老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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228の真相

台湾で起きた228事件は国民党政府による台湾人への虐殺事件です。1947年2月28日に台北で闇タバコを販売していた女性に国民党兵士が暴行をした事を抗議した市民に兵士が発砲し、一人が犠牲になったのが発端です。 それに対し台湾人は国民党に対しての抗議活動を繰り広げ、やがては全土に広がる騒乱となりました。中共は以前から台湾を手に入れるべく大量にスパイを送り込んで居ました。この機会に台湾人を扇動して国民党軍を倒さし、その後に中共軍は簡単に訓練されていない台湾を手に入れる事が出来る計画でした。それに対し国民党の陳儀長官は大陸の国民党本部に救援を頼み、やがて多数の兵力によって台湾人を暴動を鎮圧しました。これにより扇動した中共のスパイは国民党の中に入り込み、前から居る仲間と台湾人に対する恐怖心を煽りました。大量の偽の台湾人名簿を作成して、台湾人を問答無用の処刑さし台湾人を恐怖のどん底に落とし入れました。彼らは国民党の中で出世して根を張っていきました(※この事件で処刑されたのは台湾人だけです)。この228事件の背景には国民党だけでは無く中共の魔の手が居たことを知りましょう。これは軍事関係者では常識との事です。

2011.03.17  鈴木  編集

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2008.02.28

228事件記念日

今日は何の日でしょうか。
台湾ファンならすぐに思い出せる、台湾にとってとても大事な日です。
横着をして、千葉日台様の文章を拝借しました。ごめんなさい。

日本李登輝友の会千葉県支部ブログ「千葉発日台共栄」 さんのブログ
からの転載記事です。

ブログはこちらから
http://blogs.yahoo.co.jp/chibanittai/33721910.html#33721910


日本で「2月28日と言えば?」と聞けば殆どが「2月最終日」(今年はうるう年で
違うが)という答えであろう。また、「228事件とは何か?」と聞けば大抵は解ら
ないか、或いは「226事件」と間違う人が居るぐらいで台湾の事を思い浮かべる
人は残念ながら少数派でしょう。

2月28日は台湾人にとっては忘れられない日の一つであると思います。
色々な本や雑誌、ネット、ブログ等で書かれているので、簡単な説明としたい。

1945年10月に日本から連合軍に接収された台湾、その台湾は中華民国が占領統治
をした。
当時の中華民国の国民党は内戦に次ぐ内戦で行政能力と言うのは余り無かった。
統治権が日本から中華民国に移った途端に不正や汚職、経済混乱などが起こり、
その一方で日本の法治国家を体験してきた台湾人は、全く天と地の差がある
国民党に失望してきていた。

1947年2月27日晩にヤミタバコを販売していた女性を憲兵が摘発するにあたって
暴力行為が起こった。
翌日市民は市庁舎前でデモを行った際に憲兵前からの発砲が起こり、市民が死亡、
市民の怒りに火がつき、全国的な暴動に発展した。
暴動そのものは陳儀が蒋介石からの援軍を得てまもなく鎮圧、その後、台湾人の
知識人やエリートは捏造された罪で多くが殺害され、その正確な人数はわからな
いという。
その殺害方法の残虐さは書くのも憚れるほど無残で無慈悲で、228記念館でボラ
ンティア解説員の話を聞いていたら胸がつまってくる。実際に228記念館にはイ
ラストや写真や遺品もあり、かなりの衝撃を受ける。
(228記年館は総統府の建物の前方228公園内にある)

その後の台湾は戒厳令発布、そして白色テロと国民党の暴政圧政が数十年に渡っ
て続いて台湾人を弾圧し続けた。

日本は戦後、占領統治で情報が入らず、この事件を知らない上に正しく歴史が教
えられていない、また、中華民国に占領されていた台湾は実質的には鎖国のよう
な政策であり、確かに知らないというのもある程度は仕方ない面はあるのだろう
が、台湾を日本が放棄したのは1951年であり、国際法上の解釈であれば法的には
「日本人が国民党に殺された」という事になります。
ちなみに、日本統治機構が廃止となった後に中華民国国籍を付与したことについ
ては、その後の日華平和条約でも日本側は承認していないのです。


228事件については戒厳令が解除され、李登輝総統の下で国民党による民主化が
やや進んだ1995年に国民党が遺族に謝罪し、台北の新公園を228公園と改名し、
記念碑を建立し、228記念館を開設した。
この時に謝罪したのは国民党主席の李登輝氏(当時)、その李登輝氏は228事件の時
には「弾圧される」立場に居た事もあり、遺族にとっても複雑な思いであったと
思う。


やがて非情城市の映画で取り上げられたり、台湾人が書籍を出版する事で日本
でもようやく認識が広がってきている。台湾では人間の鎖と称した大規模な
デモ活動も行われたし、2004年の総統選挙では陳水扁氏が連戦氏に勝利したが、
その差が0.22857%であり、228事件から57年目の勝利という事で話題になった。
また、中にはメールアドレスに228と言う数字を使って決してこの日を忘れないという
人もいる。
それだけ、台湾人の心に落とした影響が大きかったともいえます。


228事件についてはこうして色々と語られてきてはいるが、犠牲者の中には事件
後40年間以上も死亡手続きがなされていない人もいたというなど、まだ真相は闇
の中で誰が何人犠牲となったのは政府も民間も調査をしているとの事です。


2月28日は台湾では追悼集会等が開かれるであろう。
「歴史は許すことが出来るが忘れない」と言う詭弁の馬英九氏は一体何を言う
のだろうか。

「歴史は忘れない」と言うのは国民党に弾圧され、未だに十分な補償もないまま、
名誉回復も遅れて塗炭の苦しみを味わった台湾人民が国民党に対して言う言葉で
す。
アメリカ留学時代には特務のような事をやって学生を密告し、一方でグリーン
カードまで用意してイザとなったら(実は白色テロの時代は本省人だけでなく、
外省人の中にも犠牲になった人がいるという)逃亡の用意をしていた馬英九氏、
228事件の追悼式に何を思い何を言うのか。

馬氏は実務的で平和を愛する政治家を自認するのであれば、事件に関係した
犠牲者や遺族に対して誠意を以った自分の言葉で謝罪の言葉を語って
いただきたい。かなり荷が重くて役者不足だろうが・・・。

---------------------------------------------------------------
奇しくも今日は228事件があった日です。

你没有忘記了嗎? 台湾的人,這個事件,

絶対忘不了的事!!!

我是日本人。但是,我没有忘記了! 228
                           柯 宏龍 記
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228の真相

台湾で起きた228事件は国民党政府による台湾人への虐殺事件です。1947年2月28日に台北で闇タバコを販売していた女性に国民党兵士が暴行をした事を抗議した市民に兵士が発砲し、一人が犠牲になったのが発端です。 それに対し台湾人は国民党に対しての抗議活動を繰り広げ、やがては全土に広がる騒乱となりました。中共は以前から台湾を手に入れるべく大量にスパイを送り込んで居ました。この機会に台湾人を扇動して国民党軍を倒さし、その後に中共軍は簡単に訓練されていない台湾を手に入れる事が出来る計画でした。それに対し国民党の陳儀長官は大陸の国民党本部に救援を頼み、やがて多数の兵力によって台湾人を暴動を鎮圧しました。これにより扇動した中共のスパイは国民党の中に入り込み、前から居る仲間と台湾人に対する恐怖心を煽りました。大量の偽の台湾人名簿を作成して、台湾人を問答無用の処刑さし台湾人を恐怖のどん底に落とし入れました。彼らは国民党の中で出世して根を張っていきました(※この事件で処刑されたのは台湾人だけです)。この228事件の背景には国民党だけでは無く中共の魔の手が居たことを知りましょう。これは軍事関係者では常識との事です。

2011.03.17  鈴木  編集

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