老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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永山英樹さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」より転載。
台湾の苦悩を他山の石とすること。でなければ、台湾の二の舞となる。
深刻な問題が台湾で発生している。



偽装結婚に工作員―流入中国人「参政権」問題での台湾の苦悩と危機を見よ

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1026.html

台湾では近年、女性の地位の向上に伴い、男性が中国、インドネシア、ベトナムなどの外国人女性と結婚するケースが高まっている。そのため二〇〇三年には、結婚したカップルのうち、国際結婚が三二%にもなっている。そして配偶者の国別で最多だったのが中国人で、全体の六四%をも占めた。当時、「大陸新娘」(中国人花嫁)の数は、すでに二十四万人ほどに達していた。

しかしこれによって大きな社会問題も発生した。

先ず第一に、財産目当ての結婚が多発した。戦後、国府軍によって台湾へ連れてこられた元兵士の高齢者と結婚し、やがて相手が亡くなれば、遺産のほかに政府支給の家を受け取り、さらには生活補助金の半分の額を引き続き受給することができるからだ。

そしてもう一つは偽装結婚で、これが全体の四分の一を占めていた。結婚のために来台して姿をくらまし、多くは売春家業などに精を出すのである。

そこで政府はこれを防ぐため、外国人配偶者には結婚から三年間は身分証(公民権)を与えないとする規定を強化し、中国人に対してだけは八年間とした。また中国人には結婚後も、年間の来台者数を制限するなどで厳格に臨んだ。

だが中国人配偶者にだけ厳しい規制を設けるのには他にも理由がある。それは「安全保障」への配慮だ。

そもそも中国人は台湾で暮らしても、アイデンティティは台湾ではなく、中国に対して持ち続けるものと見られている。つまり台湾よりも中国を愛し、そこに忠誠心を抱くというわけだ。

増大一方の中国の脅威に直面する台湾で、このような人々にやすやすと参政権(公民権)を与えてしまえばどうなるか。二〇〇二年、台湾で生まれた新生児中、百人のうち四人の母親は中国人だった。このように中国を祖国とする人口が増大し、大きな政治勢力を形成したらどうなるのかが問題となったのだ。

そこで二〇〇二年、公民権取得期限を八年から十一年に延長する修正法案が出された。もしこのままで行けば、「二〇一六年には四十一万人が身分証を取得することになる」(政府関係者)と言った懸念があったからだ(後に修正案は見送られる)。

そこでこれに対し、中国にアイデンティティを持つ在台中国人(外省人)の統一派政治勢力が、「大陸新娘」を動員して反対デモを行なった。これは、その「二〇一六年」に実施される総統選挙に向けた統一派(あるいはその背後の中国)による策謀と見られた。

その後も中国人配偶者を動員した規制撤廃、差別反対を求める「人権」デモはたびたび行われている。

その後、さまざまな制限強化が奏功して偽装結婚は減少したが、大陸委員会によれば、それによって「密入国が工作員の主要な入国手段となった」そうだ。つまり偽装結婚には、スパイの入国工作の側面もあったのだ。

来台した中国人配偶者や、それが本国から呼び寄せた家族たちには、軍事基地の近隣に居住する傾向も目立った。またそうした地域で、軍人を相手にする風俗店に勤め、ハニートラップ工作を行う事例も現れた。

こうしたことから国民の多くは、中国人配偶者への公民権取得制限を支持した。二〇〇四年の世論調査によると、四三%が厳格な制限を、三六%がある程度の制限を求めた。制限反対は二〇%だった(外省人の人口比率は十数%)。ちなみにすべての外国人配偶者に厳格な制限を求めたのは三七%であり、台湾人社会の中国人への警戒心がいかに強いかが分かるだろう。

かくして外国人配偶者の占める割合は、三二%に達した二〇〇三年以降、年々下降傾向が見られる。〇四年は二四%、〇五年は二〇%、〇六年は一七%、〇七年は十八%、〇八年は一四%と言った具合だ。

そして外国人配偶者に占める中国人配偶者の割合も、二○○三年の六四%をピークに減少している。〇四年は三四%、〇五年は五〇%、〇六年は五八%、〇七年は六〇%、〇八年は五六%だ。

ところが内政部(内務省)が一月十五日に発表した「国民結婚統計」によると、〇九年の結婚件数は不景気の煽りで十一万七千件。前年比で二四・四%と大幅な減少を見せた一方、外国人との結婚件数は二万二千件で前年より〇・九%の微増。全体に占める割合は一八・七%(前年比一四%増)となった。そしてさらにそこに占める中国人との結婚件数は六〇・六六%にも及んでいる。

件数で言えば一万三千二百九十四人で、前年比の四・三%増。台湾が統治する福建省の金門島・馬祖島地区では、結婚件数の四一%が外国人とのもので、その九割は中国人が相手だ。

内政部によると、〇八年の段階で中国人配偶者数は、すでに二十七万四千百七十三人にも達している。

この中国人配偶者が再び増加傾向を示す現象について台湾紙自由時報(一月十六日)は、馬英九政権の政策(※所謂「中国傾斜」政策)の動向と符合しており、深刻な移民危機を形成していると警鐘を鳴らすのだが、これは日本社会に対する警鐘ともなるのではないか。

ちなみに「中国傾斜」とは、中国の影響下へと自ら参入して行くことだが、馬英九の国民党政権と同様、日本でそれを強める民主党政権が提出しようとしているのが外国人地方参政権付与法案だ。

その「外国人」のうち、今後最も数が急増し、そして最も日本の政治に影響力を行使するものと見られるのが中国人なのである。

朝日新聞が一月十六、十七日に実施した全国世論調査によれば、「永住外国人に地方選挙で投票する権利を与えること」に賛成が六〇%で、反対はわずか二九%だった。

中国人が社会に浸透する恐ろしさを、日本人は台湾人ほどは理解していないようだ。これは民主党が外国人に選挙権を与えることで生じるマイナス作用について説明を回避しているからだ。

もちろんこうした危険な法案を敢えて作り出す以上、そのようなことは口が裂けても触れるまい。法案実現を急ぐのは、国民間で賛否の議論が始まり、反対世論が巻き起こるのを恐れているからだろう。

そして民主党内部では国民の油断を衝き、不法滞在者にまで国籍を付与する外国人基本住民基本法を制定する動きも見られる。すでに千葉景子などは法相でありながら、そうした外国人を許容する言動を見せている。しかし中国人の不法滞在は、日本にとっては深刻な治安・安保問題となっているはずだ。

こうした民主党政権の亡国政策を食い止めなければ、社会は中国共産党が次々と送り込む人々の跋扈するところとなるだろう。そして台湾がすでにそうなりつつあるように、入り込んだ中国人たちの権利要求は止まることを知らず、それに対して「やさしい」国民は摩擦を恐れて抵抗できず、あるいはそれに呼応するとの亡国行為に出て、不正、犯罪、陰謀に満ちた暗黒状況に陥ることだろう。

国民の覚醒こそが急務である。

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情勢の変化で自説の不十分さを認識し、撤回を表明するという真摯なお姿に共鳴します。







外国人参政権 長尾教授一問一答「読みが浅かった」 国家解体に向かう

 (産経 2010/1/29)


 外国人への地方参政権付与は合憲としてきた長尾一紘(かずひろ)・中央大

教授が、従来の考えを改め、「違憲だ」と明言した。主なやりとりは次の通り。


 --地方参政権を認める参政権の部分的許容説に対する今のスタンスは


 「過去の許容説を変更して、現在は禁止説の立場を取っている。変える決心

がついたのは昨年末だ」


 --部分的許容説を日本に紹介したきっかけは


 「20年くらい前にドイツで購入した許容説の本を読み、純粋に法解釈論と

して合憲が成立すると思った。ただ、私は解釈上は許容説でも、政策的に導入

には反対という立場だった」


 --許容説から禁止説へと主張を変えたのはいつか


 「民主党が衆院選で大勝した昨年8月から。鳩山内閣になり、外国人地方参

政権付与に妙な動きが出てきたのがきっかけだ。鳩山由紀夫首相の提唱する地

域主権論と東アジア共同体論はコインの裏表であり、外国人地方参政権とパッ

クだ。これを深刻に受けとめ、文献を読み直し、民主党が提出しようとしてい

る法案は違憲だと考え直した」


 --考え直した理由は


 「2つある。1つは状況の変化。参政権問題の大きな要因のひとつである、

在日外国人をめぐる環境がここ10年で大きく変わった。韓国は在外選挙権法

案を成立させ、在日韓国人の本国での選挙権を保証した。また、日本に住民登

録したままで韓国に居住申告すれば、韓国での投票権が持てる国内居住申告制

度も設けた。現実の経験的要素が法解釈に影響を与える『立法事実の原則』か

らすると、在日韓国人をめぐる状況を根拠とすることは不合理になり、これを

続行することは誤りだと判断した」


 --もうひとつは


 「理論的反省だ。法律の文献だけで問題を考えたのは失敗だった。政治思想

史からすれば、近代国家、民主主義における国民とは国家を守っていく精神、

愛国心を持つものだ。選挙で問題になるのは国家に対する忠誠としての愛国心

だが、外国人にはこれがない。日本国憲法15条1項は参政権を国民固有の権

利としており、この点でも違憲だ」


 --ほかには


 「許容説の一番最先端を行っているドイツでさえ、許容説はあくまでも市町

村と郡に限られる。国と州の選挙の参政権はドイツ国民でなければ与えられな

い。一方、鳩山首相は地域主権論で国と地方を並列に置き、防衛と外交以外は

地域に任せようとしている。最先端を行くドイツでさえ許していないことをや

ろうとするのは、非常に危険だ」


 --政府・民主党は、外国人地方参政権(選挙権)付与法案を成立させたい

   考えだが


 「とんでもないことだ。憲法違反だ。国家の解体に向かうような最大限に危

険な法律だ。これを制定しようというのは単なる違憲問題では済まない」


 --外国人に地方参政権を付与した場合の影響は


 「実は在日韓国人より、中国人の方が問題だ。現在、中国は軍拡に走る世界

で唯一の国。中国人が24日に市長選があった沖縄県名護市にわずか千人引っ

越せば、(米軍普天間飛行場移設問題を焦点とした)選挙のキャスチングボー

トを握っていた。当落の票差はわずか1600票ほど。それだけで、日米安全

保障条約を破棄にまで持っていく可能性もある。日本の安全保障をも脅かす状

況になる」


 --学説の紹介が参政権付与に根拠を与えたことは


 「慚愧(ざんき)に堪えない。私の読みが浅かった。10年間でこれほど国

際情勢が変わるとは思っていなかった。2月に論文を発表し、許容説が違憲で

あり、いかに危険なものであるのか論じる」

文末に斎藤吉久氏の以下のコメントがありますがあえて文頭にもご披露しました。
佐藤さんのご了解を得て、佐藤さんのウェブサイト「教育勅語・国家神道・人間宣言」〈http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/index.html〉から転載させていただきました。読者の便宜を考え、適宜、編集を加えています。



大いに勉強になりましたので皆様にもご紹介します。




 「国家神道」異聞 (佐藤雉鳴)     第1回 神道指令の「国家神道」


◇1 正体不明の「国家神道」

「国家神道」というものの正体が分からないままに、今日に至っている。

 ここでいう「国家神道」とは、昭和20年12月15日のGHQ神道指令にある「国家神道」の意である。ポツダム宣言、神道指令を経て、日本国憲法第20条そして第89条が制定されている。なかでも神道指令は、「国家神道」というものを定義して、国家行政と神道を厳格に分離させようとしたものである。

 しかしこの「国家神道」なるものの正体はあいまいであり、国家の神社行政の中には、つまり神社関係法令のなかには、神社は非宗教、とするものしか見当たらない。むろん教義もない。

 法令をあげると、次のようなものである。

明治15年 神官教導職の兼補廃止(神官は非宗教家、府県社以下は別途)
明治33年 神社局設置(神社非宗教、神社のみ担当)
昭和15年 神祇院官制(神祇院の設置、神官職督励)

 教義がなく、法令上も「国家神道」を特定できるものがない状態で、「国家神道」という言葉のみがさまざまに用いられている。

 葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』は神道人としての見解であるが、一言でいえば国家神道なるものは神道の範囲内にはなかった、というものである。次の文章が簡潔にそれを表わしている。

「帝国政府の官制上、神社神道──戦後の用語では国家神道──の最高機関である神祇院は、非宗教であるのみでなく、思想論争などにはまったく関与しない、非イデオロギーに徹していたといい得る。これが明治以来のいわゆる国家神道の真相である」(引用に際して適宜編集した。以下同じ)


◇2 教理を明らかにしていない「神道指令」

 では、国家神道を規定したGHQ神道指令はどうだろうか。神道指令とは「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件」というものである。

「神道の教理ならびに信仰を歪曲して日本国民を欺き、侵略戦争へ誘導するために意図された軍国主義ならびに過激なる国家主義的宣伝に利用するがごときことのふたたび起ることを防止する」

 神道の教理は明らかにされていない。

 ただ、次の文言は少し具体的に述べている。

「『軍国主義的ないし過激なる国家主義的イデオロギー』なる語は、日本の支配を以下に掲ぐる理由のもとに、他国民ないし他国民族に及ぼさんとする日本の使命を擁護し、あるいは正当化する教え、信仰、理論を包含するものである。
 (1)日本の天皇は、その家系、血統あるいは特殊なる起源のゆえに、他国の元首に優る、とする主義
 (2)日本の国民は、その家系、血統あるいは特殊なる起源のゆえに、他国民に優る、とする主義
 (3)日本の諸島は、神に起源を発するがゆえに、あるいは特殊なる起源を有するがゆえに、他国に優る、とする主義」

 ここにある「主義」が「国家神道」の思想ということだろう。しかし特殊なる起源という古伝説は、古い国ならどの国にもあって不思議はない。そして、これらがなぜ「過激なる国家主義的イデオロギー」となったのか、は説明されていない。


◇3 事実に基づく定義がない

 このGHQ神道指令にある「国家神道」を、事実に基づいて定義をした著作は見当たらない。

「国家神道」についての著作で代表的なものは、前述の葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』と村上重良『国家神道』である。あとはこの2冊の系統本かこれらに対する批判本しか見つけられない。そして「国家神道」の正体を、事実に基づいて明確に説明できた著作は1冊も存在しない。

 村上重良『国家神道』に次の文章がある。

「国家神道は、近代天皇制の国家権力の宗教的基礎であり、国家神道の教義は、帝国憲法と教育勅語によって完成した」

 伊藤博文『憲法義解』のどこを読んでも、「国家神道」の教義をもとに帝国憲法が制定された、とは書いていない。また教育勅語は、徳育に関する明治天皇のお言葉であって、草案作成者井上毅のいわゆる起草七原則にも、「国家神道」の教義は出てこない。そして少なくとも大日本帝国憲法や教育勅語の制定された明治22、23年までに、国家神道の教義があった、とする事実に基づく著作は発表されていない。


◇4 成果が上がらない「国家神道」研究

「ファシズムの時期における国家神道の軍事的侵略的教義の展開は、国家神道の本質の顕在化であった」(村上)

「国家神道」の軍事的侵略的教義について、その所在は示されていない。民間の思想家に軍事的侵略的教義を語る者はいたかもしれない。しかしそれと国家とは関係ない。また神道と軍事的侵略的教義の関係も見出せない。村上重良『国家神道』は事実に基づかない言説に満ちている。

 だが、たしかに文部省『国体の本義』には現御神(明神)・現人神としての天皇が述べられている。この神がかり的な文章をどう解読すれば良いのだろうか?

 明治維新から終戦までの我が国の神社行政を研究した著作はあるが、GHQ神道指令にいう「国家神道」の研究とは違うようである。いわば我が国の近現代神社行政史ともいうべきものである。「国家神道」という項目はあっても、ここから神道指令の「国家神道」を解明することには、どの著作も成功していない。

 また、葦津珍彦や村上重良らの著作を批判したものも出版されているが、論を論じたものがほとんどで、神道指令にいう「国家神道」の正体は、一向に明らかにされていない。

 我が国では、日本国憲法第20条と第89条を政教分離条項などとして、不毛な議論をしているのが実態である。その基となった神道指令の国家神道を明らかにせずして、まともな議論ができるはずはない。

 いったいなぜ、これほど永く国家神道研究の成果があがらなかったのだろうか?


◇5 事実を誤る「靖国訴訟」判決

 平成16年4月7日、福岡地方裁判所は、国および小泉純一郎総理大臣を被告とする、いわゆる靖国訴訟において、その判決を言い渡した。この判決文にはいくつかの疑問がある、と言わざるを得ない。

 判決文の認定事実、「靖国神社の沿革および性格」には次のような文章がある。

「(オ)国家神道に対しては事実上、国教的な地位が与えられ、キリスト教系の学校生徒が神社に参拝することを事実上強制されるなど、他の宗教に対する迫害が加えられた」

 文中に「事実上」とあるのは、法令上には無いということを自覚している、と読んでよいだろう。前述のように、専門家でも「国家神道」を特定する法令は見つけられないはずである。「事実上」の意味は、法を拡大解釈した現場担当役人による個別の過剰行為等を指している、としか思えない。それらの行為から国家神道の概念を語ることは、聞く者に誤解を生じさせるだろう。

 帝国憲法第28条「日本国民は安寧秩序を妨げず、および臣民たるの義務に背かざる限において、信教の自由を有す」を、「条件付き」というのは度が過ぎる。安寧秩序を妨げても良い、とするなら条項は必要ない。

 この文章は事実に基づかず、誤った国家神道本で得た知識の上に立ったものである。国家神道を定義するなら、法令・教義等を明らかにすべきである。


◇6 国は「国家神道」概念を認めている?

「(カ)昭和21年2月2日には、神祇院官制をはじめ、神社関係の全法令が廃止され、国家神道は制度上も消滅し、……靖国神社は……単立の宗教法人となった」

 この文章についても同様である。

 神祇院を設置し、神官職の督励を目指した神祇院官制は昭和15年のことである。そしてその神祇院は『官国幣社特殊神事調』『神社本義』等を発行したが、他にはさしたる成果もないまま廃止となったことは周知の事実である。

 この昭和15年の法令のみをもって、「国家神道」云々、は無理がある。葦津珍彦のいうとおり、神祇院は非宗教である。また、「国家神道は制度上も消滅」したというなら、その制度を少なくとも明治以降の法令上の事実を根拠として語るべきだろう。

 原告らの主張はともかく、被告らがこれらのことについて一つも反論していないことに疑問が残る。つまり国が、この事実に立脚しない「国家神道」の概念を認めているということになるからである。

 認定事実に誤りがあれば、この判決は有効とは言えないものとなる。訴えた者、訴えられた者、そして裁く者の言い分すべてが事実に立脚していないとしたら、この判決は無効となってもおかしくないものである。(つづく)


 ☆斎藤吉久注 佐藤さんのご了解を得て、佐藤さんのウェブサイト「教育勅語・国家神道・人間宣言」〈http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/index.html〉から転載させていただきました。読者の便宜を考え、適宜、編集を加えています。

「友好」から遠い中国の脅威拡散
2010.1.26 産経新聞

      国際教養大学理事長・学長 中嶋嶺雄 


 鳩山由紀夫首相が主導する民主・社民・国民新党の連立政権下で、日米同盟が大きく揺れている。当面は沖縄の米軍基地問題未解決がその原因であるが、長期的には、中国の経済的・軍事的台頭、さらにその世界的な覇権獲得への衝動にたいして、戦後わが国を支えてきた日米安保体制はどうあるべきか、という重大問題に帰着する。

 この問題を考えるうえでのヒントとして、ここで米中関係の歴史を若干ひもといてみたい。

 ≪友好的だった米中の出会い≫

 中国とアメリカが外交上最初に出会ったのは、アヘン戦争直後1844年に結ばれた望厦(ぼうか)条約の交渉においてだ。この条約は香港のイギリスへの割譲をもたらした南京条約など当時の一連の不平等条約とは違って、中国(清)側に受け入れやすいものであった。

 アメリカも通商上の「門戸開放」を迫ったものの、他の列強諸国のように中国の領土を占拠しようとはしなかった。従って、米中関係は歴史の出発点において友好的だったのである。

 この条約はどこで結ばれたのだろうか。意外に知られていない事実ではあるが、マカオにある観音寺の境内だったのである。この辺りは当時、「望厦」と呼ばれた辺鄙(へんぴ)なところで、列強諸国に気付かれずに交渉するには絶好の場所であった。カジノで有名な現在のマカオ観光ブームでも観音寺を訪れる人は少ないと思うが、そこには条約を調印した石卓が碑文とともに今も残っている。

 ≪新冷戦下の微妙な対立関係へ≫

 二度目の出会いは対中干渉の色合いがより強い。それは1900年、義和団の乱のあとのアメリカを含む列強による歴史的な軍事干渉(北清事変)であった。しかしここでもアメリカは、帝政ロシアが旧満州を席巻しようとして、日露戦争を誘発したような出方はしなかった。

 たとえば、黒竜江(アムール川)沿岸・黒河鎮の対岸ブラゴヴェヒチェンスクで起こったロシアによる中国人大虐殺の隠された悲劇については、たまたまその場に居合わせた石光真清が『曠野の花』(中公文庫)でリアルに記しているが、アメリカはこれらの情勢にも無関係であった。そして辛亥革命後の中華民国の時代、さらに中国内部で中国共産党による革命運動が進む時期でもアメリカは太平洋戦争で中国と共同戦線を張り、「援蒋ルート」への参加にも示されるような緊密な関係となる。そして国共合作下の抗日戦争を強く支援したのであった。

 こうした米中関係が完全な敵対関係になるのは、言うまでもなく第二次大戦後の1950年、アメリカ軍が国連軍として参戦した朝鮮戦争によってであった。北側から義勇軍として参戦した中国人民解放軍と直接戦ったのである。

 つまりこれは、アジアで激化した東西冷戦の結果であり、このことはベトナム戦争でも繰り返された。

 このような米中対決の構図が大きく変化したのがニクソン=キッシンジャー訪中による1971年の米中接近である。こうして宥和と敵対を繰り返した米中関係は最近、とくに2001年の9・11テロ以後は反テロ戦略の当面のパートナーとしての面を相互に利用しつつ、経済的にも金融や貿易面での相互依存関係を強めている。

 だが長期的にみると、中国や北朝鮮が共産党の一党独裁体制を維持し、アジアに依然として「冷戦体制」が残っているかぎり、さまざまな局面で新冷戦下での微妙な対立関係を続けるものと思われる。私がこれまで「米中冷戦」とか「米中新戦争」とか言い続けてきた所以(ゆえん)である。

 ≪正しい針路を決めた岸首相≫

 このように考えれば、中国や北朝鮮の独裁体制が消滅してアジア全域が民主化するまでは、その対抗システムとしての日米同盟は、単にわが国の安全保障のためのみならず、アジア太平洋地域の平和と安全のために不可欠だといえよう。

 今日の世界で中国を軍事的に攻略しようとする国などないのに、ひとり中国のみが軍事的膨張を続けている。経済成長に伴う甚大な環境破壊を地球規模でもたらし、人権や報道の自由を抑圧しネット情報を検閲して「脅威の拡散」を意に介しない巨大国家がわが国の目の前に存在しているのである。

 この台頭する中国の実像を見ずに、「日中友好」といった手垢(てあか)のついたスローガンを掲げて朝貢外交よろしく中国の指導者に擦り寄って媚態(びたい)を示したり、天皇・皇后両陛下のお心の広さを党利党略に利用するなどは、わが国の品格と尊厳を大いに損なうことになる。

 今年は、日米同盟の基礎を築いた日米安全保障条約改定から半世紀となる記念の年である。私も50年前には国会周辺で「安保反対」「岸を倒せ」と叫んでいた一人であるが、この半世紀のわが国の平和と発展を素直に見詰めれば、日米安保体制への道を開いた自民党の岸信介首相の決断がいかに正しかったかは明白である。

 今、日本の選択を誤ってはならない。(なかじま みねお)

3 「国家神道」異聞 (佐藤雉鳴)     第1回 神道指令の「国家神道」


◇1 正体不明の「国家神道」

「国家神道」というものの正体が分からないままに、今日に至っている。

 ここでいう「国家神道」とは、昭和20年12月15日のGHQ神道指令にある「国家神道」の意である。ポツダム宣言、神道指令を経て、日本国憲法第20条そして第89条が制定されている。なかでも神道指令は、「国家神道」というものを定義して、国家行政と神道を厳格に分離させようとしたものである。

 しかしこの「国家神道」なるものの正体はあいまいであり、国家の神社行政の中には、つまり神社関係法令のなかには、神社は非宗教、とするものしか見当たらない。むろん教義もない。

 法令をあげると、次のようなものである。

明治15年 神官教導職の兼補廃止(神官は非宗教家、府県社以下は別途)
明治33年 神社局設置(神社非宗教、神社のみ担当)
昭和15年 神祇院官制(神祇院の設置、神官職督励)

 教義がなく、法令上も「国家神道」を特定できるものがない状態で、「国家神道」という言葉のみがさまざまに用いられている。

 葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』は神道人としての見解であるが、一言でいえば国家神道なるものは神道の範囲内にはなかった、というものである。次の文章が簡潔にそれを表わしている。

「帝国政府の官制上、神社神道──戦後の用語では国家神道──の最高機関である神祇院は、非宗教であるのみでなく、思想論争などにはまったく関与しない、非イデオロギーに徹していたといい得る。これが明治以来のいわゆる国家神道の真相である」(引用に際して適宜編集した。以下同じ)


◇2 教理を明らかにしていない「神道指令」

 では、国家神道を規定したGHQ神道指令はどうだろうか。神道指令とは「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件」というものである。

「神道の教理ならびに信仰を歪曲して日本国民を欺き、侵略戦争へ誘導するために意図された軍国主義ならびに過激なる国家主義的宣伝に利用するがごときことのふたたび起ることを防止する」

 神道の教理は明らかにされていない。

 ただ、次の文言は少し具体的に述べている。

「『軍国主義的ないし過激なる国家主義的イデオロギー』なる語は、日本の支配を以下に掲ぐる理由のもとに、他国民ないし他国民族に及ぼさんとする日本の使命を擁護し、あるいは正当化する教え、信仰、理論を包含するものである。
 (1)日本の天皇は、その家系、血統あるいは特殊なる起源のゆえに、他国の元首に優る、とする主義
 (2)日本の国民は、その家系、血統あるいは特殊なる起源のゆえに、他国民に優る、とする主義
 (3)日本の諸島は、神に起源を発するがゆえに、あるいは特殊なる起源を有するがゆえに、他国に優る、とする主義」

 ここにある「主義」が「国家神道」の思想ということだろう。しかし特殊なる起源という古伝説は、古い国ならどの国にもあって不思議はない。そして、これらがなぜ「過激なる国家主義的イデオロギー」となったのか、は説明されていない。


◇3 事実に基づく定義がない

 このGHQ神道指令にある「国家神道」を、事実に基づいて定義をした著作は見当たらない。

「国家神道」についての著作で代表的なものは、前述の葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』と村上重良『国家神道』である。あとはこの2冊の系統本かこれらに対する批判本しか見つけられない。そして「国家神道」の正体を、事実に基づいて明確に説明できた著作は1冊も存在しない。

 村上重良『国家神道』に次の文章がある。

「国家神道は、近代天皇制の国家権力の宗教的基礎であり、国家神道の教義は、帝国憲法と教育勅語によって完成した」

 伊藤博文『憲法義解』のどこを読んでも、「国家神道」の教義をもとに帝国憲法が制定された、とは書いていない。また教育勅語は、徳育に関する明治天皇のお言葉であって、草案作成者井上毅のいわゆる起草七原則にも、「国家神道」の教義は出てこない。そして少なくとも大日本帝国憲法や教育勅語の制定された明治22、23年までに、国家神道の教義があった、とする事実に基づく著作は発表されていない。


◇4 成果が上がらない「国家神道」研究

「ファシズムの時期における国家神道の軍事的侵略的教義の展開は、国家神道の本質の顕在化であった」(村上)

「国家神道」の軍事的侵略的教義について、その所在は示されていない。民間の思想家に軍事的侵略的教義を語る者はいたかもしれない。しかしそれと国家とは関係ない。また神道と軍事的侵略的教義の関係も見出せない。村上重良『国家神道』は事実に基づかない言説に満ちている。

 だが、たしかに文部省『国体の本義』には現御神(明神)・現人神としての天皇が述べられている。この神がかり的な文章をどう解読すれば良いのだろうか?

 明治維新から終戦までの我が国の神社行政を研究した著作はあるが、GHQ神道指令にいう「国家神道」の研究とは違うようである。いわば我が国の近現代神社行政史ともいうべきものである。「国家神道」という項目はあっても、ここから神道指令の「国家神道」を解明することには、どの著作も成功していない。

 また、葦津珍彦や村上重良らの著作を批判したものも出版されているが、論を論じたものがほとんどで、神道指令にいう「国家神道」の正体は、一向に明らかにされていない。

 我が国では、日本国憲法第20条と第89条を政教分離条項などとして、不毛な議論をしているのが実態である。その基となった神道指令の国家神道を明らかにせずして、まともな議論ができるはずはない。

 いったいなぜ、これほど永く国家神道研究の成果があがらなかったのだろうか?


◇5 事実を誤る「靖国訴訟」判決

 平成16年4月7日、福岡地方裁判所は、国および小泉純一郎総理大臣を被告とする、いわゆる靖国訴訟において、その判決を言い渡した。この判決文にはいくつかの疑問がある、と言わざるを得ない。

 判決文の認定事実、「靖国神社の沿革および性格」には次のような文章がある。

「(オ)国家神道に対しては事実上、国教的な地位が与えられ、キリスト教系の学校生徒が神社に参拝することを事実上強制されるなど、他の宗教に対する迫害が加えられた」

 文中に「事実上」とあるのは、法令上には無いということを自覚している、と読んでよいだろう。前述のように、専門家でも「国家神道」を特定する法令は見つけられないはずである。「事実上」の意味は、法を拡大解釈した現場担当役人による個別の過剰行為等を指している、としか思えない。それらの行為から国家神道の概念を語ることは、聞く者に誤解を生じさせるだろう。

 帝国憲法第28条「日本国民は安寧秩序を妨げず、および臣民たるの義務に背かざる限において、信教の自由を有す」を、「条件付き」というのは度が過ぎる。安寧秩序を妨げても良い、とするなら条項は必要ない。

 この文章は事実に基づかず、誤った国家神道本で得た知識の上に立ったものである。国家神道を定義するなら、法令・教義等を明らかにすべきである。


◇6 国は「国家神道」概念を認めている?

「(カ)昭和21年2月2日には、神祇院官制をはじめ、神社関係の全法令が廃止され、国家神道は制度上も消滅し、……靖国神社は……単立の宗教法人となった」

 この文章についても同様である。

 神祇院を設置し、神官職の督励を目指した神祇院官制は昭和15年のことである。そしてその神祇院は『官国幣社特殊神事調』『神社本義』等を発行したが、他にはさしたる成果もないまま廃止となったことは周知の事実である。

 この昭和15年の法令のみをもって、「国家神道」云々、は無理がある。葦津珍彦のいうとおり、神祇院は非宗教である。また、「国家神道は制度上も消滅」したというなら、その制度を少なくとも明治以降の法令上の事実を根拠として語るべきだろう。

 原告らの主張はともかく、被告らがこれらのことについて一つも反論していないことに疑問が残る。つまり国が、この事実に立脚しない「国家神道」の概念を認めているということになるからである。

 認定事実に誤りがあれば、この判決は有効とは言えないものとなる。訴えた者、訴えられた者、そして裁く者の言い分すべてが事実に立脚していないとしたら、この判決は無効となってもおかしくないものである。(つづく)


 ☆斎藤吉久注 佐藤さんのご了解を得て、佐藤さんのウェブサイト「教育勅語・国家神道・人間宣言」〈http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/index.html〉から転載させていただきました。読者の便宜を考え、適宜、編集を加えています。


 靖国神社とそのあるべき姿 (葦津泰国)
    第1回 終戦記念日の靖国神社境内


[1]60年以上つづく参拝者の黙祷

 平成21年8月15日、終戦記念日の靖国神社の社頭である。

 この日には毎年、何万人もの人たちが靖国神社に参拝し、先の大戦(正式名称は大東亜戦争)の戦没英霊の霊(みたま)に向かって頭を下げ、正午の時報に合わせ1分間の黙祷を捧げる。

 この年もあの終戦の日を思い出させる暑い夏の日であった。空には入道雲が湧きあがる真夏の一日、境内は桜や銀杏などの木立に囲まれているとはいえ、風が止まると蒸し暑さはかなりのものだった。それでも、例年通りの老若男女の参拝者で広い境内は埋め尽くされた。

 いまから64年前の昭和20年のこの日この時、昭和天皇はラジオ放送によって『終戦の詔勅』を発せられた。日本(大日本帝国政府)は対戦相手の米国・英国・中華民国はじめ連合国に対し、彼らの発したポツダム宣言を受けいれて降伏をする決断をした、と宣言された。

 それ以来、いつしか、この日が来ると行われる靖国神社ご社頭での参拝者の黙祷は、誰から指示をされたものでも、決められたものでもない。だが、60年以上にわたって、世代が代わり、人が代わって、参拝者も代わっても、毎年続けられて国民の中に、もっとも大切な慰霊の行事として継続されて、現在に及んでいる。


[2]だれが教えたわけでもないのに

 日本には、この日以外に国民がそろって頭を垂れて黙祷することはほとんどない。終戦の日、全国各地の職場や集会で、この時間を選んで黙祷は行われるが、ここには誰に命ぜられることもなく、数万の人々が黙祷を捧げるために集まってくる。

 境内にあるスピーカーが正午の時報を鳴らすと、雑踏で騒がしかった境内はすべての行事が中断され、参拝者の動きも止まる。あたりは一瞬、静寂の空気に包まれ、風に揺れる木立の葉の音と蝉の声がいちだんと高く聞こえる。

 世間にはわざわざ、「国民の祝日」として法律によって定められている国の記念日も多い。だが、この日は「国民の祝日法」を探しても見当たらない一日である。しかも国会の決議でわざわざ定められている祝日法での国民の祝日でさえ、現代の日本の一般国民にとってはその趣旨はあまり理解されず、いつしか単なる「労働休養日」となってしまっているのが現状である。

 祝日にはその日を祝日の設けられた趣旨にかんがみ、その祝日を設けた意味に深く思いをいたし、それを記念した特別の行事などが行われることが望ましいとされているのだが、そんな国民の祝日も、大半はカレンダーに赤い日の丸が印刷されているだけで、国民は、さしたる意義も考えずに、単なる「仕事のない日」程度にしか意識していないのが現実である。

 もちろん、学校の義務教育などでは、祝日の意味ぐらいは教えるのだろうが、この日の靖国神社の黙祷などは教えない。国や共同社会を大切にし、国旗国歌の大切にしなければならない意味さえも無視して、その無教養で世界で恥をかく国民を作り出している我が国公立学校の義務教育なのだから。


[3]もっとも黙祷にふさわしい場所

 だが、終戦記念日の靖国神社の黙祷は、カレンダーの日付の欄に日の丸も喪章も付されてはいないが、自主的に全国から集まってきた国民によって、毎年欠かさず何万人の人々が加わって行われている。

 この日のこの時刻には、靖国神社からわずかに靖国通り一つを隔てた反対側の日本武道館で、政府主催の戦没者追悼式が開かれている。これは政府によって主催される公式な大東亜戦争犠牲者への追悼行事とされている。会場には全国から戦没者の遺族らが招かれ、各省庁の代表や国会議員も参列して、天皇陛下も臨席される。

 それにもかかわらず、ここ靖国神社には、何万という国民が英霊を追悼するために集まってくる。黙祷をする国民の意識の中には、いま、天皇陛下が、国の追悼式で戦没者に黙とうをささげておられるという意識はもちろんある。

 だが、黙祷をするにしても、その式場の前に集まって黙祷するよりも、ほかの施設で頭を下げるよりも、靖国神社の戦没英霊の祀られる施設の前が、もっともふさわしいところと彼らは信じている。

 国民意識はこんな形で固まっている。政府の戦没者追悼式に全国から招待される参加者たちも、式典の前後には、ほとんどの人が靖国神社に参拝をする。


[4]「無宗教」形式を創出した知識人

 国民の素直な感情は大事にしなければならない。国の行っている行事はどこか心のこもった戦没者への追悼式典になりきれていないという思いが、人々の間には明白に感じられる。

 国の戦没者追悼式は、第2回目(昭和39年)だけは靖国神社の外苑で開かれたが、その後はわざわざ靖国神社を避けているように見える。

 これは日本の国の特徴だが、日本には占領中ではなく、昭和40年代ころから、マスコミ、そして政府の動きには、靖国神社を避けようとする空気が強まってきている。議員やそれを支える官僚たちが、戦後の悲痛な思いを理解しない層に徐々に変わってきたからなのだろうか?

 戦争が終わるまでは、国自身が戦没英霊を祭神として決定して靖国神社に祀り、率先して儀式を行い、宣伝にも力を入れてきたのにもかかわらず、戦後経済が一落ち着きをしたころから、靖国神社をわざわざ避けて、追悼式の儀式まで、靖国神社での祭りの方式とはまったく違う「無宗教方式」という国が作り出した官僚臭い「宗教儀式」を国民に押し付け、式の雰囲気から靖国神社の色彩をなるべく感じさせないように変化させてきた。

 英霊の遺族たちが戦後20年を経て急速に減少を始めたのを見て、官僚たちに靖国神社を厄介な戦前からのお荷物として露骨に避けようとする者が増加して、空気が変わってきたのではないか? 当時この問題などを取材していた私の感ずる空気だった。

 役人たちが、国民の中に長い間定着してきていた「柏手を打って頭を下げる」参拝方式をわざわざ避け、菊の花を供えて頭を下げる新方式を作り出したその背後には、以下のような考えが見え隠れしている。

〈靖国神社はアメリカなど占領した西欧人が断定するように、宗教的な施設だった。だが、国は戦後に作られた新憲法によって、日本より文明的な西欧に見習って、宗教的な問題にはかかわらないことに決まった。だから戦没者追悼式も靖国神社の外に場所を移し、靖国神社の祭りとは関係のない、日本伝統の雰囲気を感じさせにくい、政府指定の祭礼方式でやるのが、西欧に認められる日本の近代化なのだ〉

 考えてみれば、愚かで雑駁(ざっぱく)な論理ではある。だが、そんな気風は日本人の中に、とくに学者とされる人や官僚の中に濃厚にある。文明開化の鹿鳴館思想以来の日本の新興知識人の気風なのだろうか?


[5]政府は靖国神社を避けている

 それはともかく、宗教的儀式とは何をさすのか?

 西欧もふくめて、一般に広く考えられているそれは、生きている人間に対してではなく、物理的に人間の見る、聞く、触るなど、五感では関知し得ないもの(とくに人間の創造した神や信仰対象、霊魂など)に存在するかのように、敬意を表する行為の形そのものを、最初から宗教的(宗教そのものではない)儀式と呼ぶことと受け取られている。

 そうなると、墓標のような柱に「戦没者の霊」とわざわざ記して、そこに榊(さかき)の玉串ではなく供花という特別の拝礼方式でも、それを指定して儀式をすること自体が、「無宗教儀式」という名をつけてはいても、立派な政府が作り出した宗教的儀式ということになる。

 しかも日本人の大半は神社仏閣に参り、また多くの人が教会に訪れる。それらの人にはこの政府の儀式の指定そのものが、靖国神社への参拝以上の違和感を覚えさせるのは当然である。

 私は単に全国の神社や、これとは少し違う靖国神社に儀礼的に頭を下げるだけではなく、みずから霊魂の存在を確信し、神や祖先の御霊を心から大切に思う神道人の一人である。

 そんな立場からこの追悼式をみると、この8月15日という日は、政府が靖国神社およびそこに参拝する多くの人たちに対して、ことさらに精神的な刺戟を与えることに執心している日であるように、思えてならない。

 首相はこの日、戦没者追悼式をみずから招集し、実施して、靖国神社の拝礼を否定する宗教的儀式を執行し、引き取り手のわからない戦没兵士の遺骨をとむらう国の施設である東京九段の千鳥ケ淵戦没者墓苑に参拝をした。

 どちらの行事も国の首長の行う終戦記念日の行事としては意義あるものとは思う。真正面から見れば、終戦の日に当たって、戦争に倒れた人々に敬意を表し、いまの穏やかな状態が、彼らの苦しみの上にあることを生きているものの代表として感謝しているのだろう。

 けれども、常日頃、靖国神社の問題解決など、国みずからが生み出した過去の歪みの矯正には消極的で逃げ腰の政府の姿勢は、こんな首相の行動は、ただ靖国神社を避けるがために、日程を毎年組むのではないかとさえ思われてならない。(つづく)


 ☆斎藤吉久注 葦津様のご了解を得て、「私の『視角』」〈http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。

ここに登場する岸信介総理(当時)は、当時国会周辺を日夜取り巻き「岸内閣打倒」「岸を倒せ」と小生が連日叫んでいた当の相手であった。

しかし、この回想の短文を読む限り、今の自民党と違って骨の髄まで保守の信念に貫かれた凛としたお姿で、保守の考えを持たれてことに当たっておられたことが、垣間見るエピソードともいえます。
皆様にご紹介します。



デモの怒号の中 いびき 証言・安保改定と岸元首相 下

 (世界日報 2010/1/26)


財団法人協和協会専務理事 清原淳平


 私が4団体で務め始めた翌昭和54年から、毎月、月例会や部会・委員会を

開始した。岸信介会長は、(財)協和協会の月例会にはほとんど欠かさず出席

された。また、機関誌『提言』にも毎号「巻頭言」を載せられた。


 ある時、私が「あの安保騒動の中で、日米安保条約の改定を断固実現された

のは、どういうお気持ちだったのですか」とうかがうと、


 「それは君、明治維新の時を考えてみてくれ。維新政府は、その前に江戸幕

府が各国と締結した通商条約が、実は国際的に大変な不平等条約だったことに

愕然(がくぜん)とし、鹿鳴館で慣れない洋装で外国人とダンスをするなど、

その改定に大層苦労したんだよ。大東亜戦争の敗戦後、やっとサンフランシス

コ平和条約(昭和26年)で独立が認められたが、同時に締結させられた日米

安保条約は、米国に日本を防衛する義務の記載もなく、占領下と同様、米軍が

日本に駐留する不平等条約で、これでは本当の独立国とはいえないと考えたか

らだよ。私は、日本を独立国にふさわしい平等条約へ近づけようとしたのだよ」

とこたえられた。私は、岸先生の日本に対する深い想い入れを痛感した。


 なお、前掲の岸内閣の閣僚、植竹春彦元郵政大臣から何十度となく聞かされ

た話も披露しておきたい。植竹元郵政大臣曰(いわ)く、首相官邸が夜中もデ

モ隊のシュプレヒコールに取り囲まれていた際、総理から「至急来てくれ」と

の電話があったので、溜池側の裏口から粗末なレインコートを着て入り、総理

室へ行くと、岸総理があの怒号の中、長椅子に横になって眠っておられた。


 しかし、至急とのことだったので、お起こしするとすぐキチンと座られ、

「私はここを動かないが、もし、デモ隊がNHKを占拠して革命的放送を流す

と大変だから、すぐ警視庁と話し、まず、NHKの防備を固めてくれ」と言わ

れた。


 そこで、私は「分かりました」と答え、また裏口から出て、警視庁へ行き、

さらにNHKへも行って幹部とも話し、そして、また官邸の裏口から入って、

総理室に入ると岸総理が、あのデモの怒号の中、いびきをかいて眠っておられ

る。その豪胆さには本当に驚いた。


 お休みのところ申し訳ないと思ったが、お起こしすると、すぐ端然と椅子に

座られたので、「御指示通り、警視庁とNHKへまいり、NHKの防備の手配

を終わりました」と御報告すると、御苦労様とニッコリ笑われ、また、長椅子

に横になられた。


 その度胸というかその器の大きさには、本当に驚いた、と何度も述懐されて

いた。因みに、植竹郵政大臣は、その後、前記(財)協和協会の初代理事長を

亡くなるまで務められた。


 岸信介先生については、いまなお「昭和の妖怪」などといわれたり、誹謗す

る人が多いが、あれだけ反対のあった日米安保条約改定も、いまでは、正しい

と是認している人が多い。岸先生と接して、実際にお話をうかがうと、国を憂

えるその志、豪胆さ、器の大きさなど、右に出る人はいないと思う。

次回・次々回と2本の連載を転載します。

斉藤様は次のように語っておられます。

転載するのは葦津泰国氏「靖国神社とそのあるべき姿」と佐藤雉鳴氏「『国家神道』異聞」です。お2人とも在野の研究者ですが、今回の判決とも関連する、読者の皆さんの思索を深める材料としていただきたい、すぐれた靖国論、「国家神道」論だということです。

小生も学ばせていただきます。





斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.115
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 最初におわびです。前号本文の見出しに誤記がありました。前々号の見出しがついたままになっていました。申し訳ありませんでした。

 さて、当メルマガなどで何回か取り上げてきた、北海道砂川市の市有地内にある空知太(そらちぶと)神社について、最高裁大法廷は先週20日、市有地の無償提供が憲法の政教分離原則に反する、という司法判断を示しました。憲法の規定を厳格に解釈し、新基準を打ち出した多数意見による、13年ぶりの違憲判決を、「妥当」(朝日新聞社説)と評価する声がある一方で、自治体関係者の戸惑いなど波紋が広がっています。

 それはそうでしょう。公有地内の宗教性をもつ建造物は、この神社だけではないからです。東京都慰霊堂は都の納骨堂で、都所有の外郭団体が主催する、仏教教団持ち回りによる慰霊法要が年2回、営まれています。バチカンが公式巡礼地と定める長崎の二十六聖人記念館および記念碑(レリーフ)は、イエズス会が市有地に建てたものです。記念館は殉教者の遺骨を安置する廟ですが、聞くところによると空知太神社と同様、土地の無償使用が認められ、市に寄贈された記念碑の前では野外ミサが捧げられます。常識で考えれば、判決の影響は避けられないでしょう。

 他方、今回の判決で、評価すべきもっとも重要なことは、最高裁の法的判断が、従来のような誤った歴史認識に基づく「国家神道」論から解放されたことだと考えます。

 どういうことか、説明する前に、まずお知らせです。今号から、2本の連載を掲載します。葦津泰国氏「靖国神社とそのあるべき姿」と佐藤雉鳴氏「『国家神道』異聞」です。お2人とも在野の研究者ですが、今回の判決とも関連する、読者の皆さんの思索を深める材料としていただきたい、すぐれた靖国論、「国家神道」論と思います。

 それでは本論です。



以下の本論を3回に分けて御知らせしま

1 政治理念なき小沢幹事長の「豪腕」 (斎藤吉久
 2 靖国神社とそのあるべき姿 (葦津泰国)
    第1回 終戦記念日の靖国神社境内
 3 「国家神道」異聞 (佐藤雉鳴)
    第1回 神道指令の「国家神道」 
 

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 1 政治理念なき小沢幹事長の「豪腕」 (斎藤吉久)
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▽1 反ヤスクニ派、敗れたり!!

 従来、政教分離裁判といえば、靖国問題、「国家神道」論と関連づけられてきました。今回も、原告はどうやら筋金入りのキリスト教反ヤスクニ派信者で、平和遺族会の代表者のようです。

 朝日新聞の社説にあるように、原告は、国家と宗教が一体となった時代の悲惨な体験を持っていて、それが提訴の動機につながった。政教分離の原則は、戦前、国家神道が軍国主義の精神的支柱となった歴史の反省から憲法に盛り込まれた。そのことを忘れてはなるまい、というような、きわめて観念的理解から、訴訟が繰り返されてきたのでした。
http://www.asahi.com/paper/editorial20100121.html

 そして報道も、この社説がそうであるように、占領軍そのままに、靖国神社憎し、「国家神道」憎し、のカビ臭い妄想的歴史観に縛られたままです。

 ところが、です。一部裁判官の補足意見などは別として、今回の判決主文(多数意見)において、津地鎮祭訴訟以来、毎度おなじみの「国家神道」論がまったく消えています。したがって、朝日の社説にあるような、ひと昔前の非実証的な反ヤスクニ史観を、司法はもはや認めなくなった、と見るのが妥当です。偏見と誤謬に満ちた歴史理解から、靖国神社を究極の標的にした政教分離裁判の終わりです。

 これを画期的といわずして、なんでしょうか? 宮本武蔵風にいえば、反ヤスクニ派、敗れたり!! です。

 今後、裁判は原審に差し戻され、審理をし直すことになります。それは「中途半端」(原告側弁護士)な判断というのではなく、「憲法が定める原則が宿らなければならない」(朝日社説)といいつつ、実際は政教分離原則を、神道にはきびしく、仏教やキリスト教には甘く採用する、これまでのダブル・スタンダード政策が見直され、より公平、公正に運用される転換点になるものと期待されます。けれども逆に、公有地からいっさいの宗教性をはぎ取る非宗教国家へと進む危険性もあります。そうなれば悪夢です。

 くわしくは次回以降、お話しすることにし、今号では前回、深くお話しできなかった「小鳩」政権に巣くう多神教的文明の欠点について、続けます。


▽2 外国人参政権になぜ執着するのか?

 天皇の祈りこそは、価値の多様性を前提に、多様なる国民を多様なるままに統合する、多神教的、多宗教的な文明の中心ですが、天皇の文明は、(1)主体性を失いがちである、(2)一神教文明に対する抵抗力が弱く、取り込まれやすい、という2つの短所を持っています。

 この2つの欠点が同居しているのが、まさに「小鳩」政権です。鳩山首相の「友愛」精神には国家の中心軸が見当たらず、小沢幹事長の「豪腕」は、一神教的な憲法論に同化し、多数派の専制によって、天皇をも自由に動かそうとします。

 おりしも政府はいま、永住外国人に地方参政権(選挙権)を与える法案を、国会に提出しようとしています。

 法案には、強い反対があります。ほかならぬ地方から「拙速を避けよ」という声が上がっています。永住者の大半を占める在日韓国・朝鮮人は帰化がどんどん進んでいますから、時間が解決してくれる問題なのにもかかわらず、鳩山首相は昨秋、韓国大統領との共同記者会見で「前向きに」と語り、小沢幹事長も年末に韓国の大学で講演し、法案提出に言及しました。

「小鳩」政権はなぜこれほど執着するのか? 何を急いでいるのか? 私は多神教的、多宗教的文明の短所の現れだと考えています。

 まず、4億円の土地購入問題をめぐって検察と全面対決し、事情聴取を受けるという前代未聞の状況下にあってなお、党を取り仕切り続け、現政権の命運を一手に握る「豪腕」についてです。

 小沢氏にとって、権力とは、選挙区において、議会において、過半数を制することなのでしょう。重要なのは「数」であり、政治的理念や政策は二の次です。だから、矛盾した言説が平気で語られます。「論」より「数」。「豪腕」と呼ばれるゆえんです。マニフェストも「数」のための手段なのでしょう。


▽3 櫻井よしこさんが問う「小沢氏の変節」

 櫻井よしこさんが「小沢氏の矛盾だらけの変節を疑う」を書いています(「週刊ダイヤモンド」。メルマガ「頂門の一針」1月23日号に転載)。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4739964/

 櫻井さんは「変節」をおおむね、次のように説明しています。

 ───小沢氏が『日本改造計画』(1993年)では、憲法改正を実現し、日本は普通の国になる、と主張していたのに、その後、変節が始まった。普通の国志向から国連重視に変わり、『小沢主義(オザワイズム)』(2006年)でさらに変化が際立った。

 憲法改正と集団自衛権とを否定し、国連重視に傾いた小沢氏が、最後にたどり着いたのが『小沢主義』で、自己責任の重要性が強調されている。

 しかしこれは自己矛盾である。普通の国構想から国連主義への変化は同時に、改憲論から護憲論への変化である。日本の歴史を加害者の歴史と理解する東京裁判史観の信奉者であることが媚中外交の原因だ。

 この自己矛盾の変節という櫻井さんの分析は、外国人参政権問題にも当てはまります。

 小沢氏のウェブサイトには、自由党時代に書かれた「永住外国人の地方参政権について」と題するエッセイが載っています。小沢氏はここで、日韓併合の歴史に起因するわだかまりについて訴え、地方参政権が与えられれば、わだかまりも解け、帰化も促進され、共生の道がひらかれる、と主張しています。
http://ozawa-ichiro.jp/policy/05.htm#top

 しかし話は逆でしょう。地方参政権が与えられる前から帰化は促進されています。

 小沢氏は、目を世界に転じ、「日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。」と紹介しています。

 けれども、日本に対する恨みをあらわにする朝鮮半島出身者を、旧宗主国への尊敬を絶やさない英連邦出身者と同列に論じることはできません。まさにそれが彼らの「わだかまり」ですが、それでも現実に帰化が進んでいます。法案は「わだかまり」を超えて帰化する人たちより、「わだかまり」をいだいて帰化したくない人たちを優遇しようとしています。

 そのような矛盾を冒してまで、なぜ外国人参政権法案に執着するのか、です。私は「数」のための手段に過ぎないと見ます。


▽4 自由党時代は憲法無効を主張

 小沢氏の変節と矛盾は、天皇論について、より明確です。

「天皇特例会見」騒動を思い出して下さい。昨年12月14日の会見で小沢氏は、「天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われる、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨だ」と語気を荒げて語りました。

 選挙で国会の多数を制し、内閣を組織すれば、政治は思いのまま、天皇をも自由に動かせる。「特例会見」のどこがおかしいのか、という居直りに聞こえます。

 天皇会見は憲法の国事行為ではない、という批判を浴びると、1週間後の会見では、「憲法の理念では、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって行われ、陛下の行動に責任を負うのは内閣だ。内閣が判断したことについて、陛下がその意を受けて行動なさるのは当然だし、陛下は喜んでやってくださるものと思う」と同じ考えを繰り返しました。

 結局、小沢氏は、天皇が内閣の下位に位置する名目上の国家機関にすぎない、と考えているように聞こえます。そのための「内閣の助言の承認」制度だという理解です。

 しかし少なくとも10年前の小沢氏の考えは違っていました。

 小沢氏のホームページには、「文藝春秋」平成11年9月号に掲載された、自由党党首当時の「日本国憲法改正試案」が転載されていますが、そこでは現憲法下でも天皇は元首である、とさえ述べられています。
http://ozawa-ichiro.jp/policy/04.htm

 櫻井さんのエッセイに書かれているように、自由党時代の小沢氏は改憲論者で、占領下に制定された憲法は無効である、などという主張がつづられています。


▽5 かつて否定した宮沢俊義説を実践

 小沢氏は、現行憲法が、戦後左翼の主張する単純な「平和憲法」ではなく、立憲君主制の理念に基づく憲法である、と解説し、じつに興味深いことに、「元東大教授の宮沢俊義氏などが『国家元首は内閣総理大臣である』と主張しているのも間違いである」と宮沢教授の国民主権論を全面否定しています。

 小沢氏の当時の主張では、宮沢教授は日本国憲法を共和制憲法と位置づけているが、主権者たる国民を代表し、もしくは国民の名において内閣総理大臣および最高裁判所長官を任命するのは天皇である。外交でも天皇は元首として行動し、外国からも元首としてあつかわれている。日本は、天皇を国家元首とする立憲君主制国家である、とされています。

 しかし民主党幹事長のいま、小沢氏は、憲法第3条は天皇を「めくら版」を押すだけのロボットにすることだ、と断じた宮沢教授の学説を否定するどころか、逆にみずから実践したのです。それがすなわち、「天皇特例会見」のゴリ押しです。認証官である宮内庁長官を「一部局の一役人」呼ばわりしたのも共通しています。

 櫻井さんが指摘したように、小沢氏は改憲論者から護憲論者に変節したのです。いや、そうではありません。憲法擁護論に変わったのなら、10年前の現行憲法無効論を自分のHPに載せたままにしておくことはないからです。

 つまり、変節ではなくて、もともと政治理念がないのでしょう。だから、矛盾に気づかないか、気づかぬふりをして、宮沢憲法論に同化したのでしょう。理念なき政治家はまさに「豪腕」によって権力を追求します。民主党が小沢問題をめぐって、党内民主主義を失い、沈黙の政党となった原因はここにあると私は思います。ひたすら国と民のために、という天皇の祈りが届くはずもありません。

 櫻井さんが分析するように、東京裁判史観が小沢氏に朝貢的対中外交を展開させているのではなくて、政治理念の欠落が20年にわたる胡錦涛国家主席ら中国共産主義青年団との交流を演出させ、600人を超える大訪中団を組織させたのだと考えます。理念がないから、胡錦涛派と対立する太子党の習近平副主席とも手を握れるのでしょう。

 次回は鳩山由紀夫首相の「友愛」について考えます。予告編的に申し上げると、首相の「友愛」は、原点といわれる「EUの父」リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵の「友愛」とも、祖父・鳩山一郎元首相の「友愛」とも異なります。中国国家副主席の「天皇特例会見」を演出し、普天間基地移設問題をめぐって日米関係を最大の危機に陥らせた原因はそこにある、と私は思います。

次回・次々回と2本の連載を転載します。
斉藤様は次のように語っておられます。
転載するのは葦津泰国氏「靖国神社とそのあるべき姿」と佐藤雉鳴氏「『国家神道』異聞」です。お2人とも在野の研究者ですが、今回の判決とも関連する、読者の皆さんの思索を深める材料としていただきたい、すぐれた靖国論、「国家神道」論だということです。
小生も学ばせていただきます。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.115
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 最初におわびです。前号本文の見出しに誤記がありました。前々号の見出しがついたままになっていました。申し訳ありませんでした。

 さて、当メルマガなどで何回か取り上げてきた、北海道砂川市の市有地内にある空知太(そらちぶと)神社について、最高裁大法廷は先週20日、市有地の無償提供が憲法の政教分離原則に反する、という司法判断を示しました。憲法の規定を厳格に解釈し、新基準を打ち出した多数意見による、13年ぶりの違憲判決を、「妥当」(朝日新聞社説)と評価する声がある一方で、自治体関係者の戸惑いなど波紋が広がっています。

 それはそうでしょう。公有地内の宗教性をもつ建造物は、この神社だけではないからです。東京都慰霊堂は都の納骨堂で、都所有の外郭団体が主催する、仏教教団持ち回りによる慰霊法要が年2回、営まれています。バチカンが公式巡礼地と定める長崎の二十六聖人記念館および記念碑(レリーフ)は、イエズス会が市有地に建てたものです。記念館は殉教者の遺骨を安置する廟ですが、聞くところによると空知太神社と同様、土地の無償使用が認められ、市に寄贈された記念碑の前では野外ミサが捧げられます。常識で考えれば、判決の影響は避けられないでしょう。

 他方、今回の判決で、評価すべきもっとも重要なことは、最高裁の法的判断が、従来のような誤った歴史認識に基づく「国家神道」論から解放されたことだと考えます。

 どういうことか、説明する前に、まずお知らせです。今号から、2本の連載を掲載します。葦津泰国氏「靖国神社とそのあるべき姿」と佐藤雉鳴氏「『国家神道』異聞」です。お2人とも在野の研究者ですが、今回の判決とも関連する、読者の皆さんの思索を深める材料としていただきたい、すぐれた靖国論、「国家神道」論と思います。

 それでは本論です。

以下の本論を3回に分けて御知らせします。



 1 政治理念なき小沢幹事長の「豪腕」 (斎藤吉久) 2 靖国神社とそのあるべき姿 (葦津泰国)
    第1回 終戦記念日の靖国神社境内
 3 「国家神道」異聞 (佐藤雉鳴)
    第1回 神道指令の「国家神道」 
 

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 1 政治理念なき小沢幹事長の「豪腕」 (斎藤吉久)
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▽1 反ヤスクニ派、敗れたり!!

 従来、政教分離裁判といえば、靖国問題、「国家神道」論と関連づけられてきました。今回も、原告はどうやら筋金入りのキリスト教反ヤスクニ派信者で、平和遺族会の代表者のようです。

 朝日新聞の社説にあるように、原告は、国家と宗教が一体となった時代の悲惨な体験を持っていて、それが提訴の動機につながった。政教分離の原則は、戦前、国家神道が軍国主義の精神的支柱となった歴史の反省から憲法に盛り込まれた。そのことを忘れてはなるまい、というような、きわめて観念的理解から、訴訟が繰り返されてきたのでした。
http://www.asahi.com/paper/editorial20100121.html

 そして報道も、この社説がそうであるように、占領軍そのままに、靖国神社憎し、「国家神道」憎し、のカビ臭い妄想的歴史観に縛られたままです。

 ところが、です。一部裁判官の補足意見などは別として、今回の判決主文(多数意見)において、津地鎮祭訴訟以来、毎度おなじみの「国家神道」論がまったく消えています。したがって、朝日の社説にあるような、ひと昔前の非実証的な反ヤスクニ史観を、司法はもはや認めなくなった、と見るのが妥当です。偏見と誤謬に満ちた歴史理解から、靖国神社を究極の標的にした政教分離裁判の終わりです。

 これを画期的といわずして、なんでしょうか? 宮本武蔵風にいえば、反ヤスクニ派、敗れたり!! です。

 今後、裁判は原審に差し戻され、審理をし直すことになります。それは「中途半端」(原告側弁護士)な判断というのではなく、「憲法が定める原則が宿らなければならない」(朝日社説)といいつつ、実際は政教分離原則を、神道にはきびしく、仏教やキリスト教には甘く採用する、これまでのダブル・スタンダード政策が見直され、より公平、公正に運用される転換点になるものと期待されます。けれども逆に、公有地からいっさいの宗教性をはぎ取る非宗教国家へと進む危険性もあります。そうなれば悪夢です。

 くわしくは次回以降、お話しすることにし、今号では前回、深くお話しできなかった「小鳩」政権に巣くう多神教的文明の欠点について、続けます。


▽2 外国人参政権になぜ執着するのか?

 天皇の祈りこそは、価値の多様性を前提に、多様なる国民を多様なるままに統合する、多神教的、多宗教的な文明の中心ですが、天皇の文明は、(1)主体性を失いがちである、(2)一神教文明に対する抵抗力が弱く、取り込まれやすい、という2つの短所を持っています。

 この2つの欠点が同居しているのが、まさに「小鳩」政権です。鳩山首相の「友愛」精神には国家の中心軸が見当たらず、小沢幹事長の「豪腕」は、一神教的な憲法論に同化し、多数派の専制によって、天皇をも自由に動かそうとします。

 おりしも政府はいま、永住外国人に地方参政権(選挙権)を与える法案を、国会に提出しようとしています。

 法案には、強い反対があります。ほかならぬ地方から「拙速を避けよ」という声が上がっています。永住者の大半を占める在日韓国・朝鮮人は帰化がどんどん進んでいますから、時間が解決してくれる問題なのにもかかわらず、鳩山首相は昨秋、韓国大統領との共同記者会見で「前向きに」と語り、小沢幹事長も年末に韓国の大学で講演し、法案提出に言及しました。

「小鳩」政権はなぜこれほど執着するのか? 何を急いでいるのか? 私は多神教的、多宗教的文明の短所の現れだと考えています。

 まず、4億円の土地購入問題をめぐって検察と全面対決し、事情聴取を受けるという前代未聞の状況下にあってなお、党を取り仕切り続け、現政権の命運を一手に握る「豪腕」についてです。

 小沢氏にとって、権力とは、選挙区において、議会において、過半数を制することなのでしょう。重要なのは「数」であり、政治的理念や政策は二の次です。だから、矛盾した言説が平気で語られます。「論」より「数」。「豪腕」と呼ばれるゆえんです。マニフェストも「数」のための手段なのでしょう。


▽3 櫻井よしこさんが問う「小沢氏の変節」

 櫻井よしこさんが「小沢氏の矛盾だらけの変節を疑う」を書いています(「週刊ダイヤモンド」。メルマガ「頂門の一針」1月23日号に転載)。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4739964/

 櫻井さんは「変節」をおおむね、次のように説明しています。

 ───小沢氏が『日本改造計画』(1993年)では、憲法改正を実現し、日本は普通の国になる、と主張していたのに、その後、変節が始まった。普通の国志向から国連重視に変わり、『小沢主義(オザワイズム)』(2006年)でさらに変化が際立った。

 憲法改正と集団自衛権とを否定し、国連重視に傾いた小沢氏が、最後にたどり着いたのが『小沢主義』で、自己責任の重要性が強調されている。

 しかしこれは自己矛盾である。普通の国構想から国連主義への変化は同時に、改憲論から護憲論への変化である。日本の歴史を加害者の歴史と理解する東京裁判史観の信奉者であることが媚中外交の原因だ。

 この自己矛盾の変節という櫻井さんの分析は、外国人参政権問題にも当てはまります。

 小沢氏のウェブサイトには、自由党時代に書かれた「永住外国人の地方参政権について」と題するエッセイが載っています。小沢氏はここで、日韓併合の歴史に起因するわだかまりについて訴え、地方参政権が与えられれば、わだかまりも解け、帰化も促進され、共生の道がひらかれる、と主張しています。
http://ozawa-ichiro.jp/policy/05.htm#top

 しかし話は逆でしょう。地方参政権が与えられる前から帰化は促進されています。

 小沢氏は、目を世界に転じ、「日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。」と紹介しています。

 けれども、日本に対する恨みをあらわにする朝鮮半島出身者を、旧宗主国への尊敬を絶やさない英連邦出身者と同列に論じることはできません。まさにそれが彼らの「わだかまり」ですが、それでも現実に帰化が進んでいます。法案は「わだかまり」を超えて帰化する人たちより、「わだかまり」をいだいて帰化したくない人たちを優遇しようとしています。

 そのような矛盾を冒してまで、なぜ外国人参政権法案に執着するのか、です。私は「数」のための手段に過ぎないと見ます。


▽4 自由党時代は憲法無効を主張

 小沢氏の変節と矛盾は、天皇論について、より明確です。

「天皇特例会見」騒動を思い出して下さい。昨年12月14日の会見で小沢氏は、「天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われる、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨だ」と語気を荒げて語りました。

 選挙で国会の多数を制し、内閣を組織すれば、政治は思いのまま、天皇をも自由に動かせる。「特例会見」のどこがおかしいのか、という居直りに聞こえます。

 天皇会見は憲法の国事行為ではない、という批判を浴びると、1週間後の会見では、「憲法の理念では、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって行われ、陛下の行動に責任を負うのは内閣だ。内閣が判断したことについて、陛下がその意を受けて行動なさるのは当然だし、陛下は喜んでやってくださるものと思う」と同じ考えを繰り返しました。

 結局、小沢氏は、天皇が内閣の下位に位置する名目上の国家機関にすぎない、と考えているように聞こえます。そのための「内閣の助言の承認」制度だという理解です。

 しかし少なくとも10年前の小沢氏の考えは違っていました。

 小沢氏のホームページには、「文藝春秋」平成11年9月号に掲載された、自由党党首当時の「日本国憲法改正試案」が転載されていますが、そこでは現憲法下でも天皇は元首である、とさえ述べられています。
http://ozawa-ichiro.jp/policy/04.htm

 櫻井さんのエッセイに書かれているように、自由党時代の小沢氏は改憲論者で、占領下に制定された憲法は無効である、などという主張がつづられています。


▽5 かつて否定した宮沢俊義説を実践

 小沢氏は、現行憲法が、戦後左翼の主張する単純な「平和憲法」ではなく、立憲君主制の理念に基づく憲法である、と解説し、じつに興味深いことに、「元東大教授の宮沢俊義氏などが『国家元首は内閣総理大臣である』と主張しているのも間違いである」と宮沢教授の国民主権論を全面否定しています。

 小沢氏の当時の主張では、宮沢教授は日本国憲法を共和制憲法と位置づけているが、主権者たる国民を代表し、もしくは国民の名において内閣総理大臣および最高裁判所長官を任命するのは天皇である。外交でも天皇は元首として行動し、外国からも元首としてあつかわれている。日本は、天皇を国家元首とする立憲君主制国家である、とされています。

 しかし民主党幹事長のいま、小沢氏は、憲法第3条は天皇を「めくら版」を押すだけのロボットにすることだ、と断じた宮沢教授の学説を否定するどころか、逆にみずから実践したのです。それがすなわち、「天皇特例会見」のゴリ押しです。認証官である宮内庁長官を「一部局の一役人」呼ばわりしたのも共通しています。

 櫻井さんが指摘したように、小沢氏は改憲論者から護憲論者に変節したのです。いや、そうではありません。憲法擁護論に変わったのなら、10年前の現行憲法無効論を自分のHPに載せたままにしておくことはないからです。

 つまり、変節ではなくて、もともと政治理念がないのでしょう。だから、矛盾に気づかないか、気づかぬふりをして、宮沢憲法論に同化したのでしょう。理念なき政治家はまさに「豪腕」によって権力を追求します。民主党が小沢問題をめぐって、党内民主主義を失い、沈黙の政党となった原因はここにあると私は思います。ひたすら国と民のために、という天皇の祈りが届くはずもありません。

 櫻井さんが分析するように、東京裁判史観が小沢氏に朝貢的対中外交を展開させているのではなくて、政治理念の欠落が20年にわたる胡錦涛国家主席ら中国共産主義青年団との交流を演出させ、600人を超える大訪中団を組織させたのだと考えます。理念がないから、胡錦涛派と対立する太子党の習近平副主席とも手を握れるのでしょう。

 次回は鳩山由紀夫首相の「友愛」について考えます。予告編的に申し上げると、首相の「友愛」は、原点といわれる「EUの父」リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵の「友愛」とも、祖父・鳩山一郎元首相の「友愛」とも異なります。中国国家副主席の「天皇特例会見」を演出し、普天間基地移設問題をめぐって日米関係を最大の危機に陥らせた原因はそこにある、と私は思います。

八尾市立学校における外国籍教員数(実質大韓民国籍)の調査について


先日大阪府下公立学校における外国籍教員が135人を数えるとされています。

そこで、八尾市教育委員会に対して外国籍教員の人数を国別に公開して欲しいと情報公開を1月6日に求めました。

回答期限が私の訪台と重なるものでしたから、帰国後に回答するように求めていました。
情報公開を求めた段階で、求められている情報が文書にされていないので公開はできないとのことが請求した段階で判明していましたので、回答は該当文書不存在というものでした。

そこから教育委員会への追求です。
「大阪府下で135人です。関係市で平均しても10人程度です。資料がないなんて嘘です。10人程度の人数はあなたたちの頭の中で何処の学校に何人いるのか鮮明に記憶していますね。それを数字にすればよいのです。外国人教師の把握もできなくて、人事管理ができると思っているのですか。もし思っているのなら、教育委員会事務局というのは能天気な人間ばかりということになりますよ。何日まで待っていただければ作成しますと答えればよいのです」
「分かりました。作成します。日時は後刻返事します」
「今日明日と言っていないので、二・三日は待ちます」

今日午前中、八尾市教育委員会人事総務課より以下の回答をいただきました。

八尾市立学校における外国籍教員について(平成22年1月25日現在)
   大韓民国籍  9名

後日、この外国籍の教員が文科省が定めている法律以外の規則・細則・方針・指針等を遵守しているのか、とりわけ国歌・国旗等の扱いが正当になされているのか確認を求めるので回答をされたいと要求しておきました。

皆様の市町には外国籍教員はいませんか。

小生の知人のS氏が、祝日流動化の法改正を企てている前原大臣に要望書を出されましたので、皆様にご紹介します。


「国民の祝日流動化反対」(要望)

報道によれば、閣下は国民の祝日を流動化させ、観

光などの消費振興のため、今国会に法改正を上程す

ることを企図しているとのこと。

国民の祝日についていかなる存念をお持ちなのか、

国民の共有する文化や歴史的記憶に由来する特定の

日にそれを慶祝することが国民の祝日の意義ではあ

りませんか。

連休増加を目的として、祝日にスライド制が適用さ

れてから、日付で祝日の行事計画等を立てることが

難しくなり、また祝日の由来が忘れ去られつつあります。

特に後者は国民の共感を温め、共通の記憶を育む機

会を破壊したのです。

この方式の考案・推進者は、経済的利得を信奉し、

上のような観点に思い及ばなかったか、確信犯的に

共同体の縫い糸を切断したのかもしれない。

今回の祝日流動化構想は更にこの弊を徹底するでし

ょう。

独立記念日やクリスマス、回教で云うならラマダン

明け、Chineseにとっての旧正月などを、連休づく

りや観光業売上げ増などのためにフロートさせるこ

となど考えられない。

家族の祝祭行事など、関係者の一致が可能な私的な

行事でのスライドは、国民一般の祝日にはなじまない。

閣下が共同体の心の融解を図っているとは考えたく

もないが、たかが水商売の売上げのためにこの暴挙

を強行しないことを期待しております。

旅館業等の入込み客平準化は、交通費や宿泊料の体

系等サプライサイドの工夫、消費サイドでは一斉就

労・休業の慣習見直しを労基法手直しなどで助長す

る程度に止めるべきです。

観光売上げなどに共同体の心を霧消させる価値はな

い。因みに繁盛する飲食店は女性の色香を含む雰囲

気(ソフトエア)であり、容れ物の床しさ等(ハー

ドウエア)に理由が有りそう。外国人観光客を増や

したければキチンと市場調査すべし。日本人の欧州

旅行などの動機を見ればその裏返しで日本来訪に限

度があるのは自明です。

改めるに潔くない癖を改めないと大成しませんよ。

                 (了)

政教分離主義の適用に差別扱いがあります。正したいです。神道には厳しく、キリスト教・仏教には甘い対応。
日本の大黒柱でもある皇室を改めて考え直そう。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.114
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 阪神大震災からちょうど15年になる日曜日、犠牲者をいたむ追悼式典が神戸市内の県公館で行われました。皇太子殿下が妃殿下を伴われて、ご臨席になったのは、皇室にとって久しぶりに明るい話題となりました。

 しかし気になることが1点ありました。5年前、両陛下がご臨席になった10周年式典もそうでしたが、式典の後半で、モーツアルト作曲の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が「献唱歌」として歌われたことです。
http://homepage.mac.com/saito_sy/yasukuni/SRH1802mokutou.html

 追悼式典は官民合同の県民会議が推進する15周年事業の一環ですが、会長は県知事で、事務局は県庁に置かれています。県の予算が使われ、県の施設で行われた式典で、イエス・キリストを賛美する「聖体賛歌」が流れたのです。

 指摘したいのは、完全なダブル・スタンダードが続く日本の宗教政策です。宮中祭祀や神道に関しては厳格な政教分離主義が採用される一方で、ほかの宗教に対してはゆるやかな分離主義がとられています。要するに宗教差別です。

 宮中祭祀が昭和40年代以降、簡略化されたのは、拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書きましたように、入江相政侍従長の祭祀嫌いにくわえて、天皇の祭祀は宗教だから公務員は関わることができない、と考える厳格主義が蔓延したからです。

 たとえば、天皇に代わって側近の侍従を三殿につかわし、拝礼させる毎朝御代拝(まいちょうごだいはい)は、昭和50年8月の宮内庁長官室会議で、神殿からなるべく離れた庭上から、装束ではなくモーニングで、と「改正」(卜部日記)されました。

 ところが、仏教、キリスト教には厳格主義はとられません。関東大震災・東京大空襲の犠牲者を慰霊する東京都慰霊堂の追悼行事は仏式で行われています。長崎の二十六聖人記念館およびレリーフは市有地に建てられています。小泉政権時代には首相官邸でイスラム行事「イフタール」が行われました。

 信教の自由を保障することは重要であり、天皇の祈りこそは古来、日本の多神教的、多宗教的文明の核心ですが、政府のダブル・スタンダード政策は世界に類例なき文明の根幹を揺るがしています。


  御所から神嘉殿南庭に復した四方拝───私たちの祈りと声が通じた


▽アメリカのユニクロは日本のユニクロと違う

 さて、作家の村上龍さんが編集長をつとめるメールマガジンJMM(Japan Mail Media)に、ニューヨーク在住の肥和野佳子さんが昨年末、日本では人気を独占したユニクロのヒートテックがアメリカでは必ずしもそうではないことについて、リポートしていました。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report27_1885.html

 セントラル・ヒーティングが完備されているアメリカでは、暖かい下着の需要が低いだけではありません。アメリカ人の客のニーズに合わせたサイズの大きい品揃えがされていないこと、さらに店員の質が低いことを、肥和野さんは指摘しています。

 需要の多いXL、Lサイズが客の手の届かない上の棚につるされている。たまりかねた肥和野さんが指摘しても、店員は上の空のようで、同じユニクロでも、お客様第一で対応する日本のユニクロとは雲泥の差だというのです。

 なぜそのような日米の違いがあらわれるのか? 国際税務のスペシャリストである肥和野さんのリポートはそれ以上、追究していませんが、品揃えや社員教育では乗り越えられない、もっと深い理由がありそうです。

 つまり、文明の本質に関わることです。


▽常識論的なデール・カーネギーの法則

『人を動かす』『道は開ける』などの世界的ベストセラーで知られる、アメリカの実業家デール・カーネギーは、人間関係論に関するさまざまな法則を明示しています。けれども面白いことに、それらは私たち日本人には常識的なことばかりです。たとえば、次のように、です。

 人の批判をしない。
 誠実に対応する。
 自己主張せず、聞き役になる。
 相手の意見を尊重する。
 自分の誤りを認める。
 人の身になって考える。
 人を誉める。

 ひと言で言えば、他者の立場、他人の価値観を認める思いやりでしょう。

 カーネギーを最初に読んだとき、何をいまさら当たり前のことをいっているんだろう、なぜこの程度の常識論がベストセラーになるのだろう、と思ったのは私だけでしょうか? 「人を動かす3原則」などといえば、いかにも新発見のように聞こえます。けれども、その中身は日本人ならだれでも知っている処世訓であって、日本のユニクロの社員ならずとも、ごくふつうに実践していることです。

 自分の価値観を絶対視せずに、他者の価値観を認め、他者の価値基準に立って考え、行動する。価値の多様性の容認を日常的に実践するという、日本人には当たり前のことが、アメリカでは当たり前ではない。だからカーネギーはいまも売れ続けているし、アメリカのユニクロは日本のユニクロとは違うのでしょう。


▽マンスフィールド大使の天皇論

 アメリカだけではありません。アジアの国々、さらに遊牧民の文化を伝える国に行くと、たとえば、タクシーに乗ったら、メーター料金を乗客の人数分、かけ算して支払うよう要求された、というような体験談をよく聞きます。

 けっして笑い話ではありません。市場(いちば)でのちょっとした買い物でさえ食うか食われるか、気が抜けません。値切り交渉は不可欠で、いかにうまく客を出し抜いて、一銭でも利益を得るか、があからさまです。お客様のために、などというぬるま湯の対応は期待できません。飲み屋で酔いつぶるのはご法度です。

 客はむしり取るための存在に過ぎません。お客様第一主義が当然と考えている日本人は、あまりの違いに戸惑い、疲れ果て、たいていは白旗をかかげることになります。

 それは彼らが貧しいからではけっしてありません。民度が低いからではありません。社員教育の不徹底でもありません。経済行為の背後にある基本的な倫理、文明のかたちが違うからです。

 安倍晋三元首相の『美しい国へ』に、アメリカのマンスフィールド大使と安倍晋太郎外相の逸話が紹介されています。マンスフィールド大使が「日本の経済発展の秘密とは何か?」を問いかけ、安倍外相が「日本人の勤勉性」と答えたのに対して、大使は「天皇です」と述べたというのです。

 子息である安倍元首相は、天皇という微動だにしない存在があり、社会の安定性を失わなかった、だから経済が発展した、と説明していますが、それならなぜ天皇の存在は微動だにしないものであり続けてきたのか? 天皇とはどのような存在なのか? より重要なのはそこでしょう。


▽他者のために祈る天皇

 唯一の価値体系しか認めないのが一神教世界です。まず絶対神の存在があり、それを信じる個人としての自分がいます。自分の神が唯一にして絶対であれば、信じる神が異なることによって、ときに殺戮と破壊が正当化されます。

 してみれば、一神教世界にあって、たとえビジネス社会に限定されるとしても、カーネギーが他者の価値観を認めなさい、と説くことは、まるで宗教革命です。

 ところが日本の天皇は、それどころでありません。ご自身ではなく、もっぱら他者のために祈ることをご自身の第一の務めとされています。国と民のためにひたすら祈ることが天皇の天皇たるゆえんです。天皇の祈りこそは、価値の多様性を前提に、多様なる国民を多様なるままに統合する、多神教的、多宗教的な文明の中心です。

 歴代天皇こそ、さしずめカーネギーの法則の実践者です。公正かつ無私なる天皇の祈りが社会を安定させ、それを基礎に日本の経済は発展してきたのではありませんか? 日本最古の紙幣は、安土桃山時代末期に、皇祖神をまつる伊勢神宮の神職(御師)たちが発行した「山田羽書(やまだはがき)」で、伊勢の信仰を基盤に流通し、藩札の原型となったことは、きわめて象徴的です。
http://web.mac.com/saito_sy/iWeb/SAITO%20Yoshihasa%20Website/7E4F1627-B85B-11DC-9C5F-000A95D44250/7E91AEA2-78B3-11DD-A1F4-000A95D44250.html

 けれども日本の多神教的、多宗教的文明には2つの重大な欠点があります。主体性を失いがちになること、原理の異なる文明に対する抵抗力が弱いことです。

 面白いことに、この2つの欠点が同居しているのが、「小鳩」政権です。鳩山首相の「友愛」精神には国家の中心軸が見当たりません。小沢幹事長の「豪腕」は、天皇の文明とは異質の一神教文明的、戦後民主主義的な多数派の専制によって、天皇をも自由に動かそうとします。

世界最大の水利発電ダムは、災害プロジェクトでもあった。 中国とはこの程度の国家でもある。
民主党はもとより、今や保守自民党ではなく、リベラル自民党にも親中国議員が掃いて捨てるほど居ます。

 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      
 まだ地盤固まらず地滑り,崩落危険箇所は4000
  あと30万人の移住が必要=世界最大三峡ダムの現状
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 重慶市全人代は2010年1月21日に黄奇帆市長が特別報告し、三峡ダム周辺の住民をあと三十万人立ち退きが必要であるという衝撃の結果を伝えた。

 世界最大の三峡ダムは第一期工事が完成し、すでに発電は開始されている。
 水没面積は3725万平方メートル。水没した工場は1397蔽。
 今日までに113万8千人が重慶などへ移住した。重慶にはかれらを受け入れるための住宅、文化センターなどを建設。とくに出身地の村々による新住宅地を984ヶ所に建設し、ダムの工事費などを合わせて542億元を投資した。今日の換算レートで邦貨になおすと7兆5千億円。当初の計画は3兆円だった。立ち退きも80万人の予定だった。

 175メートルの貯水が開始され、予測された水没箇所は道路、送電線、鉄道、工場、民家、農地など。

 そして予想の範囲を超える被害が拡がる。
第一は水質の汚染である。化学肥料工場、医薬品工場は毒性の原料もろとも水没し、つぎに厠群が水没し、その汚染の悪質さは生態系をかえる。魚の大半が死滅した。
付近住民には原因不明の病気、食中毒が顕著に報告されている。

 第二は地滑り、崩落による小規模な地震が数千回。これが二次災害を招来し、新しく地盤沈下、崩落をよぶ。

 第三は移住した住民等の雇用不安。これが治安悪化をまねき、小規模な暴動は日常茶飯となっている。

 ここに新しく30万人の移民が必要であると公式に報告された。
 世界最大の水利発電ダムは、災害プロジェクトでもあった。

永山英機さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」より。

大阪府知事の橋下は中国人観光客招来のために、先日中国を訪問しましたが、あの人に政策には結構イカサマ的な要素があります。
これ以上中国人は大阪に来てほしくありません。
「金のためなら」というらしいですが、中国人は一人も必要ありません。
台湾人なら大歓迎です。
橋下は可笑しい人です。あるのは人気だけです。多くの保守の中にも支持する人がいますが、良くお考え願いたいです。


ブログ「台湾は日本の生命線!」 http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/

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恐るべき「中国人観光客」の政治任務

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1018.html

■共同通信が伝えない中国の観光客戦術とは  

共同通信は呑気な平和ボケなのか。それともただ単に中国の膨張戦略を見て見ぬふりをしているだけなのか。昨年十二月二十八日に配信した「中国から台湾への旅行3倍 日本の観光戦略に打撃も」なるニュースを読んで、そう思った。それは以下のような内容だった。

―――中国本土から台湾を観光やビジネスで訪れる旅行者数が、今年(※二〇〇九年)は昨年の約3倍の90万人に達する見通しだ。

―――政治的な理由で制限されていた中国人の台湾観光が昨年7月に解禁されたためで、旅行者の3分の2が観光目的。中国から近い日本と台湾は観光客の奪い合いになる可能性があり、日本の関係者は危機感を募らせる。

―――台湾観光ブームは、日本の観光戦略に影響。独立行政法人国際観光振興機構(JNTO)が中国の旅行会社を対象に実施したアンケートで「日本に向かうはずの旅行需要が台湾に流れつつある」との回答が多かった。1万2千人の日本行き社員旅行を計画していた米国系中国企業が突然、渡航先を台湾に変更したケースもあった。

たしかに中国人観光客を成長の目玉とする旅行業界としては由々しき事態なのだろう。だが日本人が本当に「危機感を募らせる」べきは、そんな程度の問題ではないのだ。

日本でも中国が送り込む観光客の消費と言う経済力によって、間接支配が進むのではないかと懸念する声も聞かれるが、台湾では現実にそのようにした台湾併合工作が進行中なのである。

もしそれが達成されれば日本のシーレーンは中国に扼されるところとなり、この島国は経済はおろか国家の主権まで、あの国に支配されることとなろう。

■『台湾大劫難』は中共の機密を暴露した衝撃の書

昨秋に台湾で出版され、政界にも衝撃を与えている本に亡命中国人作家、袁紅氷氏の『台湾大劫難』(台湾の大災難)がある。昨年十一月に出版されて瞬く間に完売するほどの売れ行きだが、実際にはこの本を置いている書店は少ないそうだ。

何らかの圧力がかかっていると聞く。何しろこれは、中共のいくつもの重大機密文書を暴露する内容だからだ。

機密文書とは二〇〇八年六月に胡錦濤総書記が召集した中共政治局拡大会議で採択されたもので、台湾で総統選挙が行われ、また中国で胡錦濤主席の任期が切れる二〇一二年に、台湾の政治、経済、軍事、文化を全面的にコントロールし、戦わずして台湾を攻略(平和統一)するとの恐るべき戦略を示すものだ。

だから中共はこの本の台湾での出版に狼狽した。大紀元報の報道によれば、対台湾窓口機関である海峡両岸関係協会の陳雲林会長は、「我々の台湾戦略の持ち札はすべて露出された。今後どのように仕事を進めるのか」と、内部会議で嘆いたとか。

この本によれば、中国が台湾をコントロールするために用いている手段の一つが、国民党への統戦(統一戦線工作)、つまり利益誘導による抱き込みで、それが着実に進行していると言う。

たとえば台湾の書店は中国から書籍を卸してもらう代わりに、中国を批判する本を置けなくなっている。これが『台湾大劫難』を扱われない理由なのだろうか。それとも国民党が販売を止めているのだろうか。

■「統一」のため台湾へ観光客を送り込む中国

さて、目下台湾と中国との関係改善は経済面においてが中心だが、あの国にとってはやはり何事にも「先ず政治、その後に経済」だと『台湾大劫難』は強調する。

つまり、先ず経済交流を活発化させて「経済統一」を達成し、その後「政治統一」に持ち込むと言うわけだ。

この「経済統一」の柱は「金融統一」と「市場統一」で、前者は間もなく発効する金融機関の相互進出などを認める金融監督に関する覚書(MOU)を、そして後者は先ごろ締結に向けての協議開始が合意されたFTAに相当する経済協力枠組み協定(ECFA)を、それぞれ台中協議の起点とする策略なのだそうだ。

その「市場統一」であるが、機密文書の一つである「対台経済統戦方案」が、その達成のために不可欠と規定するのが、「大陸市場を台湾の主要な農工業産品の輸出市場にすること」と「大陸を台湾のエネルギーなど民生に関わる戦略資源の主要供給地にすること」であり、さらには「二〇一二年までに毎年、台湾に赴く大陸観光客を五十万人近くまで持って行き、必要とあればさらに増加させ、大陸観光客を台湾旅行業界の最も主要な財源にさせること」だと言う。

■企業職員を動員して派遣される観光団

『台湾大劫難』によれば中共は、馬英九総統の「三通」と、中国人観光客の台湾観光の開放と言う政策を成功させるなどで、その対中国政策の威信を国内で高めさせ、二〇一二年の総統選挙で再任を果たさせ、政治統一を達成しようとしている。

だが、あの国の一般民衆に、台湾旅行をする経済力は乏しい。そこで、これは重大機密であるが、訪台する観光客数が予想より下回り、馬英九総統の中国経済との連動政策に重大な影響が出る恐れがあることが判明した二〇〇八年十月、中共書記処は統戦部、そしてその下に工商総局と税務総局を動員して工作グループを結成した。

ではこのグループの任務は何かと言うと、観光団の強制的な送り込みである。すなわち中国で利潤を上げている華僑系の企業と国内の民間企業に、職員の台湾への観光団を作らせるのである。

その際、工商総局と税務総局は、この指示に積極的に応じた企業には営業と税務の面で優遇を与える。応じない企業には法に従って厳格な管理を加える。たとえば営業や税務で違法行為があれば、直ちに厳重な処罰を下す。またその他の企業でも観光団の派遣を奨励しているらしい。

これらの企業は中共に対し、すでに奴僕の如く従う体質になっているため、どこも積極的に指示に従う。派遣される職員たちも、旅行を「祖国統一の政治任務」と捉え、「台湾同胞」に中国の改革開放の巨大な成果を見せ付け、「祖国の大陸と一緒になる以外、台湾経済には道がない」と宣伝するのだと言う。

共同は「1万2千人の日本行き社員旅行を計画していた米国系中国企業が突然、渡航先を台湾に変更したケースもあった」と報じていたが、それなどはまさに中共の指示に従ったケースではないだろうか。

■利益を求めるものを操作する中国の常套手段

一月七日に報道によれば、台湾の観光局の初歩的な統計では、〇九年に台湾を訪問した中国人は九十六万人で、そのうち観光客が六十万六千七百七十四人と前年の約三倍。中国の国家観光局が一日に発表した観光客数も六十万六千百人。台湾での一人当たりの消費額は約千八百ドルに達すると言う。

この成長ぶりに気をよくしたか、台湾の観光局は今年の中国人観光客の受け入れ数目標を七十五万人と設定している。

しかし台湾紙自由時報(〇九年三月二十一日)が警鐘を鳴らすように、「中国人観光客が何人来るか、そしてどこへ行くかは中国政府が政治的必要性に応じて決めるもの」なのである。

「中国の台湾への戦略の本質的にはこれまでと変わっていない。つまりそれは台湾の併呑にある。武力行使の可能性を排除せず、『平和統一、一国二制度』と叫び続け」ているわけだから、その戦略上の必要に応じ、いくらでも人を送り込んでくるわけだ。

『台湾大劫難』が漏洩した機密情報は、まさにその事実を裏付けるものである。

このように、日本にも大量に流れ込む中国観光客には何らかの「政治任務」が付与されていると見た方がいい。日本の旅行、小売業界が中国に利益を求めるなら、利益を与えて影響力を及ぼそうとするのが中国の常套手段である。

もちろんその目的は東アジアにおける覇権確立。これが言い過ぎではないことは、現下の台湾の状況を見れば想像できるはずである。

中国は台湾への直行チャーター便の発着地点を当初の五カ所から、今では二十七カ所に増加させているが、今年の旧正月期間には三十一カ所にまで増やす予定。もはや統戦工作の進行には歯止めが利かない危機的情勢だ。

なお、共同が報道で「中国本土から台湾を観光やビジネスで訪れる旅行者数・・・」と表現したことに留意したい。

「中国本土」と「台湾」を並べることで、台湾を中国の領土として扱っている。この通信社もまた中国から何らかの利益を与えられ、その支配を受けているのだろう。そうでなければあえて誤報(中国の宣伝の代行)を行う理由は説明できまい。

小生の知人のO様より紹介を受けましたので、皆様にもお伝えします。

            「中国にある8億人の植民地」
 今日の産経紙上の、河崎真澄上海支局長のレポートです。何清連氏の『中国の嘘』などですでに紹介されていることですが、日本のメディアが報じないためにその実態は殆んど日本では知られていません。以下の通りです。

・ 戸籍という差別
2月14日の春節(旧正月)が近づいた。農村部から都市部に出稼ぎに来た「農村工」の帰省ラッシュが始まる。その数、実に2億人。民族大移動と言っても差し支えない規模だ。
現金収入もなかなか増えない農村では、農地に高値がつくなど特殊な事情が生じない限り、豊かさを手にすることは難しい。しかし、だからといって農村出身者が新しい生活を求め、家族そろって都市に移り住むことも容易ではない。都市と農村を隔てる「戸籍制度」が立ちはだかっているからだ。

 新中国成立直後の1950年代に施行された戸籍管理条例が、農村出身者を戸籍によって農村に一生縛り付ける仕組みを生んだ。農民戸籍しかなければ、出稼ぎ先の都市など出身地以外で自分の子供を小中学校に通わせることは原則として出来ず、病気になっても健康保険の適用を受けることは出来ない。農民戸籍の女性が都市戸籍の男性と結婚したとしても、女性はもとより、生まれた子供も母方に従って農民戸籍になる。

 労働力を農村に引き留めて都市への食料を確保する一方、物資が欠乏する都市への人口流入を防ぐ狙いがあったのだろう。それに加え、78年ごろまでは、食料や衣服の配給は都市戸籍の住民のみが享受、農民戸籍なら自給を強いられる厳しい差別が存在した。

・ 大学合格か軍退役か
農民戸籍から脱出する方法もないではない。政府の外郭団体である上海対外服務有限公司に勤務する頼軍氏(35)の場合、セッ江省杭州の農村に生まれながら現在は上海の都市戸籍を持っている。頼氏は苦しい生活から抜け出したいなら必至に勉強しろ、と両親に言われながら育った。その言葉が実感となったのは93年に西安の西北大学に合格してからである。食べるのがやっとの農村だったが、入学後、頼氏には大学所属の都市戸籍が与えられ、配給も受けられるようになって生活が一変した。

その後、熊本大学への留学を経て大阪で就職。中国に戻った2003年に上海市で戸籍を申請したところ、僅か10日間で許可が下りた。都市戸籍をひとたび取得すれば、一定の都市間移動も認められるし、上海などは海外留学経験者を優遇する戸籍制度もある。
その後、上海戸籍の女性と知り合って結婚し、子供ももちろん上海戸籍になった。「もし上海戸籍がなければ上海での結婚など、夢のまた夢だった」と振り返る。

 農村出身者が自ら都市戸籍を得るには、大学に入学して、卒業後も都市戸籍を維持するか、人民解放軍に入って、退役まで任務を果たすしか方法がなかった。ただ、有名校の入試では、地元の都市戸籍を持つ学生には点数にゲタをはかせるものの、農村出身者はよほど優秀でなければ合格できないという差別もある。中途半端な努力や能力ではまず農村戸籍から抜け出せないのが実情だ。

・ 「二級市民」の不満
ある大学教授は「農村の中国は都市の中国からみて植民地だ」と吐き捨てるように言う。都市によっても違うが、上海市の場合、地元の戸籍を持つ従業員には、月額賃金の約62%を医療や住宅など社会保障費として雇用主が負担する義務がある。だが、季節雇用の農村出身者なら、その負担を限りなくゼロに抑えることもできる。

この教授は「戸籍の差別で搾取した安価な労働力で『世界の工場』になった中国の経済力を誇る気持ちにはなれない」とも憤り、農民戸籍の約8億人が事実上の“二級市民”扱いされる政策は社会不安を招いて破綻すると見る。とはいえ、5月開催の上海万博の建設現場一つを取っても、一人っ子政策の結果、労働力が不足し始めた都市部は、もはや農民工なしには成り立たない社会構造に変わってしまったことも確かだ。

上海は、人口およそ2100万人のうち地元の戸籍がない地方出身者が約700万人に上る。遅ればせながら昨年から、全国に先駆けて、市の居住証を取得して7年が経過した地方出身者に上海戸籍の申請資格を与えたり、農民工の社会保険への加入を認めたりする戸籍制度改革に着手している。「最終的には中国全土で(公平な戸籍制度)に統一されるだろう」と頼氏も期待感は示す。しかしその「最終的」な時期が何時訪れるかは、誰にも分からない。

今も、農民工は戸籍のはざまで不満を隠しつつ黙って働く以外、収入を農村に持ち帰る方法がない。毎年、巡り来る“民族大移動”が映し出すのは、高度成長下の中国の過酷な現実なのである。
以上(産経紙、1月24日‘10、河崎真澄・上海支局長)

 中国には、侵略され民族殲滅政策の下で呻吟するチベット、ウイグル両民族がいます。外にも「農村戸籍」という8億の「植民地」があるということです。こうした体制を維持するために、共産党独裁体制を脅かす動きには厳しい監視体制網があります。勿論、人権、言論、政治的自由は全くありません。こうした過酷な現実を日本のメディアは報道せず、反日左翼は一切に批判しません。いや、逆にひれ伏しています。
平成22年1月24日

台湾竹田・池上博士文庫九周年祭に参加して




14日より20日までの間台湾を訪れました。その一部をご報告します。



1月16日台湾屏東県竹田郷にある池上博士文庫九周年祭が盛大におこなわれた。

この日のために、前日より少しばかりのお手伝いをして後、劉理事長ご紹介の王様ともどもとピントン市内で夕食をご一緒する。



その席には静岡県袋井市よりお越しの江崎氏ともご一緒する。

袋井市は、ピントン県内ある地下ダムを作られた鳥居氏の出身地であり、台湾の実業家許氏から鳥居氏の胸像の贈呈を受けた御礼に、袋井市長はじめ百数十名の市民がこのピントンにお越しになられたというお話を伺った。その訪台の一員に参加されていた江崎氏は湾生でもあり、ピントン県人会にも入っておられるそうでした。



当日、劉理事長始め私たち計4名が車で竹田駅に向かった。

この日は御目出度い結婚式の多い日だそうで、幸先がいいと車内は沸いていました。

竹田駅に向かうまでの間、結婚式に関わる装飾した車列に幾度かすれ違うということもありました。



参加者は日章旗にも記名していました。

(後で聞いたことですが、台湾在住の或る日本人学校(台北・台中・高雄の三校あり)の

先生のお一人が、日章旗への記名を拒否されたそうです。この先生どんな教育を受けてこられたのでしょうかね。台湾にいる日本人として恥ずかしい限りです)



劉氏の開会の辞を皮切りに、ピントン県副県長・日本交流協会高雄事務所長・高雄日本人学校長を初め多数のお方の挨拶を受けた後、恒例の日本時代の台湾人の皆様を先頭にして、日本の歌の数々がご紹介されました。



日本の国歌をはじめ、「一月一日」「蛍の光」「仰げば尊し」「惜別の歌」など日本では今や歌われる事がなくなった歌の数々を自然と流れる涙を拭くこともなく、一緒に歌わせていただきました。



参加した皆で、記念写真を取った後、簡単な食事をしながら歓談していました。

この催しには、台湾の「自由時報」の記者もきていて、簡単な取材を受けました。

この集いが翌日の17日「自由時報」A14面下段2段を使って写真付きで報道されていました。予想もしていないことですが、この記事の最後の部分に私の名前が載せられて、この集会に日本から駆けつけたと紹介されていました。



皆様の話題の中心は、直前におこなわれた補選で3名全員の当選という快挙の話でした。

これから巻き返すのだという台湾人の気概に触れた思いでした。また日本の政治状況についての質問も多く、民主党の圧勝についての感想も随分質問されました。



こような場で多くの台湾人と知り合いのなれたことは大きな成果でした。

長栄大学董事長、静宜大学日本語文学系教授など交流を約束することができました。



当日の午後からは、県内の原住民族パイ湾族の集落を訪れ宿泊しながら翌日もパイ湾族のことについて少しは勉強できたかなという経験をすることもできました。

これからも、今後、原住民との交流を考えてみたいというありがたい経験をつむ事ができました。



「台湾の声」より転載しています。

明日14日より20日まで台湾へ行きます。

ピントン県でパイワン族(原住民)のこと勉強できたらと思っています。


【民進党圧勝】立法委員補選分析1月9日に桃園県2区、台中県3区、台東県の3つの選挙区で実施された立法
委員(国会議員)補選は、野党の民主進歩党(民進党)が3戦全勝した。

桃園県第2選挙区(大園、観音、新屋、楊梅)
(投票率38.42%)
郭栄宗(民進党)58.1% 53633票
陳麗玲(国民党)40.0% 36989票
彭添富(無所属) 1.9%  1760票

台中県第3選挙区(太平、大里)
(投票率45.09%)
簡肇棟(民進党)55.0% 63335票
余文欽(国民党)45.0% 51776票

台東県選挙区
(投票率39.44%)
頼坤成(民進党)  49.5% 23190票
[廣β]麗貞(国民党)45.3% 21215票
洪銘堅(無所属)   5.3%  2482票

 今回の補選は、桃園と台中が前回の立法委員選挙の選挙不正で国民党籍の立法
委員が当選無効となったことと、台東県選出の国民党籍の立法委員が台東県長に
出馬する際に議員辞職したことにともない欠員補充のため行われた。台東県選挙
区は、県長再任の国民党党公認が得られなかった[廣β]麗貞・前台東県長を国民
党が公認としたということもあり人気がなく、ほか買票など選挙不正による当選
無効でやり直し選挙の桃園、台中と合わせて、いずれも民進党が有利な状況であ
った。

 桃園県2区は桃園国際空港の周辺の海岸沿いの地区と楊梅鎮。海岸沿いの大園
、観音、新屋はもともと民進党が強いが、人口が比較的多い楊梅は国民党が強い
ので、勝負は5分5分と見られていたが、投票結果は楊梅も民進党が辛勝し、選
挙区全体では民進党が58%を獲得し圧勝した。

 台中県3区は、もともと国民党の基盤が強い地区であったが、太平では国民党
候補が若干リードしたものの、大里で民進党が62%獲得し、全体では民進党候補
が55%獲得して逆転勝利した。

 台東県は、これまで国民党の基盤が固い地区であったが、民進党の簡は、人口
が比較的多い台東、卑南、鹿野、池上、太麻里などで国民党候補をリードし、49.5
%で今回始めて民進党候補が勝利した。

 結果的にもともと国民党が占めていた3選挙区すべて民進党候補が逆転勝利し
たことで、国民党の退潮がいよいよ明らかになった。投票率の低さと得票数から
見て、前回国民党に投票した人の多くが今回投票に行かなかったことがわかる。
このように、国民党支持者からも国民党は見放されつつある。もともと国民党が
強かった選挙区で民進党候補が当選したことにより、年末の直轄市長選挙も民進
党に追い風が吹いてきた。

 国民党の敗北の最大の原因は、相変わらずの買票などの不正選挙に有権者の嫌
気がさしたというほかにも、馬英九政権が米国産牛肉輸入問題のように、アメリ
カと秘密裡の交渉で台湾の国益を守らない協定書を結んでしまったことが、中国
との経済協定を結ぶ際にも秘密裡の交渉で決定されて台湾の国益を損なうことに
なるのではないかということを連想させ、その不信感が急速な国民党離れを招い
たとみられる。

 桃園県、新竹県、嘉義県、花蓮県選出の立法委員が県長に当選したことによる
4選挙区の補選が2月27日に行われる。県長当選による欠員は国民党3、民進党
1であり、国民党が有利な情勢となっている。民進党は1選挙区を死守したうえ
で、2~3選挙区の当選を目指す。




日米同盟のいっそうなる強化が国益にかなう賢明な戦略。
今の日本政府にできるかな~


石平(せきへい)のチャイナウォッチ
http://www.seki-hei.com 


 ■ 漂う米中関係の暗雲、日本にとっての好機 ■

アメリカ合衆国は現在、地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)を含めた
台湾向け武器売却を進めていることにたいし、中国政府は年明けてから、
今まで見たことのない強い姿勢での猛反発をしている。

1月7日から9日、中国外務省の姜瑜報道官は三回にわたって
「強い不満と断固反対」を表明したのに続いて、
米国担当の何亜非・外務次官も9日、「強い不満と断固反対」
の表明と同時に、「武器売却の即時停止を米国に強く求める」
との姿勢を示した。

8日には、中国国務省も反発に出た。国務省の報道官は外務省と同様、
「強い不満と断固反対」を表明したと同時に、
「中国側はさらなる措置をとる権利を留保する」とし、
昨秋本格的に再開したばかりの軍事交流を停止するなどの
報復措置をとることを示唆した。

このように、米国の台湾向け武器売却にたいし、
1月7日から9日までのわずか3日間、
中国側は5回にもわたって猛反発を行っているが、
米中関係史上、それは極めて異例なことである。

1979年11月に米中国交樹立の直後に、米国はさっそく
国内法としての「台湾関係法」を成立させ、武器提供を含めた
台湾への防衛協力を法的義務として定めた。

それ以来、米国は三十年間にわたって
台湾への武器売却を断続的に行ってきたが、その都度、
中国政府は外務省を通じてきわめて形式上の「不満と反対」を表明したものの、
基本的に目をつぶってしまうような姿勢をとってきた。

だからこそ、台湾への米国の武器提供が堂々と行われ続ける一方、
米中関係は何とか維持されて徐々に深まってきた。

しかし今度、中国は今までとはまったく違った姿勢をとることになった。

売却が実際に行われる前からすでに
上述のような密度の高い猛反発を行っているから、それはもはや、
単に形式上の「抗議」や「反対」ではなくなっている。

この勢いでは、おそらく中国側は今後、反発のトーンをいっそう強めていくし、
売却が実際に行われた後には、それまでの強い姿勢と釣り合うような
実質上の「報復措置」を取らざるを得ない。

(実際、去年の年末辺りから、中国国内の御用学者たちはいっせいに、
「米国に対抗する実質上の報復措置をとるべし」との大合唱を始めている)。

つまり中国は今後、この問題についての
米国との喧嘩を徹底的にやっていく覚悟なのである。
米中国交樹立30年後の今になって、
中国政府はこのような強硬姿勢に転じたのは一体何故なのか。

その理由として考えられるのは以下の三つである。

一つは、近年における国力の増大にしたがって自信を持ち、
米国の台湾への武器売却、中国側の言い方からすればすなわち
「中国の内政への干渉」にたいしてはもはや我慢できなくなったこと。

もう一つは、中央指導部における軍の強硬派の発言力が増してきて、
この問題への柔軟な対応は出来なくなったこと。

最後一つ、一番重要ではあるが、
今の胡錦濤政権は「台湾問題の解決」をすでに視野に入れていて、
この問題への米国の関わりにたいしてすごく敏感になっていることである。

勿論、この三つの理由が連動しているとも考えられる。

つまり、国力の増強と軍の強硬派の影響力の増大の中で、
「台湾併合」はいよいよ指導部の意識するところとなってきている、
だからこそ、中国政府は米国の台湾向け武器売却に対し、
今まで見たことのない強い姿勢で臨んでいる、と考えても良い。

とにかく、今回の武器売却の一件をめぐって、
米中関係には大きな波乱が生じてくることは確実のようである。

去年の11月にオバマ米国大統領が訪中した際、
多くのメディアが「G2」の時代の到来と騒いだ中で、
私は月刊誌『Voice』の12月発売号に寄稿した論文の中で、
「米中蜜月もそろそろ終焉する」と予測しているが、
一ヶ月も立たないうちに、それは早くも目の現実となりつつあるのである。

勿論、わが日本国のしかるべき対応としては、
これを機にして日米同盟のいっそうなる強化を図ることこそが
国益にかなう賢明な戦略ではあるが、今の日本政府に
この程度のことができるかどうかはむしろ疑問なのである。


( 石 平 )

外国人地方参政権の問題では、反対勢力が一気に大奮闘することが求められていますが、
選挙区の民主党議員への説得が必要です。
小生も昨日・一昨日と二日間民主党議員と電話で話し合っています。

地方参政権の問題は、これだけではありません

以下の問題が自動的に付いて来るのです。
この宣伝もよろしく。

 第148国会(2000年7月5日)提出
 ↓ 
 第157国会(2003年9月26日)まで10回連続付託

 ・地方選挙権
 ・条例の制定・改廃を請求する権利
 ・事務の監査を請求する権利
 ・議会の解散を請求する権利
 ・議会の議員・長・副知事(助役)・出納長(収入役)の解職を請求する権利
 ・選挙管理委員・監査委員
 ・公安委員会の委員の解職を請求する権利
 ・教育委員会の委員の解職を請求する権利
 ・合併協議会設置の請求権
 ・住居表示の新設等についての市町村長の案に対する変更請求権
 ・公職の候補者の推薦届出をする権利
 ・投票立会人・開票立会人・選挙立会人・民生委員・人権擁護委員・児童委員へ
  の就任資格

宮内庁は祭祀の調整を具体的に発表し、陛下のご負担軽減といいながら、実際はご日程件数は増え、歴代天皇が第一のお務めとしてきた祭祀だけが激減したのでした。
斉藤様は宮内庁の再考を求めておられます。
元旦の陛下の分刻みのご予定驚きました。
改めて祭祀以外の御公務の削減を求めます。
転載します。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.113
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 元日に日本年金機構が発足しました。社会保険庁からの移行で、500人以上が分限免職(解雇)となりました。社保庁職員として給与をもらい、実際は無許可で組合活動ばかりしていたという「ヤミ専従」で懲戒処分を受けた約20人は採用が見送られました。

 労組活動の専従者なら労組から報酬を得るべきです。税金から得ていた給与は返還されるべきです。まして年金記録問題には組合との不適切な関係が背景にあると指摘されています。不採用は当然でしょう。けれども、組合は訴訟で対抗する構えです。

 興味深いのは組合の綱領です。「戦前、日本の労働者と労働組合は、諸外国に例を見ない天皇制軍国主義のもとで、人間らしい生活を求め、侵略戦争に反対するたたかいを続けました……」。

 「諸外国に例を見ない天皇制軍国主義」って何のことでしょう。19世紀風の国家観を唱え、対立と破壊を信仰し、革命を実践する人たちがいる。だから「反動国家」からカネをむしり取ることも正当化されているのではないのですか? 時代錯誤の歴史論が年金記録問題の遠因ではないのでしょうか?

 気になるのは、革命家たちと同じニオイが、あの「天皇特例会見」をゴリ押しした小沢民主党幹事長にすることです。多数派を形成すれば天皇をも動かすことができる、という発想ですが、それはまた次の機会にお話しします。

 さて、先週は「天皇特例会見」のその後について書きましたが、肝心なことを書き忘れました。習近平国家副主席の今後のことです。

御所から神嘉殿南庭に復した四方拝───私たちの祈りと声が通じた
  

▽暗雲漂う習近平副主席の前途

 ちょうど1か月前になりますが、「副主席は血なまぐさいウイグル弾圧の責任者だから、陛下がご引見になるのはふさわしくない」というような、保守派からのきびしい抗議の声があがりました。けれども、「弾圧の責任者」という理解は実態とずれているようです。

 昨年7月のウイグル「暴動」は、胡錦涛国家主席がイタリアで開かれたG20に出かけていたときに起きました。中国ウォッチャーの情報によれば、王楽泉新彊ウィグル自治区書記は血の弾圧を主張したのに対して、留守番役の習近平氏はむしろ煮え切らぬ態度で、そのため政治局会議で逆に批判されたというのです。
http://www.melma.com/backnumber_45206_4614804/

 予想に反して、9月に軍事委員会副主席になれなかった理由はここにあり、来日の打診が10月にずれ込んだのも失地回復に手間取ったのかと推測されます。

 だとすると、日本国民の反発を招いた「天皇特例会見」騒動は、習近平氏にとって、対日外交の主導権を手中に収め、権力の階段を駆け上がる踏み台としての目論見がはずれただけでなく、前途にふたたび暗雲をもたらすに違いありません。習近平氏は巻き返しに必死になるはずです。乱はさらなる乱を呼び、隣国の乱はわが国にも跳ね返ってきます。

 政治闘争を日常茶飯事とする中国の権力者たちに、「友愛」だとか「国際協調」などときれい事をいって、日本の最高権威である陛下を差し出すような特例会見をゴリ押しした政府民主党の罪はそれでなくとも重いといわざるを得ません。

 ということで、本題に入ります。この正月、宮中祭祀に関して、特筆すべきことが起きました。私たちの祈りが届いたのです。


▽注目すべき元日の宮中行事

 宮内庁は昨年末、今年1月1日の行事について、以下のように発表しました。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/gyoji-h22.html

平成22年1月1日(金)
午前5:30 天皇陛下 四方拝 神嘉殿南庭
同 5:40 天皇陛下 歳旦祭 三殿
同 9:05 両陛下 祝賀及びお祝酒 侍従長始め侍従職職員 御所
同 9:30 天皇陛下 晴の御膳 花の間
同 9:45 両陛下 祝賀 長官始め課長相当以上の者、参与及び御用掛 鳳凰の間
同10:00 両陛下 祝賀の儀 皇太子同妃お始め皇族各殿下 松の間
同10:10 両陛下 祝賀 元皇族、御親族 竹の間
同10:15 両陛下 祝賀 未成年皇族 鳳凰の間
同11:00 両陛下お始め祝賀の儀 内閣総理大臣始め 梅の間
次いで 両陛下お始め 祝賀の儀 衆議院議長及び参議院議長始め 松の間
次いで 両陛下お始め 祝賀の儀 最高裁判所長官始め 竹の間
同11:30 両陛下お始め 祝賀の儀 認証官等 松の間
同11:40 両陛下 祝賀 堂上会総代(3名) 鳳凰の間
午後1:10 両陛下 祝賀 宮内庁職員及び皇宮警察本部職員 北溜
同 1:20 両陛下 祝賀 旧奉仕者会会員(元宮内庁職員及び元皇宮警察本部職員) 北溜
同 1:30 両陛下 祝賀 元参与、松栄会会員、元側近奉仕者、元御用掛 竹の間
同 2:30 両陛下お始め 祝賀の儀 各国の外交使節団の長及びその配偶者 松の間

 注目したいのは一昨年および昨年との違いです。


▽平成の祭祀簡略化が進行中

 一昨年暮れのご不例直後、宮内庁はご公務の取りやめなどを発表し、羽毛田長官は「当面、1か月程度はご日程を可能なかぎり軽くし、天皇誕生日や年末年始の行事などについて所要の調整を行いたい」と12月11日の定例会見で語りました。

 ところが昨年元日の行事は、少なくとも宮内庁発表によれば、調整前の前年とほとんど変わりません。変わったのは、午前5時40分の宮中三殿での歳旦祭が親拝ではなくご代拝となったこと、9時5分の「祝賀およびお祝酒」の「お祝酒」がはずされたことです。

 長官のいう「可能なかぎり軽く」の実態がこれなのです。言行不一致そのものです。

 それなら今年はどうだったのか、というと、歳旦祭の親拝と「お祝酒」が復活しただけではありません。注目すべきことに、19年以来、御所で行われていた四方拝が神嘉殿南庭での神事に復したことが宮内庁の発表で分かります。

 このメルマガの読者ならご存じのように、まだ明け初めぬ元旦、陛下は宮中の奥深い神域、宮中三殿に付属する神嘉殿の南庭で、伊勢神宮、山陵、四方の神々を拝する四方拝を行われます。庭上で行われるのは、「庭上下御」といい、天皇がみずから地上に降り立って謙虚に神々を仰ぐ崇敬の誠を示しているといわれます。

 しかし昭和の時代、祭祀嫌いの入江相政侍従長は、天皇しかなさらない、一年最初の四方拝の破壊に熱中しました。昭和44(1969)年12月26日の入江日記には、入江が当時68歳の昭和天皇に「四方拝はテラス、御洋服で」と提案したとあります。

 そしていま、羽毛田長官のもと、昭和の祭祀簡略化を先例とする平成の簡略化が進行しています。


▽宮内庁の説明不足

 19年から四方拝の場所が御所に変更されていることは宮内庁のホームページから明らかです。昨年もお召し物は黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)ではなくモーニングで、場所は御所の庭上で行われていますが、何を基準とした変更なのか、分かりません。

 しかし昨年末の発表では、先述したように、今年は神嘉殿南庭にもどされています。そして先週末に「平成22年1月1日(金) 天皇陛下 四方拝(神嘉殿)」というご日程が発表されました。
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h22/gonittei-1-2010-1.html

 私たちの声が届いたということで オょう。私たちの主張を理解する方がおられるのでしょう。ありがたいことです。

 ただ、ひと言だけ申し上げれば、なぜ宮内庁はきちんと説明しないのでしようか?

 一昨年末も長官会見は「祭祀の調整」にふれていません。1か月半後の翌年1月末になってようやく宮内庁は祭祀の調整を具体的に発表したのですが、ご負担軽減といいながら、その後、ご承知のようにご日程件数は増え、歴代天皇が第一のお務めとしてきた祭祀だけが激減したのでした。

 どうしても祭祀を「調整」する必要があるというのなら、納得がいくように説明されるべきではないのでしょうか? 元にもどすのなら、その説明も必要でしょう。もう1つ、忘れてならないのは、陛下のご負担軽減は急務でしょうし、ご公務のあり方を再考する必要があることに変わりはないでしょう。

皆様方に転送します。
転送・転載お願いします。

From: Kuru
Subject: 第2弾:1/8朝日新聞(外国人参政権付与問題)に抗議を取り下げ激励・要望の声を!



【有志の皆様へ】(第2弾:激励・要望姿勢で臨む)
 前回、朝日新聞の「外国人参政権付与に関する記事」の偏向報道について、抗議をお願いしましたが、マスコミとのつながりの深いある有志の方から、

①「外国人参政権付与問題は、密室で議論され、国民に問題点が明らかにされていないことが問題で、国民的議論が巻き起これば、国民もおかしいことがわかり、反対の世論が巻き起こるはずです。」

②「従って、1月8日の朝刊で朝日新聞が取り上げたということは、不満な点もあるが、画期的なことであり、他社も倣う可能性もあるので、問題点は指摘しつつも、今後大いに国民的議論を巻き起こして頂けるように朝日新聞を激励することも大切なことです。」

との指摘がありました。もっともな指摘ですので、前回の「抗議するという姿勢」は取り下げて、「問題点を指摘しつつ、もっと国民的議論巻き起こるように、今後とも正しい報道をして頂けるよう激励していくという姿勢」で、再度朝日新聞社に当たって下さい。

他の有志の方にも転送して下さい。         「マスコミ報道を正す有志の会」より   



【要望・激励先】朝日新聞社(影響力があるので集中的に行って下さい。)

◆「電話によるご意見」は、朝日新聞東京本社「広報部」「03 – 5540 - 7615」へ

(但し、平日は9時~21時まで、土曜日は9時~18時まで、日曜・祝日は休みです。) 

◆「Eメール」は、お問い合わせフォーム 「 https://se01.asahi.com/reference/form.html 」から 

  ◎「その他朝日新聞社へのご意見・ご要望」を選択し、意見・要望を書き込む



【報道の概要】(朝日新聞記事は添付資料を参照)

(1)1月8日(金)朝刊の1面には『外国人参政権に14県議会「反対」』の大見出しがあり、中見出しには『政権交代後 自民が主導』と書かれ、本文が続いている。本文の内容は、反対の意見書決議をした14県のうち7県は、平成12年(2000年)以前には、賛成の意見書決議をした県である。

  今回のように逆の意見書決議をした背景には、野党になった自民党が、民主党との違いを際立たせ、民主党を揺さぶる狙いがある、としている。

(2)問題は、朝刊最後の35面(社会面)の関連記事にあった。その中身は、次のとおりである。

①外国人参政権付与に賛成する2人の大学教授(北海道大学の中島岳准教授、東京外大の北脇保之教授)、在日大韓民国民団中央本部の地方参政権獲得運動本部の徐元事務局長の意見は載せているが、反対の立場の教授や民間団体の意見は載せていなかった。

②そして、最も問題なのは「永住外国人の地方参政権をめぐる主な出来事」と題する年表である。

 その年表の一部に、『1995年 最高裁が判決で「憲法は、国内永住者など自治体と密接な関係を持つ外国人に、法律で地方選挙の選挙権を与えることを禁じているとは言えない」』と記述している箇所があった。この判決文は当時の「傍論」にすぎない。「傍論」とは、「判決の本論」の結論とは直接関係のない、単なる裁判所の意見表明にすぎず、判例としての効力を持たない。

ちなみに、当時の「判決の本論」の結論は、「参政権は、国民固有の権利であり、在留外国人には付与されない」となっている。従って、「外国人参政権付与は、憲法違反」になるのである。

  ところが朝日新聞は、「判決の本論」は一切載せず、上記のように「傍論」のみを、何の但し書きもせず、掲載している。あたかも「傍論」が「判決の本論」のごとく読者に思わせるような記述になっている。

【激励・要望の例】

まずは、この記事は国民的議論を巻き起こす意味では、画期的であることを感謝しつつ、欠落している

箇所を穏やかに指摘し、今後とも国民的議論が巻き起こるように、正しい報道をして頂けるよう激励・

要望していくのはどうでしょうか。

(1)1月8日(金)朝刊の新聞記事についての意見と要望です。「外国人参政権付与問題」の国民的議論を巻き起こす意味では、1月8日の記事は画期的だと思います。有難うございました。ただ、35面の社会面の「外国人参政権」に関する記事に気になる記述がありましたので、もしよろしければ追加訂正をお願いできればありがたいと思います。「永住外国人の地方参政権をめぐる主な出来事」と題する年表の一部に『1995年 最高裁が判決で「憲法は、国内永住者など自治体と密接な関係を持つ外国人に、法律で地方選挙の選挙権を与えることを禁じているとは言えない」』と記載されていました。この記述のみだと、これが「最高裁の判決の本論」だと、読者に間違った情報を与えてしまうのではないでしょうか。この判決文は、当時の傍論ですので、「傍論」という但し書きが必要だと思います。追加訂正をお願いします。ご存知だとは思いますが、「傍論」は、「判決の本論」の結論とは直接関係のない、単なる裁判所の意見表明にすぎず、判例としての効力を持たないものです。そして、もう1つの要望は、当時の「判決の本論」を記載して頂きたいのです。すなわち当時の「判決の本論」の結論は、「参政権は、国民固有の権利であり、在留外国人には付与されない」となっています。従って、「外国人参政権付与は、憲法違反」になるということです。これは大切なことなので、是非追加訂正して掲載して下さい。朝日新聞が、正しい報道をして頂き、この問題の国民的議論が益々盛り上がることを願ってやみません。よろしくお願い致します。

(2)さらに、もう1つ要望があります。35面の記事には、外国人参政権付与に賛成する2人の大学教授(北海道大学の中島岳志准教授、東京外大の北脇保之教授)、在日本大韓民国民団中央本部の地方参政権獲得運動本部の徐元事務局長の意見は載せていますが、反対の立場の教授や民間団体の意見は載っていませんでした。この件は非常に大事な問題ですので、国民的議論が必要だと思います。その意味では、反対の立場の意見も平等に載せて頂きたいと思います。よろしくお願い致します。

 

【参考資料】

<はじめに>

  民主党の小沢幹事長は、9月19日、韓国の国会議員代表等と会談し、在日韓国人ら永住外国人への地方参政権付与について賛成し、党内の意見集約を図りたいとの考え方を示したとされ、懸念するところである。参政権付与をめぐっては、民主党は2009年の政策集に『結党時の基本政策に「早期に実現する」と掲げており方針は引き続き維持する』と掲載しているが、党内には一部の反対者もあり、衆議院選挙マニフェストでは見送っている。

  我が国には、永住権を持つ外国人が約91万人生活しており、地域に密接な関係を持つに至っていることから、これら外国人に対し地方公共団体の意思決定に参加させるべきであるとして、これまでもしばしば、永住外国人に対する地方参政権付与について議論がなされてきたところである。

鳩山民主党連立政権は現在、定住外国人(韓国・中国など)に「国民固有の権利」である地方参政権を付与する法改正を検討している。しかし、地方公共団体は安全保障や教育などの国家の存立にかかわる事柄に深く関与しており、我が国への忠誠義務のない外国人に、地方政治に対する発言権を与えることについては慎重に検討されるべきであろう。特に外国人の人口比の高い地方公共団体では、首長選を左右することにもなりかねない。

<以下のような諸問題をもつ永住外国人参政権付与法案については慎重に対応すべきである。>

(1)永住外国人への参政権付与は憲法違反である。

①日本国憲法は、第15条において、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定し、また、第93条第2項において、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と規定いる。さらに、同項中の「住民」の解釈として、平成7年2月28日の最高裁判所判例(本論)は、「住民とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当である」としている。この判例(本論)の意味することは、「参政権は国民固有の権利であり、在留外国人には付与されない」ということである。従って、日本国民ではない永住外国人に対し、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権等を付与することは、憲法違反である。

  ②一方、「地方参政権を付与することは憲法上禁止されていない」としているこの判決の傍論があるが、 これは「判決の本論」の結論とは直接関係のない、単なる裁判所の意見表明にすぎず、判例としての効力はない。

(2)領土・安全保障問題が危惧される。

    我が国と中韓両国の間では、竹島、尖閣列島、対馬、与那国島などの国境離島をめぐって対立が生じている。このような中で、領土問題を抱える地方公共団体において、日本への帰化を拒む在日韓国人や中国人たちの影響を受けた地方議員や首長が誕生すると、我が国の安全保障を脅かす危険性が高まる恐れがある。

(3)偏向教育が強まる恐れがある。

    中国政府や韓国政府、そして在日韓国人グループの民団(在日本大韓民国民団)は、これまでも我が国の歴史教科書に対して公然と記述改編の要請を繰り返し、歴史教科書の採択まで干渉してきている。このような中で、定住中国人・韓国人に地方参政権を付与すれば、特定の外国人の意向を受けた首長や地方議員が現れ、学校や教育委員会に対する内政干渉が強まる恐れがある。

(4)中国人をはじめ一般外国人への参政権付与は容認できない。

    これまで外国人の地方参政権問題については、在日韓国人を主とする特別永住者だけを対象としてきた。しかし今回突如として中国人などにも参政権を付与すべきとの案が浮上している。中国政府が日本人に地方選挙権を付与していない以上、相互主義の原則からも中国人らに参政権を付与する必要はない。

(5)地方参政権付与は世界の潮流ではない。

賛成論者の中には、地方参政権付与は世界の流れなどといった主張も見られるが、外国人に地方参政権を付与している国は、北欧諸国やEU諸国内などの同じ文化圏に属している地域内に限定されている。しかも、このうちドイツ、フランスなどでは、外国人に地方参政権を与えるために、国民的論議を経て憲法改正を実施している。また、先進8カ国(G8)を見ても、ロシアを除く7カ国は、国として永住外国人に地方参政権を付与していない。

(6)納税の有無と参政権の付与は無関係である。

   納税は、あくまで道路・水道・消防・警察等の公共サービスを受けるための対価であって、参政権 

  の付与の理由にはならない。現在の普通選挙制度は、納税の有無や納税額の多寡にかかわりなく、国

民の全ての成年男女に等しく選挙権を与えている。事実、学生や低所得者で税金を納めていない国民

にも選挙権は付与されている。納税を理由に外国人に参政権を認めている国は、外国には存在しない。

(7)永住外国人への参政権付与問題を解決する方法は、帰化して日本の国籍を取得すればよい。

永住外国人が、自ら母国へ帰る気がなく、我が国の参政権を得たいならば、帰化して日本の国籍を

取得すればよい。日本の国籍法は、第4条において、「外国人は、帰化によって日本の国籍を取得す

ることができる」と規定している。日本の国籍を取得すれば、地方選挙権・被選挙権は勿論のこと、

国政選挙での選挙権・被選挙権も与えられる。

【参考】

Q1:永住外国人とは、どういう人たちですか?

A1:出入国管理法・難民認定法に基づいて法相が永住を許可した「一般永住者」と、出入国管理特例法

  に基づく「特別永住者」のことです。「特別永住者」とは、朝鮮半島や台湾などの出身で、戦前や戦中、

日本に移住したり、戦時動員(徴兵や徴用など)で連れてこられたりした者とその子孫を指します。

Q2:永住外国人は、現在日本にどのくらいいますか?(平成20年末現在)

A2:永住外国人は、約91万2400人います。この内、特別永住者は約42万3000人(46%)

   います。

Q3:『在日韓国・朝鮮人の多くが「強制連行」された人々である。』とするのは、歴史的に見て正しいか?

A3:正しくありません。昭和20年敗戦当時、日本には約200万人の在日朝鮮人がいましたが、GH

   Qの積極的支援もあり、昭和23年までに約140万人が帰国しました。日本人と同様に戦時動員

されて朝鮮半島から来た人たちは、この間にほぼ全員帰国しました。残留者は、戦前から日本に生

活基盤のあった人々が大半でした。その後も、帰国の意思があれば、いつでも本国へ帰ること出来

ました。在日韓国人団体の調査で、在日1世のうち、戦時動員(同じ日本人としての徴兵・徴用の

ことですが、これを強制連行と言い換えている人もいます)により、日本に連れてこられた者は、

全体の約5%以下であるとされています。



「史実を世界に発信する会」事務局長の茂木 弘道様が、私も大きな怒りを抱いている東京大学教授という北岡某に抗議の書簡を送付なされました。
時宜に適した文面ですので皆様にご紹介いたします。
重複されましたお方には申し訳ありません。

 
【抗議】日中歴史共同研究委員会北岡伸一座長へ
(転送を)

「台湾の声」林建良編集長:

日中歴史共同研究の報告書概要が明らかとなりましたが、予想通りの情けない
内容、と言って済ませられない、国家自殺的なものであるというべきものです。
北岡座長に抗議の書簡を12月29日の下記の通り送りました。
これは公開すべき性質のものですので(書簡でもそう断った)、皆さんに
お知らせする次第です。             茂木弘道 拝

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

平成21年12月29日
      
日中歴史共同研究委員会
座長 東京大学教授
北岡 伸一 殿  

抗議の書簡

 このほど貴殿が日中歴史共同委員会日本側座長を務める共同研究の最終報告
の内容が明らかにされました。
 日中戦争全般にわたり、疑問だらけの内容であると考えるものですが、今回
は「南京事件」に絞ってその問題点を述べ、かような研究報告を出すことにし
た日本側委員、その代表である貴殿に対し厳重な抗議を行う次第です。
 「南京で大規模な虐殺があり、日本側にその責任がる」と貴殿らは認めたと
いうことですが、いったいどのような学問的な根拠があって、そのようなこと
が言えるのか、貴殿の学者としての良心を疑う者です。確かに、東京裁判でそ
のように断定され、また現在の日本の歴史学界の主流もそのような見解であり
ます。しかし、その後南京事件についての研究は急速に進み、今やそのような
俗説は全く成り立ちえなくなっていることを貴殿はご存じないのですか。
 一つの決定的な資料と言うべきものが、平成15年に東中野教授によって台
北の国民党党史館で発見されました。極秘印の押された『中央宣伝部国際宣伝
処工作概要 1938年~1941年』です。内部向けの極秘資料ですから、
宣伝目的の歪曲はほとんどないと考えられます。そこには、国際宣伝処が、南
京戦を挟む約1年間(1937年12月1日~38年10月24日)の間に漢
口において、外国人記者を招いて300回の記者会見を開いたことが書かれて
います。参加記者は平均50名であったことも記されています。ところが、日
本非難のためのこの記者会見において、ただの一度も南京で市民虐殺があった
だとか、捕虜の殺害があっただとかが発表されていないのです。さらに、この
文書には南京での日本軍の暴行・略奪などの悪行批判は書かれているものの、
虐殺とは全く書いてないのです。
 これが決め手ではありますが、他にもそれを裏付ける資料が確認されていま
す。
 その中心的なものとしては、安全区国際委員会の活動記録である、Documents
of the Nanking Safety Zone があります。南京市民に最も近いところで、その活

を行っていた反日色の濃い外国人たちの英文記録で、1939年に国民党の外
郭機関の監修の下、上海のイギリス系の出版社 Kelly & Walsh社から出版されま
した。そこに南京の人口は11月末20万が、12月中ずっと20万、陥落(1
2月13日)から1ヶ月後の1月14日には25万人と記録されているのです。
大量虐殺はおろか、100人単位の虐殺も全くうかがうことができないのが、
この記録です。当時日本軍とともに100名を超える記者・カメラマン等が南
京に入ったのに、誰も虐殺など見た者がいないという事実と完全に符合します。
 すなわち、南京事件については既に決着が実質的についているのです。
 こうした背景の下、「南京事件の真実を検証する会」(会長:加瀬英明、事務
局長:藤岡信勝)は、昨年5月に胡錦涛主席が来日した折に、公開質問状を提出
しました。(中文を提出しましたが、日英文も含め同封します。)ここに提起
された5カ条で、南京問題の骨子は尽きているかと思います。そして、今に至
るも胡主席からの返答はありません。答えられるはずがありません。まともな
人間常識をもってすれば、これに回答することはまず不可能でしょう。「史実
を世界に発信する会」の英文サイトにこれは掲載されておりまして、これを見
たアメリカの学者から、Holocaust Denier ではないか、という投書がありました

で、Denier は毛沢東であり、国民党だ。それよりあなたは、この質問に胡錦涛
に代わって答えられますか、と反論したところ、全く答えにならない答えを言
ってきました。日本側の資料だから、などとバカなことを言ってきましたが、
御覧の通り5点中の4点は外国資料に基づくものです。
 海外から公開質問状についての反響が来つつありまして、Asianists’ Asia と
いう
小さなジャーナルから、これについてもう少し解説を書いてほしい、という
依頼があり、私が書いたものが同封の Why PRC President Cannot Respond to Open
Questions Concerning the Nanking “Massacre” です。
 すなわち、歴史認識にかかわる重大問題について、古色蒼然たる学会の「誤
った」通説をうのみにして、日本側の見解を出すなどということは、学者とし
ての良心にもとる行為ではありませんか。最新の資料と研究成果を十分に取り
入れた見解を出すのが、国を代表する学者としての務めではないかと考えます
が、如何でしょうか。
 今回のこの報告書作成について、厳重な抗議と何らかの善後処置を要求する
ものです。
 私の個人的な書簡でありますが、内容は貴殿の個人的なことに関するもので
はありませんので、公開させていただくつもりですのでご承知おきください。

敬具

「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木 弘道 拝

<添付>(下記以外に書簡には、中文、英文のも及び、Asianists' Asia 誌への
国論文のぴピーも添付>

胡錦濤国家主席閣下への公開質問状

このたび中華人民共和国国家主席胡錦濤閣下のご訪日に当たって、日中両国の
友好を願う者として心より歓迎申し上げます。

さて、われわれは1937年12月に行なわれた日中南京戦に伴って起こった
とされる所謂南京事件を検証すべく、研究して参りましたものです。貴国のこ
の事件に対する見解とその取り扱いにつき、深刻な憂慮を感じております。昨
年南京屠殺記念館が大規模に拡張改装されましたが、一方で友好を唱えながら
このような非友好的なことを平然と行なう貴国に対して強い不信の念を感じざ
るを得ません。そもそも南京で大虐殺があったという論拠は最近の研究によっ
て根本的に否定されつつあります。以下重要な5つのポイントについて閣下の
ご見解を伺いたく、謹んでご質問申し上げます。

一、故毛沢東党主席は生涯にただの一度も「南京虐殺」ということに言及さ
  れませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に
  延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日
  本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民
  虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起
  こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不 
  自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのように
  お考えになられますか?
二、南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に
  国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣
  伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から
  38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会
  見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されて
  います。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として「南
  京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないとい
  う事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大
  虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでし
  ょうか?
三、南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が
  『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題
  研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されていま
  す。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後
  ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。
  この記録からすると30万虐殺など、到底ありえないとしか考えられま
  せんが、閣下はいかがお考えでしょうか?
四、さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行
  として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて
  26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と
  注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底
  両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?
五、南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多く
  の展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研
  究 (『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野他・草思社)など) 
  によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明
  らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているので
  したら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させてい
  ただきたいと思います。

以上述べました5つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否
定しているものとわれわれは考えざるを得ません。上記5つの点につきまして、
閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関
心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子子孫孫ま
での日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。

平成20年5月○○日

南京事件の真実を検証する会委員一同

(会長)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (監事)冨沢繁信 茂木弘道
(委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎 高池勝彦 高山正之
東中野修道 溝口郁夫 宮崎正弘


各位殿
 貴重な情報です。 皆様に転送・配信します。
            
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
                           平成22年1月9日
各位

                              落合道夫

ソ連の崩壊で米ソから貴重な情報が公開され、戦後の反日歴史観が見直されています。
しかし最近、歴史をゆがめ日本人を外国に隷属させようとする悪だくみが見られます。
こうした状況で本情報は日本人全体にとって非常に重要と考えます。
ぜひ友人、知人に至急転送しご回覧願います。

***********************************************************************

米国務省の公文書公開「真珠湾は奇襲ではなかった」

東京近代史研究所 代表 落合道夫


1.事実:
米国ウィスコンシン大学の国務省外交文書図書館で戦前の駐日大使グルーの国務省あての公電が公開されている。
この中に日本の真珠湾攻撃の十ケ月前の1941年1月27日に日本軍の真珠湾攻撃計画を国務省のハル長官に報告したものがある。
その内容は、「米大使館員が入手した情報によると日米関係が難しくなった場合、日本軍が総力をあげて真珠湾を攻撃する計画があるという。驚くべきことであるが、東京の日本人を含む複数の外交筋からの情報なので急ぎ報告する」というものである。
これで長年の日本近代史の大きな疑問がひとつ解けたことになる。

2.意義:
1)反日宣伝からの解放:日本人は戦後占領軍と左翼に長く真珠湾攻撃が卑怯であるという誤った贖罪感を埋め込まれてきた。しかしこれで解放された。ルーズベルトは明らかに日本の反撃計画を知っていた。その上で対日貿易封鎖をおこない過酷な対日要求ハルノートを出してきたのである。

2)歴史の真実:
  それでは日本の攻撃を挑発したルーズベルト大統領の狙いは何だったのか。それは言われているように、欧州大戦への参戦契機づくりと満州を狙う邪魔もの日本の排除のためと考えるのが合理的であろう。これで東京裁判史観は誤っていることがわかった。必然的に日本に戦争責任がない新しい近代史観が必要になってきた。

3)なぜ国務省は公開するのか:
  現在の米政府が戦前のルーズベルト外交の対日陰謀の重要証拠文書を公開しているのは、米国の極東政策が戦前とはガラリと変わったからである。戦前の日米は満州を争う競争者だった。しかし今は共通の敵を持つ同盟国である。
  そこで米国は極東の要となる自由主義国家日本を再建したいと考え、そのために日本人の時代遅れの敗戦ボケからの覚醒を待っているのであろう。

3.日本人の対応:
1)周知:左翼は真珠湾事件を日本人をだます材料に使ってきたので、この情報を隠ぺいしようとするはずである。
   そこで愛国者は大至急このメールを転載回覧し日本中にこの史実を周知していただきたい。

2)靖国神社や護国神社はこの情報の常時掲示をお願いしたい。

3)歴史教科書へ盛り込む:生徒が誤った歴史教育を受けているので、文科省はすぐに教科書の補正資料として印刷し生徒に配布すべき  である。

4.本米国公文書情報へのアクセス方法は以下の通りである。

1)グルーの電報の元のファイル: 米国ウィスコンシン大学 外交文書図書館
 http://digicoll.library.wisc.edu/cgi-bin/FRUS/FRUS-idx?type=header&id=FRUS.FRUS193141v02&isize

2)ここのSearchのところにGrewと入力すると、グルーの電報のリストが出てくる。(Gは大文字)

3)問題電報は133ページにある。公文書番号は711.94/1935である。

以上

国家観の欠如と小沢独裁政党主導の日本が危険だ。


「加瀬英明のコラム」メールマガジン

鳩山内閣成立の意義
民主党は「政権交代」の四字を叫ぶことによって、自民党政治に倦んでいた選挙民心理をとらえて、政権の座を獲得した。
 そのために、鳩山政権が発足すると、政策がすべて「反自民」に基づくものとなっている。

 政権発足とともに日米関係を見直そうとしたのも、「反自民」の一環だった。
 民主党はマニフェストのなかで、「過剰な対米依存」を正し、「対等な日米関係」を築くとうたったが、今日にいたるまで「過剰な対米依存」が何を意味するのか、これまで日米関係のどこが対等でなかったのか、まったく説明していない。

 日米同盟関係が日本の礎(いしずえ)になってきたというのに、奇怪なことだ。

 アメリカという後盾を失なったら、中国、韓国、北朝鮮、ロシアが、どのような無理難題を吹きかけてくるか、分からない。

 日米関係が普天間基地の移設問題をめぐって、きしんでいる。鳩山首相が就任早々、中国の胡錦涛主席に対して「東アジア共同体」をつくりたいと打ちあげたが、アメリカを除外していたので、ワシントンからアメリカ離れをはかっているとして、反撥を招いた。

 「反自民」に「反米」を加えたようにみえた。だが、「反自民」の衝動に駆られるあまり、外交まで捲き添えにしてはなるまい。幼稚といって、笑ってすまされることではない。

 自民党政権が長年にわたって日米同盟関係を重んじてきたことによって、日本の安全が守られてきたという重い現実があるのを、忘れてはなるまい。

 中国は日米同盟に亀裂が走っているのを見て、目を細めて微笑んでいよう。

 国を護る基は国防にある

 鳩山政権は発足してから、内外の施策をすべて見直そうとしている。外交とともに、防衛も弄ばれている。なかでも新政権が中期防衛力整備計画の制定を、来年末まで一年延期したが、国防を軽んじるのは寒心に耐えない。

 このために、自衛隊の新しい整備の調達が一年遅れることになった。

 日本の周辺では、中国の発表によっても、この二十一年にわたって二桁で国防支出を増して、異常な軍拡を進めている。航空母艦を建造することをはじめ、海軍力の増強に狂奔している。そのかたわら、北朝鮮が核戦力の開発に血道をあげている。

 世界を見渡すと、主要国のなかで新規の防衛装備の調達を、一年間も一律に延ばす国は他に存在しない。

 日本はこれまで自民党政権のもとで、過去七年にわたって防衛予算を削り、自衛隊の人員を減らしてきた。

 日本を取り巻く安全保障環境が、急速に劣化している。日本が自衛隊の新規装備の調達に、一年の空白をつくる余裕はない。

 日本の防衛体制に大きな空洞が生じるのを、中国、韓国、北朝鮮が喜んでいよう。

 それにもかかわらず、アメリカが日本を守ってくれるという、安易な依存感があるからなのだろう。歴代の自民党政権もひたすらアメリカをあてにして防衛に手を抜いてきたが、民主党政権では他力本願がいっそうひどくなっている。

 理念の不在が価値判断をゆるがす

 鳩山内閣は「過剰な対米依存を正す」ことをうたってきたが、整合性がまったくみられない。鳩山首相はきっと母親とアメリカに対する甘えが、強すぎるのだ。

 鳩山首相は徳をまったく欠いている。母親から九億円を貰ったのを、憶えていないというが、年末の三億円のジャンボ宝籤に百円玉を投じて願いをかけている庶民を、愚弄している。戦後の学校教育が、徳育を怠った報いであろう。

 不正資金を処理した資金団体に、「友愛」の二字が冠せられているのは、おぞましい。

 自衛隊の新装備の調達に一年間の空白をつくることは、日本の防衛体制に取り返しがつかない深い傷を負わせることになる。とくに航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)の選定の年に当たっていたが、現用のF15の後継機の選定が一年遅れることになると、航空戦力を支えてきた航空機産業を維持することができなくなるから、日本の安全にとって由々しいことだ。

 鳩山政権は政府の冗費を削るといって、行政刷新会議が「事業仕分け」の看板を掲げて、人民裁判もどきのショーを催した。防衛予算にも、大鉈が振われた。そのなかで、即応性の向上が必要な第一線部隊について充足をはかるために、三千五百人の自衛官の実員の増員要求が拒まれて、見送られた。

 陸海空三自衛隊を合わせると、五千三百人の実員を充足することが、かなわなかった。装備の調達についても、同様に扱われた。ところが、「仕分け人」のなかに、一人として防衛問題の専門家がいなかったのだから、乱暴きわまりなかった。

 現在、陸上自衛隊は十四万人まで減っている。陸上自衛隊をとれば、これまでもイスラエルとシリアの境のゴラン高原、イラク、カンボジアなどへ平和維持活動のために、足りない兵力を割いて、特別に派遣部隊を編成して派遣してきたが、遣り繰りが苦しかった。僅かな人員から、年齢、階級、特技を勘案して抽出するために、苦しんできた。

 台湾は九州の面積と均しいが、陸軍兵力は十五万人だ。これに加えて一万人の憲兵と、二万人の海軍陸戦隊がいる。そのうえ、二十万人以上の予備役が控えている。

 イギリスは陸軍兵力が十五万人だが、日本はイギリスの面積の一・六倍近い。やはり、その何倍もの予備役兵力が控えている。

 離島の与那国島、尖閣諸島、対馬、壱岐、五島列島などの防衛もままならない。目下のところは、空き家同然だ。隣国がわが離島を、虎視眈々と狙っている。離島を防衛するためには、陸上戦力がどうしても必要である。これらの離島の周辺に、海上自衛隊の艦艇を常時貼りつけておけないし、航空機もつねに飛んでいられない。漁船などに兵員を乗せた不正規侵攻も、想定しなければならない。現在の十四万人では、離島まで守ることができない。

 日本人教育こそ原点

 小学から高校教育まで国防が大切であることが、まったく教えられてこなかったから、戦後教育の欠陥のつけがまわっているのだ。大学で軍事学が講ぜられることもない。鳩山首相と麻生前首相だけとっても、軍事に疎(うと)かった。同じことが、戦後教育を受けた国会議員についていえよう。

 防衛省は質の高い自衛隊員を、確保できないために悩んでいる。防衛省が平成十九年に発表した報告書『防衛力の人的側面についての抜本的改革』では、「握力不足のために射撃ができない者、ソフトボール投げができない者が入隊していた」事例があげられている。隊員のなかに引金が引けない者や、ボールを投げられない者がいるというのには、暗然とさせられる。

 自衛隊が質の高い隊員を確保することができない、もっとも大きな理由は学校教育の場で、国防の重要性を教えないからだ。先の防衛省の報告書では、学校教育を正すべきことに、まったく触れていなかった。青少年が国を護ることに誇りを感じなければ、隊員募集に当たって、つねに困難な状況が続いてゆこう。

 国民の圧倒的多数が、豊かな暮らしを続けてゆくことだけを願って、日本が国家を形成していることを忘れている。そのために、国防の重要性を思い遣ることがない。

 昨年十月に、皇太子殿下が中国の人民解放軍歌劇団の公演に御臨席された。私は唖然として、これまで祖国を護るために散華した御英霊を思って、涙した。これは、東宮殿下の側近の重大な過失である。外国軍の歌舞団の公演にお成りになるのであれば、どうして、一度として例年の自衛隊音楽祭に御臨席下さらないのだろうか。
           (2010.1)

左翼情報です。

朝日新聞を筆頭に必死になって、反対議決をした自治体議会に攻撃をかけてきています。

さらに二名の学者らしき人物を登場させたり、自公の公明が決議に反対していることを取り上げて

います。どうでもいいことですが、もっと自治体での決議を上げて全国的に反対の雰囲気を捲き起

こしましょう。



朝日新聞が本日付1月8日の一面トップ記事で「外国人参政権、14県議会が反対」という同紙の独自調査に基づく記事を掲載しています(インターネット版は下記)。






外国人参政権、14県議会が反対 「保守」掲げ自民主導(朝日新聞 2010年1月8日)
http://www.asahi.com/politics/update/0108/TKY201001070489...

「47都道府県のうち14県議会で、昨年の政権交代以降、永住外国人の地方参政権の法制化
に反対する意見書を可決したことが、朝日新聞の調べでわかった。このうち7県はかつて、賛成
の意見書を可決している。いずれの可決も自民県議が中心になった。夏の参院選や来春の統
一地方選に向けて、民主との違いを際だたせようとする狙いがある。/反対の意見書を可決し
たのは秋田、山形、茨城、埼玉、千葉、新潟、富山、石川、島根、香川、佐賀、長崎、熊本、大
分の県議会。主に自民党議員が提出し、昨年10~12月に採択された」

同記事によれば、「2000年までに30都道府県が参政権を求める意見書を可決した。在日本
大韓民国民団(民団)の要望や、『憲法は永住外国人に地方選挙の選挙権を与えることを禁じ
ているとはいえない』との95年の最高裁判決が影響した」ものとみられるが、そのかつて参政
権を求める意見書を可決した7県議会を含む14県議会が永住外国人の地方参政権の法制化
に反対する意見書を可決した、ということになります。

その背景として同紙は「『民主は中がバラバラだから』と、自民党には「民主を揺さぶる狙いが
あった」。「衆院選の大敗後、自民の谷垣禎一総裁は『保守』を掲げて党再生を目指す。党本
部は『問いあわせがあった県連には可決された意見書を送っている』」という自民党の利己的
な政治的思惑があることを指摘しています。

現実にたとえば下記の熊本県議会(2009年10月8日可決)と大分県議会(2009年12月10日可決)
の「永住外国人への地方参政権付与の法制化に反対する意見書」はほんの少しばかりの字句
の異同はみられるものの基本的には同一の意見書といってよいものです。昨年10~12月に
かけての各県議会の同反対意見書可決ラッシュの背後には、自民党本部のきわめて利己的な
政治的思惑に基づく号令が伏在していることは明らか、といってよいでしょう。

・熊本県議会意見書:http://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/25512.pdf
・大分県議会意見書:http://www.pref.oita.jp/21000/kaketsu/21-4/24eijyuugaikok...

さて、上記の各県議会の反対意見書に共通する特徴は、永住外国人の地方選挙における選挙
権の問題に関する最高裁の95年判決(1995年2月28日最高裁第3小法廷判決・民集49巻2号
639頁)の「住民とは地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解する
のが相当」とする判示部分を引用した上で、「日本国民でない永住外国人に対し、地方公共団
体の議会の議員及び長の選挙権等を付与することは、憲法上問題がある」などとする一面的、
かつ恣意的な立論を根拠にしていることです。

一面的、かつ恣意的、と私が言うのはこういうことです。上記の95年判決には次のような判示
も示されています。「我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域
の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を
日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律
をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずるこ
とは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である」。上記の各県議会の反対
意見書の論は最高裁のこの判示部分を見事に無視しています。上脇博之さん(神戸学院大大
学院教授・憲法学)も指摘されているようにこのような恣意的な論を社会学・政治学用語でいう
ところのデマゴギーというのです。

■永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ
(「上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場」 2009年12月25日)
http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51248307...

上記の各県議会の反対意見書の論の中に、これも荒唐無稽の論というほかない代物ですが、
もうひとつ看過することのできないデマゴギーがあります。千葉県議会の反対意見書の論です。
同意見書は次のように言います。「参政権に賛同する人々は同判決にある『憲法上禁止する
ものではないと解するのが相当である』との部分を取り上げて最高裁が認めたものとしている
が、この部分はあくまで傍論であり主文ではない」。

・千葉県議会意見書:http://www.pref.chiba.lg.jp/gikai/honkaigi/2112/ikensho21...

この「傍論」議論は、一昨年4月の名古屋高裁イラク自衛隊派兵違憲判決の際に政府側から
持ち出され有名になりましたが、完全に論破されています。論破され尽くされているものをあえ
てまた持ち出すのもデマゴギーというほかないでしょう。

「傍論」議論については多くの人がその論の荒唐無稽さを指摘されていますが(実のところ私
も拙論を書いています)、ここではウィキペディアの『傍論』の項とマガジン9条に掲載された
伊藤真さん(伊藤塾塾長・弁護士)のご論の紹介にとどめさせていただこうと思います。

ウィキペディア(全面信頼は禁物ですが、相応の信頼はおける辞典です)は「傍論」について
簡便に次のように書いています。「傍論は、英米法の概念で、判決において表された裁判官
の意見のうちで、判決理由には入らない部分」のことをいう。千葉県議会の意見書が「傍論」
という最高裁の判示部分はもちろん判決理由の中に含まれていますので、これを「傍論」と
いうことはできません。

・最高裁の95年判決:http://www.chukai.ne.jp/~masago/sanseiken.html

伊藤真さんの「傍論」論破はさらに徹底的です。

■イラク派兵9条違憲判決の効力(マガジン9条 2008年4月23日)
http://www.magazine9.jp/juku/064/064.php

第1。本来、裁判所の役割は、当事者が提起した事件をきっかけに、法の意味を探り、法
原理を探求しこれを明らかにするところにあります。ここに国会、内閣という政治部門と異
なる司法部門としての独自の存在意義があるのです。この点から、今回の違憲判断はまさ
に当事者が真剣に争った重要テーマであり、裁判所が判断するのにふさわしい問題でした。
判決の中でも丁寧に当事者の主張を検討してその当否を判断しています。傍論として片づ
けることができるようなものではありません。

第2。本件のような損害賠償請求訴訟の際には、行為の違法性を判断し、違法であると判
断されると損害の認定をします。つまり自衛隊の行為が違法かどうかを判断し、そのあとに
損害があるかを判断するのです。(略)これまで、いくつかの裁判所では憲法判断を避ける
ために、あえて、損害の認定を先に行い、損害がないから請求棄却とすることがありました。
しかし、これはむしろ判決を導くための判断の順序からすると例外です。(略)今回はそれを
原則通りの判断過程を経たというだけのことです。憲法判断は蛇足でも何でもありません。
必要だから判断したまでです。

第3。裁判所の第1の役割は個人の権利保障ですから、個人の権利を守るために必要な限
りで憲法判断を行うのが原則です。ですが、裁判所にはさらに憲法保障機能というものが
期待されています。これはなんらかの違憲状態が存在するときに、憲法秩序を回復するた
めに裁判所が積極的に違憲判断をしていくという役割です。/仮に個人の権利救済のため
には必ずしも必要とはいえない判断であっても、将来の人権侵害や憲法秩序の破壊を防止
するために、あえて積極的に憲法判断に踏み込んでいくことも、憲法の番人としての裁判所
の役割として憲法が期待していることなのです。

伊藤真さんの「傍論」論破の全貌は上記のURLをご参照ください。

自民の下衆な野望を打ち砕くことは、もちろんまもなく開かれる次期通常国会で外国人参
政権を法制化させるためにも、今夏の参院選で自民党の復権を決して許さないためにも
決定的に重要なことだと思います。喜ばしいことは上記の各県議会の意見書に公明党が
反対にまわっていることです。私の地元の大分県でも公明党は反対にまわっています。ま
たインターネットで賛否の状況がわかる限りでもこの件について公明党は反対にまわって
います。自・公の蜜月はとうに「宴のあと」となっているようです。

中国の日本政府への「相互訪問案」に提案は、拒否すべきと考えます。
日本の国益放棄に等しい暴挙です。
広島訪問も丁重にお断りすべきです。中国訪問を拒否すれば自動的に訪日はないでしょう。



石平(せきへい)のチャイナウォッチ

http://www.seki-hei.com  

■ 石平の緊急警告! 阻止すべき中国政府の大いなる陰謀 
中国政府は最近、日本の政府筋に対して、
今年6月ごろ、鳩山首相の中国江蘇省南京への訪問を招請する代わりに、
11月ごろに胡錦濤国家主席の広島訪問を検討するような「相互訪問案」を
非公式に打診していたことが複数の新聞報道によって明らかにされた。

鳩山首相が南京へ行く、その代わりに胡錦濤は広島にくる、
形的には一見、立場の釣り合うような「対等的首脳外交」
であるかのように見えるが、よく考えてみればまったくそうではない。

この「相互訪問案」はむしろ、日本を一方的な不利な立場に追い込もう
とする中国の大いなる陰謀であろう。

考えてみよう。

胡錦濤主席は広島を訪問するのには
中国にとって得るところがあっても損することは何もないはずである。
広島に原子爆弾を落としたのはアメリカ人だから、
中国には何の責任問題も生じてこない。

胡主席はむしろ意気揚々と広島に乗り込んで
被爆民にたいする同情を示すことによって日本国民の好感を買い、
ついでに日本人の反米感情にでも火をつけて
日米同盟に楔を打ち込むこともできるからのである。

それに対して、鳩山首相が南京へいく意味は全然違うのである。

いわゆる「南京大虐殺」はもともとウソであるが、
中国ではそれが事実として捉えられていて、
日本こそが「大虐殺の犯罪者」であるとされている。

そして日本国内にも、中国側のこうした言い分を認めている人が大勢いる。

このような状況下で、もし日本国の首相は南京へ行って、
例の「南京大虐殺記念館」でも訪問すれば、
それ自体はすなわち「謝罪の旅」となってしまい、日本国はそれで、
国家として「南京大虐殺」を事実として認めて、
それにたいする責任を負うことになるのである。

つまり、鳩山首相は南京の土を踏んだこの瞬間から、
日本国と日本民族は「殺人者」としての烙印を捺されて
その「原罪」を未来永劫に背負っていかなければならない。

そして、この一件の後には、今の民主党政権は、
その存続する限りにおいては外交上で中国と対等的に渡り合う力を
完全に失ってしまい、中国の言いなりになっていくしかない。

言ってみれば、南京と南京大虐殺記念館への鳩山首相の訪問は、
日本にとっては「謝罪の旅」であると同時に「降参の旅」でもあるのだ。

鳩山首相が南京大虐殺記念館で頭でも下げていれば、
その瞬間はすなわち、日本国の中国への降伏儀式であるに他ならない。

中国副主席との天皇陛下の特例会見を強要した一件から始まった
中国への日本の隷属化は、それでさらに大きな一歩を進むことになるのであろう。

それこそが、中国政府の巧妙な陰謀の目的であるに違いない。

それを阻止する為には、われわれは今から問題の重大さを十分に認識して、
鳩山首相の南京訪問を断固として阻止しなければならないと思う。

( 石 平 )

大阪でマスコミへの就職を希望されている学生に必要な素養と教養を教えてこられ、数多くの学生をマスコミ界へ送り込まれている田村氏が、ご自身のブログで鳩山総理の南京訪問について辛口のコメントを述べておられます。
田村氏は、日常的には激昂することなく冷静に物事を判断なされ塾生への実践的授業を重視しておられます。その田村氏が次のように書いておられます。


どこまで続く売国政治!!売国奴政治屋!! 2010/01/06 19:43

時事通信が仏のフィガロ紙が入手した情報として、中国共産党が日本側に対し、鳩山由紀夫首相の南京(江蘇省)訪問を要請したようだと伝えた。
 鳩山首相が旧日本軍による虐殺行為の現場である南京を訪問し、中国国民に明快な公式の謝罪を行った上で、その後に胡主席が原爆投下の被災地広島を訪問するという案を提示した可能性があるという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100105-00000200-jij-int

南京事件と交換で訪問するのなら米国が手を下した被爆地広島ではなく、北京東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺が行われた「通州事件」の現場に胡錦濤国家主席が訪れて日本人に謝罪すべきだ。そこに鎮魂の碑を建てて深く頭を垂れる胡錦濤国家主席の姿があってこそ、対等の戦後処理といえるのではないか。

東京裁判で南京事件に関しては裁判長が中国側の公式資料を証拠として採用した。日本の弁護側は、通州事件に関する外務省の公式声明を証拠として提出したが、ウエッブ裁判長はこれを却下した。だが虐殺現場を目撃した証人の宣誓口供書は受理された。この著しく公平を欠いた裁定が今日いたるも禍根を残している。

通州事件現場の凄まじさは筆舌に尽くしがたいと言われている。女性は強姦されて陰部にほうきを刺されて殺害されている者、腹から腸を出されて殺害されている者、針金で鼻輪を通された子供、指を切りそろえてある子供など、殺され方が極めて残虐であった。
 
先の宣誓供述書には天津歩兵隊長及び支那駐屯歩兵第2連隊長である萱島高証人、通州救援の第2連隊歩兵隊長代理を務めた桂鎮雄証人、支那駐屯歩兵第2連隊小隊長桜井文雄証人らの証言が記録されている。

下記の著書に詳細が載っている。

中村粲著「大東亜戦争への道」展転社刊
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E7%B2%B2/dp/4886560628/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1262774346&sr=1-1

もう一度いっておく相互に謝罪をするのなら南京と通州であり、決して広島ではない。
通州で胡錦濤国家主席は頭を垂れよ!!


▽▲▽ 田村圭司事務所/ペンの森 大阪 ▽▲▽
550-0005 大阪市西区西本町1丁目11-1
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  TEL/FAX:06-:6531-6334
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     blog:http://keiji-t-1956.iza.ne.jp/blog/

斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.112
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 陛下は新年のご感想で、「昨年は厳しい経済情勢で多くの人々がさまざまな困難に直面し、苦労も多かったことと察しています。国民皆が助け合い、励まし合って困難を克服するよう願っています」と述べられました。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h22.html

 陛下は国民の多くが経済不況に苦しんでいることを、永田町のどの政治家よりも、側近の官僚たちよりも、よくご存じで、国民相互の支え合いによる解決を願っておられます。

 歴代天皇は民の声を聞き、民の心を知り、民と苦楽を共有し、民の幸福のために祈ることをお務めとされました。現実の政治から超然とした位置にあり、政治的に中立なお立場で、民を知る天皇がおられることが、社会の安定の第一歩です。

 ところが民の声を実現するどころか、民主主義の原理を悪用し、数の暴力で天皇の政治的中立性を冒したのが、政府与党による天皇特例会見のゴリ押しでした。

 今回はあらためてその危険性についてお話しします。日本国内ならまだしも、北京・中南海の熾烈な権力闘争の火に油を注ぐことになったのではないか、と思うからです。耳障りのいい「友愛」精神や「国際親善」のかけ声が、私にはいっそう白々しく聞こえます。



  北京に乱の予感───「天皇特例会見」騒動のその後
  
▽日中外交をめぐる主導権争い

 特例会見の直前、民主党の小沢幹事長は総勢600人を超えるという前代未聞の大訪中団を北京に送り込みました。胡錦涛国家主席が日本の議員1人1人とにこやかに握手を交わした12月10日、習近平副主席の特例会見は決まったようです。

 北京政府のスポークスマンは、同じ日に「両国の政治的相互信頼の強化や互恵協力の拡大、両国国民の友好的な感情の増進、戦略的互恵関係の持続的な発展が推進されることを期待している」と訪日の意義を強調しました。

 一見すれば、北京政府が一致して日本の「小鳩」政権との協調関係を表明しているように見えますが、違うでしょう。民主党政権が二重構造であるように、共産党政府は一枚岩ではないからです。

 小沢幹事長は20年前から「長城計画」と称する中国共産主義青年団との交流を続けてきたそうで、今回の訪中団もその一貫のようです。胡錦涛国家主席は共青団出身で、厚遇は理解できます。

 しかし、習近平副主席は団派とは対立関係にある太子党(高級幹部の子弟)です。小沢氏の人脈からははずれています。だとすると、どのような経緯があって、小沢氏は両者を天秤にかけ、日中外交をめぐる主導権争いに陛下を引き込むような天皇会見実現のために動くことになったのか?


▽団派と太子党の闘争激化か

 結局、習近平氏にとってナンバー2への階段を確実にする大きな一歩のはずだった天皇会見は、成功しませんでした。「天皇の政治利用」についての国民の反発が広がり、小沢氏は太子党に恩を売れず、習近平氏と日本で会談すらできませんでした。記者会見で久々に見せた露骨ないらだちはそのためでしょう。

 問題は今後です。いまのところ北京は少なくとも表面上、冷静のようです。踏み込んだ論評は避けられています。しかしかえって不気味です。

 騒動のあと、希代の中国ウォッチャーである宮崎正弘さんのメルマガ(12月22日号)に、じつに興味深い情報が載りました。中国人知識層のあいだで雑誌「新青年」復刊の動きがあるというのです。
http://www.melma.com/backnumber_45206_4711553/

 創刊者の陳独秀(1879~1942)は青年期、日本に学んだ中国共産党創設の立役者の1人です。しかし中華人民共和国成立から60年、革命の先駆者たちが追い求めた「大同」(絶対平等主義)の夢はとうに破れ、国内の社会格差は世界最大ともいわれます。輝かしく伝えられる経済発展のかげで、現代の奴隷制社会と見まごうほどに、社会矛盾が限界点に達しています。

 知識人による「新青年」の復刊計画は社会変革へののろしなのかどうか? 少なくとも、親のコネで特権をむさぼっている太子党に対する政治党争の一環と見ることはできるかもしれません。なぜなら、復刊計画は、同じ第5世代ながら、太子党の習近平氏と対立する団派のポスト胡錦涛候補・李克強氏の手元に上がっているらしいからです。乱の足音が聞こえてきませんか?


▽他国の被災民に心を寄せられる

 習近平副主席をご引見になった陛下は、四川大地震の復興状況を質問され、副主席は日本からの援助などに対して謝意を述べたと伝えられます。

 日本の歴代天皇は自然災害で苦しむ国民に心を寄せられました。今上陛下は被災者1人1人と声を交わされ、励まそうとされます。天皇がそうなされるのは、国民と命を共有し、再生をはかる祭祀を日々、務められているからです。

 しかし国民を犠牲にしながら、中原に鹿を追い続けてきた中国の権力者たちは、まったく異なります。自然災害の犠牲者の数は従来、国家機密とされ、四川大地震でようやく連日報道されるようになったと聞きます。国民の命より権力の維持が優先される政治文化です。チベットやウイグルでの言語を絶する抑圧も必然的です。

 それなら、権力の階段を駆け上がるために天皇会見を利用しようとしたに違いない習近平氏が、外国の被災民にまで心を寄せる陛下のお言葉をどう受け止めたのか、私には興味があります。というのも、歴史の前例があるからです。

 昭和53(1978)年秋、来日したトウ小平副総理に、昭和天皇は「わが国はお国に数々の迷惑を掛けた。心から遺憾に思う。ひとえに私の責任だ」と語りかけ、その瞬間、トウ小平はまるで電気にかかったように立ちつくしたと伝えられます。

 まさに高い次元で国と民のために祈られる祭祀王なればこそ、です。万世一系の安定した天皇の文明と権力がめまぐるしく盛衰する易姓革命の国柄との違いです。良い悪いではなく、文化が異なるのです。天皇の祈りは習近平氏の心に届いたのかどうか。


▽中国語のできる中国研究者がいなかった

 ともすると私たちは天皇という存在が当たり前すぎて、その価値を見失いがちです。それだから、みんなで渡れば怖くない、とばかりに大勢で押しかけ、現代の皇帝の前で握手をしたぐらいで、議員たちは舞い上がるのでしょう。

 井の中の蛙といいたくなりますが、それはいまに始まったことではありません。

 敗戦後、山西独立軍を指揮し、ひきつづき共産軍と戦った城野宏によると、戦前、日中対立が激化していたとき、城野が在籍していた文官養成の最高機関たる東京帝大法学部には、じつに驚くべきことに、中国語のできる中国研究者は1人もいなかったそうです。日本人の中国観は偏り、ときに正確な知識もなしに蔑視していたのです。愚かにも中国を知らずに中国で戦争をしたということです(城野宏『祖国復興に戦った男たち』など)。

 若き日の城野は「ノートを貸してくれないか」と教室で声をかけてきた女子留学生との縁で、中国人青年たちと親密に交流するようになり、現代中国の苦悩を知るようになったといいます。城野は帝大で中国語を学ぶ第1号となり、やがて徴兵で中国大陸に渡り、昭和16年には中華民国山西省政府の顧問補佐官として民政・警察・軍隊を主管し、日本軍とともに共産軍と戦いました。

 歴史の悲劇を繰り返さないためには、観念的な「友愛」のお題目を繰り返すのではなく、中国の実像を知らなければなりません。本居宣長は『直毘霊(なおびのみたま)』(『古事記伝』全44巻の巻1)の冒頭に、「この国は天照大神がお生まれになった国で、外国に比べて優れている」と書いていますが、天皇の文明と易姓革命の国柄では何が異なるのか、現代的に読み直す必要があるでしょう。
http://www.melma.com/backnumber_158883_3724781/


▽ご代拝制度の復活を望む

 最後にひと言、申し上げます。宮内庁の金沢一郎皇室医務主管が天皇誕生日の前日、皇后陛下が年明けに予定されている宮中祭祀をお控えになる、と発表したと伝えられます。

 まず、忘れないうちに用語について指摘します。例の原武史教授と同様、新聞は「宮中祭祀への出席」などと書いていますが、「ご拝礼」の誤りでしょう。天皇の場合なら「出席」は完全な誤りです。天皇がみずから行う天皇の祭祀だからです。なぜ「拝礼」といわずに「出席」と表現するのか、理解できません。

 つぎに「年明けの祭祀」ですが、具体的には、元日の四方拝、歳旦祭、3日の元始祭、4日の奏事始、7日の昭和天皇祭と続きます。皇后陛下が拝礼なさるのは元始祭と昭和天皇祭、孝明天皇例祭ですから、これらの拝礼がないということかと思います。

 報道では、「3月の春季皇霊祭へのご出席を目標にリハビリを続けられる」とのことですから、1月30日の孝明天皇例祭祭祀のご拝礼もないのでしょう。2月1日の旬祭はもともと皇后陛下のお参りがありません。

 それならどうするのかです。以前ならご代拝の制度がありました。代わって側近に拝礼させる制度です。昭和天皇の側近の日記には、香淳皇后がお風邪を召されて、ご代拝になった、としばしば記録されています。しかし、いまはこの制度がありません。

 拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書きましたように、また当メルマガの読者ならすでにご存じのように、昭和50年8月の宮内庁長官室会議で皇后、皇太子、皇太子妃のご代拝の制度が、厳格な憲法解釈・運用を根拠に、廃止されたからです。

 ご代拝の制度さえあれば、側近に拝礼させればすむことで、病に苦しむ皇太子妃殿下は「祭祀にいっさいご出席ではない」などと批判されることはなかったはずです。いまからでも遅くはありません。ご代拝制度の復活を望みたいものです。

 そうでなければ、歴代天皇が第一のお務めと信じてきた宮中祭祀はますます空洞化します。それでなくとも、平成の祭祀簡略化のただ中にあるのですから。

じっとして居れない混沌とした世情。
鳩山の中国傾斜は激しくなるばかり。
こんな政党に投票した国民にどうするつもりかと聞きたい。
しかし、国民にそうさせてきたのはほかでもない利権に現を抜かしてきた自民党だ。
それは今でも変わりはない。
この映画をご覧ください・



http://gyao.yahoo.co.jp/

陸軍中野學校(市川雷藏、小川眞由美、昭和41年)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00095/v08778/v0877800000000531057/


陸軍中野學校 雲一號指令(同、シリーズ2作目)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00095/v08779/v0877900000000531058/

昭和13年に開校した陸軍中野學校の御蔭で、相思相愛であつたはずの婚約者同士が敵對するスパイ同士となり悲慘な結末に。何かニヒルで救ひが無いのですが・・・



伊原吉之助先生のサイトに關連情報有り

2009年8月29日 紹介:阿尾博政『自衛隊秘密諜報機關』
http://www.jas21.com/athenaeum/athenaeum121.htm

2009年8月31日 紹介:松本重夫『自衛隊「影の部隊」情報戰秘録』
http://www.jas21.com/athenaeum/athenaeum122.htm

2009年9月12日 いかがわしい本を見抜く見識
http://www.jas21.com/athenaeum/athenaeum124.htm


「今年は政党を立ち上げ参院選に臨む」
平成22年 新春のお慶びを申し上げます
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

平沼赳夫新年挨拶 
http://www.hiranuma.org/new/newyear/greeting2010.html

1月1日 動画メッセージ更新
「今年は政党を立ち上げ参院選に臨む」
http://www.hiranuma.org/new/message/message20100101.html

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