老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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2008.02.24    編集

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伊勢先生のこれは、H14.01.05に公表されたものですが、この底力が今も専門職といわれる技術部門に生かされ、確実に文化を継承しています。

明日は、青年たちの熟練を目指した生き様を書かれた文をお知らせします。


国際派日本人養成講座_______

国柄探訪: 日本の技術の底力

 幕末の日本を訪れたペリー一行は、日本が
工業大国になる日は近いと予言した。

■1.ペリー一行の驚き■

 幕末にやってきたペリー艦隊は、蒸気船に代表される近代科
学技術で日本人を驚かせたが、逆にペリー一行も日本人のもの
作りの底力に目を見張った。一行が帰国後にまとめた「ペリー
提督日本遠征日記」には、次のような一節がある。

 機構製品および一般実用製品において、日本人はたいし
た手技を示す。彼らが粗末な道具しか使ってなく、機械を
使うことに疎いことを考慮すると、彼らの手作業の技能の
熟達度は驚くほどである。日本人の手職人は世界のどの国
の手職人に劣らず熟達しており、国民の発明力が自由に発
揮されるようになったら、最も進んだ工業国に日本が追い
つく日はそう遠くないだろう。

 他国民が物質的なもので発展させてきたその成果を学ぼ
うとする意欲が旺盛であり、そして、学んだものをすぐに
自分なりに使いこなしてしまうから、国民が外国と交流す
ることを禁止している政府の排他的政策が緩められれば、
日本はすぐに最恵国と同じレベルに到達するだろう。文明
化した国々がこれまでに積み上げてきたものを手に入れた
ならば、日本は将来きっと機構製品の覇権争いで強力な競
争国の一つとなるだろう。[1,p21]

■2.日本は将来きっと強力な競争国の一つとなる■

 ペリーらをこのように驚かせた「一般実用品」の一つが、贈
与された蒔絵漆の硯箱だった。硯箱のゆがみのない直線、バラ
ツキのない厚み、そしてガタのない嵌めあいは、とても手作業
とは思えない高精度の仕上がりであった。当時アメリカではす
でに各種の工作機械が使われていたが、日本人がこれだけの技
能でさらに工作機械を使いこなしたら、「最も進んだ工業国に
日本が追いつく日はそう遠くないだろう」と予測したのも当然
であろう。

「機構製品」については、茶運び人形を目にしたのかもしれな
い。これはからくり人形の一種で、人形の持っている茶台にお
茶を入れた茶碗をおくと、人形は前進して客の所に行き、客が
茶碗をとれば止まる。飲み終えた茶碗を置くと、180度方向
転換をして、元の所に戻る、という動作をする。鯨のひげで作
ったゼンマイを動力源として、歯車や腕木など50個ほどの部
品からなるロボットである。

 こうした技術に関心の高い日本人は、ペリー一行が持ってき
た文明の利器に対しても、強い好奇心を発揮した。1マイルば
かりの電信線を張って、通信ができることを見せると、「日本
の役人や人民は、日ごとに寄り来たって、(米人)技師に向か
ってその使用を懇請し、その機械の動きを飽かず興味をもて眺
めていた。」 またミニチュアの蒸気機関車を走らせると、
「真面目くさった役人が、寛闊(かんかつ)なる着物を翻しな
がら1時間20マイルの速力をもて、円を描いて軌道を運転す
る図は、実に滑稽のいたりであった。」[2,p155]

 こうした「学ぼうとする意欲」から、「日本は将来きっと機
構製品の覇権争いで強力な競争国の一つとなるだろう」とペリ
ーらは考えたのである。

 ペリー来航から半世紀後には日清・日露戦争を経て日本は世
界5大国の一つとなり、1世紀後の大東亜戦争ではアメリカと
世界最大の航空艦隊決戦を行い、1世紀半後の今日では自動車
やエレクトロニクスなどの先端技術製品で世界トップレベルの
競争力を持つまでになった。ペリーらの予言は実に正確なもの
であった。

■3.伝統技術と現代技術のつながり■

 この予言から130年後、1983年にボストンで開催された日
本の人間国宝展で、彫金の花器を食い入るように見ていたアメ
リカ人青年は、こう呟いた。

 こんな精巧な伝統技術をバックグラウンドに車を作るの
だから、(アメリカは日本に)かなわない。

 日本の自動車がアメリカでの地位を確立し始めていた時期で
あったが、その頃アメリカで流された日本車のTVコマーシャ
ルで記憶に残っているものがいくつかある。一つは、ボンネッ
トと車体との間の数ミリの隙間にパチンコ球をころころと転が
して、「あなたの車でこれができますか?」とアメリカ人が問
いかけるというものだった。

 もう一つは、休日の早朝、日本人ビジネスマンらしき男性が、
ゴルフバッグを持って車に乗り込む。エンジンをかけても、か
すかな音しかしない。「しーっ」と人差し指をたてて、近所を
起こさないように静かに出かけていく、という場面である。当
初アメリカに輸出された日本の車は小型大衆車が中心だったが、
その価格や性能もさることながら、「丹誠込めた作り、精巧な
出来映え」というイメージが消費者にアピールしたのである。

 人間国宝展でアメリカ人青年が日本の「精巧な伝統技術」か
ら、まず車の事を思い浮かべたのも、こうしたイメージのため
である。しかし、その直観はあながち間違いではない。我々日
本人は、明治維新や敗戦で歴史が断絶したものと思いこみ、現
代の技術と伝統技術の間に何か関係があるなどとは想像だにし
ないが、実は現代日本の技術力の根底には、ペリーらを驚かせ
た江戸時代やそれ以前からの蓄積があるのである。

■4.奈良の大仏から、車、パソコンまで■

 たとえば、自動車はエンジンを始め、主要部品のほとんどは
鋳造によって作られる。鋳造は金属を溶かし、鋳型に流しこん
で所要の形に造る技術だが、本誌272号で紹介したとおり、今
から1250年も前に作られた奈良東大寺の大仏は鋳造で作られて
いる。高さ16m、重量250トンもの世界最大の青銅像だが、
当時の日本の鋳造技術は世界的なレベルに達していた。飛鳥、
奈良、京都などの古寺に数多く残されている金銅仏(銅に金メ
ッキした仏)では、精密鋳造技術により細やかな芸術表現がな
されている。

 寺院の鐘や梵鐘は真鍮(銅と亜鉛の合金)の鋳造で作られた。
美しい余韻を残すには、形状や肉厚に厳密な仕上がりが必要で
あった。江戸時代には庶民層にまで普及した茶道で使う茶の湯
釜は鉄の鋳造品で、「重いものに名品なし」と言われるように
ぎりぎりの肉厚にして、表面には花鳥風月の精巧な図柄が浮き
彫りにされていた。

 現代では車の燃費向上のために、軽いアルミ合金の部品が使
われるようになっているが、これは融点の低いアルミ合金を鉄
製金型に高圧で流し込むダイカスト法という新しい鋳造方法が
用いられている。最近のノートパソコンなどの筐体用に使われ
だした軽くて強いマグネシウム合金にもこの方法が適用されて
いる。奈良の大仏から、現代の車やパソコンまで、脈々と鋳造
技術が継承され、発展しているのである。

 同様に、江戸後期の伊万里焼などに見られる磁器技術は、現
代のセラミック電子部品などにつながり、漆の技術は合成樹脂
技術として開花し、磁気テープや半導体封止材料などに適用さ
れている。

■5.伊勢神宮に見る技術の継承・発展のシステム■

 このように現代日本の誇る先端技術製品は、一朝一夕に開発
されたものではなく、長い歴史を通じた技術を基盤として生み
出されているのである。その背景には、一度つかんだ技術は絶
対に手放さず、過去の蓄積の上に代々の革新、改良が積み重な
っていくという重層的な発展パターンがある。その典型が伊勢
神宮に見られる。

 よく知られているように、伊勢神宮の建物は式年遷宮と言っ
て20年ごとに新築される。その際に建物だけでなく、装束神
宝と呼ばれる700種類、1500点ほどの装飾品もすべて作
り直される。織機のミニチュアや木彫り馬から、衣服、手箱、
硯、刀剣、弓矢、扇などにいたるもので、技術的には織工、木
工、刀工、漆工など、伝統工芸技術のほとんどをカバーしてい
る。それらを各分野で日本最高の腕を持つ職人たちが作る。

 面白いのは、装束神宝には設計図やマニュアルなどが皆無だ
という点である。職人たちは現物を見て、その寸法を測ったり
技法を調べたりして、「見真似」で作る。大きさや様式は厳重
に古式に則っている必要があるが、出来映えは恥ずかしくない
ものにしなければならない。そこに先人の技術を真似しつつ、
自らの創意工夫で技術を積み重ねていく作業が行われる。これ
があらゆる分野の技術で、20年ごとに繰り返されて、千数百
年も繰り返されたら、その蓄積はとてつもないものになる。

 伊勢神宮の装束神宝の原型は、正倉院の宝物にあったと推定
されている。それらのほとんどは唐の時代に、大陸からもたら
されたものであった。しかし、今の中国にはそれらのオリジナ
ルはほとんど残っていない。古代の製法は失われてしまったの
である。あるのは、近年たまたま遺跡から発掘されたものだと
いう。古代にいくら素晴らしい発明がなされても、その製法が
失われて単に「もの」だけしか残っていないのでは、生きた技
術とも文化とも言えまい。

 伊勢神宮の式年遷宮というシステムを通じて、各種の製造技
術が脈々と受け継がれ、重層的に発展している所に、日本の技
術の独自の特徴がある。

■6.オリジナルとコピー■

 欧米ではオリジナルとコピーの区別がやかましく、少し前ま
では日本の技術は、欧米の「猿真似」に過ぎないなどという批
判があった。また、中国や朝鮮でも、日本の文化や芸術は自分
たちが伝えたものだ、と主張する輩もいる。しかし、こうした
声は技術の発展のプロセスを理解していない所からくる。

 たとえば磁器は陶器と違う特別な粘土を用い、より高温で焼
成するものであるが、その技術基盤は戦国時代に朝鮮から帰化
した李参平によって築かれたものと言われている。そこから柿
右衛門の名で有名な白地に豪華な色彩を施した伊万里焼(有田
焼)が作り出され、オランダ東インド会社によってヨーロッパ
に輸出されるや、たちまちのうちに本場・中国の景徳鎮のもの
を駆逐して、王侯貴族の間で珍重されるに至った。

 ヨーロッパでは磁器のイミテーションが作られるようになっ
ていたが、ドイツ国王アウゲストは陶工に命じて、伊万里焼を
モデルとして本物の磁器技術を開発させ、柿右衛門風のものを
作らせた。これが現在、ヨーロッパ随一となっているマイセン
磁器である。この技術がヨーロッパに広まり、西洋人好みの純
白で細かい肌合いを持つ磁器を完成させた。

 こうした歴史を見れば、技術の源流のみで云々することは意
味がないことが分かろう。源流が外にあるから「単なるコピー
だ」「意味がない」という事にはならない。逆にいくら技術の
源流と威張ってみても、現時点で優れた価値あるものを生み出
せていなければ、生きた技術とは言えない。

 技術とは国境や民族を超えて伝播していくものであり、その
過程でどれだけの工夫を積み重ねたかが問題なのである。その
積み重ねられた工夫にこそ、オリジナリティがある。

■7.「学ぶ」は「真似ぶ」■

 日本語の「学ぶ」は「真似ぶ」、すなわち「真似をする」と
いうのが語源らしい。優れた先達の真似をすることは、技術の
発展の最初の基礎となるステップなのであって、なんら恥じる
ことではない。そのうえにどれだけオリジナルな工夫を積み重
ねたかが問われるのである。

 伊勢神宮の装束神宝の制作者たちが、先代の作品を「見真
似」て、その技法を自分なりに一から捉え直し、さらに先代に
負けないような立派な作品を作ろうと努める、というプロセス
は、こうした技術の本質を捉えたシステムであると言える。

 ペリー一行が、日本人を「他国民が物質的なもので発展させ
てきたその成果を学ぼうとする意欲が旺盛であり、そして、学
んだものをすぐに自分なりに使いこなしてしまう」と記述して
いるのは、短期間の滞在にも関わらず、先人の上に新しいオリ
ジナリティを発揮していこうとする日本人の姿勢を鋭く捉えて
いるのである。

■8.先祖に申し訳ない■

 伊勢神宮に見られる技術の継承・発展のシステムで、もう一
つ特徴的な側面は、一度つかんだ技術を大切に継承するという
姿勢である。伝統工芸の職人たちは、「先祖が残してくれたも
のを絶やしたり、レベルを下げたりしては申し訳ない」という
発言をよくする。

 これはプロの職人だけのことではなく、最近でも町おこし、
村おこしと称して、郷土に根ざした工芸・祭り・芸能などの復
活が盛んに試みられている。郷土の先人が残してくれたものを、
埋もれたままにしておくのは忍びない、という意識が働くから
であろう。

 そして、このように従来の技術を消滅したり、衰退したりは
させない、という無意識の自信が、新しいもの、外国のもので
も積極的に「真似び」、自分のものにして行こうという姿勢に
結びつく。

 こうして伝統技術の蓄積と継承が、新しい技術革新の土台と
なっているのである。しっかりした土台があるからこそ、高い
跳躍も可能となるのである。

■9.「伝統を土台とした革新」■

 明治維新後、短期間の間に欧米諸国以外で唯一の近代工業国
にのし上がり、敗戦後も「奇跡」と呼ばれるほどの経済成長を
遂げた日本の底力は、この「伝統を土台とした革新」から生み
出されたと言える。

 21世紀のグローバル競争の世界で、わが国の生きる道は
「技術大国」である、とは衆目の一致する所である。そのため
にも、我々は「伝統を土台とした革新」という先祖伝来の底力
を意識的に、最大限に発揮していくのが良いであろう。

 ちなみに技術力とはもの作りだけではない。金融やサービス
産業、娯楽産業などにも、それぞれの技術がある。もの作りに
比べて、金融分野などで国際競争力がないのは、今まで政府の
規制に縛られて、国際競争の場に出るのが遅かったからであろ
う。

 これらの分野においてもペリーらの言った通り「国民の発明
力が自由に発揮されるようになったら」、「国民が外国と交流
することを禁止している政府の排他的政策が緩められれば」、
わが国は「覇権争いで強力な競争国の一つとなるだろう」。グ
ローバリズムといったいたずらな拝外主義を排して、「伝統を
土台とした革新」という我々自身の底力を発揮していけば。
(文責:伊勢雅臣)


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