老兵の独り言

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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.100 より転載しています。
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 橋本明『平成皇室論』の批判をつづけます。今回は第4章を読みます。

 橋本さんは、第3章で今上陛下の皇太子時代を見渡したのにつづいて、この章では即位後の足跡について、昭和天皇の崩御から即位大嘗祭へ、と平成の時代を振り返り、さらにご公務、宮中祭祀について論じています。

 しかし、じつのところ私には、橋本さんが何を言いたいのかよく分かりません。歴史理解の間違いが目立つだけでなく、全体的な論理性に欠けていると思うからです。



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  今上陛下の「祭祀継承」が見えていない
   ───橋本明『平成皇室論』を読む その4
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▽昭和天皇が戦争を指導した?

 まず、歴史理解の誤りについて、指摘します。

 橋本さんの「象徴天皇」論は、天皇個人の行動が時代を作る。だからそれぞれの天皇は各時代の象徴となる、と考えるのが特徴で、たとえば、戦前・戦中は大元帥として戦争を指導した昭和天皇が時代の象徴であった。戦後、成長を遂げた昭和天皇は、A級戦犯などを合祀した靖国神社に背を向け、世界平和を祈念することで戦後日本を象徴した、といういい方をします。

 しかし、昭和天皇が直接、戦争を指導したという歴史はないし、靖国神社が戦争犯罪者を神としてあがめ奉ってきた歴史も、昭和天皇が同社を嫌った歴史もないでしょう。

 いつの時代でも国の平和と国民の平安を祈るのが祭祀王たる天皇であり、昭和天皇も同様です。橋本さんの歴史理解はあまりに一面的、観念的すぎます。

 橋本「象徴天皇」論は、天皇個人に視点を定め、細切れの歴史を観察しますが、個人を超えた、もっと高い次元に位置するのが天皇なのであり、歴史的存在としての天皇が悠久の歴史を通じて国と国民統合の象徴、つまり文明の象徴と考えるべきだと思います。

 もう1つだけ、例をあげると、橋本さんによれば、今上陛下が即位時に「朝鮮民主主義人民共和国を視野に入れた旧交戦国との和解」を表明された、と解説しています。

 しかし、朝鮮半島が南北に分断され、北朝鮮がソ連の後ろ盾で成立したのは1949年であり、日本と戦火を交えた「旧交戦国」ではありません。

 このくだりは、今上陛下の即位礼当日に、共同通信から加盟社に配信された記事の一部で、およそ非歴史的といわざるを得ないこのような記事が、世界に配信されただけでも驚きですが、さらに得々としてというべきか、20年後のいままた自著に転載する神経が理解に苦しむところです。


▽旧時代否定のためのご公務?

 それよりも、第4章の問題は全体の論理性です。

 橋本さんの考えでは、今上陛下の原点は「敗戦」です。陛下は東宮時代から妃殿下(皇后陛下)とともに、国民主権下の新しい象徴天皇像を切り開いてきた。この今上天皇の気風に合った責任を果たすことが平成の東宮に求められている。すなわち、旧時代とは異なる、新しい象徴天皇像の踏襲が求められている。なのに、皇太子同妃両殿下はその期待を裏切っている。だから「廃太子」を、というのが著書全体の論理です。

 したがって、橋本さんの主張では、新たな象徴天皇像を拓く今上陛下は、東宮時代から一貫して、旧時代を否定し続けなければなりません。

 橋本さんは天皇の歴史を、(1)平安~江戸期の理想的な時代、(2)幕藩体制から太政官制度に移行したあとの明治~戦前・戦中期、(3)敗戦後、明治憲法から現憲法に変わった現代、の3つの時代に区分したうえで、(2)の時代を否定し、さらに今上天皇もそのようなお考えだ、と大胆に推測します。

 近世までの天皇は政治に直接関与しない、文化と伝統の守護者であり、理想の天皇像だが、明治以後3代の天皇は外国王制の擬似態であって、現天皇はもっとも不幸な時期ととらえている。現天皇は民衆レベルまで天皇家を押し下げ、国民に奉仕し、韓国に謝罪し、憲法を高く持して、平和を希求し、北朝鮮など旧交戦国との和解を求める。過去の過ちにメスを入れ、不戦の誓いを立てた世代の代表者として、国民レベルにあって燦然(さんぜん)と輝いてほしい──というわけです。

「天皇陛下、バンザイ」と言わせて、人の命を奪う。そのような天皇あり方には敢然と抵抗し、平和の基盤をゆずらず、我々を守ってほしい、と考える橋本さんにとって、明仁陛下が国事行為などのほかに、沖縄、広島をはじめ戦跡地慰霊の旅を重ね、美智子皇后が夫人として支えていることは、望ましいことであるということになります。

 両陛下の慰霊の旅は旧時代の否定である、と橋本さんには映るようです。しかしそうでしょうか?


▽なぜ陛下は祭祀を重視されるのか?

 問題はこのようなご公務と祭祀との関係です。

 今上陛下が「弔いの旅」を重ねてきたのは、皇后のお言葉である「皇室は祈りでありたい」という精神だというのが、橋本さんの理解です。しかしここでいう「祈り」が、歴代天皇によって継承されてきた祭祀とどう関わるのか、が見えません。

 祭祀についての橋本さんの理解は、両陛下には祭政一致から切り離された祭祀という私的分野がある、というものです。旧時代は祭政一致の政治が行われていたが、現憲法下では祭祀は私的行為として行われている、という意味なのでしょう。

 ───皇国史観が隆盛を極めた時代は、神道は八百万(やおよろず)の神をあがめる宗教というより、絶対現人神(あらひとがみ)の天皇を国の家長とあがめる人心掌握の手段だったが、軍国主義一掃とともに政治から切り離され、皇祖以来、継承されてきた精神的な文化遺産に変質した。陛下は「遊び」の精神を神道に持ち込み、老いの歩みにまかせて、先祖と遊んでいる。

 つまり、これら橋本さんの表現から浮かび上がってくるのは、古い時代が過ぎてもなお、アナクロニズムに浸っている今上天皇というイメージです。「皇室は祈りでありたい」という精神と祭祀は別物なのです。

 それでいながら、橋本さんはかなりのページを割いて、「文化遺産」「遊び」であるはずの祭祀に言及しようとします。

 橋本さんは、祭祀は戦前までは公的行事だったが、現憲法下では天皇・皇族の私的行為であって、公務ではない。しかし人魂(ひとだま。皇祖神の意味か?)と交わり、五穀豊穣の祈りを真面目に実践する男がこの日本に1人いることこそ貴重であり、ありがたい、と話を展開するのでした。

 橋本さんは、祭祀を重視する陛下の姿勢が理解できるのでしょう。けれども、なぜ祭祀を重視するのか、が橋本さんには理解できていないのだと思います。


▽「天皇に私なし」と「級友」は矛盾する

 つまり、今上陛下が継承されたのは、旧時代の否定ではなくて、「国中平らかに、民安かれ」と祈る祭祀であり、内外での慰霊の旅はその結果であることが、橋本さんには理解されていないのです。

 天皇の祈りは先祖と遊ぶことではありません。皇祖天照大神を太陽神と決めつけることもできません。祖先崇拝や太陽信仰という理解は正確ではありません。天皇の祭りは農耕儀礼ではなく、神と天皇と人間が命を共有する食儀礼です。日々の祭祀を通じて、喜びや悲しみだけでなく、命をも共有しようとする天皇だからこそ、橋本さんが指摘するように、天皇は「身障者」や「沖縄」、そしてすべての国民に心を寄せられるのです。

 皇太子時代とは異なり、みずから真剣な祈りを捧げる天皇であればこそ、国民に寄せる心はいよいよ切なるものとなるのでしょう。

「陛下の級友」だというのなら、なぜそれが理解できないのでしょうか?

「陛下の級友」を自認する橋本さんの著書ですから、橋本さんしか知らないようなエピソードがいくつも登場します。ところが、たいへん興味深いことに、この第4章に即位後の体験談は見当たりません。「級友」と称するほど、身近におられるなら、陛下の祭祀に対する思いを独自の取材で描けるはずなのに、それがありません。

 おそらく皇位継承後は「級友」取材ができないからでしょう。

「天皇に私なし」といわれます。皇太子時代ならいざ知らず、天皇はすべての国民にとっての存在です。個人的な友だち関係は大原則に反します。「級友」という立場は即位後の陛下にはふさわしくありません。したがって「級友」天皇論も望ましくありません。

 まして、一面的で不正確な知識を振り回し、憶測にもとづいて、あまつさえ皇太子殿下の「廃太子」を国民的な議論にせよ、などと迫るのは、およそ「陛下の級友」のすることではない、と私は思います。


▽ご結婚の儀は「国事」であった

 さて、今週も長くなってしまいました。最後に1点だけ、すなわち祭祀の歴史について、補足します。

 橋本さんは、50年前、賢所で行われた両陛下のご結婚の儀が国事として行われたという事実を完全に見落としています。憲法が変わって、祭祀が天皇の私的行為と解釈されるようになったのではありません。祭祀の法的位置づけは、戦後、二転、三転しています。

 敗戦直後は過酷な神道指令で神道圧迫政策が行われましたが、占領後期になれば、占領軍の政策は変わり、貞明皇后の大喪儀はほぼ伝統に従い、事実上の国葬として行われました。政教分離原則の厳格主義が蔓延するようになったのは昭和40年以降であって、それでも58年には宮内庁は「(宮中祭祀は)ことによっては国事、ことによっては公事」とする「公式見解」を表明しています。

 歴代天皇が第一のお務めとしてきたのが祭祀ですが、その歴史からいえば、(1)近世まで、(2)明治以後、敗戦まで、(3)戦後という、義務教育の歴史教科書に載っているような単線的な歴史区分では不十分です。

 橋本さんは、皇后陛下がなぜ「皇室は祈りでありたい」とおっしゃったのか、天皇の祭祀との関係について、歴史的に、そして謙虚に学ぶべきでした。それがあれば、例の単純素朴な「新学習院」史観を克服できたのではないかと思います。橋本さんの祭祀の解説はあまりに即物的で、神聖さが感じられません。
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