老兵の独り言

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なるほど腰をすえて、冷静に論じておられます。
漫画家小林よしのり氏との冷静な討論(敢えて討論といいます)を期待します。
何故なら保守の内部でよく散見する非建設的な批判合戦を望まないからです。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.104  より転載しています。
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 予告通り、漫画家の小林よしのりさんが書いた雑誌「WiLL」掲載の橋本明著『平成皇室論』批判を取り上げます。

 編集部が付けたと思われるタイトルは、「西尾・橋本氏への御忠言『廃太子論』はレベルが低すぎる」となっています。批判の矛先は橋本さんだけでなく、皇太子殿下への「御忠言」を書いた西尾幹二先生、さらに保阪正康氏にも向けられています。

 小林さんは、3人の東宮批判がよほど腹に据えかねているようです。



  小林よしのりさんの橋本明批判に欠けている戦後史論
   ───橋本明『平成皇室論』を批判する 番外編
 


▽橋本批判のポイント8点

 小林さんの橋本批判の主要なポイントは、以下の8点かと思います。西尾批判についてはこの際、割愛します。

(1)「皇太子には人徳がないから『廃太子』して皇統を秋篠宮に譲れ」などと言っているが、皇室は万世一系の血統によるもので「徳」は関係がない。この呼びかけは革命を誘導する。

(2)無知に加え、戦後民主主義と国民主権意識が相まって、「俺たちが認めない人間は天皇になれない」「廃太子せよ」と迫るのはおこがましい。それが実現すれば、皇室は終わる。

(3)伝統的な皇室を論じるのに近代的批判精神を発揮するのは、矛盾である。

(4)「雅子妃殿下がご病気で公務や祭祀を行えないこと」を理由に、皇太子殿下、雅子妃殿下が天皇皇后両陛下になられると「皇室はめちゃくちゃになる」と思っているようだが、2つの根本的な誤解がある。

(5)1つは祭祀についてで、祭祀は天皇ひとりでも成り立つ。

(6)もう1つの誤解は「天皇と皇后は2人そろって公務に行かれなければならない」と思い込んでいる点である。両陛下がそろって公務をこなされるのは「平成流」であり、伝統ではない。

(7)皇太子殿下が妃殿下といることで心が平穏なら十分であり、「離婚」まで持ち出して、間を裂こうとするのは異常である。

(8)何より心配しなければならないのは悠仁親王で、その代まで皇室をほったらかしにすれば皇族がお一人になる、もっとも逼迫(ひっぱく)した「皇室の危機」を迎える。


▽小林さんと私の4つの違い

 私はここ数カ月にわたって、橋本さんの「廃太子論」を批判してきましたが、結局のところ、橋本さんの誤りは、(1)「級友」としての進言の手法、(2)橋本さんの天皇・皇室観、(3)歴史理解および事実認識、の3つの観点から指摘されると思います。

 その点で言えば、小林さんと私の批判は、君徳論、祭祀論、一夫一婦天皇制など、共通するところが多いのですが、違いもあります。

 1つは、(3)の伝統と近代の対立という発想を小林さんがしていることです。しかし私は、この発想は誤りだと考えています。

 皇室は伝統の世界であり、近代と対立する、という考えは、小林さんが批判する西尾先生と同じになってしまいます。皇室は伝統のシンボルであると同時に、変革のエネルギーであることは、明治維新の歴史を振り返れば明らかです。

 2つ目は、「平成流」とされる一夫一婦天皇制について、です。

 小林さんのいうとおり、一夫一婦天皇制は歴史的に古いものではありません。しかしそこで指摘しなければならないのは、「平成流」と指摘するだけでは不十分だということです。

 つまり、その背景には、両陛下を支えるべき藩屏(はんぺい)の不在という否定しがたい事実があります。それは、戦後、祭祀の正常化が政府をあげて取り組まれたのに、現在では逆に、陛下の意思に反して、側近たちによって平成の祭祀簡略化が断行されていることからも明らかです。

 3番目は、そのことと関連するのですが、小林さんには戦後の歴史論が抜けています。

 たとえば、皇太子妃殿下がご病気のため、長らく祭祀にお出ましにならなかったこと、そのために批判を浴びたことについて、小林さんは「祭祀は天皇ひとりでも成り立つ」と反論しています。

 そのことはまったく正しい指摘ですが、昭和50年8月15日宮内庁長官室での会議において、硬直した政教分離主義の考えから、皇后、皇太子、皇太子妃のご代拝の制度が廃止された、という歴史的事実に目を向ける必要があります。


▽なぜ「女系継承容認」なのか

 ご代拝の制度さえあれば、ご自身が拝礼できない場合は、側近に拝礼させればすむことであり、妃殿下が批判される必要はありません。批判されるべきなのは、ご代拝の制度を一方的に廃止した官僚たちです。

 小林さんの橋本批判には、昭和ならびに平成の祭祀簡略化の歴史についての言及がありません。宮中祭祀の重要性、すなわち天皇が祭祀を行うことによって日本という国を統治してきたという歴史と伝統の大原則について、漫画という手法によって、一冊の著書をあらわし、多くの読者を得ていることはたいへん大きな功績で、賞賛に値しますが、惜しいことに、より現実的な戦後の天皇史の観点が欠けています。

 もう1つ、4番目として、大きな違いを指摘しなければなりません。それは、小林さんの「女系容認」です。

 小林さんも私も天皇の祭祀をもっとも重要視していますが、この点についてはまったく異なります。

 なぜそうなるのか? 私の場合は、国と民に捧げられる天皇の祈りが公正無私なるものであるがゆえに、その継承は必然的に男系男子たることが要件となると考えています。

 しかし、小林さんの場合は、なぜ女系継承容認なのか、分かりません。少なくとも「WiLL」の論考では、「伝統とは何か」と問いかけ、形骸化を戒めた皇后陛下のお言葉を引用しているだけです。

 伝統は大切だが、固守するだけでは不足だ、というのはごく当たり前のことです。「綱渡り」とも表現されている男系男子による皇位継承が、それでも歴史的に固守されてきたのはなぜなのか、を謙虚に見つめ直さなければ、「伝統的な皇室を論ずるのに、近代的な批判精神を発揮している」と小林さん自身が批判している人たちと同じになってしまいます。

 さて、それなら、この難問をどう考えればいいのか? それは次週、「正論」最新号に掲載されている小堀桂一郎先生の「『平成皇室論』『天皇論』を読む」を読み合わせつつ、考えたいと思います。
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