老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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新華社は中国の国営です。方針にはストレートに国家政策が反映しています。また国家政策に反する報道はありえません。
四川の報道でも国家方針が見事に貫かれています。


メルマガ版「台湾は日本の生命線!」永山英樹(台湾研究フォーラム)様のブログより転載です。


なぜ新華社は「親日」抑止を-そこに中華覇権主義の弱点がある

ブログでは関連写真も

http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-393.html

中国人に感動与えた日本の救援隊 

一九九九年の台湾大地震救援で活躍した日本の国際緊急援助隊は、台湾国民の心を強く打ち、同国の親日感情をいっそう高めたが、それと同じような現象が反日国家である中国でも見られた。すなわち同隊の四川大地震での救援活動によってだ。

反日感情に満ち溢れていたインターネットの掲示板でも、日本に感謝する親日的な書き込みが相次いだ。台湾のときもそうだったが、それは日本隊の任務への真摯な姿勢のためだけではない。たとえば被災民の遺体の前で黙祷を捧げるなど、その日本人の敬虔な「心」も人々を感動させた。だからであろう、「一人も救援できなかった」として辞意を漏らした隊員の言葉も盛んに引用されていた。

その背景には中国メディアの日本救援隊の礼賛(?)報道もあったはずだ。胡錦濤訪日直後での「日中友好」ムードの盛り上げや、日本隊を招き入れたことを正当化する当局の狙いもあったかも知れないが、少なくとも他国隊以上にクローズアップされていた。国営新華社系の週刊紙「国際先駆導報」などは五月十九日、「見捨てない、あきらめない!」との感動的な見出しで、感動的な日本隊の同行ルポを大々的に取り上げた。

ところが六月三日の同紙の論調には大きな変化が見られた。「もう一つ別の日本を発見:中国民間で対日新思考が始まる?」と題する論評がそれだ。

■反日感情を強調する新華社

そこには「日本に援助は恩に報いたがる中国人の心に刻まれ、『日本へ感謝』の熱い潮流が予想外にも民間に見られる。そしてさらには『もう一つ別の日本』も発見された」「反日潮流から日本感謝への変化はもちろん中日友好の平和的な大趨勢だ」とした上で、「我々は冷静になる必要がある。この隣人をよく見よう。もしかしたらこれまで想像していたほど悪くないかも知れないが、しかし今のようによいと思う必要もない」と書かれている。

また「大地震で多くの中国の民衆は知らず知らずに日本への見方を変えた。災難の中での提携は中国人の感情を引き寄せた。しかし十数日後、自衛隊の軍用機が中国に派遣されるとのニュースが流れると、多くの慎重な中国人は理性を取り戻した。感謝は(日本人を)家族にしたことを意味しない」とも。

論評によると、当初の日本隊への反響は次のようなものだった。

「五月十七日、日本隊が被害者の遺体の前で黙祷する写真が大型の各ネットで大きく取り上げられ、意外にもそこへの書き込みはほとんどが日本へ感謝するものだった。両国民の間でここ数年間横たわってきた歴史や現実に関する揉めごとは、このとき消え去ったかに見えた」「日本の隊員が辞職を決意した情報が事実であるかは実証されていないが、それでも多くの中国人は深く感動した」

ところが現在は、「『小日本に言いたい。あなたたちの国が被災したら、私は絶対に義捐金を出す。しかしその他のことに関しては、我々は様子を見る』と言った(ネット上の)声も上がっている」のだそうだ。そしてその上で「感謝と主権及び歴史問題は別のことなのだ」と訴えている。

ネット上ではさらに、「(他国隊も派遣されたのに)なぜ日本だけを美化するのか」「警告する!感謝すればいいことだ。どうして簡単に家族などと言えるのか」と言ったメディアの「ミスリード」を懸念する声もあると言う。またネットで「普通の日本人」の考え方を見ると「他人の不幸も喜ぶ者も少なくない」ことがわかるとも強調している。

最後に論評は、感謝したり警戒したりで複雑な民衆に関し、劉紅軍氏(中国現代国際関係研究院日本所研究員)の次のようなコメントを載せている。

「ある人は中国人の素質が悪く、反応が過激だと言うが、それは違う。どの民族も国家の敏感な問題にはそれぞれ反応があるのだ。日本はこれまで歴史の清算をしてこなかった。そして現在の彼らの外交上の動きにも注意が必要だ」

要するに論評は、日本の援助には国連常任理事国入りを視野に入れたものであるなど、外交上の企みが隠されていると言わんばかりに、親日感情の抑止を試みているのである。

■親日感情を恐れる理由は何か

このような国営新華社の論調の急転換は、もちろん中国では珍しいことではない。要するに反日感情の勃興に危機感を抱いたためだろう。それに対日強硬派や反日世論の反発への配慮もあるだろうが、このような中国人の「忘恩」に憤っても仕方がない。それよりも重要なのは、なぜ反日派はそこまで親日感情を恐れているかを考えることなのだ。じつはそこにこそ、日本など周辺諸国に脅威を及ぼす中華覇権主義の弱点があるのである。

そもそも中国人とは孫文の所謂「沙を撒いたような民族」、つまり愛国心などないバラバラな人々であって、権力者としては統治が難しい。そこで権力者が民衆に植え付けるのが異民族に対する優越意識、侮蔑意識、敵愾心である。これは中華思想とも呼ばれるし、中華ナショナリズムと定義することもできる。そしてそれを煽って民衆を結束させるのが、権力者の知恵である。言うまでもなく戦後の反米、反ソ、反日政策はその典型だ。かつて「中華民族」を抑圧してきた米国、ロシア、日本に堂々と対抗することは、政権にとっての権威付けにもなる。そして現在のその政策こそが、「中華振興」を叫ぶ覇権主義であるわけだ。

このような狂気じみた政策の下での民衆は、言わば催眠術にかかった「愚民」のようなものだが、しかしその催眠術は簡単に解けるものだ。

たとえば現在胡錦濤政権は、これまでの硬直した反日政策への反省から「日中友好」路線を選択し、日本の救援隊を国内に入れたが、そのとたんに民衆は想像していたのとは違う現実の日本人を目の当たりにし、好感を抱いたわけだ。

さらに日本人を賛美した人々の間には、もともと反日の「愚民」になりきれなかった良識ある者も大勢含まれていたはずである。このような人々に取り、日本賛美こそは反理性的な反日政策のアンチテーゼともなっているのではないだろうか。

震災を受け中国国民の団結が強化されているが、これはこれまでの政治的操作による愛国心の高揚とはだいぶ様相が異なる。情報化時代の今日、国民は災害の恐怖を肌で感じ、被災した同胞に心から同情し、多くが進んで救援に手を差し伸べようとしているのだ。これは他人には無関心である従来の民族性からは予想外のことだとの指摘も多い。事実、愛国心と親日感情のそれぞれの高まりが共存するなど、近年では考えられなかったことではないのか。このように理性ある愛国心の高まりは、理性あるがゆえに、愚民統治しか知らない政権にとっては脅威となり得るものだろう。

中国政権が親日感情の高まりを嫌い、恐れる理由は以上のようなところにあるのだ。親日家が漢奸(民族の裏切り者)と呼ばれるのは、近代文明国家日本が前近代的な中華思想(そして中華覇権主義)のアンチテーゼだからに他ならない。戦後の台湾での国民党による台湾人の中国人化政策の上で、第一に行われたのが日本的な近代文化の払拭だったのもそのためだ。

■歴史が語る日本のインパクト

日本が中華覇権主義の脅威を抑止するには、日本の近代文化の衝撃をこの国にもたらし、その弱点を衝くことだ。これは決して不可能なことではない。たとえば歴史を見てみよう。

二十世紀初頭、日清、日露戦争で勝利した日本の強さ、先進性は、中国の知識人たちに中華思想の後進性を痛感させ、徹底的に日本をモデルとする近代化運動へと向かわせた。その結果、日露戦争直後に清国政府は、日本人の指導を受けながら日本式の立憲君主制の導入に邁進した。もっとも改革に乗り出して十年ほどで辛亥革命が起こり、清国は倒壊したが、その辛亥革命もまた、日本留学組に指導される新軍(日本式の新式軍隊)や同じく革命派グループによって行われたものだった。その後、満洲問題や英米の策略により、革命勢力は反日に転換して中華思想に回帰し、この国は一九四五年まで続く反近代的な内戦の局面に陥ったが、それでもその間、軍閥支配や内戦を嫌う勢力は、強力で近代的な日本軍にすがりつつ、満洲建国を支持し、あるいは北支政権の樹立に乗り出した。そして支那事変勃発後には、知日派の汪兆銘による国内和平を目指した南京政府の樹立があった。

このように二十世紀前半の中国は大雑把に言うと、日本の近代文明のインパクトを受けた親日勢力の平和、安定、進歩を目指す運動と、旧態依然とした戦争、混乱、停滞しかもたらさない反日勢力との衝突の時代だったのだ。

同世紀後半の中華人民共和国時代はまさに闘争、混乱、停滞の時代に入ったが、それは日本による指導がなかったからだ。せいぜい日本が満洲に残した近代的産業基盤を利用して産業を支えてはきたが、その恩恵も食い潰してしまった。

もっとも満洲食い潰し後に改革開放政策に転じ、そこでようやく日本の資本と技術を受けて国力を発展させたが、じつはこの当時もまた、中国人が中華思想を放棄した時代だったと言える。民衆は自由で豊かで進歩した日本にあこがれ、好感、敬意を抱き、そのような流れの中で、反民主的で後進的な政府を非難し、その結果、六・四天安門事件以降、危機感に駆られた政府に抑圧された。そして政府は九〇年代以降、自己防衛のために反日愛国主義を原動力に、中華覇権主義政策を推し進め、周辺諸国を脅かすに至っているのである。

以上のように日本の強力なインパクトは、つねに中国を脱中華思想と言う「いい方向」に導こうとしてきたのであるが、そこへ今回の日本救援隊と言うインパクトがあった。それを受けての親日感情の高まりは、決して「国際先駆導報」が言うような「意外」なものではなかったのだ。

今後日本人は中国に強烈なインパクトを与え、人々に日本及び日本人を理解させ、そして親日感情を抱かせるべきだ。もちろんそれは「歴史の清算」を通じてではない。謝罪と反省でへりくだったところで、中国人に侮られても、決しての敬意を受けることはない。日本が彼らに見せるべきは、救援隊のような真摯で誠実、そして勇敢で力強い姿なのだ。

では中国人の親日感情、日本理解を増進した後はどうすればいいのか。それは日本官民の戦略次第である。二十世紀前半の日本の中国政策は、今日によく似た幣原外交時代の対中宥和政策の失敗は別としても、親日勢力を形成して中国の内戦(国内覇権主義)を抑止し、その近代化を促進し、東アジア情勢を安定させることに重点が置かれていた。

今後日本はこのような積極的な国家戦略を持たないかぎり、中華覇権主義の膨張政策を押し止めることはできないと知るべきだろう。
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