老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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この日本人売国奴ですね。
経験者でもないと断りながら、中国の宣伝に騙されて、反日を続ける白西紳一郎なる人物へ批判を!



日本の訪中団一行、南京で「緑の贖罪(しょくざい)」

http://j.people.com.cn/94475/6936520.html



 日本からの「南京大虐殺被害者追悼植樹訪中団」一行15人が30日、南 京大虐殺遭難同胞記念館を訪れ植樹・剪定を行い、「緑の贖罪(しょくざい)」を行った。同訪中団は1986年以降、これまで25年連続して南京を慰問して いる。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。

 同日午後、南京大虐殺被害者追悼植樹訪中団はまず記念館の祭壇に向かい、南京大虐殺被 害者30万人に花輪を献げた。追悼活動終了後、一行は記念館関係者に引率され記念館平和公園内に入り、植樹・剪定を行った。これらの樹木はいずれも同訪中 団がこれまで植樹してきた。

 訪中団一行は翌31日にも市内江北区の珍珠泉公園内で植樹した。

 記念館の朱成山・館長に よると、植樹訪中団のメンバーは多数が入れ替わり、中には既に亡くなった人もいるが、25年にわたり絶えることなく訪中が続けられてきた。記念館の敷地に は限りがあるため、樹木のほとんどは珍珠泉公園に植えられ、25年間でその数は既に5万本を超えている。

 白西紳一郎さんは訪中団の中で 唯一、この25年間一途に「緑の贖罪(しょくざい)」の旅を続けてきたメンバー。69歳の白西さんは、自分は南京大虐殺の歴史を経験した身ではないが、こ の歴史を避けたり、あるいは否認するような日本人ではありたくないと語る。白西さんは「緑の贖罪(しょくざい)」を通じて南京で犠牲になった中国の人々に 対して、心からの反省と哀悼の気持ちを表したいという。

 「日本政府が南京に赴き被害者に謝罪をするまで、私たちの『緑の贖罪(しょくざ い)』活動は終わりません」白西さんは語った。

 朱成山・館長はさらに現場で、白西さんに対し「南京大虐殺遭難同胞記念館特別貢献褒賞」 を贈った。朱館長によると長年にわたり、多くの日本の友人が歴史の反省を通じ、被害者に対して謝罪を行い、南京市民と友好的な民間交流を行っていること は、中日両国国民の平和発展に非常に大きな貢献を果たしている。彼らの行動は、歴史上の揺るぎない事実を尊重していることを証明している。(編集HT)

  「人民網日本語版」2010年3月31日

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2010.03.26

先般、以下の文書を小学館あてに送信しました。

皆様にご披露します。





小学館オンライン担当者殿

関係部門へのご手配お願いします。この文書を受理していただけたら、受理した旨のご返事を賜りたく存じます。





中国語の学習に、「中日辞典」小学館第2版(カシオ電子辞書)を使わせていただいています。ありがとうございます。

使用しながら、先日来気になっていたことがありますのでお尋ねします。



台湾を調べていましたところ、





問1 <地名>台湾(たいわん)

「中国の東南海上に位置する。中国の一部であるが、中国本土に統一されていない。」

とされています。



「東南海上に位置する」と地理的位置としては間違いありません。しかし、「中国の一部であるが」と、台湾は中国の領土であると表明されています。この表現の根拠は何なのでしょうか。私は近現代のアジアについて専攻していましたので、この表現には納得できません。何を根拠に「中国の一部」と談じておられるのかご教示ください。日中共同声明にもこのような表現はありません。



また、「中国本土に統一されていない」とも表現されています。貴社は、「中国本土に統一」されるのが至極当然であるが未だ「統一されていない」と思っての表現以外に貴社の見解は理解できません。「中国本土に統一」されることを考えて、あれこれ工作している大きな勢力は存在します。中華人民共和国政府です。中国政府の基本姿勢は「台湾を統一する」ことにあることは自明です。

「中国本土に統一されていない」とは、中国政府の立場に立って記述されたものとしか考えられません。これが日本の企業としての貴社の基本姿勢ですかお尋ねします。



問2 「台湾は中国最大の島である」



この「台湾は中国最大の島である」は何を根拠に、中国の島と断定されているのですか。未だかって台湾が中国の領土となった歴史的事実は戦前も戦後もありません。このように表記されている信頼に足る国際的文献でもあるのですか。具体的の教示ください。それとも、中国政府の言なのでしょうか。

多分貴社は、1972年の日中共同声明において「中華人民共和国政府は,台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は,この中華人民共和国政府の立場を十分理解し,尊重し,ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と記載されている共同声明を持ち出すことでしょう。



事前にお伝えしますが、この声明は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」中国政府の立場を理解・尊重すると表明したに過ぎないのであって、「承認した」のではありません。これは我々がこれまで繰り返し外務省に確認したことです。理解の仕方について詳細に質問をすると、外務省は、「承認した」のでないことを表明しています。



改めて具体的な国際文献を具体的に教えてください。



問3 「台湾島、澎湖列島およびその他の附属島からなる。アミ族など9つの先住民族が居住する。」



この表記の仕方に、中華人民共和国の側から見た表記をしていると感ずるのは私だけでありましょうか。具体的事実の列記と言うように思うのですが、「台湾島・澎湖列島」と言うからには、台湾を「最大の島」と評価する中国の見方と断ぜざるを得ないのです。「台湾本島・澎湖列島」と表記するならば中国政府の立場に立脚した記述といえないのですが。この点での貴社のお考えをお聞かせください。



問4 「1895年から1945年までの50年間、日本の植民地になった」とあります。植民地と言う表現をお使いですが、ここに言う「植民地という」概念をご説明ください。

台湾は、日本の「植民地ではなかった」という学者もいます。少なくとも「50年間、日本が統治していた」と表現なさいませんか。



以上4問についてお尋ねするものです。

2週間以内にご返事をいただけますようお願いします。

       

先ほど、学研宛に下記の質問を送信しましたので、ご披露します。



台湾正名に関して、モグラ叩き的ではありますが、広範囲に何処まで台湾が貶められているのか分かりませんので、発見し次第追求せざるを得ないと思っています。

今現在、追求しているのは、ブリタニカ・ジャパン・小学館・学研の三社となっています。

お気づきのことがありましたら、教えてください。





学研御中



小生「カシオ電子辞書」を愛用している者です。

同電子辞書内に、貴社製品の「漢字源」JIS第1~第4水準版が収録されています。そこでこの「漢字源」の記載事項についてのお尋ねするものです。



そのうち「台湾」の記載内容を拝読して、不信に思う事項がありましたのでお尋ねするものです。



「台湾」については、

「中国の東南方にある島の名、また省名。日清戦争後、日本領となったが、第二次世界大戦後中国に復帰した。しかし1949年中華人民共和国成立後も中華民国の支配下にある」と記載されています。





問1「中国の東南方にある島の名、また省名」の省名とは何処の国の基準で書かれてあるのですか。中国政府の「台湾は中国の一部」という観点からの「台湾省」という記述ですか、それとも中華民国という実態の伴わない名称だけの国が詐称している中国の省の一つとしての「台湾省」なのですか。このうちのどの観点を基準にしているのでしょうか。

  「中国の東南方にある島の名」という記述からして中国に視点を置いた記述ですね。

  台湾人は「台湾は台湾だ」と言う観点から、「台湾省」と言う呼称はしていないことを念のために申し添えておきます。



問2「第2次世界大戦後中国に復帰した」の記述についてお尋ねします。

  中国に復帰したとは何時のことでしょうか。



  戦後台湾に進駐してきたのは、中華民国軍隊でした。国際連合の依頼を受けて、進駐(日本が正式に台湾を放棄して後も統治を継続)してきたのであって、「復帰」したのではありません。

「復帰」とは以前統治していたことが前提とした概念です。さすればこの記述は正しいのでしょうか。この問題についての歴史的経過と概念についてのご見解をお聞かせください。



問3「しかし、1949年中華人民共和国成立後も中華民国の支配下にある」

  

  この記述については、抵抗もなく読んでしまいそうなのでありますが、言外に、本来中国政府の支配下にあるのだが、残念ながら中華民国の支配下になっている、と主張したいところと見受けたのですが違いませんか。

  それは、「しかし、・・・も」という語法を使用しているからです。

この語法は、本来別のものであるが、引き続き現在も以前のまま、という意味に使われるものですね。それとも別の理解方法があるのですか。



以上3点の質問に2週間以内にお答えいただけませんか。

      

  平成22年3月26日     

「教育勅語」異聞──放置されてきた解釈の誤り

教育勅語の解釈をめぐる部分は理解難しい部分と思われますが、丁寧に読んでみてください。理解が深まるのではと思っています。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)
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 愛子内親王殿下の「不登校」騒動でも、また以前、当メルマガなど取り上げた西尾幹二電通大名誉教授の東宮批判、あるいは橋本明元共同通信記者の廃太子論でもそうですが、最近の皇室報道・批評で際立っているのは、いわゆる君徳論です。

 たとえば共同通信は、先週の19日、野村東宮大夫が定例会見で、「国民の皆さまにご心配をかけ、わたしたちも心を痛めております」という皇太子同妃両殿下のコメントを発表したことを伝えていますが、「同学年の児童らへの配慮を示す直接の言葉はなかった」と批判的です。
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010031901000587.html

 事実だけを伝える客観報道に見えて、その実、「自分のことしか考えていないのではないか」と両殿下に一方的に詰め寄っているかのような記事です。

 一般論でいえば、子供の世界は案外、残酷で、予想もしないようなことが起こりえます。いじめや学級崩壊など、今日、珍しいことではありません。外部の大人たちが不用意に立ち入れば、いじめ問題をめぐる双方の子供たちのキズが拡大することもあるでしょう。

 両殿下のコメントには「学校ですでにいろいろな対応策を考えていただいている」とありますから、「直接の言葉」はなくても、両殿下に内親王殿下以外の子供たちへの配慮がないとはいえないでしょう。「直接の言葉」はかえって波紋を呼びかねません。

 そんな道理は優秀な記者やデスクには自明のはずなのに、東宮攻撃とも映る記事が書かれるのは、皇族には一般国民よりも高い徳が求められるのが当然だという考えがあるからでしょうか。

 天皇を儒教的な聖人君子やヨーロッパの国王のような地上の支配者に見立てる考え方はいまに始まったことではありませんが、そもそも正しいのでしょうか?

 というわけで、今日から佐藤雉鳴さんの「『教育勅語』異聞──放置されてきた解釈の誤り」を連載します。

 教育勅語の冒頭には「徳」が登場します。東京帝国大学教授の井上哲次郎(哲学)が書いた解説本『勅語衍義(えんぎ)』はもっぱら儒教的な説明を加えていますが、これは誤りで、明治天皇ご自身がご不満を表明され、草案起草者の井上毅(こわし)も否定的だったのでした。

 けれども教育勅語解釈の誤りはいまも正されず、尾を引いています。昨今の皇室批判もその延長上にあるように見えます。


 「教育勅語」異聞──放置されてきた解釈の誤り by 佐藤雉鳴
    第1回 明治天皇はご不満だった!?
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◇1 思いのほか少ない教育勅語の解釈書

 教育勅語は、明治23(1890)年10月30日、教育に関する勅語として渙発(かんぱつ)され、GHQの占領下にあった昭和23(1948)年6月19日、衆参両議院においてその排除・失効確認決議がなされたものである。

 教育勅語の成立については、いくつかの詳細な研究がある。しかしそのなかで、本文の解釈に言及したものは思いのほか少ない。そしてその少ない著作の基本的な解釈はおしなべて同じである。

 明治24年9月に出版された『勅語衍義(えんぎ)』は教育勅語の解説書である。井上哲次郎著、中村正直閲で、勅語渙発時の文部大臣芳川顕正が叙を寄せている。これがのちに官定解釈といわれたものであり、今日までの解釈はすべてこの『勅語衍義』を基にしているといっても間違いではない。『勅語衍義』は平成15(2003)年に出版された『井上哲次郎集第一巻』にも収められている。

 教育勅語の関係文書はいろいろ存在するが、なかでも草案作成の中心人物であった井上毅(こわし)の残した文書はもっとも重要なものである。「梧陰(ごいん)存稿」「梧陰文庫」が『井上毅伝』に収められている。

 また『明治天皇紀』には、『勅語衍義』に関する見落とせない内容が記されている。そのことの詳細は後述する。

 教育勅語の草稿段階から完成までの推敲(すいこう)の流れは、海後宗臣(かいご・ときおみ)『教育勅語成立史』や稲田正次『教育勅語成立過程の研究』などに仔細がある。

 元田永孚(もとだ・ながさね)は教育勅語渙発にもっとも貢献した人物ともいえるが、勅語渙発の翌明治24年1月に他界している。元田の『勅語衍義』に関する重要な文書は見つけられない。


◇2 私書扱いで発行された『勅語衍義』

 この『勅語衍義』にはいくつかの謎が存在する。

 『明治天皇紀』を読むと、『勅語衍義』の起草前後の経緯について、2つのことが分かる。

(ア)『勅語衍義』は時の文部大臣芳川顕正によって「之れを検定して教科書と為し、倫理修身の正課に充てんとす」る目的で起草されたものであることが記されている。しかし、天覧に供したあと、結局は井上哲次郎の私著として発行されている。

(イ)「告げしめて曰(いわ)く、斯(こ)の書、修正の如くせば可ならん、然(しか)れども尚(なお)簡にして意を盡(つく)さざるものあらば、又、毅と熟議して更に修正せよ」と天皇は仰せられている。毅とは井上毅のことである。

 『井上毅伝』にも不思議な記述がある。

(ウ)「小橋某に答える書」には、教育勅語について、「注釈など無い方がマシでしょう」(原文は漢文)という文面がある。

(エ)また、後に文部大臣となった井上毅は、「修身教科書意見」において、天覧に供した『勅語衍義』を「高尚に過ぎる」という理由で、大胆にも小学校修身書「検定不許」としている。

 以上の記述を、これらの著作から時系列で整理すると、次のようなことになる。


◇3 教科書になれなかった

(1)明治23年9月、教育勅語渙発時の文部大臣芳川顕正は碩学の士に勅諭衍義を書かせ、これを検定して教科書とするつもりであった。

(2)芳川顕正は教育勅語渙発後、帝国大学文科大学教授井上哲次郎に衍義書を嘱付した。

(3)芳川顕正は明治24年4月、できあがった勅語衍義案を上奏した。

(4)天皇は修正案のようにすればよく、意を尽くしていないのなら井上毅と熟議して更に修正せよと仰せられた。

(5)明治24年5月、芳川顕正は同書を井上哲次郎の私著として出版することを上奏した。

(6)明治24年9月、『勅語衍義』の初版が発行された。

(7)明治26年7月、文部大臣井上毅は『勅語衍義』を小学校修身書検定不許とした。

 『勅語衍義』にいくつかの謎があることは、これで明白である。つまり……。

(ア)天覧に供したものを、内容が高尚過ぎるとはいえ、「検定不許」は相当に厳しい扱いである。少なくともここに、井上毅のそれに対する評価が歴然と存在する。ほかにも解説書はあるのだから、敢えて「検定不許」の必要はない。採用する方は程度にあったものを選択すればよいことである。

(イ)天皇の「毅と熟議せよ」は、井上毅の修正案が充分反映されていないことへのご不満と考えて妥当だろう。ご不満の部分とはどこか。

(ウ)当初芳川文部大臣は検定を受け教科書とするつもりであったが、結局『勅語衍義』は井上哲次郎の私著として出版された。この変更は天覧のあと、井上毅と熟議をせず、「修正の如くせば可ならん」のにそれを実行しなかったためであることは容易に想像できる。

 天皇は勅語衍義案にご不満があり、井上毅は出版された『勅語衍義』に否定的だった。これが歴史の示す事実である。けれども、この事実について、「重要ではない事実」としてその理由をあげ、検討したものは見つけられない。それどころか明治天皇のご不満も井上毅の否定的意見も黙過され、探究されることはなかった。


◇4 修正が集中する第1段落の解説

 『勅語衍義』について井上哲次郎はのちに、当時の有識者や草案作成者井上毅にも参考意見をもらったと述べている。しかし結局は、事実として、井上毅による小学校修身書「検定不許」となっている。ここに何があったのだろうか?

 「勅語衍義(井上毅修正本)」というのがある。平成19年3月、『国学院大学日本文化研究所紀要』において、斎藤智朗によるその資料の翻刻が発表された。この原文には井上毅のその後の態度にそぐわないものが少なくない。

 案の定、この原文は他筆になるものであって、それに井上毅が手を入れたと解説にある。翻刻の作業者ゆえの貴重な解説である。また井上毅の『勅語衍義』稿本への修正意見の多くが稿本の前半部分に集中している事実が確認されている。

 明治天皇が「簡にして意を盡さざるものあらば」と仰せられた部分と、井上毅が他筆による原文に手を加えている部分はほぼ同じであって、この稿本前半部分であると推察できる。教育勅語のいわゆる第一段落に関する解説の部分である。

 徳目を述べられた教育勅語の第二段落に関しては、井上毅の修正意見はわずかであって、その基本的な解釈にはほとんど影響を与えるようなものではない。したがってこの推察はほぼ妥当な見方だろう。

 教育勅語の第一段落は、次のように述べている。

「朕(ちん)惟(おも)ふに、我が皇祖皇宗(こうそこうそう)、国を肇(はじ)むること宏遠に、徳を樹(た)つること深厚なり。我が臣民、克(よ)く忠に、克く孝に、億兆心を一(ひとつ)にして、世世(よよ)厥(そ)の美を済(な)せるは、此(こ)れ我が国体の精華にして、教育の淵源、亦(また)実(じつ)に此(ここ)に存(そん)す」


◇5 井上哲次郎にない「皇祖皇宗の徳沢」

 これが第一段落といわれる部分である。この一行目に関する『勅語衍義』の解説は次のとおりである。

「太古の時に当り、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、天祖天照大御神(あまてらすおおみかみ)の詔(みことのり)を奉じ、降臨せられてより、列聖相承(う)け、神武天皇に至り、遂に奸(かん)を討じ逆を誅(ちゅう)し、以(もっ)て四海を統一し、始めて政を行い民を治め、以て我が大日本帝国を立て給ふ。因(よ)りて我邦は神武天皇の即位を以て国の紀元と定む。神武天皇の即位より今日に至るまで、皇統連綿、実に二千五百五十余年の久しきを経て、皇威益々(ますます)振(にぎは)ふ。是れ海外に絶えて比類なきことにて、我邦の超然万国の間に秀(ひい)づる所以(ゆえん)なり。然(しか)れども是れ元と皇祖皇宗の徳を樹つること極めて深厚なるにあらざるよりは、安(いずく)んぞ能く此の如く其れ盛なるを得んや。」

 これに対し、井上毅の「修正本」はやや異なる文面である。

「神武天皇皇国を肇め民を治め、我が大日本帝国を定めたまへるの後、歴世相承け、以て今日に至るまで、皇統連綿、実に二千五百五十余年の久しきを経て、皇威益々振ひ、皇徳益々顕(あら)はる、是れ海外に絶えて比類なきことにして、我邦の超然万国に秀づる所なり、蓋(けだし)皇祖皇宗の徳沢(とくたく)深厚なるにあらざるよりは、安ぞ能く此の如く其れ盛なるを得んや。」

 井上毅が皇祖を神武天皇とし、皇宗を歴代天皇としたことは「梧陰存稿」(小橋某に答える書)に明記されている。これは井上毅が総理大臣山縣有朋に示した起草七原則ともいうべきものに沿った考えである。その中には敬天尊神などの語を避ける、あるいは宗旨、つまり特定の宗派が喜んだり怒ったりしないもの、ということがあげられている。

 また井上毅の「小橋某に答える書」に、古典によれば天照大神は「天知らす神」であって「国しらす神」ではないとある。勅語をめぐっての、神代に関する論争を防止したかったのではないかと思われる。ただこれは教育勅語の基本的な解釈には決定的な問題ではない。

 重要なことは、井上毅に「皇祖皇宗の徳沢」があって、井上哲次郎にはないことである。「皇祖皇宗の徳を樹つること極めて深厚なる」は教育勅語の単なる引用であり、解説にはなっていない。


◇6 井上毅の修正意見を反映せず

 井上毅はこの第一段落の修正意見として次のような文章を残している。これは部分的には平成2年に出版された『日本近代思想大系6 教育の体系』において引用されているが、出典が記されていなかったものである。それが、平成20年3月、国学院大学日本文化研究所の編集で出版された『井上毅伝史料篇補遺第2』のなかに「梧陰文庫!)─四五九」として公開されたのである。

「我が臣民の一段は勅語即ち皇祖皇宗の対─股(むきあい)─文にして、臣民の祖先の忠孝の風ありしことを宣べるなり、故に維新の攘夷諸士を此の例に引くは古今の別を混するの嫌あり、削るべし、何故なれば云々(うんぬん)以下九行暁(さと)るべきなり迄(まで)削るべし、何となれば行文冗長の失あるのみならず、其の君道を論ずる処、全く勅語の本文に関係なし、是れ衍義の体に非ず」

 ところがである。井上哲次郎は維新の諸士については井上毅の意見を汲(く)んでいるが、「何故なれば……」以下の文章を出版された『勅語衍義』に読むと、ここには井上毅を反映させていないことが確認できる。

「何故なれば、国君の臣民を愛撫(あいぶ)するは、慈善の心に出で、臣民の君夫に忠孝なるは、恩義を忘れざるに出づ。臣民にして恩義を忘れんか、禽獣に若(し)かず。国君にして慈善の心なからんか、未だ其(その)天職を尽したりと謂(い)うべからず。此れに由りて之れを観れば、我邦の屹然(きつぜん)として東洋諸国の間に卓越するは、主として君臣父子の関係、其宜しきを得るに因ることを知るべく、又教育の基本とすべきこと、亦此れに外(ほか)ならざるを暁るべきなり。」

 つまり井上毅は、「徳を樹つること深厚なり」の皇祖皇宗の「徳」と臣民の「忠孝」が対になっていること、これは我が国の歴史を貫いて変わっていないことを主張しているのである。そして「国君にして慈善の心なからんか、未だ其天職を尽したりと謂うべからず」は教育勅語の解説になっていない、と批判しているのである。たしかに勅語は天皇のお言葉であるから、その解説として国君として云々は余分なものだろう。

 しかしこの点について、井上哲次郎は井上毅の修正意見をまったく受け入れなかったのである。


◇7 井上哲次郎は「君主の徳」を説明せず

 以上の事実から、二つの『勅語衍義』には、「徳を樹つること深厚なり」の 「徳」について決定的な違いがあるのではないか、とする仮説が成立する。明治天皇が「毅と熟議せよ」と仰せになったご不満とはこの点にあるのではないか。教科書ではなく私書扱いとなり、小学校修身書検定不許となった理由もここにあるのではないか。

 帝国憲法の解説書である『憲法義解』は井上毅の筆になるとされている。その憲法第一条の説明には「しらす」という天皇の統治を語って、「君主の徳は国民を統治するに在て一人一家に亨奉するの私事に非ざること」とある。

 一方、井上哲次郎は天皇の統治をあらわす「しらす」に言及しておらず、「国君の臣民を愛撫するは、慈善の心」と述べている。彼における天皇の統治は支那の有徳君主思想を前提としている、と言われてもやむを得ないだろう。

 井上毅の「皇祖皇宗の徳沢」には「しらす」という「君主の徳」が込められていて、「徳を樹つること深厚なり」につながっている。しかし井上哲次郎は「徳を樹つること深厚なり」の「徳」を説明できていない。

 上記の違いは、教育勅語の解釈において、看過できない重要な事実である。ならば、井上毅の考えた「君主の徳」とは、いかなるものか、次回、追究する。(つづく)


 

中国は誰がどのように評価しようとも、侵略国家である。
食料品の多くを輸入使用とも、幾種の産業製品の輸出をしていようとも、
自明のことだが、友愛を語る相手国ではないし、日本の国会議員が大挙出かけて握手をする相手でもない。(写真付き握手代費用一人数十万円)
ここが基本である。基本を外れた外交は眉中外交、へたれ外交で幼稚園児でもできることです。


永山英樹さんの  メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より


文字色大きい文字強調文見落とすな!温家宝は侵略の野心を語っているー全人代閉幕後の記者会見


ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1087.html

■中国「傲慢」「強国」「必勝」論に反論  

中国の温家宝首相は三月十四日、全人大閉幕後の記者会見を行った。中国は今後いかなる方向へと向かうのかと世界各国が注目したこの会見では、ドイツ通信社の記者が次のような質問を発している。

「国際社会は目下擡頭中の中国に対し、国際社会における政治、経済、安保面での指導的役割を期待している。それを行う力や願望はあるか」と。

昨年十二月のCOP15などで見られた中国の国益優先の身勝手な姿勢を受け、大国としての責任を担う意思はあるかと聞いたのだ。

これに対して温家宝氏は「『中国傲慢論』『中国強国論』『中国必勝論』が出ている中で、あなたの質問はまだ平和的な方だ」と前置きし、これら対中批判への反論に打って出た。

■世界を欺く韜晦外交の策略

―――第一に、中国ここ数年、急速な経済発展をしているが、都市と農村、地域間の格差は大きく、さらには人口も多いために基礎が弱く、まだ発展の初期段階にある。

―――第二に、中国は平和発展の道を堅持している。中国の発展はいかなる国にも影響を及ぼさない、中国は発展していない時期には覇権を唱えないが、発展しても永遠に覇権を唱えない。

―――第三に、中国の主権や領土保全に関わる重大問題については、たとえ中国は貧しくとも、我々は硬い鉄骨の意志である。

―――第四に、中国は責任を負う国家だ。中国は国際協力や国際的な経済、政治の重大問題の解決に積極的に参与している。

―――この四点が我々中国の対外政策の基本的立場だ。

相変わらずの韜晦(能力隠蔽)戦術だ。温家宝氏は「外交政策の基本的立場」を語ったのではない。このように語って各国を欺くのがあの国の「外交政策の基本」なのだ。

■惜しみなく曝け出した領土拡張の野心

世界の覇権を握る日まで、「中国はいまだ後進国だ」と強調し、「傲慢」「必勝」「強国」論を否定し、極力孤立化を回避しつつ、国家の実力を養おうと言う狡猾な暴力国家ならではの策略と言えよう。

しかし「永遠に覇権を唱えない」といかに強調しも、その暴力体質を覆いきれないところが暴力国家と言うものだ。

「中国の主権や領土保全に関わる重大問題」に関し、絶対に譲歩はしないと述べたのがそれである。日本国民の多くは見落としがちだが、実はここでは中国の領土拡張の野心が惜しみなく曝け出されているのである。

ここで先ず考えるべきは、現在いかなる国も中国の「主権」「領土」を侵そうとはしていないことである。それでありながら中国が、なおもそれらを「鉄骨」の意志で防衛すると強調するのはなぜなのか。

■侵略目標の地を「領土」と呼ぶ中国

驚くなかれ、実はこの防衛すべき「領土」とは、次のようなものなのだ。

!)チベット、東トルキスタンなど、すでに侵略し、殖民地統治を行っている地域。

!)台湾と言う次なる侵略目標地域。

!)東支那海、南支那海など日本や東南アジア諸国との係争海域。

!)チベット、東トルキスタンなどに接するインド領のアクサイチン(支配中)とアルナーチャル・プラデーシュ。

ちなみに中国が二〇〇五年、台湾への武力行使を合法化するために制定して世界を驚愕させた「反国家分裂法」の第一条にも、「台湾独立分裂勢力が国家を分裂させるのに反対し、これを阻止し、祖国平和統一を促進し、台湾海峡地域の平和・安定を守り、国家の主権および領土保全を守り、中華民族の根本的利益を守るため、憲法に基づいて、この法律を制定する」とある。

これを見ても明らかだろう。中国の所謂「国家の主権および領土保全を守る」とは「侵略する」との一言に言い換えることができるのだ。なぜならば台湾にしても、中国の「領土」などではないからだ。

■今こそ国民常識にすべき「中国侵略国論」

従って温家宝氏は、こう述べたことになる。

―――第三に、中国の対外侵略に関わる重大問題については、たとえ中国は貧しくとも、我々は硬い鉄骨の意志である。

「いかなる国にも、中国の領土拡張の邪魔はさせないぞ」と。


「領土の侵犯は絶対許さない」とは「領土拡張の邪魔は絶対許さない」の意味だ

以上引用した温家宝氏の発言については日経新聞も報じているが、記事のタイトルは「中国首相、『強硬外交論』を否定 主権問題は譲歩せず」。

これはマスコミの怠慢だ。「主権問題」などと表現するから、国民には中国の膨張の野心が伝わらないのだ。

「中国首相、『強硬外交論』を否定 侵略問題は譲歩せず」とするのが正しい報道と言うべきではないか。

「中国侵略国論」を国民の常識にしよう。大国日本がそれを発信すれば、国際社会にも浸透して行くことになる。中国の韜晦外交などに惑わされている場合ではないのだ。



信仰の自由がある。しかしキリスト者だから良心的な人物と言う保障はない。
多くのキリスト者は左翼・アカと結託している。
キリスト者に貴殿は、保守支持しますか、保守に反対しますかと尋ねよう。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)


 1 天皇学への課題 その4 by 斎藤吉久
   ───他者の信教の自由を侵さない多神教文明

▽1 寓話的に考えてみると

 むかしは地主から土地を借りて農業を行う、小作人という立場の人たちがたくさんいました。明治維新後、北海道空知(そらち)地方に最初に渡った空知太兵衛さんもその1人で、3000坪(1万平米=1ヘクタール)の土地を北海道庁から借り、畑作を営んでいました。律儀者の太兵衛さんはこの地方では最古参の農家として名の知れた人物でした。

 時代が変わり、戦後の農地解放で太兵衛さんは晴れて自作農になれるはずでしたが、どういうわけか、自分の農地を持てずじまいでした。そればかりではありません。隣の小学校が増設することになり、建設用地として太兵衛さんの土地に白羽の矢が立ったのです。

 まじめな太兵衛さんは行政に協力して、土地を明け渡し、代わりにわずかな土地を市から与えられて、間借りすることになりました。

 ところがです。市から土地をタダで借りているのはけしからん、と2人の住民が怒り狂い、10年前、とうとう訴訟になりました。そして太兵衛さんは裁判に負けました。

 空知地方の歴史そのものといってもいい太兵衛さんは、それゆえに行政にもっとも協力し、そのあげくに土地を奪われ、あまつさえ司法権力によって法的追放の憂き目にある。こんな理不尽がどこにあるでしょう。逆に行政は、功労者である太兵衛さんに、学校用地の提供にさかのぼって感謝状を贈り、地代を払うべきでしょう。

 話を分かりやすくするために、以上のような寓話を考えたのですが、いかがでしょうか? 前回は判決文から歴史的経緯をトレースしましたが、事実関係を丹念に追えば追うほど複雑さが増して分かりづらくなります。反対に多くのマスメディアが伝えるように、「公有地に昔から神社が建っている」「市有地を無償で使用させている」という結果だけでは、歴史的経過が見えません。

 もちろん農地の所有問題と政教分離問題はまったく違います。後者における本質は、国民の信教の自由を制度的にどう保障するかです。土地の貸借とは異なります。空知太神社という、歴史的な存在価値は高いけれども、宗教法人ではない、神職もいない、小さな村の鎮守が市有地内にあることが、憲法が保障する信教の自由を侵すのかどうか、そこが問われています。


▽2 政教分離問題はキリスト教問題である

 空知太神社訴訟の原告は2人です。1人はキリスト者で、平和遺族会の代表者、もう1人は中国帰還者連絡会の活動家だそうです。

 平和遺族会はよく知られているように、靖国神社に反対する立場にある遺族団体で、代表者はプロテスタントの信徒です。一方の中国帰還者連絡会は、戦後、撫順戦犯管理所に抑留され、「侵略戦争で罪を犯した者が反省し、その体験を日本人に話すことは、中国共産党員が話すより効果的」(周恩来)という考えのもとに政治的に利用され、「思想改造」された元「戦争犯罪人」が日本に帰国後、結成した団体です。

 たとえば藤田茂第59師団長は中国の戦犯裁判で、供述書に「自分に罪業を犯させた裕仁に対し、心よりの憎悪と闘争を宣言する」と書き記し、服役後、帰国した藤田は「中国侵略に参加し、幾多の罪業を犯した者が人道的反省の上に立って侵略戦争に反対し、平和と日中友好に貢献する」ことを目的とする連絡会の初代会長となり、終生、その地位にあって、「中国が期待したとおりの後半生」を送ったといわれます。
http://homepage.mac.com/saito_sy/yasukuni/H1812SRsenpangoushi.html

 いうまでもなく思想・良心は自由であり、信教の自由は認められなければなりませんが、空知太神社訴訟の原告が2人とも、キリスト教、およびその鬼っ子としての共産主義もしくは無神論という、「正義はひとつ」であると考える一神教信仰の立場にあるらしいことはきわめてシンボリックだと思います。

 「あなたには私のほかに神があってはならない」「全世界に行って福音を述べ伝えなさい」という唯一神の教えに従い、異教世界を侵略し、異教徒を殺戮し、異教文明を破壊したキリスト教の歴史は古い時代のことですが、中国共産党がチベットの村々にあったチベット人の魂である寺院を砲撃し、破壊し、略奪した歴史はけっして過去ではありません。

 そして空知太神社訴訟は、同じ歴史の誤りをこの国において繰り返しています。重要なことは、(1)一神教文明が犯したみずからの過ちを自覚していないこと、(2)日本では古来、宗教的共存が成立してきたという文明の価値が積極的に理解されないこと、(3)戦前、国家神道が軍国主義の精神的支柱になり、その歴史の反省から政教分離原則が憲法に盛り込まれたとするドグマにいまだに冒されていること、の3点です。

 当メルマガが原武史明治学院大学教授の宮中祭祀廃止論に対する批判で書いたように、また拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に述べたように、政教分離問題とは本来的にはキリスト教問題にほかなりません。神社あるいは日本人の宗教伝統のあり方が問われているのではありません。

 けれども神社攻撃に血道を上げる原告らはまだしも、司法の側も、それどころか被告側も同様に、上記のポイントを十分に理解していないように思います。


▽3 1つの聖地に異なる信仰が共存する

 とくに(2)です。

 最高裁の判決文は「本件は、砂川市がその所有する土地を神社施設の敷地として無償で使用させている……」と始まります。「神社施設」という表現の前提として、「神社」と称する、「仏教」や「キリスト教」とは異なる、1つの信仰体系がある、と裁判官たちはきわめて常識論的に理解しているようです。

 しかし違うのです。

 以前、南インドを旅したとき、ヒンドゥー教の古刹(こさつ)とイスラム教のモスクとが仲良く隣り合っているのを見て、驚いたことがあります。インドの友人たちによると「両者が対立しているのは北インドだ。宗教的対立ではなく、政治的対立なのだ」と説明していたのですが、もっと驚いたことには、モスク建設の土地と資金を提供したのは、ほかならぬ村のヒンドゥー教徒たちでした。

 ここではヒンドゥーとイスラムが平和的に共存しているのです。しかしこれ以上に驚くべきなのは、日本です。インドではヒンドゥーの聖地とイスラムの礼拝所が隣接しているだけですが、日本では古来、同じ聖地に異なる信仰が、他者の信教の自由を冒すことなく、共存しているのです。

 神社の境内は、縄文の信仰を伝える森に包まれ、神が住まう本殿は稲作信仰そのままに高床式の米倉のかたちをしています。さらに境内を見渡せば、自然崇拝、祖先崇拝、稲作信仰、皇室崇拝、人霊崇拝など多様な信仰体系が共存しています。

 たとえば自然信仰と義人崇拝など、まったく別な信仰が境内という1つの聖地に違和感なく、互いに干渉することなく共存し、それどころか1つの本殿に異なる神様が同居しているケースさえあります。仏教の高僧を祀る神社やキリシタンの神社すらあります。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/nagasaki_suwa_jinja.html

 空知太神社の場合は、最初に五穀豊穣を祈る祠(ほこら)があり、次に天照大神の分霊をまつる神社が創建され、さらに土地の神様をまつるという地神宮が置かれました。自然崇拝、伊勢信仰、産土(うぶすな)信仰が同居しています。

 こうした日本の多神教的、多宗教的文明の中心にあるのが天皇の公正かつ無私なる祈りですが、あまりに当たり前すぎて、私たちは天皇の文明の価値をなかなか自覚できないでいます。だからこそ訴訟も起きるのでしょうが、これに対して被告側の理論は脆弱(ぜいじゃく)で、逃げ腰とも映ります。どういうことなのか、紙幅がつきましたので、次回、お話しします。

 予告編的に簡単にいうと、判決文によれば、市側は「神社物件の宗教性は希薄である」ことを主な上告理由の1つとしたようですが、鳥居や祠などに宗教性が薄いから憲法に違反しないという論理は成り立ち得ません。宗教性とは物件それ自体に備わっているのではなく、人間の存在を前提とし、人間との関係において生じるからです。最高裁が市側の論理を採用しなかったのは当然です。

朝鮮学校授業料問題の参考になさってください。
実践的に役に立つ論点と理解します。



 以下は一昨日の記者会見の折川人博常務理事(弁護士・法律家の会幹事)が作成・説明した論点整理のためのメモです。
                        2010年3月18日



朝鮮学校授業料問題についての論点整理メモ                             弁護士 川人 博
第1 問題の所在

1.民族差別や教育を受ける権利の侵害は、あってはならない。これは、当然の前提。

2.問題は外国人学校の教育内容や学校管理・運営がどのような内容であろうとも、適用するかの問題。

3.例えば、自爆テロの方法を教えている学校にも適用するのか。NOであろう。
ホロコーストなどの民族虐殺を賛美する教育をしている学校にも適用するのか。NOであろう。

4.従って、何らかの基準が必要であり、その基準に沿った審査が不可欠である。

第2 朝鮮学校をめぐる問題点

1.教育内容
金独裁体制賛美、主体思想教育、拉致問題等の現代史教育について看過できない実態が存在する。先日のRENKの発表資料など。

2.管理運営
北朝鮮の金独裁体制及びその支配下にある朝鮮総連が、朝鮮学校の管理運営(教員人事を含む。)を独占しており、一般の民間人が行う各種学校とは全く異なる。この結果、別紙資料1のように学校の敷地を担保に入れ、朝鮮総連及びその傘下の資金調達を行っている。

3.子どもの思想の自由を侵害

かつて朝鮮高校の生徒が全員朝鮮青年同盟に加入する扱いとされ、また、今日でも金独裁体制を批判する自由が校内には存在していない。

4.教員や元教員が犯した犯罪行為

教員や元教員が犯した悪質な犯罪行為がこれまで発覚している。すなわち、拉致事件、麻薬事件等々。特に、1978年のヘロイン密輸事件では、朝鮮学校の教員と生徒という師弟関係が利用されている。別紙資料2。

5.結論

以上のような事実から、朝鮮学校は北朝鮮の金独裁体制のイデオロギーを注入する機関として位置付けられ、現に、そのように機能してきた疑いが濃厚である。
また、犯罪行為を担う工作員に教員という社会的地位を与え、かつ、若い青年を新たに工作員に確保する場として位置付けられ、現に、そのように機能していた疑いが濃厚である。
加えて、資金面で金独裁体制及び朝鮮総連を支える役割を果たす機関として位置付けられ、現に、そのように機能していた疑いが濃厚である。

第3 授業料問題の扱いについて

 授業料問題で、市民から疑問が出ている学校については、然るべき機関で、当該学校が、日本国憲法や国際人権法を遵守している学校か否かを事実に即して審査すべきである。
その際には、当然教育の自由や宗教の自由が尊重されるべきであるが、他方、そのような自由の名のもとに、子どもの人権や市民の人権、国家主権が侵害されてはならない。
朝鮮学校には、前記のような問題点が明確になっているのであるから、血税を朝鮮学校に使用するためには、次のような手順が必要と考える。

1.朝鮮学校側が過去に発生した犯罪行為や不適切な経済行為等について、事実関係と自らの見解を明らかにし、二度とこのようなことが発生しないための具体的措置を講ずること。

2.朝鮮学校側が、金親子に対する朝鮮学校の位置付け、主体思想、現代史教育の内容についてすべて明らかにし、金親子の肖像画の撤去等、通常の教育機関がとるべき一切の処置を講ずること。

3.以上のような朝鮮学校側の真摯な改善策が出された段階で、初めて授業料問題で朝鮮学校を対象にすることが可能になる。

第4 いくつかの論点について

1.現在までに出されている差別反対論は、いずれも現実の朝鮮学校の実態を直視せず、極めて抽象的に人権論を振りかざしているにすぎない。事実に基づかない国際人権論は、単なるイデオロギー宣伝にすぎない。

2.子どもの権利ということが差別反対論者から強調されているが、朝鮮学校に通ったために人権を侵害され、人生を壊された青年たちが多い。また、今、朝鮮学校内において教育の自由が保障されているのかについてもかかる論者は目を閉ざしている。

3.なお、日弁連が先日差別反対の会長声明を出しているが、この声明が出されることについては、ほとんどの日弁連会員が事前に知らされておらず、ごく少数の弁護士と会長によって行われたものである。また、この声明に先立ち、前記第2、第3で述べたような調査を日弁連が行った形跡はない。従って、当職は、この点について会長宛に強く抗議の意思を表明した。

第5 報道機関に対する希望

報道機関及びジャーナリストの皆さんが、この問題について充分な実態調査をし、市民に対し、必要な情報を提供し、日本社会において、また、国際社会において事実に立脚した民主主義的な議論がなされる基礎を作っていただくことを心より期待したい

永山さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」 より転載
民主党へ投票した皆様、一連の政策を望んでいましたか。
望んでいないとすれば、これから如何なされますか。


日米同盟解体―中国が期待する民主党「友愛外交」の「歴史的役割」

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■「抑止力」を論じない政府・与党の基地問題検討委  

米軍普天間基地移設問題を五月末に決着させると強調する民主党政権。そのため政府・与党の沖縄基地問題検討委員会には早急の移設案集約が求められているが、三月八日になってようやく、社民、国民新両党が移設候補地を正式提案した。

社民党はグアムなど国外中心、国民新党はキャンプ・シュワブ陸上部など県内移設を主張するが、「検討委の議論は移設先探しばかりが優先され、在沖縄米海兵隊の必要性など安全保障の本質的論議は素通りされ・・・出口の見えないまま移設問題は最終局面へ」(毎日、九日)移ろうとしている。

たとえば米軍基地の最重要な存在意義である抑止力に関してが「素通り」されている。

委員会終了後の記者会見では社民党の阿部知子政審会長も「抑止力論議は不十分だったと認めざるを得ない」と述べている。五月末の決着までに「時間があまりにも少ない」からと釈明したが、そもそもグアムへの全面移設を強く訴える同党に、この問題を論じる意思などあったのか。その日の会合では阿部氏自身が、沖縄の海兵隊の抑止力は必要不可欠ではないとの党の見解を示していたはずだ。

■台湾有事への即応―増大一方の在沖海兵隊の存在意義

米軍基地の抑止力とは北朝鮮のミサイル、核開発への暴走に対するものであるとともに、中国の台湾やシーレーンに対する軍事的脅威に対するものである。

中国政府は四日、二〇一〇年度の軍事費について、五千三百二十一億元(約六兆九千億円)とする方針を発表した。二十一年連続二桁だった成長率を七・五%と一桁に縮小したことに関して中国側は、台湾との関係改善とも関係するなどと宣伝するが、「いずれにしても大変な伸び率」(北沢俊美防衛相)である。

しかも公表額が実際の二分の一~三分の一に過ぎないことは国際社会の常識だ。中国はこれまで、軍事費の拡大の理由は台湾統一(併呑)のためだと説明してきた。

防衛省幹部は「中国と台湾で紛争が起きれば、米海兵隊が急派される。それが在沖海兵隊の存在意義」と指摘する(同)が、その「存在意義」は目下、極めて大きなものとなっている。

なぜなら台湾が昨年十月二十日に発表した国防報告書が「中共軍はすでに外国軍の介入を阻止する能力を備えている」と指摘するように、中国軍の短中距離ミサイルや原子力潜水艦などの増強により、台湾有事における米軍の介入はすでに困難な状況と見られているからだ。

■日本側は台湾有事を視野に入れていない

米国の「国際評価戦略センター」の報告書「台湾海峡の空軍力バランス」も「中国軍の増強がこのまま続くと台湾との軍事均衡が完全に失われるだけでなく、台湾有事への介入の可能性を保とうとする米軍の抑止力も無効になるだろう」との見通しを明らかにしている(産経、四日)。

台湾の存続が危機に直面すれば、それはただちに日本のシーレーンの危機を意味する。そして東アジア、西太平洋の安全保障の危機をもだ。

ところが政府・与党の驚くべきは、この一点をあえて直視しようとしないことにあるのだ。「抑止力」に関して日米両国は北朝鮮の脅威は視野に入れても、「米国は台湾有事も視野に入れている点で日本と微妙に立場が異なる」(毎日、九日)と言う。つまり「台湾」を視野に入れることは政府のなかではタブーなのである。

これまで中国政府は日本政府に対し、「台湾問題は中日関係の政治的基礎。慎重に処理せよ」と重ねて要求圧力をかけている。これに対して日本側はその都度、「日中共同声明を遵守する」と答えている。つまり「中国の唯一の合法政権は中華人民共和国だ」との意味であり、「台湾問題にはできるだけ触れません」とのメッセージだ。

このような迎合姿勢であるかぎり、「中国の脅威」など口が裂けても言いたくあるまい。これは自民党政権にも言えたことだが、民主党政権に至っては、さらにそうだ。

■だから中国は「友愛外交」を評価する

従って社民党との連立関係への配慮のためだけではないのである。民主党政権自身が前政権以上に中国の脅威を抑止する意思が欠如していることは、その「東アジア共同体」構想や「日米中正三角形」論の思想、「中国を刺激する必要はない」との理由による与那国島への陸自部隊派遣の見送りを見るだけで明らかだ。

そしてだからこそ基地の移設問題の見直し問題を引き起こした。「抑止力」について語らないため、そのおかげで国民は同問題を「沖縄の負担問題」としか受け止められなくなっている。

このように見れば中国側が民主党政権の「友愛外交」を、「中国を重視するもの」として評価する理由が分かる。

あの国が求めるものは、台湾侵略の抑止力である日米同盟の弱体化、そして解体だ。日米間の基地問題で迷走し、同盟を危機へと導く民主党政権の「歴史的役割」に大きな期待を寄せていることだろう。もちろん社民党の「活躍」もだ。

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夫婦別姓は家族崩壊をもたらす  (産経 2010/3/19)


【正論】日本大学教授・百地章


 12日に予定されていた選択的夫婦別姓法案(民法改正案)の閣議決定は、

取りあえず先送りとなった。しかし千葉景子法務大臣は、夫婦別姓法案の今国

会提出に改めて意欲を示したというから(同日付産経ニュース)、決して油断

するわけにはいかない。


 ≪■国の「保護義務」に反する≫


 夫婦別姓制度の最大の問題点は、家族よりも個人を優先して考える結果、

「家族の絆(きずな)」を破壊し、「共同体としての家族」まで崩壊させかね

ないことにある。現に夫婦別姓を推進してきた福島瑞穂少子化担当大臣は「私

は、子供が18歳になったら『家族解散式』というのをやろうと思ってい〔る〕」

と公言してきた(『結婚はバクチである』)。


 しかしながら、国が「共同体としての家族」を保護すべきことは、世界人権

宣言も認めている。同宣言は「家庭は社会の自然かつ基礎的な集団単位であっ

て、社会および国の保護を受ける権利を有する」(16条3項)といい、国際

人権規約A規約も「できる限り広範な保護及び援助が、社会の自然かつ基礎的

な単位である家族に対し、…与えられるべきである」(10条1項)と定めて

いる。


 また、日本国憲法の制定過程をみると、第2次試案には「家庭は、人類社会

の基礎であり、…婚姻と家庭とは、法の保護を受ける」とあり、マッカーサー

草案にも、「家庭は人類社会の基礎にして」とあった。ただ、日本側としては

これは当然のことで、わざわざ法で定めるまでもないとの立場から、敢えて憲

法には明記しなかった。


 だから、制憲議会でも木村篤太郎司法大臣は「従来の良き意味の家族制度

〔親子、夫婦、兄弟が互いに助け合って良き家庭をつくること〕はどこまでも

尊重して行かなければならぬ」と答弁している。


 このことを踏まえて考えるならば、憲法は一方で「個人の尊重」を謳(うた)

い(13条)、他方で「家族の保護」を予定することにより、両者の調和を図

ろうとしたものと解すべきであろう。


 ≪■子供を無視した身勝手さ≫


 とすれば、個人を絶対視する風潮がますます進み、児童虐待事件の頻発に見

られるように、家族の絆が失われてきている今日、敢えて夫婦別姓制度を採用

することは、国による「家族保護」の義務に逆行し、憲法の基本精神にも悖

(もと)ると思われる。


 夫婦別姓は、必然的に「親子別姓」をもたらすが、これは「子供の保護」と

いう見地からも、きわめて疑問である。なぜなら、別姓夫婦の場合、子供の姓

は父母のどちらかと必ず異なることになり、子供達に不安感や親子・家族の一

体感の欠如をもたらすからである。このことは、内閣府の世論調査などからも

明らかである。


 平成18年の内閣府世論調査では、「夫婦別姓が子供に与える影響は?」と

の質問に対して、「子供に好ましくない影響を与える」との回答が66・2%

もあった。また民間の「心の教育女性フォーラム」の調査(平成13年)では、

「父母の姓が異なったらどう思いますか」との質問に対して、「いやだ」が41・

6%、「変な感じ」が24・8%で、7割近い子供達が夫婦別姓に反発している。


 さらに、2007年、ユニセフのイノチェンティ研究所が世界各国の15歳

の子供を対象に幸福度調査を行ったところ、「孤独を感じる」と答えた子供が

群を抜いて多かったのが日本で、29・8%もあった。因(ちな)みに、2位

はアイスランドで10・3%、3位がフランスの6・4%である(高橋史朗明

星大学教授のご教示による)。


 夫婦別姓論者が自分たちの都合だけを考え、子供達への悪影響を真剣に考え

ようとしないのは、余りにも身勝手ではないか。


 ≪■希望者はわずか数%だけ≫


 これ以外にも、夫婦別姓が2代、3代と続けば、例えば祖父が「佐藤」、父

が「田中」、その子が「小沢」などといった事態も生じうるが、もしそうなれ

ば家名(家系)の連続性は失われ、祖先の祭祀や墓の維持・継承にも重大な影

響を与えることになる。


 さらに、「家系の連続性」が失われてしまえば、欧米社会とは異なり、絶対

的な神よりも先祖を大切にし、「祖先崇拝」(アンセスター・ワーシップ)の

中に独自の宗教意識や倫理観・道徳観を見出してきた日本人の精神構造そのも

のさえ揺るがしかねない。


 このように、危険な夫婦別姓法案は、「立法の必要性」という点でも相当疑

わしい。


 というのは、内閣府の調査をみても、夫婦別姓に反対する者は常に国民の6

割前後を占めているからである(夫婦同姓の下で、通称使用を認める者も別姓

反対派に属する)。これに対して、賛成派も4割前後いるが、自ら別姓を望む

者はわずか数%(5~7%)にとどまる。


 少数者の権利擁護は議会制民主主義の要諦とはいえ、その代償は余りにも大

き過ぎよう。それ故、「マニフェスト」にもなかった夫婦別姓法案などこの際

断念すべきである。

永山さんの メルマガ版「台湾は日本の生命線!」を転送します。

今回のテーマ「北沢防衛相を問題視せよ―「自衛隊敵視」の裏に「中国軍賛美」!」は重要すぎるないようですので、重複承知の上で転送します。お許しください。

こんな政府と防衛大臣の存在を恥ずかしく思います。

じっとして居れなくて、早速、北沢事務所と防衛省へ抗議の電話をしました。





北沢防衛相を問題視せよ―「自衛隊敵視」の裏に「中国軍賛美」!

/浮き彫りになる民主党「友愛」の危険な実相

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1084.html

■北沢防衛相の怒りー中沢連隊長訓示問題  

昨年十一月十三日の日米首脳会談で日米同盟の信頼関係を大きく揺るがした鳩山由紀夫首相の「トラスト・ミー(私を信じて)」発言。普天間基地移設に関する日米合意を履行するかのようなメッセージをオバマ大統領に送りながら、翌日には合意は前提としない考えを表明。同大統領を激怒させた。

そうしたなかでの今年二月十日、中沢剛・陸自第四十四普通科連隊長は米陸軍との共同訓練の開始式で「同盟と言うものは外交や政治的な美辞麗句だけで維持されるものではなく、ましてや『信頼してくれ』などと言う言葉だけで維持されるものではない」と訓辞したところ、今度は北沢俊美防衛相が怒った。

そして最高司令官である首相の言葉を揶揄したとして、同連隊長を注意処分にしたのだが、このあたりから同氏の自衛隊に対するおかしな考え方が顕在化しはじめたのである。

■国会で「自衛隊を甘やかすな」と言い放つ

北沢氏はその後も、「政治や外交は国家の意思。実力組織の幹部がそのことをないがしろにしたら、これはもうクーデターそのものにつながる。極めて危険な思想だ」とまで発言し、連隊長への非難を繰り返していたが、反自衛隊の左翼メディアでさえ、そこまでは騒がなかった。

では実際にクーデターの恐れはあったのか。三月十一日の衆院安全保障委員会で北沢氏は、中谷元議員(元防衛庁長官)から「邪推では」と言われている。

「自衛隊員は国のために一生懸命頑張っている。彼の真意を忖度してあげてもらいたい」「権威や懲罰では隊員を心から従わせることにならない」として連隊長への処分を批判する中谷氏。これに対して北沢氏は、こう言い放った。

「自衛隊を賛美して甘えの構造をつくることが最も危険だ。自衛隊が頑張っているからすべてがいいとなれば政治の存在がなくなる。昭和の陸海軍の歴史でも明らかだ」

■自衛隊に傲慢でも中国軍には媚態の限りを

これは反日左翼を思わせる過剰反応だ。誰も「頑張っているからすべてがいい」などとは言っていない。

「自衛隊を賛美することが最も危険だ」もまた同様。この防衛相には、「国のために頑張っている」自衛官に対する敵意はあっても、敬意や愛情は微塵も感じられない。

しかしこの傲慢、冷酷とも見える北沢氏も、中国に対しては低姿勢で、媚態の限りを尽くしているのだ。

かつて民主党の日中経済交流議員連盟の会長を務めた北沢氏。中国政府との友好を推進するため、同政府に「飼い慣らされた」者でなくては就けないポストと見られるが、たしかにこの人物は飼い慣らされているとしか思えない。

■中国誌のインタビューで軍備拡張に理解示す

たとえば昨年十月二十三日、中国で新華社とならぶ国営通信、中国新聞社が発行する「月刊中国NEWS(日本語版)」のインタビューを受けた北沢氏は、いかなる態度、発言を見せただろうか。

「日本の防衛費が減る一方で、中国は軍事費が増加傾向だが、どう思うか」との問いに対し、「それぞれお国の事情があるから、中国の防衛政策に関してとやかくいうことは慎まなければならない」としながらも、

―――空と海に軍事力を傾注させているのは、世界情勢・アジア太平洋情勢を見ればうなずける。

―――いささか心配の種ではあるが、日本と中国の関係は非常に良好だ。

このように中国を批判しないばかりか、懸命に理解を示そうとしたのだ。

■中国で話題となった軍事パレードへの「賛嘆」

だから「中国建国六十周年の祝賀パレードはどうだったか」と聞かれても、次のように答えた。

―――すごいですね。まさに、アジアにおけるというよりも世界における大国ということを実感した。

この発言は中国メディア各社によって次のように一斉配信された。

「北沢氏は、中国の閲兵式を見てすばらしいと心から賛嘆した。中国のアジア、そして世界の大国としての気勢を感じさせるものだった」と。

中国の軍拡を励ます日本側の弱気なメッセージとして報じられたのだ。

■中国軍の「進歩」を喜ぶ日本の防衛相

だが、これは中国メディアによる誇大報道とは言い切れない。

「しかし装備の面ではまだまだでは」と聞かれると、

―――でも、進歩してきたと思う。軍事交流も中国とはきちんとできるようになったので、良いのではないか。今度、中国の練習艦「鄭和」が来られる。中国の艦艇を迎え入れることができるのは大変良いことだ。

このように北沢氏は、実際に中国軍を「賛嘆」していたのだ。

では同氏は、日米同盟の仮想敵であるあの国に、いかに対処しようと考えているのか。「東アジアの防衛をどう思うか」と聞かれて次のように述べている。

■中国への刺激恐れて陸自部隊の派遣を中止

―――鳩山首相は「東アジアの海を友愛の海にしたい」とおっしゃっている。日米同盟は大切にしなくてはいけないが、これからの日本は、アジアのみなさんとの連携を欠いて発展は望めない。

―――鳩山首相は東アジア共同体構想を持っている。

ここで想起されるのは、北沢氏が昨年九月下旬、「アジア諸国と連携していく情勢のなかで、いたずらに隣国を刺激する政策はどうかと思う」「早急に配備する必要があるのか」として、与那国島への陸上部隊配備の撤回方針を示したことだ。

東支那海での中国の軍事的脅威が目に見える形で増大する中、「早急な配備」が必要だからこそ、前政権は遅まきながらも陸自の配備を決めたのではないのか。

北沢氏はこの配備撤回に関しても言及している。

―――非難する人が多くいた。ただ、新政権ができたからといって、今まで前政権がやらなかったことを積極的にする必要はないと思う。

「非難する人」への回答になっていない。回答などできるわけがないのだ。

■敗北主義―「防衛」と相容れない「友愛」理念

「鳩山首相の理念である『友愛』は防衛の場でどう表現されていくか」と聞かれると、

―――防衛省と自衛隊は鳩山首相の言われた理念を踏まえながら、これから任務の遂行を図っていく。

―――「自分の自由と自分の人格の尊厳を尊重すると同時に、他人の自由と人格の尊厳をも尊重する」ということを基本にすれば、日本という国の自衛隊は日本の憲法九条を基本にして、専守防衛ということで成り立っているので、非常にマッチしている。

「友愛」との空虚な理念に関する空虚な説明と言える。要するに「他国を尊重する」のが日本の防衛政策方針を言っているのだが、これは完全なる敗北主義と言うものだろう。

もし北沢氏が真剣に「任務の遂行を図って」いるのなら、「友愛」なるものと「防衛」が矛盾していることなどわかるはずだ。

■「中国とは友好関係」として空母建設も尊重

だから「中国は空母建設を考えているが、どう思うか」との質問に対しても、次のような回答となる。

―――日本は空母を持つという意思はまったくない。専守防衛だから攻撃型空母を持つ気はないのだ。ただアジアの大国・中国がいよいよ空母を持つのかという思いはある。

世界各国が懸念する中国の空母建造の動きに関しても、「尊重」の姿勢を示す北沢氏。だから「中国から攻められるという感覚はあるか」と聞かれても、こう答えるのだ。

―――中国とはきちんとした友好関係が結ばれている。そのような感覚はない。

この発言も「私は中国を脅威と感じたことはない」と翻訳されて、中国メディアに強調された。

■中国を喜ばせる「日本の防衛の将来イメージ」

まさに「戦わずして負ける」の敗北主義だ。

インタビューを終えた同誌は、「日本の防衛に関する将来をイメージさせるに十分な北沢大臣の発言は、『友愛』をキーワードとする鳩山政権の姿をはっきりと浮き彫りにしているといえる」と好意的に論評している。

なぜならこの「友愛」理念の実相は、事大主義、敗北主義以外の何物でもなく、中国側には歓迎するべきものだからだ。

■同盟を守る連隊長と同盟損なう防衛相

さて安全保障委員会で中谷氏は、自衛隊への憎悪すら感じさせる北沢氏の発言に対し、「普天間問題で連日混迷とか報道されるから、この隊員は日米安保はしっかり守らないとという思いがあったのでは。よく反省を」と訴えたが、もっともなことである。

中沢連隊長は目の前に居並ぶ米軍将兵の日本政府に対する不信感を、何としてでも払拭したいとの一念で、あのような言葉を用いたのかも知れないのだ。少なくとも命をかけて国を守る者であれば、そのような思いはあったはずだ。

だが北沢氏が中谷氏のこの忠告を受け入れることはないだろう。

中国との摩擦をもたらす日米同盟よりも、中国主導の東アジア共同体を重視するのが「友愛」外交と言うものだからである。

そしてそうした中国へのシンパシーも相俟って、「強い自衛隊」「強い日本」にはは激しく反撥するのだ。これは反日左翼に共通して見られる思想、情念と言える。

敵性国家に飼い慣らされた防衛相を戴かざるを得ない自衛隊、そして国民。この恐るべき現実を、政治家も国民も、もっと問題視するべきである。

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【参考】
月刊『中国NEWS』 北沢防衛相インタビュー http://www.long-net.com/interview/0912/

【過去の関連記事】
訓示問題ー中沢連隊長を断固支持する/問題は北沢防衛相の反自衛隊姿勢
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1056.html
「田母神氏」「中沢連隊長」問題に見る民主党「反自衛隊」の危険姿勢
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1077.html

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●自衛隊を敵視し、中国軍を賛美する北沢俊美防衛相に抗議を

事務所 TEL03(3508)8510 FAX03(3503)3889
t-kitazawa@beach.ocn.ne.jp
防衛省 〒162-8801 東京都新宿区市谷本村町5-1 電話:03-5366-3111(代表)
http://www.mod.go.jp/goikenshinsei/goikenbako/index.html

我れ我も真摯な態度で靖国と向き合おう

靖国神社とそのあるべき姿 by 葦津泰国    第8回 おわりに


[1]「不参拝」明言の首相に期待する中国

 このシリーズを書いているさなかに特別国会が開かれて、政権は長年続いてきた自民・公明両党から、民主党が国民新党、社民党と参議院工作のために連立を組んだかたちに交代した。

 新しく首相の座に就いた鳩山党首に対し、中国新華社通信はただちに歓迎のメッセージを発した。そのなかには、次のような文面があった。

 「中国政府は、鳩山新首相が『自分は首相になっても靖国神社には参拝しない』とかねてから明言している首相だから期待が持てる。彼の指導のもとに、新しい日本に生まれ変わることが出来ることを期待している」

 中国が、まるで靖国神社の英霊たちが中国侵略の主導者であったかのような論理を作り出し、靖国神社を日本軍国主義の拠点であるかのように批判していることを、日本人はよく知っている。

 そしてこれは中国政府が本気でそう思っているから発言しているのではなく、国内をまとめ、中国国内の指導部や国内情勢に不満が集中するのを避けるため、国内宣伝用に靖国神社を仮想敵に擬しての発言であることをも、我々も知っているつもりだ。

 国内に大きな不満を抱える大衆を擁する中国政府は、大衆の不満をぶつける目標物の一つに日本を利用している。これは韓国など近隣のアジア諸国がよくやる手段である。


[2]もっとも安心できる攻撃対象

 だがその中国も、これから自国が経済的に発展をしていくために、日本とのより深い交渉も必要である。大衆が攻撃する相手であっても、その対象は選ばなければならない。そこで靖国神社がその対象として選び出されたのだろう。

 彼らとて、日本の過去の軍事脅威を本気で恐れ、非難をするつもりなら、命令されて現地に駆り出され、国の手足となって戦闘をして戦死した兵士たちよりも、生きて帰還した兵士、いや、彼らを徴兵して戦地に向かわせて攻撃するように戦略を練り、彼らを差し向けた日本の国およびその責任者を責めなければならないことぐらいは知っている。

 だが、日本国やいま生きている日本国民は、これから中国が自国のために利用したいと思う相手なのだ。理屈から思えば、靖国神社の英霊などよりはるかに警戒しなければならない対象なのだが、敵にしては中国自身も困るのだ。

 だとすれば、大衆の現状に対する不満のガス抜きのため、攻撃すべき対象として、日本でもっとも安心なのは、もうすでに、死んでしまって、物理的には反撃しない日本の英霊たちである。

 幸いなことに、日本国内には、マスコミや進歩的文化人といわれる者などを中心に、国のために亡くなった人に対して、理屈がわかっているのかいないのか、同じようなことを平然という人がいる。

 敗戦直後にアメリカ占領軍の権力と強力な圧力や洗脳教育を利用して力を得て、それ以来、占領開始直後のアメリカ軍の主張であった靖国神社を軍国主義の中心だ、との主張を続けているグループである。


[3]マスコミに乗せられる首相

 もっともこんな環境を作った張本人のアメリカは、とうの昔に前言を翻して、靖国神社批判などは一切しない。靖国神社に参拝して表敬する外国の軍隊のなかでも、もっとも多いのは、国別にみるとアメリカ軍なのだ。

 靖国神社を批判する勢力は、敗戦までは率先して日本軍事拡張論の先棒をかつぎ、日本を戦争へ誘い込む大きな「功績」をあげたマスコミである。

 彼らはつねに流れる時流の先端に立って、とんでもない方向に社会を引っ張っても平気な顔で、時流が変わるとまた新しい勢力の先棒をかつぐ。

 鳩山首相はこれまで、そんなマスコミなどの宣伝に乗せられて、自分が国の首相になって日本国の長い権利や義務を引き継ぐ立場になってからも、「靖国神社の英霊に対して敬意を表さない。そんな国の首相としての行為はしない」と発言した。

 またあるときは、靖国神社に代わる、無宗教式の戦没者追悼施設を作るなどと、たとえ作っても、ほとんど誰も参拝しないような国立施設建設構想を述べたこともある。

 我々にとってははなはだ困った首相であるが、中国は、そんな首相なら、大いに利用してやろうじゃないか、と思っているのだろう。

 どうしてこんな歪(ゆが)みが出たのか?


[4]独立国としてのプライド

 戦後の自民党政治の最大の欠陥は、敗戦でゆがみ、卑屈になった国内の状況を、健全にすっきりさせ、発展させていくという解決法を避け、問題点を国の立場で明確化せずに、あいまいのまま放置し、目先の世俗の利権のみを追い続けるところにあった。

 占領中に押し付けられたさまざまな変革は、わずかではあるが従来のやり方に付け加えた方がよい知恵も混ざっていたとは思う。

 だが、日本は長い歴史を誇る独立国である。

 みずからの生き方を、占領軍の命令によって変えさせら、甘んじて屈辱の中に生きることはプライドが許さない。たとえば法律なども、条文の中身は同じでも、日本国民の代表者が日本の国会の場で、再度決め直すぐらいの決断があってほしかった。

 いわんや、英文を和訳したような憲法という基本法をどうするのか?

 日本弱体化のため、国民が国民として互いに協力し合う共同体意識を否定し、個人のわがまま勝手ばかりを助長する、占領行政の精神姿勢のもとになったのがこの憲法だ。

 憲法問題、教育問題、日本文化への誇りを回復させる問題、家族や家庭の見直し、国を愛する心、義務を果たす心、教育の在り方など、見直しすべき点は多いが、少しも手をつけられないで、60年になろうとしている。


[5]日本自身の仕事

 今回は靖国神社の問題に的を絞ったのでそれらの点には触れないが、さまざまな解決すべき課題があるのに、そんな問題解決には消極的で、日本の国は烏合(うごう)の衆のような状態で独立回復後も歩んできてしまった。そのために、日本はいつまでたっても戦後体制から抜けきれない。

 独立国としての誇りを取り戻すことに手を抜いて、あらゆる問題をあいまいのままに先送りした政治姿勢。そんな空気が日本の国から活力を抜き去った。それをしようとしなかったために、政治は惰性に陥って、政権交代に追い込まれてしまったのだとも言えるのではないか。

 今回、私が取り上げた靖国神社への対応にしても、国家護持そのものへ真剣に取り組もうとしないから、無用な混乱ばかりをいつまでも引きずって、国はまとまりの大切さも、先輩たちの苦労も知らぬ国民で、その社会としてのまとまりのなさで、日本自身が苦しむ結果が次々に積み重ねられてきた。

 日本は大東亜戦争を起こしてそれに敗戦した。それは紛れもない現実である。だが、日本国はそこから何を学ぶべきなのか? なぜ負けたのか? どうしてこんなに大きな犠牲が出てしまったのか?

 過去の日本の姿勢のどこが欠陥で、変えねばならないものだったのか? どこが変えてはならないものだったのか? それらをしっかり学んで、そこから新生日本の道を目指す、そんな努力をどこまで冷静にしたのだろうか?

 これは日本自身がやらねばならないものであり、日本自身の仕事なのである。

 世界の国々は、長い歴史の中に幾度かの敗戦の悲劇を経験し、それを機会によりしたたかな国、より知恵のある国に生まれ変わっている。だが有史以来、初めての敗戦を経験した日本は、検討すればどれだけ大きな成果が得られるのかわからないのに、それもせずに今までだらだらやってきてしまった。


[6]日本国の行うべきこと

 日本には建国以来の長い一貫してきた歴史がある。そこには世界に比較する相手がないほどの長い文化の蓄積がある。そんな国の蓄積してきたものは大切にしなければならない。

 歴史のなかには、この国のために命を失わざるを得ない人もたくさんあった。靖国神社はそんな人々を、忘れることのないようにまつる日本独特の組織であった。

 国は靖国神社を維持することにより、国自身の軽率な行動で、悲劇の祭神を増やすことがないようにいつも心し、安らかなる国「靖国」を目指し、国の責任者は、靖国神社で英霊たちの御霊に接して、神社の祝詞にも必ず出てくる「平(たいら)けく安らけき」浦安(うらやす)の国を目指す誓いを思い出し、国民は、いまある自分らの生活の基礎には、英霊たちの尊い犠牲の積み重ねがあることを自覚してきた。

 天皇陛下は靖国神社に行幸されて、悲しくも国のために死なねばならなかった彼らに対して慈しみの情をいよいよ深め、国民にこの種の犠牲者が出ることのないように祈られた。こんな機能を靖国神社は果たしてきた。

 私は靖国神社の英霊たちこそ、身をもって靖国=平和の尊さを実感された方々だと思っている。

 世間には靖国神社が、まるで「かたき討ち」を誓うような場所であり、参拝者は英霊を死に至らしめた相手に対して報復を誓いに集まる場所であるかのように宣伝に努めている者もいる。

 だが、靖国神社へ参拝する人の姿を見れば、それがまったくの偏見であり、日本人の国民性とはまったく違うことははっきりしている。

 靖国神社の英霊たちは、厳しくも悲壮な最期を迎えるにあたって、靖国神社に祀られて、そこから一本の将来が明るく伸びていく姿を見ようと亡くなられた。一日も早く靖国神社がそんな聖なる国の施設に立ち返ることを待っておられると思う。


[7]最後にお断り

 この文章は、5年前、それまで30年以上奉職していた仕事を後輩たちに譲って退職し、自由な立場に立つことになった私が、かつては奉仕していた仕事の関係で、発言を控えていた私の意見を、率直かつ勝手に書き並べたものです。

 たとえば、神社界や靖国神社などに奉仕をされる方々のご意見と、私の勝手なこの説とはおのずから違う主張を含むものであり、必ずしも重なるものではありません。したがって、この文章の責任はすべて私個人にあることをお断りしておきます。


 ☆斎藤吉久注 葦津様のご了解を得て、「私の『視角』」〈http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。

政教分離問題とはキリスト教問題なり! 

斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)

 東京大空襲から65年になる先週の3月10日、大空襲と関東大震災の犠牲者を悼む慰霊法要が東京・墨田区にある東京都慰霊堂で行われました。いつものように皇族がご臨席になり、都知事ほか行政関係者、遺族が参列し、僧侶が読経するなか、焼香が行われたと伝えられます。

 憲法は政教分離を定めていますが、国家と宗教とが完全に分離されなければならないとは一般には考えられていません。ゆるやかな政教分離主義に立つからこそ、この慰霊法要のように、(1)引き取り手のない犠牲者の遺骨を安置する慰霊堂という宗教的施設を自治体が公有地内に所有し、(2)自治体の関係団体が主催して、定期的な宗教的儀式が営まれ、(3)皇族や行政関係者などが参列し、(4)宗教者による宗教儀礼が行われます。

 法要では僧侶が仏教法話を行い、ときには参列者に「皆さん、お題目を唱えましょう」と呼びかけます。堂内には神道団体の花環もあり、代表者が焼香します。キリスト教関係者の姿は見えません。

 これに対して「仏教に特別の便宜を与えている。憲法違反ではないか」というような抗議の声はあがりません。ところが、こと神社となると、俄然、政教分離規定をきびしく適用すべきだという厳格主義が頭をもたげてきます。つまり、いつも申し上げるように、ダブル・スタンダードです。

 北海道砂川市の市有地を小さな村の鎮守が境内地として無償で使用していることが政教分離原則に反するかどうかが争われ、今年1月に最高裁大法廷が「違憲」判断を示した空知太(そらちぶと)神社訴訟は、神道差別の典型といえます。

 そんなわけで、今号からしばらくのあいだ、この判決文を検証します。公有の納骨堂で公的機関による宗教儀礼が定期的に行われることが合法とされる一方で、市有地内の鎮守様のあり方が違憲とされるのはなぜなのか、じっくりと考えてみます。



 1 天皇学への課題 その3 by 斎藤吉久
   ───空知太神社訴訟は裁判のやり直しを

▽1 多数意見による「違憲」判断

 結論からいえば、空知太神社訴訟は裁判のやり直しをすべきだと私は考えます。合憲か違憲かを判断する以前の問題として、事実認識において、神社関係者も見落としている重要なポイントがあると思うからです。

 空知太神社訴訟は一審の札幌地裁、二審の札幌高裁とも「違憲」でした。いずれの判決も目的効果基準に立ち、公機関と宗教との関わりが全面禁止されているわけではないと断りながら、実質的には国家の宗教的無色中立性を求める絶対分離主義に近い判断をしているように思います。

 そして市側が上告し、最高裁が審理することになったのですが、昨春、小法廷から大法廷に回付され、もう1つの市有地内神社、富平神社に関する政教分離訴訟とあわせて憲法判断が示されることになったのでした。

 1月20日に出された判決は、裁判所のホームページでだれでも読むことができます。「違憲判決」と単純化して伝えるメディア報道もありましたが、正確には、違憲判断は14人の判事のうち9人による多数意見であり、しかも「差し戻し」判決でした。

 今井功、堀籠幸男の2人の裁判官がそれぞれ「反対意見」を述べているほか、藤田宙靖、原睦夫、近藤崇晴の4人がそれぞれ「補足意見」を、甲斐辰夫、中川了滋、古田佑紀、竹内行夫の4人が共同して「意見」を述べています。判事の判断が分かれているということが重要だと思います。それだけ判断が難しい事案だということだと思います。

 とくに同じ「反対意見」でも、今井功裁判官は「上告を棄却すべきものと考える」と多数意見以上の完全な「違憲」と判断しているのに対して、堀籠幸男裁判官はまったく逆に「憲法に違反しない」「請求は棄却すべきものと考える」と「合憲」判断を示していることが注目されます。


▽2 行政に協力した結果

 判決文の中身を見てみます。判決文(多数意見)は「原判決を破棄する。本件を札幌高等裁判所に差し戻す」とする短い「主文」が冒頭にあり、判決の「理由」が長々と続きます。そのあとに、「補足意見」「意見」「反対意見」が続きます。

 違憲・差し戻し判決の「理由」は、「第1 事案の概要」、「第2 上告人の上告理由」、「第3 職権による検討」、第4 結論」の4部構成で述べられています。

 まず「事件の概要」です。

 判決文によれば、空知太神社は、(1)明治25年ごろ、住民らが五穀豊穣を祈願して祠(ほこら)を置いた。(2)30年に住民らが北海道庁から3120坪の土地の御貸下を受け、神社を創建した。(3)同年9月には天照大神の分霊が祀られ、地元青年会が管理に当たった、というのが歴史の始まりです。

 明治のはじめ、全国の神社は、お寺と同様、上知例によって境内地が国有化されましたが、空知太神社は創建時において、すでに公有地内の神社なのでした。

 その後、空知太神社は行政によって翻弄されます。判決文によると、(4)明治36年に隣接して建設された小学校が昭和23年ごろ、校舎を増設するなど拡張計画が持ち上がり、境内地を建設用地に当てることになった。(5)計画に協力し、神社を移転させるため、住民Dが私有地を移転先として提供し、25年には同じ土地に地神宮が建てられました。


▽3 私有地から市有地に

 ところがさらに状況が変わります。(6)住民Dは固定資産税の負担を解消するため、砂川町(当時)に土地の寄付を願い出、(7)町は28年の町議会で土地を採納し、同時にこの土地を神社に無償で使用させることを議決し、寄付によって所有権を得ます。

 こうして公有地内に神社が置かれるという状況が生まれたのです。

 さらに判決文によれば、(8)45年になって、こんどは境内地とその周辺地を建設用地として、町内会館が新築されます。(9)併行して神社は改修され、会館内に祠が遷されるとともに、鳥居が建てられました。(10)市はこの会館建設などに補助金を支出しました。

 (11)現在は関係するすべての土地は市の所有で、そこに町内会館が建てられ、その一角に空知太神社の祠が設置され、建物の外壁に「神社」と表示されているほか、同じ土地に鳥居と地神宮が置かれています。

 (12)会館や神社は町内会の所有で、市は私有地を無償で提供しています。また、(13)神社は住民らによる氏子集団で管理運営され、初詣と春と秋のお祭りの祭事が行われています。(14)祭りにはA神社から神職が派遣されます。

 以上が、裁判所が認定した事実で、裁判では砂川市が市有地を神社境内地として無償使用させていることが政教分離原則に違反するかどうかなどが、争われたのでした。


▽4 問われているのは一神教信仰である

 さて、紙幅が尽きてきましたので、手身近に申し上げますが、重大な事実認識の欠落もしくは事実の軽視があると私は考えます。それは次の4点です。

 (1)100年を超える本州以南の神社では、仏教寺院も同じですが、明治維新後、上知例によって境内地が国有化されました。北海道の空知太神社の場合は創建の時点で公有地内の神社でした。3000坪を超える広大な土地の貸下を受けたのも、公的な存在であると考えられていたからです。

 (2)空知太神社は砂川市発祥の地に鎮まる、この地方では最古の神社で、明治の開拓者たちはかならずこの神社に参拝し、成功を祈願したといわれます。この地方の歴史にとってきわめて重要な神社です。

 (3)裁判では市有地内に神社があることが法的に問われたのですが、それは結果に過ぎません。そのようになったのは、神社が公的存在であるがゆえに、境内地を市に提供し、挙げ句の果てに市有地内の神社になったのです。

 (4)由緒正しい神社でありながら、戦後、宗教法人にもならず、神職もいません。それかあらぬか、一般の神社は国有境内地の払い下げを受け、国家管理を離れたのに、空知太神社はこの制度改革に洩れています。

 (5)空知太神社は境内というひとつの聖地に天照大神を祀る本社と土地の神を祀っているという地神宮の信仰とが多神教的、多宗教的に共存してきました。憲法の政教分離原則を盾に、この宗教的共存を破ったのは、一神教信仰に立つ原告らでした。拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書いたように、まさに政教分離問題とはキリスト教問題なのであり、本来、問われるべきなのは空知太神社ではなく、キリスト教信仰なのです。

学習院はきちんと父兄を選考しているのでしょうか?
 乃木希典学習院長であれば、命懸けで対処したことでしょう。
 現、学習院長にもそれを望みたく思います。



斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)

 
 今号は愛子内親王殿下の「登校拒否」問題に関する葦津泰国さんのエッセイを掲載します。葦津さんのブログからの転載です。連載「靖国神社とそのあるべき姿」第8回は、明日(3月16日)発行のメルマガになります

 愛子さま「登校拒否」報道にがっくり by 葦津泰国


 愛子内親王が学習院初等科に登校したがらない状況にある。原因は校内の乱暴な男の子の与えたストレスのようだ。こんなニュースが宮内庁の野村東宮大夫の定例記者会見で発表されて、大騒ぎになっている。


[1]非常識な報道

 伝えられるところによると、愛子内親王はこのところ学校にお出かけになっていないが、これは学習院校内でお受けになられた強いストレスが原因である、という発表だった。これを受けて学習院側では、ちょっと粗雑な行動で愛子さまをびっくりさせたような生徒の行動が過去にはあったが、すでに解決したのでご理解いただきたいと、直ちに弁解の記者会見をした。

 しかしこの野村大夫の発言は直ちに世界に報道され、英国・デイリーメール、米国・ABCニュース、スペイン・エルムンド、オーストラリア・シドニーモーニングヘラルド、タイ・バンコクポスト、ブラジル・グローデなどに、日本皇室の王女が「いじめ」で登校拒否をされた、と派手に報道された。

 この騒動が発表されたのは、巷間で問題にされている皇室内部での主導権を争う、在来の宮内庁筋と新たに権力奪取を狙う小和田氏に近い外務省との醜い争いの結果である、との指摘などもなされているが、こんな非常識な報道が出て来る背景を思うと、かなりの確率でそんなこともあるのか、と思わせてしまう。


[2]キズつけられた信頼感

 この報道で、日本の皇室が「私なき」存在であるという日本人の伝統的な信頼感が大きく傷つけられることになったのは、確かであろう。

 さらには、結果的に、愛子さまの学友である、民間人の生徒たちの将来にまで、大きな精神的傷を与えることにつながるのは避けられない、と思われる。私にとってはこのことのほうがショックである。

 加えて、世界の日本の皇室にかける印象も、これによって大きく傷つけられることになった。

 皇室をめぐっての報道には、近年になって、今回の報道事件のように、それを報道する連中の浅薄さによって、思わぬ大きな悪しき印象を生んでしまうことが多すぎるように思う。


[3]皇室の真価を理解せずに

 それらが生ずる大きな原因は、いまの皇室にかかわりを持つ人たちが、日本の皇室の持つもっとも大切な伝統的な長所、培われてきた特質をまったく理解しようとせず、皇室の果たしている精神的な大きな貴重さを評価せず、単なる外面だけを眺めて、西欧などの王室と日本の皇室を、同じものの如くに思いこむ軽率さから来ているものだといわなければならない。

 日本の悠久の歴史が育んできた伝統的な宝物である皇室の本当の価値を目利きする能力ももたずに、うわべだけで皇室を論ずる君側(くんそく)の奸(かん)の跋扈(ばっこ)する姿に、ただただ嘆息するのみである。

 その後のニュースでは、愛子さまが雅子妃に付き添われて登校され、妃殿下に見守られながら一部の授業を受けられた。事態は徐々に改善されている、と報道されている。だがこれって、事態の改善と受け取るべきものなのかどうか。いろいろの見方があると思うが、私には、少しもそうとは思えない。


 ☆斎藤吉久注 葦津様のご了解を得て、「私の『視角』」(3月8日)〈http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。


皆様に熟読いただくことをお勧めします。


論説】露呈した台湾吸収のシナリオ

      時局心話會 代表 山本 善心

 昨年暮れ、台湾の台中で第4回中台交流機関のトップ会談が開催され、そ
の会場近くで、野党・民進党(独立系)を中心とする10万人規模の抗議デモ
が行われた。馬英九政権が進める対中関係政策の改善を求め、デモ隊は
市内を行進。民進党の蔡英文主席をはじめ、各地域から独立系有志が参加
した。「馬英九は即刻辞任せよ」「台湾と中国は別の国だ」「馬英九は台湾を
売り渡すな」などのプラカードが林立。これは馬政権が、中台統一を前提とす
る「四つの協力」への調印を阻止する運動である。

 台湾はここに来て、中国との平和協定はきわめて厳しい状況にある。今回
の大規模デモは、今後の台湾情勢を大きく変化させる兆候と見てよい。


進む中国の対台吸収工作


 中国の台湾工作は馬政権の誕生で具体化されてきた。馬政権による対
中友好・経済関係の促進は台湾を一つの中国に組み込む手段である。そ
れゆえ台湾人に対して中国は親近感を抱かせる戦術が必要であり、群衆掌
握による心理戦の展開が顕著だ。

 台湾に対する微笑外交と融和政策は中国に対する警戒心を解き、良きイ
メージを抱かせるための有効な手段であった。そのために各種、文化、ス
ポーツ団への派遣を行い、中国への警戒心が無意識のうちに消えてゆくよ
う、揺さぶりをかけるのが狙いだ。
 
 さらに台湾人を完全洗脳するにはマスコミが最大の武器だ。台湾マスメデ
ィアの操作を可能にするため、台湾の新聞、テレビ局、雑誌社に中国資本
の投入を行っている。かつては市民の声を代弁する台湾マスメディアの存
在が彼らの世論達成に不可欠な存在になっている。今やつまり、中国がマ
スメディアを操作し台湾人を洗脳・支配する都合のよい世論が形成されつ
つある。


2012年台湾陥落


 今、台湾で『台湾大劫難』という新書が出版されているのをご存じであろう
か。これは2004年7月にオーストラリアへ亡命した元北京大学の法学部教
授であり、自由派でモンゴル生まれの作家、袁紅冰氏の著書だ。初版はす
でに完売し現在5刷を超え、各書店に予約注文が殺到したと聞いている。し
かし筆者は台北市内の書店を探したが、どこにも見あたらない。これは何
者かによる買収工作だと直感した。

 或る情報筋の話によると、この書籍を書店で見かけないのは、国家安全
局が「圧力をかけたからだ」と言う。中国政府は一書籍であるにも拘わらず
“内容はすべて捏造である”と異例のコメントを発表した。この本はあまりに
も衝撃的な内容の連続で「中国は台湾との経済関係を深めつつ、台湾人
の中国頼りを加速させ台湾人を完全支配する。中国の傀儡政党をつくり、
台湾政治をコントロールする」というものだ。この書籍の邦訳版は本年5月
迄に「胡錦涛の世界戦略」と題して、まどか出版から発売される予定だ。

 この本の内容は中国政府による台湾攻略の極秘情報で、2012年まで
に台湾を全面的にコントロールして陥落させるというものだ。さらに中国が
台湾の政治、経済、軍事、文化など各分野を掌握し、戦わずして台湾を奪
取するという驚くべき作戦内容である。その中国政府の最高機密文書と録
音資料が台湾人の前に暴露された。これは「中国共産党政治当局拡大会
議」発、台湾侵略に関する秘密資料である。つまり、胡錦涛国家主席ら中
国政府の各界代表らが主導する情報でありお値打ちものだ。

 『台湾大劫難』によると、この会議は中国の中央政治局員の他外交部、
公安部、国家安全部、各軍区および軍部からも責任者が加わり、合計20
0人余りが参加する台湾陥落大作戦だ。それ以外にも、台湾の一部勢力
がこの作戦に加担している。


国を売る台湾人の実力者たち

 
 同書で「中国政府が台湾国民党の幹部らに値上がりを見込んだ不動産
や株式を購入させ、金に目がくらむ国民党幹部に貸しを作って取り込む」
という記述があった。すでに国民党元主席の連戦氏はこの策略にはまり、
全資産を中国に投資している。連氏は中国政府の傀儡として統一への道
案内を引き受けたとされている。氏は台湾人でありながら、台湾を思う愛
国心などなく、自らの資産の増殖で頭がいっぱいだ。中国側は連氏をいい
ように操っているのが現実であり、台湾の友人は「連戦は非国民だ」と言
ってのけた。国民党の実力者・呉伯雄元主席も統一派で、連戦氏と行動を
共にしているが、国民党のみならず中国を巡る「政治とカネ」は民進党内部
にも手が伸びている。

 『台湾大劫難』によると、先に述べたとおり中国は台湾のマスメディアに資
本投入して言論統制を行い、台湾人を意のままに情報操作することで台湾
を飲み込んできた。さらに経済面では金融や株式を操作し、農産物の大量
購入、観光客の送り込みなど、台湾人をじわじわと引き込み、台湾社会を
侵食しつつある。2012年までに台湾を陥落・統一させる軍事行動なきプ
ログラムは着々と実行に移されている。

 2012年は胡錦涛国家主席の最終任期であり、同年春には台湾で総選
挙が行われよう。したがってそれまでに、国民党の協力が必要不可欠だ。
連戦氏をはじめとする一部勢力らの動きも激しく、台湾はまさに危急存亡の
時を迎えている。『台湾大劫難』を読んだ台湾人たちは「やっぱりか」とショッ
クを隠せない。民進党の陳亭妃議員らが馬総統と国家安全会議事務総長
の蘇起氏に対し情報説明を求めるなど、国民党政府も最大のピンチを迎え
ている。昨年、中国の海峡両岸関係協会の陳雲林会長も「我々は台湾戦
略の持ち出しをすべて露出した」とのコメントを発表。これからどのように物
事を進めるべきか、中国側のとまどいは隠せない。


経済一体化の次は政治的統一へ


 中国資本が入った台湾の一部メディアは、中国側の意向に添った世論作
りを行い、重大な国難を迎えた今も真実が報じられていない。その中にあっ
て「自由時報」が、台湾人の砦を守る唯一の報道機関として奮闘している。
これには董事長の呉阿明氏の存在が大きい。祖国・台湾の独立と民主化を
犯すいかなる事態にも断固として戦ってきたマスメディアの鑑であり、日本
人の一人として尊敬の念を禁じ得ない。
 
 馬政権の対中政策は企業の中国進出で経済一体化を加速させつつある。
台湾人は選挙で、独立よりは現状維持を選択し、経済的利益を優先して馬
政権を誕生させた。今や中国への進出企業は7万社、中国人雇用は150
0万人に達する勢いだ。これが両国経済に大きなプラスをもたらしているの
は、紛れもない事実である。中国政府に誘導され、労働力の安い奥地に入
った台湾企業はあらゆる面で優遇されている。こうした台湾陥落作戦は着
実に進行し、経済一体化の次は政治的・軍事的統一が見えてくる。

 これまで台湾を支えてきた米国だが、オバマ政権が中国と利害を共有す
るG2時代に入り、台湾の現状維持を守ることで精一杯だ。またわが国は
中国追従外交で、鳩山首相らは台湾への関心などまったく眼中にない。しか
も与野党議員らの大勢は中国詣でをしても、台湾には無関心である。


微笑外交と融和政策に潜む罠


 胡錦涛主席は08年10月の中国共産党全国代表大会で「一つの中国原
則を堅持し、祖国の平和的(台湾)統一を勝ち取る努力を決してあきらめな
い」と強調した。中国は台湾の陳水扁総統の8年間は「一つの中国と認め
るなら仲良くしよう」という方針だったが、馬政権になってからは強硬な統一
路線から融和路線に軌道修正している。これは中国の台湾政策がうまく機
能していることの証であり、次は台湾人の対中不信感の払拭に、さらなる微
笑外交が展開されよう。

 しかしながらこれらの経緯とは別に、このまま中国経済の甘い蜜に群がっ
ていけば、やがて落とし穴が待っている。次の選挙で台湾人が判断を下す
しかない、という思いが広がりを見せつつある。独立派や統一派を超え「台
湾は台湾人のための国家である」との認識に立った政党の誕生が待たれ
ていよう。あらゆる調査によっても、台湾人の90%近くが「現状維持が望ま
しい」と考えている。「台湾にはすでに中華圏唯一の民主国家が成立してい
る」との李登輝路線の継承をアピールできる政党がよい。台湾は「自由と民
主主義、人権と法治」という価値観を持ち、日米と共有できる国家であること
を、改めて内外に強調する戦術が求められよう。その理念と政策を内外に
アピールできる説得力を持った、魅力ある台湾国リーダーの登場が待たれ
ている。

中国とは、ペテンの国である。
騙されるのが悪い、とは国際間でも同じ。
かの国に存在する近代に作られた概念は全て外国製である。
例えば、科学・哲学・化学・法律等全て日本製。
指摘すればキリがない。かの国はその程度の国である。恐れるに足らず。

メルマガ版「台湾は日本の生命線!」

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国際新秩序を目論む中共「ペテン外交」―「朝令暮改」の国が強調する「原則」の罠
ブログでは関連写真も↓
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■中共が好む「原則」とは日本語だった  

中国「悠久の歴史文化」なるものに惑わされているためだろう、日本人は中共の言い分に一々萎縮する傾向がある。例えば中共は外交上、しばしば「原則」なる漢字語を強調する。

すると漢字文化コンプレックスを抱く日本人は「さすがに中国は原則を大切にする国だ」と感心するのだが、実は「原則」とは明治時代、日本から導入した近代概念の用語の一つ。つまり日本語である。

そもそもよく知られるようにあの国は、朝令暮改の国である。従ってあの国、民族ほど「原則」を軽視するものはないと言えそうだ。

■教科書が書かない「平和五原則」の嘘

たとえば有名な「平和五原則」。これは周恩来首相が五三年、インド代表団に対して提示したもの。言うまでもなく「領土、主権の相互尊重」「相互不可侵」「相互内政不干渉」「平等互恵」(後に平等互利)「平和共存」の五つだ。

これが五四年に印中間で合意され、それを基に五五年の第一回アジア・アフリカ会議では平和十原則が採択されてもいる。こうしたことは日本の教科書でも記載されているが、しかし教科書が言及しないのは、この原則が中共によって完全に破られていることだ。

五九年に中共軍はインド領内に進撃し、一方的に国境戦争を仕掛けているのである。

暴力を原動力とする中共が「原則」との言葉を持ち出してまで「平和」を強く訴えるのは、戦争の準備段階にあるときだと警戒するべきなのだ。

■東支那海ガス田問題―非は日本にあるのか

だから中共の外交部報道官などは世界を欺く「偉大」なペテン師である。秦剛副報道局長は二月二十三日の定例記者会見で、「原則」なるものを三つも強調している。

まずは対日関係に関して。

―――東支那海問題における「原則」合意を重視し、堅持するという中国側の姿勢に何ら変更はない。日本側が実際の行動によって「原則」合意の実行に向けて良好な雰囲気と環境を整えることを望む。

ここで言う「原則」とは〇八年の「日中共同声明」でも見られる「共に努力して、東シナ海を平和・協力・友好の海とする」だ。

しかし日本との間で東支那海ガス田での共同開発で合意したはずの中共だが、協定締結に応じようとしない。そこで日本側が国際海洋法裁判所への提訴など法的手段も辞さないとの姿勢を示しているわけだが、これに対して中共は「日本は原則を守っていない」と逆に非難しているのである。

「原則」とは道徳的な優位など、重みを感じさせる言葉である。だから中共は、それを言った方が勝ちだと理解しているのだ。そのため「原則」とは、中共自身のためだけに使う言葉でもあることもわかる。

中共との「合意」ほど信じられないものはないことを、日本人は予め理解しておくべきだろう。

■北朝鮮には「内政干渉」どころではない

次は北朝鮮問題に関して。

朝日新聞(二月二十三日、朝刊)で「中国共産党が北朝鮮側に対し、『改革開放の推進、世襲反対、核放棄』を要請していた」と報じたことについて秦剛副報道局長は、「まったく事実ではない」と否定した上で、こう言い切った。

―――中国は内政不干渉の「原則」を遂行している。

この「原則」は、かの「平和五原則」の一つでもあり、それだけで十分信用できない。

実際には中国は、北朝鮮の宗主国。北朝鮮はその保護国のようなものだ。北朝鮮が政権を保つことができるのは、中共からエネルギーと食糧を供給されているからである。中共は北朝鮮への内政干渉どころか、その生殺与奪の権を握り、このテロ国家を対米外交カードとして用いているのだ。

つまりイラク、アフガニスタン問題で手一杯の米国に対し、北朝鮮問題で協力するポーズを見せ、その見返りに台湾問題で妥協をさせるとの策略だ。そのためテロ国家を演じさせるため、北朝鮮を支え続けているのだ。

だが北朝鮮の「生命維持装置」となっている事実を自ら認めてしまっては、国際的な非難を招き、せっかくのカードも無効となる。そこで「原則」と言う言葉を持ち出して、「この問題に議論の余地はない」「触れてくれるな」と訴えているのである。

だが中共が内政干渉を常套手段としていることは、その被害国の一つである日本の国民なら、理解できて当然だろう。

■ヤクザ国家との共同コミュニケに「罠」がある

もう一つは対米関係に関して。

秦剛副報道局長は台湾への武器売却計画とオバマ大統領のダライ・ラマ方法との会見などによって、「中米関係は厳重な障害にぶち当たった責任は完全に米側にある」とした上で、こう述べた。

―――米国は三つの中米コミュニケと中米共同声明が確定した「原則」を遵守し、中国の核心利益と重大な関心を尊重し、伸張、妥当に敏感問題を処理し、それを中米関係の改善と発展創造の条件とするべきだ。

中共が外国との共同コミュニケ、共同声明の発表を好むのは、自国に有利となる言質を相手側から引き出した上で、それを記した文書を作成し、「これが両国関係で合意された原則だ」として譲歩を迫り続けるためなのだ。

まるでヤクザのような手法である。だからここで言う「原則」には大きな罠が仕掛けられているのである。

■宣伝謀略としての「原則」強調

米中最大の対立は台湾問題を巡ってである。そこで中共はこの問題に関し、米国から精一杯有利な言質を引き出すため、米中共同コミュニケを三つもこしらえたのだ。

七二年の上海コミュニケ、七八年の米中国交樹立に関するコミュニケ、八二年の所謂八・一七コミュニケがそれだ。

これらにおいて中国が台湾は自国の領土だとの虚構を強調するのに対して米国は、七二年のコミュニケでは「台湾海峡両岸の中国人はみな台湾は中国の一部と考えていることを認識する」、七八年、八二年のそれでは「台湾は中国の一部だとする中国の立場を認識する」と表明している。

これでは米国民を含む世界の人々が、米国は「台湾は中国の一部だ」と認識している、つまりそう認めているかのような印象を受けるだろう。それが中共の狙いなのだ。ちなみに後二者のコミュニケの中国語版では「中国の立場を認識する」ではなく「中国の立場を承認する」とされている。すべては宣伝謀略なのだ。

〇九年の米中共同声明でも「台湾問題で米国は三つのコミュニケにおける原則を遵守すると表明した」とある。

ここまで中共から「原則」を強調されると、米国政府内部でも台湾問題は中国の内政問題であり、それに干渉しては厄介だとの判断で、この問題の上での自己規制が行われ、やがて中国の主張は事実であるとの誤認識も生じてくるのだ。

「原則」の強調は国際社会に対する洗脳宣伝の手段なのである。

■チベット問題でも執拗な釘刺し

だから秦剛副報道局長は、台湾への武器売却が三つのコミュニケの「原則」に抵触していると主張するのも、米国国内や国際社会に誤認識を扶植するためだ。

武器売却問題に触れたのは八二年のコミュニケだが、そこにおいて米国は決して「武器を売却しない」などとは言っていない。ただ「中国の台湾問題での平和的解決」の姿勢を前提に武器売却問題を「最終的に解決する用意がある」と表明しただけだ。

従って「原則」に違反していると言えば、軍備拡張で「平和的解決」姿勢に徹しない中共の側なのだからが、中共の「原則」の強調は他国を惑わすものなのだ。

同じようにダライ・ラマ法王との会見も「原則」違反だと非難したわけだ。

各コミュニケには主に台湾問題を念頭に、「各国の主権と領土保全を尊重と、他国の内政不干渉で合意した」(七二年)、「上海コミュニケで合意した各原則を重ねて表明する」(七八年)、「主権と領土保全の相互尊重、相互内政不干渉は米中関係の基本原則」(八二年)と記されている以上、米国は中国の「主権と領土」に関わるチベット問題で「内政干渉」をしてはならないと言うのが中共の主張であり、宣伝なのだが、それにしても大げさな非難だ。侵略国家としては、よほど同法王が国際舞台に立たれては困るのだろう。

〇八年の共同声明でも米国は「相互の主権の尊重と領土保全との原則は米中関係の三つのコミュニケの核心であること」を「重ねて表明」させられているから、この「原則」なるものは米国への執拗な釘刺しであり、恫喝とも思えてくる。

■日中記者協定―日本のマスコミも「原則」受諾

日本に対しても中共は、これまで釘刺し、恫喝の「原則」を数々呑ませて来た。

たとえば日中の国交樹立に先立って、中共が両国関係の「政治的基礎」だとして押し付けてきた「政治三原則」なるものがあった。それは日本政府は「中国を敵視してはならない」「米国に追随して『二つの中国』をつくる陰謀を弄しない」「中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない」である。

そしてこれが六八年の日中記者交換協定で、日本の記者の中国常駐の条件ともなり、それ以降日本のマスコミが中国批判(敵視)の報道を自粛するようになったことはよく知られている。

これもまた「原則」が及ぼす威力だろう。

■いつしか生まれた日中「三つの文書」の原則

国交樹立後には日本政府は、米中「三つのコミュニケ」の「原則」と同様、日中「三つの文書」の「原則」に拘束されている。

日本は七二年の日中共同声明において、台湾は中国の一部だとする中国の立場を「理解し尊重する」と表明した。米国の「認識する」より、さらに誤解を招く表現である。そして七八年の日中平和友好条約では七二年の「共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認」させられ、さらに九八年の日中共同宣言では「日中共同声明及び日中平和友好条約の諸原則を遵守することを改めて表明し、上記の文書は今後とも両国関係の最も重要な基礎であることを確認した」と表明させられている。

そしていつしか中共はこれらの文書を「三つの文書」と呼び出し、その「原則」に重みを加え、日本の台湾との交流を抑止しているのである。

〇八年の日中共同声明でも日本側は「三つの文書の諸原則を引き続き遵守することを確認した」と述べさせられているから、やはり中共の釘刺しは異常なまでに執拗である。

■安倍首相が見せた正確な対中姿勢

ちなみに〇六年、温家宝首相は訪日した際、安倍晋三首相に対して、日本側が「台湾独立に反対する」と表明する第四の文書の発表を強く求めている。もっとも「台湾独立に反対する」とは台湾問題を中国の内政問題と認めること、つまり台湾を中国の領土と認めることを意味する。

つまり中共としては台湾問題に関する「原則」なるものの遵守を何度も素直に誓約する日本との間で、さらなる「原則」を撃ち立てようと企図したのだ。

「原則」が恫喝圧力の道具である以上、一度それを受け入れれば、さらなる圧力が加わると言うことだ。

安倍首相はこの要求を頑なに拒否し、結局第四の文書は見送られた。

こうした姿勢が日本には求められているのだ。

■台湾問題で必死の中共と妥協する日米

中共の目下の最大国家目標は台湾併呑だが、これを国際社会の前で正当化するために強調するのが「一つの中国の原則」である。中共は、日本が戦後台湾を中華民国(中国)に「返還」(割譲)したことを以ってこの「原則」の根拠とするが、そのような事実は一切ない。

だからこの「原則」もまた、主張の虚構を隠蔽するため、「この問題に議論の余地はない」と強調するためのものなのだ。

しかしこの虚構が暴露されれば、政権維持をかけた台湾併呑の戦略は大きなダメージを受けることになる。だから中共は必至なのだ。米国や日本に対し、台湾問題での「原則」なるものを作り上げ、その遵守を執拗に求めるのもそのためだ。中共は洗脳宣伝を通じて、日米の「原則」遵守の約束を、「一つの中国の原則」遵守の約束へと摩り替えようと目論んでいるのである。

実際に日米は、「一つの中国の原則」を事実上受け入れているかに見える。なぜならば両国政府は事実として、台湾問題を中国の内政問題であるかのように看做し、台湾との交渉を自粛してしまっている。台湾政府が「一つの中国」を否定する動きを見せた際、それに反対圧力を掛けたのも日米だった。がまた両国国民の多くも、台湾を中国領土と信じている。

もちろん他の国々も同様である。「一つの中国の原則」なる宣伝が功を奏しているからこそ、台湾は国際社会において孤立状況に追い込まれているのである。

■中共の新秩序建設の野望を打ち砕ける日本

しかしこうした侵略国家の「原則」攻勢に、日米はいつまで振り回され続けるのだろうか。

もし日本政府が台湾の中国への「返還」が事実に反するものだと証言すれば、「一つの中国の原則」の宣伝は木っ端微塵に粉砕される可能性が高い。そしてそうなれば中共は政権の危機に瀕することとなる。

このように中共が強調する「原則」は、政権防衛のためのものもあるのである。だから他国にそれを呑ませる。そして付き従わせる。

!)小平は八八年、かの「平和五原則」を準則とし、「国際政治経済の新秩序建設」を主張する方針を打ち出している。

かつてインドを欺いた「原則」で新たな国際秩序を打ち立てるため、まずは「一つの中国の原則」を以って台湾を攻略し、そこを拠点に軍事勢力を世界に伸張させようとしているのだ。

日本は今後もあの国に付き従うべきなのか。それとも侵略国家の宣伝を自ら進んで打ち破るべきなのか。

私共NPO法人家族の絆を守る会が、政府外務省に国連関連で過去に提出した意見書の中で、慰安婦問題についての部分を、参考になればと思い披露します。

22.第二次世界大戦中における「慰安婦」制度に対する責任について


この問題については、自由権規約委員会からの勧告は初めてであると思いますが、既に各人権条約の委員会からも同様の勧告を再三受けており、その度に政府は、今回の委員会勧告前の質問に対する政府回答と同様の、下記のような見解と回答を述べてきているものと承知しています。

「慰安婦問題に関し、1991年12月から1993年8月にわたり、全力を挙げて調査を行いその結果を発表するとともに、1993年8月に、慰安婦問題を多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であると認識した上で、お詫びと反省の意を表明する旨の(河野)官房長官談話を発表した。同談話に示されたこのような立場は、日本政府の一貫した基本的立場である。慰安婦問題を含め、先の大戦に係る賠償並びに財産及び請求権の問題については、日本政府は、サンフランシスコ平和条約、二国間の平和条約及びその他の関連する条約等に従って誠実に対応してきており、慰安婦問題を含め、これら条約等の当事国との間では法的には解決済みである。」として、「アジア女性基金」で最大限の努力を行ってきた、と繰り返し述べて来ています。

今回、政府は、「慰安婦問題を規約の履行状況の審査の場において取り上げることは適切ではない」としながらも、やはり、基本的な対応はこれまでと同じです。
しかし、この問題は、このような日本政府の回答にも関わらず、収まるどころか、米国をはじめとして世界各国で、日本軍の性奴隷制への元慰安婦に対する謝罪と賠償を日本政府に求める決議が相次いで行われており、日本は性奴隷制の国として世界から指弾され続けています。このような現状は、政府・外務省の対応の拙さを露呈しているものと言えるでしょう。

こうしたことに鑑みて、日本政府は、謝罪ではなく、歴史的な事実関係を国連や世界の国々に対して説明し理解してもらうことが急務であると考えます。
所謂「従軍慰安婦」問題の事実関係を簡単に見てみると、1983年、吉田清次氏の「私の戦争犯罪-朝鮮人連行‐」が出版されたことが、ひとつのきっかけとなったと言っても過言ではないと思う。この本が1989年に韓国で翻訳・出版され、史実としてドラマ化され、韓国において従軍慰安婦問題への関心が高まりました。

一方で、吉田氏の記述内容に疑問を持った「済州新聞」の許栄善記者が現地調査のルポを発表し、慰安婦狩りの話を裏付ける証言人は殆どおらず、郷土史家、金奉玉が追跡調査の結果、吉田の本が事実でないことが分かりました。

また、95年には週刊新潮が取材した結果、吉田清次氏の証言が事実無根であることが判明し、著者自身も「あれは創作だった」と認めたという記事が掲載されました。99年にも、雑誌「論座」において、吉田氏自身が「従軍慰安婦はフィクションだった」と認めています。

その一方で、吉田氏の本の翻訳・出版後、元慰安婦という金学順氏らが日本政府に謝罪と補償を求め提訴、また韓国側からの慰安婦問題に関する反日デモが行われ、それに呼応する形で日本のマスメディア(朝日新聞など)が慰安婦の強制連行があったと報じました。

こうした経緯を見れば分かるとおり、従軍慰安婦問題とは、事実をよそに仕立て上げられたフィクションであることは明白です。
日本が性奴隷国家であると言われている不名誉について、事実無根であることを証明することは、国家の第一に為すべき最重要課題であり急務です。

そうした努力をせずに、日本政府は謝罪を繰り返す中で、なおも各国から指弾され屈辱を受け続けており、我々も日本国民として、耐え難い屈辱を感じ続けています。
謝罪外交では何も解決しないという反省を行うべきであると、我々は政府・外務省に強く抗議します。また、不毛な遣り取りに終止符をうつ努力をしないのは何故なのか、是非、見解を伺いたいと思います。

【討論!】皇位継承問題を考える


昨日のチャンネル桜で「皇位継承討論」が4時間半放送されました
今の段階途中までですがあっぷされています。
ここまででも見るのに3時間ほどかかるとおもいますが?
小林よしのりさんは「サピオ」でどうかくのかな?


【直言極言】「皇位継承討論」収録後の雑感[桜H22/3/5]



http://www.youtube.com/watch?v=MCeByVb9FUc&feature=related


1/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=2wiTXE3qCEE







2/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=33ilPPSe8Y0&feature=youtube_gdata





3/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=mqEeRb70yWI&feature=youtube_gdata





4/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=EkFeOV4asXo&feature=youtube_gdata







5/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=Vp0hv76yoOk&feature=youtube_gdata





6/9【討論!】皇位継承問題を考える[桜H22/3/6]

http://www.youtube.com/watch?v=Axzk0IHSyVM&feature=youtube_gdata

大阪の老兵 です。
九州の伊藤様のお話は非常に参考になりますのでご紹介します。


丸山さんが先日橋元府知事の夫婦別姓問題についての発言を取り上げておられま
したが、私も友人らと議論をした時によく経験をしたことですが、「家族の絆論」を強

調して主張すると必ず橋元府知事のような

>「僕も家族が一番大切なコミュニティーだと思う。でも、僕は弁護士としてたくさんの離
> 婚を扱ったが、姓が同じでも家族の絆がないところはいっぱいある。僕の母は再婚してい
> て、僕と姓は違うけれど、悪影響を受けたことは一回もない。姓の一致と家族の絆を同一
> 視することは非常に危険性があると思う」

という反論が帰ってきます。これに対しては再反論が必要で、下記URLの「シートベルト論」が
有効です。亀井静香大臣などは「家族の絆が弱くなった今日、その流れに棹をさすような法
律なんてとんでもない」と言っていますがこれなどはまさしく「シートベルト論」だと思います。
みなさんのご参考になればと思います。

http://www.geocities.jp/asatte8/huuhubessei.html

夫婦別姓の問題点

◎ 現在、法務省が選択的夫婦別姓制の導 入を柱とする民法改正案を国会に提出しようとしているね。君は選択的夫婦別姓制についてどう思う?

△私はこの選択的夫婦別姓制に反対だよ。

◎えっーそうなんだ! 俺は賛成だよ。
  だって、
 ①現在の夫婦同氏制すなわち、夫婦は同じ姓を名乗らなきゃならないという制度は女性差別的だと思うし、
 ②夫婦同氏制だと結婚 をすることにより姓が変わることになるけど、仕事をする上で姓が変わるのは不便じゃないの。

△ う~ん、そうかな。
 まず①の 点についてだけど、女性差別であるという主張は違うと思うな。
 現行民法はだよ、

 「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」(民法第750条)

となっているので あって、法律上妻に夫の姓を名乗ることを強制しているわけではないんだよ。婚姻の際に、夫婦の称する氏は、 夫婦の自由な意思で相談してどちらか決めることになっていて、法律上、男女は全く平等なんだよ。

◎ でもさぁ、妻が夫の姓を名乗ることが 多いことからすると、事実上差別的状態にあるともいえるんじゃない?

△ いやいや、現在は若者の意識に変化が見 られ、夫が妻の姓を名乗るということが多くなってきているみたいじゃん。
 それに、その事実状態が嫌なのなら、その事実状態を変える運動をすれば いいはず。例えば「妻の姓を選ぼう!」と社会に訴えかけたらいいじゃん。
夫の姓を選ぶ夫婦が多いという事実状態は、選択的夫婦別姓制の導入に理由にはならないよ。

◎ う~ん、なるほど、それもそうだね。
  じゃあ②の点、つまり姓が変わることは不便ではないかという点についてはどう?

△ アート引越センターの社長、寺田千代乃 さんはこうおっしゃってるよ。
 「例えば取引先から電話がかかってきて、姓が変わったことにお客さんが気付かないで「不利益を受けた」というよう なことは、姓が変わつたために起こったのではなくて、そういう連絡をきちんと行わなかつた会社自身の能力の問題である。それを別姓が原因で起こったことだ とすり替えてはいけない」と。

◎ なるほど!さすが寺田さん。いいこと 言うね。かっこいい!

△ また、私は思うんだけど、姓が変わることの不便は通称の使用により容易に解決ができるんじゃないかな。
 「通称使用」の制度化をはかり、 その拡大化と一般化を、政府の責任において推進すべきであると提案するよ。通称使用の制度化ならば、あえて夫婦別氏制の法制化を論じるまでもなく、現行法 のもとで、さして実害もなく、社会的にその実現が可能かつ容易だからね。現にかなりの数の企業においてすでに実施されているし。たしか、大阪府の太田知事 の「太田」は通称だよね。

◎ なるほどね。通称か~。そりゃいい ね。

△ そもそも姓とは、自分が所属する家族集 団を示すものだよ。

◎ 英語ではファミリーネームというもの ね。

△ うん。そうそう。
だから、家族の中核をなす夫婦が別の性であることは論理的におかしい。 「創姓」なら理解できるけど・・・

◎ 「創姓」って何?

△ 「創姓」とは、新しい姓を創りだすこ と。夫か妻の姓にするのではなくて、新しい姓を創りだす。
鈴木さんと佐藤さんが結婚した場合、今の制度だと「鈴木」か「佐藤」のどちらかの姓を選ぶことになるけど「創姓」だと「伊集院」という姓にしても、「綾小 路」という姓でもいい。夫婦が同じ姓ならばね。

◎ へー、それはいいね。

△ それと、夫婦別姓の問題点のもう一点。
夫婦別姓制だと、生家に依存する傾向がますます強くなってしまう。
結婚というのは、新しい家族を作り、生家から独立し自立することを意味するけども、別姓だと夫婦それぞれが自分の生家に依存するようになってしまう。そう でなくても、結婚しても親離れできない奴が多いのにさ。

◎ なるほど、そうだね。

△ 私は家族の構成員は皆、同じ姓を名乗る ことにより一体感が高められ、家族としての絆が深められると思う。

◎ なるほどね。でもさぁ
「同姓 でも、破綻している家族はいっぱいあるし、別姓でも仲良くやっている家族はいっぱいある」し、
「本当に仲のいい家族は、同姓か別姓かなんて関係な い。姓が同じでなければ一体感が保てない家族は既に破綻している証拠だ」
更には、「別姓の方が、愛情や信頼で家族の絆を保たなければならない分、 真剣にお互いのことを思いやるので、却って一体感は強まる」
とも言えるよね。

△ これ は、シートベルトのたとえで説明すると分かりやすいんじゃないかな。
 シートベルトは、身の安全のために締めるものだけど、シート ベルトさえ締めれば絶対死なないと思っている人はいないよね。シートベルトさえ締めていれば、安全運転に心がける必要はないと考える人もいない。
「シー トベルトを外すと、必ず死んでしまう」なんて誰も考えていない。確かに、シートベルトを着用していても死亡した例はいくらでもあるし、着用していなくても 助かった例はいくらでもある。だからといって、シートベルトが無意味だということにはならない。夫婦別姓の問題も同様であって「家族が同姓でありさえすれ ば、家族が仲良くなる」などと考える人はいないよね。愛情や信頼が大事であるということは誰もが知っている。だからといって、家族の姓がバラバラでも構わ ないということにはならない。特に、別姓の方が、却って一体感が強くなる」という理屈は、「シートベルトをしない方が、安全運転に気をつけるので、却って 事故が少なくなる」と言っているのと同じで、倒錯した論理だと思う。

◎ わあ、すごい説得的だね。考え方が変 わったよ。夫婦別姓は反対すべきだね。

参考:「正義の見方」(宮崎哲弥著)、「わしズム」での宮崎氏の論考、神社と神道のHP 2001年03月19日 02時40分19秒

ジュネーブで開催された「人種差別撤廃委員会」に日本の左翼10名の代表が「傍聴に行った」?
今回ジュネーブで開催された「人種差別撤廃委員会」に10名の代表が参加していますが、果たして「傍聴に行った」だけなのでしょうか。

問題としたいのは、「傍聴に行った」のではなくて、主たる目的は「ロビー活動」なのです。
差別撤廃委員の殆どは、委員会の席上で日本政府に対して如何なる質問をしたのでしょうか。関心があるという程度の外国人の質問ではなくて、内実のレクチャーがなければ到底発言の仕様がない諸点について日本への質問・糾弾しているのです。

IMADRは以下のように報告しています。
「委員会は人種差別に関する法律、憎悪発言の規制、人権侵害救済の必要性、人権教育
および人種差別と不寛容に対処するための一般市民の啓発、日本人以外の人びとと
接触する職務につく公務員および公務員全般への教育の必要性を主張した。
日本代表との2日間にわたる審議の中で委員からいくつもの質問と問題点が挙げられた。
それらには、外国籍者として日本に残り国籍を得ることができなかった在日コリアンの
状況、教育政策が外国人の子どもたちに及ぼす影響に関するさらなる情報、インター
ネット上を含む外国人嫌悪や人種主義の動きをモニターするメカニズムの存在の有無
などがあった。日本は部落民の代表との協議の場を組織するよう促された。」

皆様お気づきのとおり、以上の質問などは教えてもらわなければ知りえるものではありません。
昨年の女子差別撤廃委員会のときは、日本から左翼が80名以上の参加があったのです。
この80名以上の日本左翼が、国連の委員にロビー活動をしたのです。我々日本の保守からも1名の代表が実際をこの眼で見るために、今後の活動の一助にするために、オブザーバー参加をしました。左翼にすれば、そのリビー活動の成果が昨年秋に公表された日本政府への委員会見解の発表だったのです。

今回も左翼のロビー活動の成果なるものが、10日過ぎに公表されます。
これでお分かりのように、単に「傍聴に行く」程度のものでは決してありません。左翼の望む内容の見解が委員会から日本政府に対して出されることが目的なのです。

これまでFAVS関連メールでお知らせしたとおり、フェミニスト達は、集会で、国連が別姓をやれ、やれと言っている・・・ということを必ず枕詞のように言っておりました。
このように日本の左翼は、国連を利用して日本政府に自らの主張の実行を迫る大きな目的があるのです。

日韓の過去の清算、朝鮮半島や東北アジアの平和についての左翼の論考
批判的にご検討ください。


日韓ネット@渡辺です。

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「韓国併合」100年-3・1独立運動91周年集会 基調報告               

「韓国(大韓帝国)併合」から100年の歴史の節目を、
日本と朝鮮半島民衆の真の和解・平和・友好の転換点に
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1. 問われる歴史認識問題-過去を清算し、2010年を転換の年に

日本の植民地支配からの独立を求め朝鮮半島全土で人々が立ち上がった3・1独立運動から間もなく91周年を迎える。しかも今年は、日本が朝鮮半島を完全に植民地化した「韓国(大韓帝国)併合」から100年の年でもある。

この時期に、年末からNHKが鳴り物入りで司馬遼太郎の「坂の上の雲」をスペシャルドラマとして放映し、日本の朝鮮侵略の血塗られた歴史にはほとんど触れず日清・日露戦争の美化-「明治栄光」論を鼓吹しようとしている。そもそも日本では、学校教育の中で日本の朝鮮侵略について学ぶことはほとんどない上に、歴史歪曲教科書問題も存在している。日本軍自体による侵略史の隠蔽・偽造もあった。あらためて歴史認識問題が鋭く問われているといえよう。

日本と朝鮮半島の近代史を学ぼう-日本は朝鮮半島に何をやってきたのか 

  明治維新からわずか7年後に軍艦・雲揚号の武力挑発で江華島事件(1875年)を引き起こした明治政府は、さらに日清戦争、日露戦争に突き進み、朝鮮半島への侵略を進めていった。日清戦争は、清との間で朝鮮半島への覇権をめぐって開始した戦争である。今では、日本軍の計画的な朝鮮王宮占領から日清戦争が仕掛けられたことが明らかになっている(注1)。その戦争の主戦場は朝鮮半島であり、当時、王政や外国勢力の侵入に反対して立ち上がっていた東学農民軍の掃討・殺戮のなかで進められたものである。日清戦争直後の1895年10月には、駐在公使・三浦梧楼の指揮の下、朝鮮王妃・閔妃(明成皇后)虐殺事件すら引き起こした。この事件も最近の研究で日本陸軍参謀本部が深く関与していたことが明らかになっている(注2)。

さらに日露戦争に突き進んだ日本は、朝鮮に「日韓議定書」を強要して朝鮮半島を軍事占領、1905年には「乙巳保護条約(第二次日韓協約)」を捏造して朝鮮の外交権を奪い、統監府を置いて朝鮮支配を強引に推し進めた(初代統監・伊藤博文)。国王・高宗はこれを認めなかったが、日本は強引に「韓国併合」を強制するに至った。朝鮮全土では「義兵闘争」と呼ばれる抗日闘争が燃え広がり、日本軍の武力作戦にも関わらず、朝鮮民衆の抵抗闘争は間断なく続いた。3・1独立運動は、その延長上にある大衆的な抗議行動であり、2ヵ月後に起こった中国の5・4運動にも影響を与えたといわれる世界史的な行動であった。日本の憲兵部隊はこれに武力弾圧を加え、約6000人もの人々が犠牲になった。

朝鮮半島を植民地化した日本は、朝鮮半島の食糧・資源を奪い、朝鮮民衆から言語や氏名を奪い、強制連行・強制労働、日本軍「慰安婦」などに人々を狩り出していったのである。
日本の敗戦から65年もの歳月が経過しようとしている現在もなお、韓国との間では過去の清算が未解決であるばかりか、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間には国交すらないまま今日に至っている。これ自体、異常なことである。私たちは、あらためて「韓国併合」
100年という歴史の節目を、過去に真摯に向き合い、日本と朝鮮半島の真の和解と平和・友好の転換の年にしていく必要がある。

しかし、いま一部右翼による朝鮮学校襲撃など暴力的な排外主義行動も顕在化している。また、鳩山首相は「日韓安保共同宣言」をめざすと言明し(1月8日)、天皇訪韓も取りざたされている。私たちは、新たなナショナリズム・排外主義や天皇訪韓など「未来志向」の名による欺瞞的な過去清算問題の幕引き、日韓安保協力に反対する。

①日本政府は強制連行・日本軍「慰安婦」被害者等への謝罪と補償をおこなえ。

②北朝鮮への制裁を解除し、対話・交渉の速やかな再開と日朝国交正常化の早期実現を強く求める。100余年に及ぶ過去の清算を真摯に行い、その一環として拉致問題も速やかに解決すべきである。

③「韓国併合」100年にあたり、謝罪・反省の国会決議および政府談話等を要求する。

④永住外国人の地方参政権問題をめぐり朝鮮籍の人々の排除など新たな差別・分断をもたらす動きに反対する。また「高校無償化」から朝鮮学校を除外する動きにも強く反対する。何よりも民族教育の保障をはじめとする在日外国人の民族的民主的権利の確立を。在日外国人への差別・排外主義と暴力の根絶を!

⑤天皇制は侵略・植民地支配に最高の責任を負っており、何らの責任もとらない天皇の訪韓に断固反対する。        
(注1)『歴史の偽造をただす』(中塚明著・高文研・1997年)
(注2)『朝鮮王妃殺害と日本人』(金文子著・高文研・2009年)
                      
2.朝鮮半島の平和と統一を求めて(朝鮮半島に対する二つの戦後責任)

 私たちには、過去の朝鮮半島への侵略・植民地支配を今なお清算していないことに対する戦後責任とともに、日本の敗戦(朝鮮半島の人々にとっては解放)と同時にもたらされ、今なお続く南北分断に対するもう一つの戦後責任が存在している。その直接の責任は米ソ超大国にあるが、日本の植民地支配の結果生み出されたものだ。そもそも、欧州では侵略当事国であったドイツが東西に分割されたが(これを肯定するわけではないが)、アジアでは日本でなく日本の侵略・植民地支配下で辛酸をなめてきた朝鮮半島の人々が南北に分断されたことの痛みを私たちは思い致す必要がある。

 そして、朝鮮半島が今なお「撃ち方やめ」に過ぎない休戦=準戦時状態のまま放置され続けていること、一刻も早くこの状態を終わらせ、朝鮮半島の平和と統一に寄与することは私たち日本民衆の義務でもある。

①休戦状態に終止符を打ち、恒久的平和体制へ

 6者協議の共同声明は、「(朝鮮戦争の)直接の当事者は、適当な話合いの場で、朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議する」ことを明記している。これは北朝鮮への見返りなどではなく、関係当事国が速やかに果たすべき義務であり、一刻も早く休戦協定から恒久的平和協定への移行がなされなければならない。私たちは、そのための国際的世論を巻き起こそう。

【駐韓米軍撤退問題】 特に、休戦協定において「外国軍隊の撤退及び朝鮮問題の平和的解決を協議する」ことが明記されていたにもかかわらず、米軍は協議の場から一方的に退席し、外国軍隊として唯一、朝鮮半島に居座り続けている。そして米国は1950年代後半以降膨大な戦術核兵器を韓国内に持ち込み、「チームスピリット」などの大規模軍事演習を繰り返して絶えず軍事的緊張を作り出してきた。6者協議の枠組みができて以降も「フォール・イーグル」などの大規模軍事演習を繰り返している。今年も3月8日から米韓の戦時増員演習「キー・リゾルブ」、野外機動演習「フォール・イーグル」が予定されている。まさに駐韓米軍の存在こそ、朝鮮半島における戦争の危険と緊張の根源であり、駐韓米軍は韓国から撤退すべきである。そして、これが日米安保体制と基地問題にも密接にかかわっていることはいうまでもない。

【駐韓国連軍解体問題】 駐韓国連軍司令部が存続し続けていることも問題である。朝鮮戦争の遺物である国連軍司令部は即刻解体されなくてはならない。現在、在日米軍横田基地には国連軍後方司令部が置かれ、他にも横須賀・座間・佐世保・嘉手納・普天間・ホワイトビーチが国連軍基地に指定されている。このことは国連の名において、朝鮮半島有事に日本が自動的に加担する装置にもなっており、駐韓国連軍司令部解体問題は日本民衆の課題でもある。

②6・15 (2000年)、10・4南北共同宣言(2007年)を基礎に南北関係の改善を

朝鮮半島の南北首脳によるこの二つの共同宣言は、南北間の敵対関係に終止符を打ち、和解・平和・統一の道へ一歩を踏み出す重要な内容が込められていた。しかし、その後登場した李明博政権は、この二つの南北共同宣言を棚上げし、「非核・開放3000」という新たな対北政策を打ち出している。米韓軍事同盟を維持したまま一方的に北朝鮮の核放棄を図り、経済開放を実現して10年以内に北朝鮮の国民一人当たり所得を3000ドルに引き上げるというこの政策は、吸収統一路線以外の何ものでもない。このような政策を北朝鮮側が受け入れるはずはなく、むしろ対決を煽るだけである。

この間、米韓連合軍は、軍事作戦計画「5027」(ピョンヤン占領にまで至る軍事計画)や「5029」(北朝鮮の「急変事態」に備えると称する軍事計画)を策定して軍事演習を繰り返しているが、李明博政権は新たに北に対する「非常統治計画」なるものまで策定している。 私たちは、このような南北間の対決に再び引き戻すような動きに反対する。
そして、李明博政権のもとで再び韓国民衆の闘いへの弾圧が強められていることに国際的抗議の声を強めていく必要がある。
  李明博政権は、6・15、10・4南北共同宣言を履行せよ。そして民衆弾圧を中止せよ。

③朝鮮半島の完全な非核化の実現を

こうした状況を背景に北朝鮮政府は、この間二回の地下核実験を行うに至った。私たちは、米国を筆頭とする核大国はもとより、日本であれ北朝鮮であれすべての国の核開発・核実験・核保有に反対するという立場から、北朝鮮の核実験にも反対する。

しかし、いまこうした状況を生み出してきた朝鮮半島の歴史的構造的な問題解決こそが求められている。私たちは、朝鮮半島の準戦時状態に終止符を打ち、恒久的な平和環境が整えられるに伴い、北朝鮮政府が故金日成主席の遺訓に従い自国の核兵器の廃棄を含め、朝鮮半島の完全な非核化に向かうことを要求する。
そして、まさにこの朝鮮半島の準戦時状態に終止符を打ち、恒久的な平和環境を整える上で、日本も大きな義務を負っている。

3.東北アジアの非核・平和の構築を

朝鮮半島の非核化と東北アジアの非核地帯化は同時に進められなければならない。
 この間、日米間の核持込みや朝鮮有事の際の日本からの自由出撃などの密約が明らかになっている。そのターゲットは明らかだ。米国こそ戦争危機の元凶であり、日本がその加担者であることも明らかである。

①日本の非核三原則は法制化を含め厳格に遵守されなければならない。

 ②日韓両国は、米国の「拡大抑止(核の傘)」から離脱すべきである。とりわけ「核廃絶」を唱えノーベル平和賞を受賞したオバマの核超大国=米国と、その核の傘に深く依存する被曝国=日本という欺瞞の構図を徹底的に明らかにしていかなければならない。

③在日米軍は沖縄・日本から撤退すべきである。全国の自治体首長への新聞アンケートでも、ほとんどが普天間基地の代替基地受入れ拒否を表明するか、沈黙による事実上の「拒否」を行っているとされる。もはや、米軍基地はどこにも受け入れ先はない。鳩山政権は移設先探しをやめ、次のように言うべきである。「普天間基地は即時閉鎖、ただし日本のどこにも移設させない」と。辺野古への新基地建設絶対反対!

④条約改定から50年を迎えた日米安保体制は「地域の公共財」(鳩山首相)などではない。
鳩山首相の言葉を借りるなら、アジアと世界民衆の反侵略・反ファッショ闘争の勝利の結果もたらされた憲法9条こそ「地域の公共財」と呼ぶに相応しいものだ。私たちは、朝鮮半島とアジア・世界の民衆と固く連帯して9条改憲を阻止し、歴史の真実に向き合い、平和を尊び、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(憲法14条)という理念と制度を日本社会の隅々にまで実現していく必要がある。

4.「韓国併合」100年を問う大きな流れを作ろう

 現在、全国各地で「韓国併合」100年を問うさまざまな取り組みが開始されている。私たち「2010年運動」以外にも、①「韓国併合」100年市民ネットワーク(100年ネット)の取り組みや、②前田朗・徐勝氏らを中心として「東アジア歴史・人権・平和宣言と行動計画」の取り組みが進められている。また各地域でも、たとえば「韓国併合」100年東海行動をはじめとする共同行動の結成が準備されつつある。これらの各運動は、地域やそれぞれの歴史性に根ざしそれぞれに作られているが、連携を持ちながらより大きな流れを目指そうとしている。

 すでに、私たち「2010年運動」と「100年ネット」および他の諸団体・個人が協力して、韓国側の「真実と未来 国恥100年共同事業推進委員会」との間で、100年前に「韓国併合条約」が強制された日である8・22(韓国では8・27~29)に大規模な「日韓市民共同宣言大会」と関連行事を開催することで合意し、その日本側実行委員会を1月31日に早稲田奉仕園スコットホールで結成した。
 また、南アフリカ共和国のダーバンで開催された「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議」(2001年)において採択された「ダーバン宣言・行動計画(DDPA)」に基づく「東アジア歴史・人権・平和宣言」の取り組みも、私たちを含む前記の諸団体と協力しつつ取り組みが準備されている。

 本集会で、韓国側と同時発表・提起する「東北アジアの真の和解と平和のための2010年日韓(韓日)民衆共同宣言」も、民主労働党を含む韓国在野運動の連合体・進歩連帯を中心とする韓国民衆との間で、「韓国併合」100年の歴史の節目にあたって、歴史に向き合いながら今日の朝鮮半島・東北アジアの全般的な平和のための提言を行おうという試みである。
この共同宣言は3・1から賛同署名を募り、朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた日である7・27に集約、韓国での8・15集会で発表し、日韓両政府に同時申し入れを行う計画である。

 これらのさまざまな取り組みを、「韓国併合」100年を問い直し、真の和解と平和・友好の転換点にすべく全力を挙げよう!

10.03.03 青山繁晴がズバリ!


前原さんの行動もよくわかります!


10.03.03 青山繁晴がズバリ! 民主党内の実態を暴露する 1/4
http://www.youtube.com/watch?v=EJAZzKE5dzw

10.03.03 青山繁晴がズバリ! 民主党内の実態を暴露する 2/4
http://www.youtube.com/watch?v=_wTw7PLtEIs

10.03.03 青山繁晴がズバリ! 民主党内の実態を暴露する 3/4(予算の権限を国交省に戻す)

http://www.youtube.com/watch?v=sM6nFEA1u44&feature=related


10.03.03 青山繁晴がズバリ! 民主党内の実態を暴露する 4/4(小沢と創価学会幹部と会談)
http://www.youtube.com/watch?v=6iK5_orVO_c



■3/3放送「アンカー」青山繁晴の“ニュースDEズバリ”ぼやきくっくり

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid792.html#sequel

「日本会議の国民運動関連情報」の投稿から参政権・帰化制度を考える


日本国家に危機管理も日本防衛の思想も不必要な、曖昧模糊とした外国人に対する制度鮮明になる。


「日本会議の国民運動関連情報」を愛読しています。いろんな観点で問題点の指摘がなされたり、すばらしいと言える投稿の紹介もある。昨日の関連情報に、是非皆様方にお読みくださることを、読まれたお方には再読をお勧めしたい投稿がありました。
皆様に重複を恐れずにご紹介します。

外国人の参政権問題・帰化制度など、アメリカに在住(在住の目的にも大いに関係していますが)している外国人への参政権だとか、帰化希望するときの制約は、日本では考えられないものとなっている。杜撰と評しても過言でない、曖昧な帰化目的でも可能な、簡単すぎる日本の帰化制度の制度を考えると、日本には余りにも多くの問題があることが歴然とします。日本の国家転覆を考えている外国人でも簡単に帰化できる日本の制度は、スパイ防止法もないスパイ天国の日本らしい姿が歴然と浮かんできます。
日本会議江崎様のお許しを得ましたので転載しご紹介します。


【アメリカのMさんより】
 私は、今から4年半前に、(米国籍に)帰化しました。
 理由は、主人の仕事上、私が、アメリカ国籍でないと、いけない状況に瀕したからです。主人の将来の昇進の為、自分の国籍を捨てました。元々、日本人としての誇りを持つように育てられていましたので、私にとっては、それは、一大決心でした。

 留学で、今のアメリカ人の主人と知り合い、子連れ学生結婚をしました。その後、9.11同時テロが起き、アメリカ経済は、混乱に陥りましたが、運よく(主人は、成績優秀だったので) 政府のセキュリティー専用の奨学生に選ば
れました。これは、大学院の学費全額と生活費を、政府が出してくれるというもので、その見返りとして連邦政府に最低2年以上は、勤めないといけないというルールがありました。主人は、コンピューターセキュリティーを専攻しました。

 卒業を控えて、就職活動をしていましたが、問題がありました。私が、アメリカ国籍でないということです。主人が学んだ分野の連邦政府の就職先は、セキュリティーということで、面接を受ける前から、FBIもCIAもNISも、私が日本人だからということで、拒否されました。家族全員が、アメリカ国籍でないと、いけないという条件です。(日本国で、国の役人を採用する時、これほどの、調査をするでしょうか?) それから、この奨学生に選ばれて、就職するときに、全員身元検査を受けます。ある奨学生は、監査院の質問で、「麻薬を吸った経験がありますか?」と言う質問に、「No-]と答えました。でも、彼の友人は、「彼は、したことがある。」と答えたので、正直に、吸ったことがあると答えていれば、問題なかったのに、嘘をついたということで、奨学金全て(約800万円相当)を、政府に払い戻さないといけなくなりました。

 ある奨学生は、卒業後2年間連邦政府で働くという ルールを守らずに、民間企業に就職した為に、奨学金全額を支払わないといけなくなりました。
 さて、私達は、仕事を見つけたくても、私と長女が日本人だった為、募集先から拒否されていました。しかし、民間に就職すると、奨学金を全額政府に払い戻さないといけない――私達には、そのような大金もない。それで、帰化を拒否して、離婚するわけにもいかない。(子供がいたためも・・・)それで、意を決して、帰化手続きをすることに しました。

 申請の条件は、結婚して、最低3年以上でないと、申請できません。(Green Card保持者でした。)
 次に、Immigaraton and Naturalization Service(INS)に手続きの書類を出します(20ページぐらい自分の情報を書きます)今は、INSは、USCIS(US Citizenship Immigration Serviceに名が変りました)申請手続
き額は、$600ぐらいでした。それから、6~9ヶ月待ちまし た。
 その後で、英語の口答のテストと、基礎的なCivilize Naturalization Testを受けました。このテストの内容は、U.S. Citizenship and Immigration Serviceのサイトで、探すことができます。
 そこで、基本的なアメリカの歴史、地理、有名な大統領名、都市、星条旗の意味、アメリカ憲法、改正10条(この中には、言論の自由や、護身の為、警察が個人の家に勝手に入ってはいけないとか、宗教の自由とか、民主政治、三位分立、などなど)そういうものが、入っています。あと、アメリカの国旗に忠誠の誓いなどを、覚えました。確か、80%ぐらい正解でないと受からなかったと 思います。
 英語の口答テストは、筆記のないようの質問や、犯罪歴がなかったかとか、国外追放されたことは、なかったか?とかを、質問されて、答えなければいけませんでした。その後、受かったかどうかが発表され、仮市民権証書を受取って、大統領(ブッシュだった)の歓迎ビデオを見て、皆で忠誠の宣誓をしました。

 その後、本市民権をもらうのに指紋を取ったり写真を撮ったり、身元の書類を申請して何週間か何ヶ月か後に本書類が郵送されてきました。
 日本大使館に行って、日本パスポートを破棄しに行きました。(ここで、2重国籍になる人もいますが、私の場合は、主人のBack ground checkでバレるとひどいことになると思いまして日本人国籍をここ
であきらめました(涙がでました)。
 ちょう ど、この帰化手続き最中にある連邦政府の仕事が、決まりました。(私が、帰化手続き中ということで極秘機関以外の部署でしたので採用されることになりました。)
 主人の身元調査では、過去にさかのぼって調べられますので、友人に電話をしたり、親戚や学校を調べたり、伴侶の身元も調 べられます。
 連邦政府への就職は、どんなランクでも、$300ぐらいから~$10,000ぐらいにわたって、身元調査が行われます。これには、宗教も、全部調べます。私の帰化の場合にも、宗教を書きました。犯罪歴があるかも、書きます。

 アメリカでは、グリーンカード保持者でも、参政権はありません。ただ、こちらの問題は違法入国者です。オバマは、先の国民全健康保険の法案で、老人向けの健康保険額を削る予定でした。(私のサイトにも載せましたが、) しかし、問題は、これ
に反して、何百万人もいる不法国入者に対して、恩赦を与えて、市民権を与えると言っていたのです! だから、知識のある一般市民は、こんな馬鹿な、インチキ保険はないと怒って反対したのです(まだ、決まっていません。)

 不法入国者に対して、「ああー、かわいそうだから」と言っている民主党の議員達は特定の企業 (農業を含め)から、EarMark(献金)をごっそりもらっています。それで、不法入国者に
対して見て見ぬ不利をしています。ナンシーペローシ(Congressの議長)の出先サンフランシスコには、不法入国者は、わんさとおり、そういう不法者への無料健康保険(Medicade)などの支出で、州は大赤字です。大体、民主党多数の州(CA,NY,NJ,MA)とかの州は、大赤字です。つまりは安い労働力(自給3ドルぐらい)で、不法労働者を働かしている企業から献金をもらうので、不法入国は取り締まれない、犯罪は増える、教育は低下する。結局それで一般国民に負担がかかって税金はあがる。市民の仕事は、不法労働者にとられる。悪循環です。それでも、そういう票集めの為、同性愛者、犯罪者、低収入者、また、労働組合の機嫌をとる為の政治で自分の権力の為に動いている状況です。これは、現在版の「奴隷制度」 なんです。 民主党は、中身は、そうなんですが、それに反論する
と、すぐ「人種差別だ」といって、それを武器にしています。まったく、日本の今の政権の党と同じ手法です。アメリカの民主党は、歴史を捏造しています。
 日本の日教組のようなのが、アメリカにも、Teacher's Unionというものがあり、給料が安いと、ストライキを起したり、これが、くせもので、学校で、曲がった歴史を教えたりしているので、私も、娘の担任教師に手紙を書いたりして抗議しています。自動車産業の労働組合が、アメリカをつぶしていることも事実です。(仕事を怠けて、旅行三昧、無計画カードローンの贅沢その日暮らしをして高収入、退職者への支払いで自動車が高くなる。オバマから、国民の税金をガッポリと、盗んでいます)

日本は、アメリカの属国のようなものでしたから、本当に現状が、極似しています。
アメリカも、このままでは、滅びに向かっています。 中国が、こちらへも、進入を狙っています。これを、食い止めるには、知識を持った一般市民の根強い働きでしか、追い出せません。民主主義が、多数決で決 まるなら、市民を目覚めさせ
るしかないと思います。

 アメリカ市民権を取る為に、不法入国者や、外国人が、偽装結婚をするということで す。主人の姉が、ベネズエラ人の違法入国者に騙されました。 結婚して、子供も2人作って、3年後から、市民権が取れると
いうことで、ずっと、恋愛を装っていました。
 私は、その結婚式で、会った瞬間、この男は、怪しいと思っていましたが、やはり、市民権を取った後、別居生活に入り、同性愛に変身して、(これは、離婚理由を作ろうとしていたと思 う)離婚となりました。義姉は、子供4人
となりました。 援助もないので、一人でがんばっています。
 他にも、契約会社の 従業員が、フィリピン人女性と結婚しました。5年後、市民権が取れました。すると、ある時、突然、蒸発しました。 こどもを、3人残して…。主人は、この身近な例を知っていたの
で、私には、市民権を取っても、逃げるなよと、言っています。
  これを、言いたかったのは、日本人男性と結婚詐欺が相次いでいますよね。日本の友人の弟も、これに騙されました。結婚してしばらくして、逃げられました。結婚ブローカーには、400万円支払ったようです。特に田舎の結婚できない男性を対象にターゲットにして、日本に移住して、それから日本侵入を企てています。だから、外国人参政権は、危ないのです。

 それから、大学のコンピューターセキュリティーの学科には、たくさんの中国人留学生が、政府から送り込まれていました。韓国系も(韓国人に成りすました北朝鮮人ともとれる) ここの大学では、どのようにサイバー攻撃が
行われるかとか、そういうことまで教えているのです。普通の大学生ですが、これが中国国内に戻ると、政府のご恩返しとしてサイバー攻撃を送る工作員と変化するのではないか?と思うと、恐ろしい限りでした。ちなみにその大学だけでも、1日に200回ぐらい、中国のハッカーから攻撃を受けていたようです。
 また、米国民間兵器産業で働く従業員が、中国の工作員の賄賂の金額に負けて、秘密兵器の模型情報を全て、そっくり中国へ提供してしまったりと、日本でもありましたが、そういうこともアメリカでもいくらでも起こっています。
 日本では、安倍さんが叩かれ、麻生さんも叩かれ、おかしいような? と思っているところに、オバマが現れてアメリカが社会主義に変っていき、そして、中川さんも亡くなりました。そして、日本も、民主党政権になりました。私は、子孫の為に今戦わないと、あのチベットや、ウィイグルのようになってしまうの では? と心配でしかたないのです。

連続しているこの論考には考えさせられ、勉強させていただいています。



  靖国神社とそのあるべき姿 by 葦津泰国
    第6回 国家護持運動後の歪(ゆが)み

[1]祭神を決めるのは誰か?

 靖国神社が昭和53(1978)年10月、東京裁判での刑死者など14人を新たに祭神に加えて合祀したことが、いま、靖国神社を論ずる上で大きな話題になっている。

 この問題に関しては、それを正しいとする者と問題だとする者が対立して、どちらも譲らず、それは解決への糸口も見えぬところにはまり込んで、不毛な対立が続いている。

 私は、東京裁判はもちろん認められるものではない、と信じている。日本をミスリードしてしまった者への責任追及は、外国などのするべきことではないからだ。主権を持つ日本自身が、どう解決するかを判断すべき唯一の権利者である。

 だが、彼らを新しい靖国の英霊と認めるのは新しい判断に属するので、日本に権利があるとしても、しっかり判断する当事者は国民であり国であって、靖国神社の祭神にするか否かも、これまで祭神決定権を行使したことのない靖国神社が独自に判断しうる問題なのか否かには、異論も持っている。

 もちろん、宗教法人であるいまの神社には、合法的にそれを決める法的自由はあるのだが、それを決める権利の実行は、靖国神社に宗教性を付け加え、国家護持への道を遠くすることになりかねない。

 戦後の靖国神社をどうするか、この大切な問題に関して、合祀はのどに刺さった骨のような問題となってしまった。


[2]祭祀制度委員会の委員だった父・珍彦

 少し脱線を許されたい。

 じつは当時、私は全国神社を対象に出している週刊新聞である「神社新報」の編集長をしていて、この問題にも深いかかわりがあり、思い出もある。

 そんなところから、その前後の状況、なぜこんな事態になってしまったのか、に関して解説し、私なりにどう解決を考えたらよいかを、国民にまじめに考えてもらいたい、と考えている。

 前章まででもちょっと触れたが、靖国神社は明治12年に招魂社から「神社」と改称された。戦前は陸海軍省に属する機関で、同じく戦前は旧内務省系の管轄に属した全国神社とは異なるのだが、戦後は神道指令によって宗教法人として存続の道を求めねばならなくなった事情があり、全国神社の集まる「神社本庁」とは仲の良い付き合いもある。

 靖国神社は「全国神社と靖国神社の違いを明瞭にして、一日も早く独立回復後は国家護持を果たしたい」との思いから、神社本庁に参加はせずに、法的には一社独立した存在としてやりながらも、日常においては、いつも連絡を取り合っていた。

 両者はきわめて親しい関係にあり、ときにはお互いに神職の人事の交流も行って、共通の問題などに共に取り組むこともある。

 神社本庁の報道機関として戦後すぐに発足した神社新報も、そんな関係で靖国神社とはきわめて近い間柄にあり、終戦直後に占領政策を先読みして神社本庁を設立、全国神社の存続を図った私の父・葦津珍彦(あしづ・うずひこ。神社新報創立者の一人で元主筆。明治42[1909]年生、平成4年没)は、もう一人の神社本庁からの派遣されたO役員とともに、靖国神社の祭祀制度委員会の委員をも兼ねていた。


[3]手探りの組織運営

 この祭祀制度委員会とはどんな組織だったのか、を説明すると……。

 国家の施設であった時代の靖国神社には、国が定めた英霊をまつり、儀式を行うが、祭神決定権は持っていなかった。戦後、やむなく宗教法人として独立はしたが、独立をしたのちになっても、その軍の施設であった最後のときに行った臨時大招魂祭により、従来の国の祭祀基準に合致する祭神は合祀できる道だけは確保していた。けれども、その他の祭神合祀に関しては決まりも持たなかった。

 そんなままで、外見は独立した宗教法人に法制度上は移ったのだが、その後の新しい事態が起こるたびに、どう対応するか、祭式、催事などの運営にどう対応するかなども、模索しながら進む状況にあった。

 しかも将来は、速やかに国の機関に復古をしたいという思いもある。そんな条件付きでの運営だったのだが、そんな神社の活動していく基本方針を審議するためにはかなりの配慮が必要になる。

 そこで宮司直轄の機関として設けられたのが、この祭祀制度委員会であった。

 靖国神社には宗教法人になってからも、厚生省から新たな祭神名簿は次々に送られてきていた。そのたびに神社では新しく祀る英霊を宮中に報告、陛下の御内覧の後に合祀をしていた。

 それらはかつての管轄であった陸海軍省が、官房の審議室で審査し決定した英霊の条件に従っていた。政府は20年11月の臨時大招魂祭で、調べ残した英霊があることを予想して、それらの霊も合わせて霊を招く祭りを末に実施していた。

 これがあるから、当時の基準を満たすかぎり、祭神のお名前を付け加えることが、いままでとまったく変わらぬ、という解釈の下に、できたのである。


[4]国家護持回復が先決

 だが、昭和41年、厚生省からは先の東京裁判の刑死者並びに拘禁中の刑死者の名簿が届けられた。

 東京裁判が国際法にも違反する裁判の名を借りた報復劇であることは、日本の国会でも認めている。したがって、厚生省では彼らに対して、すでに恩給や年金を支給しているし、少なくとも厚生省の判断からみれば、彼らは先の大東亜戦争により、戦死した殉職者ということになるのだろう。

 厚生省から通知があったことを知り、靖国神社の総代会は、彼らを新たに祭神に合祀すべきだと決議を行った。

 靖国神社が一般の宗教法人なら、ここで合祀の検討に入るところだろう。だが、祭詞制度委員会で合祀延期を提案したのが、葦津珍彦と神社本庁の委員O氏だった。

 その理由はこうである。

 「宗教法人であるいまの靖国神社には、法的には祭神決定の権利がある。しかし、それまでの靖国神社にはそれはなかった。それを取り入れることは、靖国神社の姿を靖国神社の方で以前と変わったものにすることになる。しかも、東京裁判に関してはそれを肯定するような理屈のわからぬ勢力もあり、大きな波紋を招く事態も考えられる。いまの靖国神社は総力を挙げて国家護持を回復し、英霊たちの御霊を慰めるべき時期なのだ。まずは国家護持を実現する運動に取り組み、余計な批判の種になると予想される問題は避けるべきだ」

 これは葦津の意見だった。


[5]前例のない処理をすべきでない

「靖国神社の関係者が、彼らを祭神に加えてほしいと思う気持ちは理解する。しかし彼らは日本国の兵士ではなく、指導者であった。いま、神社は国家護持回復を最大の目標に運動している最中だ。靖国神社に祀られている部下の英霊たちは、一日も早い国の慰霊追悼を受ける日が来るのを待っている。その日が来るまで、あなた方は指導者なのだから待ってください、と東京裁判殉難者に言えば、これらの祭神も我慢してくれるはずだと思う」

 このように葦津は力説して、この件は宮司預かりにして、直ちに合祀はしないことを主張した。

 かくしてこの問題は、葦津らの提案を受けて、宮司預かりとなり、合祀は先送りされることになった。

 葦津珍彦は私の父である。父は、国から預かっている靖国神社は、できるだけそのままの形で国に戻したい、と考えていた。

 祭神決定権は宗教法人の最も大切な基本である。しかし東京裁判のようなケースは、負けたことのない日本の過去の歴史で、経験したことがなかったケースだった。前例はもちろんない。

 戦時中には、今まででも、各地で軍事裁判によりさまざまなケースがあった。いわゆるB、C級とされる裁判の処刑者などは、前例に従ってそれで処理ができた。だが、従来の日本になかった種類の死亡者を靖国神社にまつるのは、神社がいままでの方針を変更して、宗教的機能を発揮することに繋がるものだ。

 この種のものはやはり、祀りたいと思っても、国に神社をお返しして、国が国の方針として決めるのが妥当だ、と考えたのだ。


[6]松平宮司を問い糾したが

 だが、こんな葦津の主張の意図する肝心なところは、靖国神社に充分に伝えることができなかったようだ。それで靖国神社は、その後、混乱に巻き込まれることになった。

 祭神合祀を預かっていた筑波宮司が死亡して、新任宮司に松平永芳氏が就任した。

 宮司が死亡しても、審議のときに同席していた権宮司(ごんぐうじ)は残っている。祭詞制度委員会も存続していた。神社は新任宮司に、どこまで細かく説明し、松平宮司に説明したのかはわからない。

 昭和53年、松平宮司は東京裁判関係者を合祀してしまった。

 私はこのことを知って、父の代理として何度か松平宮司を訪問し、今回の判断が軽率であり、しかも提案者には何の報告もなく実施された。今後に大きな禍根を残す恐れがあると抗議し、あえて判断を変更して合祀に踏み切ったその動機を問うた。

 松平氏は、理屈はよくわかる人だが、父の代理で訪れた私に、どんなに私が説明しても「失敗だった」とは言われなかった。

「なぜこんなことになったのか」との問いに対しても、「すでにお上(陛下)にもご報告して合祀してしまったことだ」と、それ以外は口をつぐんだままだった。

「部下にミスがあった」「引き継ぎのミスだった」などとは、あの人の性格である。口が曲がっても言えないのだろう、と思った。男子がひとたび行った行為の結果は、たとえどんなミスがあろうとも甘んじて受けて責任をとる。そんな頑なな姿勢に、私は何度か訪問の末に諦めた。

 その後、松平宮司は、国家護持の活動よりも、国民護持を旗印に、宗教法人のままで独立して経営力を高めていく、との方針を打ち出して、私どもの考える方針とはやや違った方向に神社を強力に引っ張って行こうとされた。

 私とはあのときかなり強引な言い争いを展開したが、その後も格別に親しいお付き合いをいただいた。


[7]奥までたるみ果てた宮中

 東京裁判をめぐる祭神合祀に関しては、いくつもの誤解や誤認が積み重なっていると思う。それからはまた10年以上も後の話になるが、元宮内庁長官の「富田メモ」などが伝える昭和天皇のお怒り騒動なども、混乱をいよいよ大きくした。

 昭和天皇がご高齢になられてからの、それも宮中内部においての晩年の私的なご発言とされるメモが、こともあろうに前長官の筋からスクープのように発表されるという、あってはならない事件があった。

 国民の個人個人に対する批判などは、公ではとくに気にされて慎んでこられた陛下である。しかも松平宮司が合祀に当たっては宮中に名簿は提出し、ご覧になったのは、かなり以前にはなるが、間違いない問題だ。

 それにも関わらず、かなりの時間が経過した陛下の晩年に、きわめてご不満であったと洩らされたとのご発言メモが表に出されたのだ。

 いくら御不快に感じられても、それをいくらお歳を召されたとはいえ、表に出されるような陛下ではないはずだ。しかも陛下は明治天皇を誰よりも崇拝され、その御心を継いでいくことを生涯のお役目と信じて終始された。靖国神社に対してのお気持ちも、変わるところがなかった、と私は拝察申し上げる。

 それにもし、万一に、迂闊(うかつ)にもそんなご発言があったのなら、忠義な臣下であったなら、なぜその場で陛下をお諫(いさ)めしなかったのか?

 日本伝統の忠義の道は、西欧などの絶対君主に接するように、「イエスマン」に徹することではない。

 一億国民一人一人のことを思ってお祭りをされる陛下は、民の声、批評や意見をつねに御歌に託して、聞きたい、とお洩らしになっておられる。そんな陛下に対しては、間違いは間違いだ、と真正面からお諫めしながら接してこそ、日本における忠義者である。

 似たような陛下もお気持ちというものが、侍従長はじめ陛下の側近からいくつか漏らされて、国民を不安に陥れた。困ったものである。宮中のもっとも奥までがたるみ果てている。

 こんな無神経な陛下との応対をし、そのうえ不用意なメモなどを残したり、自分の回顧録などを芸能人のエピソードでも書くような気軽さで後に残す軽率な側近などが出るから、歴代の天皇がもっとも御心を寄せられた靖国神社の英霊たちまでが、さびしい思いをすることになる。

 だが、それよりも重要なのは、日本の主権が回復した講和条約が締結されて60年近く、靖国神社に祀られている英霊を放置し、歯を食いしばってお守りしてきた留守を預かる関係者にねぎらいの言葉も掛けず、逃げ回ってばかりいる政府や国会議員の無責任だろう。


[8]問題を放置してきた為政者たちの責任

 護持をしてきた連中にも、もうあれから60年を超えている。疲れも見え、ときには思わぬことが起こるのも人間だから当然ではないか。

靖国神社の問題は、これは前にも第2回「宗教的儀式に対する憲法の立場」〈http://www.melma.com/backnumber_170937_4750317/〉で述べたように、まともに憲法を見て解釈をすれば、直ちに解決しうる問題である。

 だが、それでもこんな難問が次々に出てくるのは、日本が戦争に負けたという重い現実があるからなのだろう。

 憲法をひねくりまわして解釈し、憲法条文を骨抜きにしてやっと可能にしている防衛問題などより、取り組もうとすれば素直で簡単な問題でも、解決しない背後には、復古させたくない力もまたあるからなのだろう。

 それに、日本には、政府にも国会議員にもマスコミにも、国のために自分の意志ではなく命まで失い、単純に国の命ずるために死んだのに、何かの意図をもって彼らが動いたかのように、曲げて解釈する気風もある。

 軍国主義のレッテルまで、現場のものに押し付けて、真の命令責任はどこにあったのかなどには、頬(ほお)かむりして平然としている、いまの無責任な体質も問題である。何とかしなければならない問題は山ほどある。

 英霊たちは国の主権行為である戦争の指導者ではない。責任があるとすれば、それは日本国を引き継いだ指導者たち、国や日本を導いてきたマスコミなどが負うべき問題なのだ。(つづく)


 ☆斎藤吉久注 葦津様のご了解を得て、「私の『視角』」〈http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。

トインビーも鳩山氏を宰相の素質と条件無しと評価?


 鳩山首相の辞職を要望する
 by 市村眞一

◇1 歴史家トインビーの「宰相の4要件」

 鳩山氏の首相就任以来の発言と行動を見て、この人を日本国の首相に留めてはならぬと判断する。理由は以下に詳論するが、一日も早く首相の職を辞してもらいたい。日本国のため、民主党のために。

 良き宰相たるには、持つべき素質と条件がある。鳩山氏は、その要件を著しく満さない。もちろん、過去にも同様な首相は多い。鈴木善幸氏など一例である。ではその要件は何か。管見の及ぶところ、歴史家トインビーが、1924年以降の世界の指導的政治家を対比検討して要約した宰相の条件が見事である。

「成功した政治家の多くは、体力と財力に恵まれていたが、この2つは絶対ではない。ルーズベルトはひどい肉体的ハンディがあり、晩年のレーニンも同様であった。ロイド・ジョージの生れは貧しかった。歴史的に見て、政治家が成功する最も確実な条件は、それよりは次の4つである。
 〈1〉勇気と国民を奮い立たせる能力のあること、
 〈2〉私的偏見のないこと、
 〈3〉他人の考えや気持を敏感に捉える直感力、
 〈4〉あくまで、確実で限られた目標を追求すること。」

 つづけて、トインビーは、アタチュルク、チャーチル、ガンディ、ホーチミンが、国難に際し国民を奮い立たせた非凡の力量を称えたあと、私心のないことに言及する。

「トルーマンは、私的偏見がなく、正直で誠実な強い意志の持ち主として、いまでは非常に高い評価を受けている。社会的にも、個人的にも、依怙贔屓(えこひいき)が少ないことは、現代の政治家や政党が生き残る必須の条件である。政党が、組合や大企業や私利私欲の走狗(そうく)と化したのでは、もうお終(しま)いである。政治に策略はつきものである。かの禁欲的聖人のガンディもなかなか抜け目のない政治家でもあったが、しかしその策略は卑劣なものではなかった。同じ革命政治家のなかでも、トロッキーは幻想家として失敗し、レーニンとスターリンは現実主義者として成功した。」

 この名言に照らせば、鳩山氏の能力と知識は4条件のどれも満さないが、致命的なのは、とくに第4条件、次いで第2条件である。なお同氏には、トインビー条件以外にも問題があるが、それは後述する。


◇2 現実を直視できぬ政治家は必ず失敗する

 トロッキーも、スターリンの死後ゴルバチョフまでのソ連指導者も、毛沢東とその追随者も、自国を取り巻く国際環境と力関係を冷静に認識できなかった。

 鳩山首相も、日本を取り巻く現実の把握が非常に甘く、日本の経済力と政治力の限界を知らない。それは首相が「VOICE」誌の昨年9月号に書いた「私の政治哲学」を読み、また、いまの予算編成の過程と普天間問題処理のもたつきを見れば明々白々である。

 トインビーのいう幻想家に近い。超楽観的な歳入見通しを立て、俗受けするマニフェストを掲げ、予算編成がとどのつまりに来るまで決断せず、結局、謝罪してけろりとしていることが、彼の力と素質を物語る。

 その思考を一言で表せば、「希望的観測思考」Wishful Thinkingである。必ずや、普天間問題でも同じ失敗を繰返すであろう。予算は国債増発で一時を糊塗できるが、普天間問題はそうは行かない。

 政権交代時に日米間で交渉中なら話は別だが、それはすでに日米両政府間で「グアム協定」に関連して合意し、国会で議決され、米国務長官と日本の中曽根外相がサイン済みだ。それを鳩山首相は先延ばした上、5月末までに普天間の移設先を決めると何度も明言する。

 しかし二つの困難なハードルをどう越えるのか。第一は、辺野古以外の移設先の特定と受入れ先の同意、第二は、それへの米政府の同意である。官房長官も外相も防衛相も、行き先が決まらぬ事態を心配して色々発言するが、首相のみは、未だに交渉を始めもしないで、どこかに決め得るかのごとく希望的観測を語る。

 しかも「覚悟」して事に当っていると言う。記者が決まらぬ時の覚悟かと問いつめても、言を左右にして答えない。それは典型的に、現実を直視できぬ幻想家の優柔不断な姿である。

 だが予算と同様、とどのつまりが3、4カ月後に必ず来る。そのとき謝ってすむものではない。沖縄の反発にどう対処するのか、日米関係への打撃への責をどう負うのか。もしそんな事態を惹き起せば、首相の職を辞してもらいたい。いったん決まっていた重大問題を再発させ、混乱させた見通しの悪さと誤った判断の責は、辞職でつぐなうほかはない。


◇3 「私の政治哲学」の現実離れ

 首相がこのようにトインビーの第4条件を満さぬことは、炯眼(けいがん)なる読者なら、先の「政治哲学」からも読みとれたはずである。それは一政治評論としては有意義な内容だが、近く首相の座につく人の論としは余りに「現実離れ」で、厳しく言えば「書生論」だからである。

 首相は書く。祖父が尊敬したクーデンホーフ・カレルギー伯の「友愛」の理想に共鳴し、共産主義とナチズムという左右の全体主義の行きすぎた「平等」の追求にも、アメリカの市場原理主義の行きすぎた「自由」の追求にも反対である。個人・家族・地域・民族国家のなかでの友愛と民主政治の徹底をもとめ、国内では「地域主権」国家の建設を、国際的には民族国家の枠を越えて、欧州連合のような「アジア共同体」を目指したい、と。それに必要として、憲法の改正までも提言する。

 しかし、首相がみずから最後にクーデンホーフ・カレルギー伯の言葉を引用して書いたように、「すべての偉大な歴史的出来事は、ユートビアとして始まり、現実として終った。そして1つの考えがユートピアにとどまるか、現実となるかは、それを信じる人間の数と実行力にかかっている」のである。

 政治家に問われるのは、まさに実行力である。首相は実行の手筈や工程表を語らねばならぬ。希望的観測を語ってはならない。そこが解っていない。

 二酸化炭素削減25%を、いかに実現するかの論議や委員会への諮問もなく、突然、首相が国際的約束を言うが如きは狂気の沙汰に近い。そして評判がよいと言って喜ぶとは、軽薄の至りであろう。問題対策の法令や規則を作るのが政治的実行力であり、そうでなければ「幻想家」にすぎない。


◇4 「人ノ其ノ言ヲ易(やす)クスルハ、責ナキノミ」

 首相の言動の軽さは目に余る。

 もっともひどいのは、前に「秘書の罪は議員の罪である。私ならバッジをはずす」と、大見得を切っておきながら、今回の脱税問題で己の秘書が2名も起訴されても「自分はまったく知らなかった、私は私腹は肥やしていない」と言い訳して平然としている。こんな食言は通らない。

 親からの援助の詳細を知らずとも、巨額な入金を察せず、その会計処理を監督できない人に世界一の借金国の経理を委せてよいのか。また巨額の政治資金があればこそ、彼は首相の座を得た。それは権力欲という私腹を満たしたと言えないか。

「武士に二言なし」とは、わが国のエリートの矜持(きょうじ)である。シナでも孟子は表題のごとく言った。言信なくば、それだけで指導者失格である。

 さらに首相には「ぶれ」や逡巡(しゅんじゅん)が多い。それは国を軸がぶれる駒にしてしまう。

 西郷南洲遺訓は言う。「昨日出でし命令の、今日忽ち引き易ふると云ふ様なるも、皆、統轄するところ一ならずして、施政の方針一定せざるの致すところ也」と。旧陸軍の作戦用務例はいう「遅疑逡巡ハ、指揮官ノ最モ慎ムベキモノトス」と。

 首相は日本の指揮官である。とくに外交防衛政策に定見がなくては、一国を指導できない。首相は「政治哲学」のなかで、日米同盟は日本外交の基軸だと書きながら、駐留米軍が果している役割にも日米安保条約が片務的になっていることにも触れない。そればかりか、数年前に「駐留無き安保」を主張していたことを否定もしていない。

 今回問い正されて初めて「現実に首相になってはこれを封印する」と語った。そこには、アメリカへの極端な「甘え」がある。しかも平然と、緊密対等な日米安保と主張する。だが首相は、わが自衛隊が戦場で米軍に守られるが、米軍を守らないことを問わない。それで対等か。首相は憲法解釈を変えて、集団安保を認める気はさらさらない。対等とは何ぞ。


◇5 深まる日本国への打撃

 首相は、いまの金融危機をもっぱら米国の市場原理主義の責めにする。だが、その前の97年のアジア金融危機も、日本の「失われた90年代」の長期不況も論じない。それらは決して市場原理主義のせいではない。首相の議論は単純すぎ、また反米のトーンが強すぎ、世界経済の他の大切な要因を見落としている。

 これらから判断して、首相は国際政治と経済問題の助言者の選択を誤っている。とくに首相の防衛問題の意見がぶれたのは、対米関係と沖縄問題についての助言者が適切でなかったからであろう。もし報じられるがごとく、寺島実郎氏が助言者なら、別人の意見に早急に耳を傾けるべきである。しかし人選は所詮、首相の責任である。

 国内問題での「地方主権」論もきわめて未熟である。私自身、分権問題には多年、専門的考察を重ねてきたが(拙論「アジアの発展と地方分権政策」『東アジアへの視点』平成21年3月参照)、この難問につき、首相が専門家の助言を求められた痕跡がない。

 以上から、鳩山首相が長く首相の座に留まられれば留まられるほど、日本国への打撃は深くなると判断する。その辞職を要望する所以である。


 ☆斎藤吉久注 市村先生のご了解を得て、3月1日発行「日本」4月号(日本学協会)〈http://members.jcom.home.ne.jp/nihongakukyokai/〉から転載させていただきました。適宜、若干の編集を加えてあります。

明日の楽しい「ひな祭り」は、女の子の健やかな成長と幸せを祈る伝統行事です。それは、日本人の深い天皇意識に支えられ、今日まで続いています。


 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.120
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 まずお知らせからです。

 佐藤雉鳴さんの連載「『国家神道』異聞」が前回で終了しました。敗戦後、占領軍に過酷な神道撲滅政策をとらせ、政教問題が泥沼化して、今日に至っている原因は、日本人自身の誤った教育勅語解釈にあることを、佐藤さんが資料的に明らかにしてくれました。

 今週は、畏敬する市村眞一京都大学名誉教授のエッセイを掲載します。鳩山由起夫首相に対する退陣要求論です。鳩山首相の書生論がわが国に深い打撃をもたらす、と強く批判しています。

 先生の了解を得て、日本学協会が発行する月刊誌「日本」から転載させていただきました。同誌に関心がある方には、定期購読(年間購読料4800円)をお勧めします。くわしくは同協会のホームページをご覧ください。
http://members.jcom.home.ne.jp/nihongakukyokai/nihon.htm

 さて、明日は3月3日の桃の節句、楽しいひな祭りです。


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 1 天皇学への課題 by 斎藤吉久
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▽1 二本松城落城後に生まれた曾祖母

 男女一対のお雛様は、天皇と皇后がモチーフです。それは内裏雛(だいりびな)、つまり皇居のお雛様という呼び名が端的に示し、天皇だけに許される立纓冠(りゅうえいのかん)や黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)を見れば、男雛がまさしく天皇であることが分かります。

 天皇を模した雛人形を飾り、ぼんぼりを灯し、白酒をささげ、女の子の健やかな成長と幸せを祈る伝統行事は、日本人の深い天皇意識に支えられ、今日まで続いています。

 日本人の天皇意識は一様ではありません。それぞれの地域に伝えられる天皇の物語がそのことを教えてくれます。私が生まれ育った土地にも天皇の物語が語り継がれています。それは私個人のルーツとも関わっています。

 私の母方の曾祖母は、奥州二本松城落城から2週間後に生まれました。『二本松藩史』は落城前夜、老幼子女たちが城を脱出したこと、その中には身重の女性が何人かいたことを記録していますが、そのうちの1人が曾祖母を生んだ女性なのかと想像します。

 朝廷に楯突く賊軍とされ、身分を隠して生きながらえるほかはなかったであろう、曾祖母の正確な出自を証明する資料は、残されていません。叔母の手元に代々、大切に伝えられる脇差しがある程度です。

 曾祖母はいくつも山を越えた山里の農家にかくまわれました。当主は天台宗の菩提寺の檀家総代を代々、つとめ、地域内の共同墓地は一族の墓で埋め尽くされています。


▽2 崇峻天皇の妃が伝えた養蚕と機織り

 子供のころは奥座敷に一日中、正座していたという曾祖母は、30を過ぎて、その家の次男の嫁となりました。2人のあいだに生まれたひとり息子が私の祖父ですが、曾祖母は「武士の子」である誇りを忘れぬよう言い聞かせ、育てたのでしょう。長じて結婚した祖母と夫婦喧嘩するときは、決まって「平民の子」とののしったのでした。

 賊軍の末裔が逃げ延び、生きながらえた理由の1つは、この土地が幕府直轄の天領である一方で、古くから朝廷との関わりが浅からぬ土地柄であったことがあげられます。

 この地方は古くは「小手郷(おてごう)」と呼ばれ、小手姫(おてひめ)伝説が伝えられています。崇峻天皇暗殺事件ののち、北海に流されたわが子・蜂子(はちのこ)皇子のあとを追い、この地に落ち延びた天皇の妃・小手姫は、人々に養蚕と機織りを教えました。

 70歳のとき、姫は泉に身を投じ他界します。遺骸を葬ったとされる山は女神山で、女神神社が鎮まり、山から流れる川は女神川と呼ばれます。地域には小手姫を祀る機織神社が点在し、人々は機を織った織り留めを神社に奉納することを習わしとしました。

 小倉百人一首に、嵯峨天皇の皇子・河原左大臣の歌が収められています。

  みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに

 小手郷の絹織物は、平安期には都の殿上人や僧侶たちに愛用される特産品として知られていたようです。

 時は移り、明治末期には福井、石川と並ぶ日本屈指の機業地に発展し、大正時代には特産の羽二重(はぶたえ)は全国生産量の1割を占めるまでになり、県唯一の工業地域といわれたのですが、これを支えていたのは小手姫伝説に象徴される天皇意識であり、わが祖先が追っ手を避けて生き延びられたのも皇室との関わりが浅からぬ土地柄だからでしょう。曾祖母が身を寄せたのは女神山のそばでした。


▽3 情緒的天皇論ではすまない

 天皇の物語は各地にそれぞれ伝えられています。しかもそれはけっして過去の産物ではありません。新たな物語が現代という時代にも生まれています。

 たとえば、平成7年の阪神大震災のとき、ワシントン・ポスト紙は、今上天皇が被災者を見舞われたことを大きく取り上げ、村山首相が震災2日後に被災地を訪れたときに「あざけりと不平に迎えられた」のとは対照的に、感謝と感動の言葉が聞かれた。両陛下の訪問であたたかい気持ちが芽生えた。震災後、迅速で果敢な救助・救援活動を実行することができず、5100人の人々を犠牲にした政府に対する批判や非難に歯止めがかかった、と書きました。

 国と民のために捧げられる天皇の祈りは、神戸市民のような進歩的都市住民の心に響き、強く共鳴します。天皇と国民は濃い感性で結ばれ、天皇の文明は天皇意識に支えられ、続いてきました。

 しかし、そのような情緒的天皇論ではすまない状況がいま目の前にあります。感性論的な天皇論は目前の課題を見落とし、あまつさえ反天皇論者に与(くみ)し、オウン・ゴールを招きかねません。口先だけの尊王論はなおのこと、百害あって一利なしです。

 その昔、わが二本松藩では最後の決戦を前に、家老丹羽一学は「降るも亡び、降らざるもまた亡ぶ。亡は一のみ。むしろ死を出して信を守るに若(し)かず」と悲壮なる檄(げき)を飛ばしたといわれます。主力を欠いたまま絶望的な抗戦を強いられ、藩を滅亡させた主因は、結局、時代が見えなかったからだろうと私は考えます。二本松少年隊の悲劇はそのあとに続きました。

 時代を見失ってはなりません。新たな天皇学の構築が求められるゆえんです。

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