老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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『司馬史観から脱却せよ』

西部 邁ゼミナール【9月】
『司馬史観から脱却せよ』
ゲスト鈴木荘一氏
"明治維新"と"日露戦争"を語る。

http://www.mxtv.co.jp/nishibe/

2009.09.16  たま  編集

憲法改正について

塩野七生『ローマ人への20の質問』より
Q:
憲法改正について、
もしもこの日本人にローマ人が助言を与えるとしたら、
どのように言うでしょうか。
 
A:
一部の日本人が主張するような、
普通の国になるための憲法改正ではなく、
普通の憲法にするための憲法改正を勧めるでしょう。
日本人は、ユダヤ教徒ではない。
日本国憲法は、神が人間に与えたものではありません。
ゆえにそれを死守するのは、自己矛盾以外のなにものでもない。
この自己矛盾から抜け出すのが、まずは先決されるべき課題ですね。
憲法改正には国会議員の三分の二の賛成を必要とし、
さらに国民投票で過半数を得る必要があると定めた第九十六条を、
国会の過半数さえ獲得すれば改正は可、とするように改めるのです。
これにも国会議員の三分の二の賛成と
国民投票での過半数が必要になるのは、もちろんのことです。
しかし、憲法改正条項である第九十六条の改正が成ってはじめて、
ユダヤ教徒でもない日本人が、
神が与えたわけでもない憲法にふれることさえ不可能という、
非論理的な自己矛盾から解放されることになる。
第九条を改めるか否かは、その後で議論さるべき問題と思います。

☆塩野七生が語った「アメリカなき後」の世界 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=2utTsXblu9w

2009.09.16  Cesare  編集

ネットユーザーが覚醒しているとは言えない

テロリズムによって建国したイスラエル

小林よしのり『ゴーマニズム宣言』
テロリアンナイト、ブルカ脱ぐか物語【特別収録】
「政治しか語らなくなった人々」より

 
『正論』平成14年4月号に掲載された、
2月7日の『戦争論2』のシンポジウムにおいて、
田久保忠衛氏、八木秀次氏、西尾幹二氏は
「思想と政治は分けて考えるべきだ」
という発言を呪文のように繰り返した。
「政治と思想は分けて考えるべきだ。
思想的には、私も反米を叫びたい気持ちはある。
しかし、叫ばない。
なぜなら今は、政治的に反米を叫ぶ時ではないから」
 
「日米同盟を傷つけてはいけない」とまで田久保氏は言った。
政治と思想は別だと言いながら、
実際には「思想よりも政治を優先すべきだ」と言っている。
つまり「思想は政治に従属すべきだ」と言っていたのだ。
会場からは「つくる会」の支援団体であるユダヤ教が母体の
(つまりイスラエル寄りの)宗教団体の信者数名と、
親米反共保守の皆々様からの野次がわしに対して延々と続いた。
最も激しい野次で、
わしと長谷川三千子氏の発言を妨害していたのが、
なんとこのシンポジウムの会場整理係であり、
この人物が「つくる会」東京支部長であったという
あきれた真相が後に明らかになった。
 
ここで明言しておくが、
わしはイスラエルにもアラブにもどちらにも与しない。
わしのアイデンティティーは、日本にしかない。
「つくる会」脱会後も
イスラエル寄りの団体に属する人物から抗議の手紙が来るが、
そのような圧力を受けるいわれはない。
「(当座の)政治と(本質的な)思想を分けて」
今回のテロを論じている者に対して、
片や「政治」しか、語らなくなった論客が、
「思想」を封印せんとする愚行を働いている。
 
「つくる会」が今までやってきたことは、
開けっぴろげに言ってしまえば、
「思想に基づく社会運動」じゃなかったのか。
政治状況の至らなさ、
ふがいなさを嘆く国民感情を元に、
言論の領域から、「弱腰外交」の末、
現実対応が過ぎて
筋が通らないことになっている政治の弱点を射抜き、
政治の現状など、
素知らぬ顔で「筋立てた論理」だけを武器に、
鮮やかに立ち回り、
現実政治を右往左往させたのではないか。
そうして管直人に
「つくる会は卑怯だ。政党を作ればいいじゃないか」
とまで言わしめたのではなかったか。
 
「政治」の虚を暴く「言論」は
「つくる会」の最大の武器であったはずである。
その「思想」や「言論」を、「政治」ごときに屈服させていいのだろうか。
「近隣諸国条項」は、
思想的には確かにその存在自体がおかしなものであり
撤廃すべきものである。
しかし政治の側からすれば
「韓国・中国の怒りを静めるためには仕方がなかった」という話になる。
あくまでも「思想と政治は分けて考えるべき」と言い張るなら、
8月15日、靖國参拝の断念にしろ、国立墓地建設構想にしろ、
金正男VIP待遇お見送りにしろ、
これらに政治の側からの言い訳を述べられたら、
たちまち我々は口を閉ざさざるを得なくなるではないか。
 
西尾、田久保、八木氏らは
政治家の役割と
思想家の役割というものの区別を全く分かっていない。
思想家の仕事はあくまでも未来洞察的なものである。
未来のための捨て石になるのが思想家の仕事である。
我々が目の前の政治家に合わせて動く理由はまったくなく、
明察力ある政治家が我々に影響されて、
動く可能性があるだけである。
日本の歴史には、
目に見えない処で、
何十年も前に黙ってやっていた先覚者の仕事が、
次の時代を大きく切り拓くということがよくある。
 
思想家はつねに捨て石でなければならない。
相手が中国・韓国だったら、
いかに政治的・外交的にリスクがあろうとも、
未来洞察的に突っ走って教科書までつくった西尾氏らが、
相手がアメリカとなると、
未来洞察的に突っ走って描いているわしの前に立ち塞がって、
「筆を抑えるべきだ」
「目の前の政治に合わせて描け」と大合唱する。
なんというご都合主義であろうか。
西尾、田久保、八木氏らは
「思想的にアメリカと対峙する怖さ」に耐えられず、
対峙するどころか、
思想の領域に一歩も踏み込むことができず、
怯えきって立ち竦んでいるのである。
それでいて口々に
「一人前の国家になるためには」なんて言い出すのだから、
滑稽であり、哀れでならない。
 
わしが「なぜ中国・韓国のことは疑うのに、アメリカだけは疑わないのか」
とシンポで問い質したら、八木氏は答えたものだ。
「私はディズニーランドも、スターバックス・コーヒーも、
ハンバーガーも嫌いな男だから、基本的にアメリカを疑っている」
わからない。どうしたことだ。
まさか八木氏は
「私はマージャンも、ウーロン茶も、キムチも嫌いな男だから、
基本的に中・韓を疑っている」とは言わないはずだ。
マージャンはどうかわからないが、
多分、ウーロン茶も飲むし、
キムチも食べると推測される。
とするとやはりアメリカが軍事的同盟国であり、
ただ今が戦争中だから本来相当嫌いな国であるにも拘わらず、
言論の自粛、自己規制をしている真っ最中ということらしい。
 
今回のテロ戦争で、
そこまで言論人は自己規制をしなければならないのだろうか。
まるで圧倒的な軍事力を持つ覇権大国だけは
批判してはいけないと言う事大主義者である。
アメリカに比べれば大して怖くない中国・韓国が相手だから
できた教科書運動でしかなかったのである。
西尾幹二名誉会長も、
今や決してアメリカを思想的には語らない。
政治的にしか語らない。
「カリフォルニア州元米兵の賠償訴訟が、
この対テロ戦争に支援したおかげで取り下げられた」
などという目の前の政治しか語らない。
もはや思想家・西尾幹二は地上に存在していない。
そこにいるのは、議員バッジもつけていないのに
勝手に「政治家」になっている、奇妙な評論家である。
西尾氏は
「保守というのは生活であって、観念ではないのだ」
とも述べている。
観念より生活が大事ならば、
西尾氏はなぜ「つくる会」などという「運動」をはじめたのだろう。
西尾氏に忠告してやる。
さっさと日常に戻りなさい。-以上-
 
小林よしのり氏を応援します。

2009.09.16  ひろゆき  編集

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法務大臣に千葉景子参院議員就任

予告していた通り、法務大臣に千葉景子参院議員が就任しました。
民主党内で「国籍法改悪」を主導した張本人であり、「重国籍」(二重・三重国籍)に
ついても法務委員会で強く要求していた人物です。

今後、予想されることは、郵政民営化の闇が亀井大臣に暴かれ、自民党が蜂の巣を
突っついたような大騒ぎになり、その対処方法を準備していない自民党は、選挙での
惨敗以上に打撃を受けることになるでしょう。

国民は、郵政利権疑獄報道に釘付けになり、民主党が国民的人気を博している間隙を
縫って、偽装人権擁護法案を手始めに外国人参政権法案・女性差別撤廃選択議定書ま
で一気呵成に通してくると思っています。

千葉景子法務大臣は、昨年の参院法務委員会での「国籍法改悪」の審議中に、丸山委
員への「座れ」とか「帰れ」などの暴言を浴びせたのをご記憶のことでしょう。

マスコミは、昨年の「国籍法改悪」審議中の問題点を一切報道しませんでした。その
ことを踏まえて、覚醒しているインターネットユーザーの方々には、結束してこの日
本を護る責任があります。

国民をマスコミの洗脳から解放出来るのは、覚醒しているインターネットユーザーの
方々の連携しか残されていないのです。

奇しくも10月27日は吉田松陰の命日でもあり、人間の力では計り知れない「神
風」が吹くことを祈っております。

今月末に「10・27日本解体法案反対請願受付国民集会&デモ」 の全容を明らかに
します。

【ネットだけ転載フリー】ジャーナリスト・水間政憲:http://mizumajyoukou.jp/


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『司馬史観から脱却せよ』

西部 邁ゼミナール【9月】
『司馬史観から脱却せよ』
ゲスト鈴木荘一氏
"明治維新"と"日露戦争"を語る。

http://www.mxtv.co.jp/nishibe/

2009.09.16  たま  編集

憲法改正について

塩野七生『ローマ人への20の質問』より
Q:
憲法改正について、
もしもこの日本人にローマ人が助言を与えるとしたら、
どのように言うでしょうか。
 
A:
一部の日本人が主張するような、
普通の国になるための憲法改正ではなく、
普通の憲法にするための憲法改正を勧めるでしょう。
日本人は、ユダヤ教徒ではない。
日本国憲法は、神が人間に与えたものではありません。
ゆえにそれを死守するのは、自己矛盾以外のなにものでもない。
この自己矛盾から抜け出すのが、まずは先決されるべき課題ですね。
憲法改正には国会議員の三分の二の賛成を必要とし、
さらに国民投票で過半数を得る必要があると定めた第九十六条を、
国会の過半数さえ獲得すれば改正は可、とするように改めるのです。
これにも国会議員の三分の二の賛成と
国民投票での過半数が必要になるのは、もちろんのことです。
しかし、憲法改正条項である第九十六条の改正が成ってはじめて、
ユダヤ教徒でもない日本人が、
神が与えたわけでもない憲法にふれることさえ不可能という、
非論理的な自己矛盾から解放されることになる。
第九条を改めるか否かは、その後で議論さるべき問題と思います。

☆塩野七生が語った「アメリカなき後」の世界 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=2utTsXblu9w

2009.09.16  Cesare  編集

ネットユーザーが覚醒しているとは言えない

テロリズムによって建国したイスラエル

小林よしのり『ゴーマニズム宣言』
テロリアンナイト、ブルカ脱ぐか物語【特別収録】
「政治しか語らなくなった人々」より

 
『正論』平成14年4月号に掲載された、
2月7日の『戦争論2』のシンポジウムにおいて、
田久保忠衛氏、八木秀次氏、西尾幹二氏は
「思想と政治は分けて考えるべきだ」
という発言を呪文のように繰り返した。
「政治と思想は分けて考えるべきだ。
思想的には、私も反米を叫びたい気持ちはある。
しかし、叫ばない。
なぜなら今は、政治的に反米を叫ぶ時ではないから」
 
「日米同盟を傷つけてはいけない」とまで田久保氏は言った。
政治と思想は別だと言いながら、
実際には「思想よりも政治を優先すべきだ」と言っている。
つまり「思想は政治に従属すべきだ」と言っていたのだ。
会場からは「つくる会」の支援団体であるユダヤ教が母体の
(つまりイスラエル寄りの)宗教団体の信者数名と、
親米反共保守の皆々様からの野次がわしに対して延々と続いた。
最も激しい野次で、
わしと長谷川三千子氏の発言を妨害していたのが、
なんとこのシンポジウムの会場整理係であり、
この人物が「つくる会」東京支部長であったという
あきれた真相が後に明らかになった。
 
ここで明言しておくが、
わしはイスラエルにもアラブにもどちらにも与しない。
わしのアイデンティティーは、日本にしかない。
「つくる会」脱会後も
イスラエル寄りの団体に属する人物から抗議の手紙が来るが、
そのような圧力を受けるいわれはない。
「(当座の)政治と(本質的な)思想を分けて」
今回のテロを論じている者に対して、
片や「政治」しか、語らなくなった論客が、
「思想」を封印せんとする愚行を働いている。
 
「つくる会」が今までやってきたことは、
開けっぴろげに言ってしまえば、
「思想に基づく社会運動」じゃなかったのか。
政治状況の至らなさ、
ふがいなさを嘆く国民感情を元に、
言論の領域から、「弱腰外交」の末、
現実対応が過ぎて
筋が通らないことになっている政治の弱点を射抜き、
政治の現状など、
素知らぬ顔で「筋立てた論理」だけを武器に、
鮮やかに立ち回り、
現実政治を右往左往させたのではないか。
そうして管直人に
「つくる会は卑怯だ。政党を作ればいいじゃないか」
とまで言わしめたのではなかったか。
 
「政治」の虚を暴く「言論」は
「つくる会」の最大の武器であったはずである。
その「思想」や「言論」を、「政治」ごときに屈服させていいのだろうか。
「近隣諸国条項」は、
思想的には確かにその存在自体がおかしなものであり
撤廃すべきものである。
しかし政治の側からすれば
「韓国・中国の怒りを静めるためには仕方がなかった」という話になる。
あくまでも「思想と政治は分けて考えるべき」と言い張るなら、
8月15日、靖國参拝の断念にしろ、国立墓地建設構想にしろ、
金正男VIP待遇お見送りにしろ、
これらに政治の側からの言い訳を述べられたら、
たちまち我々は口を閉ざさざるを得なくなるではないか。
 
西尾、田久保、八木氏らは
政治家の役割と
思想家の役割というものの区別を全く分かっていない。
思想家の仕事はあくまでも未来洞察的なものである。
未来のための捨て石になるのが思想家の仕事である。
我々が目の前の政治家に合わせて動く理由はまったくなく、
明察力ある政治家が我々に影響されて、
動く可能性があるだけである。
日本の歴史には、
目に見えない処で、
何十年も前に黙ってやっていた先覚者の仕事が、
次の時代を大きく切り拓くということがよくある。
 
思想家はつねに捨て石でなければならない。
相手が中国・韓国だったら、
いかに政治的・外交的にリスクがあろうとも、
未来洞察的に突っ走って教科書までつくった西尾氏らが、
相手がアメリカとなると、
未来洞察的に突っ走って描いているわしの前に立ち塞がって、
「筆を抑えるべきだ」
「目の前の政治に合わせて描け」と大合唱する。
なんというご都合主義であろうか。
西尾、田久保、八木氏らは
「思想的にアメリカと対峙する怖さ」に耐えられず、
対峙するどころか、
思想の領域に一歩も踏み込むことができず、
怯えきって立ち竦んでいるのである。
それでいて口々に
「一人前の国家になるためには」なんて言い出すのだから、
滑稽であり、哀れでならない。
 
わしが「なぜ中国・韓国のことは疑うのに、アメリカだけは疑わないのか」
とシンポで問い質したら、八木氏は答えたものだ。
「私はディズニーランドも、スターバックス・コーヒーも、
ハンバーガーも嫌いな男だから、基本的にアメリカを疑っている」
わからない。どうしたことだ。
まさか八木氏は
「私はマージャンも、ウーロン茶も、キムチも嫌いな男だから、
基本的に中・韓を疑っている」とは言わないはずだ。
マージャンはどうかわからないが、
多分、ウーロン茶も飲むし、
キムチも食べると推測される。
とするとやはりアメリカが軍事的同盟国であり、
ただ今が戦争中だから本来相当嫌いな国であるにも拘わらず、
言論の自粛、自己規制をしている真っ最中ということらしい。
 
今回のテロ戦争で、
そこまで言論人は自己規制をしなければならないのだろうか。
まるで圧倒的な軍事力を持つ覇権大国だけは
批判してはいけないと言う事大主義者である。
アメリカに比べれば大して怖くない中国・韓国が相手だから
できた教科書運動でしかなかったのである。
西尾幹二名誉会長も、
今や決してアメリカを思想的には語らない。
政治的にしか語らない。
「カリフォルニア州元米兵の賠償訴訟が、
この対テロ戦争に支援したおかげで取り下げられた」
などという目の前の政治しか語らない。
もはや思想家・西尾幹二は地上に存在していない。
そこにいるのは、議員バッジもつけていないのに
勝手に「政治家」になっている、奇妙な評論家である。
西尾氏は
「保守というのは生活であって、観念ではないのだ」
とも述べている。
観念より生活が大事ならば、
西尾氏はなぜ「つくる会」などという「運動」をはじめたのだろう。
西尾氏に忠告してやる。
さっさと日常に戻りなさい。-以上-
 
小林よしのり氏を応援します。

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