老兵の独り言

八尾市をはじめとする全国での左翼情報チェックと真正保守の陣営拡大を願っています。 国連をはじめとする人権条約を基礎とする国内法の点検と法破棄運動も行っています。

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加瀬英明先生の「加瀬英明のコラム」メールマガジン より転載しています。
日本の基幹産業の再考が必要です。
食材購入のとき、裏を見て原産地の確認をするなんて、何時のことからですか。

日本農業が廃れ始めたときと、変な思想、人権、男女平等、命の大切さ、日本語の崩壊などが国内で流行し始めました。
日本の終わりの始まりです。
今こそ立て直そうではありませんか。日本の基幹産業を。


農業は国の基・豊かな国土を生む
 平成17年の国勢調査によれば、日本で20歳以上の選挙権を持つ有権者の総数は、1億人強だった。その後も少子化が容赦なく進んでいるから、今日では19歳以下の国民が人口の20%を割っていよう。日本の将来が暗いといわねばならない。

 日本が閉塞感にとらわれるようになってから、久しい。これは失われた十余年が、もたらしたものだろうか。国民の多くが日本に自信を持てないでいる。そのために難局を突破して、閉塞感を打ち破ろうとする気概まで欠いている。
 
 日本国民は先の大戦に敗れた時にも、未曾有の困難によく耐えて、打ち拉(ひし)がれることがなかった。廃墟のなかから立ち上がって、世界第2位の経済大国を築くことができた。

 それは明治維新から、日本を支えてきた精神によるものだった。日本魂といえる。もし、そうであれば、いま私たちが直面している危機は、経済が停滞したことによってもたらされたのではなく、精神が蝕まれて、日本人を日本人たらしめてきた心が失われようとしているからである。

 日本の力の源泉は、共同社会を支える強い力から発してきた。その基本が家の絆であり、地域の人々が家族のように心を通わせたことにあった。共生社会だった。

 このところ家族の繋がりが弱まるとともに、地域社会の一体感が失われるようになった。おぞましいことに、個人が社会の基本単位となりつつある。いまでは家は血が通わない、物理的な住宅しか意味しない。

 私はアメリカに留学して、ニューヨークで過ごした。ニューヨークは完全な都会だったから、慄然とした。私ははじめて冷たい個人社会を体験した。私はいまでも大都会に育った人々よりも、アメリカの南部や、西部の地方から出てきた人々のほうが、田舎社会の暖かさを持っているので、親しみやすい。

 東京もついこのあいだまでは都会といっても、人々が肩を寄せ合って生きていた。東京も人の温もりがある地方社会の延長だったから、巨大な田舎だった。ところが、いつのまにかこのような共同体が解体してしまった。日本という共同体を形成してきた道徳律――エトスが破壊された。

 このような状況は、けっしてこの20年や、30年、いや、50年のあいだに起ったことではない。

 その病根はもっと深いものがある。明治の初年まで遡(さかのぼ)らねばなるまい。

 日本は列強と対抗するために、他に方法がなかったといっても、西洋を性急に模倣する文明開化に、今日にいたるまで浮かれて、農村を疎かにしてきた。日本の近代化は農村の犠牲によって行われた。いま、無機的な都会と近代工業を築くことに、力を注いできた報いを受けている。

 東京は1960年代に入っても、まだ人情が篤い有機的な社会だった。だが、精神的に豊かだった共生社会が年を重ねるごとに、侵蝕されるようになった。

 昭和に入ると農村が疲弊したために、革新将校が農本主義者と結んで、二・二六事件などの無惨なクーデターを企てた。革新将校たちは日本の進路を大きく狂わせた犯罪者だったが、農村の都会文明に対する反撃だった。

 農業は日本にとって生命の源である。日本を日本たらしめた共生の精神は、農村に発して、農民が培ったものだった。和合する心がこの国の活力だった。しかし、農を軽んじることによって生を否定し、農村を踏み台にして近代国家を築いた呪いを蒙るようになっている。

 日本の食糧自給率は40%しかない。飼料となると、10%を割るから食肉、乳製品、卵を含めれば、さらに低下する。他の先進諸国の食糧自給率をみれば、フランスが122%、ドイツが84%、イタリアが62%、スペインが89%、スウェーデンが84%、イギリスが70%で、日本よりはるかに高い。

 私は日本を蘇生させるために、農業政策を転換して、食糧の自給率を80%に引きあげることを提唱したい。

 日本は農を疎かにした結果として、農民がつくった食物はついこのあいだまで神聖なものだったのに、外国から輸入した食品を大量に消費するために、食物が商品化するようになった。米には穀霊が宿っていると信じられたのに、食物に対する畏敬の心が失われた。

 都市ではあらゆるものが、金銭に換算される。そうするうちに、食べている人までが値段が打ち込まれた商品になった。心や商品化できないものが、軽んじられている。

 日本人の気質は農民が援け合う習慣によって培われた。日本人は世話好きで、他人のことを自分のことのように思って生きてきた。

 だが、田舎までが都会化して、農村の伝統秩序が破壊されつつある。今日ではかつての水田総面積の4分の1の水田が、休耕田として放擲されているが、水田や棚田とともに生活文化も壊した。農村には永遠に循環する真っ当な生活があったのに、刹那的な都会文化によって冒されている。

 3、40年前までは都会にも主婦が丹精を籠めて柱を磨き、廊下に雑巾掛けをする古い家があったのに、地方においてもそのような柱も、板敷もない軽便な家ばかりになった。家に魂が宿っていたのに、家までが使い捨てる消費財になった。代を重ねて住むべき住宅に、消費税を掛けるべきではあるまい。

 先祖伝来の春祭や秋祭が行われてきたが、村人の祖霊である氏神を祀るのにあたって、町や村役場が酒を提供するのは違法とか、住民に万雑(まんぞう)を求めてならないことが一般化している。万雑は「万雑公事(くじ)」といって平安時代に発した言葉で、荘園において農民がさまざまな雑税や、夫役を提供することを意味した。

 田おこし、田植えにあたっては、集落が労力を借りあう信頼関係が人を結んでいた。だが、家族や共同体の核化が進んで、このような絆が断たれるようになった。若夫婦がとも稼ぎをするからといって、子を公費の補助による保育所に預けることが当然のことになっているし、朝6時夜8時に日に2回サイレンを鳴らすのが、住民からの煩(うるさ)いという苦情によって、廃止された町や村が多い。

 農は天地の化育の場であり、国民がつねに農の恩を意識して生きていたのに、戦後、近代工業をいっそう偏重する政策がとられた結果として、農村が荒廃して、都会と農村の縁が薄くなった。それとともに、国民が生命を身近に感じなくなった。天地自然が万物を生じ、つい先日までは農民が農耕であれ造林であれ、生命を育てる手助いをしてきた。

 農を蘇らせないかぎり、日本の更生はない。農を蘇生することによって、この国の正気を取り戻すことができる。学校教育の場において、農の尊さを教えねばなるまい。

 いま、日本経済は輸出に過剰に依存したために、アメリカに発した経済不況に喘いでいる。政府は内需を振興するために苦しんでいる。食糧についても、海外に過度に依存してはならない。天候異変や、世界人口が増加してゆくのにともなって、世界が食糧危機に見舞われることも想定せねばなるまい。

 いま、私たちは消費パターンを改めることを求められている。消費の様式が国をつくる。日々の消費を通じて、農を振興するべきである。

 幸いなことに、中国産の有毒物質に塗(まみ)れた野菜や食品によって、消費者が中国産の食品を嫌うようになった。だが、スーパーやコンビニが中国産の食品を売らなくなったのに、貿易統計をみると、大量輸入が続いている。原産地を表示しなくてもすむベントウや、外食産業が使っているからだ。

 野菜をはじめとする国産の食物は、安すぎる。いくらか高くても、国産の食品を摂ることが、食だけではなく国の安全をはかり、国民精神の作興に資することとなろう。
(2009.3)
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