老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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正直小生も存じませんでした。
再認識しました。ありがとうございました。


各位

 東条英機首相の手紙「日系2世は祖国アメリカに忠誠を尽くせ
 これぞ、日本精神です。
 転送します。  
            川久保勲
----- Original Message -----
From: "中島一光"
川久保 勲 様
田母神前空幕長と恵恵之介氏の「沖縄」に関する対談が掲載されている
「歴史通」の11月号に「422日系人部隊」の奮闘に関する特集がありました。

アメリカ生まれの日系人が「祖國アメリカ」に認められる為にどのように
奮闘されたかを「映画の公開を前にしての解説を含んだ記事」等が中心でしたが、
「日系人は祖國アメリカに尽くせ」と題して開戦時日本語学校の生徒であった藤内稔氏が
「東条英機総理が日本語学校の生徒に当てた手紙」
を紹介するものがありました。

〈『日系二世は、アメリカ人である。だから、あくまでも自国に忠誠を尽くして当然である』との主旨であったそうで、「当時の日系人社会では、日米両国のいずれに忠誠心を尽くすべきかということが大問題だった」
ことに対して大きな指針を与え、誇りを持って軍に志願させる切っ掛けとなり、
戦後の日系人の地位向上に大いに貢献することになる画期的なものと思いました。

 「日本人の血を受けた君らは日本のために米国を苦しめる働きをせよ」
と言うような手紙であったなら、多くの日系人は二つの祖國の間で苦悩したでしょうが、
「武人として祖國に忠誠を誓うのが道である」と説き、
日本人の矜持を世に示させた意義は大きいものと思います。

> ルーズベルト大統領の死去に際して哀悼の電報を打った鈴木貫太郎首相の精神に勝ると劣らない手紙を書いた東条英機総理がヒトラーやムッソリーニと共に極悪非道な人として戦勝国から非難され、
一部同胞からは占領軍の裁判の結果を利用されて「A級戦犯」という名のもとに死して後も辱めを受けるのは残念でなりません。

 現在中共から日本に帰化した者に向かって「貴殿は日本に帰化したのだから、
日本の為に尽くしなさい」と胡錦涛や温家宝言うであろうか?
古い地図を買い占めさせ「自分たちもかつては尖閣が日本領であることを認めていた事実を隠蔽させる」ことを企む奴らに東条英機総理の爪の垢を煎じて飲ませたい思いである。

 もう少し詳しく知りたい方のために末尾に主要部の引用をさせて戴きますが、
にも良い文章が多々掲載されているので購入をお勧めします。

442部隊で活躍され、今もハワイ選出の上院議員として活躍しておられる
ダニエル・イノウエ氏が書かれた「合い言葉は『当たって砕けろ』」の結びは示唆に富んでおりますので以下に紹介させて戴きます。

  軍事力という筋肉が大切(太字の表題)
私が今考えている戦争回避の最善の方法は、戦争に対する準備を万全にしておくことです。

 一国が戦争に十分に備えておき、必要に応じて報復する態勢が整っていることを知れば、
相手は決して軽挙妄動することはない。
 国家間の協議や交渉は結構なことだ。
 しかし、もしそうした話し合いが、軍事力という"筋肉"に十分に裏うちされていないことを相手国が察知すれば、
いずれはこちらの本意を試そうとするに違いありません。
 そして、気づいたら時すでに遅しで、戦争は始まっている。
だが、こちらが"いい加減にしないか、もうたくさんだ"と言い出すのがどの段階なのかしっかりわからせておけば、相手は慎重に行動せざるを得ない。
アメリカがこの姿勢を貫くために、私は及ばずながら努力しているのです。

   【藤内稔氏の文の引用】
 日米開戦の半年ほど前のことでしょうか。ある日の朝礼のことでした。
遠藤先生という校長先生でしたが、あのときの訓話は、六十九年後の今でもはっきりと覚えています。
 「東條英機日本国総理大臣閣下から、日系人にとって重要な手紙が来ている。
これから読み上げるので、謹んで聞くように」と前置きすると、
ふところから一通の書状を取り出し、約百名の生徒と教員たちの前で読み上げたのでした。

 私たちは全員直立不動の姿勢で拝聴した。何しろ昔のことなので内容の詳細は覚えていませんが、
要旨は以下のようなものでした。

〈『日系二世は、アメリカ人である。』だから、あくまでも自国に忠誠を尽くして当然である〉

 当時の日系人社会では、日米両国のいずれに忠誠心を尽くすべきかという
ことが大問題だったのです。
 現に、一九四二年十二月、カリフォルニア州のマンザナー強制収容所で、
日系人同士が流血の惨事を起こしました。その背景には、この問題を巡る激
しい対立があったのです。

 遠藤校長の話を聞くまで、十二歳だった私は、東條は日本国の首相なのだから、
日系人にも日本への忠誠を求めるものとばかり思っていました。
ところが東條は、それと全く逆のことを日系人社会に伝えたのです。
それは私にとって、思いもよらないことでした。

東條への評価が変わった(太字の表題)

 コンプトン学園は極めて日本的で厳格な雰囲気の中で運営されていました。
ですからその日、あるいは後日でも、私が東條の手紙の何たるかについて
遠藤校長に改めて尋ねるような空気はありませんでした。したがって、
東條首相の手紙が、いつ誰に、どのような状況下でもたらされたのか、その詳細についてはわかりません。
 でも、東條の書状の内容が私にとってあまりにも予想外だったので、もしかしたら自分の聞き違いかもしれないと思い、朝礼後、クラスメートの何人かに確かめてみました。
すると誰もが、たしかに私と同じように聞いたと言うのです。

 日米開戦から約ニカ月後、私たち一家は他の多くの日系人家族同様、大統領命令九〇六六号の下で米国西海岸一帯から立ち退きを強いられ、最終的に、アメリカ七州、十か所で当時建設中だった日系人収容所の一つ、コロラド州のグラナダ強制収容所に送り込まれました。
そこでも、東條の手紙の内容についてクラスメートと話し合ったことがあります。
 太平洋戦争が終わり、強制収容所から釈放されたずっと後になってからのことです。


私は東條があのような手紙を書いたのは、彼がやはり武人(軍人)だったからだと確信するに至りました。

〈いかなる国においても、軍人は祖国に忠誠を尽くすべきであり、日系人はアメリカで生まれたのだから、君たちが軍人になって"祖国アメリカ"に忠誠を尽くすのは至極当然のことである〉
と東條は我々に伝えていたに違いありません。
 そう考えるに至って、私の東條に対する評価は少し変わった。日米開戦に踏み切り、東京裁判で死刑を宣告された東條は、日本はもとより各国で厳しい批判に晒されてきました。
 だが、東條の考え方は、武士道の精神をわきまえた日本軍の最高指導者と してごく当たり前のことだった  と私には思えるのです。

 東條に言われるまでもなく、親族を強制収容所に囚われた日系人兵士た
ちは、ヨーロッパの戦場で想像を絶する犠牲をモノともせず勇猛果敢に戦い、
祖国アメリカに対する忠誠を十二分に証しだてることによって、偏見に立ち向かった。


 まさに、映画『442日系部隊―ーアメリカ史上最強の陸軍』にドラマチックに描かれているとおりです。

 戦後すでに六十五年の歳月が流れ、私の周りの日系二世の多くは鬼籍に入った。
コンプトン学園も、大戦勃発後に遠藤校長が戦時交換船でアメリカを離れた後、廃校となってしまいました。
ちなみに、遠藤校長は日本には帰らずに直接フィリピンのマニラに送られ、そこで教員生活を再開したが、
その後市内で戦火に巻き込まれ、夫人共々亡くなったと聞いています。

 東條首相の手紙が届けられた状況について詳しく調べたいのですが、
もはやその術はこの国にはないでしょう。もし日本側に資料が残っていれば、
ご教示のほどお願い致します。
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