老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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加瀬英明先生のメルマガを転載してご紹介します。
拝読しながら、日本女性をこのようにしたのが、戦後のGHQがばら撒いた男女平等論とその基礎の上に展開された「男女共同参画社会基本法」と思っています。

わが母国、滅びなんとす

Date : 2009/05/28 (Thu)

 日本の発展を蔭で支えてきたのは、女性である。
 世界のなかで、日本ほど優れた女性が多かった国はない。
 いまから一千十年前の西暦で九九九年に、紫式部が大恋愛をして、中級の役人で十九も歳上の藤原宣孝と結ばれた。紫式部は二十六歳で初婚だった。

 娘を一人もうけたが、宣孝が二年ほどで死んだ。紫式部は宮中に働きに出て、今様にいうとOL生活をしながら、人類史上初めて女性が書いた小説『源氏物語』を著した。

 平安時代は女性の時代だった。才女が絢爛たる筆を競いあった。
藤原道綱の母の『蜻蛉日記』は、『源氏物語』よりも古い。

 さらにこの時代の著名な女性作家をあげれば、『枕草子』の清少納言がいるが、二十四歳で結婚し、その後何回も結婚を重ねた。『和泉式部日記』の和泉式部が結婚したのは二十歳で、再婚しなかった。紫式部も再婚していない。和泉式部はたいへんな発展家で、同時に四人の恋人をもっていたことから、「浮かれ女(め)」と批判された。『更級日記』の菅原孝(たか)標(すえの)女(むすめ)が初めて結婚したのは三十三歳だった。あのころは女性が十二、三歳で結婚したから、今も昔も、才女は晩婚だった。


 ***日本女性の力強い特性***

 当時の世界で日本の他の国では、どこでも女性は文盲で、男にただ従属していた。ヨーロッパで女性が初めて小説を書くのは、十七世紀までまたなければならない。アジアで女性が小説を書いたのは、十九世紀末になってからだった。日本は世界のなかで、稀な国だった。

 日本の文化には二つの大きな流れがあって、重層構造になっていると思う。一つは『源氏物語』の流れで、女性が書いた小説だから、文章が平易でやさしい。もう一つが武士が登場した後の『平家物語』で、侍の話だから漢語が多く使われ、勇壮で男性的だ。

 日本でなぜ女性が活躍したのか。日本ではもともと女性が大きな役割を担ってきた。
ユダヤ・キリスト・イスラム教は上中下巻のような三部作の宗教であるが、神はキリスト教で「天にましますわれらの父よ」と祈るように、男神である。日本の最高神は天照大御神だが、女神でいらっしゃる。世界の主要国のなかで主神が女性なのは、日本だけだ。千年前の日本では、役人にも女性が珍しくなかった。世襲制の地方長官を国造(くにのみやつこ)というが、女性が少なくなかった。

 日本の歴史で国の力が試されたのは、江戸末期である。ペルリの来寇にはじまる西洋の帝国主義の脅威にさらされたが、煌めくような男たちが輩出した。この元寇以来の国難を見事に撥ね返して、明治の日本を築いた。

 幕末の逸材であった男たちは、母親によってつくられた。私の脳裏に浮ぶのが、福沢諭吉、大隈重信、後藤新平である。他の母親たちも同じことだった。

 福沢は一歳数ヶ月の時に、父が死んだ。後に福沢が書いたものを読むと、しばしば亡父について語っている。
母親の於順(おじゅん)は父親についてどのような生涯を送ったか、どのような信念を持って生きたのか、子供たちに繰り返し話してきかせた。『福翁自伝』のなかで、「一母五子、他人を交えず世間の付合いは少なく、明けても暮れてもただ母の話を聞くばかり、父は死んでも生きているようなものです」と語っている。

 だが、今日の妻は不平だらけで、父親は朝早く会社勤めのために出て、遅く帰宅するが、子に夫に対する不満ばかり口にする。これでは父は生きていても、死んでいるようなものだ。

 大隈も父が十二歳で逝った。母の三井子が女手一つで、二男二女を育てた。大隈は自伝のなかで、「母は余等に對しては敢て干渉を爲すを好まさりし(略)いつも(朋友が)余か家を以て其集會所と定めたり。青年輩の事なれは、酒も多からさる可(べ)からす、肴も豊かならさる可(べか)らず。酒酣に興熱すれば、或は放歌高吟し、或は紛論激争し、時には一日を徹し、時には雞鳴に至りて散會することも少なからさりしかとも、母は亳(ごう)も之(これ)を厭ふの色なく、却(かえっ)て怡々然として其間に處し、好んて周旋配意の勞を執りたりし。(略) 爲めに余をして中心の愉快を感せしめ、且能く朋友間に幾分の地歩を占むることを得せしめたり」と、述べている。

 後藤新平は今日の岩手県奥州市水沢区の貧しい士族の子だった。新平の母の理恵も偉かった。夫によく仕え、子に愛情を注ぎながら、厳しく育てた。新平がいいつけを破ることがあると、理恵によって藁縄で縛られて、物置小屋にほうり込まれたと回想している。
 

 ***日本は母の国***
 
 日本はつねに母の国であってきた。英語、ドイツ語では祖国を「父国」(ファザーランド、ファターラント)、あるいは「母国」(マザーランド、ムターラント)というが、フランス語には「父国」(パトリpatrie)しかない。ところが、日本には祖国を呼ぶのに、「母国」しかない。

 日本では昭和に入ってからも、母が美化崇拝され、母親像が輝いていた。母を讃美する歌がじつに多いが、父については戦場にある父に感謝するものしかない。

 ところが、今日の若い母たちはどうだろうか。四六時中、不満にあふれている。「もし、こんなダメな夫と結婚しなければ、『白鳥の湖』のバレーの主役のように華麗に舞っていたにちがいない」とか、「もし、夫が有能でもっと給料を稼いでくれたら‥‥」とか、「こんなことではなかったはずだ‥‥」といったように、いつも不幸を託っている。

 明治の母たちのように夫を支え、子を立派に育てることに喜びを見出して、完全燃焼することなく、夫や子を欲求不満の排け口としている。まるで手入れを怠ったガスストーブか、欠陥灯油ストーブのように、夫も子どもも毎日、不完全燃焼ガスを吸わされて、朦朧となっている。

 子どもの教育に熱心だが、子育てを誤まっている。家庭において健全な父子関係をつくり、夫を助けて子を躾けることが何よりも重要であるはずなのに、よい学校に入れることが教育だと錯覚している。人間生活がまっとうな家庭から発していることを、忘れている。

 先の大戦に敗れてからしばらくのあいだは、まだ女性が強かった。「亭主関白」という言葉が示すように、男は横暴といえば我儘だった。しかし、いったい強い者と弱い者のどちらのほうが、我儘になるものだろか。弱い者のほうが駄々をこねて、我儘に振る舞う。アメリカは男社会であって男が強いから、女性が威張っている。日本は伝統的に女が強かった。だから、女が耐えた。


 ***洋魂洋才を和魂洋才に***

 私たちは明治以後、西洋に憧れ、戦後はアメリカを模倣して、物質的な繁栄に酔うなかで、男も女も利己的になるうちに、「母国」と呼んできた祖国を見失ってしまった。私は樋口一葉の肖像があしらわれた五千円札を手にするたびに、この薄幸だった作家が警告した言葉を思い出す。

 一葉は二十世紀が到来する四年前の明治二十九年に、二十五年の短い生涯を閉じた。日記(『塵中日記』)に「国民の心が、西洋の華やかさを慕ひ、我が国振りの古さを嫌って、浮れゆく西洋心酔の心情は(略)本当に大事なものに至るまで移り広がって、流れゆく水が塵芥をのせて走るやうに止るところを知らない」と記している。

 日本ではついこの間まで、女性が七人、八人の子どもを産むことが、珍しくなかった。精神分析学の大宗であるグスタフ・ユンクのエンマ夫人は、夫と同じ精神分析学者だった。

 エンマ夫人は一九二〇年代の著書『女性の深層心理』のなかで、今日、女性は二人か、三人の子しか産まない。つい昨日までは十人前後の子を産んで育てたが、女性に生来それだけのエネルギーを備えている。今日の女性があり余ったエネルギーを、誤った方向に使うことになれば社会を破壊しかねないと、警告している。

 今日の日本は日本を支えてきた母がいなくなったために、男も女も我儘で、ひよわになってしまった。この国の行末が案じられる。

            (2009.5)
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