老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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多くの皆様にとって三宅教子様と言えば、台湾国際放送のアナウンサー特にフォルモッサ便りでのあの懐かしいお声(日本の皆様、今晩は、こちらはRTI台湾国際放送です。・・・)を思い浮かべるお方が殆どではないでしょうか。

その三宅様は今は台湾国際放送の職を辞されまして、「台湾歌壇」の事務局をお手伝いなされています。皆様ご存知の蔡焜燦先生が代表をなさっておられます。

その三宅様が,このたびのNHKのJAPAN・デビューでの台湾人の本当の声を取材する日本チームを裏からお手伝いなされたお話を纏められました。
三宅様のお許しを得ましたので、公表させていただきます。
少し長文ですから、3回に分けて掲載させていただきます。


裏から見えてしまった (その1)
―――NHKのJAPAN・デビュー―――
                      三宅教子

 物事を裏から覗くと、驚くような面が見えてしまうことがあります。この度の体験がその一つでした。私たちが日常受け取っている情報が、如何に真実からかけ離れているものが多いかということを知る良い例になりました。
去る4月5日にNHKの「JAPAN・デビュー、アジアの一等国」という番組が放映された後、この番組に対する非難の声があがりました。台湾を良く知る日本の方々だけでなく、この番組の中でインタビューを受けた台湾の方々のほとんどが、この番組の偏向、歪曲について不満や抗議の声を上げておられます。ところがNHKは「番組に偏向はなく、インタビューした方々の意向を正確に伝えています」と繰り返すのみで、一向に非を認めようとしません。
 そこで、この問題はこじれにこじれ、ついに1万人を越える人々が集団提訴するという、日本の裁判史上初めての多人数による告訴となりました。
 しかも集団提訴した人々は何らかの団体に属するというのではなく、ほとんどがテレビ(この問題に本格的に取り組んだ文化放送「チャンネル桜」)、インターネットや、新聞、雑誌等で知ったという方々で、しかも若い世代の人が多いということでした。NHK本社、各支社へのデモンストレーションも何度も行われ、これにも女性を含む若い人々が多く参加していることが伝えられています。

 なぜこのような事態になったのでしょうか? 台湾でこの番組に出られた方々の数人を知っていたことから、この問題に関わりを持ってしまい、その間に私自身が見聞したことを中心に、裏から見えてしまったことを書き留めてみたいと思います。

NHKの(JAPAN・デビュー)の放映当日、「NHKが今台湾のことを放映している。始まったばかりだからすぐ見てごらん」という電話が入り、NHKが台湾を取り上げてくれるなんて珍しいので、早速期待して見ました。
お体の調子が悪いと聞いていた柯徳三さんがお元気そうに盛んに日本時代への恨み言を話しておられます。「お元気になられたのかな。いったいつごろの取材だったのかしら」と思いながら見つつも、私が知っていた柯徳三さんとは少し違った柯徳三さんが、画像で盛んに意見を述べておられるという感じがして、ご病気の後、考え方も変られたのかしらという考えが頭をよぎったりしました。友愛会で顔なじみの藍昭光さんも教育の不平等を盛んに言っておられます。台湾歌壇の同人でもあり、台湾の蝶についてお詳しい林彦卿医師の顔も見られます。台北一中(現在の建国中学)の同窓会の場面だそうです。集まった方々は、台北一中のほかに、三中、基隆中の卒業生もおられたそうです。
改姓名について、仕方なくさせられたというような話し振り、当時内地人(日本人)と本島人(台湾人)では同じ仕事をしても、内地人には六割の加俸があって不公平だったことを述べる人、日本人になりたかったですかという質問に「厭だね!馬鹿にしおって!」と涙をにじませて言う人のクローズアップ等等、見ていて日本人の私は胸が痛みました。しかし「日本語世代」の方々の、日本統治時代を振り返っての話は、すべて不満と恨み言に終始したので、「これはおかしいな」という気が湧き起こってきました。というのはこれらの一つ一つは聞いた事もあるのだけれど、全体を通じて日本統治時代への不満ばかりをNHKの担当側の歴史観による説明の合間に繋ぎ、台湾の人々がどれだけ虐げられたかというマイナス面のみが誇張されているような気がしたからです。例えば台湾の改姓名にしても、「国語(日本語)常用家庭で皇民化の熱意をもち、公的精神に富む者に許可する」という許可制で、審査が厳しいので改姓名はわずか1.2%にすぎず、決して強制ではなかったのです。
中でも最もグサリと胸を突かれたのは「人間動物園」という言葉でした。台湾の山地先住民は、自分達の領土意識縄張り意識が強く、タウ族を除いては、縄張りを侵されると相手の首級を獲るという習俗がありました。ですから台湾が割譲されて初めの内は、山へ入った日本の警察官やその家族などがかなり犠牲になっています。また日本人は台湾統治が始まると、先住民に対する研究を重ね、その勇猛果敢さに何か親近感さえ感じていた面もあったようです。
その先住民のパイワン族の写真に字幕をつけて、ロンドンでの日英博物館で「人間動物園」として見世物にしたと、ナレーションが言い切ったとき、はじめて聞く言葉に驚きを禁じえませんでした。「日台戦争」も始めて聞く言葉でした。

次の日から、知り合いの日本語世代の方々のこの番組に対する失望と戸惑いと怒りの声を聞くことになりました。宜蘭県羅東鎮にお住まいの李英茂氏の奥様陳秀鳳さんは「台湾のことを放映してくれるのは珍しいので期待して見たのに、がっかりです。友愛会で知っている柯徳三さんがあんな悪口ばかりおっしゃるはずが無いし、私達日本語世代の者は、日本時代を懐かしむ人がほとんどなのに、どうしてあんなひどい番組になるのでしょう」と暗い声をなさって電話で話されました。
台北市の劉心心さんは、「尊敬する柯徳三さんや藍昭光さんがあんな悪口ばかりを言うはずがありません。NHKの報道はひどいです。あれが日本の公共放送ですか? あの放送の後、日本の友人からお手紙が来て、『台湾の人があのような気持ちをもっていらっしゃったと気がつきませんでした。本当にごめんなさい。』とひた謝りに謝る手紙を頂きまして、私はこのような返事を出しました。
【・・・あの放送は、私も見ました。台湾の事は絶対に、と言うほど取り上げないNHKが。と喜んで。心外でした。あの解釈は真実ではありません。あの放送の中に、昔の軍歌を歌っている人達がいましたね。あの人達の表情が明るかったのにお気づきでしたでしょうか。あの時、あの人達はNHKのカメラが撮ってくれると喜んで、昔とった杵柄?とでも言うのか、まだ昔の歌を良く覚えている、教育勅語も覚えている。と言う事を、むしろ誇らしげに歌い、諳んじていたのだと思います。まわりの状況から察するに、あれは、早起きの老人達が運動に集っている、公園でのスナップだったのでしょう。
他国に領有されていた住民に、悲しみがないとは言いません。
私は日本時代に、差別待遇を受けた事は一度も有りません。日本人の友人も多く、先生方も、とても私を可愛がってくださっていました。これは、私が常々、内外の誰彼に言っている言葉です。
しかし、私のようなラッキーな住民は、少数の選ばれた家庭の人間で、大部分の台湾人は多かれ少なかれ、内台の(当時、日本人は内地人、台湾人は本島人、或いは台湾人と呼ばれていました)差別を受けていました。・・・
それが急激に強烈な親日に変わったのは、戦後まもなくの、蒋介石率いる国民党軍の進駐からです。あの輩、あの敗残兵等こそが、土匪でした。
台湾は彼等に蹂躙されました。略奪、婦女暴行、反抗する民衆に対する見せつけの処罰、いわれの無い逮捕、残虐な拷問、無数の重刑、銃殺。それ等は全島を席巻し、その恐怖は、現在もまだ後を引いています。
終戦、支配者の交代。時を置かずして、台湾住民は思ったのです。日本時代のほうが、ずっと良かったと。人々は「犬が去って豚が来た」と囁きあいました。犬は、猛々しいが家を守ってくれる、豚はすべてを貪り食べ尽して家を無くしてしまう。と言う意味です。五十年の領台期間に、それが日本政府のどんな目的による政策であったにしろ、「日本人は台湾を建設してくれた。台湾人の生活向上を手伝ってもくれた。」と言う事に気もつきました。終戦直前の頃になると、大多数の台湾人が日本語を解し、日本式の考え方を持つようになって、内台間の結婚も多く、まだ僅かな不満も残ってはいましたが、私達は仲良しになっていました。日本の方々が本国に送還される時の波止場に、涙ながらに見送りする台湾の友人。食料不足の日本に帰るのだから、長い船旅だから、きっと食べ物にも困るでしょうと、日持ちのする台湾餅や台湾粽を持って見送りに来た人達。あの頃の交通難での汽車は、中南部から基隆の波止場まで来るのさえ困難なことでした。又、「いつかきっと又来ることがあるから」と、制限のある荷物の中に入れられなかった家宝の骨董、名刀などを、台湾友人に人知れず預けた日本人。(これ等の宝物は、ずっと大切に秘密裏に保管されて、20年後に日台の交通が許された時に、本人に返しています。横取りをした人は無いと信じています)
こう言った、人間同士の友誼は、誰に強制されたものでもなく、台湾民衆の心からの気持ちです。台湾人の親日感情は、老人ばかりでなく、若い世代にも芽生え、日本のファッションや文化などに憧れる、所謂「哈日族ハージツー」(日本大好き族)と言う、新しい親日派も発生しています。
私は、NHKに一言言いたいのです。中国という国の本質も知らず、あの国が共産独裁国だとも思わず、多分、経済的な利益の為にだけで動いているNHKさん。あまり台湾を馬鹿にしないで下さい。と。
気持ちの激昂で、おしゃべりしすぎました。どうぞ、あの放送に紛らわされないで下さい。台湾人と日本人は、今も、将来も、好い友人です。台湾と日本は、地理的にも、生命共同体だと思います。この二つの国が、お互いを信じて、手を取り合っていくことが、両国にとって、今こそ大切な時なのです。・・・】

こういう思いがふつふつと醸されていたところへ、チャンネル桜の真相究明の取材が始まりました。台湾で知り合いになった井上和彦さんという方から、台湾へ取材に行きたいので、よろしくお願い致しますということでした。
 私としてはすぐにも柯徳三さんにお電話したかったのですが、きっと今頃は電話攻めに遭っておられるのではないかと思いまして、お身体の調子も悪いらしいし申し訳ないから、あの中で一番ご長老の、蒋松輝氏(96歳)にお電話しました。この方のお父様の蒋渭水氏は、日本統治時代に「台湾文化協会」を創立して、台湾人の自治を日本政府に要求した人で、台湾人から「台湾の国父」とも慕われた方です。惜しいことに1931年に病死されており、戦後台湾に生きておられたら、228事件の時に殺されたか、或いは白色テロでやられたかもしれないという台湾人に影響力の強い方でした。その弟の蒋渭川氏は、228事件で憲兵が家へ突入した時、窓から逃亡しましたが、その次女は幼い弟を庇うようにして銃弾を受けて死亡し、その弟、つまり蒋渭川氏の息子も重傷を負ったそうです。蒋渭川氏はその後は国民党で活躍したそうですが、蒋松輝氏の叔父さんにあたる人です。

 蒋松輝さんは台湾歌壇の歌会へ2回ほどお客様としてこられたこともありますので、お電話しましたら、「短い時間に一人一人訪問するのは無理だから、私がみんなに連絡して集まってもらおう。座談会を開いて話を聞けばいいよ」と快く引き受けてくださいました。
蒋松輝さんにお電話した後にすぐ、柯徳三さんからお電話をいただきました。「蒋さんから聴いたけど、チャンネル桜が取材にくるそうで、私の知らないテレビ局だけれど、弁明のためにぜひとも出席します!」というお元気そうなお声でした。そして、柯徳三さんからNHKの取材を受けたけれど、あんな報道になっていたので驚いたこと、良いことも悪いことも両方言ったのだけれど、悪口ばかりが取り上げられたことなどをお聞きしました。実は、長い間柯徳三さんにはお会いしていないし、ひょっとしてご病気の後、日本に対しては悪いことばかりが記憶に残っているのかなとも思ったりして、本心をお伺いするのが怖いような気持ちもないではなかったのですが、「ああ、やはり柯徳三さんは変わってはおられなかったのだ」と嬉しくなりました。柯徳三さんのお爺様は芝山巌の六氏先生に教わっており、六氏先生のリーダーであった楫取道明のお孫さんである小田村四郎先生との交流なども話したいのですが、ここでは割愛いたします。
 蒋松輝さんが会場も用意してくださり、4月19日(日)の午前10時から中山区徳穂街にある白寿健康会館で行うことになりました。

 井上和彦さんは18日に台北へ来られることになりましたが、「18日は友愛会の月例会があるので私はそちらに出席しています」と言いましたら友愛会のメンバーで、あの番組を見た方から感想をお聞きしたいということになり、その日は友愛会の方々で発言したい方が残ってくださり、12名がチャンネル桜のインタビューを受けられました。このときの皆様のお話は、良いことも悪いことも含めてノーカットで、チャンネル桜が番組で放映したようです。

翌日の4月19日午前10時から、白寿健康会館で、チャンネル桜の取材が始まりました。会場にはNHKの取材の時集まった人の外にも、番組を見てからこれは一言物申さねばとご病気を押して来られた一中卒業生、台湾高座台日交流協会の李雪峰理事長、謝清松秘書長、陳清富氏や、台湾稲門会(早稲田大学卒業生の会)のご長老 簡燦雲氏なども集まってこられました。ここで皆様個々人が話されたことも、良いも悪いも含めてチャンネル桜がカットなしで放映しており、殊に当事者の柯徳三さん、藍昭光さん、蒋松輝さんのお話を聞かれた方々は、「JAPAN・デビュー」で聞けなかった面と、NHKのあの番組に対する不満を聞くことが出来たと思います。NHKの番組を見て、日本時代を恨んでいると思われたこの方々が、実はそうではなかったことに気がつかれたことと信じます。話の一部分だけを、(つまり日本時代のマイナス面のみを)放送することが大変な誤解につながることを証明する良い例でした。NHKの取材にあたったスタッフは、きっと同じような事を聞かれたはずなのに、自分達の台本に沿って都合よいところを選んで取り入れて編集したとしか考えられません。柯先生はNHKの番組がいつ放映されるか知らなかったようで、途中から見たそうですが、見た後に驚いて、ディレクターの濱崎氏に電話で、「あんたの後ろには中共がついているのだろう」とまで言ったそうです。
 (ここまで、その1)
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