大地震での細菌まみれの住宅を思い出します。

住宅受け入れ前に、詳細な検査が必要です。
問題があるならその場で撤退処分を!



【八八馬劉災害】被災者は二度被災するのかー中国製仮設住宅の危険性
作者:高雄在住 匿名希望

八八馬劉災害は第二次災害を引き起こそうとしている。大陸からの重量ヘ
リを断ったものの(そのへりで台湾を空撮されて軍事的に利用されるに決
まっているから、さすがにそれは無理押しできなかったようだ)、仮設住宅
用のプレハブを受け入れることになった。

 ところがこれは、四川大地震後に使われた時に妊婦の約一割に流産や
奇形兒出産があったと言われている。(自由時報2009.8.18)

  原因はホルムアルデヒドが多く含まれていることと、そのほかに訳の
分からぬ微粒子細菌などが浮遊するほど混入しているという。

 こんな有毒ハウスを外国からの援助として、善意として受け取る馬英九
は、強制的に被災者に住めと言うのであろうか。もし強制するなら、まさに
民族絶滅的な収容所に被災者を送り込むのと同じ事ではないのか。厳重
な検査をして有毒性があるならそれは送り返すべきものである。

 自由時報はもし有毒ハウスの被害を被るのであれば被災者は二度被災
するとまで書いている。

 921後の埔里にたてられた仮設住宅は日本の援助によるものである。
今回も日本の仮設住宅が被災民の生活の安定と、これからの活力に役立
つよう力になることを望む。生活の場となる住宅に不安や健康の事を心配
しなければならないような、そんな住宅はいらない。

これからも適時に石平氏の見解をご紹介してまいります。



~誰よりも中国を知る男が、日本人のために伝える中国人考~
石平(せきへい)のチャイナウォッチ

http://www.seki-hei.com

=★==========================================================★=
見えてきた中国の戦略的弱点 =★==========================================================★=

去る7月8日、中国の胡錦濤国家主席はイタリア・ラクイラでの
主要国首脳会議をドタキャンして急遽(きゅうきょ)帰国した。
その理由について、私も分析を試みたが、真相は依然、謎のままである。
唯一言えるのは、新疆で起きた暴動事件への対応のため、
国家元首の胡主席が、中国の存在感の顕示に絶好の機会である
サミットへの参加を断念して、急いで家路に就かなければならなかった、
ということである。

そのことは逆に、新疆での出来事は、北京政府にとって
大変な危機であったことを示唆している。実は去年の2008年にも、
北京は同じような危機を経験した。チベット騒乱である。
それが原因で、中国政府が自国のアピールのために画策した
世界規模の「聖火リレー」が至るところでボイコットの嵐に遭遇し、
北京五輪の開催すら一時、危うくなったのである。

2年連続で起きたこの2つの危機は、チベット人とウイグル人に対する
中国の「植民地化政策」は失敗に終わったことを意味している。
半世紀以上にわたってこの2つの民族を同化しようとしたが、
相手がそれを不服として依然、反抗を試みるのであれば、
北京の「民族政策」はすでに破綻(はたん)したと言わざるを得ない。

そして、「民族政策」の失敗は、北京政府に大きな戦略的難題を
もたらしてくるであろう。つまり北京はこれから、かなりの長期間にわたって、
チベット人やウイグル人の集団的反抗および独立運動の広がりに
直面していかなければならないのである。

現在の中華人民共和国地図を開いてみれば、
この難題が北京にとってどれほど深刻なものなのかが
一目瞭然(りょうぜん)である。天然資源の豊富さもさることながら、
チベットと新疆という2つの広大な地域は、ちょうど中国の背骨を支える
「戦略的大後方」としての役割を担っている。
そういうところで民族の反乱と独立運動が広がることは、
北京にしてみれば、あたかも背中に短剣を突きつけられたかのような格好である。

周知のように、中国は近年、海軍の増強と活動展開に特に力を入れている。
東と南の海に打って出ることは北京の世界戦略の重点であることは明らかだ。

しかしこれから、西の大後方で不穏な動きが広がっていれば、
この戦略は狂ってくるかもしれない。背中に不安を感じた北京政府は、
安心して海に出ることができないからである。
そのことはもちろん、日本には大変都合が良い。
日本にとっての戦略上の最大の脅威は、まさに東シナ海や台湾海峡に向かっての
中国軍の進出であるから、中国の「海に出る」戦略の展開が
何らかの障害で渋っていれば、その分だけ、日本の周辺の海は安全になる。

そういう意味では、本来なら、日本は国家的戦略として
チベット人とウイグル人の独立運動を大いに支援しても良いと思う。
「自由と繁栄の弧」を中国の背中の方へ伸ばしていくことこそ、
日本の究極の安全保障戦略となるからである。

残念ながら、今のわが日本国政府にはこのような戦略を考案して
実施する意思と能力があるとはとても思えない。
ならば、せめて民主主義国家の政府として、人道的な立場から、
チベットやウイグルで起きている人権侵害に対する非難の声を上げてもらいたい。

そして日本は、アジアの民主主義先進国として、
「自由」「人権」「民主」などの世界共通の価値観を掲げて、
「道義的高み」に立って中国と渡り合っていけば、
従来の「対中位(くらい)負け外交」からの脱出も可能となるのではないか。

( 石 平 )

台湾に関心のある皆様の一番の関心事
それは、台風被害への支援が何故出遅れているのか。
台湾在住の日本人からもそのような声が聞こえてきます。
明確に答えてくれています。


永山英樹さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」より転載しています。

台湾の台風被害―日本はなぜ支援で出遅れているか
ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-852.html

台湾では八日からの台風被害によって甚大な被害を出しているが、海外からの支援が遅れている。黄金の七十二時間もとうに過ぎ去ってしまっている。

そうしたなか十六日になり、沖縄の米軍がようやく支援物資を運ぶCー130輸送機を派遣した。十七日には救済に欠かせないCHー53Eヘリも現地へ到着。

それでは日本は何をしているのか。九九年の台湾大地震で国際救援隊を真っ先に派遣したのが日本。それをよく憶えている台湾人の間では、「なぜ」の声が上がっているそうだ。馬英九政権が日本の駐台代表との会見をボイコットしたことへの報復ではないかとの見方も出ているのだとか。

そこで十七日午後、その「なぜ」を外務省に聞いてみた。最初は電話を緊急人道援助課に回されたのだが、そこからは「台湾への支援については中国モンゴル課(旧中国課)に聞いてほしい」と、申し訳なさそうに言われた。やはり「台湾」は政治的に(中国への配慮で)特別扱いなのかも知れない。

それで中国モンゴル課へ掛けなおして質問した。「台湾側から要請はないのか」と。

相手はこれに関してはあまり言いたくないようだったが、それでも最低限のことは教えてくれた。

要請は、「あった」のだそうだ。ではなぜとっとと動かないのか。「鋭意調整中だ」とは言っていった。

あれほどの災害に対し、日本側から救済支援の申し出はしなかったのかと聞くと、答えない。「対外的に言えない」ことなのだそうだ。

しかし実際には日本は、すでに米国とともに早い段階で支援の申し出を馬英九政権に行っているのである。ところがそれを馬政権によって拒否された。

この驚くべき事実は十四日、その事実を記録した十一日付の外交部(外務省)公文書が暴露されて明るみになった。

なぜそのようなことをしたのか。ここで問題となるのが中国人為政者の伝統的な政治文化だ。「政治優先・人命軽視」の前近代的な文化である。

つまり中国の顔色をうかがったのだとされている。馬政権にとって中国はもはや宗主国のような存在であるが、その中国は自分より先に米国人が台湾入りすることを許すことができない。なぜなら中国は目下、台湾を米国の勢力下から自国の勢力下に組み込もうとしているからだ。

ところが先の公文書が暴露された。すでに中国政府からの義捐金送付の表明も受けている。そこで馬政権はようやく国際援助の要請を行った。苛立っていた米国はこれを受け、直ちに軍を投入した(これを受け、中国は軍の投入を諦めた)。

ところが日本は、いまだに「鋭意調整中」…。やはり中国の顔色を伺い、出遅れたか。

人命無視の対応で、内外の批判を浴びる馬英九総統。CNNが行ったアンケート調査では、実に八〇%もが「辞職すべき」と答えている。これは反人道的な中国政治文化への批判でもある。

台湾大地震のとき、日本の救援隊は一番乗りを果たし、さらには真摯かつ優秀な行動を見せ、これで台湾での日本の信頼感は急上昇した。帰国のために空港へ入るや、広大なロビーは期せずして大拍手で包まれた。

しかし今の日本政府は、馬英九総統と似たようなものではないのか。つまり「中国優先・台湾人軽視」と言う。

中国や中国人の馬政権がどうであれ、日本は被災民の側に立て。

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明日が公示ですが、公示以後も以下のことは出来ます。

公示後も、テレビ等への要望活動を!

1、公示後でも、「マスメディアに対する要望」は自由ですから、工夫して要望のポイントをお送りしたいと思います。

2、「マスメディアへの要望」をお願いする文書でも、その文書の中身が例えば「民主党批判」や「自民党支持」であれば、中央から一斉にメールをするわけにはいきません。しかし、「自民民主両党の党首討論を要望しましょう」といった内容であれば、問題ありませんので、このようなメールは続けたいと思います。県の選管に訊いたところ、「特定の政党への支持や批判、政治活動にならなければよい」との事でした

3、また、過去にお送りした「政党批判」の文書(例えば、「日本が危ない」や「バラバラ、バラまき、ブレブレ民主」等)も、不特定多数を対象とせず、特定個人(親戚、友人等)に送るのであれば、電話をしたり、郵送したりするのと同様、「通信」に属し、公選法の禁止する「頒布」や「配布」には当たりませんから、これも大丈夫です。是非続けてください。選管も、「良い」とはいえないが、取締りはできない、との話でした。当然だと思います。

4、「マスメディア(特に、テレビ)への要望内容」としては、すでにお送りしたものの内、第1を「自民民主両党の党首討論の開催」、第2に「争点として、教育、防衛・安全保障を取り上げること」、第3に「民主党のマニフェストの内容についての質問」あたりに集中して、電話・FAX・メール作戦をさらに強化したいと思います。

5、第1の「自民民主両党の党首討論の開催」ですが、これが実現すれば、絶対に民主党への流れを食い止められる筈です。要望の仕方としては、以下のような言い方が考えられます

 「今回の選挙では、政権交代の是非が問われており、自民党と民主党のどちらかの党首が次期首相になるのは間違いないと思います。であれば、どちらが次期首相として本当にふさわしいのか、国民の前で直接対決し、有権者の判断を仰ぐべきです。是非、両党党首討論を実現してください」

 「予想では、鳩山代表が次の首相になりそうですが、民主党は外交・防衛など一体どんな政権構想を抱いているのでしょうか。マニフェストを見ただけでは、よくわかりません。各党党首による討論番組では争点が曖昧になりますので、両党党首による討論会を開催して、両党の政権構想を明らかにして欲しいと思います」

 「麻生さんは、両党党首討論の開催に積極的ですが、鳩山さんは消極的で、逃げているように見えます。次の首相になろうとしている人が、そんなことでよいのでしょうか。どうか、NHKで音頭をとって、カットなしの中継をやってくれませんか。お願いします」

6、党首討論のスタイルは、前回の「21世紀臨調」方式が良いと思います。つまり、司会なしで、進行係だけを置き、先ず、両党党首がスピーチをした上、攻守ところを変え、互いに質疑応答を行う、というものです。下手に司会が入ると、途中で話の腰を折ったり、いづれかに有利に進めたりしかねないからです。それゆえ、「21世紀臨調」にも、どんどん要望しましょう。

7、最後に、改めて「1日1回以上の電話運動」を呼びかけます。まさに「日本の危機」です。いま、あなたが立ち上がらなければ、日本が危ない!今こそ、勇気をもって電話をしましょう。


NHK
電話 0570-066-066
FAX 03-5453-4000
メールでの要望は下記から
https://cgi2.nhk.or.jp/css/form/web/mail_program/query.cgi

日本テレビ
∇お電話でのお問い合わせ
TEL: 03-6215-4444 視聴者センター部
受付時間:午前8:30~午後10:30
メールでの要望は下記から
https://www1.ntv.co.jp/staff/form.html

TBS
電話 03-3746-6666
お問い合せ受付時間
月~金:10時から20時
土日:10時から19時
メールでの要望は下記から
https://cgi.tbs.co.jp/ppshw/contact/0030/enquete.do

フジテレビ
「電話でのご意見・ご要望は、」
視聴者専用電話:03―5531-1111におかけいただければ「視聴者総合センター」が対応します。
※「視聴者総合センター」は毎日9:30~21:00です。

LIVE2009ニュースJAPAN向けメールフォーム
https://wwws.fujitv.co.jp/safe/red_mpl/response/res_form.cgi?bancode=998000026&flash=1&type=resprg

新報道2001向けメールフォーム
https://wwws.fujitv.co.jp/safe/red_mpl/response/res_form.cgi?bancode=108000006&flash=1&type=resprg

スーパーニュース向けメールフォーム
https://wwws.fujitv.co.jp/safe/red_mpl/response/res_form.cgi?bancode=998000014&flash=1&type=resprg

テレビ朝日
電話番号: (03) 6406-5555 (2007年11月1日より番号が変わりました)
※電話番号はくれぐれもお間違えなきようお願いいたします。
受付時間: 月曜~金曜 8時から「報道ステーション」終了まで
土曜・日曜 10時から18時まで(13:00~14:00は業務休止時間になります)
祝祭日 11時から19時まで

報道ステーション向けメールフォーム
http://www.tv-asahi.co.jp/hst/opinion/form.html

スーパーモーニング向けメールフォーム
https://wws.tv-asahi.co.jp/apps/free_enquete/enquete.php?cat_id=morning&theme_id=804

スーパーJチャンネル向けメールフォーム
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●日経新聞
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●産経新聞
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●読売新聞
ご意見      電話:03-3246-5858
https://app.yomiuri.co.jp/form/

●朝日新聞
<FAX>0570-013579
<e-mail>tokyo-koe@asahi.com
お問い合わせ:03-5540-7616(お客様オフィス)

●毎日新聞
https://form.mainichi.co.jp/toiawase/index.html



8月6日、日本会議広島主催の田母神前空幕長の講演会のyoutubeを教えていただきました。
講演会前の広島市内の様子、各種団体の運動の様子等も鮮明に記録されており、すばらしい資料です。



1/3【8.6田母神講演会】ヒロシマの平和を疑う!完全版[桜 H21/8/12]
http://www.youtube.com/watch?v=l9rdS0x8kRU&feature=topvideos

2/3【8.6田母神講演会】ヒロシマの平和を疑う!完全版[桜 H21/8/12]
http://www.youtube.com/watch?v=qRxALHW-MgI&feature=related

3/3【8.6田母神講演会】ヒロシマの平和を疑う!完全版[桜 H21/8/12]
http://www.youtube.com/watch?v=2RypSKocZAQ&feature=related

中国バブルは何時弾けるか?
2010年の上海万博前後と読むか
同紙はことし十月、国慶節前後と踏むか。
皆様は何時ごろとお考えでしょうか。


 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 より転載
     
 中国経済は空前の破裂が近い? 英ディリー・テレグラフが大胆に予告
  「輸出激減なのに景気回復? あれは巨大なポンジ・スキームではないか」 ****************************************

 バーナード・マドフって「虚名」をもはやお忘れだろう。
 マドフは元ナスダック会長。その社会的名声を利用して、「あなただけに耳寄りな情報だか、えらい条件の良い投資話がある。。。。。」
と言って金持ち、セレブに近づき、巨額の詐欺をやらかした。
 証券詐欺、郵便詐欺、マネー・ロンダリングで被害者は1341名。被害総額は132億ドル。被害者のなかには名うてのファンドも日本の投資家も含まれる。

 マドフは懲役150年の量刑で服役している。満期? かれが220歳になるときだ。
 マドフのやらかした金融詐欺の基本は「ネズミ講」。
これを「ポンジ・スキーム」と言う。

 さて中国経済の本当の素顔である。
 世界大不況の最中、堂々の四兆元(邦貨換算57兆円)を投じて景気回復策を展開し、新車販売世界一、外貨準備世界一。GDPもドイツを抜いて世界第三位。年内に日本を抜き去るのは確実と言われる。
 強気、強気のやりかた。
 世界のエコノミストはこれを「パンダの押しの一手」と比喩し、中国自身は「グリーンスパン流儀の押し」と自己評価しているそうな。
 
 中国は国家目標として『保八』を掲げ、さきにもGDP成長率を7・9%とし、目標の8%成長にあと一歩という印象を世界に投げかけた。
 この成長率が疑わしい数字であることは日本以外のエコノミストにとっては常識。ここでは詳細を論じない。
中国が牽引しているかにみえる世界の景気回復の兆候と、本物の経済回復とは関係がない。


▲カネは粉飾のため株式市場と不動産に投じられた

 57兆円の財源は70%が地方政府負担。銀行に命じて根拠が希薄な、そもそも返済計画が疑わしい事業につぎつぎと貸し出しを実行させた。
既存の道路や鉄道に平行して同じルートの複線工事も多い。民間企業に対する貸し出しは行われず、それは地下銀行、ヤミ金融の世界。
建てたビルは倒壊し、橋梁は流れ、高速道路はいずれ陥没するだろう。いずれも手抜きだから。

さて問題は、帳簿の誤魔化しである。
銀行経営を粉飾するには保有資産の簿価が高ければいい。不動産価格が上昇し、株式が高騰すると、詐欺的粉飾が成立する。
粉飾がばれると銀行は失速する。バブル経済は風船が割れるように、ポンとはじける。

英紙「ディリー・テレグラフ」が大胆に書いた(8月11日付け)。
「世界経済は中国の『奇跡』の回復に依存して良いのか?」として始まる疑問符は、中国経済が成長しているというデータは成立しにくい。第一に「バルチック指数」が七月以降25%下落している矛盾を突く。バルチック指数とは海運の運賃と貨物量との相関関係をあらわす。港湾の貨物が激減している証拠である。

中国経済の主柱である輸出が40%落ち込んでいる(GDPの40%を輸出に依存していて、どうしてGDP成長という発表が出来るのか?)。
人民銀行は新しく貸し出しを20%増加したところ、上海株式指数は年初来80%の上昇をしめした。
この熱狂的な狂騰ぶりは07年バブルに似ている。

ポンジ・スキームを巨大化したものが、いまの中国経済の実態ではないか、という分析で同紙は結んでいる。
何時はじけるか? 筆者は2010年の上海万博前後と読むが、同紙はことし十月、国慶節前後と踏んでいる。

大学新卒の就職先は、中国人民解放軍。


 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 より転載
      

 中国人民解放軍が「インテリ」の砦に???
  将校・下士官の61%が大学卒という嘘のような最新情報
****************************************

 過去二十一年間、中国人民解放軍の予算は毎年二桁増加してきた。
 装備の近代化は破竹の勢い、兵舎も建て替えられ、兵士の給与は上昇した。
 昨今の不況による大学新卒の就職難で、軍は12万人の大学卒も「新兵」に迎え、特別待遇をする。

 一方で中国人民解放軍の古い体質とはトップの老齢化である。
 現在、党軍事委員会の11人メンバーのうち9人が65歳以上。軍管区トップ司令員(副司令員を含め)の平均年齢は61歳。
 かれらが軍のトップの役職を占めて特権を享受し、軍本部でとぐろをまく。

 胡錦濤は総書記兼国家主席兼「党軍事委員会主席」である。
胡は7月20日に馬暁天副総参謀長ら人民解放軍幹部3人を上将に昇格させた。ようやく軍隊内での胡派の扶植を本格化させたのである。

ところがこの三人が党指導者の世襲である事実が判明し、批判が渦まいた。
軍事科学院の劉源・政治委員の父親は毛沢東のライバルだった、かの劉少奇元国家主席だ。劉政治委員は40歳を過ぎて軍に転じた異色の経歴を持つ。
 
成都軍区の張海陽・政治委員の父親はいまでも軍内で大きな影響力を持つ長老の張震である。
張震は江沢民前政権の軍事人脈を強く支えた。それもこれも軍歴がなくて軍を掌握できなかった江沢民が二桁成長の軍事予算を認め続けて軍にゴマをすったからである。

馬副総参謀長は国際畑での活躍が多いため「軍の外相」の異名を持つが、馬の父親は解放軍政治学院教育長だった馬載尭将軍。父の教え子が軍内に夥しく残存しており支援人脈に厚みがある。
 ともあれ胡錦涛はこの人事で軍幹部に取り入ると同時に三人の世襲組は一般的なダラ幹の息子とは異なっており、むしろ「太子党」の分断を図っているかに見える。


 ▲軍人の意識の近代化もかなり進んだ側面があることは事実だ

 さて近代化は装備方面で成し遂げられたが、意識の面ではやや遅れ(国防意識ではなく党の防衛というメンタリティが先にある)、決定的な近代化の遅れは、軍人の性格である。
常識は通じにくい。

 中国人民解放軍は、依然として「長老」が支配し、革命戦争以来の戦争意識が残り、しかも軍閥というよりセクト主義がまかり通る。地方軍閥のセクト主義ではなく、人脈別のセクト主義だ。

 そこで「胡錦涛は年初来、33人の軍高層部をいれかえ、とくに七つの軍管区のトップのうち、四つの軍管区を入れ替え、若返りを主軸に主としてアカデミックなバックグランドを持つ軍人を選んでいる」(『アジア・タイムズ』、8月14日付け、ウィリー・ラムの寄稿による分析)。

 また九人は軍学校出身、七人はアカデミック派で研究開発部門からの抜擢である、とラムはつづけている。
 技術畑や宇宙工学、戦略ミサイル方面はもともと工科大学出身がおおく、また政策研究方面や防衛アカデミィなどは一流大学の法学、政経出身が目立った。

 郭伯雄(党軍事委員会副主席。軍の序列二位)は、「かくて中国人民解放軍は革命的に近代化され、標準化された軍の下士官は知識階層であり、いまや人民解放軍幹部(下士官、将校)の61%は単科大学卒業あるいは同等のレベルにある」と初めて数字をあげて「インテリ化」を誇示した。

 230万人民解放軍の61%ではない。もしそうだとしたら、140万の兵隊が『学士様』となり、末端の兵隊は不足、頭でっかちという構造になる。
61%というのは幹部候補生を含めての下士官以上のランクのなかの割合だろう。
「単科大学卒業」か「或いは同等レベル」という表現にも注意であろう。なにしろ総人口も、GDP成長率も、なにもかも誤魔化す特性をもつ国ゆえに逐一の数字を信頼することは出来ないが、こういう発表には、従来からあった一種独特な軍の劣等意識の存在があり、それが軍の逆のバネに働いた結果ともとれるからだ。

 いずれにしても軍の構成の変化を胡錦涛政権が促進しているのは事実である。

◆◆ 男女共同参画局から ◆◆


以下の情報が流されています。
重要な情報です。

>委員会の審査結果は、8月後半に、我が国への勧告を含む最終
見解として公表される予定です。

とあります。この委員会に日本左翼NGOから80余名も参加して
裏で策動をしていたのです。その結果が8月後半に公表されます。
ご注目ください。


●女子差別撤廃条約実施状況第6回報告の審査について

 女子差別撤廃条約は、その締約国に対し、条約の国内実施状況
に関する政府報告を定期的に国連事務総長に提出することを義務
づけています。この報告に基づき女子差別撤廃委員会による審査
が実施されますが、本年7月23日に女子差別撤廃委員会第44会期
(於:ニューヨーク国連本部)において、我が国が提出した女子差
別撤廃条約実施状況第6回報告に対する審査が行われました。
我が国からは、南野知惠子参議院議員を政府代表に、関係省庁等
からなる政府代表団(20名)が出席しました。
 委員から多くの関心が寄せられた事項としては、条約の国内法
への取り入れ、性別固定的役割分担、女性に対する暴力、意思決
定過程への女性の参画、雇用、マイノリティ女性、慰安婦、選択
議定書等がありました。
委員会の審査結果は、8月後半に、我が国への勧告を含む最終
見解として公表される予定です。

「台湾の声」【八八水災】遅々として進まない救助活動
報告者:匿名(高雄在住)

 11日、救援にあたっていヘリが墜落し救助に当たっていた3
名の隊員が殉職しました。

そのため、今日は同形のヘリ全機が検査のため飛ばす事が出来ず、
救援に支障を来しています。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/1/1ovfw.html (漢文)

921の時は軍のヘリが112機動員されましたが、今回は20
機とかで、その差が歴然としています。民視のテレビ討論番組の
中で指摘されていました。

もう天災の域を出て人災です。八八馬劉災害と言い換えてもいい
のではないでしょうか。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/115/1owrg.html (漢文)

金があれば、寸断された道路を新しく買えるとでも本気で思って
いるとしか思えない。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/17/1own9.html (漢文)

しかしそういう最中、依然として軍を大規模に投入しようとしな
い馬英九は、呑気に地方巡視を行い、なにもしない姿が段々見え
てきています。

そういうこともあってか、昨日、救助され旗山國中に収容されて
いる、小林村の住民が、自分たちでヘリに乗って救援しようと殺
到しました。それを阻止する警察、軍関係者、支援者と衝突する
場面がありました。

これは、遅々として進まない救援活動に親族が焦りを感じている
為です。

劉行政院長は921より活動が早いと豪語していますが、当時は
李登輝総統は地震発生後2時間もしない内に軍や様々なところに
命令を出して、救援に入っています。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/17/1ovz1.html (漢文)

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/17/1ovt4.html (漢文)

このことを現在と921と比較して、いかに馬英九が台湾人の生
命と財産、台湾という国土を軽視しているか明らかにして欲しい
です。921ではヘリも100機以上動員しています。

民視、三立は完全に批判しています。今や政府系と言われている
メディアも921と比較し始め、暗に馬英九を批判しています。
新聞も批判し始めています。

原住民が一番被害に遭っているこんな時期にも拘わらず、面子ば
かり前面に出して、台湾に戻らないで日本でたらふく喰っている
議員がいたとは、あきれてものが言えなません。

それは、8月8日、桃園で飛行機が全面欠航になったことに抗議
して騒いでいた高金という姓の議員です。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090807/79/1ojqw.html (漢文)

被害よりも結婚式を優先したどこかの馬という総統と同じ発想な
のでしょうか。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090811/11/1ormz.html (漢文)

 どここの民族でも戦争でない限り、宗教施設を汚す行為はしな
いものです。

それをすることは、まさに戦争行為であり、テロ行為と同じ性格
を持つものではないでしょうか。許せない行為です。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090812/5/1oxbe.html (漢文)

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/090808/5/1olrw.html (漢文)

台湾にいないし、何も活動していないから、その議員のことすっ
かり忘れていましたし、こちらではな全く陰すらもないです。

台湾に帰ってこなくていいです。

http://www.taiwanus.net/news/press/2009/200908121102041725.htm (中国語)


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・通信欄に「台湾」「お見舞い」「水害」などとお書き添えください。
・一般の方は、郵便局備え付けの「郵便払込取扱票」をお使いください。
・会員の方は、機関誌『日台共栄』に添付の郵便払込取扱票をお使いください。

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理解するのに少し困難な部分もありますが、じっくりお読みください。
今流行の「象徴天皇論」について学んでみましょう。

理解するのに少し困難な部分もありますが、じっくりお読みください。
今流行の「象徴天皇論」について学んでみましょう。

知られざる「象徴天皇」論争 その1
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▽共通する前提

 橋本明さんの『平成皇室論』は、その背景に、独特の「象徴天皇」論と直線的社会発展論とが結びついているように、感じられます。

 橋本さんは一方で、戦後、日本国憲法下の象徴天皇は両陛下がお二人の協力で編み上げてこられたもので、無から有を生み出すようなご苦労があった、と解説し、その一方で、基本的人権尊重の流れがイギリスの名誉革命にはじまり、アメリカ、フランスを経て、戦後の日本に到達した、という単線的な歴史観を提示します。

 そのうえで、民衆に逆らう王制で長続きした例はない。民主主義が最後に到達した日本で天皇制が存続できるかどうか、今後の皇室の命運は皇室自身の倫理的身の処し方に関わっている、という論理で、象徴天皇制の継承のために、東宮の「廃太子」を勧めています。

 つまり、政治体制の歴史を世界史的に一様にとらえるとともに、国の安定性の要因を君主の倫理性に求める姿勢です。

 橋本さんの皇室論に対して、例の西尾幹二先生のように、同調者が少なくないのは、前提としての歴史理解などに共通するところがあるからなのでしょう。それなら、この考え方は妥当なのか。私は違うと思います。

 何がどう違うのか、を説明するのに、参考になりそうな戦後の知られざる論争をご紹介します。いまから約50年前の雑誌「思想の科学」上での論争です。


▽雑誌「思想の科学」の「天皇制」特集号

 論争は「思想の科学」事件とよばれる出来事と直接関係しています。評論家の鶴見俊介らが編集する同誌は何度か発行元の出版社が代替わりし、昭和34(1959)年からは中央公論社から発行されていました。

 事件が起きたのは、36年暮れ。「天皇制」を特集する12月号を、出版社が編集者の了解を得ないまま裁断してしまったというのです。

 藤田省三、掛川トミ子、福田歓一などによる天皇制に批判的な対談、論文のなかに、1本だけ天皇制擁護の立場で書かれた論文が混じっていたことから、掲載を躊躇(ちゅうちょ)する版元が自己規制したというのが、事件の発端だったようです。

 その後、編集者たちはみずから思想の科学社を設立し、自主的出版の道を模索します。創刊号は幻の「天皇制」特集号でした。そして、論争がはじまりました。戦後唯一の神道思想家といわれる葦津珍彦の天皇制擁護論と明治大学教授(政治思想史)で評論家の橋川文三との天皇論論争です。

「国民統合の象徴」と題された葦津の記事は、「戦争と敗戦を通じて、日本の天皇制は根強い力を立証した」と、並み居る天皇制反対論者に対して、じつに挑戦的な書き出しではじまります。


▽変わらなかった国民の天皇意識

 葦津の議論は、当時、一般的に流布してきた通俗論的天皇論に痛烈な懐疑を投げかけるものでした。つまり、(1)敗戦国の王朝はかならず廃滅し、共和制に移行するというドグマ、(2)個別性を無視し、世界の君主制をいっしょくたに論ずるドグマ、(3)国民意識の多面性に目を向けずに、もっぱら倫理的に理解する学者たちの国体論のドグマ、です。

 この葦津の指摘は、橋本さんの戦後象徴天皇論にも、じつによく当てはまります。

 具体的に見てみると、葦津は次のような議論を展開しています。

1、敗戦国の王朝はかならず廃滅するものと信じられていたが、日本でのみ例外が見られた。日本では国民投票に問うべきだという主張もなかった。天皇制反対派は愚劣にも外国の軍事裁判の権力によって天皇制を傷つけようとしたが、国民の天皇意識は動かせなかった。占領軍当局は干渉を試みたが、大衆の国体意識を抹殺(まっさつ)することはできなかった。

2、ライシャワーが認めるように、日本国民の天皇意識は「目に見える天皇」がなくなっても変化しがたい。根強い国民意識の支持条件の上に立つ天皇制と、イタリアなどの王制を抽象的形式論で同一視すれば、例外が出てくるのは当然である。

3、「君主制が少なくなり、やがて日本も共和国になる」という一般的公式を立て、具体的事実を無視し、具体的な国の運命を抽象理論で予見しようとするのは浅はかである。


▽個別の歴史の事実を無視している

 橋本さんはたぶん、日本の天皇制は敗戦によっていったん滅びたという認識なのでしょう。現行憲法下の日本は共和制国家であり、そのもとに新たに誕生したのが象徴天皇制である、という理解なのだと想像します。つまり昭和20年8月に革命が起きたとする、憲法学者・宮沢俊義流の8月革命説です。

 しかし葦津の指摘にしたがえば、それは抽象的形式論に過ぎず、歴史の事実とはほど遠いことになります。敗戦の前後に国民の天皇意識に、イタリア王制に見られるような変化がないからです。

 蛇足ですが、昭和21年元日に「新日本建設に関する詔書」が出されました。天皇が神であることをみずから否定した「人間宣言」と理解されていますが、木下道雄侍従は、『国体の本義』(文部省編集、昭和12年)などに明記された天皇=現御神(あきつみかみ)とする理解に誤りがある、と『宮中見聞録』で指摘しています。敗戦によって現人神(あらひとがみ)が人間天皇に変わったのでもありません。

 橋本さんの皇室論は、君主制は必然的に共和制に移行する、と考える歴史必然論に支えられているよう見えますが、葦津は完全に否定しています。個別の歴史の事実を無視しているというのです。

 以前、このメルマガで書いたように、君主制から民主制へ、さらに革命運動を経て社会主義社会が実現される、という社会発展説が無邪気に信じられた時代がありましたが、20世紀末には逆に、革命国家のソ連が崩壊しました。それどころか、いまロシアで起きているプーチンの強権政治は、まるでツァーリズムの先祖返りです。

 橋本さんは、あたかも日本がヨーロッパにはじまる民主制の終着点であるかのように書いていますが、逆にヨーロッパの王制はいま、日本の天皇制のように、象徴君主制化しているという実態を見ることができます。

 葦津が指摘するように、抽象的形式論のドグマから抜け出る必要があります。


▽多彩な国民意識が天皇制を支えている

 葦津の議論は続きます。

4、日本のいまの天皇制ははるかに非政治的で非権力的だが、無力を意味しない。もっとも強力な社会的影響力を持ち、もっとも根強い国民意識に支えられている。

5、仮にいま日本が共和国形式をとると仮定しても、岸信介や池田勇人程度の大統領より、はるかに天皇制の方がよいと日本人は信じて疑わない。国民の過半数の票を集めたとしても、国民の実感が承知しない。国民のあいだに動かしがたい国体意識があるからである。

6、その国体意識とは何か。美濃部達吉博士は「万世一系の天皇を中心として戴き、他国にないほどの尊崇忠誠を致し、天皇は国民を子のごとく慈しみたまい、君民一致する事実を指す」と力説しているが、これに限らず学者の国体論は倫理主義的な狭さを感じさせる。

7、私の考えでは、日本の国体はすこぶる多面的で、抽象理論で表現するのは至難だと思う。たとえば、天皇の地方行幸や東宮結婚などに具体的な風景から暗示される国民の国体意識は、宗教的意識や倫理的意識と割り切れるものではない。たぶんさまざまの多彩なものが潜在する。絶大な国民大衆の関心を引きつける心理的な力。これが国および国民統合の象徴としての天皇制を支えている。

8、この根強い国体意識は政治、宗教、文学、すべてのなかに複雑な根を持っている。その日本人の心理の具体的な事実を見ずして「君主制批判」という抽象理論で天皇制の将来を予想するなど愚かである。この地上からトランプの4つの王が消え失せるとも、日本の天皇制は繁栄し続けるであろう。


▽日本人は変わったか

 橋本さんの皇室論は、皇位を継承する皇太子のみならず、妃殿下にまで徳をきびしく要求します。高い徳を有することによって象徴天皇像の継承が可能だ、と訴えるのですが、葦津の記事によれば、天皇制を安定的に支えているのは、天皇・皇族の倫理性ではなく、逆に国民の根強い国体観念です。

 のちに駐日アメリカ大使となるライシャワーは「臣民の態度は、外国の命令で天皇と皇族とを取り除いても、変わらないだろう」(『太平洋の彼岸』)と述べているようです。たとえ「目に見える天皇」がいなくなっても国民の天皇意識が動かしがたいほど強力なのだとすれば、橋本さんのような倫理的要求は無意味です。

 実際、天皇不在の空位期間がのべ100年間におよぶことを葦津は指摘しています。その間、日本人の国体観念なるものが変化したということは聞きません。

 問題は、昭和20年8月に革命が起き、天皇は現人神から人間に変わった、などとバーチャルな歴史観を吹き込まれた戦後の日本人自身の「国体観念」のありようです。葦津の雑誌記事から約50年、日本人は変わってしまったのかどうかです。その意味で、橋本さんの皇室論に対する読者の反応に興味をそそられます。

 次回は、橋川文三の葦津論文批判について書きます。

斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.94お盆休み特大号を皆様にご紹介します。

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 当メルマガはこのところ、皇太子同妃両殿下の「別居」「離婚」「廃太子」を進言する、陛下の「級友」橋本明氏の『平成皇室論』を取り上げ、批判しています。

 これまでのおさらいをすると、「週刊朝日」「WiLL」の記事などを読み、次のような指摘をしました。大きく分けると3点になろうかと思います。

 第1に、進言の方法です。陛下の「級友」だというのなら、陛下に直接、申し上げればいいのです。「級友」と称して、陛下の権威やマスコミの力を借り、国民的議論を求めるのは、問題解決より混乱を志向しているように見えます。

 第2は、橋本さんの天皇・皇室観です。橋本さんの天皇論は千年以上続く、祭祀王としての天皇ではなく、現行憲法を起点とする象徴天皇論であり、一夫一婦天皇制です。戦後の象徴天皇像は両陛下が協力して編み上げたと断定し、昭和天皇の存在すら黙殺されています。皇位を継承するわけではない皇后に徳を要求するのも誤りです。皇室像の継承を主張しながら、じつは勝手な皇室像を押しつけようとしています。

 第3は、事実認識です。いわゆる雅子妃問題の背後にある、マスコミが果たした負の役割に目をつぶり、もっぱら妃殿下批判に集中しています。「懐妊の兆候」スクープ報道が流産という悲劇を招いたこと、ショッキングな皇太子殿下の「プライバシー」発言の前にプライバシー暴き報道が繰り返されたことへの言及は見当たりません。

 以上、軽くおさらいしたところで、今回は著書の第七章を読んでみることにします。本のエッセンスがすべて書き込まれている、と思うからです。


皇室擁護を謳いつつ破壊をもたらす橋本明『平成皇室論』

▽3つの選択肢

 橋本さんはこの最終章で、次のように論を展開させています。

1、皇太子は大半の仕事を単独でこなされている。残念なことに、雅子妃のお姿が見られない。「象徴天皇制」では、政治大権、主権は唯一国民にある。天皇の務めは国家と国民の象徴にあり、皇后の支えが大切だが、このままでは皇太子は1人で象徴の務めを果たさなくてはならない。東宮時代からつねにご一緒だった現皇室の哲学が継承されるか、陛下は悩まれているのではないか。

2、妃殿下の速やかなご回復を祈るけれども、万一の場合は、一連のご大喪儀に皇后の不参加を想定しなければならない。平成の即位礼で確立した様式も皇后不在となると適用が難しい。「歌会始」もどうなるのか。国賓接遇にあたってもそれなりのプロトコールを編み出さなければならない。予見される不都合を解消する唯一の道は早期のご回復であるが、現状は中途半端であり、抜本的な治療方針を確立すべきである。

 このように議論を進めたあとで、橋本さんは次の3つの選択肢を議論の手がかりとして例示します。

ア、思い切って雅子妃を皇室から遠ざけ、ストレス因子の存在しない空間に身を移し替え、回復に専念する「別居」(完治するまで、皇太子は単独で仕事をさばく)

イ、論理のうえで検討しておく必要のある「離婚」(皇室典範の改正が必要になる)

ウ、治療してもよくならない場合、仮に皇太子が一家庭人として幸福を追求するなら、天皇になる道を捨てる「廃太子」(皇次子秋篠宮文仁親王が立太子礼を経て皇太子になる。同時に徳仁親王は新宮家を創設し、継承順位は秋篠宮、悠仁親王、徳仁親王の順になる)


▽天皇を支えるのは内閣

 以上のように述べたうえで、橋本さんは最後にこう締めくくります。

3、日本の国家と国民を結ぶ節目は、正統な血の流れを保ち、だれもが敬意を表する徳を保持する天皇であり、天皇が高い徳を養ってこそ、象徴性は拡大し、国民は安心を覚える。基本的人権尊重の流れはイギリスの名誉革命にはじまり、戦後の日本に到達した。民衆に逆らう王制で長続きした例はない。国民も皇室も心してこの体制を運用し、世界に類を見ない国家統治の形を国の宝と見つめるべきだ。

 さて、批判です。

 基本的なことは冒頭に申し上げた3点に尽きると思います。とくに、天皇に関する本質論、歴史認識の2つについて誤りを指摘しなければなりません。

1、まず、橋本さんの一夫一婦天皇制について。今上天皇が東宮時代から皇后陛下とつねにご一緒だった、というのは正確ではありません。皇后が天皇を支えているという理解も必ずしも正しくありません。

 現行憲法は、天皇の国事行為は、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が責任を負うこと、しかも国事行為のみを行うことと定めています。天皇を支えるのは内閣です。

 実際、宮内庁が公表している「ご日程」によれば、ご執務や認証官任命式、あるいは国会開会式のご臨席などはお1人でお務めです。宮中祭祀の場合、皇室第1の重儀である新嘗祭などは、皇后の拝礼をそもそも制度的に予定していません。

 両陛下が仲睦まじいのは国民にとって喜ばしいことですが、天皇のご公務はあくまで天皇のものです。お2人でご公務をこなされているように見えるのは、各種行事へのご臨席やお出ましについて、マスコミがそのように報道している結果でしょう。

 したがって、皇太子殿下単独のご公務を神経質に気に病む必要はありません。

 皇室の伝統にはない天皇制を、あたかも伝統のように偽って継承せよと迫るのは、皇室の伝統の破壊にほかなりません。


▽君徳は祭祀によって磨かれる

2、橋本さんの象徴天皇論は、皇室と国民との二項対立を前提とし、憲法が定める国民主権下での天皇には徳が要求される、主権者に逆らえば長続きしないと脅していますが、根拠がありません。

 憲法の枠組みでいえば、皇位はあくまで世襲です。徳などは要求されていません。徳がなければ皇位を継承する資格がない。別居だ、離婚だ、廃太子だ、という橋本さんの進言は、GHQ憲法を前提としても、明らかな逸脱です。

 天皇の徳というのは、拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』で述べたように、「国中平らかに、安らけく」と祈り、命を共有する祭祀を継承されてきたことの結果です。祭祀を重ねることによって天皇の徳はみがかれるのです。徳がないから皇太子たることをやめよ、と進言するのは本末が転倒しています。

 皇室と国民とを対立的に理解し、天皇主権か国民主権かと考える近代的な発想も、天皇の歴史を正しく理解するものではないでしょう。ヨーロッパの王室と日本の皇室は違うのです。

 世界に数ある王制のなかで、王妃にまで君徳を要求する国など聞いたことがありません。民主政治がイギリスからアメリカ、フランス、日本に到達したという歴史観も観念的すぎます。

 いま求められているのは、宮内官僚たちによって破壊され、空洞化された祭祀を正常化することです。今年に入って、ご公務ご負担の軽減と称して、毎月1日の旬祭が年2回となり、11月の新嘗祭の簡略化も企てられています。天皇の徳が象徴天皇制の重要な要素だとお考えなら、橋本さんは祭祀の正常化を宮内庁に強く要求すべきです。


▽そのあと何が起きるのか

3、橋本さんは「廃太子」こそがいちばん現実味がある、と結論づけているようですが、いうところの廃太子のあとで、何が起こると考えるのでしょうか。

 皇太子殿下は、マスコミの不作法なプライバシー暴き報道に抗して、ご病気の妃殿下を精いっぱい明るく支えておられます。ご高齢で、しかも療養中の陛下もそうですが、いっしょに病気と闘っている両殿下の姿は、同じように闘病のさなかにある、少なからぬ国民にとっては、希望ではないのでしょうか。

 だとしたら、橋本さんが勧める別居や離婚が行われたとき、日本の社会にどんな影響をもたらすのか。いわゆる家庭の崩壊を一段と進めることになりはしないか。少なくとも私には、いい結果をもたらすとは思えないのです。君徳をきびしく求めるあまり、社会の乱れを引き起こすことは矛盾以外の何ものでもありません。

4、橋本さんは、陛下のご心労について、致命的な誤解をしています。昨年暮れの陛下のご不例は、身心のストレスが原因だとされ、羽毛田長官は「所見」で皇位継承問題などを示しました。橋本さんの進言は羽毛田「所見」を論拠にしていますが、拙著に書きましたように、この「所見」自体が誤っています。

 つねに国と民のために祈る天皇にとって、ご心労は数限りないはずで、特定することは困難です。まして医師は「急性病変」と診断していますから、「ここに何年間かにわたり、ご憂慮の様子」とした羽毛田「所見」はまったくの的外れです。誤った「所見」に基づく橋本さんの進言は誤りです。

 また、皇位継承について、国民が口を出すことは、皇室の伝統に反します。というより、口を差し挟む必要がないといった方がふさわしいかもしれません。皇位は皇祖神の神意に基づき、御代替わりを重ねつつ、地上に蘇り、継承されると信じられてきたのであり、北畠親房(きたばたけ・ちかふさ)の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』以来、万一、仁政が行われ難きときには、皇位は傍系の仁者に移る、と認められてきたからです。人間よりも神の意思がそうさせるのです。

 結局、結論的にいえば、「ご学友」と称する橋本さんの進言は、皇室擁護を謳いつつ、それとは逆に破壊をもたらすものであるといわざるを得ません。皇室の破壊を国民的な議論にしようとする「ご学友」など、私の理解をはるかに超えています。

皆様、最近マスコミが民主党のマニフェストがコロコロ変わる。信用できない。批判されたら、いとも簡単に変更するとか、マニフェストではありませんと否定したり、これでは政治は任せられません。
民主党に任せられるのは、「政権ごっこ」というままごと位です。
間違っても民主党と書かないように!



永山英樹さんのメルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より。


これが岡田克也・民主幹事長の対中国屈服宣言 (付:台湾人が書いた岡田氏「媚中言動」記録)

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-847.html

岡田克也幹事長は八月三日、中国メディアの合同取材を受けた。中国国際放送の日本語ニュース(八月四日)によれば、岡田氏はその際、「民主党が今月末の衆議院選挙で勝利すれば、日中関係は一段と強化されるだろう」と述べたそうだ。

岡田幹事長、「選挙に勝利すれば中日関係はさらに深化」
http://japanese.cri.cn/881/2009/08/04/1s144737.htm

これを聞いて多くの国民は「中国と仲良くするのは結構だ」と思うわけだが、日中関係が不平等関係である現状を見れば、そのようなものを「一段と強化する」などとんでもないことなのだ。

そこでこの報道に接した知人が、岡田氏の媚中の心理・行動を指摘した台湾人の評論を引っ張り出してきた。

これはメールマガジン「台湾の声」の林建良編集長が五年前に書いたもの。着任した台湾の許世楷駐日代表が「台湾人は台湾人の国」だとの現実を日本人に伝える活動を開始した矢先、当時民主党代表だった岡田氏が許氏にいかなる態度を示したか、そしてこのような人間たちが政権を握れば日本はどうなるかを書き綴っている。

とても参考になるので、下に全文を掲げる。

※時局コメンタリーより転載
http://www.fides.dti.ne.jp/~shinwa/column/commentalyback/commentaly9.28.html
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台湾を苛めて中国の機嫌を取る岡田代表

世界台湾同郷会副会長、「台湾の声」編集長 林建良

2004年9月28日

■礼儀知らず冷酷な新人類党首 

台湾の新しい駐日代表(大使に相当)である許世楷氏は9月22日、民主党本部の岡田克也代表を訪問したことを、当日のNHKBSニュースで報道された。終始にこやかな態度で会見に臨んだ許代表とは対照的に、岡田代表は傲慢な態度で「台湾の独立を支持しない」「(台湾の将来のあり方については)中国と話しあって解決すべきである」と言い放った。着任の挨拶で表敬訪問した許代表に対し、なんという無礼な発言だろうか。台湾に対し、まるでかつての宗主国としての意識が抜け切れていないかのようだ。しかも許代表は独立運動に生涯を捧げてきた人物であって、岡田代表の人間性を疑わざるを得ない。テレビカメラを招き入れながらのこの言明は、やはり中国側の歓心を買うことを視野に入れていたものと思える。

■強者に媚びて弱者を苛める

台湾の「国のかたち」をどうするかの決定権が台湾人にのみ属することは、住民自決の理念を引き合いに出すまでもない。最大野党の代表たる者が、隣国の住民の意思決定に容喙するなど、実にもってのほかである。彼は台湾問題が中国の内政問題だと誤解しているか。いや、「内政問題だ」とでっち上げる中国のご機嫌を取りたいだけなのだ。いずれにせよ、台湾の二千三百万人もの隣人の存在を無視していることに変わりはない。それにしても中国という無法者に拳銃を突きつけられている台湾に対し、よくも「無法者と話し合え」などと言えたものだ。それなら彼は中国にも、「話し合え。だがその前に拳銃を捨てろ」と言うべきではないか。強者に媚びて弱者を苛める人間は最低であり、政治家になる資格などないのだ。

■国を守る気概も知恵もない 

台湾を犠牲にしたがる岡田代表は、日本の国益の観点からも不適任党首である。現在中国はアジアでの覇権確立のため、軍備拡張路線を突き進み、海底資源の略取に精を出し、日本の安全にとって最大の脅威として急成長中だ。そのなかで日本がまず懸念すべきが、シーレーンの要衝たる台湾が中国に併呑されることである。もし彼に日本を守ろうという気持ちが一片でもあったなら、当然それは考えるだろう。しかし今回の発言に及んだのは、彼に国益防衛の戦略も気概もない証拠である。「台湾」を外交カードに使えばいいものを、それを簡単に捨ててしまった岡田代表。すでにこの発言は誤ったメッセージとなり、中国の野心を励ましているはずである。このような人物が首相になれば、日本の将来は暗澹たるものとなろう。(りん・けんりょう)
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以上を読み、岡田氏がとても有害な「親中売国」の政治家であることを認識した上で、ふたたび中国国際放送のニュースに目を向けよう。

それによれば、岡田氏はこうも言ったそうだ。

―――民主党はまず、中国指導者と揺るぎない信頼関係の樹立に努め、両国の協力関係を保障し、両国の戦略的互恵関係の構築に同意する。

―――靖国神社には第二次大戦のA級戦犯が祭られている限り、首相は(靖国神社に)参拝すべきではない。

―――(チベットや新疆の問題は)中国国内の事情であり、それに干渉すべきではない。

もはや言うまでもなかろう。これらは中国との友好関係に配慮した理性的で合理的な考えなどではない。中国の歓心を買うためなら周辺諸民族の利益どころか、自国の利益をも顧みない者の中国に対する服従宣言に他ならないのだ。

「中国指導者と揺るぎない信頼関係の樹立に努め」と言うのもそうである。中国との「信頼関係」とは「中国にはノーを言わない」ことで初めて得られるものであることを思い出そう。

ところで中国は日本に帰化した華僑に民主党への投票を呼びかけているとか。すでによほどの「信頼関係」があるらしい。

流石中国という地域に存在する国です。
近代文明社会では考えられないことが、かの国では日常的です。
流石、古代未開国家 蛮族中国ですね。


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 より転載です。
      
 李克強(胡錦涛の右腕)にも汚職捜査の手がのびた       
飽くなき権力闘争、「上海派」と「団派」が互いに汚職摘発の神経戦
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 中国の2008年公式統計で、汚職などによる処分が十五万一千人という数字、このうち党幹部は4960人、あまりの腐敗ぶりに取り締まりの強化が謳われた。
 15億円の収賄事件で死刑判決がでていた李培英(元首都空港集団社長)の死刑が執行されたことが8月7日に判明した。

 その衝撃の余波が去らないうちに胡錦涛の右腕、李克強副首相に汚職疑惑が浮上した。ハルビン市党書記に就任したばかりの蓋如根から李は六千万元(邦貨換算九億円弱)の収賄を受け取って、彼のハルビン市党委員会書記という重要ポストを認めたというのだ(「BOXUN NEWS」、8月2日付け)。

 同紙に拠れば蓋如根は大慶市長時代に政治局中央常務委員会に高額な賄賂をつぎつぎと送りつけ、次の昇進を露骨に画策し、ハルビン副市長、市長代理、そして大慶時代の石油ビジネスにまつわる賄賂で得た蓄財から法外な賄賂を李克強に贈呈していたという。

 汚職摘発は続いている。
 中国核工業集団社長兼党書記の康日新が不正入札および公金流用容疑で逮捕、中央規律検査委員会で尋問されているそうな。

 同集団は中国の原子力産業の中核企業、党書記を兼ねる大物の逮捕は様々な憶測を呼んでいる。同集団傘下で香港に上場されている「中核国際」の株価は09年8月5日の報道直後から16%も暴落した。

 康は江沢民と同じく上海交通大学の出身。核発電関連企業にまつわる不正入札事件の最近の例を挙げると中国技術進出口公司元総裁・?新生、中国広東核電集団公司(中広核集団)副社長・沈如剛らの事件がある。


 ▲家電量販大手「国美電器」創業者を拘束、余波があちこちへ

 中国家電最大手とされた国美電気の創業者=黄光裕とその夫人が不正証券取引をしたとして北京で拘束され、その香港での保有資産207億円相当が差し押さえられていることも判明した。

 この「国美事件」は芋づる式に共産党幹部の逮捕拘束を招来し、家電量販業界の地図を塗り替えたと言われる。
日本のラオックス買収も、この事件の余波と間接的関係があるらしい。
 
このほか四月には広東省政治協商会議主席の陳紹基と浙江省規律検査委員会の王華元書記が汚職の疑いで取り調べを受け、六月には深せん市長の許宗衛も汚職容疑で拘束されており、これら全員が国美電器汚職事件と絡むのだ。
黄光裕は香港での株価操作が一番の容疑。

 死刑判決もじゃかすか乱発されており、四月には故黄菊(前副首相、元上海市長)の秘書だった王維工に死刑判決(ただし執行猶予付き)。
王は失脚した陳良宇(前上海市党書記)の収賄事件にも絡み、陳をデベロッパーに紹介した案件では見返りに一億三千万円相当の賄賂を受け取っていた。

 上海は世界的繁栄を誇る大都市ゆえに建設、開発、株式、商取引にまつわる汚職はつきもの。
そもそも故黄菊夫人の余慧文は夫の現職時代、上海の「上流夫人」らを集めて、「上海慈善事業夫人倶楽部」などと名乗り、デベロッパーと癒着し、数社の企業顧問にも就任していた。
 
当該倶楽部には呉国邦(現全人代委員長)、陳良宇(前上海書記)らの夫人を網羅し、農地の没収などに「辣腕」を発揮した。余慧文は「女帝」の異名があったが、今夏の倶楽部改選で理事にも落選したことが分かった(博訊新聞網、8月10日付け)。
 
こうみてくると団派への突き上げと旧上海派への操作という権力闘争のバランスが作用しながらも、両派が懸命に相手の影響力をそぐ執拗かつ陰湿な闘争を持続させている実態が浮かび上がってこないか。


 ▲司法も汚職にどっぷりと浸かっていた

 青島では裁判官の腐敗が猖獗をきわめ、汚職捜査といって容疑者から多額の賄賂をとり、不起訴としたり減刑したり、脱税容疑を見逃す替わりに賄賂を得たりのやりたい放題が発覚した。

 司法の腐敗は指摘するまでもないだろうが、中国では最高裁判所副院長までが逮捕されている。
青島では劉青峰・青島地裁副院長(青島大学教授兼務)ら三名が犯罪に絡み、このうち青島四方区のキュウ衛東裁判長は自殺した。
 
 愛人問題での職務解雇もかなり多い。
 西安市質量技術監督局のトウ宗生局長は、部下の女性を愛人としてきたが愛想のもつれで06年に女がオフィスで服毒自殺した。
三年間、因果関係の調査の結果、「社会主義道徳と倫理に反する」として西安市規律委員会は局長職務を解雇した(多維新聞網、8月10日)

改めて最後にある次の言葉が胸に突き刺さる。

>最近、自殺が多いが、
価値ある死を選んだ者から見ると、簡単に死を選ぶのは止
めてもらいたい。我々には理解できないんです。今の日本
人には、まず世のため、人のために役に立つんだという気
持ちがほしい。<


伊勢正臣さんの 国際派日本人養成講座 より転載しています。


国柄探訪: 回天の志
「戦友たちは何のために自分の命を捧げたのかを、
是非とも今の若者に理解してほしい」

■1.「嫌だと思うものは、遠慮なく申し出ろ」■

 竹林博ら、第13期甲種飛行予科練習生100人が山口県周
防灘の入り江に浮かぶ大津島に着いたのは、昭和19(1944)年
9月21日だった。食料などの積み卸しを終えると、「海軍大
臣の許可なき者出入を禁ず」と書かれた建物の中に入った。

 中は薄暗く、目をこらすと直系1メートル、全長15メート
ルほどの円筒形の黒い塊があった。そばに立っていた板倉少佐
が言った。

 これが貴様たちが乗る一人乗りの人間魚雷である。もち
ろん、一度出発したら、絶対に帰ってくることはできない。
よく見て、そんなつもりではなかったと思うもの、俺は嫌
だと思うものは、遠慮なく申し出ろ。俺が責任を持って原
隊に帰してやる。

 竹林は、今にも爆発しそうな黒い塊に震えを感じた。人間魚
雷「回天」の開発者・黒木博司大尉(殉職後、少佐に昇進)は、
わずか2週間前に回天の訓練中の事故で、殉職していた。

 黒木少佐の殉職はショックだったが、それ以上に、後に
続くんだと奮起した。それは私だけではなかった。当時、
大津島にいた隊員はみんな、生の執着よりも、今の戦況で
は自分の命を投げ出さねばならないと心に決めていた。

■2.「後顧の憂いなきか否か、よく考えて提出するように」■

 甲種飛行予科練習生はパイロットを大量養成するために採用
された満15歳から20歳未満の若者たちだ。竹林は札幌生ま
れの当時19歳で、大空への夢を抱いて、応募、入隊し、茨城
県の土浦海軍航空隊で学んでいた。

 一月ほど前の8月28日朝、突然、偵察専修者約1500名
に非常招集がかかった。集合場所の大格納庫は、白い練習衣に
白い艦内帽をかぶった練習生であふれた。猛暑の中、出入り口
や窓が閉ざされて、息がつまるような熱気の中、練習生たちは
直立不動のまま、指令の言葉に耳を傾けた。

 残念なことだが、前線将兵の奮戦にもかかわらず、一日
一日と敵の反撃の波は強く打ち寄せている。サイパンが陥
(お)ち、ラバウルに孤立した海軍航空隊すら、十分補給
もできない現状である。・・・

 そして今、この窮状にこたえて、敵撃滅の新兵器が考案
された。否、もう試作を終え、米海軍に一大反撃を展開す
る日も近い。

 殉国の熱情に燃える諸子の中から、この兵器に乗って参
加したい者があったら、後に紙を配るから、分隊名、名前
を書いた上、熱望は二重丸を、どちらでもよい者はただの
丸を書いて分隊長に提出しろ。

 ただし、最後に言っておくが、この兵器は生還を期する
という考えは抜きにして製作されたものであるから、後顧
の憂いなきか否か、よく考えて提出するように。

■3.「日本が敗れ、米兵が上陸してくると家族はどうなるのか」■

 竹林は躊躇しなかった。用紙が配られると即座に二重丸を書
き、その上に「絶対」に2文字を付け加えた。

 旗色は本当に悪いのだ。もし、日本が敗れ、米兵が上陸
してくると家族はどうなるのか。

 家屋は焼き払われ、家族や親類、隣近所の人たちも、全
員、殺されてしまうのではないか。

 こうした気持ちはほとんどの者に共通していた。9割以上の
練習生が二重丸を書き、中には血判を押して提出する者もあっ
た。

 翌日、100人が選ばれた。最も重要な選考基準は、後顧の
憂いがないかどうか、すなわち兄弟の多い者ということだった。
竹林は兄が一人いるだけだったが、攻撃精神旺盛ということで
選ばれた。洩れた熱望者の中には、「どうして自分は落ちたの
か」と分隊長に激しく詰め寄る者もいた。

■4.「俺たちもすぐに行くから靖国神社で待っていてくれ」■

 大津島に着いても、回天の操縦訓練はすぐには始まらなかっ
た。訓練用の回天が3基しかなかったからだ。出撃が決まった
順に、訓練が行われた。

 竹林らには、その順番が回ってこず、毎朝6時半に起床して
からは、回天の機構や整備の座学、調整場での整備の手伝いを
中心に過ごした。夕方からは搭乗訓練の後の研究会が開かれ、
搭乗訓練をしていない竹林らも傍聴した。研究会では階級に関
係なく激しい議論が行われ、深更に及ぶことも希ではなかった。

 大津島に赴任して、約1カ月経った10月半ば、第一次回天
特攻隊「菊水隊」が出陣した。3隻の潜水艦に各4基の回天を
搭載、合計12名の搭乗員が出陣した。西太平洋のカロリン諸
島に集結する機動部隊へ奇襲をかけるためだった。12名の搭
乗員は、母艦の艦橋や回天の上から、抜き放った軍刀をかざし
て、万歳を叫びながら、出撃していった。竹林らも大歓声で見
送った。

 12月末には、竹林らと一緒に来た二人の搭乗員が、第2次
回天特攻隊「金剛隊」としてグアム島を目指して出撃した。
「俺たちもすぐに行くから靖国神社で待っていてくれ」 そう
言いつつも、竹林は涙が出て仕方なかった。

■5.「真っ暗な道をヘッドライトをつけずに車を操縦するようなもの」■

 翌年3月、ようやく竹林にも訓練開始の命令が出た。覚悟し
ていたとはいえ、操縦席に腰を下ろし、ハッチを閉めた瞬間、
すさまじい孤独と恐怖が襲った。回天の操縦は、例えて言えば、
真っ暗な道をヘッドライトをつけずに車を操縦するようなもの
だという。

 しかも、電動縦舵機のスイッチを入れ、発信準備が整うまで、
19もの動作があり、これを正確に順序通りに行わないと、発
信しないばかりか、途中で酸素爆発を起こす危険があった。

 1回の訓練は1時間から1時間半。ストップウォッチだけを
頼りに、速度と航行時間から自分の位置を推定し、地図に記入
しながら進む。

 海軍兵学校出身で、同じく回天搭乗員となった小灘利春は、
こう述べている。

「軍部に強制されて」「人間魚雷の操縦席に、無理やり押
し込まれる」、ひどいのになると「殴りつけて特攻をやら
せた」と書く者がいるが、そのような性格の兵器では毛頭
ない。そんなことで操縦できる回天ではないし、まして命
中できる筈がないではないか。回天は搭乗員が「自分自身」
で乗り込み、自分の意思で突撃するものである。[1,p107]

■6.「早く発進させてください」■

 昭和20(1945)年7月14日、竹林ら6人の搭乗員は、伊号
53潜水艦に乗り込み、沖縄とフィリピンの中間海域を目指し
て出撃した。すでに沖縄は敵の手に落ちており、そこに九州上
陸のための人員や兵器が集積されつつあった。その輸送路を遮
断することが目的だった。

 出航10日後の7月24日、敵の大輸送船団を発見した。
「回天戦用意! 発進用意」と大場艦長の声が艦内に響いた。
竹林ら6人は母艦と回天を結ぶ交通筒を駆け上がって、ハッチ
を閉めた。その瞬間、竹林には「これでこの世とお別れだ」と
いう気持ちがこみあげてきた。「ハッチよし、電動縦舵機よし、
深度計よし、特眼鏡よし、艇内異常なし」と、回天と母艦を結
ぶ電話を使って、艦長に伝える。

 だが、潜望鏡で輸送船団の動向を追う大場艦長は「距離が離
れすぎた」と出撃命令をためらう。そこに搭乗員の一人、勝山
淳中尉(20歳)の悲痛な声が電話を通じて届いた。「早く発
進させてください。こんな船団はめったに出会えません。お願
いです」

 誰もが固唾を呑んで待つ中で、「固縛バンドを外せ」との大
場艦長の声が響いた。特眼鏡をのぞいていた竹林の視界が、勝
山艇のスクリューが作り出す泡と吐き出す蒸気で一瞬、真っ白
になった。泡が消えて視界が戻ると、目の前にあった回天の姿
はなく、外されたバンドだけが残っていた。「ああ、本当に出
撃していった・・・」

 それから約40分後、激しい爆発音が響いてきた。大場艦長
は潜望鏡で黒煙が立ち上る敵艦を確認し、「大型輸送船一隻轟
沈」と打電した。

 戦後の米軍側の証言では、勝山艇は間断なく投下される機雷
をかいくぐり、大型輸送船の艦底を通り抜け、折り返して再度
突入した。潜行して見えないまま襲ってくる回天は、米軍を恐
怖の底に陥れた。

■7.「魂は永久に留まりて故郷の山河を同胞を守らん」■

 5日後の29日、再び、十数隻の大輸送船団を発見。川尻勉
一飛曹(17歳)が発進命令を受けた。「関少尉や荒川らに頑
張るように言ってください。伊53潜万歳!」 この声を最後
に川尻艇が出撃。約1時間後に凄まじい大音響が響き、大場艦
長は潜望鏡で黒煙を確認した。

 川尻は遺書に、日本男子として出撃の好機を得た喜びと、親
への感謝を綴り、こう結んだ。

 日本に如何なる危難襲うとも、必ずや護国の鬼と化して
大日本帝国の盾とならん。身は大東亜の防波堤の一個の石
として南海に消ゆるとも、魂は永久に留まりて故郷の山河
を同胞を守らん。

身は消えて 姿この世になけれども
 魂残りて 撃ちてしやまん

 ご両親、近所の方々(略)に永年の御高恩を謝しつつ喜
んで死んでいきましたと呉々もよろしくお伝え下され度候

■8.「伊53潜は必ず生き延びて下さい」■

 回天搭乗員6人のうち、2人を失った伊53潜は、さらに索
敵を続けた。8月4日午前零時半頃、頭上からダダーン、ダダ
ーンという爆発音が響き、艦が叩き上げられるように激しく揺
れた。敵の爆雷攻撃である。最新鋭の「三式探信儀」で探ると、
5隻の敵艦船が爆雷を投下しているのが分かった。

 伊53潜は100メートルの深度まで急速潜行し、さらに左
右への急旋回を繰り返して爆雷攻撃を避けた。しかし、至近距
離で爆雷が炸裂するたびに、艦は激しく揺すぶられ、乗組員が
床に叩きつけられた。主蓄電池も破損し、一切の動力が停止し、
電灯も消えて真っ暗になった。

 回天搭乗員の一人、関豊興(とよおき)少尉(22歳)が司
令塔に現れて、大場艦長に言った。

 相手が駆逐艦でも不足ではありません。我々は回天で突
入することを本望としております。このままでは死にきれ
ません。必ず成功させます。

 この一言で大場艦長の腹が決まった。「回天戦、用意」。4
人の搭乗員が、それぞれの回天に乗り込んだ。訓練したことも
ない水深からの発進である。

 敵艦隊は必ず仕留めます。伊53潜は必ず生き延びて下
さい。私の最後のお願いです。

 電話を通して関の声が艦内に響いた。関艇が発進した。20
分後、大爆音が轟いた。

 それを待っていたように、荒川正弘一飛曹(22歳)が電話
の向こうで「すぐに出撃させて下さい」と言ってきた。

「すまんが行ってくれるか」「はい! 行きます」 普段は口
数の少ない荒川は、一気にまくしたてた。

 頭上の艦隊は必ず退散させます。これまでいろいろあり
がとうございました。伊53潜は無事に帰還して下さい。
そして大津島で待機している仲間のためにも働いて下さい。

 発進から5分後、大爆音が響いた。爆発した距離が近かった
ため、余波で伊53潜も大きく揺れた。

■9.「価値ある死を選んだ者から見ると」■

 いよいよ竹林艇の番が来た。大場艦長と電話を通じて、やり
とりをしているうちに、頭痛がして意識が遠のくのを感じた。
「少し頭が痛みます・・・」と話したのを最後に、音信が途絶
えた。

 伊53潜の艦内から竹林艇のハッチを開けると、竹林は操縦
席でぐったりと意識を失っていた。激しい爆雷攻撃で、有毒ガ
スの容器が洩れ、ガス中毒となっていたのだ。

 残る坂本雅刀一飛曹の艇も酸素パイプに亀裂が入り、高圧酸
素が洩れて、意識を失っていた。二人ともすぐに治療を受け、
なんとか一命を取り留めた。

 関と荒川の決死の反撃で危機を脱した伊53潜は、広島に原
爆が投下された翌日の8月7日、帰還命令を受け、12日、大
津島に到着。3日後の15日に終戦を迎えた。

 回天特攻作戦は、昭和19(1944)年10月から、20年8月
まで続けられ、89人の搭乗員が戦死し、15人が訓練中に殉
職、二人が終戦時に自決した。

 竹林は、平成12(2000)年5月、北海道大学岩見沢分校で、
学生たちに講演を行い、自らの特攻の体験を語った。学生たち
の顔は竹林に釘付けになり、真剣に耳を傾けた。

 竹林はこう語っている。

 学校で教えないから、今の学生は戦争の悲惨さや当時の
ことを知らなさすぎる。だから、私の話が新鮮に映ったの
だと思う。戦友たちは何のために自分の命を捧げたのかを、
是非とも今の若者に理解してほしい。最近、自殺が多いが、
価値ある死を選んだ者から見ると、簡単に死を選ぶのは止
めてもらいたい。我々には理解できないんです。今の日本
人には、まず世のため、人のために役に立つんだという気
持ちがほしい。[1,p11]
(文責:伊勢雅臣)

小生が師事している林道義先生は、7日に先生のブログの寸評に「裁判員制度の男女無区別主義」と題して、寸評をお書きである。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/sunpyo.html

「裁判員制度は愚の骨頂」
林先生は、5月20日に同じ寸評で「裁判員制度は愚の骨頂」と題して、

>危険な原理に基づいている。<

>原理的には古代ギリシアのアテネの直接民主主義に基づいているのである。<

として批判されている。しかし一向に新聞・マスコミで批判が展開されたことはなかった。

そして今回の制度の発足である。



この制度の大きな問題点は、

① 男女比を考えなくても良いのか、男女の判断能力の違いをどのように見るのか



②  量刑を決めるという仕事は、被告についての多くの情報を熟知し、これまでの判例も研究した上で、高度な判断力を必要とする。そのための能力を誰もが平等にもっているとは言えない。高度な専門的な仕事の中に素人がいきなり放り込まれて、誰もができるはずだという前提のもとに、判断を強いられる。



③  「市民感覚」のマイナス面





このほかにも問題点はあるが、林先生は次のように結論付けておられる。



>裁判員制度は初めから間違った思想を基に作られたが、さらに男女無区別主義という危険な思想によって運用されることが明らかになった。この思想は、例えば「永住外国人に選挙権を」とか、「非嫡出児に嫡出児と同じ権利を」といった主張と同質の、国民総無区別主義の現れである。<



是非多くの皆様が、5月の寸評「裁判員制度は愚の骨頂」とあわせてお読みくださることをお勧めします。

日本の国体である天皇・皇室について正しい理解の第1歩を歩んでみてください。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 人生の先輩方を批判するのは気が重い、と思いつつ、先々週から、橋本明・元共同通信記者の『平成皇室論』を検証しています。

 つたない私の文章ですが、価値を認めてくださる方もいて、先週も渡部亮次郎さんが主宰するメールマガジン「頂門の一針」に転載されました。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4558379/

 そんなわけで、今週も蛮勇をふるって、橋本さんの皇室論を取り上げます。


 1 これがご学友の皇室論か
   ──橋本明「廃太子論」を読む
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▽先週までのおさらい

 前号までのおさらいを簡単にすると、先々週は「週刊朝日」の記事、先週は著書の「まえがき」を取り上げ、次のような指摘をしました。

1、問題解決より混乱を志向しているように見える。「級友」なら陛下に直接、申し上げればいことで、マスコミの力を借り、国民的議論などを求める必要はない。

2、西尾幹二先生の東宮批判と同様、いわゆる雅子妃問題の背後にある、マスコミが果たした負の役割に目をつぶり、もっぱら妃殿下批判に集中している。全体的な視点に欠けている。

3、橋本さんの天皇論は千年以上続く、祭祀王としての天皇ではなく、現行憲法を起点とする象徴天皇論であり、一夫一婦天皇制である。皇室像の継承を主張しているが、むしろ歴史の断絶が濃厚に感じられる。天皇の本質を見誤っている。

4、皇太子殿下の単独行動の多さを気にする一方で、昭和50年に皇后、皇太子、妃殿下の御代拝制度を一方的に廃止した宮内庁に対する批判はない。西尾先生と同様に、戦後史の重大な事実を見落としているのではないか。

5、ご学友という身近な立場から陛下のご心情を代弁しているようで、じつは自身の想像を語っているにすぎないように感じられる。

 といっても、まだ本文を読んでいるわけではありません。先週の予告にしたがって、いよいよ橋本さんの著書の核心部分を読み進めるところですが、その前に、「WiLL」9月号に載った橋本さんの記事を取り上げます。


▽一夫一婦天皇制論

 橋本さんは朝日新聞出版の雑誌だけでなく、ここでも皇太子殿下あるいは両殿下の「別居」「離婚」「廃太子」を国民的な議論とせよ、とけしかけています。

 記事のストーリーをなぞりながら、批判を試みたい、と思います。

1、今年は両陛下の結婚50年、在位20年の節目の年で、この1年に皇室の問題をきちんと書いておく必要があると考え、日本にとって皇室とは何か、戦後の皇室とはいかなるものか、が分かる本を書きたいと思った。

 橋本さんは、ご在位20年より、ご結婚50年を優先的にお考えのようです。この記事はのっけから、橋本さん独自の一夫一婦天皇制が顔をのぞかせています。そして、そのお祝いの席に乱を呼び込もうとしています。

2、私は天皇陛下の級友だが、執筆に際して天皇にはいっさい相談せず、独自の構想で書いた。私の見方、判断は、天皇にとっては、国民の理解が鏡に映ったようになると思ったからだ。

 陛下に相談し、執筆する、という発想が前提におかれているのが、私には不可解です。複数のご学友のなかから天皇のスポークスマンとして選ばれた、と考えるのは自意識過剰か、勝手な思い込みではないか、と私は考えます。自分が国民の代表であるかのような見方も同様です。

 思想・良心は自由ですから、いろんな考え方があっていいのですが、陛下の個人的友人という衣をかぶって、天皇を語るのは百害あるのみといわねばなりません。

3、戦後、日本憲法下の象徴天皇は両陛下がお二人の協力で編み上げてこられたもので、無から有を生み出すようなご苦労があった。

 橋本さんの天皇論は、昭和天皇の存在が軽視され、ほとんど言及がありません。戦後の皇室は今上陛下が皇后陛下とともに築き上げてきた、という評価は、どうひいき目に見ても、公平を欠いています。一夫一婦天皇制的見方も非伝統的です。


▽皇后は太陽か

4、しかし皇太子はお一人である。両陛下の若いころとまったく違う。皇后さまは明るく光り輝いているが、現在の雅子さまは非常に暗い。

 橋本さんの皇室論は、両陛下を持ち上げるだけ持ち上げ、返す刀で皇太子妃殿下に斬りかかるのが最大の特徴です。

 皇太子殿下が1人なのは、藩屏(はんぺい)の不在が原因です。そのことは今上陛下も同様です。級友と称する人でさえ、この程度なのですから、皇后陛下がめいっぱい支えているというのが現実でしょう。その結果、一夫一婦天皇制のように見えるのだと思います。

 橋本さんは、皇后陛下を太陽神である天照大神になぞらえ、明るい女神であり、天照大神のように光り輝いている、と表現していますが、神道学的にいえば、天照大神は皇祖神であって、太陽神ではない、という議論があります。

『日本書紀』は、大神が「天下の主者(あめのしたのきみたるもの)」として誕生されたと明記しているだけです。津田左右吉が指摘したように、神代史に太陽の自然説話はありません。

 まして皇后が太陽に比すべきお立場なのではありません。皇后が天皇の御位(みくらい)を継承するのではありません。皇后の輝きは天皇の存在を前提としています。けっしてその逆ではありません。

 笑顔の輝きを称えるのなら、世界を魅了した香淳皇后の「皇后スマイル」を忘れるべきではありません。橋本さんは皇后陛下を賞賛するあまり、ここでも昭和天皇・香淳皇后の功績を軽視しています。

 橋本さんは、皇后さまは日本人が幸せになる源です。美智子皇后は天皇とご一緒にそれを築き上げ、まさに源となられました。しかし雅子さまはそういう存在になれるでしょうか。雅子さまは非常に暗い、と論を進めるのですが、西尾幹二先生の東宮批判と同様の過ちを犯しています。

 西尾先生は君主の徳を皇太子殿下に要求しましたが、橋本さんは皇后の徳を妃殿下に求めています。現行憲法も「皇位は世襲」と定めています。本来、天皇統治は徳治主義とは無縁なのです。

 当メルマガが何度も引用してきたように、順徳天皇の「禁秘抄」(1221年)は天皇第一のお務めは祭祀であると明記しています。歴代天皇は、国と民のためにひたすら祈り、命の儀礼を受け継いでこられた。橋本さんがおっしゃる「徳」はその結果です。しかし妃殿下の場合は、御代拝の機会さえ奪われています。それでも橋本さんは、妃殿下に罪あり、と責めるのですか。


▽「皇后さま」天皇制

5、皇后さまのご体調が心配だ。何が起こってもおかしくない。国民は皇室のあり方を真剣に考えるべきときである。皇室問題を公の議論の場に引っ張り出すことを天皇陛下はお約束されている。国民的な議論を起こすことが皇室の健全なあり方を決めていく。

 橋本さんは太陽である皇后陛下のご健康がとりわけ心配のようですが、ご高齢で、しかも療養中の天皇陛下については言及がありません。これはまるで「皇后さま」天皇制です。

 議論が必要なことは同感ですが、橋本さんのようなやり方は健全でしょうか。陛下が議論を「約束」されたとも思えません。

6、天皇皇后両陛下は沖縄や障害者にみずから心を寄せてこられたが、このようなことがなぜ東宮から聞こえてこないのか。来年は日韓併合100年、反日感情が高まる。天皇が行かれないなら、皇太子さまに率先して私が行きますといっていただきたい。

 両陛下が社会的に弱い立場の人たちに心を寄せてこられたのは事実です。それは、わがしろしめす国に飢えた民が1人いても申し訳ない、とすべての国民と命を共有する儀礼を日々、欠かさない皇室の伝統に発しています。

 また、両陛下の行動はいたって控えめです。政治的でもありません。しかし橋本さんには控えめさ、非政治性が見えないようです。


▽東宮大夫の頻繁な首のすげ替えは「事実」か

7、皇太子さまは、天皇を襲位される資質は申し分ないが、近年は残念に思う。雅子さまに影響されたからだ。オクに入ると、完全に雅子さまの判断、常識、主張になってしまう。別人になってしまった。

 なぜそのように見えるのか、が最大の問題です。

8、「人格否定」発言の前、東宮職人事を点検したが、東宮大夫だけでも4人を数え、東宮侍従長も平成14年までに7人も代わっている。首のすげ替えが頻繁に行われた客観的な事実は、先行する形で発生した異変を予知する動きではなかったかと考えた。

 東宮大夫について調べると、次のようになります。

  菅野弘夫 平成元(1989)年5月~6年4月(4年11か月)
  森幸男  6年4月~8年1月(1年9か月あまり)
  古川清  8年1月~14年5月(6年3か月あまり)
  林田英樹 14年5月~18年4月(4年弱)

 両殿下の結婚の儀が行われたのは平成5(1993)年、「人格否定」発言は16年5月ですから、この間、たしかに東宮大夫は4人代わっています。

 しかし妃殿下が「暗く」なったのはここ10年です。発端は11(1999)年暮れの朝日新聞による「懐妊の兆候」スクープと流産の悲劇です。翌年の12年2月に皇太子殿下は「プライバシー発言」をされ、それから4年後の16年5月、人格否定発言は飛び出しました。

 橋本さんの議論にはこの経緯がまったく欠けています。妃殿下の「暗さ」を招いた内的要因にのみ注目し、外的要因を無視しています。一面的な現代史理解です。

 懐妊スクープから人格否定発言までなら、東宮大夫は2人で、頻繁に首がすげ替えられた、という「客観的な事実」はありません。


▽妃殿下に徳を求めるのは誤り

9、最近、野村東宮大夫から妃殿下の病気は「精神疾患」とはっきり聞いた。「よくないときの妃殿下のお姿を外に出したら大変なことになる」ともいっていた。小和田恒氏とは会っていない、東宮職医師団が侍従になってしまうような状況が一時期あったという。

10、皇太子さまと雅子さまの「ロオジエ」事件は、私が学習院高等科時代に陛下と決行した「銀ブラ」事件と根源的に違う。悲壮感漂う勇気と決断が必要だったのに対して、あまりに気楽な日常茶飯事めいている。

11、陛下は平成16年の誕生日前の文書回答で、「時代に即した新しい公務」を求めた皇太子ご夫妻の気持ちは尊重するが、勝手は許さないとも申された。東宮ご一家のお出かけは場合によっては居合わせた人たちに迷惑をかける。主権在民の立場を捨て、皇太子妃の御位に就くことは民間の生活の全否定であり、意識上の区切りが求められる。皇后になられる方は尊敬されなければならない。

 すでに書いたように、また拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』にくわしく書いたように、妃殿下に徳を求めるのは誤りです。日本の古典はとても尊敬の対象とはいえないような天皇を天皇として記録しています。

12、両陛下は「雅子妃の病が皇室の環境のなかにあるストレス因子による」といういわれ方にいたく傷ついておられる。いちばん心配しているのは、天皇が心因性の出血痕が認められたことで、これほどまでの心労を察すると、「民間立妃の失敗」という観点からの意見が出ていることに関係している。

 西尾先生もそうでしたが、妃殿下の病因が「皇室という環境にある」と考えれば、「別居」「離婚」あるいは「民間立妃の失敗」ということになりますが、拙著に書きましたように、皇室という環境そのものではなく、皇室のなかのある状況ではないかと私は考えています。

 いずれにしても、妃殿下にまで徳を求めようとするところに、誤りがあります。


▽初代象徴天皇

13、雅子妃がご病気を克服されるため、徹底的に治療する環境をつくるのは1つの方策で、それは別居して治療に専念することだ。もうひとつは離婚、もうひとつは廃太子、つまり秋篠宮を皇位継承第1位にする方策もある。

14、「勝手な皇室像を押しつけている」わけではない。そんなことをいえば、両陛下の象徴天皇をつくられてきた努力の歩みを否定することになる。試行錯誤しながら、お二人は「国民と共にある」皇室の経営に即した生き様に到達した。お二人が一人になったかと見まごう姿が戦後皇室のあり方ではないか。

15、「東宮職医師団」は妃殿下の「健康」をどの状態に戻そうとしているのかを明快にすべきだ。東宮妃という機能性だけを見れば、喪失している。どの状態に戻すか、治るのか、治らないのか、すべてが中途半端だ。

16、皇太子さま、秋篠宮さま、黒田清子さまのごきょうだい3人で皇位継承について、話し合っていただき、天皇に判断を仰ぐのがベストだと思う。

 指摘すべきことはほとんど申し上げたと思います。歴代天皇は祭祀を天皇第一のお務めと考えてこられました。今上陛下も皇位継承後、皇后陛下とともに、祭祀を学び直され、昭和天皇の晩年、側近たちによって破壊された祭祀の正常化に努められたと聞きます。

 しかし級友だという橋本さんの皇室論には、そのような証言は見当たりません。橋本さんの皇室論に従えば、今上天皇は125代天皇ではなく、いわば初代象徴天皇です。そのような皇室論を国民的に議論しようと呼びかけ、「廃太子」まで勧告することが、級友のすることだとは、私にはとうてい理解できません。

 などと書いているうちに、著書の本文を読み進むことができませんでした。次回は間違いなく、読んでみることにします。

政権交代は「掛け声」であり「政策」ではありません。

世界日報 8月4日

【ビューポイント】民主党の基本政策の危うさ
  安全保障のあり方如何
   国の根幹をなす教育問題は


評論家 太田 正利


 都議選は民主党の圧勝に終わり、来るべき衆議院選では与野党逆転の可能性が濃厚である。元々小選挙区制度を導入した理由の一端は、政権交代を目指して各党が切磋琢磨する点に存した。ただし、そこには、国家の基本を揺るがすが如き相違なしという前提があった。近い将来の衆議院選における政権交代を視野に入れた場合、野党陣営の内外政策は如何。民主党は、元々右から左までの多くの政党の寄せ集めで、基本問題における政策の一致が必ずしもなく、外交、防衛、憲法、教育など国の根幹に係る問題に関する政策が曖昧である。なお、「政権交代」という掛け声は「政策」ではない。


 鳩山代表のいう「友愛政治」は感情的には理解し得るが、具体性を欠く。「価値観の異なる社会とも共存する友愛外交」とか「地球市民としての自立と共生が友愛の精神」などと言っているが、世界の実態と合致するのか、金正日将軍とも友愛精神で行くのか。さらに、憲法問題では改憲論、かつ「普通の国」論で保守派の期待を集めていた小沢一郎氏が国連原理主義者に転換し、国連決議さえあれば憲法など無視して良いかの如き発言すらあった。最近の安全保障に関する在日米軍再編問題で、米第7艦隊の存在だけで米の極東におけるプレゼンスは十分などの発言がこの問題に関する同氏の認識を示すものだ。また、鳩山代表はかつて「常駐なき安保」を主張したこともあった。要するに、今や日米同盟に変革さるべき日米安保に対する認識がこの程度のものなのか。


 国際政治の現実は生易しいものではなく、食うか食われるかの闘争、かつてトーマス・ホッブスが言った自然状態とは闘争状態、即ち「万人の万人に対する闘争」である。今や日米安保も一方的に米に依存するのではなく、日本としても応分の役割を果たすべきで、集団的自衛権の承認などは当然のことだ。しかしながら、海上自衛隊によるインド洋での給油活動は「戦争参加そのもので違憲」(小沢代表代行)との意見があったり、その根拠法たるテロ対策特別措置法にも元来反対だった。ただ、政権に近づいたと見た民主党はその公約に「給油停止」を記載しなかったし、また、7月23日の09年版政策集では、自衛隊派遣も可能かの表現があった。事実、米国内には新たな「日米同盟に摩擦」等厳しい見方が広がっている。

米専門家の間では、民主党がインド洋における給油活動、米海兵隊普天間飛行場の移設計画等同盟の根幹を成す安保政策に反対していたことから、将来両国間に不協和音が生ずると見る向きが多いようだ。それに、北朝鮮関連船舶に対する貨物検査法案が廃案となった。我が国は、本件制裁問題につき国連において関連決議案成立の原動力ともなってきた。今になって「俺ハ出来ナイヨ、皆デヤッテクレ」と言えた義理か。ただ、前記の政策集では海賊対処も現実的にと豹変したようだ。


 そもそも、国の安全保障については民主党内においても健全な考え方を示す向きもかなりある。しかしながら、党全体としてはこれが一致した結論にならない。というのは、党内に旧社会党系の人材が多く含まれているからだ。この事実は国内問題にも反映している。特に日本の将来の骨組みを作るべき青少年の教育問題において然りである。現在民主党には日本民主教育政治連盟、つまり日教組議員が8名程存在している。同連盟会長の輿石議員は党最高幹部だが、「教育の政治的中立と言われても、そんなものはありえない」と発言される程だ。国旗・国歌問題などで現在でも物議を醸している組合が、将来民主党政府から「御墨付」を得た暁に如何なる態度を執るかは明らかであろう。


 憲法問題でも安倍内閣の平成19年5月に憲法改正のための国民投票法が成立した。しかし、その後は民主党の動きもあり作業は停滞しているし、他の多くの民主党の政策に疑問を呈する点が多々存在する。スペースの関係上ここにその一部を列挙するに留める。在日韓国人への参政権付与の問題(筆者は明確な理由からこれに反対である。2月11日付本欄御参照)、「恒久平和調査局」新設法案(調査対象は主に戦時中の日本による加害行為)、「戦時性的強制被害者問題の解決促進に関する法律案」、靖国神社に参拝せずの明言、国旗・国歌の問題等々。これら国家観・歴史観のからむ党内の意見対立は単に民主党のみならず、国の今後のあり方に重大な影響を及ぼすことになりそうだ。
 

今や、国民はメディアが煽る「風」に曝されている。政治家も実のある議論よりも寧ろ耳に良い響きを奏でている。選挙民はここに眼光紙背に徹し、何が真実かの追求をせねばなるまい。今一度言おう。「政権交代」は掛け声であり、「政策」ではないのだ。
(おおた・まさとし)

今情報が入りました。
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今、情報があり、横浜市の18の採択区のうち、
8つの採択区で「自由社」が採択されました。
公平な評価がなされたことに感謝いたします。
タブーはすでに破られました。
他の地区でも、可能性を追求しましょう。
よろしくお願いいたします。

改めて英霊の御霊に感謝申し上げます。


靖國神社の英霊にこたえる道

生き残った者の役割


祀られる246万6千余柱


(社)日本国際青年文化協会会長・英霊にこたえる会会長 中條 高”
 今年の靖國神社の「みたま祭り」は家族連れや若い人達で連日賑わっていた。
 大鳥居から神殿まで神域の殆どが黄色の提灯で埋まっていた。靖國に眠る英霊に対する世に言う「お盆まつり」なのである。
 今年の一月七日、南部利昭宮司が、朝に昭和天皇の遙拝式をされた直後、まさに昭和さまに殉ずるが如くにあの世に旅立たれた。
 
その2日前に筆者の関係する団体の会合でご挨拶をいただき、この後2人で靖國の明日を熱っぽく語り合った直後だけに俄かには信じ難い出来事だった。

 急激にその数の減りつつある戦友会の対策として、若者たちの理解を深めようと、南部さんと大阪護国神社で勉強会など開催していただけに彼の死に暗澹たる気持にならざるを得なかった。

 しかし、靖國神社の後継宮司はマスコミの注目するところとなり、その選任は難航を極めた。三井権宮司ら幹部のご心労及びご労苦は想像を越えるものがあった。

 一国を代表する総理が、その就任に先だってわざわざ靖國神社の参拝はしないと公言するような、わが国の現状からすれば、このような難産は容易に発生する事態とも言えよう。

 しかし、南部宮司誕生の経緯、そしてその宮司の突然の死、その後継問題については天皇さまが一番ご宸襟を悩まされておられるに違いない。このような事態はなんとしても祀られている英霊にお詫びしようがない。
 悶々の日々が続く。

 神社の関係ある方々のご努力によって、京極高晴なる願ってもないような立派な宮司が誕生した。丹波の国の殿様である。
 ご宸襟を忖度し奉り、安堵の胸を撫でおろす。このような悩み多い経緯を辿っていた靖國神社と極めて深いかかわりのある「英霊にこたえる会」という大組織がある。

 昨年からその会長である堀江正夫氏から後継を迫られていた。
 筆者の早朝6時の靖國詣では43年の月日を数える。凍てつく真冬の朝も、嵐の朝も欠かすことはない。

 職業軍人の道を歩み、戦い敗れて生き残った者として、至極当たり前の役割と心得て、住まいまで神社の近くに構えて、この「行」とも称すべき靖國詣でを続けてきた。その意味では「英霊にこたえる」心根は誰にも負けない自負は持っているが、初代会長が石田和外最高裁長官、2代会長が井本臺吉検事総長、3代会長が陸士10期先輩であり、参議院議員であった堀江正夫氏と続く余りにも重く、高い会長の座に辟易したことも事実であった。

 それよりも、一部上場会社の役員をしていると屡々、政策委員とか経済対策委員などを委嘱される。筆者は青春の全てを国家に捧げてあの大挫折を体験した。国家中枢を歩んでいるとの自負を持っていただけに、終戦前後の先輩同僚の自決や精神の異常をきたす人達と切なく接してきた。

 国家に協力しないのではなく、あくまで草莽に生き抜き、ささやかなりとも野に在って一灯で一隅を照らす生涯を送ろうと自らに言い聞かせていた。このような考えで生き抜いてきた筆者としては、いくら尊敬する陸士の先輩と雖もお引き受けするわけにはいかなかった。

 1年余ご関係のある方々の誠意あふれる説得が続いた。そのような時に先述の南部宮司急逝に遭遇した。

 告別の日、棺に安らかに眠るが如き南部宮司の死顔を拝んだ瞬間筆者の覚悟はついた。
 棺の中の南部さんが筆者のこのひるみを詰るようにさえ見えたのだ。会長お引き受けの覚悟をした瞬間であった。

 思えば今年は明治帝が「我國の為をつくせる人々の名をむさし野にとむる玉垣」(本殿掲額のご宸筆)の思し召しで創建された招魂社(靖國神社)の140年に当たる。既に戦後が靖國の歴史のほぼ半分を占める。

 中曽根首相以来、8月15日の首相の公式参拝も途絶え、総理就任に当たり、靖國参拝はしないとまで宣言する異常さ。春秋の靖國の例大祭には必ず天皇が勅使を遣わされるか、お供え物を賜る。

 私的か公的かとしつこく迫るマスコミがこの勅使参拝は一切国民に伝えない。
 あげたら切りがない。靖國に祀られる246万6千余柱の英霊にこの国家、国民は全く応えていない。
 「八風吹不動天辺月」
 の気概で「英霊にこたえて」いきたい。
(なかじょう・たかのり)

ウイグル人への弾圧はまだまだ熾烈を極めています。
何人逮捕したら気が済むのか。
ウイグル人の闘いに敬意を表します。


ウルムチ警察、「7.5」事件容疑者319人を新たに逮捕

>>特集

 ウルムチ市公安機関はこのほど、ウルムチ「7.5」暴力犯罪事件の容疑者319人を新たに逮捕した。警察は、断固として、同事件の容疑者を一人残らず法に依り制裁を課し、各民族の人々に対して申し開きをする方針だ。

 公安機関が7月30日、新聞・ラジオ・テレビなど各メディアを通じ、警察による調査や民衆からの告発によって摘発・逮捕された容疑者と逃走中の指名手配犯に関する情報を一般公開した。その後、情報公開に刺激された一般民衆からの告発や摘発がぐんと増え、逃走犯に関する数多くの手がかりが公安機関に寄せられた。また、公安機関は、徹底精査や聞き取りなど様々な捜査方法を駆使し、一部の逃走犯をウルムチおよび新疆ウイグル自治区のその他地域で逮捕した。(編集KM)

 「人民網日本語版」2009年8月3日


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