左翼は、普通の言葉でも「差別語呼ばわり」をする。
「シナ」「支那人」は差別語と言う。ならば「親日派」という言葉で韓国人を面罵する韓国人は差別者ではないのか。
かの国は不思議な国である。
産経新聞購読者以外のお方にお勧めします。
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朝鮮人特攻隊員の心 (産経 2008/6/3)より転載しました。
【から(韓)くに便り】ソウル支局長・黒田勝弘
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/080603/kor0806030251000-n1.htm
太平洋戦争の末期、日本軍の特攻隊員として戦死した朝鮮(韓国)人青年
を慰霊する慰霊碑建立が、韓国側の反対でまた流れた。知韓派女優の黒田福
美さんが、地元市長ら韓国人の協力を得て「帰郷祈念碑」として進めてきた
ものだが、除幕式の直前、一部の地元住民や民族団体などが現場でピケを張
るなど実力で反対したため急遽(きゅうきょ)、中止となった(5月11日
付、本紙社会面)。
反対派の主張は「特攻隊員は日本の戦争に協力した親日派だから」という。
「親日派」とは韓国では民族的裏切り者の意味で、今でもきわめて強い非難
語として使われている。
朝鮮人特攻隊員の慰霊碑計画は過去にもあった。1980年代に九州在住
の日本人の手で石碑は完成したが、韓国側の反対で実現しなかった。
飛行機ごと米軍の艦船に体当たり攻撃する「カミカゼ特攻隊」は「壮烈な
悲劇」として内外に広く知られている。その隊員には当時、日本の統治下に
あった朝鮮半島出身者もいた。正確な数字は明らかでないが、少なくとも1
4人の名前が分かっている(名越二荒之助編著『日韓2000年の真実』か
ら)。
今回を含めこれまで慰霊碑の対象になったのは「光山文博小尉(韓国名・
卓庚鉉)」だが、彼は出撃前夜、鹿児島県知覧で“特攻隊員の母”と慕われ
た食堂の主人、鳥浜トメさんを前に民謡「アリラン」を歌ったことで知られ
る。日本人の心を揺さぶる、朝鮮人特攻隊員のシンボル的な存在になってき
た。
彼らは当時、相当の覚悟と苦悩が伴ったはずの特攻隊になぜはせ参じたの
だろう。このナゾ(?)に迫ろうとしたのが作家・飯尾憲士氏の著書『開聞
岳−爆音とアリランの歌が消えてゆく』(集英社、1985年刊)である。
故飯尾氏は父が韓国人で戦前、航空士官学校に在校した旧軍人出身。自分
の出自を素材にした小説『ソウルの位牌(いはい)』などの作品で知られる
が、韓国・朝鮮に対しては日本人としての強い贖罪(しょくざい)感がうか
がわれる。
『開聞岳』は特攻出撃の前に士官学校同期生の日本人に「自分は天皇陛下
の御ために死ぬのではない…」と語ったという、高山昇中尉(韓国名・崔貞
根)の心を探るドキュメンタリーになっている。
作品では高山昇中尉の心の“真相”は不明に終わっているのだが、他の朝
鮮人特攻隊員の遺族などの証言から「俺(おれ)は朝鮮人の肝っ玉を見せて
やる」「自分は朝鮮を代表している。逃げたりしたら祖国が笑われる。多く
の同胞が一層、屈辱に耐えなければならなくなる」「日本人の誰もができな
い任務をやってのけてみせる。朝鮮人の誇りのために」など、彼らの心の一
端が明らかにされている。
『日韓2000年の真実』の編著者、故名越二荒之助氏も「朝鮮人が特攻
隊を志願したのは、朝鮮人の心意気を示すことで同胞の社会的地位を高めた
いという悲願があったのではないでしょうか。彼らの胸中にはいつも祖国朝
鮮を代表しているという誇りと気概があり、日本人には負けないという自負
心がありました」と書いている。
慰霊碑計画に遺族は同意し感謝してきた。それでもまだ反対派が登場し、
実力を使ってでも許さないという。歴史観というより人間観が違っているよ
うに思える。
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