老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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信仰の自由がある。しかしキリスト者だから良心的な人物と言う保障はない。
多くのキリスト者は左翼・アカと結託している。
キリスト者に貴殿は、保守支持しますか、保守に反対しますかと尋ねよう。


斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)


 1 天皇学への課題 その4 by 斎藤吉久
   ───他者の信教の自由を侵さない多神教文明

▽1 寓話的に考えてみると

 むかしは地主から土地を借りて農業を行う、小作人という立場の人たちがたくさんいました。明治維新後、北海道空知(そらち)地方に最初に渡った空知太兵衛さんもその1人で、3000坪(1万平米=1ヘクタール)の土地を北海道庁から借り、畑作を営んでいました。律儀者の太兵衛さんはこの地方では最古参の農家として名の知れた人物でした。

 時代が変わり、戦後の農地解放で太兵衛さんは晴れて自作農になれるはずでしたが、どういうわけか、自分の農地を持てずじまいでした。そればかりではありません。隣の小学校が増設することになり、建設用地として太兵衛さんの土地に白羽の矢が立ったのです。

 まじめな太兵衛さんは行政に協力して、土地を明け渡し、代わりにわずかな土地を市から与えられて、間借りすることになりました。

 ところがです。市から土地をタダで借りているのはけしからん、と2人の住民が怒り狂い、10年前、とうとう訴訟になりました。そして太兵衛さんは裁判に負けました。

 空知地方の歴史そのものといってもいい太兵衛さんは、それゆえに行政にもっとも協力し、そのあげくに土地を奪われ、あまつさえ司法権力によって法的追放の憂き目にある。こんな理不尽がどこにあるでしょう。逆に行政は、功労者である太兵衛さんに、学校用地の提供にさかのぼって感謝状を贈り、地代を払うべきでしょう。

 話を分かりやすくするために、以上のような寓話を考えたのですが、いかがでしょうか? 前回は判決文から歴史的経緯をトレースしましたが、事実関係を丹念に追えば追うほど複雑さが増して分かりづらくなります。反対に多くのマスメディアが伝えるように、「公有地に昔から神社が建っている」「市有地を無償で使用させている」という結果だけでは、歴史的経過が見えません。

 もちろん農地の所有問題と政教分離問題はまったく違います。後者における本質は、国民の信教の自由を制度的にどう保障するかです。土地の貸借とは異なります。空知太神社という、歴史的な存在価値は高いけれども、宗教法人ではない、神職もいない、小さな村の鎮守が市有地内にあることが、憲法が保障する信教の自由を侵すのかどうか、そこが問われています。


▽2 政教分離問題はキリスト教問題である

 空知太神社訴訟の原告は2人です。1人はキリスト者で、平和遺族会の代表者、もう1人は中国帰還者連絡会の活動家だそうです。

 平和遺族会はよく知られているように、靖国神社に反対する立場にある遺族団体で、代表者はプロテスタントの信徒です。一方の中国帰還者連絡会は、戦後、撫順戦犯管理所に抑留され、「侵略戦争で罪を犯した者が反省し、その体験を日本人に話すことは、中国共産党員が話すより効果的」(周恩来)という考えのもとに政治的に利用され、「思想改造」された元「戦争犯罪人」が日本に帰国後、結成した団体です。

 たとえば藤田茂第59師団長は中国の戦犯裁判で、供述書に「自分に罪業を犯させた裕仁に対し、心よりの憎悪と闘争を宣言する」と書き記し、服役後、帰国した藤田は「中国侵略に参加し、幾多の罪業を犯した者が人道的反省の上に立って侵略戦争に反対し、平和と日中友好に貢献する」ことを目的とする連絡会の初代会長となり、終生、その地位にあって、「中国が期待したとおりの後半生」を送ったといわれます。
http://homepage.mac.com/saito_sy/yasukuni/H1812SRsenpangoushi.html

 いうまでもなく思想・良心は自由であり、信教の自由は認められなければなりませんが、空知太神社訴訟の原告が2人とも、キリスト教、およびその鬼っ子としての共産主義もしくは無神論という、「正義はひとつ」であると考える一神教信仰の立場にあるらしいことはきわめてシンボリックだと思います。

 「あなたには私のほかに神があってはならない」「全世界に行って福音を述べ伝えなさい」という唯一神の教えに従い、異教世界を侵略し、異教徒を殺戮し、異教文明を破壊したキリスト教の歴史は古い時代のことですが、中国共産党がチベットの村々にあったチベット人の魂である寺院を砲撃し、破壊し、略奪した歴史はけっして過去ではありません。

 そして空知太神社訴訟は、同じ歴史の誤りをこの国において繰り返しています。重要なことは、(1)一神教文明が犯したみずからの過ちを自覚していないこと、(2)日本では古来、宗教的共存が成立してきたという文明の価値が積極的に理解されないこと、(3)戦前、国家神道が軍国主義の精神的支柱になり、その歴史の反省から政教分離原則が憲法に盛り込まれたとするドグマにいまだに冒されていること、の3点です。

 当メルマガが原武史明治学院大学教授の宮中祭祀廃止論に対する批判で書いたように、また拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に述べたように、政教分離問題とは本来的にはキリスト教問題にほかなりません。神社あるいは日本人の宗教伝統のあり方が問われているのではありません。

 けれども神社攻撃に血道を上げる原告らはまだしも、司法の側も、それどころか被告側も同様に、上記のポイントを十分に理解していないように思います。


▽3 1つの聖地に異なる信仰が共存する

 とくに(2)です。

 最高裁の判決文は「本件は、砂川市がその所有する土地を神社施設の敷地として無償で使用させている……」と始まります。「神社施設」という表現の前提として、「神社」と称する、「仏教」や「キリスト教」とは異なる、1つの信仰体系がある、と裁判官たちはきわめて常識論的に理解しているようです。

 しかし違うのです。

 以前、南インドを旅したとき、ヒンドゥー教の古刹(こさつ)とイスラム教のモスクとが仲良く隣り合っているのを見て、驚いたことがあります。インドの友人たちによると「両者が対立しているのは北インドだ。宗教的対立ではなく、政治的対立なのだ」と説明していたのですが、もっと驚いたことには、モスク建設の土地と資金を提供したのは、ほかならぬ村のヒンドゥー教徒たちでした。

 ここではヒンドゥーとイスラムが平和的に共存しているのです。しかしこれ以上に驚くべきなのは、日本です。インドではヒンドゥーの聖地とイスラムの礼拝所が隣接しているだけですが、日本では古来、同じ聖地に異なる信仰が、他者の信教の自由を冒すことなく、共存しているのです。

 神社の境内は、縄文の信仰を伝える森に包まれ、神が住まう本殿は稲作信仰そのままに高床式の米倉のかたちをしています。さらに境内を見渡せば、自然崇拝、祖先崇拝、稲作信仰、皇室崇拝、人霊崇拝など多様な信仰体系が共存しています。

 たとえば自然信仰と義人崇拝など、まったく別な信仰が境内という1つの聖地に違和感なく、互いに干渉することなく共存し、それどころか1つの本殿に異なる神様が同居しているケースさえあります。仏教の高僧を祀る神社やキリシタンの神社すらあります。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/nagasaki_suwa_jinja.html

 空知太神社の場合は、最初に五穀豊穣を祈る祠(ほこら)があり、次に天照大神の分霊をまつる神社が創建され、さらに土地の神様をまつるという地神宮が置かれました。自然崇拝、伊勢信仰、産土(うぶすな)信仰が同居しています。

 こうした日本の多神教的、多宗教的文明の中心にあるのが天皇の公正かつ無私なる祈りですが、あまりに当たり前すぎて、私たちは天皇の文明の価値をなかなか自覚できないでいます。だからこそ訴訟も起きるのでしょうが、これに対して被告側の理論は脆弱(ぜいじゃく)で、逃げ腰とも映ります。どういうことなのか、紙幅がつきましたので、次回、お話しします。

 予告編的に簡単にいうと、判決文によれば、市側は「神社物件の宗教性は希薄である」ことを主な上告理由の1つとしたようですが、鳥居や祠などに宗教性が薄いから憲法に違反しないという論理は成り立ち得ません。宗教性とは物件それ自体に備わっているのではなく、人間の存在を前提とし、人間との関係において生じるからです。最高裁が市側の論理を採用しなかったのは当然です。
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