老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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先ほど野牧先生より連絡を戴きました。
またもや、児相が誘惑・拉致して児童虐待を繰り返しています。
抗議をお願いします。

抗議の際にお願い。

先ほど小生が電話しましたところ、
児相は 原君の件と言えば、判っているにもかかわらず、
 「原君とは誰ですか、フルネームを言ってください」と嫌がらせします。
本当は、原とはお父様のお名前です(子供の本名は上谷(うえたに)です。お母様の名前を名乗りたくないそうです)。学校でも原で通用させています。

児相へは「お父様が原という名の子供さんの件で云々」 と電話してくださるようお願いします。
以下は野牧先生よりのメール全文です。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

11歳少年原君を救え!


転送をどんどんしてください。ネット掲載もお願いします。根屋様、ミナキクラブでの連絡お願いします。いかるが先生、転送してください。フェミナチ掲示板さま、お願いします。岡本先生、お願いします。木上さんも、百人の会の増木さん、お願いします。みなさん、抗議と転送、転載、お願いします。

皆様、児童相談所から命がけで逃げ帰った11歳の原君を助けてください。抗議先は、誘拐・拉致犯である墨田児童相談所です。

板橋区志村警察署で「お父さん、お父さん」と泣き叫び、足をバタバタさせて抵抗する11歳の少年を、児相職員数名が力づくで拉致したのです。
父親の親権・監護権が母親側のサヨク弁護士によって父親不在中に母親に移動してしまっており、児相職員に力づくで施設に拉致されたものの、果敢にも、少年は父親のもとに逃げ帰りました。

親権がないためか、墨田児相は子供を施設に「保護」するのに、何の通知も父親に出していません。馬鹿にしきっています。

講義内容は、
「即刻解除通知を父親に出せ」
「誘拐・拉致」を警察に自首しろ、
或いは、「誘拐・拉致を原少年に土下座して謝れ」でもいいです。

☆墨田児童相談所
〒130-0022 東京都墨田区江東橋一丁目16番10号
電話 03-3632-4631  FAX 03-3635-6741
S0000213@section.metro.tokyo.jp
所長     江角義男
担当職員  久野、増井、松崎

☆最終の施設
西台子ども館
〒175-0045 板橋区西台1-27-10
電話 03-5920-1122  FAX03-5945-4152

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

☆平成18年3月、父親が仕事で日本にいなかったスキに、母親が裁判所に申し立てて、原君(当時9歳か10歳)の親権と監護権が母親に移ってしまいました。父親と住めなくなることを告げられ、原君は幼いながらも自殺未遂しました。

☆平成18年11月、母親は原君が頑として父親のもとを離れないので、裁判所に引渡しを申し立てました。
何回か審判期日が開かれましたが、父親はまたまた海外に出張であったため、欠席扱いとなりついに、

☆2月5日
審判がくだり、引渡しが決まりました。しかし、頑として原君は父親と、敬愛する姉と一緒に今までどおりの生活がしたいと、母親のところへ行くのを拒否し続けました。2月23日父親は即時抗告をしましたが、

☆3月20日、棄却されました。つまり、原君は何が何でも母親のところへ行け、というわけです。しかし、原君はお父さんと大好きなお姉さんがいる今の生活を続けたいと、父親の家を離れませんでした。

☆12月20日、拉致事件。
江東区の小学校に通学途中、何者かはいまだに分りませんが、4人の大人(母親の仲間らしい)が原君を暴行し、拉致しました。歩行困難な山中にあらかじめ用意されていた山小屋に監禁されたのです。その後数ヶ月間、母親側は通学さえさせませんでした。

☆この間、父親は子どもの人権110番に電話し、津田玄治弁護士らに相談をしていました。

☆平成20年3月21日
原君は監禁場所から逃亡し、父親の携帯電話に架電し、助けを求めました。父親は原君にタクシーを使わせ、父親、原君、子ども110番津田弁護士、村中弁護士と合流しました。

津田弁護士らは、そのまま子どもの人権110番の当直弁護士のもとへ父と子を連れて行きました。当直弁護士は「母親による虐待」として墨田児童相談所に通報し、指示により父と子は児童相談所へ行きました。

児相職員は、母親と父親が争っているということで、原君を委託先の保護施設「カリオン」に預けることを勧めました。その時、「お母さん側にはっきりとお父さんと一緒に暮らしたいと言いなさい。そうすれば、1~2週間で帰れるから」と言いました。

しかし、その後、説明とは異なり、新宿の一時保護施設に移送されました。

☆平成20年4月~6月
児相に、原君の友達が何人か面会を求めたのですが、全て却下。
もちろん、父親、父親の親戚・友人達の面会、手紙、電話等、全て却下されました。一時保護施設の場所も教えてもらえませんでした。

☆平成20年5月28日
原君と父親は、父親の弁護士立会いのもとで面会しました。一刻も早く施設から出て帰りたい、と訴えました。原君は面会後、施設へ戻る途中、公衆電話で「助けて」とお父さんの携帯電話に電話しましたが、児相職員に見つかり、叱られました。

☆平成20年8月中旬
施設では課外活動をもよおしていました。原君は公衆電話で父親に連絡しました。
児相職員は原君に「お父さんには君の居場所を教えてあるよ」と聞かされていましたが、実際は全く知らされておらず、お父さんは心配して探し回っていました。電話でこのことを知った原君は逃げる決心をしました。
「お父さん、うまいこと外に出ることが出来たら、きっと助けて」電話で原君はそう父親に言いました。
しかし、児相職員が原君が電話していることに気が付くと、「脱走すると一生パパと会えなくなるよ」と悪質な脅迫をしました。

☆平成20年8月27日
原君は施設から逃げ出しました。数時間後、父親が保護しました。原君は施設から通っていた志村○○小学校に電話して、父親のもとに帰ったので安心してほしいと言いました。

☆平成20年8月28日
原君と父親が別々に警察に電話しました。このまま生活したいので、安心して欲しいという内容、場所は言えないという内容の二点を伝えました。

☆平成20年8月29日
警察が出頭して事情を聞かせて欲しいと原君親子に告げました。父親は「出来ない」と断りました。

☆平成20年8月30日
お姉さんは、保護施設の様子を原君に聞きました。
規則が厳しく、トイレに行くにも職員に報告しないと、一日中罰を与えられるとのこと。それだけではありません。ほぼ毎日、毎日、「お父さんから虐待されていただろう」という質問を受けた、そうです。それも、毎日3時間以上。かわるがわる、違う人が来て、「虐待されてたな、されてたな」と恐い顔で聞かれるのだそうです。原君は施設での内容は、今は何も聞かないで欲しい、と言ったそうです。

☆27日から30日まで、父親は原君を、以前通っていたスポーツセンターに連れて行ったり、仲良しだった友達に会わせたり、一緒にジョギングなどして、子どもの心の傷を癒そうとしていました。

ところが…

☆親権を持っている母親と墨田児相が捜索願を出していたのです。志村警察署員は30日夜、自宅付近で父親に接触し、子供と一緒での任意同行を求めました。警察では親権者である母親と児相が父親を見成年者誘拐容疑で逮捕して欲しいと、強く要望していましたが、その事実はない、と判明しました。その晩、父と子は警察に泊まることになりました。

☆平成20年8月31日
警察は、子供・父親と児相との話し合いの場を署内で設けることにしました。朝の9時に児相職員が来る予定でした。そのことを父親から聞いた原君は、児相と聞いただけで恐ろしくなり、「隣のコンビニでおにぎり買ってきていい?」と署員に許可を取り、スキを見て逃げ出しました。しかし、一時間後、道を歩いているところを署員に見つかり、志村署に連れ戻されました。

父と子は引き離されて別室に入れられました。子供は数時間に渡り
「施設に戻りたくない。お父さんのところへ帰る」と泣き喚き、暴れました。父親はこのままでは子供が死んでしまう、私に落ち着かせてくれ、と警察署員に訴えました。

子供は数人の児相職員に取り囲まれ、「施設に戻れ」とえんえんと繰り返されました。時々、墨田児相の江角義男署長が父親の所へ来て、「子供の許可を得たので連れて行くけど、いいですか」と何度も言いました。

父親はスキを見て、本当にそうなのか、と別室の子供のところへ行くと、一人で抵抗している子供がいました。子供の意思を尊重してくれ、このままでは子供が死んでしまう、と父親が子供を取り戻そうとすると、警察署員に引き止められ、児相職員の「連れて行きますから」の一言で、親子は強引に引き裂かれて、少年は連れて行かれました。「やだ、やだ、施設に戻りたくない。お父さん、お父さん」少年は叫び続けました。

☆☆平成20年9月1日
朝、早く、勇敢な原君は施設を飛び出しました。
そして、色々なことがあり(それは、のまりんと小菅先生と原君親子の秘密です)、警察への手続きもちゃんとして、今、原君は父親と大好きなお姉さんと一緒にいます。

みなさん、どんどん抗議してください。

DV防止(家族破壊)法犠牲家族支援の会代表
野牧雅子
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