老兵の独り言

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「加瀬英明のコラム」メールマガジンが届きました。
一読して納得しました。
小生の中にも神仏習合しています。
此の際、公的な式典を神仏混淆の形式で行いたい、との提起賛成します。


題 名 : 神仏習合を取り戻そう 神仏の加護をあわせて祈る

二月にヒラリー・クリントン国務長官が来日して、明治神宮に参拝した。神前で腰を深く折って、お辞儀をしたのに感動した。

それにつけても、ブッシュ大統領(当時)が明治神宮に参拝した時に、案内した小泉首相(当時)が「政教分離に反するから」といって、ブッシュ大統領が車から降りたのに、車中に留まって待っていたのに、あきれるよりも「笑っちゃった」ことを思いだす。

もちろん、これは麻生首相が「郵政改革に反対だった」といったのに対して、小泉氏が述べた言葉だ。

政教分離は国がその国の固有の宗教にかかわることを禁じるものではない。他の宗派を圧迫することを禁じるものだ。
イギリスをとれば、エリザベス女王が法王の地位にあるイギリス国教会(日本では聖公会と呼ばれる)が国教となっているが、政教分離の原則を犯すといって、異論を唱える愚か者はいない。

世界の国々のなかで共産主義国を除けば、国家や、自治体の式典を無宗教で行うのは、日本だけである。アメリカや、ヨーロッパなどの民主主義諸国も、政教分離の原則を重んじているが、キリスト教を国や自治体の行事にかかわらせている。イスラム教国についてはいうまでもない。韓国も民主主義国であるが、儒教の国であって例外である。

日本は公の式典を無宗教で行っているが、そうすることによって宗教を否定している。

いったい国や自治体が、無神論を宣伝してよいものなのか。日本国民は信仰心が篤いというのに、宗教を軽んじているのは由々しいことである。昨今の荒れた世相は、国が無神論をひろめていることも、大きな原因となっていよう。

占領軍が神道指令を発して国家と神道を切り離したが、神教を偶像崇拝としてみさげていたからだった。もし日本がフィリピンのようなキリスト教国であったとすれば、考えられなかったことだった。日本の固有の文化を蔑視していたからだった。

このようにして、アメリカ軍は日本における信教のありかたを歪めてしまった。

しかし、日本における宗教のありかたを歪めたのは、占領軍がはじめてのことではなかった。その七十七年前の明治元年に、明治新政府が神仏判然令を発して神仏分離を行ったのがそうだった。

今日、皇室の祭祀はすべて神式によって営まれている。これは明治新政府の手によって、国家神道が創建されたためだった。

『日本書紀』によれば、仏教は第二十九代欽明天皇の御代の十三年(西暦五五二年)に、朝鮮半島の百済(くだら)から渡来した。天皇が新来(いまき)の神である仏教を信仰されるようになったのは、第三十一代用明天皇(在位五八五年~七年)に始まる。『即位前紀』に「天皇仏法を信じ、神道を尊ぶ」と記されている。神仏をあわせて拝むという、日本に独特な神仏習合がごく自然な形で生じた。

天武天皇(在位六七三年~六八六年)が詔によって、全国の家ごとに仏壇をつくって、仏像経典を安置させたのをはじめ、奈良時代には朝廷によって鎮護国家の願いをこめて、国ごとに釈迦如来を本尊として、七重塔を有する国分寺が建造され、『金光明経』が安置された。

神仏習合は外来の仏が日本の神々に寄生することによって始まったが、平安時代中期になると、仏が日本の神々の姿を借りて現われたという、本地(ほんじ)垂迹(すいじゃく)説がとられるようになった。本地は本源である仏・菩薩をさし、垂迹身は仮の姿をとって現われることをいう。

明治になって神仏分離が行われるまでは、神護寺、神宮寺、神供寺、別当寺などさまざまな呼び方があったが、神仏習合が行われて以来、全国にわたって神社と寺院は一つのものだった。明治の神仏分離まで神寺と呼ばれたように、境内に鐘、鐘楼、三重塔があった。神仏混淆(こんこう)が日本の伝統的な信仰となっていた。

明治新政府は十九世紀後半の世界にあって、西洋の猖獗をきわめた帝国主義の脅威を前にして、日本の独立を守るために、万世一系の神話に基く天皇を軸として、国家の団結をはからねばならなかった。そのために日本の民族主義の拠り所として、国家神道を創った。

それにもかかわらず、皇室は明治以後も篤い崇仏心をいだかれ続けてきた。

今日の神道である国家神道は、日本が明治に入ってから歩むことを強いられた、民族的な試練が産んだものである。宗教的な次元で行ったものではなく、あくまでも日本の独立を守る政治的な手段であった。しかし、皇室から一般国民まで神仏を心のなかで分離することなく、今日にいたっている。

日本固有の神信仰と、仏教信仰が融合調和した神仏混淆は、日本が外来文化の摂取に当たって、きわめて柔軟な体質を備えてきたことを示している。日本は明治から西洋文化を貪欲に吸収して、他のアジア民族に先駆けて、和洋習合の近代国家づくりに成功したが、神仏混淆もそのような民族に備わった智恵と、強いエネルギーが現われたものであった。

日本はいま明治から昭和にわたった受難の時代を、国民の努力によってようやく克服した。したがって、日本の国民的信仰を神仏の加護をあわせてたのむという、本来あるべき神仏習合の形を取り戻したいと思う。公的な式典を神仏混淆の形式で行いたい。

(2009.5)
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