老兵の独り言

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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」と「教育勅語」異聞第6回 「徳目」論に終始し、本質論が欠けた戦後の論議

 (「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン)
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 鳩山首相が7日、徳之島の3人の町長と都内で会談するようです。政府は普天間基地の移設先として徳之島を検討し、他方、町長たちは受け入れ拒否の姿勢を変えていません。

 軍事専門家の高井三郎先生が先週、当メルマガへの寄稿文で指摘したところによれば、徳之島移設では海兵隊の最大の任務である即応力が低下すること、つまり在日アメリカ軍の弱体化は否めません。

 というのも、徳之島は沖縄本島(地上部隊)から200キロ以上離れているからです。配備が検討されているという垂直離着陸機MV22オスプレーは速度が高速ヘリの1.5倍、時速500キロ超あるとはいえ、中国海軍の台頭著しい東シナ海の前線から一歩後退することになるのは間違いありません。

 もともとリアリズムのない鳩山首相に軍事的現実主義を説いても始まりませんが、「基地は不要」と拒絶する沖縄や徳之島の政治家や住民たちに軍事論上の現実的対応を期待することもやはり難しそうです。

 それは地上戦の経験を持つ沖縄だけでなく、日本人全般に軍事問題へのアレルギーが強いからです。戦前の「軍国主義」の歴史を真っ向から否定し、戦後の「平和主義」を手放しで賞賛する、きわめて図式的な観念論から解放されていないからです。


▽1 「軍国主義の元凶」神道への圧迫をやめた占領軍

 今日は憲法記念日です。現行憲法には政教分離主義が規定されていますが、佐藤雉鳴さんが当メルマガの連載で明らかにしているように、実際のところ、戦後の政教分離主義は日本の宗教伝統である神道を圧迫し、一方でキリスト教化を推進するものでした。

 これは政教分離の名に値しない、ほかならぬ憲法の精神に反するものです。

 アメリカは、つまり占領軍は、占領から数年を経ずして、神道圧迫政策をやめています。けれども、独立を回復し、神道指令は失効しているのに、今日なお、ダブル・スタンダードの政教分離政策は続いています。

 なぜアメリカは神道圧迫政策を採るようになったのか、といえば、日米戦争中、アメリカ政府が「国家神道」こそ「軍国主義・超国家主義」の主要な源泉である、と本気で考えていたからにほかなりませんが、それならなぜ、占領軍は数年を経ずして、簡単に神道圧迫をやめたのか?

 これは占領史最大の謎であると同時に、日本の近代と現代を歴史的に検証する上でぜひとも解き明かさなければならない歴史的テーマです。

 この謎を追究しようと、数十年前にアメリカに渡り、関係者を取材しようとした人物がいます。戦後唯一の神道思想家・葦津珍彦(あしづ・うずひこ)です。しかし目的を果たすことはできませんでした。わずかに残る生存者はお茶を濁すばかりだったのです。謎は謎のままで終わっています。


▽2 日本の多神教文明と異なる戦後体制

 佐藤さんが今号に書いているように、アメリカの神道敵視は宗教政策のみならず、佐藤さんが追究する教育問題など広範囲に影響を与えています。総合的な政策の展開こそ、アメリカが得意とするところです。

 とすると、アメリカは日本の宗教伝統を悪魔視することの誤りに気づきながらも、もはや後戻りすることができなかったものと想像します。神道敵視をやめた理由を聞かれても、関係者は口をつぐむほかなかったでしょう。

 問題は結果として、何が起きたのか、です。

 たとえば教育です。明治に渙発(かんぱつ)された教育勅語は本来、天皇は国民の思想の自由に干渉しないことを第1の原則としていました。ところが、戦後の教育行政は、戦前と同様、この教育勅語の根本精神を理解できずに、つまり、多神教的文明の価値を理解できずに、逆に国民のキリスト教一神教化を進め、多神教文明の歴史を破壊したのです。

 見てください。昭和23年に制定された国立国会図書館法に基づいて設置された国会図書館のカウンターの壁には、「真理はわれらを自由にする」という同法全文の一句が刻まれています。いうまでもなく、聖書の言葉です。

 北海道砂川市の市有地に神社の鳥居や祠があることを問題視するキリスト者たちが血相を変えて訴訟を起こし、マスコミを賑わす反面、国会のお膝元にある国会図書館はその根拠となる法律にキリスト教の言葉が引用されているのに、誰も問題視することがありません。

 戦後日本の宗教政策が一貫性に欠けているだけではありません。現行憲法を中心とする戦後体制はそもそも日本の多神教文明と異質なのです。

 それでは、佐藤雉鳴さんの連載「『教育勅語』異聞──放置されてきた解釈の誤り」の第6回をお届けします。


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 1 「教育勅語」異聞──放置されてきた解釈の誤り by 佐藤雉鳴
    第6回 「徳目」論に終始し、本質論が欠けた戦後の論議
 


◇1 田中耕太郎は擁護論者ではない

 教育勅語は敗戦の翌年、神聖的な取り扱いが禁止され、2年後には国会が排除・失効確認を決議している。その背後にGHQの存在があることは自明である。

 しかし占領下にあった我が国の、当時の教育勅語に関する話には奇妙なものがある。代表的なものは、文部大臣にもなった田中耕太郎が教育勅語を擁護したとする話である。

 田中耕太郎の著書『教育と政治』(昭和21年3月)の「教育勅語論議」と題する一章に、田中の擁護論が載っている。

「教育勅語には個人道徳、家庭道徳、社会道徳、国家道徳の諸規範が相当網羅(もうら)的に盛られている。それは儒教仏教基督(キリスト)教の倫理とも共通している。『中外に施して悖(もと)らず』とは此(こ)の普遍性の事実を示したものであり、一部国粋主義者の解説したように、日本的原理の世界への拡張ではない。又『一旦(いったん)緩急(かんきゅう)』云々(うんぬん)は好戦的思想を現しているものではなく、其の犠牲奉仕の精神は何時の世にも何(いず)れの社会に於(おい)ても強調せられなければならない。其処(そこ)には謙虚さこそあれ、何等(なんら)軍国主義的過激国家主義的要素も存しない」

 普通に読めば、たしかに教育勅語擁護論である。

 しかし田中耕太郎は、教育改革を進めるGHQに呼応する「米国教育使節団に協力すべき日本側教育委員会」の委員であり、その昭和21(1946)年2月の報告書では6つの意見のうちの第一に「教育勅語に関する意見」があることからすれば、擁護論者ということを簡単に肯定するわけにはいかない事実がある。


◇2 個人が優先される田中の教育論

 意見を要約すると、教育に関する新しい詔書を賜りたいとして、

(1)教育勅語は文体を含め時代に適さざるものになった
(2)生徒教職員等のみならず一般国民にも呼びかけたもうもの
(3)徳目の列挙を避ける
(4)普遍的道徳、個人と人類の価値を認める

 ───とするものであった。

 この意見には、むろん田中耕太郎以外の委員の主張も含まれているだろう。しかし田中耕太郎の一連の行動には彼を擁護論者とすることに反する事実がある。

 教育勅語の記述内容は国家→社会→家族→個人→国家の順であるが、田中耕太郎の優先順位は個人→家族→社会→国家である。これは個人から次第に大きな共同体へと並べただけと解釈するのはいかがなものか?

 田中耕太郎が尽力した教育基本法の第一条(教育の目的)は「人格の完成」であり、個人が優先している。上記の日本側教育委員会の報告書にも個人と人類の価値、というのがある。国家は軽視されていると言われても仕方がないだろう。田中はけっして教育勅語を擁護してはいない。

 また田中は『教育基本法の理論』(昭和35年)では次のように述べているのである。

「要するに人格の完成は、完成された人格の標的なしには考えられない。そうして完成された人格は、経験的人間には求められない。それは結局超人間的世界すなわち宗教に求めるよりほかはないのである」

 政教分離が大きなテーマのひとつだった時代にあって、「人格の完成」ということが新憲法の精神の下で堂々と述べられたことを考えると、当時の政教分離が国家と神道の分離のみを目的としていたことがよく分かる。


◇3 教育勅語を「徳目」と捉えたゆえの擁護論

 人格の完成を宗教に求めるということは同じキリスト者であった南原繁らも支持していたことである。多くの日本人には理解できないものであり、教育基本法により事実上我が国の道徳教育は消滅した。本質的に田中耕太郎は自然法論者であり、教育勅語は歴史法学的立場で書かれている。教育基本法と教育勅語の拠って立つところはまったく別なのである。

 そして田中耕太郎の語った教育勅語は「徳目」である。第二段落のみである。もともと忠孝以下の徳目は擁護云々の話にはならないものである。問題は第一段落と第三段落にある。「肇国の大義」を「中外に施して悖らず」としたところが問題とされたのである。終戦直後の議論では教育勅語の「斯の道」の定義があいまいなまま、「徳目」と捉えた者は排除を語らず、軍国主義・過激なる国家主義と捉えた者はこれを否定したのである。

 竹前栄治『日本占領』にあるGHQ民政局次長であったケーディスの談話によれば、GHQ民政局が田中耕太郎文相に示唆(しさ)して国会で廃止決議をさせたことがあるという。田中文相もこの民政局の示唆について、「それはグッド・アイディア」と言って反対しなかったとある。

 田中耕太郎が文相だったのは、昭和21年5月22日から昭和22年1月31日までである。教育勅語の排除・失効確認決議は昭和23年6月19日であるから、この話は少なくとも排除の約1年半以上前の段階のことだと分かる。

 この間すでに文部省は昭和21年10月8日の通牒ですでに教育勅語の奉読を禁止している。田中耕太郎大臣の時代であった。


◇4 勅語解釈の本質に迫った佐々木惣一

 終戦直後の価値の混乱はやはり異常である。昭和20年9月15日発行の小川菊松『日米会話手帳』が大ベストセラーとなった時代である。幕末から明治初期の英語学校ブームに近く、急激な欧米化は開国後も終戦後も同様である。したがってこの時期の教育勅語論議は、つまるところその存廃をめぐる論議だったと言えるだろう。

 ただ、昭和22年3月19日の第92回帝国議会貴族院本会議における佐々木惣一(そういち)議員の質問は、教育勅語解釈の本質に迫る貴重なものであった。

「一体君主国の君主たる一個人が、人間の道徳に関する、即(すなわ)ち道徳的行動、人間の心術を規定するやうな、さう云(い)ふやうなことが至当であるかどうかと云ふことは、実(じつ)は非常な問題となったことがあるのであります」

 これは井上毅の起草七原則ともいういべきものの、(1)君主は臣民の心の自由に干渉しない、に関する重要な内容である。

「此の問題は今日殆(ほとん)ど何人も忘れて居るが、兎に角(とにかく)さう云ふことが問題となったのでありますが、而(しか)も其の内容は兎に角重大なものとありまして、嘗(かつ)てイギリスからも我が国に於ける教育勅語と云ふものの非常な効果のあったと云ふことを著眼(ちゃくがん)しまして、特に教育勅語の説明をする者を派遣して呉(く)れと云ふ要求があって、確か沢柳政太郎(まさたろう)博士であったかと思ひますが、その方がおいでになって、特に教育勅語のことを説明したと云ふやうなことでありまして、……」

 日露戦争後に欧米で教育勅語の評価が高かったことは先に述べたとおりである。そしてその評価された部分が第二段落であったことも『教育勅語国際関係史の研究』や『金子堅太郎著作集』にあるとおりである。


◇5 終戦直後のもっとも貴重な機会を失った

 しかし佐々木惣一の質問は徳目の内容に触れていない。まさに教育勅語が、(1)君主は臣民の心の自由に干渉しない、に抵触するか否かの話であって、井上毅が金子堅太郎に相談した内容と同じことを質問したのである。

「そこで内容其のものの問題は非常に重要視されて居るが、併(しか)しながら兎に角ああ云ふやうな君主が一個人の自己の道徳観を以て、国民一般の道徳観を律することが出来るかどうかと云ふことは、実に問題であったのであります。それは今日はさう云ふ問題は忘れられて居るが如くなってしまって居るのでありますが、兎に角さう云ふ実は、極(きわ)めて内容とは別の点から申しましても、非常に重要なもんでありまするからして……(後略)」

 結局この段階では教育基本法との関係で教育勅語がどうなるのかという質問になったのであるが、「之を中外に施して悖らず」の誤った解釈を正すまでには至らなかった。

 そして高橋誠一郎大臣は、「個人」「人格の完成」「普遍性」を語り、教育勅語の学校に於ける奉読を廃止し、しかしながら敢えて之を廃止するという考えは存しない、と答えたのである。

 この後、教育勅語は新憲法や民主主義に沿わないものとしてほぼ合意され、佐々木惣一のような議論はなくなっている。

 ここを追及すれば「之を中外に施して悖らず」の「中外」が「国の内外」ではなく、「宮廷の内外」「朝廷と民間」広く言えば「全国民」であり、「之を全国民に示して(教えて)悖ることがない」と正しく解釈できたはずである。終戦直後のもっとも貴重な機会を失ったといえる。

 そして排除・失効確認決議から今日まで、ここを解読した著作は、拙著『繙読(はんどく)「教育勅語」──曲解された二文字「中外」』(ブイツーソリューション)を除き、ひとつも見当たらない。(つづく)

 ☆斎藤吉久注 佐藤さんのご了解を得て、佐藤さんのウェブサイト「教育勅語・国家神道・人間宣言」〈 http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/index.html 〉から転載させていただきました。読者の便宜を考え、適宜、編集を加えています。

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